連載小説
[TOP][目次]
第六十一話〜羊の皮を被った聖職者〜
兵隊よりも血なまぐさい職業は何か、と聞かれたら俺は迷わず『宗教関係者』と答える。
西洋の魔女裁判、十字軍による侵略、イスラム過激派によるジハード、土着信仰に稀に見る生贄や食人文化……神という免罪符ができると人間というものはおぞましいことでも平気で行ってしまう。
特にその傾向はこちらの世界では顕著に見てとれる。反魔物領の魔物に対する弾圧(あまり効果はないようだが)やガーディアンなどは記憶に新しい。
しかし、考えも無しに魔物に対する嫌悪感を表してくる奴はまだ御し易い。明確に狙い所がわかる分手の打ちようもある。
問題は……内部にひっそりと紛れてしまった内通者だ。
こいつは表面上こちらへの敵意を剥き出しにしたりはしない。
何食わぬ顔でこちらの食事(これはあくまで比喩表現だが)に毒を盛る。
その毒とは厄介なもので、食べたその時には全く痛くも痒くもない。
それどころか目立った毒性も表さず、これによる致死率は0に等しい。
ただし……この毒を食べた者は対となる毒薬で一瞬にして葬られてしまう。
誰が毒を盛っているのかわからない。誰が羊の皮を被っているのか分からない。
それすなわち仲間の輪の中に疑心暗鬼を生み出し、動きを一層麻痺させる結果となる。
見破る方法はただ一つ……その羊の皮を被った誰かの顔を知っている奴が見つける事だけだ。



〜冒険者ギルド 事務室〜

「なぁ、ミリアさん……何で俺がわざわざこんな格好をしなきゃならないんだ?」

出かける用事があると言われて中に引っ張りこまれ、俺はミリアさんに礼服らしきものを着つけられていた。正直言って窮屈な事この上ない。

「それはもちろん本部のお偉いさんの所に顔を出さなきゃいけないからよ。貴方いつも適当に直しただけのボロボロの服着てるじゃない。ちゃんとにおめかししないとね〜♪」

人食いダンジョンの調査に成功してから一週間後、俺にギルド本部から召集命令が下った。
何でも難しい事件を解決してくれたからという事で表彰を受ける事になったんだとか……。
それなら今までいくつも解決している気がするのだが……何故今になってなのだろうか。

「今までの貴方は素性の知れない異邦人だったから。でも幾つもの難事件を解決している内に評価をしないとマズいという状況になったみたいね。知らないでしょうけど貴方は本部では結構人気が出てるのよ?」
「噂の独り歩きだろう。きっと向こうじゃ天を割るほどの大男か何かだと思われているに決まってる。」

おまけで精力絶倫のインキュバスか何かだと思われているのなら是非にでも訂正したい。
薄弱とは言わないが人並みだ、人並み。

「向こうでの貴方の噂知ってる?」
「いんや、行ったこともないからな。」
「ピンチに駆けつけ颯爽と助けていくイケメン好青年♪」
「なぁ、俺本当に行かなきゃダメか?ダメならダメでロバートに影武者任せるとかさ。」
「却下♪」

どうやら俺の意見はガン無視らしい。これ以上変なフラグが立たないように祈るしかないか……。

「わぁ……おにいちゃんかっこいい……」
「でしょう?馬子にも衣裳とはよく言ったものねぇ」
「おい、そりゃどういう意味だ。」
『マスターが馬っぽいからではないですか?種馬的な意味で。』
「相変わらずヒデェなおい。」

否定はできないが肯定もしたくない。

「アニー、彼に付き添っていてあげなさい。うかうかしていると向こうの女の子に取られちゃうわよ?」
「え、やだ!」

俺のことを離すまいとがっしりと腰に抱きついてくるアニスちゃん。どれだけ俺の事を好いてくれているのやら……。好かれて良い程俺は碌な奴じゃないというのに。

「少なくとも今日一日は付き合ってもらうわよ。ただでさえ貴方に会いたいって子が山ほどいるんだもの。」
「いや待て、子って事は殆どが魔物か?」
「人間よりよほど有能な子が多いんだもの。自ずと割合も多くなるわね。」

