読切小説
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リリィお姉さんのパーフェクト訓練教室
 黄昏時の訓練所……訓練用の木人形が立ち並び、木製の武具が傘のように並びたてられている広い室内で私とその『少年』は対峙していた。 
 戦う邪魔にならないように、と私が短く切ってあげた紅の髪は今までの訓練で彼の顔に少しだけ張り付いている。まだまだ輪郭も丸く、幼い色を残す彼の顔は身体に溜まる疲労に上気して、息を荒く上げていた。まるで情事の最中を連想させるような姿ではあったものの、強い意志が込められた黒曜石のような瞳と、低めに構えた木製の槍がそのイメージを払拭させる。
 まだ幼い…少年と呼べるような彼―ジェイク・バーキンスが持つ槍は訓練用に作られた木製のもので、本物よりも大分軽い。その分、取り回しも易しく、半分子供のおもちゃのようなものではあるものの、両手でしっかりと持ち、穂先を地面へ向けるように斜めに構えたその姿は、意外なほど様になっていた。

 「…行きます…っ」

 言いつつ、彼の足は一歩踏み出した。ズダンっと響くほどに踏み抜かれた床からの反発を得たその一歩は、訓練中とは思えないほどの速度と正確さで、この年頃の少年にはあるまじき筋力をジェイクが秘めている事の証左でもある。そして、そんな少年が、速度を殺さず、そのまま肩から叩きつけるように放つ一撃もまた、下手な大人ならば腰を抜かしてしまうほどの威力と速度を秘めていた。

 ―けれど…遅い。

 彼の性格を現したかのように生真面目で一直線な一撃は真正面から私の肩へと向けられる。その速度はさっきも言ったとおり大したものだ。才能すら感じさせる。…けれど、実戦の場で一線級と戦っている私にとっては、『この年頃にしては』早いだけの一撃に過ぎない。

 「ふっ」

 力を込める為に少しだけ息を吐きながら、私は正眼に構えた木製の剣を少しだけずらす。がつっと、ぶつかったような音と衝撃…そして横槍を入れられて、狙った肩を少しだけ…けれど、掠る事も出来なかった槍は空しく空を突いた。

 ―さぁ、どうする…?

 その隙に今度は私も一歩踏み出す。正眼に構えているだけに、ジェイクのように大きな音こそしないものの、室内であれば音一つなく移動できるそれは、目の前で見ていてもいきなり接近したように感じるだろう。その証拠に私の剣の射程圏に入った彼は驚きに目を大きく開いた。
 けれど、それも一瞬のことだ。すぐに気を取り直して、突き出した形のままの右手を私へと向ける。まるで殴るようなポーズになった事で、穂先が左手へと近づいた。そのまま左手でしっかりと握り締め、私の一撃をけん制するように構え直す。

 ―なるほど。考えたな。

 今までは延ばしたままの槍を無理に手元に引き戻そうとしていたので、接近していた私に対処できず、木剣の一撃を受けていた。その経験から彼なりに学習したのだろう。外したのであれば、落ち着いて防御に徹して、次の機会を待てば良い、と。

 ―正解だ。

 それは槍を使うものにとっての基本戦術だ。元々、リーチに優れる反面、引き戻しに手間のかかる槍は一発屋の部分がある。外せば死、当たれば勝ち。そんなハイリスクハイリターン…逆に言えば素人でも運が良ければそこそこになってしまう武器には、今では多くの対抗策が用意されている。
 私の、構えているこの正眼の構えもそんな槍対策の一つだ。突く、と言う攻撃方法である以上、槍は横からの動きにとても弱い。そんな槍の突ける範囲を真正面に構える剣で制限しながら、左右どちらに突いても軽く剣で弾くことができる正眼の構えは、槍の天敵の一つであると言える。

 ―だからこそ、槍を使う者にとって防御は生命線なのだ。

 無論、他の武器でも防御手段と言うのは決して軽視できるものではない。けれども、有史以来、優秀な武器として猛威を振るった槍は、多くの対抗策を取られながら、未だに『突く』と言う事を基本としている。『突く』と言う事で致命傷を与えるには筋肉を伸ばしきらなければならない。そしてその伸ばしきった筋肉を再び収縮させるにはどうしても一呼吸必要だ。その隙は殺し合い、と言う場では文字通り致命的となる。…だからこそ、槍を使うものにとって、『外した時』の保険である防御を学ぶのは、どんな武器よりも大事なのだ。

 ―ご褒美だ…っ!

 その答えに自分から行き着いた事が嬉しくて、私は少しだけ手に込める力を緩めた。七割程度の力から五割程度へ。少なくともぶつけた衝撃で槍を落として凹まない程度に落とした力で、私は木剣をジェイクの持つ柄に向かって振り下ろした。

 「くぅ…っ」

 五割程度の力とは言えど、まだまだ子供の彼と私では身体に秘める力の差がありすぎる。それは小さく呻いた彼と、手に痺れさえ伝わらない私と言う形で明確に現れた。

 「ふっ…」

 そんなジェイクを追い詰める為に私は小さく息を吐いて、一歩を踏み出した。鍔迫り合いのようにお互いの間でぎちぎちと鳴っている音も、それに従って、ジェイクの方へと傾く。

 ―さぁ、どうする…?

 槍にとって柄はもっとも重要な部分だ。この長さが槍にとっての最大の武器であるリーチを作るものであるし、緊急時には鈍器として使うことの出来る。けれど、その部位は多くの場合、木製である。柄も鉄で作る槍もなくはないが、脊力に優れる男で無ければ―例えば彼の父親のように『勇者』にも近い男でなければ―まともに振るうことも出来ないだろう。

 ―さぁ…そろそろ柄が持たないぞ…?

 木製である以上、柔軟性に優れているし、高級な槍ともなれば鉄にも劣らない硬さを持つが、そんな高級なものであっても、こうして剣を受け止め続けて柄が無事で済むわけが無い。このまま硬直していれば、いずれ耐え切れなくなって崩壊し、頭ごと叩ききられるだろう。実際、こうして五割の力で、それも木製同士の武器を使っているにも関らず、彼の持つ槍の柄はめしめしと悲鳴のような音を上げている。折れるのも時間の問題だろう。

 「はっあああああっ」

 そんな柄を見かねたのか、大きく気合の声を上げながらジェイクが押し返してくる。さっきまでのジェイクなりに考え、構築してきたやり方とは違う力任せの反抗に少し失望しながら、それを封じようと力を込めた瞬間、私の身体は地面に向かって飛び込んでいた。

 ―な…っ!

 呆然としたような驚きと、そして喜び。…けれど、それは一瞬で過ぎ去り、すぐに彼の仕業だと理解した。

 ―穂を引いたのか…っ!

 私が力を込めた瞬間、左手を引き、剣を柄で滑らせるように流したのだ。そうすれば、力を込める為に重心を前に出していた私は拠り所をなくして、前へとつんのめる事になる。小さい子供がやるような悪戯で、「ひざかっくん」なんて言うものがあるが、アレと同じ原理だ。そして…それとは比べ物にならないほどスムーズに行われたからこそ、私の身体は地面に向かって飛び込んでいるような錯覚を覚えたのだろう。

 ―力任せの反抗もこれの布石か…っ!

 力で劣る相手が力任せに抵抗しようとすれば、多くのものがより大きな力でそれを抑え込もうとするだろう。それが一番楽だし、簡単だからだ。けれど、彼はそれを逆手にとって、今、最高のチャンスを手にしていた。

 「はああああああっ!」

 今までに無い強い力を声に込めて、ジェイクはそのまま私の頭へ向かって右手を突き出した。自然、彼の右手に握られている柄の先が私の頭へと襲い掛かる。普通であれば当たるだろう。いや、首以外であれば、ここまで考え私を追い詰めた褒美として当たってやっても良かった。けれど、首は駄目だ。首だけは駄目なのだ。

 ―だから私は両手に持つ、木剣を捨てた。

 「ふっっ」

 そのまま倒れこむのを右足を大きく踏み出して堪える。けれど、それで私の隙が完全に消えたわけではない。既に、スピードと威力の乗った柄はすぐそこにまで近づいてきていて、私の首を吹き飛ばすまで後、一秒も無いだろう。…けれど、私は慌てず、それを左手で受け止め、がっちりと握り締めた。

 「え…?」

 ―ご褒美だ。優しく寝かせてやる。

 最高の一撃をあっけなく受け止められ、呆然とした表情のまま固まった彼の顎を右手の掌で打ち上げ、脳を揺らし…この日の訓練の最後も彼の気絶と言う形で幕を閉じたのだった。







 「ふぅ……」

 敗北し気絶したジェイクを膝の上に優しく横たえてやる。…まぁ、その、俗に言う膝枕の体制と言う奴で、少し落ち着かないのも事実だ。けれど、折角、毎日頑張っている彼を起きるまで無造作に床に横たえさせるわけにもいかない。

 ―だから、これは仕方ないことだ。うん。

 そう自分に言い聞かせ、私は優しく彼の頭を撫でた。夕暮れ時の少し肌寒い空気の中で、いまだべっとりと肌に張り付いているその髪は、それだけ彼が努力していると言う証拠でもある。

 ―まだこんなに幼いのに…。

 麻色の訓練着に包まれたその身体は、一目で見ても少年と分かるほどの小ささだ。肩幅は小柄な私よりもさらに二周りほど小さいし、身長は私より頭一つ分ほど下だ。まだまだ子供としての丸みを多く含むその肢体は、本当はこんな激しい訓練するよりも、友人と遊んで泥だらけになっている方が相応しい。…けれど、彼は友人と興じる遊戯よりも、一人前になるための訓練を選んだ。

 「うぅ……ん……アレ…?」

 そんな考え事に没頭していると、小さく呻き声を上げながら、ジェイクが目を開けた。最初は状況が分からないようで、焦点も定まっていなかったが、数秒で、その目に強い意志が宿る。…主に後悔の念に彩られた意思が。

 「起きたか?」

 けれど、私はそれに突っ込まない。訓練中やその後での後悔は誰もが通る道なのだから、一々優しく接して慰めてあげるわけにはいかない。例え幼くとも、一人前になりたいと私に教示を乞うた時点で、全て見習いなのだ。そしてそこに特別扱いは無い。ただ、後悔の念を少しでも原動力にしてやることだけが私に許された事なのだから。

 「リリィ姉さん…」
 「馬鹿。師匠…もしくは先生と呼べと言っただろう?」

 私の名前を呼ぶ声に、少しだけ悪戯っぽく答えて頭を撫でてやる。けれど、それは今のジェイクには辛い事だろう。彼の姉代わりとして、ずっと接してきた呼び名を禁じて、甘える事を遠回しに戒めているのだから。

 「はい…師匠…すみません…」

 言いながら彼は右手を目の上に横たえた。…恐らく今日は少し自信があったのだろう。自分の頭の中で何度も考え、構築し、通用すると思っていた戦術なのだろう。けれど、それはいとも容易く打ち砕かれてしまった。経験上、その反動が後悔や自失と言う感情となって彼の幼い身体を駆け巡っているのは私にも良く分かる。

 ―あぁ…慰めてやりたい…っ!

 本当は今すぐにでも抱きしめて、師匠と呼ばれる前のように沢山褒めてやりたかった。彼の中で構築した戦術は五割の私とは言え、一瞬追い詰めたのだ。それはこの年頃の少年としては驚くべきことだと、その才能を褒めてやりたかった。

 ―けれど…それは出来ない。

 甘やかすのは簡単だ。褒めるのも優しくするのも楽だ。けれど、それは彼の為にはならない。褒めて延ばす育て方もあるらしいが、私は過度の甘えは停滞を招く毒にしかならない、と考えている。だからこそ、通用しなかったのだと、もっと戦術や技術の研磨が必要なのだとそうジェイクに思わせなければいけない。

 「…敗北の理由は?」
 「身体能力の差と技術の差と戦術の差…そして経験の差です」

 ―そう。強いて言えば全部だ。

 当たり前だが私と彼の実力には大きな溝がある。例え身体能力と五割に落としたとしても、まだ彼より私の方が力強いし、技術も戦術も経験も、ジェイクに劣る要素が一つとしてない。だから、この結果は当然だし、私としても当分、彼に負けてやるつもりは無い。教えを乞われた側である以上、常に目標として高い壁でなければいけないからだ。

 「そうだ。何時も言っているが、この内、身体能力と経験については気にしないで良い。どちらもこれから自然と着くし…特に身体能力についてはあまり成長期に筋肉をつけ過ぎると成長を阻害する一因になる」
 「はい…」

 そして…私はその高い壁として、その言葉がどれだけ彼が傷つくと知っていても口にしなければいけない。「今すぐ」一人前になる事を望んでいるジェイクに向かって、「これから」の展望を口にしなければならない。「これから」とは具体的には何時なのか、後どれくらい経てば一人前になれるのか…そんな焦りの感情が、彼の目を隠す右手に篭った力で見て取れるようだった。

 「技術と戦術についてはこれからも鍛錬が必要だ。技術の鍛錬は力を使わずどれだけスムーズに突きを放てるか、どれだけ正確に狙った場所を射抜けるかを重点的に。その間にもずっと私を仮想敵として頭では戦術を組み立てろ。良いな?」
 「……はい…」

 うなづく彼の声は最後の方は搾り出すようになっていた。…当然だろう。善戦できたと思っていたら私の口から告げられるのはいつもと同じ鍛錬の内容なのだから。前進したと思った事が私にとっては、何とも無いことであり、鍛錬の内容も前進が見えない。きっと、何処まで進めば良いのか、と言う迷いと不安が彼を襲っていることだろう。

