読切小説
[TOP]
探偵コレックの事件簿〜とある孤島の怪事件〜
「さて、ここのはずだが・・・」
海岸で地図を手に俺は呟いた。
俺の名はコレック。
親魔物領ジラードに事務所を構える探偵だ。
「先生〜、まだ着かないんですかぁ〜?
もう数時間歩きっぱなしですよ〜?」
横で文句を言うのは俺の助手であるスフィンクスのソノミ。
行動力はあるのだが少し考えが足りないのが困ったところだ。
「大体、何で私達が事務所からこんな遠くまで歩かなくちゃ・・・ブツブツ・・・」
ソノミ君の愚痴を聞きながら俺は俺達がここに来た原因を思い出していた。



五日前のこと・・・
俺達が事務所でくつろいでいた時の事だった。

トントン

「すいませーん!
お届け物でーす!」
「はーい!」
応対に出たソノミ君はしばらくして一つの袋を抱えて戻ってきた。
「それはなんだい?」
俺の質問に彼女は首を捻った。
「さぁ・・・あて先がこの事務所になっていますが、差出人が書いてありません。」
「ふむ・・・」
袋を受け取って、少し振ってみるとチャラチャラと音がした。
「一応、危ないものでは無さそうだが・・・」
用心しながら口を開けると中身が大量にテーブルに零れ落ちた。
「わっ、これ金貨じゃないですか先生!
しかもこんなに!」
ソノミ君が思わず飛び上がる。
よく見ると金貨と共に手紙と地図が入っていた。

『コレック様
助けてください。
私は命を狙われています。
つきましては貴方の力で私の命を守っていただきたいのです。
金貨は依頼料です。
五日後、地図に示した所まで来てください。
                                オリファ』

手紙にはそう書いてあった。
「何ですかね、これ?
怪しいにおいがプンプンします。」
「確かにな。
しかし手紙には命を狙われていると書いてある。
こんな大金を一緒に入れてくるとは悪戯の可能性は低い。
幸い、今は他に依頼も無いから行ってみようじゃないか。」



そんなことを思い出しながら歩き続けた俺達はやがて船着場にたどり着いた。
「ここが手紙にあった所ですかね?」
「おそらくな。」
俺達がそんな会話をしていると・・・
「誰だ、君達?」
後ろからそんな声がした。
振り向くと大剣を担いだ精悍な男が立っている。
「ああ、私達は・・・「他人に名を聞くときはまず自分から名乗るものじゃないのか?」
ソノミ君の言葉を遮って俺はベタな台詞を口にする。
この男ただ話してるだけの様に見えるが身のこなしに隙が無い。
おそらくかなりの猛者だ。
この依頼に関わりがあるなら依頼内容が命に関わってるだけにあまりこちらからベラベラ身分を明かすのは良くないな・・・
「・・・・・」
男はしばらく黙っていたがやがて、
「・・・フッ・・・」
と笑って自己紹介を始めた。
「ハッハッハッ!
礼を失してすまない。
俺はケビン=ゼーレフォン、ケビンと呼んでくれ。
オリファさんから助けてくれって呼ばれてここに着たんだ。」
そう言って彼は懐から俺達が持っているものと同じ地図を取り出した。
どうやら彼は信用できそうだ。
「分かった。
俺は探偵のコレック。
あんたと同じくオリファさんからの依頼でここに来た。
こっちは・・・」
「先生のスーパー助手、ソノミです。
よ・ろ・し・く♪」
ソノミ君のアホな自己紹介にケビンは少し驚いた風だったが、俺が肩をすくめて見せると納得した様に頷き、
「そうか、よろしく。
コレックにスーパー助手のソノミさん。」
と俺達と握手した。