誰か、コピーロボットを貸してくれないか?俺は今日一日ヒロトの所でコーヒーでも飲んでのんびりしているから。

「だいじょうぶ!おにいちゃんはわたしがまもるから!」
「ありがと……頼りにしてるよ。」
内心凄まじく不安ではあるが。

『アルテア公開オークション、はっじまっるよー』
「テメェは縁起でもないこと言うんじゃねぇ。」



〜大要塞都市 アイゼンクレイドル〜

旅の館で目的地であるアイゼンクレイドルへと到着する。
この街は360度が巨大な防壁で囲まれた城塞都市で、あらゆる方向からの攻撃に耐えられる堅牢な要塞として機能している。
上空には巨大なバリアフィールドが張られており、空からの侵入は不可能。
結界によって都市内部への転移は旅の館以外はできず、唯一の侵入経路は東西南北4箇所にある関所からのみ。
その関所の門も防護紋と呼ばれる特殊な魔方陣を転写する事によってあのオリハルコンよりも耐久性が高くなっている。
一見すると防壁によって外への発展を妨げているように見えるが、この都市にはまだまだ奥がある。
ジャイアントアントが絶えず地下に都市を発展させているおかげで今ではこの都市は表面上からは見られないほど広大な土地を地下に持つこととなっている。
建材も木製ではなく幾何学模様の光の筋が浮かび上がる鋼板を貼りあわせて作られるタイプの物で、どちらかと言えば俺の住んでいた世界に近い物となっていた。

「ちなみに行政の中枢部はこの地表部分。私達が行くのは……地下10階にある冒険者ギルドの本部ね。街の中央にあるエレベーターで行くことになるわ。」
「エレベーターがあるのか……」
「元はといえば異世界を探検してきたリリムが技術を持ち帰って再現してみた物らしいけどね……。そもそもそこまで巨大な建造物ってこの世界には無いからもっぱら地下への移動手段になっているわ。」
「まぁ使い方は間違ってないけどな。」

どの世界においても便利なものは便利だな。
中心部の幹線エレベーター施設へと行き、エレベーターを呼び寄せるボタンを押す。
するとエレベーターが地上階まで登ってきてベルの音を鳴らしながら扉が開いた。

「ひゃうん、きもちいいよぉ……」
「ほら、見られてるぜ?」
「ぁ……ぁぅぁぅ……」

俺は無言でエレベーターの扉を閉めるボタンを押してその突発的なまな板ショーを終わらせる。

「……別のエレベーターを呼びましょうか。」
「……だな。」
「……ふぇ!?なに、なにいまの!?」
『気にしたら負けです』



そこからエレベーターを駆使して様々な場所をめぐった。
商人ギルド、ハーピートレイラー、シーフギルド、傭兵ギルドetc…
やることと言ったら挨拶回り程度だったが。

「ミリアさん顔広いな……」
「これも昔のコネって奴よ。繋がりは増えれば増えるほど有利って事。」

しかし、商人ギルドへ行った時はマジで人生が終わったかと思ったぞ。
今現在の雇い主の目の前で金貨がぎっしり詰まった革袋を積んで

「欲しいだけあげるからうちにこないかい?」

なんて言われるんだもの。アニスちゃんが涙目になって抱きついてミリアさんの顔が凄いことにならなければ揺れていたかも知れない。

「あのタヌキ……私の知り合いの中で一番苦手だわ。」
「例のブラックハーピーより?」
「まだ小娘に見えるわね。」

刑部狸こえぇ。



〜冒険者ギルド本部 エントランス〜

初めて来た冒険者ギルドの本部は凄まじい大きさだった。
まるで要塞かとも思えるほどの壮大な出で立ち。併設されている宿舎も高級ホテルかと言わんばかりの外装である。格差社会の闇を見た。