 ―けれど…それは必要なことだ。

 強さには上限は無い。こうして彼に偉そうな口を効いている私も同族の中では上から数えたほうが早いが、世界全体で見ればまだまだだ。私より強い相手は思いつくだけでも両手両足の指を全部使っても、まだ足りない。そして私が強いと思っている彼らもきっと私と同じくらい、自分より強い相手が思いつくのだろう。強さとはそんな果ての無いものだ。
 だからこそ、私も未だ同じ内容の鍛錬を繰り返している。より早く、より鋭く、より強く、より上手に、より選択肢が広くなるように。英雄譚に語られる『勇者』のようにピンチに陥ると急激に強くなったり、画期的な鍛錬方法で強くなるなんて所詮は幻想でしかないのだ。だからこそ、迷いながらも、不安だけれども、同じ鍛錬を繰り返さなければいけない。そして、その迷いが、不安が、人をより強さへと押し上げる原動力にもなる。

 ―本当はもっと良い方法があるのだろうが…。

 人に物事を教えたことの無い私には自分の経験と技術しかない。それを不器用ながらもジェイクに伝えることしか私には思いつかないのだ。

 「さぁ、何時まで人の膝で寝ている?今日はもう帰って休め」

 突き放すようなその言葉は、彼だけでなく私の心を傷つける諸刃の剣であった。けれど、それを振り下ろさなければ、私は今にも彼を甘やかしていただろう。…それは、たった三ヶ月でここまで強くなったジェイクの心を踏みにじることにもなる。

 ―だからこそ、心を鬼にしなければいけない。

 「はい…」

 少しばかり項垂れながら、けれど、しっかりとした足取りで彼は立ち上がる。勿論、顎を打ち上げた時には手加減もして、楽に昏倒できるようにしていたが、その足取りにはダメージは残っていないようだ。それに心の中で安堵のため息をつきながら、それを悟られないように顔に力を入れる。

 ―それにしても…小さい身体だ。

 まだ年齢は二桁に入って、数ヶ月も経っていないその小さな身体は、毎日の鍛錬で傷だらけになっている。時には容赦なく打ち付ける事も必要なので、私に向けられたその背はところどころ晴れ上がっているのが訓練着越しでも見て取れた。まだ幼い身体を痛めつけていると言う事実に罪悪感を感じると同時に、今すぐにでも『一人前』になろうとするその姿勢に痛々しさを感じる。
 そんな彼の背中が扉の奥に消えるのを見送って私は顔に込めた力を少し抜いて、小さくため息をついた。

 ―まだ甘えたい盛りだろうに…。

 この年頃の子供と言えば、まだまだ父親や母親に甘えたい時期だ。実際、こうして槍を握っているよりも、その日に起こった何でもない事を必死になって両親に教えようとしている方がジェイクには相応しいと思う。

 ―けれど、彼はそうは思っては居ない。

 ジェイクの父はとんでもなく強かった。元々、私達と敵であった彼の父は劣勢であった戦況を覆すため、一人でこちらへと突っ込んできたのだ。その姿はまるで竜巻のようで、彼の槍が一薙ぎすれば、何人もの仲間が吹き飛ばされるほどだったのを今でもよく覚えている。…私自身、そうやって吹き飛ばされた一人なのだから。

 ―実際、あの男は規格外だった。

 人間と言う種族が稀に起こす桁外れの突然変異の一種だったのだろう。少なくとも普通の人間には突撃する騎馬隊をいなしながら、空から雨霰と降る魔術や矢を防ぎきるなんて真似できるはずがない。魔物の中でも、そんな真似が出来るのは上級魔族か、ドラゴン種くらいなものだろう。…実際、疲労が溜まり、動きが鈍くなってきたとは言え、並みの魔物では歯が立たなかったあの男を仕留めたのは上級魔族でもあり、私達の司令官でもあるバフォメットだったのだから。その戦いは今でも語り草になるほど激しいもので、もし全快の状態であれば例え司令官であろうと勝つのは難しかっただろう。

 ―そして、それほどの男をバフォメットと言う種族が見逃すはずも無い。

 自分と互角以上の実力を持っていることを見せ付けただけでなく、その男が倒した魔物は全て殺されてはいなかった。殺すか殺されるか、と言う場面では偽善とも言える行為ではあるものの、司令官はそれを深く気に入り、その男を『お兄様』として迎え入れた―と言うか強引に契りを交わして魔王軍に引き入れたと言うべきか―のだが…この時点でその男は子持ちであった。

 ―その男と人間の女性の間に出来た子供は勿論、ジェイクであって…。

 彼は死に別れた妻が残した幼い子供を連れながら傭兵として各地を転々としていたわけだ。幾人かの弟子と幼い我が子を連れて、世界各地を巡ったその男は実力こそピカ一ではあるものの、やはり何処かぶっ飛んだ男であるのは否定できない。良くも悪くも器の大きすぎる男だ。司令官殿は「そんな所が愛い奴じゃ♪」なんて惚気るが、司令官殿も十分ぶっ飛んだ…失礼。変わった人であるので、相乗効果で大変なことになっている。…特にジェイクにとって。

 ―こうしてジェイクには見た目が同年代程度の幼い継母が出来てしまった訳だ。

 彼には母親の記憶がほとんど無い。物心ついた時から世界各地を歩き回って、戦いと言うものを間近で見てきたのだから。彼にとっての『母親』は父が漏らした思い出話くらいしかない。そんなジェイクの目の前にいきなり連れてこられた『継母』は魔物で…見た目十歳程度のロリ嫁で…しかも、人類の敵である魔王軍の一軍を任せられた司令官殿だ。戦場育ちとは言っても、十歳にもなっていなかった子供が混乱するのも無理は無い。

 ―そんなジェイクに打ち解けてもらおうと、司令官殿は母親らしく接しようとしている。

 けれど、それがジェイクにとってはまた辛いのだろう。殆ど記憶の無いとは言え、自分を産んだ母親と別の女性が父親の伴侶であることを認めるのだって難しいだろうに、ここまで環境や人間関係が急激に変わってしまったのだから当然と言える。自然、彼ら家族に与えられた部屋はジェイクにとって居辛い空間でしかなく、とぼとぼと当ても無く魔王城の中を歩き回っていた。

 ―私がジェイクに出会ったのはそんな頃だ。

 俯いて辛そうに歩いている子供が居るのを見て、何となく声を掛けたのが始まりだった。話を聞いてみると、あの戦場で出会った天災のような男の子供だと聞いて「子供が居るなんてあの男も人間だったのか…」と驚いたのをよく覚えている。…いや、それほどジェイクの父親は規格外な男だったんだが、それはさておき。
 最初は適当に雑談だけして別れていたものの、一度、話せば目に付くようになる。その度に、ジェイクを呼び止め、雑談をする度に、少しずつ彼が心を開いてくれ、相談してくれることも増えた。「リリィ姉さん」と言う呼び名もその時の名残と言える。年相応の笑顔を見せながら「リリィさんってお姉さんみたい。…リリィ姉さんって呼んでも良い…?」と不安そうに言った瞬間は今でも忘れられない。

 ―そんな彼が変わったのは父親と喧嘩してからだ。

 詳しい内容は私も知らない。けれど、それが今までに無いほどの大喧嘩であるのは噂に聞いている。なにせ、最中の―何の最中かは聞くな―声が漏れないように厚くされているはずの壁を越えて、怒鳴り声が両隣に聞こえるほどだったのだからその規模も窺い知れるというものだ。…そしてその日から、ジェイクは家へと帰らずに私の部屋で暮らしている。元々、殆どを前線で過ごす私にとって、自室と言うのは寝るための部屋でしかないし、今のこの親子には距離と時間が必要だと判断して快く貸しているのだが…ジェイクも色々思うところがあるのだろう。ある日、「一人前の戦士にして欲しい」と私に頼み込んできた。

 ―そんなもの…無理にならなくとも良いのに…。

 少なくとも彼ほどの年齢で無理になろうとするほどのものではない。何時か成長して体が出来上がってから始めても問題は無いのだ。寧ろ、下手に筋肉をつけて成長を阻害する可能性すらある。私はそう何度も説明した。けれど、何度、説明して尚、ジェイクは「出来るだけ早く一人前にして欲しい」と真っ直ぐな目で訴えてくる。結局、私はジェイクに根負けして、休暇には彼の鍛錬具合を見て、私が居ない間に何をするかを指示する、と言うちょっと変わった師弟関係へとなってしまった訳だ。

 ―ジェイク…一体…何がお前を変えたんだ…?

 扉の向こうへと消えた彼の背中を見ながら、そう心の中で呟く。けれど、現実の彼も、空想の彼も私に答えをくれなかった。

 「そんなに焦らなくても…いずれは良い戦士になれるだろうに…」

 鍛錬を始めてたった数ヶ月。たった数ヶ月で、彼は五割の私と戦えるほどに成長した。まだまだ勝てるには程遠いが、それでも『戦い』と言えるだけの駆け引きにはなっている。まだ十歳の子供で身体的にも伸び白は数え切れないほどあるのに異例の成長速度だ。彼には言わないが、あの男の才能の幾つかを受け継いでいるのは間違いない。それどころか、この成長速度で行けば全盛期にはあの男を越える事だって不可能ではないだろう。

 ―けれど…彼はそんな『何時か』なんて求めては居ない。

 痛々しいほどに彼は『今』、力を求めている。私にはその理由を何一つとして言わないまま…。

 「はぁ……」

 再びついたため息は自分でも思ったより大きかった。…理由は分かっている。彼が私に何も言ってくれないのが、自分で突き放しておいて甘えてくれないのが、昔のように頼ってくれないのが、寂しいのだ。

 ―なんとも…自分勝手な女だ。

 そう自嘲の笑みを浮かべるが、それでは私の中の寂しさを紛らわすことは出来なかった。

 「何、どうしたの?」

 いきなり掛けられた声に、驚いて振り向くと、そこには見慣れた顔があった。悪魔族独特の羊のような角とその下でふわりとウェーブするダークブルーの髪。桃色に染まった瞳は、なんでもないのに欲情に濡れているようで、視線一つで男を誘惑するようだ。それでいて猫を思わせる釣り目と、強い意志を感じさせる輪郭が強いギャップを生み出している。水着とも言えない紐状の衣服は、大事な部分だけを隠し、肌色や身体に刻まれたルーンが眩しい。その反面、ニーソックスをしっかりと履いている辺り、私には基準が分からないのだが。

 「何だ…お前か」

 そこに居たのは幼馴染のサキュバスだった。昔から剣術一本で生きてきた私に付き纏い、色々と悪い知恵を教え込もうとする相手で、鬱陶しいと感じたことは一度や二度ではない。けれど、彼女に助けられたことは本当に数え切れないほどだ。

 ―その方法がちょっと間違っていると思うことはあるが。

 けれど、基本的には良い友人だ。あくまで基本的には、だが。

 「お前って失礼ね。まぁ、何時もの事だけど」

 諦めたように肩を落として―彼女はこういう無意味なオーバーリアクションが好きだ―彼女は小さく笑った。その笑みもまた同性から見ても魅力的だ。彼女の伴侶が、一目惚れした気持ちが同性ながら良く分かる。

 「それより何か心配事かしら?」

 その笑みを少し真剣なものに変えて、彼女の視線が私を射抜いた。…彼女は私とは違ってこう言う事には敏感で、すぐに人の悩みを見抜いてくる。子供の頃はそれが鬱陶しいと感じたことが何度もあるが、その慧眼からは逃げられず結局、悩みの吐露をさせられてしまうのだ。

 ―まぁ…彼女にならば良いか。

 彼女には堅物と言われ、敬遠される私とは違い、この城の中にも友人が多い。大体、同じ年齢である事もあり、認めたくは無いが人生経験だって私よりはるかに豊富だろう。彼女であれば私の悩みに良い解決方法を示してくれるかもしれない。

 「まぁ…な。ここで一緒に訓練している彼のことは知っているだろう?」
 「あぁ、あの子ね。何度か会ったこともあるし、話したこともあるわ。礼儀正しくて良い子ね。ここには似合わないくらい」

 顎に小さく手を当てて、考え込むような表情をしながら彼女はしっかり彼をイメージできたようだった。とは言え、人間の子供、特に男の子なんて、この広大な城の中でもそう多くは無い。交友関係の広い彼女が知っているのはある種、当然の事だろう。

 「その子が急いで一人前になろうとしているのが痛々しくて止めさせたいのだが…口で言っても聞きそうに無くてな。どうしたものかと」
 「筆卸ししてあげたら一人前になれるんじゃないのかしら?」

 ―ちょっと待て。おい。

 真剣に相談しているのに何だそれは。

 「…殴るぞ」
 「いやぁん。こわーい」

 握りこぶしを作って、威嚇するように腕をあげるとくねくねと身を捩りながら彼女は後退した。その姿はさっきまでと違って、まるで子供のようで大人の肢体を持つ彼女の姿とイケないギャップすら感じるが、今はそれが脱力感と頭痛に繋がる。

 「…時折、何で私がお前の友人をしているのか分からなくなるよ」
 「私の広い心に感謝しなさいよ」

 悪戯っぽそうに笑う彼女には私には何度も助けられている。…だからこそ、こうして、最初に必ずと言って良いほどちゃかされて調子を狂わされるのは分かっているつもりだったが…やはりどうにも慣れない。これが緊張を解す彼女なりの処世術だと知っていても、だ。

 ―けれど、少しだけ心は軽くなった。

 重い石を載せつけられたようだったのが多少、楽になっている。それだけでも、彼女に話した甲斐はあっただろう。

 「はいはい。感謝しているよ。こうして愚痴を聞いてくれるのもお前くらいなものだしな」

 実際、堅物で通っている私がまともにこうして相談できるのは彼女くらいなものだ。奔放な魔物が多い中で、魔王様の先兵であるデュラハンは敬遠されがちで、同族内でも生真面目すぎて輪を作りづらい。伴侶を得たりなどのキッカケさえあれば仲が良くなる同族も居るようだが…残念ながら私はそのキッカケをつかむ事ができていなかった。当然…可愛げの無い女である私には幼い頃から我慢して構ってくれている彼女くらいしか相談できる相手もいない。

 「愚痴…ねぇ」

 そんな私の唯一の友人はニマニマといやらしい笑みを浮かべて私を見ていた。その瞳はふざけている表情とは裏腹に、しっかりと私を射抜いている。

 「本当にしたいのは愚痴なんかじゃなくて恋愛相談の間違いじゃないの?」
 「なっ!ば、馬鹿な事を言うなっ!!あの子はまだ子供だし、私は彼の姉代わりで師匠なんだぞ!!」

 ―そうだ。そんな馬鹿な事あるものか!!!