「なるほどな。
コレック達はそういう風に依頼を受けたのか。」
俺からここに来た過程を聞きケビンが言った。
「と、言うと・・・?」
「俺は魔物を討伐する旅をしていてね。
ああ、討伐するのは周囲に危害を加えてる奴だけだから身構えないでくれ。」
魔物を討伐と聞いて思わず身構えた俺達をケビンはそうフォローした。
「それでだ。
旅の途中でしばらく滞在することになった近くの町で一人の女の子がゴロツキに絡まれていたんだ。
放って置けなくてゴロツキを追っ払って宿に戻ったら、俺宛にあんたのところに来たものと同じような手紙と金が届けられたんだ。
どうやら俺がゴロツキを追っ払う所を見てたらしい。
困ってる人は常に助けるのが俺の主義でね。
指示されたとおりの場所に来たってのが今って所だ。」
なるほどな。
どうやら俺達の他にも依頼を受けた者がいるってことか・・・
俺が考えをめぐらせていると沖の方から一艘のボートが近づいて来るのが見えた。
ボートは俺達の目の前で止まり、中から一人の青年が現れる。
「すいません。
貴方達はオリファ様の依頼を受けたコレックさん、ソノミさん、ケビンさんですか?」
「ああ、そうだが。」
「では地図を見せてください。」
俺達が地図を見せると青年はそれを確認した。
「はい、確かに。
それではこれから皆さんを屋敷のある島にお送りします。
挨拶が遅れました。
僕は島への送迎役のナッシュと言います。」



俺達が乗り込むとナッシュはボートを漕ぎ出した。
「なぁ、オリファさんから依頼を受けたのは俺達だけなのか?」
「いいえ、あと一人おられます。
その方は先ほど島にお送りしたところです。
ケビンの問い掛けにナッシュが答える。
・・・・俺もナッシュに話を聞いておくか。
「オリファさんってのはどんな人なんだ?」
「数ヶ月前から島に住まわれていますが素敵な方ですよ。
美人で性格もいいですし。」
「数ヶ月前に島に来たのか?」
「はい。
実は僕元々は漁師だったんです。
でもある日、オリファさんが僕の家にやって来て『病気の療養で島に住むことになったから送迎役兼物資の配達を頼めないか』と仰られました。
給料も弾んでくれるんですが、何よりもあの笑顔が素敵で・・・」
なるほど、彼はオリファさんに惚れているようだ。
しかし数ヶ月前に島に来て、急に命を狙われているなんていうのも変な話だな・・・
「ねぇねぇ、おいしい食事は出ます?」
「さ、さぁ・・・
でもアデルさんという使用人の方がいます。
オリファさんは病弱なので用件はもっぱら彼女が受けていますね。
家事が得意な方ですからきっとおいしい食事が出ると思いますよ。」
・・・ソノミ君。
もう少しましな質問はできないのか・・・・



やがてボートは島に着いた。
「では僕はこれで。」
「へっ!?
行っちゃうんですか?」
「僕の住まいはあの船着場にあって普段はそこに住んでるんです。
大丈夫、明日の朝にまた来ます。」
ソノミ君にそう言ってナッシュはボートで去っていった。
俺は周りを見渡してみた。
小さな島で砂浜の向こうに屋敷があり、周りを小さな森が囲んでいる。
「この島には隠れる所は無さそうだな・・・」
「ああ。」
ケビンの呟きに俺は同意する。
すると屋敷のほうから人が歩いてくるのが見えた。
黒い服を着た小柄な少女だ。
「・・・ようこそ・・・いらっしゃいました・・・」
「失礼だが貴方は?」
「アデルと申します・・・」
彼女はどもりながらそう言った。