「何、冒険者ギルドってこんなでかい組織だったの?」
「ギルドと言えばそれぞれの専門職が組合という形で集まったものを指すのだけれど……冒険者ギルドだけは少し形式が違うのよ。何でも屋という形をとっているからその分様々な分野への手を幅広く伸ばせる。その分いろんな業界からの利益が一気に集約する……」
「うちのギルドが大衆酒場っぽくなっているのは?」
「単純に予算がないだけね。利益と出資がカツカツとは言わないけれど豪華な内装外装を整えるなんて無理無理。私の所ができるのは精々が冒険者の移動手段の確保と生活の保護、クエストの斡旋ぐらいのものね。」

金がないって……寂しいね。

「でもでも、おかあさんのぎるどってたのしいひといっぱいいるよ。」
「そうね、少なくとも信頼していない人は入れていないつもりだから。」

となると俺は少なくとも彼女に信頼されているって事か。素性も得体も知れなかった俺を受け入れてくれた……感謝してもしきれないな。

「(……ごめん、なさいね。)」



冒険者ギルドのお偉いさん……とは言っても特にふんぞり返っているような人達という訳ではなかった。
顎髭を生やしている精悍な初老の男性や、挙動に全く隙のないリザードマン、俺の肩を叩いて豪快に笑うミノタウロス(勢いが強すぎて叩き倒された)、見た目こそは幼いのにやたらカリスマを放つヴァンパイアなどやたらキャラが濃い。

「ぅー……」

アニスちゃんはと言うと俺のズボンを片時も掴んで離さない。それもその筈、全く途切れることなくねめつけるような視線が俺を刺しているのだ。まるで獲物を虎視眈々と狙っているかのような。

『警告、ロックオンされています。警告、ロックオンされています。警告、ロック……』
「もういい……警報切れ。煩くてしょうがない。」

やれやれ……どれだけ飢えているんだ。さっさと相手見つけろ。できるのならばその相手は俺じゃない事が望ましいが。

「で、後は誰に会えばいい?」
「あとは……人事部のアンドレって人ね。ギルド全体の異動や登録、解除を管理している人よ。」
「ふぅん……」

一日机にかじりつきっぱなしとは……さぞかし退屈だろうな。
俺はどちらかと言うと体を動かす方が性に合っている。

「失礼します。ミリア=フレンブルク、アルテア=ブレイナー両名出頭しました。」
「ご苦労様です。どうぞ、お入りください。」

ミリアさんのノックと声にドアの中から声が聞こえてくる。
扉を開けて中に入ると濃密な紙とインクの匂いが室内を満たしていた。
中には細身の男が指先を組んで机に着いていた。

「そちらが……かのアルテア氏ですか。ようこそ、アイゼンクレイドルへ。」
「そりゃどうも。アルテア=ブレイナー、モイライ支部所属だ。」

何だろうか。こいつは……嫌な感じしかしない。それどころか以前どこかで会っている気がする。

「ミリア女史、私は彼に少しばかり用事があります。少しの間席を外してくれますか?」
「それは……」

ミリアさんがちらりと俺にしがみつくアニスちゃんを見遣る。不安そうに見上げてくるアニスちゃんを少し気の毒そうに見ていたが……

「分かりました。アニー、行くわよ。」
「ぅ……はーい……」

ミリアさんがアニスちゃんの手を引いて部屋を出ていく。
後には彼と俺だけが残された。
空調は効いているのか暑苦しくはないが、嫌な汗が背中にベッタリと張り付いているようだ。