 確かにあの子は私にとっていつの間にか大事な子になっているのは認めよう。甘えられていた時は、とても不思議な胸が温かくなる感情に満たされていたし、ジェイクの笑顔を見るたびにきゅぅんと胸が締め付けられる事もある。「大事か?」と聞かれれば勿論、何よりも大事だ。
 けれど、私はジェイクに姉と慕われている上に、師匠でもあるのだ。そんな馬鹿な事あるはずが…許されるはずも無い。

 「私はあの子の事なんて一言も言ってないんだけれどね♪」 

 ―ぐっ……初歩的なトラップに…っ!

 思わず歯と目に力が篭り、睨み付けてしまう。けれど、そんな私の視線を何時もの事のように―実際、彼女はこうやって私を焚きつける事が多い―受け流して、一つウィンクして見せた。 
 
 「一つアドバイスしてあげるけど、愛に年の差や身分の差は関係ないわよ?特に私たちにとってはそれらが離れていればいるほど、身体を燃え上がらせるスパイスでしかないわ♪」
 「私をケダモノのように男を求める連中と一緒にするな!」

 ―そんなアドバイス必要無い!!

 そう心から思うものの彼女はそうは思ってくれないようだった。大げさに肩を落としてアピールしながらも、しっかりと私を追撃してくる。

 「ふぅん…でも、さ。気づいているんでしょ?」
 「な、何をだ…?」
 「彼、最近ずいぶんと格好よくなって来ているじゃない」
 「う…ま、まぁ、私が鍛えているからな」

 実際、ジェイクはここ数ヶ月で、成長した。それは強さと言う面だけでなく、身体的な面でもそうだ。無論、筋力を頼るトレーニングはさせてはいないつもりだが、それでも適度な運動は彼に成長を促している。肩幅も大分増え、身長もどんどん伸びていっているのが分かるほどだ。まだまだ子供だけれど、それでも魅力的な男性へと変わる過渡期にあるのは一目で分かる。

 「お陰様で何人かの娘が彼に目をつけてるわよ?」
 「し、知ってはいるが…認めないぞ!」

 それにもまた気づいていた。彼がここで槍を振るう姿を何人かの魔物娘が熱っぽく見ているのだから。今はまだまだ子供で、他の魔物娘が手を出す事は無いが、このまま行けば何時か必ず襲われるだろう。そうでなくともここは色んな意味で魔窟なのだから。

 「それに彼は義母と父の関係で悩んでいるんだ!せめて人間らしい恋をさせてやるべきだろう!!」

 司令官殿は勿論、良い母親を演じようとしている。けれど、そんなもので抑えきれるほど魔物娘の本能と言うものは軽いものではない。無論、毎夜、交わっている事だろう。それもまた、彼を追い込んでいるのは想像に難くない。だからこそ、ジェイクは人間らしく、人間と恋愛させてあげるべきなのだ。

 「そうは言ってもねぇ…私たちってアナタの言うケダモノだから♪」
 「むぅぅぅ…」

 さっきの私の言葉を逆手に取られて、唸るしかなくなってしまう…。昔から彼女はこういう舌戦はピカ一で、手玉に取るのが得意なのを、熱くなって忘れていた…。

 「私の娘だっておにいたんおにいたんってあの子に大分懐いてるしねぇ♪」
 「なっ…!お前の娘は今年三歳だろう!?」

 今年で生まれて三年になる彼女の娘を脳裏に浮かべて、思わず声を荒上げてしまう。彼女に似ず、ふわふわで純白のフリルが似合う清純そうで優しい―いや、彼女も十分優しいのだけれど―あの子でさえ、彼に目をつけているのかと思うと、卒倒しそうな気さえするのだ。

 「それがどうかしたのかしら?寧ろ誇らしいくらいよ。三歳でもあんなに良いオスに本能的でも目をつけるなんて流石私の娘ね♪」
 「本能とかオスとか言うな…っ!」
 「あら、真っ赤になっちゃって。…でも、周りはあなたの言うケダモノばかりなのよ?」
 
 ―彼女の言うとおりだ。

 今までジェイクが子供であるから警戒はしてたものの、そこまで深刻に考えていなかった。けれど、これから彼が成長するにつれて、どんどん彼を狙う魔物娘は増えるだろう。そうなったら一巻の終わりだ。彼女の言うとおり『本能的』に男を落とす術を知っている彼女達に幼いジェイクでは抗う術はないだろう。
 
 「あなたが彼を導いて『人間らしい恋』とやらをさせてあげるのが一番じゃないかしら?」
 「そ、それは…でも…」

 彼女の言っている意味は分かる。…そしてそれはきっと正しい。魔物娘の中にある暗黙のルールとして、『相手の居るオスは襲わない』と言うものがあるし、ジェイクを護るのであれば、それが一番手っ取り早い方法なのだろう。けれど、私が今まで積み上げてきた地位とかプライドとかが立ち塞がり、そして何より色恋なんて今までした事がないと言う不安が私に二の足を踏ませるのだ。

 「あなただって彼のこと満更でもないんでしょ?」
 「それは…まぁ…その…」

 勿論、ジェイクは私にとってとても重要な人だ。これほどまでに誰かに執着したのは今まで初めてで、私にも自信はないが、恋……なのかもしれない、とは思う。

 ―けれど、そんな…私が恋愛なんて…。

 自信の無さが合わせた両手に現れ、人差し指が絡み合うようにくるくると回る。

 「好意を持ってない相手にたまの休日を一日潰して訓練に付き合ってなんかあげられないものねぇ♪」
 「う、うるさい!」 
 「まぁ、そうやってツンデレやってるのも良いけど、好きなら好きと認めなさい。でないと、彼が他の子に押し倒されて、縛られたりして抵抗できないまま、ハァハァして、精液びゅっびゅって搾られて、青臭いザーメン全部独り占めされた挙句、フェラしながら弄ってぐちょぐちょになってる膣の中に彼のチンポを招き入れて、童貞もファーストキスも全部奪われちゃうわよ?」

 ―思わずその光景が脳裏に浮かび上がった。

 魔術で抵抗する力を奪われても必死になってもがこうとしている彼の下腹部の上に魔物娘―それも、彼女と同じサキュバスが―が乗り、まずは唇を奪う。そのまま無理やり舌先で口をこじ開け…彼の中の甘い唾液を貪るのだ。そうしながら、ジェイクの肢体を這う指はズボンとパンツを脱がし、彼のまだ幼い性器を扱き上げる。興奮した二人は荒い息をつきながら、口を離し、魔物娘はそのまま舌で線を描くようにジェイクの身体を滑っていって…

 ―い、いや、考えるな!!!!そんなことありえない!!!

 「なんでそんな描写が生々しいんだっ!!!」
 「危機感を持たせるためよ。…だって、こんなの嫌でしょ?」

 まるで鈍感な友人に呆れたように―多分、その通りなんだろうけれど―ため息をついて彼女はもう一度ウィンクする。その姿にまた今回も彼女の掌の上で踊らされていた事に気づかされ…不満に言葉が詰まってしまった。…けれども、ここまで私の為にやってくれた友人に応えるために私は長い時間かけながらも口を開く。

 「………………嫌だ」
 「じゃあ、認めるの?」
 「……うん」

 そこで彼女は今日一番の笑顔を見せてくれた。八重歯を見せながら、まるで向日葵が咲いたような暖かいその笑みは魔に属する魔物娘とは思えないほど眩しい。

 ―まったく…これだから彼女の相手は困る。

 どれだけ弄ばれても、その眩しい笑みだけで、全て許してあげよう時にされてしまうのだ。正直、ズルいとさえ思うものの、そんな感情さえその笑みは吹き飛ばしてしまう。

 「ふふっ…♪ようやく素直になった。安心しなさい。私も多少、手伝ってあげるから♪」

 しかし、その笑みは数瞬で悪戯っぽい彼女の表情に飲まれてしまう。これまで数え切れないほど見てきたその表情は、私にとって、良い結果をもたらしたばかりではなく、時には厄介ごとまで持ち込んでくるわけで…。

 ―これは…ちょっと相談したのは早まったかな…。

 そうは思いつつも、うきうきに色々な計画を立てる彼女に私は何も言えないのだった…。















 「ほ、本当にコレで良いのか?」
 「うん。ばっちりばっちり♪」

 翌日、まだ休暇続行中だった私は何時もの時間に訓練場の扉の前に立っていた。そこには朝早くから私の部屋を出て、一人鍛錬しているジェイクの姿があるはずだが…私は彼女に背中をぐいぐいと押されながらもそこへと踏み込む事に二の足を踏み続けている。

 ―だ、だって、こんな…は、恥ずかしい…っ!

 私の衣服は何時も来ているようなラフな格好ではなかった。無地のTシャツも、青く染まったホットパンツもなく、私の身体にかけられているのは、一枚のワンピースだけ。それも、目に優しいベージュ色に染まっているものの、フリルで装飾された胸元は広く開いて谷間を強調し、さらにはアンダーではリボンを結び胸を強調しているため、どうにも淫靡な雰囲気のあるものだ。裾の方は段々畑のように、フリルが沢山ついていて、歩くたびにそれがふわふわと揺れる可愛らしい衣服だが娼婦が着る衣服のような上とのギャップでどうにも淫らなイメージが払拭できない。

 「大丈夫♪とっても似合ってるからっ♪」
 「いや、確かにソレも気になるんだがっ!」

 ―今まで剣と食器くらいしかまともに握った事のない私にこんな可愛らしい衣服が似合うかと言うのも重要だ。『ある事』さえなければ最重要課題だろう。けれど…。

 「それよりも大事なのが……し、下着は本当に無しで良いのか?って事だ!」

 ―そう。私は下着を身に着けるのを許されていないのだ。

 その所為で、ここに来るまでずっとどきどきしっぱなしだった。普段はなんでもないように感じる視線一つでも、私が下着をつけていない痴女であるのを知っているかのように感じる。それは気のせいなのだと分かってはいるが、一度、こべりついた疑念は中々に晴れない。その疑念は私の身体を敏感にさせて、私の太股や、その上の恥ずかしい部分が空気と擦れるたびに何とも言えない感覚に支配されてしまう。しかし、それは別に構わないのだ。初めての感覚だが別に我慢できないわけではない。

 ―けれど…ジェイクにだけは…痴女だなんて思われたくは無い…っ!

 しかし、そんな私の抗議も口達者な彼女の前では、子供の反抗のようならしく…。

 「大丈夫大丈夫。溢れるフェロモンでエロエロよ?悩殺よ?」

 ―うぅ…こいつ絶対面白がっている…。

 にやにやと笑いながら言う彼女の理屈は分かるのだ。普段、どうしても素直になれない私が一歩踏み出すのにはキッカケが必要だろうと、その為には何時もと違う格好と、何時もと違う意識が必要なのだと、それでジェイクを悩殺してしまうのだ、と言う彼女の理論はそれほど外れていない、と思う。

 ―けれど、それが下着無しの上に、こんな覗き込めばブラが無い事が分かってしまうほど胸元が開いたいやらしいワンピースでなくとも良いではないか!!