アデルさんに案内され俺達は屋敷の客間に通された。
「ただいまご主人様を呼んでまいります・・・」
彼女はそう言って奥の扉へ姿を消した。
周りを見回すとなかなか豪華な家具が揃っている。
・・・ん?
「どうしたんです、先生?」
俺が何かに気付いたと見てソノミ君が声をかけてくる。
「いや、一つ気になるところがあってな・・・」
「俺達より先に来た奴か?」
ケビンの言葉に俺は頷く。
そうだ、ナッシュは俺達より先に一人を送ったと言った。
しかし今部屋にいるのは俺たち三人だけ。
あと一人は一体・・・?
その時部屋を見回していたケビンが俺の肩を叩いて部屋の隅を指差した。
「見つけたぞ。」
「何?」
俺とソノミ君はケビンが指差した先を見たがそこには誰もいない。
「誰もいませんよ?」
「いや、いる・・・」
よく見るとそこの景色が陽炎の様にもやっとしている。
ケビンおもむろに剣を抜き、何も無い空間に突きつけた。
「出て来てくれないか?
さもないとこのまま一突きにする。」
すると・・・
「いやぁ〜、お見事!!」
声と共に何も無い空間から女性が現れた。
頭には耳・・・お尻には二本の尻尾・・・
「あんた、ワーキャットか?」
ケビンの問いに彼女は首を振った。
「違いまする。
拙者、猫又、月風(つきかぜ)と申す。」
「ケビンだ、よろしく。」
「ソノミです。」
「探偵のコレック。猫又・・・たしか東方のジパングの魔物か・・・」
「いかにも。
母上はジパングの生まれ。
旅が好きでこの国に来たとき父上と知り合い拙者が生まれたでござる。」
道理で言葉遣いが変だと思った。
「月風さんはどうしてここにいるんですか?」
「拙者、ただいま母上の言いつけで一人前の猫又になるため修行中なのでござる。
ギルドという組織に属し、人様からの頼み事を解決する過程で己を鍛えておった時、アデルどのから依頼をされたのでござる。
他にも依頼を同じにする者が来たようなので、実力を知るため隠遁の術で身を隠しておりましたがこうも簡単に見破られるとは・・・いやいや・・・頼もしい限りですな!
宜しくお願いするでござる。」
そう言って頭を下げる月風さん。
悪い人じゃなさそうだ。



依頼を受けたものが全員揃ったところで奥の扉から綺麗な女性が現れた。
「ようこそいらっしゃいました。
私がオリファです。」

・・・

いかん・・・つい見とれてしまった・・・
端正な顔立ちに綺麗な髪、豪華な衣装とナッシュが惚れるのも頷けるな。
隣を見るとケビンがばつの悪そうに顎をかいている。
彼も見惚れたのだろう。
「・・・どうかしましたか?」
「あ、いや、ナッシュに聞いたとおりの美貌だなと思って・・・」
「ナッシュが・・・ふふっ・・・ありがとうございます。」
笑うとなお一層綺麗に見える。
一方、
「拙者、月風と申す。
拙者が来たからには大船に乗ったつもりでいてくだされ。」
「そうです!
探偵コレック先生もいますから安心していいですよ!」
魔物二人は威勢良くオリファさんを励ましている。
「ありがとうごさいます。
私の命は皆様に掛かっています。
なにとぞ宜しくお願いします。」
そう言って彼女は扉の奥に戻っていった。
心なしか顔色が良くなかったな・・・
病気に加え、命を狙われているんじゃ仕方ないのかもしれないが。
「皆さん、お部屋に案内しますので荷物を持ってきてください・・・」
考え事をしていた俺はいつの間にか傍にいたアデルさんの声に慌てて荷物を取りにいった。


荷物を部屋に置いた俺達は一旦広間に集まった。
「さて、どうやってオリファさんを警護する?」
ケビンの言葉に全員考え込んだ。
「アデルさん、オリファさんの部屋に通じているのはあの扉だけか?」
「はい・・・その通りです・・・」
「そうなるとこの広間に人を配置しないといけないな。」
「でも相手が飛べる魔物なら窓からも侵入できますよ。
窓も見張らないと。」
その時月風さんが提案した。
「こうしたらどうでござろう?
拙者、コレック殿、ケビン殿、ソノミ殿のうち二人はこの広間を、二人は屋敷の周りを見回る。
これを二時間ごとに交代で行うと言うのは。」
「いいんじゃないか。」
「俺も賛成だ。」
俺とケビンはこの案に同意する。
あれ、アデルさんはどうするんだ?
「あの・・・私は・・・」
「アデル殿は危険ですから自室で待機しておいて下され。」
「でも・・・私も・・・お役に立たないと・・・」
「じゃあ、アデルさんは私達の夜食を作ってください。」
「分かりました・・・」
ソノミ君の提案でアデルさんにも役割が決まった。