「さて、アルテア氏。少しばかり場所を移しましょう。ここでは少しばかり話しにくい事な物ですから。」
「……了解。」

部屋を出ていく彼に無言で付き従う。

「(……ラプラス、デザートイーグルだ。)」
『(了解、デザートイーグル展開。)』

彼の視線が外れている隙に鵺からグリップごと拳銃を抜き取ってズボンの背中側へとねじ込む。使う事がなけりゃいいんだが……。



〜冒険者ギルド 訓練施設 コロシアム〜

俺は彼に付き従って訓練施設のだだっ広いコロシアムまで来ていた。
確かに内緒話をするのであれば壁の無い開けた所の方が聞き耳を立てられる心配はないが……

「さて……お久しぶり、とでも言いましょうか、アルテア氏。」
「お前は……一体誰だ?」

芝居がかった仕草で両手を広げてこちらへ振り返るアンドレという男。
なるべく不自然に見えないように後ろに手を組んで彼の行動を待つ。

「忘れましたか?ミシディアではもう既に会っているというのに。」
「何を言って……!?」


─あと……本物のアルターはそんな言葉遣いはしませんよ……─


「お前……何故こんな所にいる。」
「さて、どうしてでしょうねぇ。当ててみますか?幸いそれぐらいの時間はあるでしょう。」

こいつは……人事部の責任者。冒険者の全ての人員とその大まかな行動を把握している人物でもある。
そして今現在発生しているアルターの襲撃事件……被害者、内通者……

「お前が……羊皮事件の黒幕か。」
「ご名答……というよりここまでヒントが出ていれば誰だって気づきますね。今まで分からなかったのはただ私の素性を誰も知らなかっただけの事。」

朗々と語り続ける男……いや、あの時の神父。

「アルターに似た人物がいるという事は彼の持つ武器からは聞いていました。まさかこちらの世界まで来るとは思っていませんでしたけどね。お陰で様々な予定が狂ってしまいましたよ。」
「予定、ね。大方お前の素性を知る奴が冒険者ギルド内に置いておくと不味いとかいうのが理由か?」

こういう内通者は正体を知る人間が一人でもいると立場がかなり危うくなる。
先日の人食いダンジョン……恐らくは俺を始末するためにわざと一人で行かせたか……

「全く……ここまで積み上げた物が台無しですよ。貴方一人のせいで私の立場が瓦解する。実に困ったものです。」
「積み上げた物……ね。差し詰め最初の羊皮事件で起きた一斉襲撃はお前がギルドに入る際の目くらましといった所か?」
「えぇ、さらに言うなれば……紹介を受けないとギルドに加入できないように制定したのも私です。中立とはいえ冒険者ギルドは一大勢力……あまり増えられると私共としても立場が危うくなりますから。」

襲撃の危機感に乗じて効果的な策をあげてトップに上り詰める。
後は手に入る情報を教団に流し、始末させる。タイムラグがあったのはおそらく……アルターを手に入れて使えるようにするまでの時間だ。
今までも襲撃はあったのだろう。ただし、魔物や冒険者が強すぎて並みの襲撃者では返り討ちにあって問題にならなかっただけの話だ。

「で、それを俺に話してどうするつもりだ?内部告発をして欲しいってわけじゃないんだろう?」
「そう、ですね。強いて言うのであれば……」

不敵に口元を歪め、ポケットから何かを取り出す。あれは……ロザリオ?

「ここで全て種明かしをしても無意味だからでしょうか。貴方はここで私に始末されるのですから。」

ロザリオの十字架が白く光り輝き、強い閃光を放った瞬間に巨大な十字架が土を盛られた床に突き刺さる。

「全く……貴方という人は何度死地に送り出しても帰ってくる。周囲は貴方を慕う魔物で固めて……手を出せば逆にこちらがやられてしまいます。苦労しましたよ、貴方を全ての加護から引き離すのは。」

ガラガラとコロシアムの入り口が閉じていく。逃げ場は、無い。

「アルターを差し向ければ早いのですが……何分貴方はほぼ常にと言って良い程親魔物領にいますからね。流石に彼といえど敵地に放り込む訳にはいきません。何しろ私の切り札ですから。」