 「ひ、引かれたらどうするんだ…?」
 「大丈夫よ。あの子がここで一番心を許してるのは父親か貴女くらいなものでしょうし。戸惑いはするでしょうけれど、それだけよ」

 怖気づいているわけではないが、後押しするような彼女の言葉を聴いても、やはり一抹の不安は拭いきれない。

 「だ、だが…」
 「何?百戦錬磨のこの私の作戦が信じられないって言うのかしら?」

 胸を張るように―と言うか、実際豊満な胸を天へと向けるように背を逸らして―彼女はそう宣言した。自信に満ち溢れたその姿はまるで勝利の女神のようであったが、私だけはそれがまったくの根拠の無い自信だと知っている。

 「百戦錬磨も何もお前は伴侶と出会うまでしょj「とっとと行って来なさいっ!!」

 …と、そのまま私の声にかぶせて、訓練所に突き出されてしまった。

 ―むぅ…一目惚れされてパニックになってた癖に。

 一見、男を誘惑する容姿と性格を持つが、そんな彼女は意外なほど初心で、伴侶と出会うまで精を搾取することも出来なかったのだ。今の伴侶とさえ、彼が押しの強い性格でなければ、契りを交わすなんて夢のまた夢だっただろう。「それだけ惚れられているなんて私って罪な女よね♪」なんて、時折、惚気る事もあるが、傍目に見ても彼女の方がベタ惚れであるのは間違いない。初心で有名な彼女をここまで惚れさせるその手腕は正直、彼の方がよっぽど淫魔をやっているのではないのか、とさえたまに思うのだ。

 ―まぁ…現実逃避はここまでにしておくか。

 私の目の前には一心不乱に教え込んだ型を何度も繰り返すジェイクの姿があった。集中しているその目は訓練所に叩き込まれた私の姿を捉えては居ない。恐らく、集中の余り私が入ってきた音でさえ聞こえていないのだろう。それは珠のような汗が幾つも浮かんでいるのにも関わらず拭おうともしない姿からも分かる。そんな汗は髪が揺れるたびに空中で弾け、陽光の差し込まない魔界であってもきらきらと輝いているように感じる。

 ―し、静まれ!私の心臓…っ!

 何時もと違いすぎる格好をしている所為か、そんな何時も見ているはずの光景でさえ、何処か神秘的な光景に感じる。戦場で命のやり取りをしている最中にだって、まるで崩れない私の鼓動は、目の前の光景だけであっさりと陥落し、今までに無いほど私の胸を早く打ち始めた。

 「ちゃ、ちゃんと訓練しているようだな!!!」

 そんな鼓動を誤魔化そうと私は入り口に立てかけてある武器置き場から木剣を引き抜き、何時もより大きく声を上げた。訓練場内を響きまわるその声に私の存在に気づいたのだろう。ジェイクは身体を止めて、挨拶をしようと私の方へと振り向いた。……そしてそのままの姿勢で石になったように固まってしまう。

 ―うぅぅぅ…っ!やっぱり引かれてるじゃないかあの馬鹿ああああああっ!!!

 こんな衣服を選び買わせた彼女に対して思わず心の中で毒づきながらも私は何時もと同じように―それが結構難しかった。本当は今すぐ彼の前から逃げ出して着替えてきたかったのだから―彼に近づいていく。

 「い、いや、今日は少し趣向を変えてみようと思ってだな…その、何て言うか、戦場では男だけでなく女とも戦わなければいけないしなっ!中には女の魅力を武器にしている奴もいるしっ、その対策兼ハンデ戦だ!!!それ以外の何物でもないぞ!!分かったな!?」

 中々、再起動しないジェイクに軽くパニックになりながらも私は事前に用意した『理由』を放った。それで何とか理由を理解してくれたのだろう。彼は石化から解放され、ぎこちなくだが小さく何度も頷いた。

 「ハンデはこの動きにくいこの衣服と、利き手の制限だ!私は左手しか使わん。右手を使った時点で私の負けとする!」
 「え…でも…」

 少しずつ元の調子を取り戻しつつある―けれど、チラチラと私の胸の谷間に引き寄せられるような彼の視線が少しこそばゆい―彼は意外そうに言った。それも当然だろう。普段はここまでのハンデなんてつけていない。精々、力を落としている程度だ。それなのに、ここに来て、何の脈絡も無く、新しい鍛錬なんて始めたらやっぱり疑問に思うだろう。

 ―けれど、もう引き返せない…っ!

 ジェイクの前に出てしまった時点で、私に残された方法は道理も全て捻じ伏せる突撃しかないのだから。

 「勿論、ここまでハンデをつけるからには、ジェイク…お前にもデメリットを受けてもらうぞ」
 「な、何でしょう…?」
 「勝者は敗者になんでも一つ命令出来る。勿論、これは私が敗者の場合も同様だ」

 その言葉にジェイクの咽喉が「ごくり」と鳴った気がした。それはハンデをつけて尚、厳しい戦いを強いられる事に対してなのか、それとも私の肢体に興奮してくれているのかは私には分からない。…けれど、もし、後者であれば…と、思うだけでも、嬉しい気持ちになる。

 「さぁ、構えろ!敵は待ってはくれないぞ!」
 「は、はいっ!」

 少し慌しくだが、声を掛けるとジェイクは昨日のように私に向かって槍を構える。その形は無意識か、それとも意識的なのか、父親譲りの独特のモノだ。けれど、昨日とは違い、やはり、何処か気持ちの入りきっていない気がする。何時もはまっすぐ私を見つめてくる視線はチラチラと胸の谷間を行ったり来たりするし、挙動も落ち着かずそわそわしていた。

 ―勿論、それは私も同じなのだが。

 ジェイクの視線が集まるたびに、まるで撫でられるような感覚が私の身体を通り過ぎる。特に胸の谷間を見つめられているときなんて、背筋にゾクゾクと言うような独特の感覚が這い回るのだ。ここに来るまでに見られていた感覚とはまた違うそれは、決して不快なものではなかった。

 「先手はやろう。何時でも来い!」

 言いながら私はフェンシングのように左肩を前に出し、剣先を下に向けて構える。この構えであれば、左からしか攻撃出来ないように限定する事が出来る上に、突く範囲を昨日の正眼の構えよりも、さらに狭くする事が出来るからだ。右手の使えない私にとって右からの攻撃はすなわち負けを意味する為、こうした構えでもなければ、今の気もそぞろなジェイクと言えど戦いと呼べるような駆け引きは出来ない。

 「い、行きます…っ!」

 そう言って突き出される突きは気持ちも何も入っていないものだった。何処を狙っているのかさえ、分からないような迷いのある一撃は避けるまでもない。小さく木剣を振り上げて柄で打ち上げれば、あっさりと跳ね上がり明後日の方向へと向いてしまう。普段であればここで踏み込んで振り下ろし、心の未熟さを指摘する所であるが…今日の私の目的は別に勝つ事だけではない。いや、より正確に言えば『負けること』と言うべきか。

 「言っただろう!槍の一撃はハイリスクハイリターンだ!気の無い一撃は自分の命を刈り取ると知れ!」
 「は、はい!」

 私の言葉に構え直し、再び放たれた突きは私の肩をはっきりと狙っているのが分かるだけさっきより幾分マシではあった。けれど、やはりこの衣服を意識しているのかどうにももどかしい一撃の域を出ない。その証拠に普段であれば両手で受け止めるジェイクの一撃を左手一本で止められるのだから。

 「なんだそれは!やる気はあるのか!!」
 「あ、あります!」

 止められた一撃をすぐに引き戻し……その途中で私の顔に向かって突き入れてくる。その速度はたいしたものではない。全身のバネを使い、全力の速度であれば話は別だろうが、肩もろくに入っていない、腕の力だけの一撃など素手でさえ受け止められる。だから、私はそれをさっきと同じように柄で打ち上げようとして…それが目の前から遠ざかった。

 ―フェイント…っ!?

 遠ざかったと感じたのは私が迎撃する寸前でジェイクが槍を引いたからだ。腕の力だけを使ったそれは速度も何も無いが、逆に言えば肩を引くだけで容易に手元に引き戻せるものでもある。そして収縮した筋肉を再び膨張させれば…昨日と同じ速さの一撃を放つ事も出来るだろう…!

 ―くっ…!どうする…!?

 100%であれば別に片手で迎撃できる一撃だ。才能があるとは言えまだまだ身体が出来ていないのだから当然だろう。けれど、普段の鍛錬と同じく5割から7割に抑えている状態で、流石にジェイクの一撃を受け止める事は出来ない。

 「ふっ!」

 だから、私は後ろに小さく飛び、突き出した左肩を後ろへと引く。その瞬間、足元に感じるちょっとした違和感と小さく胸で弾けた電気のような感覚を疑問に思う暇も無く、放たれたジェイクの槍が私を追撃したが、私が肩を引いた分の目測を誤りそれは後一歩届かなかった。

 ―今のは本当に少し危なかった。始めてまともに一撃を貰うところだったかもしれない。

 ジェイクの一撃が普段より気の入っていなかったからこそ出来る芸当であった。何時もの彼の速度であれば飛んでいる最中に追いつかれて、吹き飛ばされていただろう。それがダメージになるかはさておいても、始めて数ヶ月で手加減している上にハンデありのデュラハンとは言え、一撃を与えられるレベルにまで成長したのを素直に喜んでやりたい。

 「フェイントか」
 「今の俺じゃ素の反応速度では敵いませんから」

 照れくさそうに笑うジェイクなりに昨日の敗北を自分なりに考えたのだろう。昨日の相手の意表を突く、と言う答えは間違っていないと思い、様々なパターンを組んでいたはずだ。そして今の槍のコンビネーションもその一つなのだろう。全力の一撃を当てるために、牽制ついでのフェイントで上に気を逸らして腹部に一撃…引っかかった私が言うのもなんだが、単純ゆえに効果的な戦術だ。正直、褒めてやりたい。

 ―けれど、一応、師匠としてそれはできない。

 『正解』と言う言葉は戦いの場では不適応である。何故なら戦いの場所に絶対の方程式など存在しないからだ。どんな効果的な戦術も技術も相手によればまったく通用しないものもある。だからこそ、戦いに『正解』なんてない。そして、褒める事もしてやれない。ただ、仕草で、反応で、それが間違っては居なかったのだと示してやる事しか出来ないのだ。

 「じゃあ…次は私も反撃するぞ」
 「はい…っ!」

 そう応えるジェイクの顔は少しずつではあるが何時もの覇気を取り戻し始めていた。恐らく、さっきのフェイントが思いの外うまくいって、少し自信をつけたのだろう。そして、その自信が、彼を戦いへと集中させはじめている。

 ―これは本当にまずいかもしれないな…。

 さっき飛んだ時に感じた違和感の正体は恐らくこの衣服だ。今まで戦いの場ではスパッツ、日常生活ではホットパンツと動きをまったく阻害しない衣服ばかり身に着けていたため、ふわふわと揺れるスカートにどうにも慣れない。足捌き一つとっても、スカートが私を邪魔するのは目に見えている。それを無視して、強引に動こうものならば、スカートが捲れ上がって下着もつけていない私の秘所を彼に見られてしまうだろうし、胸元も激しく動けば胸が零れ出てしまうだろう。…そして、それよりも拙いのがもう一つ。

 ―私…興奮してる…。

 さっき飛んだ瞬間に感じた痺れは胸からだ。理由は…ジェイクの視線に興奮した乳首が勃起して、衣服と擦れたことだろう。さっきは一瞬で意識もしてなかったので我慢できたが、攻勢に出る時では一瞬では済まないだろうし、何よりじんじんと疼くような乳首をもう意識の外へ置く、なんて出来ない。

 ―まぁ、元々負けるつもりだったからそういう意味では問題ないのだが…。

 一応、これでも師匠としての面子もプライドもある訳で…負けるにしても次への課題を残せるような負け方にしたいし…何より、彼の前で感じる姿を見られたり、下着を着けていない姿を見られるのは屈辱的な訳だ。出来れば…と言うか、特に後者は死んでも遠慮したい。

 ―では、どうするか…?

 「破ぁああああああっ!」
 「っ!」

 考える間も無く、気合と共に振るわれた一閃は、既に油断の出来ないものになっていた。かろうじてよけることに成功したものの、髪の毛が数本勢いに巻き込まれて飛んで行く。それは最初とは比べ物にならないほど早いもので、だんだん、昨日の全速に近づいているのが一目で分かった。

 ―くっ…どうする…?

 よけるための身じろぎでさえ乳首は敏感に受け入れて、小さな痺れを身体中に走らせる。風に撫でられている太股は冷や汗だけでなく、秘所から漏れ出る愛液が少しずつ伝っていくのが分かるほどだ。それらの感覚がどうにも思考を纏まらせず、散漫に言葉だけが流れていく。

 ―くそ…っ!こんな事なら彼女の口車になど乗らなければ良かった…っ!

 八つ当たり同然に心の中で呟きながら、私は迎撃ついでに木剣を振るった。避けたままの姿勢でぎこちなく振るわれたそれは今のジェイクに当たるはずも無く、バックステップで軽く避けられる。

 ―普段ならここで追撃をするところだが…。

 ジェイクが退いた位置は私にとっては射程圏外でも、槍を扱うジェイクにとっては射程内だ。槍のリーチを活かす為、後ろに逃げる事自体は悪くは無いが、追撃の危険性が高いことを知らせるためにも踏み込んでも良いのだが…普段ならいざ知らず今の私はスカートだ。纏わり着くような布地が私の動きを遮り、普段通りの動きなど望めない。第一、その動きでスカートがもし、めくれてしまったら恥ずかしくて死んでしまいそうだ…っ!では、どうするか―

 ―そして、そんな思考に落ちた瞬間が絶対的な隙となった。

 「やぁあああああああああっ!」

 今までに無い大きな声はそれだけ大きな力がジェイクの身体に篭っている証拠だろう。視界に移っている彼の身体は縮こまるようにしながらも、いつもより一回りほど膨れ上がっているようだった。

 ―そこまで知覚して尚、私の思考は彼を過小評価していた。

 全速で無ければ、いや、全速であっても普通に避けられる。例え普段とはまったく勝手の違う服装であっても、まだ私の反応速度までは落ちていない。当たる面積の少ない構えでもあることだし、今の速度でも戦場で培われた私の反応速度ならば、少ない動きで避けることは可能だ。その後、小さくカウンターを入れて、やればいい。

 ―そう思っていた思考が、ジェイクの一撃で吹き飛んだ。

 一瞬のタメの後、大きく踏み込んで放たれたその一撃は今まで見た中で最高の一撃だった。速さ、鋭さ、力強さ、全てが私の計算外で、私の思考を一瞬停止させる。…そしてその一瞬が今の私にとっては間違いなく命取りだった。おくばせながら相手の脅威を知覚した身体が反射的に動こうとするが既にその一撃は私のすぐ前まで迫っている。

 ―くっ…!