日が大分傾いてきた頃、俺達は夕食を取った。
「うむ、これはうまいでござる!!」
「たくさん・・・食べてください。」
メニューはパンにステーキにサラダ、そしてワインとなかなかに豪華。
さらに味も上々だった。
「ガツガツ・・・・ハムハム・・・・お代り!!」
猛スピードで食事を口に詰めるソノミ君。
「ソノミさん、もう少し品良く食べたらどうだい?」
「だって・・・モグモグ・・・こんなにおいしいのが・・・ゴクン・・・いけないんですよ!」
ケビンの忠告にも耳を貸さない。
見ててこっちが恥ずかしくなる・・・
「喜んでいただけて・・・嬉しいです・・・」
そう言ってアデルさんは立ち上がった。
「あれ、何処に行くんだ?」
「ご主人様に食事を持っていきます・・・」
そう言って彼女は扉に向かった。
「オリファさんも一緒に食べればいいのに・・・」
「病人だからな。
部屋からなかなか出られないのかもしれないぞ。」



夕食後、俺達は交代で広間と屋敷の周りの見回りを行った。
広間にいる組は退屈しないようアデルさんを交えてお互いにお喋りをしていたが、犯人が何時来るかも分からない状況の中、緊張が高まっていた。



ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・
時計が4回なった。
「では見回りに行ってくるでござる。」
「行ってきます、先生。」
月風さんとソノミ君に見回りを任せて俺とケビンは広間に戻った。
「もう4時か。
しかし何も起きないな・・・」
「気を抜かない方がいい。
いつ何が起きてもおかしくないからな。」
そう言ってテーブルの上のポットからコーヒーを入れるケビン。
「コレックも飲むか?」
「ああ、いただくよ。」
俺達はソファに腰を下ろしてコーヒーを飲んだ。


「・・・・・」
「おい、コレック。」
「ん?」
「どうしたんだそんなに難しい顔をして?」
「ああ、すまん。」
無意識に考え事をしていたようだ。
「いや、どうも引っかかることがあってな。」
「引っかかること?」
「どうして俺達はこの依頼をされたんだろうかってな・・・
探偵の俺、冒険者のお前、ギルドのメンバーの月風さん。
三人とも立場がバラバラじゃないか。
どうしてこんな選び方をしたのか・・・」
「考えすぎだって!
俺達が選ばれたのが何かの偶然だとしても気にするな!
俺達は目の前の人を助ける。
それだけでいいのさ!」
・・・そうだな。
仕事上、俺には物事を難しく考え過ぎる癖があるのかもしれないな・・・


「夜食を・・・お持ちしました・・・」
俺とケビンが話していた所へアデルさんがサンドイッチの乗ったお盆を持って入って来た。
「おっ、ちょうど腹が減っていったところだ。
っと悪い、ちょっとトイレにいって来る。」
そう言ってケビンは広間から出て行った。
「こちらは・・・お下げしますね・・・」
アデルさんも俺達が飲んだコーヒーのカップを持って出て行った。


広間に取り残される形となった俺がふと一息ついたその時・・・

「キャーー!!!!!」

!!??
なんだ、あの悲鳴は!!!
「おい!
何事だ!?」
悲鳴を聞いたのかケビンが駆けつけてきた。
「分からん!
悲鳴が奥の扉から聞こえてきた!!」
「ともかく行くぞ!」
俺達は慌てて悲鳴の聞こえた奥の扉に突進する!


扉の奥は長い廊下になっていた。
そして廊下の奥の扉が開いており、その前にアデルさんが座り込んでいた。
「アデルさん!」
「一体どうしたんだ!」
「ご主人様が・・・」
「何!?」
俺達が部屋を覗き込むと・・・
目に留まったのはベッドの上に転がっている血の付いた包丁だった。


「・・・・・」
広間は重苦しい空気に包まれていた。
オリファさんが部屋から居なくなっていたこと、部屋に血の付いた包丁があったことから彼女の身に何かあったことは容易に想像が付いた。
「ご主人様・・・」
「元気を出してください!
まだオリファさんが亡くなったって決まったわけじゃないです!」
ソノミ君が必死にアデルさんを慰めている。
「しかしこうなった以上、早く自警団と連絡を取り本格的な捜査を開始すべきでござるな。」
アデル殿、この島に外と連絡を取れる手段は無いのでござるか?」
「残念ながら・・・ナッシュさんのボート以外は・・・ありません・・・」
ナッシュは明日の朝に来ると言っていた・・・
まだ時間があるな・・・よし!
「すまないが、事件があったさっきそれぞれ何をしていたか話してくれないか?」
・・・探偵として行動するか!


