前編 狂気、一つの終わりの形
「…………フハハッ、ハハハハハハハッ……!」
恋。
人の人たる心の疼きは、多くを憎みどこか厭世的だったこの俺にも宿っていたらしかった。
何故俺がそんなことを思うのか、それは滅びを辿る教団国家の中にあってその運命に出会ったからだった。
「……良いだろう、やってみせろ」
今居る小高い平原から眼下を見つめれば、そこにはもう煌びやかな教えを信じる者共の潔癖な姿はない。
あるのはただ、魔物共と愛を貪る(こいつらに言わせればそういうことらしい)無様な敗者がひしめき合う光景だけだ。
だが、俺に恋を、何よりも歪で狂おしい想いを抱かせたのはそれではない、と顔を上げる。
「……良いんだね、本当に。君は……それで」
そこには一頭のワイバーンが居た。
慈しむような哀れむような言葉を俺にかける、蒼色の巨体が。
可哀想なものを見る目は、自らが優位であると信じて疑わない何よりも気に食わないものだった。
だが、それだけにこうなると美しい。
「構わんといったはずだ、俺にはどうせ選択肢などない、そして支えてくれる……導いてくれる光もな」
答えると、広げた翼がそれだけで一つの空を作る、俺だけに許された濁りきった聖域とでも言うべき空を。
そうだ、こいつが、この巨体こそが俺に、最初で最後の恋を許してくれたのだ。
最後の最後に気づいてしまった、人の作る全てを否定して、神を拒み、愛に首を振って生きてきた俺の。
すなわち……一番生きる意味を求めていたのだという欲望を。
俺が、俺こそが求めていたからこそ、半端なもので済ませ自らや他人のために都合良く歪めて妥協する者共が何よりも許せなかったのだということを。
生きている意味を、生きている今ここの体に求めない奴らを認められないと駄々をこねる俺を。
こいつは、この大空を舞う、虫けらにはかほどの興味も湧かぬ筈のこいつが、辛いのならばぶつけろと言ってくれたから。
「そう……だったら、おいで。君を、この翼で、好きなように愛してあげるから」
空が、広がる。
血と汗と憤怒と嫉妬と無力感に穢れた俺を包み込む。
このままここに落ちてしまえば俺はどれだけ幸せに『死』を迎えられるのだろうか。
「あぁ……やってみせろ……」
だが俺は、最後まで足掻くと決めていた。
でなければ、教団の言う『終わり』もこいつらの言う『死』も受け入れられることなど出来る訳がない。
どれだけ都合が良かろうと、求めた答えがそこにあろうと、そこで妥協してしまえばそれでは眼下の敗者と同じだから。
「終わらせてみせろ……貴様の空で、俺を!」
右手で掴む鈍色の柄を、しっかりと握り込む。
見据えるのは、蒼色の空。
おぞましくも美しい黒色に染まる空の元で異として爛々と輝く、空。
「行くよ……受け止めてあげる、君のどこまでも馬鹿で、一途な輝きを!」
応えるように、空が吼えた。
嬉しくなった俺は。
「最高だ……っ、この羽根付き蜥蜴がアァァァァア!!!!!!!!」
「来ればいいさ!……求道の馬鹿ヤロウがさぁっ!!!!」
裂帛に万感の想いを込め、駆け出していた。
そこからのことは、良く覚えていないくせに頭にこびりついている。
篭手を容易に弾き飛ばす烈風、剣を幾度となく叩きつけてもまるで斬れやしない尻尾、身を焦がす強烈な熱波、殴りつけた左腕から伝わってくる人のものより明らかに力強い心臓の鼓動。
「ハハハハハハアハハッ、ハハハハッ、ハハハハハハハ!!!」
わけもなく意味も無く口から漏れ出る決壊した感情の波、痛みに苦悶を浮かべても、叩きつけられて肺から空気が押し出されても、止まらない。
「最高だッ、最高だ、生きている!俺は生きている!」
言葉にすることを控えて来たはずの感情が体から音になって出ていく。
どれほど想いを叫んで力を込めようが相手に傷一つつけられていないというのに、俺の体はどこまでも昂っていく。
「狂ってるっっ!君は、本当に狂ってるよっ!」
対して叫ぶのはこいつ、俺の肩に喰らいついたその口で悲痛な言葉を投げかけてくる。
だが、哀れむような瞳で恐れるように同じ言葉を投げかけた小奇麗な理想に酔う聖なる者共とは違って、その声は笑うように甲高かった。
それも嘲笑ではない、果てしなく歓楽的で、まさしく堪らないという感じの笑い声。
ある意味で俺と同類の、胸の奥から突き上がってくるどうしようもない悦楽に溺れる事を厭わなくなった者の出す声。
「あぁ……あぁ!狂っている!俺は狂っている!狂気だ、狂気だァアーーッはははははァ!!!!」
それこそ堪らなく俺は嬉しかった、だから叫んだ!腕を振るった!