 心の中でだけ苦悶の声を上げながら、反応した私の身体はその一撃を受け止めたりすることは出来なかった。しかし、それでも、尚、勘だけで放たれた迎撃は逸らす事に成功する。私から見て右側…今、私の中で一番、意識が割かれている部分へと流れた槍は私の乳房を撫でるように通り過ぎた。…衣服を引き裂きながら。

 「…あ」

 今の私の姿は衣服を引き裂かれて、片方の乳房を露出している形になるだろう。下着も着けておらず、興奮し硬く反り立った乳首を惜し気もなく晒している痴女の乳房を。それをジェイクに…私の大事な弟子に、弟みたいな子に、そして好きかも知れない相手に見られている。

 ―その状況に私の思考は完全に停止した。

 「い……いやああああああああああっ!」

 剣を手放し、力いっぱい握った右手は呆然と固まるジェイクの頭を手加減無しに打ち抜いて、彼の身体を数メートルは吹き飛ばしてしまうのだった。











 ―うぅぅぅ…ど、どうしよう。ジェイクが起きない…。

 アレから私の悲鳴を聞きつけた彼女にジェイクの治療と、衣服を修復をしてもらったのだが…ジェイクの意識だけはまだ回復しなかった。彼女は「傷は大したこと無いから大丈夫♪いずれ起きるわぁ♪」と言っていたが訓練場の隅の方でこうして膝枕をしながら起きるのを待っていても中々目を覚まさない。

 ―も、もし、脳の血管が破れていたりしていたら…っ!

 その辺りの事はあまり詳しくないが、噂では脳の血管の破裂などはゆっくりと起こるものなのであまり知覚出来ないものらしい。一見、普通に見えても、昨日のような手加減した一撃で昏倒させられるのではなく、デュラハンの全力の一撃を受けたのだ。脳に異常があってもおかしくはない。それどころか、もしかしたら、二度と目覚めないのも…否定は出来ないだろう…。

 ―わ、私の所為だ…私が変に欲張ったりしたから…っ!

 師匠としての面子やプライドのまま彼を手に入れようと欲張ってしまったのがそもそもの間違いだ。そんな風に欲張らず、自分の中で師匠としての自分と彼に甘えて欲しい、と言う自分に折り合いをつけて、ゆっくりと少しずつ前進していけば良いだったんだ。

 ―だから…こんな風に…ジェイクを無駄に傷つけて…。

 どれだけ後悔しても、ジェイクに謝っても、悔やみきれないだろう。だけど、今の私には後悔する暇なんてない。ただ、一心に私の膝の上で眠っている彼の目覚めを祈るだけだ。

 「…ん……」

 私の祈りが届いたのか、ジェイクは緩慢にその眼を開いた。昨日のように最初は虚ろに私の顔を映していたその瞳は、少しずつはっきりとしたものになっていく。

 「…ジェイク…大丈夫か…?」
 「…師匠…。あぁ…そうか…俺…また負けて…」

 状況を思い出したのだろう。膝の上から私を見上げるその目はまた後一歩足りなかった事実に悔やんでいるようだった。

 「いや…右手を使った私の負けだ」
 「でも…俺は…っ!」
 「良いんだ。私の負けで良い」

 そう言って、ジェイクの頭を撫でる私には既に師匠のプライドも何も無かった。ただ、大事な人が目覚めてくれた事実に胸が一杯になって…私の首でも塞き止められない感情が涙として溢れ出てくる。その中には勿論、後悔や安堵があった。けれど、一番、大きいのは何より愛しさで…。

 ―あぁ…私は彼女と言うとおりジェイクの事が好きなのか…。

 大事だと認めてからも彼が他の魔物娘に取られるのが嫌なのは独占欲だと思っていた。だって、出会ってからずっとジェイクは私にとって弟のような存在で、彼にとって私は姉代わりだったのだから。好きと言う感情を今まで強く自覚した事のない私にとって、それは大事と好きの境界にある関係で…だからこそ、私は今まで素直にそれを認めることが出来なかった。

 ―けれど…今は…。

 胸の中に満ちる暖かい感情は母性とも違う。優しく胸を疼かせるそれはきっと、愛しさなのだろう。ジェイクを失うかもしれない局面を経験してようやく…素直に認めることが出来る。

 「師匠…」

 みっともなく彼の上で涙を零す私の涙をそっとジェイクが指で拭ってくれた。まだ子供の癖に生意気なその動作に、私の胸はまた色んな感情に一杯にさせられてしまう。

 「リリィで良い…。お前が勝者なのだから、好きに呼べ」

 けれど、そんな沢山の感情を私を表に出す術を知らない。それでも尚、一生懸命考えたその言葉は何故か突き放すようなものになってしまった。

 ―あぁああああ!私は何をやっているんだっ!!!

 ようやく素直になる切欠を得られたと言うのに、また自分で棒に振っていると言う事実に頭を抱えたくなる。自業自得で八つ当たり気味とは言え、正直、自分の種族特性を怨む気持ちさえ湧き上がってくるのも仕方ないだろう。

 「…リリィ姉さん…ごめん…」

 そんな私を見上げながらジェイクは小さく呟くように謝った。本当は謝らなければいけないのに、逆に謝れてしまった私は思わず首を傾げてしまう。

 「何故、謝る…?」
 「だって…休みには必ず付き合ってもらっているのに、全然上達しないし…手加減だってしてもらっているのに…まったく追いつける気配が無いし…」

 ―…少し飴を与えなさ過ぎたかもしれない。

 実際にはかなりの速度で成長しているので下手に褒めたら成長を遮るのでは、とも思ってもいたのだが…本当は表に出さないだけで大分、不安に思っていたらしい。その不安がジェイクをここまで追い立てて成長させているのも確かなのだが…けれど、こうやって謝っている彼の姿は今にもその不安で押しつぶされそうだった。

 ―まぁ…今日くらいは良いか。

 計画通りとは言えなかったが、負けたのは私なのだ。今日くらいは素直に褒めてやってもいいかもしれない。

 「ジェイクは強くなっている。正直に言えば驚くべき速度だ」
 「…え…?」

 私の言葉にジェイクは信じられないように目を見開いた。…当然か。ここ数ヶ月はこうして褒めてやることなんて無かったのだから。

 「比較対象が無いから分かりづらいかもしれないが、もう結構な強さにはなっているんだぞ」

 ジェイクと同じくらいの年齢で彼と同じように身体を鍛えようとしている子供なんて、この広大な魔王城と言えど恐らくはいないだろう。私自身、この魔王城に住む住人全てを把握している訳ではないので絶対とは言えないが…少なくともジェイクにとってもそんな子供を見たこと無いに違いない。だからこそ、自分の実力がどれだけのもので、どれだけ強くなっているか実感できていないのだ。

 ―まぁ、そう仕向けているのは私でもあるわけだが…。

 彼が強くなっている分、実力を引き上げている私としか戦ったことが無いので、自分がどれだけの驚くべき成長速度であるのかも自覚が無いのだろう。

 「それに比較対象に私を上げているが、そこらの冒険者相手になら100人集まっても遅れは取らないんだぞ私」
 「え…?そうなの…?」

 ―前々から思っていたが、ジェイクの強さの基準は絶対におかしい。

 でなければ、デュラハンと言う種族がどれだけ人間と比べて強いのか説かれて意外そうに言わないだろう。

 ―もしかしてジェイクは私を越えてようやく一人前とか思っているんじゃないだろうな…。

 あの親にして、この子、と言うべき類稀な才能を持っているし、何より一番、身近な『強い男』があの男だったのだ。そんな風に思っていても決して不思議ではない。

 ―…怖くて聞けないけれどな。

 そう遠くない未来に私を越えていくであろう男に私の強さを強く説いても足枷にしかならないだろう。それにあの男と言う遠い目標を目指していたほうが、ジェイクの為にもなるのは間違いない。

 「そうだ。だから、あまり深く考え込むな。まだまだ未熟な点はあるけれど、お前は確実に強くなっているのだから」
 「リリィ姉さん…」

 優しく額を撫でると、安心したようにジェイクは目を細めた。久しぶりに見る彼の甘えたような表情に心の奥底が激しく脈打つのが分かる。

 ―あぁ…思っていた以上に私も飢えていたんだな…。

 きゅんきゅんと疼くように高鳴る胸は、ずっとずっと欲しかったものに対する宝物をようやく手に入れた瞬間の興奮にも似ていて…その自覚がまた私の感情を高まらせる。

 「それより…褒美は如何する?何でも言って構わないぞ」
 「あ…いや…その…それは…」

 恥ずかしそうに目を逸らして、自分の指先を弄ぶジェイクの姿にどきどきさせられてしまう。

 ―い、一体、何を要求されるのだろう…。

 もし、えっちなことだったら…勝負の最中もちらちらと胸を見ていたし…ありえないことでは…いや、ジェイクに限って、そんな事は…でも、こんなに恥ずかしそうにしているし…もしかしたら……っ!!

 「あ、あの…甘えても…良いかな…」
 「え?あ、いや、も、勿論だとも!!!」

 妄想を中断するように恐る恐ると言われたジェイクの言葉に頷きながら―ちょっとだけ、本当にちょっとだけ残念に思いながら―私は両手を広げる。受け入れるような…というか、誘うようなその体勢に少しだけ気恥ずかしさを感じながら、私は口を開いた。

 「さぁ、幾らでも甘えて良いぞ。今日だけは何でも許してやる」

 そう言った私の言葉に恥ずかしそうに俯きながらジェイクは身体を起こした。そのまま少し迷ったような表情を見せたものの、私の胸に抱きついて、嬉しそうに目を細める。

 「…リリィ姉さん」

 幸せそうに私の名前を呼ぶジェイクを抱きしめてその頭を撫でてやった。千切れた部分を縛って、応急手当されたままの薄い衣服越しに感じる彼の体温は春の日差しのように優しい。思わずまどろみに誘われるような暖かさだが、久しぶりにこうしてジェイクを抱きしめているという状況と、下着も無しに触れ合って彼の身体で乳首が擦れる倒錯感が私に眠れない興奮を与える。

 「お前が…凄い頑張っているのは私は知っている」
 「うん…」
 「その理由を言ってくれないのも納得はしていないが理解はしている」
 「…うん」

 言いながらジェイクは私の身体を強く抱きしめた。捨てられないように、縋るようなその姿は、最初に出会った頃の怯えたジェイクを彷彿とさせる。だから、私はせめて今だけは不安を溶かしてやれる様、優しく囁いた。

 「でも…次からは少し甘えて欲しい。私も甘えてもらえるよう努力するから…もう突き放したりはしないから」
 「…うん…」

 応えるジェイクの顔は私からは見えない。私に見えるのは私の胸に顔を埋めるように抱きついているの彼の髪だけだ。けれど…その声は少し涙ぐんでいるように思える。

 ―あまり突っ込んであげるべきではないだろう。

 女である私でも、やはりあまり泣き顔と言うのはじろじろ見られたいものではないし、男の子である彼にとって、泣き顔を見られるとは女以上にプライドや意地が傷つけられるものだろう。ここは気づいていないフリをしてただ抱きしめてあげるのが一番なのかもしれない。

 「…あ、あのさ」
 「ん…?」

 そんな風にお互い黙ったまま穏やかに五分も経った頃だろうか。ジェイクが気恥ずかしそうにもぞもぞと動き始める。その動きが、敏感に立った私の乳首と擦れ合い、甘い痺れのようなものを私の身体に何度も駆け抜けた。首のある今であれば声を上げるほどではない、けれど、優しく私を溶かしていくようなその快感はこの甘い一時に花を添えてくれているようだった。

 ―けれど、次のジェイクの一言が、甘い一時を見事にぶち壊した。

 「さっきから気になってたんだけど、この硬いのって…何?」
 「〜〜〜〜〜っ!!!!」

 ―言いながら、ジェイクが優しく摘んだのは私の乳首で…っ!

 甘い痺れが今度は電流のような強さを伴って私の身体を駆け巡った。今まで感じた事の無い大きさの快感に、声を漏らさなかったのは奇跡に近い。それほどの快感が、私の中に荒れ狂っていた。

 ―こんな…さっきまでとは…っ!

 ただ、優しく押しつぶされて、撫でられていただけの優しいものとはまったく違う。びりびりと指先まで痺れて震えてしまうほどの快感だった。勿論、それはまったく嫌ではない。好きな相手に与えられている快感を嫌いになれるはずもない。

 ―けれど…っこんな…目の前で…っ!!