「俺はトイレに行っていたな。」
というのはケビン。
これはその場に俺もいたから間違いないな。
「拙者はソノミ殿と屋敷の周りを見回っていたでござる。」
「二人はずっと一緒だったのか?」
「いえ、途中から別々に行動していました。」
「何か変わったことは無かったか?」
「さぁ・・・
少なくとも空や海からこの屋敷に近づいてきた者はいなかったでござる。」
ふむふむ。
「私は・・・コレックさん達が飲んだコーヒーを片付け・・・ついでにご主人様の無事を確認しようとしたら・・・あんなことに・・・」
「あの包丁に心当たりは?」
「あれは・・・屋敷で使っているものです・・・
今日の夕方から・・・無くなっていて・・・おかしいと思ったのですが・・・」
なるほどな。


皆の話を聞いて分かったことがある。
事件時、皆バラバラに行動していたこと・・・
凶器はこの屋敷の物だったこと・・・
つまり・・・
・・・犯人は俺達の中にいる可能性が高い。



不意にケビンが立ち上がった。
「こうしていても仕方ない。
俺は外に出て屋敷の周りに犯人の足跡やオリファさんを運んだ痕跡が残ってないか調べてくる。」
そう言って彼は出て行った。
次にアデルさんがふらふらと立ち上がった。
「私も・・・少し休ませて・・・いただきます・・・」
「アデルさん、大丈夫ですか?」
ソノミ君に付き添われ彼女も出て行った。



後には俺と月風さんが残った。
「コレック殿・・・」
「なんだ?」
「探偵であるコレック殿はこの事件をどう考えてるのでござるか?」
「・・・・」
俺は先ほどの考えを話して聞かせた。
「なるほど、そういう可能性もあるでござるな・・・」
月風さんは少し考えて、口を開いた。
「拙者、ケビン殿が怪しく思えるでござる。」
「ほう、どうして?」
「彼は素性がはっきりしませぬ。
もしかすると既に誰かからオリファ殿の殺害を命じられてここに来たという可能性も・・・」
「・・・」
無くはないがそうと判断する証拠が無いな・・・
「まぁ、コレック殿は別の意見を持っているのかも知れませぬな。
拙者も部屋で休むことにするでござるよ。」
無言で考える俺にそう言って月風さんは出て行った。



バタン!
玄関が開く音がした。
ケビンが戻ってきたようだ。
「戻ったぞ。」
そう言って俺の横に座る。
「何か見つかったか?」
「いや、何も。
足跡もなければ、何かを運んだ痕跡もなし。
こりゃ犯人は外から侵入してきたわけでは無さそうだ。」
彼もそれなりに推理をしているようだ。
少し話を聞いておこう。
「じゃあ、内部の犯行だったらお前は誰が一番怪しく見える?」
「ふーむ。」
ケビンは少し考えた後、
「アデルさんかな?」
と言った。
「アデルさんが?」
「ああ、俺達がオリファさんを見たのはここに来たときだけだ。
もしかしたら彼女はその後すぐに襲われたのかもしれない。
アデルさんなら自由にあの部屋に近づける。
だから彼女が怪しいな。」
「なるほどな。
しかし被害にあったオリファさんは何処だ?
彼女一人で運び出すのは大変だろうし、第一、運び出した後は無かったとさっき言ってたじゃないか。」
「むむむ・・・そうだな・・・
何かトリックを使ったのか・・・?」
ケビンは考え込んでしまった。



その後、俺は自分の部屋に戻り事件のことを考えた。
ケビンの推理は的外れではない。
実際、俺達がオリファさんを見たのはここに来てすぐの時だけだ。
夕食以降はアデルさんも俺達といたからオリファさんが襲われたのは俺達が気付くずっと前だった可能性もある。
問題はオリファさんが何処に消えたかということだ。
それが分かれば謎が解けそうなのだが・・・
う〜む・・・