床に刺さった十字架を引きぬき、それに埋め込まれている髑髏状の取っ手を握って俺へと向けてくる。

『データ照合……類似武器該当一件。パニッシャーです。』
「ご名答……とはいえこれは彼がもたらした技術で複製した物ですから。差し詰め『パニッシャー・レプリカント』、といった所でしょうか。」

あれは改造人間クラスの身体能力を極限まで高められたような人間兵器が使うような代物だった筈だが……これだけ細身の男がこれを扱うには少し無理がある。

「いずれにせよこれを向けられた時点で貴方には生きる術はありません。ご安心ください、貴方は私との模擬戦中に不慮の事故で死亡したと言っておきましょう。」
「それで安心しろっていうのは無理があると思うがな。」

引き金をひかれる前に横っ飛びに斜線から体をずらし、背中側のデザートイーグルを引き抜きつつ牽制射撃。
狙うのは相手の銃身。わずかに弾いた銃口が完全に俺から斜線をずらし、あらぬ方向へと砲弾が飛んで行く。砲弾とは言え出てきたのは高速で飛んで行く光の玉。
だからと言って油断はできない……壁にぶち当たったその砲弾は壁を砕き、その奥の観客席すらも破壊しているのだから。

「銃による中距離戦闘はこっちの方が一日の長があるってもんだ。貰ったばかりのおもちゃを振り回すような坊さんには負けないぜ?」

デザートイーグルを鵺に戻し、今度はオクスタンライフルを展開する。
中〜近距離ならこれである。

「そうですか……それならこれはどうです?」

今度は長い方ではなく短い方をこちらへと向けてくる。本来のスペック通りだとあれは……

「まずい……っ!」
「無駄ですよ……」

慌ててオクスタンライフルを戻し、フェンリルクローを展開。飛んできた光弾をなんとか弾いて客席の方へと飛ばす。瞬間、猛烈な衝撃波と閃光が体を叩く。
見ると着弾した観客席……コロシアムの五分の一程度が消し飛んでいた。

「おやおや、弾いてしまいましたか。これは残念。」
「てめぇ、それをこの距離で使うか!?自爆する気かよ!?」
「いえ、どうかお気になさらず。自分の魔力では自身は傷つきませんので。」
「っ……反則過ぎて笑えねぇよ!」

どうやら自身の魔力を増幅、変換して破壊力に変えるような装備のようだ。アルターの奴……とんでもない物を持たせやがって……。

「(くそ……どうする?フェアリーで動きを封じるか……しかしあの爆風に巻き込まれたら一発でオシャカになる。出力の高い兵器はチャージに時間がかかる……!)」
「休む暇を与えるとでも?」

またも光弾を連続で飛ばしてくる。今度のは機関砲タイプ……大きな爆発こそしないものの威力は先程の通りだ。まともに当たったら……体が蒸発する!

「こっのっ……マジふざけんなぁぁぁぁああああ!」

怒号をあげてはいるがやっていることは全力で逃げ回ることだ。これじゃあジリ貧になりかねない。

「ショットガン!」
『了解。M870展開。』

適当にばら撒いても命中するショットガンで攻撃するが、十字架を盾に防がれる。堅牢さはオリジナル譲りらしい。

「マイクロミサイル!」
『了解。マイクロミサイル展開。』

肩と大腿部にミサイルポッドを展開。相手の周囲を目標に一斉射撃を行う。
流石に爆風であれば防ぐことは……

「無駄ですよ。」

言うが早いか奴が地面へ向けて魔力弾を放つ。
光弾はその場で巨大な爆発を起こし、ミサイルによる爆風を薙ぎ払う。無論、神父は無傷だ。

「フレイムスロワー!」
『了解。フレイムスロワー展開。』

今度は火炎放射器。ダメージは与えられなくとも周囲を火の海にして動きを封じるぐらいは……!