 私の乳首を弄るジェイクの表情は純粋に心配に彩られている。まだまだ性的な知識を得ては居ない年頃だ。それがどんな器官であるのかなんて知らないのだろう。だからこそ、純粋に私を心配してくれている。そんなジェイクの前で、快感を感じ、乱れるなんてあってはいけないのだ。

 「これ…腫れているけれどもしかしてさっきの俺の所為で…?」
 「やぁ…っ!ち、違っ…」

 否定する私の言葉は自分でも驚くほど蕩けたものだった。まるで他の魔物娘とのように男を誘い、契ろうとするその声に私自身の興奮が炙られ、鎌首をもたげ始める。

 「それ…大丈夫だから…っ!き、気にするなぁ…」

 言いながら快感に耐えるように身体を丸めてしまう。ジェイクを抱きしめたままどんどんと奥へと引き込むように、誘うような動きはとても淫らな行為を髣髴とさせた。けれど、それを止めようとしても私自身は制御できない。私の意思にも…首でさえ制御できない本能的な仕草で、彼の指が乳首に触れるたびに、どんどんと引き込んでしまうのだ。

 ―もし、今…首が外れてしまったら…っ!

 きっと私は本能のままに彼を襲ってしまうだろう。それだけは…それだけは絶対に阻止しなければいけない…っ!

 ―けれど、今日の私は幸運の女神と言う奴に見放されていたらしい。

 「でも…っ!」

 そう言って、顔を上げたジェイクの頭が私の顎を打ち上げる。それはあまり勢いのあるものではなかったものの…いつもは身につけている固定具もジェイクを魅了する為につけていない私の首を落とすには十分すぎるものだった。私の首はぐらり、と揺れ、抑える暇もなく、地面に落ちてしまう。

 ―あぁぁああああっ!く、首があああああ!!!

 困惑する私とは別に無情にも落ちた私の首はころころと地面を転がる。視界は揺れ、酔いそうな感覚が私を支配した。…いや、それはいい。それはいいんだ。良くは無いけれど、今の私にとっては些細な問題だから。

 ―ぬ、抜けていく…っ!私の色んなものが…っ!

 普段、私の首で押さえられているはずの色々なもの…意地やプライド、理性、そして魔力が全部飛んでいってしまう。…そして後に残ったのは、ジェイクに対する愛しさと…胸の高鳴りと…疼く淫らなメスの身体だけだ。

 「あ…リリィ姉さん…首が…」

 言いながら私の身体から離れようとするジェイクの声は意外なほど落ち着いていた。こうやって私の首が外れるところを見るのは初めてのはずだが、デュラハンと言う種族について少しは勉強してくれていたのかもしれない。…そう思うと、私の中でまた強く愛しさが燃え上がるのだ。

 ―駄目…離れないで。

 少しの間、離れるのだけでも我慢できずに私はぎゅっとジェイクの身体を抱きしめた。その私をジェイクが不思議そうに上げているのが、胴体から零れる魔力で分かる。零れ落ちる魔力は私たちを包み込み、私の知覚を補ってくれているのだ。

 「リリィ姉さん…?」

 呼びかけるジェイクの声ごと抱きしめるようにしながら、私は胸を彼に押し付ける。無論、性的な知識に乏しい彼には、あまり効果は無い。けれど、高鳴る私の胸の熱が移ったように、彼の瞳にも少しずつ興奮が宿り始めているのが分かった。

 「あの…え…?」

 胸の間で感じるハァハァと少しずつ激しくなっていく彼の吐息がこそばゆい。…けれど、その感覚は決して不快ではない。寧ろジェイクの興奮を叩きつけられるような感覚は私の芯をまた熱くさせるのだ。そして、精が全て飛び出してしまい、飢えにも近い感覚が身体を支配する私に…もう我慢なんて出来るはずもない。今すぐジェイクの身体を優しく横たえて、気持ちよくしてあげたい気持ちで一杯になっていた。

 ―でも…まずは首を拾わないと…。

 私の身体から漏れ出る魔力でジェイクの興奮も何もかもが手に取るように分かるが、やはり視覚と一致しないのは気分の良いものではない。それに…やっぱり好きな相手とするのであれ、まずキスからしたいものだ。

 ―私も女だったんだな…。

 本能に負け、男を求めて仕方のない身体の疼きも私のその一念には敵わなかった。私の中に唯一、残った―でも理性とも言えない―それが今の私を限界間際で押しとどめる最後の防波堤であり…私の心からの本心なのだろう。

 「リリィ…姉さん…?」

 少しずつ息が荒くなっていくのに私の防波堤が揺らぐのを感じながら、私は首を拾う為に身体を後ろに倒した。彼を抱きかかえたままの姿勢は、不安定でぎこちなく…そのままころん、と倒れこんでしまう。実際は私が誘い込んだのだが、まるでジェイクに押し倒されたような姿勢だ。

 ―あ…目が…。

 そして、その姿勢は後ろへと転がった私の首と彼の顔を引き合わせることとなった。女の生首と見つめあう少年―しかも、胸に抱きしめられた状態で、だ―なんてシュールな光景でしかないだろう。…けれど、私にとって、興奮の感情を孕み、見詰め合う今の状況は恋人同士の逢瀬にも匹敵する甘い響きを持っていた。

 ―あぁ…もう我慢できない…。

 「…好きだ…」
 「え…?」

 ―私は何を言っているんだろう…?

 この甘い空気に酔ってしまったのか、それとも我慢が効かず、どうにかなってしまったのか、そんな事も分からないまま、私の口は私の意思とは裏腹に、私の心を吐露し続ける。

 「ジェイク…愛してる…っ」
 「リリィ姉さん…」

 そんな私をジェイクは驚いたように見つめていた。…当然だろう。この間までただの姉代わりや師匠程度にしか思っていなかった相手にいきなりこうやって愛情の告白をされているのだから。

 ―けれど…もう止まらない…っ!

 彼ガ戸惑っているのが分かる。驚いているのも、自失のような状態に陥っているのも、けれど、それでも私の心は止まる事を知らなかった。

 「こんな可愛気のない女に告白されても迷惑なだけだろう…。でも…私は……っ好きなんだ…ジェイク…」

 ぽつりぽつりと感情のまま漏らす私の首にジェイクの手がすっと伸びる。…そして転がったままの私の頬にそっと手を触れた。そのまま私の首を細心の注意を払っているかのように、ゆっくりと抱き寄せる。

 ―あぁ…暖かい…。

 ジェイクの掌から感じる体温は感情を吐露した私を受け入れてくれているようだった。…勿論、それは幻想でしかありえない。こんな可愛気のない女に、いきなりこんな風に告白されても困るだけだろう。…本当の予定ではもっとじっくりと確実に進み、私を受け入れてもらうつもりだったのだ。

 ―けれど、もう後戻りは出来ない。

 「すまない…いきなりこんな事を言って…。でも、覚えておいて欲しい。これからするのは決して本能のままにお前を求めるのではな…」

 ―その瞬間、私の唇が感じたのは柔らかい感触だった。

 まるで私の言葉を聴きたくなかったかのように、私の唇に押し当てられたのはぷにぷにとした柔らかい感触で、さらに言えば何処か艶やかさすらあり、もっと触れていたいと思うような柔らかさで……そして私の目の前には少し目を伏せたジェイクの顔があるわけで…。

 ―え…?これ…一体…?

 呆然とする私とは裏腹に私の身体はそれが何なのかとっくに理解しているようだった。押し当てられたそこに自分なら吸い付き、貪るように彼の『そこ』を撫であげる。

 「…ん……」

 小さく声を上げながら、すっと離れていく彼の顔は興奮か羞恥か―もしくはその両方か―で真っ赤になっていた。気恥ずかしそうに目を少し伏せて、けれど、ずっと大事に私の顔を包むその手からは、さっき行った行為の余韻か興奮が伝わってくるように感じる。

 ―わ、私…キス…っ!?

 ジェイクの顔を見ることで少し冷静になった私の頭はようやく行為の意味と名前に気づき、彼に負けないほど顔を赤く染めた。例え…その、心の奥底からキスしたい、と思っていても羞恥心が無くなる訳ではない。それに…ジェイクの方からしてくれた、と言う事実がキスをしたという現実と相まって、私の中の歓喜の感情を強く呼び起こす。その高い興奮と羞恥に朱を含むのはやはり当然のことだろう。うん。

 「俺、子供だけど…こういう事くらいは分かる…んだよ」

 そんな私を見ながら気恥ずかしそうに口を開くジェイクは…とても増せた事を言っていた。何時もであれば「背伸びするな」と微笑みながら、頭を撫でてやるのだが…今の私にとってはキスの興奮と、受け入れられたのかもしれないという期待で胸が高鳴って、それどころではなかった。

 「俺も好きだよリリィ姉さんのこと。…勿論、こういう事をする相手として」
 「ジェイク…っ!」

 ―嬉しかった。いや、もっと言えば嬉しいなんてレベルではなかった。

 弾けるように高鳴る胸と、それを包み、助長する歓喜が私の身体の中で荒れ狂っているみたいだ。嵐のようなそれらが私の中を蹂躙し、私の意思を飲み込み、ただ、歓喜の感情だけを体中一杯で感じさせる。

 「デュラハンって…首が外れるとえっちなことしないと駄目なんだよな…?だったら…俺、リリィ姉さんのこと好きだから…一緒にこういう事も教えて欲しい」
 「あぁ……幾らでも、何でも教えてやる…っ♪」

 言いながら私は彼の身体を抱きしめていた力を緩めた。私の身体を地面からほんの少しだけ浮かせていた支点を失い、力なく大地に横たわる。
 そんな私を見下ろすジェイクはまるで見入っているように肢体を見つめいた。それがまた突き刺さるようで…私の身体に乳首を触れられたときとは違う甘い痺れを走らせる。

 「まずは…胸を…触ってくれ…」
 「…こう…?」

 ―っ…!

 戸惑いながら延ばしたジェイクの手はまず私の乳首に触れた。恐らくはさっきまでの私の反応で、そこが感じるポイントだと学習したのだろう。そんな彼の察しの良さに関心すると同時に、また身体に走る甘い痺れに甘い吐息を漏らしてしまう。

 「あっ…う…くぅ…♪」
 「…リリィ姉さん…?」
 「いや…き、気持ち良いぞ…ジェイクは上手だな」

 私を傷つける事を恐れているのだろうか。恐る恐るそこを撫でる彼の手は少し震えているようだった。さっきまでの遠慮の無い触れ方とは違う優しく撫でるそれは私の肢体を優しく溶かすようだったが…それでも何処かもどかしいのは否定できない。

 「もっと…強くして良いからな…」
 「…うん。痛かったら言って」

 私のリクエストに応えて、ジェイクの指先が力を取り戻す。そのまま撫でるようにそこを触れていただけの動きではなく、乳首を人差し指と親指でくりくりと転がし始めた。

 「くぅぅっ…♪」

 敏感なそこはそれを快感に変換し、体中へと伝えた。さっきとはまた違った類の快感は私の芯を溶かし、物足りないと言わんばかりに腰を浮かさせる。

 ―私…こんなっ…♪

 それは確かに気持ち良かった。くりくりと弄り、時折乳首を引っ張るジェイクは私の反応に少しずつだが、確実に学習し始めていて、じんわりと広がる快感がどんどん強くなっている。…だけど、それでも何かが違うのだ。何が違うのかは明確に私自身言えないが、その快感は気持ち良いのだけれど、私が求めているものはもっと、こう何か違うもので……。

 「もっと…激しくして良いから…」

 私が何を求めているのか、私自身分かっては居ない。けれど、身体の芯を炙るような物足りなさを何とかしたくて、口に出たその言葉はきっと正解だったのだろう。
 私の言葉に頷いて、ぎゅっと潰れそうなくらいそこに力をこめた瞬間、私の全ては駆け抜けた快感に身体を浮かせた。

 「ひゅうううぅんっ♪」

 ―それは甘く蕩けるものとは違う激しい快感だった。

 いっそ被虐的なほど駆け回るその快感は、とろとろに溶かされ始めていた私の身体で荒れ狂い、胸を逸らさせる。快楽から逃げるように逸らせた肢体は、逆にジェイクの手に乳房を押し付けるようで、とても淫靡な光景だ。

 ―わ、私…これが欲しかったんだな…♪

 その淫靡の中で私は確かにそう理解した。さっきように恋人同士がやるような甘く、優しい愛撫ではなく、ちょっと激しい…モノのように扱われるくらい激しいものが私は好みらしい。

 「大丈夫…?」
 「だ、大丈夫ぅ…だから…もっと…もっと今の…ぉ♪」

 ようやく自分の欲していたものを理解した私は子供がお菓子を強請る様に彼の手の上から掌を重ね、乳房に押し付ける。それに少し戸惑いを見せながら、ジェイクは再び強く私の乳首を摘む。そしてそのまま、抓るように少しばかり爪を立てた。

 「きゅふぅうう♪」

 ―気持ち良い…っ!