・・・
・・・・


ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・ボ〜ン・・・
もう七時か・・・
「先生。」
気が付くとソノミ君が戻っていた。
「ああ、ソノミ君、アデルさんは大丈夫かい?」
「ええ、今は眠っています。
先生こそ大丈夫ですか?」
「ああ、考え事をしていると時間が経つのを忘れるな。
しかしオリファさんは何処に・・・?」
「あの・・・先生・・・?」
「なんだい?」
「私、昨日この事件のことを考えました。
そしてある結論を出したんです。」
おおっ!
彼女にもようやく助手としての実力が付いたのか!
「で、結論とは!?」
「ふっふっ・・・!
聞いて驚かないでくださいよ。
昨日のことはすべてナイトメアの仕業だったんです!」
・・
・・・
・・・・は?
「つまり私達は全員オリファさんが襲われる夢を見たんです。
夢の中なら不思議な事だって起きますからオリファさんが消えることもあり得ます。
ね、辻褄が合うでしょう?
ですから私達が目を覚ませばオリファさんは無事。
何の問題もありませんね。」
・・・・・・
「ソノミ君・・・」
「はい?」
「お馬鹿!!!!」
「ひっ!!!」
そんな推理がまかり通るなら探偵は必要ないだろうが!!!
まったく・・・ろくな考え方を・・・ん?
昨日のことは夢・・・!?
もしかすると・・・?
「ど、どうしたんです!?
怒ったと思ったら急に静かになっちゃって・・・」
「ソノミ君・・・
もしかしたら君はある意味天才かもしれない・・・」
「へっ?
何を言ってるんで・・・」
ソノミ君が唖然とした時、
「おい、ナッシュのボートが来た!!
他の人にはもう知らせた。
君達も海岸に来るんだ!」
ケビンが部屋に駆け込んできた。
「分かった。
ただ少し調べたい所があるんだ。
ソノミ君、すまないが先に行ってくれ。」
「?」



ソノミ君を先に行かせ、俺はオリファさんの部屋に来た。
少し気が引けたがある場所を開ける。
・・・・・
・・・・・
やはり思ったとおりだ・・・
後はこの事件の動機が分かれば・・・!



俺が遅れて海岸に行くと全員がナッシュの周りに集まっていた。
「あっ、先生何処に行ってたんです?」
「いや、ちょっとな・・・
ところでナッシュには事件の話はしたのかい?」
「今、アデルさんが話してます。」
俺は皆のところに近づいた。
するとケビンと月風さんが話しかけてきた。
「おっ、コレック、遅かったな。
ナッシュがすぐにもボートを出してくれるそうだ。」
「・・・ああ。」
「どうされましたか?
事件を防げず気落ちするのも分かりまするが、今はこれからのことを考えるのが先決。
早く自警団に事件を伝えるべきでござる。」
「俺達は荷物を纏めて来る。
君も早く来いよ。」
そう言って二人は屋敷の方に歩いていった。
そして俺はアデルさんに声を掛けた。
「アデルさん、貴方はこれからどうするんだ?」
「私も・・・ナッシュのボートで行くことにします・・・」
アデルさんはそう返事した。
「アデルさん・・・え〜っと・・・」
ナッシュが声を掛けた時、
「すいません・・・私も荷物を纏めてきます・・・」
アデルさんは赤くなり屋敷の方に走っていった。

・・

・・・


「先生私達も荷物を纏めに行きましょう。」
俺はソノミ君と屋敷に向かう途中、
「ソノミ君、少しいいか?」
と彼女の耳に口を近づけ、
「謎が解けた。」
と耳打ちし、俺の考えを告げた。


「・・・本当ですか?」
ソノミ君は信じられないといった顔をしている。
「無理も無い・・・
俺も半信半疑だがこの考えなら辻褄が合う。」
「先生がそういうのなら・・・私は信じますよ!」
彼女が素直に信じてくれた事を俺はありがたく思った。
「そこでだ、俺はこれから犯人のところに行って話をする。
君は他の人のところに行って話を邪魔されないように止めといて欲しいんだ。」
「了解しました!」
さて、正念場だな・・・