「させると思いますか?」

炸裂する魔力弾をこちらへと向けて飛ばしてくる。こいつを避けきるには全力で逃げるか打ち返すかしかない。そして、打ち替えずためのフェンリルクローの展開には間に合わない!

「でぇぇぇぇええええ!」

攻撃を諦めてその場から全力で逃げる。
着弾の衝撃で大きく転がされ、土の床に頬をつけて倒れこむ。倒れた際に口の中を切ったのか……砂利と血の味が口の中に広がる。

「っぺ……ちきしょう……無茶苦茶だ……」

今まで俺が立っていた場所は巨大なクレーターとなっていた。おそらくつったって居たら骨すら残っていなかったかも知れない。

「どうしました?そろそろ立っているのもやっとですかねぇ?」
「っけ……ほざいてろ。」

とは言えこのままでは一方的に攻撃を受けるだけだ。せめて攻撃を受ける機会を減らせればこちらが攻撃する機会も増えるという物だが……。

「(攻撃を……受ける機会を減らす?)」

言い換えれば攻撃を受ける確率を減らす、という意味でもある。つまり、相手が見当違いの方向へ弾を撃ってくれれば安全に攻撃に専念できるという事だ。

「打てる手は全て打つか……ラプラス、ダミーコートだ。」
『了解。E-Weapon<ダミーコート>展開。』

体の各部を覆うように白をベースとしたアーマーが装着されていく。気分は軽く変身ヒーローだ。そして何より驚いたのが元から展開されていたマイクロミサイルのミサイルポッドとぴったり規格が合った事だ。このミサイルポッド……元からこのアーマーと同時に運用するよう設計されていたのかもしれない。

「鎧を着込んだ所でこのレプリカントの前では物の数ではありませんよ。」
「まぁ、な。直撃すりゃ一溜りもないだろう。だがな……」

アーマーの各所に取り付けられているレンズがぼうっと光を放つ。すると、俺を模倣した立体映像が一つ、また一つと増えていく。その数、実に十数体。
その一つ一つが別々の動きをしている。恐らくはラプラスがいくらかの法則の元に動かしているのだろう。

「さて、どれが本物だ?」

立体映像がバラバラと動き、俺もそれに合わせて動きまわる。
あっという間にシャッフルカップ状態だ。」

「っ……味な真似を……!しかし、一度に吹き飛ばせば!」

例の炸裂弾をやたらめったらな方向へと乱射する。
それを何とかかわしつつ、ダミーコートのもう一つの機能を起動させる。
あとは……あいつがそれに気付かないことを祈るだけだ。



「はぁ……はぁ……全て……消し飛ばしましたね……」

奴が肩で息をして周囲を見渡している。まだこちらには気づいていないようだ。

「死体は……ありませんか。不味いですね、これでは死亡を証明する事ができません。」

デザートイーグルを展開。足音を殺して奴の背後に忍び寄る。

「まぁ……いいでしょう。隅々まで調べれば先ほどの鎧の欠片の一つも出てくるでしょうし……それに異邦人が一人消えた所で気にするのはごく一部の者たちでしょう。もみ消せば問題ないでしょうし。」