 それは小さな痛みさえ伴っていた。潰れるほどに力を込めながら爪を立てられたのだから当然だろう。けれど、それがまた気持ち良さの中で添えられるアクセントとなって、強く快感を強調する。

 「良いっ…それ良いぃ…っ♪」

 もっともっと、とだらしなく求める言葉を口走りながら、荒れ狂う気持ち良さに身体を捩ると彼の脚と私の股間が一瞬擦れあった。しかし、ひらひらのスカートをジェイクの膝で縫いとめられるようになっているので、その動きはもぞもぞとしたもので快感も物足りない。だから私はもっと気持ち良くなりたくて、私は嬌声を上げながらそこを何度も押し付けてしまう。

 「リリィ姉さん…ここも気持ち良いんだ…」

 その動きに察したジェイクは私の首を私のお腹の上に置いた。空いた手でスカートをたくし上げ、そこ…私の一番敏感なところに触れる。ショーツもなく、溢れる愛液をそのまま衣服に零すだけしかしない私の性器…いや、オマンコは彼の手からも激しい快感を貪ろうとひくひく痙攣しているのが自覚出来るほどだった。

 「濡れてる…」
 「お、女は…気持ち良いと…そこが濡れるんだ…」

 少し驚いたように指を引いたジェイクを安心させるように私の手は彼の手に触れた。そのまま導くように彼の手を私にオマンコへと押し当てる。

 「分かるか…?皮膚の奥に穴があるのが…」
 「ごめん…分かんない…教えてくれる…?」

 言いながら彼は胸を愛撫していた手で私の首を再び抱き上げた。そのままゆっくりと私の恥部へと導く。…私自身、初めて見るそこは私が感じていた通りひくひくと蠢き、物欲しそうにしていた。

 ―わ、私のここってこんな風になっているのか…。

 それはとても倒錯的な感覚だった。普通では見ることの出来ない、見ようとも思わないだろう自分の秘所を、縦筋から少しはみ出した唇を引くつかせている恥部を、とろとろの愛液をいやらしく漏らしうっすらと生える毛さえ男を誘うように艶やかに光らせるオマンコを、強制的に見せられているのだから。

 ―私のここってこんな…こんなにやらしいのか…♪

 そう思うとゾクゾクした感覚が身体の芯から湧き出るようだ。それが被虐的なシチュエーションと混ざり合い、私の興奮をまた高める。

 「そ、そこ…毛の少し下の…縦筋になってるのが分かるか…?」
 「うん」
 「そこが…女の一番敏感なところだ…♪」

 ―し、しかもこんな風に説明しなければいけないなんて…っ!

 彼にその気は無く、ただ、私を気持ちよくするための技術を教えてもらおうとしているだけに過ぎない。けれど、私にとっては、それは言葉責め同然だった。自分のいやらしい所を、どう気持ちよくして欲しいか教えなければいけないのだから当然だろう。

 ―でも…嫌いじゃない…っ♪

 それがまた私の被虐的な部分を刺激して、私の奥からとろとろと熱い粘液を漏らすのだから。

 「ここも激しくするほうが良い?」

 言いながら、ジェイクは私の目の前で、私の秘所に指を這わせる。その瞬間、甘く、今までに感じた事の無い快感が体中を走った。

 ―でも…甘いじゃ足りない…っ♪

 秘所はとても敏感な部分だ。粘膜そのものを直接触れるのだから、扱いは勿論、優しくしてもらうほうがいいだろう。…けれど、それでは駄目なのだ。甘いじゃもう…激しい快感でなければ、物足りなさにどうにかなってしまいそうになってしまう。

 「あぁ…激しく……そこの穴に指を出し入れしてくれ…♪わ、私を指で犯してくれっ♪」

 私の言葉にジェイクは遠慮なく私の膣の中に人差し指を入れたのが『分かった』。そのまま私の膣で激しく出し入れするのが『見える』。彼の指が引き出される度、膣から掻き出された透明な粘液がスカートの裾へ飛び散って、染みを幾つも作った。

 ―やらしい…こんなやらしい光景なんて見たことが無い…っ♪

 職務上、交わる魔物娘を見ることは今までなかった訳ではない。けれど…こんなに間近で、しかも自分の…こんなえっちな場所に、こんなにやらしく指を出し入れする光景を見ることなんてあるはずがなかった。

 ―でも…出し入れだけじゃ…っ♪

 種族特性上、自慰もした事がない私でも、彼女からの話や噂話などからそこがもっと気持ちよくなれる場所であるのは知っている。確かに犯されるように指で出し入れされるだけでも、気持ち良いのだけれど、私の中の知識がもっともっと、と求めるのだ。

 「ゆ、指…!引っかくように立てて…あぁぁそれ良いっ♪」

 私の言葉に従順に従い、ジェイクの指は私の膣を抉り始めた。入れるときは、まっすぐ早く…出す時は指を立ててゆっくり…そんな緩急すら覚え始めたジェイクの指は私をどんどんと高みへと連れて行こうとする。

 「上手だぞジェイク…っ♪もう…これぇ…癖になっちゃいそうだ…♪」

 少し乱暴に、けれど、膣を傷つけないように注意しながら出し入れされる指は既に私を半分、虜にしていた。さっきより掻き出される愛液の量は増えているし、頭の中はジェイクの指から与えられる快感と、目の前の淫靡な光景ばかりに占められて、殆ど意味の無い思考だけが流れていく。そんな思考も次のジェイクの言葉に全て吹き飛ばされてしまう。

 「リリィ姉さん…可愛い…っ」

 ―可愛い…?私が…?こんなに淫らに乱れてる私が…?

 私の痴態に興奮しているのだろうか。ハァハァと荒い息をつきながらジェイクは小さくそう漏らした。その言葉に戸惑いながらも、お世辞だと分かっていても、私の芯は完全に溶かされきってしまう。

 「お、お世辞なんか要らないぞ…」
 「お世辞なんかじゃない…!こんなにえっちで…一杯声上げて…可愛いよリリィ姉さん…っ!」

 興奮して呂律が少し回っていなかったのかもしれない。けれど、ジェイクははっきりとそう言ってくれた。お世辞ではないと、こんな可愛げの無い女を可愛いと、そう確かに。

 ―あぁぁ…ジェイク…っ♪

 芯も何もかもを溶かされてしまった私の身体が燃え上がるように熱くなるようだった。今までの興奮がまるでお遊びに感じるほどの熱は、私の全てを飲み込んで、絶頂へを流していく。

 「イくっ♪私…イかされてしまう…♪私のジェイクにイかされちゃう…っ♪」

 瞬間、私の秘所は浮き上がり、小さく痙攣した。ふるふると、まるでジェイクの指を離さないように吸い付きながら私の恥部はもっと快楽を貪ろうと、吸い付いていく。

 ―えっちだ…すっごいやらしくて…何より気持ち良い…っ♪

 その光景を目の前で見せつけられている私にとって、それは興奮を助長させるものでしかなかった。えっちに…びくびくと貪欲に快感を貪ろうとする腰を含めて、私の絶頂はどんどんと高い所へ浮き上がっていく。

 「はぁ…はぁぁあ……♪」

 そのまま数分浮き上がり続けた私は、大きく息をつきながら身体を再び地面へと横たえた。気だるい倦怠感が体中を包み、指先一つ動かすのも億劫なほどだが、決して不快ではない。寧ろ身体に力を入れにくいほど、気持ちよくしてもらったのだという証左でもあるので…不快な訳もなかった。

 「…大丈夫…?」

 けれど、その辺りの機微はまだジェイクには分からないらしい。…いや、当然か。殆どまともに性行為の知識なんて持っていない年頃なのだから。イッたなんて事が如何いう事なんて分かるはずもない。…寧ろ分かっていたら、誰に教え込まされたのかと問い詰めるレベルだ。

 「あぁ……イくって言うのは…とても…気持ち良い事だからな…♪」

 荒く息をつきながら、私はジェイクを見上げた。興奮に赤く染まった頬も、ピンク色に染まったかのような甘い吐息も、そして知識は無くても本能が理解しているのか窮屈そうに膨れ上がっている麻色の訓練着もまだまだこれからだと私に伝えてくる。

 ―そして…私の身体も…っ♪

 気だるい倦怠感の中、私の下腹部は…いや、子宮はいまだにきゅんきゅんと物欲しそうに疼き、飢餓感が膨れ上がるようだった。一度は絶頂したとは言え、漏れでた精は未だに補充されていないのだから当然だろう。けれど、その飢えが、次の『行為』の期待を高まらせるのだ。

 「…ジェイク…次は…ズボンを脱ぐんだ」
 「え…?」
 「…私だけ恥ずかしい思いをさせておいて…自分は脱がないつもりか…?」

 それは卑怯な言い方ではあろうと自覚している。そもそも恥ずかしい格好をしているのは完全に私の都合であるわけだし、ジェイクに責は一切無いのだから責任転嫁も甚だしいと言える。けれど、ジェイクはその言葉に少し迷いながらも、訓練着のズボンと下着に手をかけて一気にズリ下ろした。

 ―あぁ…これが…ジェイクのオスの匂い…っ♪

 ずっとズボンの中で開放のときを待ちながら醗酵していたジェイクの匂い……っ。それに一番近いのはチーズの匂いだろう。乳製品のような甘い匂いと、醗酵したオスの香りが合わさり、くらくらとするほどの興奮を私に与える。
 けれど、その匂いを放つジェイクのそこはまだまだ子供らしく、私の掌程度の大きさしかなかった。それが、また濃厚なオスの匂いとのギャップを引き出して、私にピンク色の吐息をつかせる。

 ―あぁ…こんなに辛そうに…っ♪

 腹筋につくほど反り返って、ぴくぴくと震えるそこは今にも射精しそうだった。少し余っている皮の奥から覗くピンク色の亀頭は既に透明な涎を垂らし、物欲しそうにしている。

 ―我慢させてあげるのは可哀想だな…。

 本当は手などで一度、射精させてやるのも良いのかもしれない。…けれど、私自身の疼きがそれを許しはしなかった。

 「さぁ…おいで」

 言いながら両手を広げる私の肢体にジェイクは私の首を拾い上げながら覆いかぶさってきた。思いもよらない男らしさに少しだけどきっとしながら、私は彼のオチンチンを指先で挟む。そして、私の秘所にゆっくりと導き、亀頭の先だけ私の膣へと誘い込んだ。

 「あっ…」

 蠢く膣の粘膜で敏感な部分を擦られたからだろうか。ジェイクは小さく声をあげ、快感を堪えるように大きく息を吐いた。そんな彼の様子に満足しながら、オチンチンから手を離した私はジェイクの背中へと両手を回す。

 「…さぁ…そのまま腰を押し込むんだ」
 「うん…っ」

 言いながらジェイクの腰は一気に私の腰とぶつかってきた。その瞬間、ぶつんと膣の中で処女膜が破れた感覚と…膣の圧力で剥けた亀頭が私の膣をごりごりと擦る快感が私を押し流していく…っ!

 「ああああああああっ♪」

 まるでケダモノのような声だと思った甲高い声は私の声だったのか、ジェイクの声だったのか、それとも二人の声だったのか私には分からない。ただ、快感に支配され、甲高い嬌声を上げるのが私に許された唯一のことだからだ。

 ―あぁあああっ♪気持ち良い…っ♪

 初めては痛い…なんて聞いた事があったが、それは思っていたほどではなかった。確かに痛い感覚はあるものの、それ以上の快感が流れ込んでくるお陰で、さっきの乳首の愛撫のようにアクセントでしかない。

 「ふぁあああ…な、なにこれ…!?」

 呆然としたように腰を打ちつけたまま震えるジェイクも強い快感を感じてくれているようだった。好きな相手が自分の身体で気持ちよくなってくれている…そんなメスの快感に私の背筋はまたぞくぞくとやらしい快感に震える。

 ―もっと気持ち良くなって…ジェイク…っ♪

 その想いのまま私は膣に力を込めた。それだけで、私の身体には少し小さい彼のオチンチンに四方八方から絡みつき、その全てを味わいつくそうと脈動しはじめる。今、始めての男を味わった私の膣は貪欲で、無数の舌舐め上げるようにオチンチンを刺激していた。

 ―あぁ…このカリ首のところ…気持ち良い…っ♪

 締め付けた膣はとても敏感で彼のオチンチン全てを私の頭の中にイメージさせるほどだった。ピンクの膣がどろどろとした突起で、必死に搾り取ろうとしているオチンチンのイメージは私を蕩けさせ、口の端からだらしなく涎すら垂れ流させる。それを拭う余裕も無いまま私は嬌声を上げ続けるだけだ。

 「あああっ!リリィ姉さん…っ!」

 そんな私とは裏腹に耐えるように震えるジェイクの声は切羽詰ったものだった。そして、その声に引き上げられるように、膣の中のオチンチンは一回り大きくなって、びくびくと震え始める。…それは彼女から様々な性知識を教え込まれた私にとって、待ち望んでいた兆候だ。

 ―射精するんだなジェイク…っ♪びゅるびゅるって初体験の精液私にくれるんだな…っ♪

 その想いのまま私は逃がさないように足も彼の腰へと絡みつけた。同時に、一滴も彼の精液を逃さないように私の子宮がどんどんと下へと降りていくのが分かる…っ♪女の一番大事で…そして敏感なその入り口は、導かれるように彼のオチンチンの亀頭へと吸い付き…そして震えが一番強くなった瞬間、一気に吸い上げた。

 「くぅぅぅうううう」
 「あっはああああっ♪」

 初めての快感に震え、我慢するように声を抑えるようにしているジェイクとは対照的に喜び受け入れる私の嬌声が訓練場に広がった。膣の中全部焼ける様な熱い精液に、それを敏感な口を通して子宮に流し込まれる快感に耐えられるはずもない。鼻の抜けたようなだらしない嬌声は、中々、収まらなかった。

 「ふ…あぁぁ…♪」
 「嘘…!なんで…止まらな…っ」

 そしてその射精もまた中々、収まるものではなかった。射精の快感を知ったオスの本能がジェイクの身体を勝手に突き動かしているのか腰を何度も前後させ、何度も何度も私の子宮に精液を流し込んでくる。それがまた頭の奥までじぃぃんと突き抜ける優しい快感で、私に甘い嬌声を漏らさせるのだ。