「事件の真相が分かった。」
俺は犯人の部屋に行って相手にそう告げた。
「・・・・」
相手は黙っている。
俺は話を続けた。
「そもそもこの事件は事件と呼べないかもしれない。
なぜなら被害者が何処にもいないからだ。」
「被害者がいない?」
「そうだ。
俺達の依頼人オリファさんは実際には何処にもいなかったのさ。
というよりオリファさんは貴方だよな?
ドッペルゲンガーのアデルさん。」
そう言うと相手、いやアデルさんは目を丸くした。
俺はさらに続ける。
「オリファさんは貴方が変身した姿だ。
思い出すと俺達が唯一オリファさんを見たとき貴方はあの場にいなかった。
さらにさっき貴方はナッシュをオリファさんと同じように呼び捨てにしていた事からも判断した。」
「証拠は・・・?」
「悪いがオリファさんの部屋のクローゼットの中を見させてもらった。
中は空っぽだったよ。
服が無いということはあの部屋には誰も住んでいない。
オリファさんが実在しない証拠だ。」
「でも・・・どうして・・・私がこの様な事件を・・・起こす必要が・・・あるんです?」
必死に訴えるアデルさん。
・・・しかたがない。
「動機はナッシュのことだ。」
俺がそういうと彼女はビクッと体を震わせた。
「おそらく、貴方はナッシュのことが好きなんだろう。
でなきゃドッペルゲンガーは幻影を作れないからな。
オリファというナッシュの理想の女性を作って貴方はナッシュに近づいた。」
「・・・・・」
彼女は俯いてしまった。
しかしここまできたら最後まで話さなければな・・・
「しかしだんだん貴方はナッシュを騙すことに抵抗を感じ始めた。
そしてオリファという存在を消してしまおうと思った。
ただ、いきなりオリファさんがいなくなったらナッシュは貴方がオリファさんに危害を加えたと疑うかもしれない。
だから偽の依頼を作り、俺達を呼んで架空の犯人を作ろうとしたんだ。」
「・・・・」
「ただこれはあくまで俺の推測だ。
違うならそう言ってもかまわない。」
俺がそう言うと、
「・・・・・その通りです。」
彼女は搾り出すようにそう呟いた。


「私がナッシュさんのことを知ったのは数ヶ月前です。
誰に対しても分け隔てなく接している彼を好きになりました。
でも私はこの様なちんちくりんの容姿ですから彼が私を好いてくれるとは思いませんでした。
ですからオリファというもう一人の私を作ってその影に隠れて彼に近づきました。
後は貴方の言うとおりです。
私は卑怯な性格です・・・彼に近づいていい様な魔物じゃないんです・・・」
アデルさんが泣き崩れたその時・・・
「そんな事ありません!!」
・・・・!?