奴が振り返り、出口へと向けて歩き出す。無論、その間には俺が立っている。
奴の額へと照準を定め、そのモードを解く。

「よう、大暴れご苦労さん。」
「な……!」

何かリアクションを起こす前にトリガーを引く。大口径の弾丸が額を貫き、頭の向こう側へと貫通。空薬莢が土の地面へ乾いた音を立てて落ち、寂しげなゴングを鳴らす。


羊の皮を被った神父は……ここに力尽きた。


コロシアムの扉が重たげな音を立てて開いていく。息せき切って入ってきたのはミリアさんだ。

「あ、アルテア!無事なの!?」
「ん、まぁな。それよりは……こいつだ。」

俺の足元で額を貫かれているアンドレを視線で指す。
彼女は最初こそ息を飲んで立ちすくんだものの、何があったのかを聞いてきた。

「俺を始末しようとした直前に洗いざらい喋ってくれたよ。こいつが……羊皮事件の真犯人だと。」
「そんな……彼は今まで何年もギルドの為に……」
「表面上は、な。ギルドの拡大防止と情報の漏洩を一度に行なっていたようなもんだ。もしかしたらこいつの身辺を洗ってみりゃ内通の手紙とかが山ほど出てくるかもしれん。」

ふと気になったのはアニスちゃんの事。流石に彼女にこの現場は見せられない。

「アニスちゃんは?」
「今は知り合いに預けてあるわ。緊急事態にあの子を連れ回すわけにはいかないし……」
「懸命だな。彼女にはあまりこういう物を見てほしくない。」

こいつは……親魔物領の彼女達を見て何も思わなかったのだろうか。
ただ日々を一生懸命に生きて、平和を享受していた彼女達を。

「悲しい人ね……。もし貴方の話が本当だとしたら自分の信じるもの以外を信じることが出来なかったという事だもの。」
「誰しも曲げられない物は持っているものさ……たとえそれが間違いだと知っていても。」

こいつは……自分のしていることが間違っていると気づいていたのだろうか。それとも、盲目的に魔物達を敵視していたのだろうか。
死んでしまった彼に、もう喋る口はない。



その後数時間、俺はギルドの一室で軟禁状態にあった。それもそうだ、ギルド本部の幹部の一人を殺害してしまったのだから。

「おにいちゃん、だいじょうぶだよね?」
「何が大丈夫なのかは知らないが……少なくとも俺は間違った事をした覚えは無いからな。きっと大丈夫さ。」

同じソファに座ってアニスちゃんが心配そうに俺にしがみついてきている。
それをなだめるように彼女の髪を手で梳いていると……

「ただいま……彼の書斎から色んな手紙が見つかったわ。どれも教団から届いたものみたいね……。」

扉を開いてミリアさんが入ってきた。
心から安心したかのように彼女の顔は緩んでいる。

「そうか。まぁそうじゃなきゃ困るが……。」
「羊皮事件を真の解決に導いてくれた貴方の為に祝い事を……って話もあったんだけど色々あってお流れになったわ。何しろ重要なポストが空白になってしまったのだもの。彼の穴を埋める作業で大忙しよ。」
「そいつぁ残念だな。豪華な食事でも出てきたら有り難かったんだが。」
「穴埋めと言っては何だけど……私達でご馳走するわ。せめてものお礼。」

それはそれで魅力的だ。彼女の作る料理は温かくてどこかなつかしい気持ちになるし、アニスちゃんも俺が一緒だとしたら腕の振るい甲斐があるだろう。

「きょうのごはんはおにいちゃんもいっしょ?」
「らしいな。楽しみにしてるぜ?」
「うん!」

先程までの不安そうな様子はどこへやら。うれしそうにしっぽをくねらせて抱きついてきた。



『…………』
「ん、どうしたラプラス。何か気に掛かることでもあるのか?」

帰りの道すがら沈黙を保つラプラスが気になって聞いてみる。

『彼ほどの人物が自分の倒れた後の事を何も考えていないという事があるでしょうか……』
「そう……だな。何かしらあって然るべきかもしれん。注意しておくに越したことはないか。」

喉の小骨のつかえが取れて一安心……という間もなく新たな不安が浮かび上がってくる。
このまま何もない事が一番なのだが……。



〜???〜

アルターに宛てがわれている部屋。
彼は特に何をするでもなくただじっと椅子に座って薄暗い部屋の中で一点を見つめていた。
考えているのは先日のダンジョンでの一件。

「………………」

彼がいくら考えても答えは見つからなかった。
彼のパトロンであるアンドレもここ暫くは会っていない。故に、この問題を聞いてみることもできなかった。
ふと、彼のコートの内側が熱くなる。彼が取り出したのは一枚の紙だった。
指定した人物の状態が変わるとその紙も変化する、『シンクロ』という術式が込められた式符。
その紙にはこう書いてあった。