 「リリィ姉さん…っリリィ…っ!!」
 「ひゅぅんっ♪ジェイク…大好き…だいしゅきぃ…っ♪」

 私の名前を必死に呼びながら腰を前後するジェイクに応えるよう私の膣はきゅっきゅとオチンチンを締め付ける。目の裏がどんどん真っ白に染まり、何も…ジェイクのオチンチンと射精を受け、ごりごりと削られる膣の感覚以外、全て消えていった。

 ―私…これイくの…か…♪これがホントのイくって事なのか…ぁ♪

 それはさっきの指の感覚とは比べ物にならなかった。私の身体全てが溶けてただ、ジェイクを受け入れるメスだけになっていく感覚は、飛んでいきそうな浮遊感よりもはるかに背徳的で被虐的で…何より気持ち良い。私はすぐにその感覚に夢中になり、自分から求めるように腰を浮かせる。

 「イくっ…♪ジェイク…っ私もイってしまう…っ♪」
 「リリィ姉さん…俺も…俺も止まらない…っ!」

 叫ぶように応え合う私たちは自然と目があってしまう。…そして、お互い最後の絶頂へと押し上げるアクセントとしてキスを選んだ。瞼を閉じ、少しキスを強請るように顎を少しだけあげる私と、その首を自分へと近づけ、貪るように押し付けてくるジェイク…。そのキスはお互いの唇を愛撫しあうだけでは飽き足らず、どちらからともなく、舌を絡ませあうものになっていく。

 ―あぁ…ジェイクぅ…♪

 無論、快感に蕩けあった私たちの舌の動きなんて大したものではない。お互いキスも初体験同士なのだし、元々の技巧だって長けているわけではないのだから。けれど、膣奥にある口だけでなく、上の唇でもキスしているというシチュエーションは、まるで私とジェイクが溶け合って一つになっていくような錯覚さえ覚える。

 ―ううん…一つになりたい…っ♪

 ずっとこのまま二人で抱き合って…何も気にせずずっと絶頂を味わっていたい…っ!ずっとずっと二人で…一緒に…っセックスして射精を感じていたい…っ!

 ―けれど、終わりの時はすぐそこに迫っていた。

 私の膣は今まで以上に彼のオチンチンへと食いつき、やらしくしゃぶりつくしている。その快感に耐えられないのか、射精しながら震えるオチンチンはさらに一回り大きくなっているのが分かった。まるで今までが前座であり、これから本当の射精を放とうとしているようなその蠢きは私をさらに興奮させる。

 ―でも…どうせイくなら一緒に…っ!

 その想いだけで精一杯我慢しようとしていたけれど、もう限界に近い。真っ白になって何も見えない私の視界も、射精を強請る膣も、今にも飛び上がりそうな絶頂の予兆をしっかりと感じていた。

 「ちゅ…ふぅん♪」
 「ん…っちゅぅ…ぅ♪」

 二人の絡み合う舌が唾液を押し付けあったとき、私の我慢は決壊した。
 真っ白になった目の奥でぱちぱちと何かが光ったような気がした瞬間、私の身体に今までに無い快感が走り始める。そして、それに痙攣した膣は最後の射精を乞い…ジェイクも最後の射精を始めた。

 ―来てるぅぅ♪射精来てるぅぅぅっ♪

 頭の中まで真っ白になるようなその奔流は、思ったとおり今までとは比べ物にならないものだった。どろどろの粘液よりもまだ粘っこい精液がびゅくびゅくと子宮に流し込まれて、子宮の壁にどろどろとへばりつく感覚さえある。しかし、それがまた気持ちよく、私をさらに高い絶頂へと連れて行く。

 ―きゅううううぅんっ♪

 絶頂の快感は私の身体を決して逃がさなかった。背筋を震わしても、しっかりと飛ばないように彼の身体に抱きついても、私の中で荒れ狂い、何もかもを吹き飛ばしていく。まるで嵐のような快感が収まった頃には指先でさえ、まったく力が入らず、ぐったりと地面に横たわるだけだった。

 ―し…幸せぇ…♪

 大好きな男に子宮に沢山精を貰いながら絶頂する余韻もさっきのものとは比べ物にはならない。気だるい倦怠感とオスに満足してもらった奉仕の充実感、メスとして最高の快楽を与えてもらった愛しさが混ざり、私を包み込んでいた。

 「…ん……」

 そして私を満足させてくれたオスは私の身体の上で脱力しきった身体を晒していた。あまりに脱力し、瞼を閉じたその姿は眠っているのかとさえ思うが…今の私には確認する術はない。ただ、同じようにだらしなく地面に絶頂した肢体を横たえるだけだ。

 ―…これからも…こうして甘えてくれたら良いな…♪

 そんな事を思いながら…私も瞼を閉じて、甘いまどろみを味わうのだった…。



















 ―そう。そんな事を思っていたのに…これはどういうことなんだろうか…?

 今の私はベッドに『あの日』のようにだらしなくベッドの上に肢体を投げ出して、大きく息をしていた。柔らかいベッドのスプリングの感覚が、私を優しく包み、『あの日』よりもさらに強く私をまどろみへと誘うのが分かる。けれど、何度もこうやって『彼』と交わっている私にとっては、それはすでに慣れた気だるさになっていた。

 「…うぅぅ…また今日もあんなにえっちに虐められて…」
 「だって、お前、虐められる方が好きなマゾ奴隷だろ?」

 そんな風に私の独り言に応える『彼』は『あの日』…私と彼の初体験の日から大きく様変わりした。既に成長期を終えたジェイクの身長は2mを越え、肩幅は私と比べ物にならない。掌なんて私の二倍はあるくらいだし、腕周りは私が抱え込めるほど、分厚い筋肉に覆われている。顔周りもまだまだ丸みを帯びていた身体は、今では精悍な男の顔つきになった。そう。あの日、『少年』であった彼は『オス』へと変貌を遂げた訳だ。

 ―しかも、多分、最高級のオスに…。

 槍の腕だけでも化け物クラスだった義父を越えている。それだけではなく、魔界の魔力で浅黒く染まった身体には白いルーン刻まれており、魔界に満ちる魔力を取り込むことで無詠唱で強力な魔術を放つ事さえ可能だ。

 ―人間として既に規格外だったが…化け物としても中々に規格外に成長してしまった。

 流石に『勇者』や『魔王』と呼ばれる存在には遠く及ばないだろうが、それでも十分過ぎるほどの力を持つオスになった。それが師匠であった私にとっては誇らしく…そして恋人としての私にとって、ちょっとした悩みを作り出している。

 「だ、誰がマゾ奴隷だ!!!」
 「そのまんまの意味。首外れると虐めてくださいご主人様って言うじゃないか」
 「あ、アレはジェイクがそんな風に私の身体をしたから…っ!」

 そう。あの日以来、私たちの交わりはどんどんエスカレートしていった。性についても才能を持っていたジェイクはどんどんと先へ行き、私の身体を開発し…まぁ、その、なんていうか、元々の素質もあったのだろうけれど、私がマゾで彼がご主人様と言う力関係が完璧に出来上がってしまった訳で…。

 ―それでも最初の頃は私の方が強かったから良いんだが…。

 実力でさえ負けてからは彼を止める事が出来るはずも無い訳で…こうしてベッドの上で一方的に虐められる関係がずっと続いているわけだ。

 「はいはい。俺の所為俺の所為」

 言いながらベッドに横たわる私を優しく抱き寄せる私の恋人は少しばかり笑みを浮かべていた。…このやり取りを最近は毎日やっているからだろうか。私を宥めるその手腕にも慣れが見えて、余裕ある『大人の男』に見えてしまうのだ。

 ―うぬぬ…一人だけこんなに良い男になって…!浮気の心配すらしなければいけない私の身にもなってみればいいんだ…っ!

 そう思うものの良い男だなんて言ったら調子に乗るだろうから口に出してはやらない。代わりに出すのは反撃の憎まれ口だ。

 「昔はあんなに可愛かったのに…」
 「昔の話はするなってば」

 恥ずかしそうに顔を背けるその姿に少しだけ気が晴れるのを感じて、私からも彼の身体に抱きついてやる。別に許したわけではない。まぁ、ちょこっとだけ保留にしてやろうと思っただけだ。

 ―あぁ、昔と言えば…。

 「…そういえば結局、あの時の大喧嘩の原因って何だったんだ…?」
 「するなって言ってるのにそれを聞くかよ」
 「別に良いだろう?あんなに虐めた仕返しだ」

 あんな風に縛って、何度おねだりしても挿入れてくれなくて、泣き叫ぶまで焦らしたり…挿入れた後も動かずに、縛られてもぞもぞ動くしかない私を弄んだり、淫語を言わせたりしたのだから、これくらいの仕返しはあってしかるべきだと思う。

 「まぁ…別に今更だし、言ってもいいんだが…」

 私の肢体を抱きしめている厚い胸板ごしにジェイクのどきどきが伝わってくるようだった。きっと恥ずかしい過去に違いない、と一人心躍らせながら、私は彼の胸に身体を預ける。

 「親父と喧嘩した理由は…リリィの事だよ」
 「私の?」

 名前を呼ぶ―最近は昔のようにリリィ姉さんと呼んでくれなくなった。姉として寂しい反面、恋人としての私は喜んでいる―声に応えた私の頭にそっと大きな掌が添えられた。あの日、子供であった頃からは想像も出来ないほど頼もしいその掌からは、安心感すら感じる。

 「そ。最近、仲が良い奴がいるそうだけど、止めておけ、と。魔物と友人になんかなれるはずもない、だとさ」
 「それは…」

 それは事実を突いた言葉だっただろう。実際、私は彼と友人や姉代わり、師匠と言う関係を飛び越えて、彼の恋人へとなったのだから。否定したい気持ちは強いものの、否定できる要素は私にはなかった。

 「当時は意味なんかわかんなかったからそりゃもう反発したよ。アンタに何が分かるんだって俺の事なんか見もしてくれてない癖に、ってな」

 その時の自分の光景を思い出しているのだろうか。ジェイクは口の端に苦笑のようなものを浮かべながら、また語りだす。

 「その時、逆に言われたよ。お前こそ、その相手の何を知っているんだ、と、見えているものしか『見て』いないんじゃないのか?とか…まぁ、色々だよ。今から考えれば一応、俺の事を心配してくれていたんだろうが…当時の俺に分かるはずなんかなかった」
 「…だから家出を?」
 「まぁ、そういう訳だ」

 恥ずかしそうに笑って、ジェイクは少し強めに私の頭を撫でてくる。きっと彼にとってもその過去はとても恥ずかしいものなんだろう。だからこそ、こんな照れ隠しのように強引な撫で方をしてくるのだ。

 「ま…お陰でリリィの事をもっと知ろうとデュラハンやどんな仕事をしているのか調べ始めて…一人前にして欲しい、なんて言い出したんだけれどな」
 「あ、そうだ。その理由も聞きたい」
 「…お前なぁ…」

 図々しく突っ込んだ私に呆れた様な表情を見せながらジェイクは今度こそ頬を赤く染めた。今では私の肢体を、嘗め回していても、顔色を変えない私の恋人が珍しく見せるそんな色に私は心の中の確信が強まるのを感じる。

 「私としては『惚れた女を護りたかった』なんて理由を希望するんだが?」

 あの時の私には分からなかったが…私が強いと知ったときの彼の反応や、その後のやり取りから出した答えがこれだった。当時の私であれば自惚れであると、頭から叩き出したであろうが…良くも悪くも彼に『愛され』ている私は色んな自信をつけている。…その中には、彼に愛されているという自信も勿論含まれていて。

 「うっせー馬鹿。早く寝ろ」

 その言葉に応えないまま、私を抱きしめたまま布団へと潜った私の恋人の体温はさっきより少しだけ高い。他の魔物娘にだって分からないだろう小さい変化は、私の言葉が核心からそれほど離れていないのを伝えてくれる。

 ―ふふ…♪まぁ、今日の追求はここまでにしておいてやるか。

 大人の男になって中々素直に『好き』とは言ってくれなくなったジェイクの胸に抱きしめられながら私はあの日のように優しく目を閉じた。

 ―私の恋人は変わった。
 ―成長した体と技術を含めて、この広い魔王城の中でも指折りの実力者だけれど
 ―私を虐めるのに興奮する変態だ。
 ―さらに素直じゃない癖に、時々、凄い優しくて、どきどきさせられる事も少なくない。

 ―けれど、それでも変わってないものが一つだけある。

 「…ジェイク…」
 「…ん…?」


 「…大好きだぞ…愛してる…」
 「…俺もだよ」

 ―この気持ちだけはきっとずっと変わらないんだろう。

 そんな確信と安心感の中で私はゆっくりと夢の中へ落ちていった。
12/08/13 12:55更新 / デュラハンの婿

■作者メッセージ
 デュラハンたんは教え方が不器用だと思います。
 でも、大事に扱いてくれるスパルタ方式はきっと最後には感謝したくなるくらい伸びるんだと思いますお!!

 そんなイメージのまま一気に書き上げました。
 何故かリリィにマゾ属性がついてるのは私の所為じゃありません。デュラハンたんが可愛いのが全て悪いのです。

 あ、ちなみに司令官≠バフォ様の図鑑に載っている魔界の最高幹部です。
 書きあがってから紛らわしいことに気づきまして…もし誤解された方がいたら申し訳ないです…。

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