声の主はナッシュだった。
ん・・・彼はソノミ君の所にいたはずだが・・・?
「すいませ〜ん・・・
皆さん連れてきちゃいました・・・」
「俺達も関係者だからな。
事の顛末まで見せてくれて構わないだろう」
「いかにも。」
ナッシュの後からソノミ君、ケビン、月風さんが歩いてくる。
どうやらソノミ君が三人に押し切られて、皆を連れてきてしまったようだ・・・
「ケビン、何時からドアの外にいた?」
「コレックが推理を始めてすぐかな。」
最初からか・・・それよりも・・・
「ナッシュ、どういうことだ?」
「卑怯なのはアデルさんじゃありません。
この僕なんです。
実は僕、アデルさんがオリファさんだと気付いていました。」
何だって!!
その場にいる全員が驚いた。
「ナッシュさん・・・どうして・・・?」
アデルさんの問い掛けにナッシュが答える。
「最初に僕のところに来たときからです・・・
あの時からアデルさんとオリファさんが同時に僕の前に姿を見せないことに疑問を感じていました。
それでこっそり彼女のことを調べて・・・」
彼女の秘密に気付いてしまった訳か・・・
「しかし、何故それを黙っていたんだ?」
「それを言ったら彼女が僕の前から去ってしまうと思ったんです。
そう思うとどうしても言い出せなかった・・・」
「もしかして・・・」
「そうです!!
僕はアデルさんが好きです!!
人が好いだけが取り柄の僕のために必死に幻影まで作ってくれた彼女のことが好きです!
もう少し僕に勇気があれば・・・!
思い悩んでいる彼女に声を掛けてあげられたら、彼女はこんな事件を起こすことも無かったはずです!
だから・・・この事件を起こした責任は僕にあります!
彼女は悪くありません!」
「違います、ナッシュさんに罪はありません!
悪いのは私です!」
必死にお互いを庇うナッシュとアデルさん。
ううむ・・・どうしたものかな・・・
「あの・・・先生・・・?」
「なんだい、ソノミ君?」
「先生さっき言ってましたよね?
この事件に被害者はいないって。
被害者がいなければそれは事件と呼べませんよね?
どうでしょう?
ここは事件など無かったって事で許してあげるってのは?」
別に俺はいいが、この島に連れてこられ、巻き込まれたケビンと月風さんはどう思っているのだろう?
そう思って俺が二人の方を見ると・・・
「お前に会った時に言ったろう?
困っている人は助けるのが俺の主義だって。
許すことが助ける事になるなら気にしないぞ。
な〜に、一晩泊まる所を提供してもらったと考えるさ。」
そう言って笑うケビン。
「うむ。
拙者らが許すことで新しいカップルができるならお安い御用でござる。」
そう言って頷く月風さん。
決まりだな・・・




「本当に申し訳ありませんでした・・・!
許していただき、ありがとうございます!」
船着場でアデルさんとナッシュの感謝の言葉を背に俺達は歩き出した。
今後、二人は島と屋敷を処分してナッシュの家で暮らすそうだ。
お互いの気持ちが分かった以上これからは仲良くやっていけるだろう。
やがて俺達は分かれ道に差し掛かった。
「今回の一件で分かり申した。
拙者はまだまだ未熟、修行が足りませぬ。
今後はコレック殿を見習い、観察力を養うことにするでござる。
ではお達者で!!」
そう言って月風さんは風の様に去っていった。
「しかし大した活躍だったな。
探偵コレックの名、覚えておくことにするよ。
じゃ、縁があったらまた会おう!」
そう言ってケビンは手を振って去っていった。




二人と別れ、事務所に戻るとソノミ君が話しかけてきた。
「先生、すっきりしないことがあります。
どうしてアデルさんは事件を解決する可能性のある先生をあの島に呼んだんでしょう?」
ふむ・・・いい質問だな・・・
「ひょっとすると、アデルさんは事件解決を心のどこかで願っていたのかもしれないな。」
「何故です?」
「もし、事件が迷宮入りしてしまったらナッシュはずっとオリファさんのことを思い続けて過ごすかもしれない。
ならばいっそ事件が解決して自分の思いを彼に知ってもらいたい・・・
そんな小さな思いが俺にこの事件を依頼するきっかけになったのかも・・・
まぁ、あくまでも推測だがな・・・」
するとソノミ君は面白く無さそうな顔になった。
「む〜、そうなると私達はアデルさんの思ったとおりに動いたって事ですかね?
なんか釈然としません・・・」
「そうだな。
だがこの事件は一組のカップルを生んだ。
結果としてはそれでいいじゃないか。」
「・・・」
ソノミ君はしばらく考え込んだが、やがて顔を上げてニッコリした。
「・・・そうか、そうですよね・・・
事件が解決して皆が幸せになれば言うこと無しですよね・・・
ありがとうございます、私すっきりしました!
あ、先生コーヒー飲みます?」
「ああ、いただこう。」
ソノミ君が台所に行ってしばらくすると芳醇な香りが事務所内に立ち込める。
俺はその香りを楽しみながら次の依頼を待つことにした。







11/12/26 01:34更新 / ビッグ・リッグス

■作者メッセージ
お久しぶりまたは始めまして。
ビッグ・リッグスです。
懲りずに推理物っぽいSSを書いてみました。
ドッペルゲンガーの能力はミステリーに使いやすそうと思ったのが始まりです。
我ながら単純・・・
では最後まで読んでいただいたき、ありがとうございます。


TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33