俺と同じように、血が沸き肉が熱に焦がされるこの全く持って動物的で愉悦をもたらして楽しくて面白くて歪んでいてくれたから!
「アハハハ!君は本当に狂ってる狂ってる、それでもってとっても、綺麗だよォオオッ!!!!」
だからだからだからだからーーーーーーーーーー !!!!!!
そこからのことは。
そこから先は、今度こそ本当に覚えてなんていない。
。
。
。
夕日。
戦い、いやどうしようもなく不器用な男の想いを受け止めるだけのプロポーズが終わった後に思ったのは、たったそれだけだった。
「これで…………終わり……だね……ふふっ、ぁはハぁあっ……」
胸元に痛くもない剣がぶち当てたのを最後に、力尽きたように意識を失う男を抱き留めて、私はそんな風に笑っていた。
あの最中に思った事と口走った事が紛れもなく自分の本性だと分かる、獰猛を通り越してイかれている笑いだ。
さて、じゃあ折角の夕日、二人で見ようか。
「ねぇ、綺麗な夕日だよ……黒い空なのに、夕日は見えるんだぁ……素敵だね……」
そんなことを考えながら私はゆっくりとうつ伏せになった後、眠る彼を咥えて喉元に引き寄せ、首にもたれかからせてから、言う。
自分でもわかるくらいうっとりとして恍惚に満ちた声、聞こえていないのが悔やまれるよ。
でも本当に綺麗なんだ、仕方がないだろう?
「あはっ……まるで、私達みたいだ……」
魔力でほんのりと黒く染まった、ちょっと濁っているようにも見えるそらに光る朱よりも黄色に近いようでいて燃えるように輝くそれを見て、口を開く。
戦乱、動乱、魔物と人間が戦うという構図の元に生み出された数々に幕を下ろすような黒の中にあって、自らを示すような光に、そうせずにいられなかった。
「……ふふ……素敵だ、本当に……」
またも、呟く。
自らを示す、それは私とこの男の、共通の命題だったらしかったからだ。
教えだとか神だとかに救いを見いだせなかった、限りなく生きる美しいこの男と、血の沸き立つ思いを忘れられず平和に馴染まない私との。
私の方は皆が色々分かったくれたし、サラマンダーやリザードマンなんていうそれに適した人達もいたからまだマシだったろうけども、
人間であるが故に馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる事も出来ず、傭兵という立場である以上無視する事も出来なかった彼にはとても生きづらかったろう事は予想するまでもなかった。
そもそも教団は、気持ちいい事が駄目なんて言うんだから闘争に意味を見出そうとするないし、そこから何かを掴もうとするものを許すわけ無いしね。
「でも良いんだ……もう、今からは私がいるんだから……」
そう思うと苦しくなり彼の頭を顎で触れる、だけども同時に、とても嬉しく感じる心をも感じていた。
人間を愛する、闘いを好まない魔物娘という全般において私が、狂うような闘争の渦に身を置く事を愉悦と出来るワイバーンで良かった、と。
でなければこの、生命の煌めきを愛でる彼という存在の傍に居る事など出来なかったのだから。
実際に私に比べれば弱々しいどころではない体なのに、それを振り絞って生きるを探す輝きを直視する事なんて、とても。
「ふふ……ん、ふぁああ……」
欠伸が出る……さて。
闘って私の物にした以上、この男はもう私に逆らいはしないだろう。
いや、逆らうだとか従うだとかいう下劣な上下関係とは違う場所に意味を持つ私達にとっては、考えるでもない事だったかな。
「あぁあぁー……気持ち良さそうに……」
そんな風に思いながら、城下町の方を見やる。
白や黒の魔力をだらだらと垂れ流しながら、あぁんいくぅううううぅうううっ!だとか出す、出るっ、でっ、あぁぁぁぁあ……なんて言っちゃう人達を見ていると、こっちまで中てられそうだ。
無論、今からこの男を襲っても良いんだけど……
「ん…………」
意識を失い、だけどとても幸せそうに眠る彼を、どうこうしようなんて気は不思議と起きなかった。
睡姦に興味がなかったのもあるけれど、巣に連れ帰ってからは休めないんだし休ませてあげてもいいかなーと思ったのもある。
「ふふ……ぅ、わぁ……」
だけど、何も手を出さないのも嫌なので、私はそっと口づけをした後。
「おやすみ、君の空はここにあるからね……」
夢の中の彼に届くようにそう言伝して、ゆっくり目を閉じたのだった。
恋。