『アンドレ=カリューニス 死亡』

その紙を元通りに畳んでコートの内ポケットへと仕舞う。

『指令の変更を確認。最優先ターゲットをALLS-S001に固定。それ以外の目標の殺害を全て放棄。』
「了解。目標の抹殺を開始する。」

良くも悪くも、彼はこれで考える事から解放された。
彼は言い遺された最終目標を狩るためにただ一人動き始める。
12/07/19 23:06更新 / テラー
戻る 次へ

■作者メッセージ
〜あとがき〜
一つの終焉と一つの始まりが交錯する第61話、いかがでしたでしょうか。
以外なことにこの1話は1日で書けたという最近ではかなりハイペース気味な1話だったりします。(平均1週1話ぐらい)

今回出てきたパニッシャー・レプリカントは皆さんご存知あの十字架兵器の模倣品です。
所持者の魔力を増強、変換することにより強大な破壊力を持つ光弾を発射するパニッシャーの魔道具版と言いましょうか。
ちなみに人間の彼が使ったからこの程度で済んだのであって、魔力総量の多い魔物娘が使うとえらいことになります。ハルマゲドン起きます。

恒例の感想返信。この場を借りて謝辞をば。

>>マイクロミーさん
たまにはこういう事もあります。何故か彼の場合攻略する方よりされる方が難しいという妙な体質があります。鈍感的な意味ではなく、壁的な意味で。
ここまでやんわりと落とした彼女はある意味魔性?

>>TATさん
コンバーターの扱いムズカシイデス。巻数とか世界とか削り落としてあの形に……何だよ挿絵が見てるって。
切り裂かれたり貫かれたり串刺しになる対価がハーレム……もう少し負傷レベルを下げれば一人に絞れた……と思いきや行く先々で自分からトラブルに巻き込まれては再びフラグ立てそう。おせっかいとフラグ体質は表裏一体なのか。

>>ネームレスさん
言葉だけだと綺麗ですけど彼女の格好は現代風に言うなればジャージ+セットしていないボサボサの髪状態。想像してみると台無しである。

>>自衛官候補生さん
ツンデレはここまで素直じゃない気がしなくもない。が、デレた時の破壊力が凄まじいのは同意。

>>流れの双剣士さん
技術が及ばなくても否定しきれないのが図鑑世界の彼女達なのだよ。
現にお湯が出るシャワーがあるという所もあるという話だし、模造品らしきものは既に1度出てきているという(仔鵺、虎牙鎚がその片鱗)
流石に近代兵器の精密機器は作れなくとも火縄銃程度であればホイホイ作ってしまいそうな感覚が……

>>名無しさん
こういう過去を背負った人を出すのは自分の趣味なのだろうか……無意識って恐ろしい。
今回の彼は『戦って誰かを救う』から『戦いを捨てて共に生きる事によって彼女を守る』という生き方に変わった希少な例かもしれません。

『遊びに来ました』
「「!?」」

>>Wさん
最近甘いのやバトルよりバカなノリ(姉僕のような)の方が筆が進んで困る。
もう全行程の85%程度なのでサクサクかき上げてしまいたい所。
力を持っているとどうしても争いごとに巻き込まれるのでいっそ手放してしまおう、というのが彼の判断。逃げるかいなすかぐらいしか手段がなくなった彼にとって決して楽な道のりでは無かったことが容易に想像できます。

今週は親知らずが悪化してまともに掛けなかった……
執筆時間を稼ぐ為に来週はお休み。代わりに書きためてあった姉僕を投稿します。それではまた来週ノシ

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33