人の人たる心の疼きは、多くを憎みどこか厭世的だったこの俺にも宿っていたらしかった。
何故俺がそんなことを思うのか、それは滅びを辿る教団国家の中にあってその運命に出会ったからだった。
「……良いだろう、やってみせろ」
今居る小高い平原から眼下を見つめれば、そこにはもう煌びやかな教えを信じる者共の潔癖な姿はない。
あるのはただ、魔物共と愛を貪る(こいつらに言わせればそういうことらしい)無様な敗者がひしめき合う光景だけだ。
だが、俺に恋を、何よりも歪で狂おしい想いを抱かせたのはそれではない、と顔を上げる。
「……良いんだね、本当に。君は……それで」
そこには一頭のワイバーンが居た。
慈しむような哀れむような言葉を俺にかける、蒼色の巨体が。
可哀想なものを見る目は、自らが優位であると信じて疑わない何よりも気に食わないものだった。
だが、それだけにこうなると美しい。
「構わんといったはずだ、俺にはどうせ選択肢などない、そして支えてくれる……導いてくれる光もな」
答えると、広げた翼がそれだけで一つの空を作る、俺だけに許された濁りきった聖域とでも言うべき空を。
そうだ、こいつが、この巨体こそが俺に、最初で最後の恋を許してくれたのだ。
最後の最後に気づいてしまった、人の作る全てを否定して、神を拒み、愛に首を振って生きてきた俺の。
すなわち……一番生きる意味を求めていたのだという欲望を。
俺が、俺こそが求めていたからこそ、半端なもので済ませ自らや他人のために都合良く歪めて妥協する者共が何よりも許せなかったのだということを。
生きている意味を、生きている今ここの体に求めない奴らを認められないと駄々をこねる俺を。
こいつは、この大空を舞う、虫けらにはかほどの興味も湧かぬ筈のこいつが、辛いのならばぶつけろと言ってくれたから。
「そう……だったら、おいで。君を、この翼で、好きなように愛してあげるから」
空が、広がる。
血と汗と憤怒と嫉妬と無力感に穢れた俺を包み込む。
このままここに落ちてしまえば俺はどれだけ幸せに『死』を迎えられるのだろうか。
「あぁ……やってみせろ……」
だが俺は、最後まで足掻くと決めていた。
でなければ、教団の言う『終わり』もこいつらの言う『死』も受け入れられることなど出来る訳がない。
どれだけ都合が良かろうと、求めた答えがそこにあろうと、そこで妥協してしまえばそれでは眼下の敗者と同じだから。
「終わらせてみせろ……貴様の空で、俺を!」
右手で掴む鈍色の柄を、しっかりと握り込む。
見据えるのは、蒼色の空。
おぞましくも美しい黒色に染まる空の元で異として爛々と輝く、空。
「行くよ……受け止めてあげる、君のどこまでも馬鹿で、一途な輝きを!」
応えるように、空が吼えた。
嬉しくなった俺は。
「最高だ……っ、この羽根付き蜥蜴がアァァァァア!!!!!!!!」
「来ればいいさ!……求道の馬鹿ヤロウがさぁっ!!!!」
裂帛に万感の想いを込め、駆け出していた。
そこからのことは、良く覚えていないくせに頭にこびりついている。
篭手を容易に弾き飛ばす烈風、剣を幾度となく叩きつけてもまるで斬れやしない尻尾、身を焦がす強烈な熱波、殴りつけた左腕から伝わってくる人のものより明らかに力強い心臓の鼓動。
「ハハハハハハアハハッ、ハハハハッ、ハハハハハハハ!!!」
わけもなく意味も無く口から漏れ出る決壊した感情の波、痛みに苦悶を浮かべても、叩きつけられて肺から空気が押し出されても、止まらない。
「最高だッ、最高だ、生きている!俺は生きている!」
言葉にすることを控えて来たはずの感情が体から音になって出ていく。
どれほど想いを叫んで力を込めようが相手に傷一つつけられていないというのに、俺の体はどこまでも昂っていく。
「狂ってるっっ!君は、本当に狂ってるよっ!」
対して叫ぶのはこいつ、俺の肩に喰らいついたその口で悲痛な言葉を投げかけてくる。
だが、哀れむような瞳で恐れるように同じ言葉を投げかけた小奇麗な理想に酔う聖なる者共とは違って、その声は笑うように甲高かった。
それも嘲笑ではない、果てしなく歓楽的で、まさしく堪らないという感じの笑い声。
ある意味で俺と同類の、胸の奥から突き上がってくるどうしようもない悦楽に溺れる事を厭わなくなった者の出す声。
「あぁ……あぁ!狂っている!俺は狂っている!狂気だ、狂気だァアーーッはははははァ!!!!」
それこそ堪らなく俺は嬉しかった、だから叫んだ!腕を振るった!
俺と同じように、血が沸き肉が熱に焦がされるこの全く持って動物的で愉悦をもたらして楽しくて面白くて歪んでいてくれたから!
「アハハハ!君は本当に狂ってる狂ってる、それでもってとっても、綺麗だよォオオッ!!!!」
だからだからだからだからーーーーーーーーーー !!!!!!
そこからのことは。
そこから先は、今度こそ本当に覚えてなんていない。
。
。
。
夕日。
戦い、いやどうしようもなく不器用な男の想いを受け止めるだけのプロポーズが終わった後に思ったのは、たったそれだけだった。
「これで…………終わり……だね……ふふっ、ぁはハぁあっ……」
胸元に痛くもない剣がぶち当てたのを最後に、力尽きたように意識を失う男を抱き留めて、私はそんな風に笑っていた。
あの最中に思った事と口走った事が紛れもなく自分の本性だと分かる、獰猛を通り越してイかれている笑いだ。
さて、じゃあ折角の夕日、二人で見ようか。
「ねぇ、綺麗な夕日だよ……黒い空なのに、夕日は見えるんだぁ……素敵だね……」
そんなことを考えながら私はゆっくりとうつ伏せになった後、眠る彼を咥えて喉元に引き寄せ、首にもたれかからせてから、言う。
自分でもわかるくらいうっとりとして恍惚に満ちた声、聞こえていないのが悔やまれるよ。
でも本当に綺麗なんだ、仕方がないだろう?
「あはっ……まるで、私達みたいだ……」
魔力でほんのりと黒く染まった、ちょっと濁っているようにも見えるそらに光る朱よりも黄色に近いようでいて燃えるように輝くそれを見て、口を開く。
戦乱、動乱、魔物と人間が戦うという構図の元に生み出された数々に幕を下ろすような黒の中にあって、自らを示すような光に、そうせずにいられなかった。
「……ふふ……素敵だ、本当に……」
またも、呟く。
自らを示す、それは私とこの男の、共通の命題だったらしかったからだ。
教えだとか神だとかに救いを見いだせなかった、限りなく生きる美しいこの男と、血の沸き立つ思いを忘れられず平和に馴染まない私との。
私の方は皆が色々分かったくれたし、サラマンダーやリザードマンなんていうそれに適した人達もいたからまだマシだったろうけども、
人間であるが故に馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる事も出来ず、傭兵という立場である以上無視する事も出来なかった彼にはとても生きづらかったろう事は予想するまでもなかった。
そもそも教団は、気持ちいい事が駄目なんて言うんだから闘争に意味を見出そうとするないし、そこから何かを掴もうとするものを許すわけ無いしね。
「でも良いんだ……もう、今からは私がいるんだから……」
そう思うと苦しくなり彼の頭を顎で触れる、だけども同時に、とても嬉しく感じる心をも感じていた。
人間を愛する、闘いを好まない魔物娘という全般において私が、狂うような闘争の渦に身を置く事を愉悦と出来るワイバーンで良かった、と。
でなければこの、生命の煌めきを愛でる彼という存在の傍に居る事など出来なかったのだから。
実際に私に比べれば弱々しいどころではない体なのに、それを振り絞って生きるを探す輝きを直視する事なんて、とても。
「ふふ……ん、ふぁああ……」
欠伸が出る……さて。
闘って私の物にした以上、この男はもう私に逆らいはしないだろう。
いや、逆らうだとか従うだとかいう下劣な上下関係とは違う場所に意味を持つ私達にとっては、考えるでもない事だったかな。
「あぁあぁー……気持ち良さそうに……」
そんな風に思いながら、城下町の方を見やる。
白や黒の魔力をだらだらと垂れ流しながら、あぁんいくぅううううぅうううっ!だとか出す、出るっ、でっ、あぁぁぁぁあ……なんて言っちゃう人達を見ていると、こっちまで中てられそうだ。
無論、今からこの男を襲っても良いんだけど……
「ん…………」
意識を失い、だけどとても幸せそうに眠る彼を、どうこうしようなんて気は不思議と起きなかった。
睡姦に興味がなかったのもあるけれど、巣に連れ帰ってからは休めないんだし休ませてあげてもいいかなーと思ったのもある。
「ふふ……ぅ、わぁ……」
だけど、何も手を出さないのも嫌なので、私はそっと口づけをした後。
「おやすみ、君の空はここにあるからね……」
夢の中の彼に届くようにそう言伝して、ゆっくり目を閉じたのだった。
16/08/22 22:30更新 / GARU
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