連載小説
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牛(乳)女襲来
食堂での一件は何だったのか……。
俺は半ば呆然とした気持ちで廊下を歩く。そしてトイレへ行くべきか、授業へ行くべきかしばし逡巡してしまう。半斗の言う通りに、ソープへ行くことを真面目に考えてもいいのかもしれない。
真面目にソープへ行くかどうかを考えようか迷っている時点で、すでに俺はおかしくなっていると言えそうなものだが……。

しかし、彼女の様子は何だったのか。あれは俺の白昼夢ではなかったのか
まさかぺろりを俺の夢の世界に持ち込んだわけでもーー、ぺろりに俺の夢が伝染したことなどあるわけがない。だから、いくらリアルであろうとも、彼女の舌があれほどまでに伸びたり、彼女のその舌をオナホとして使うことなど、あり得ない。流石にその夢の内容は半斗に言えない。

そんな事を言って仕舞えば、ソープという選択肢がなくなってしまう。
いや、決してソープへ行きたいわけではないのだが……。
ソープへ行くべきか、トイレへ行くべきか、ぺろりとイくべきか……。
待った。俺は何を考えた? あの白昼夢のぺろりがいくら官能的で、その瞳は情欲に濡れ、思わず襲いかかってしまいたくなるものであったとしても……。

ダメだ。俺はやはりおかしくなっているようだ。
こんな思考回路を俺は持ってはいなかったはずだ。
これは、あの女に出会ってからだ。
あの女。あのぬらりくらりとして、白髪でアダっぽく、そしていて魅惑的な……。
ああ、ダメだ。まるで俺に空いていた隙間に入り込んできたこの性欲という渦。俺は頭を振り、劣情に凝った心を一新させようと、大きく頭を振る。

と、
おっぱいに追突された。

何を言っているのかわからないと思うが、事実だ。
事実で現実で現在進行形で交通事故だ。
俺は首が千切れるのではないかと思うほどの勢いで、柔らかくも圧倒的な質量に押し飛ばされた。この乳圧は間違いない。
「およ? 何かぶつかったと思ったらゆうくんじゃないか。どしたぁ? 怒ればいいのか喜べばいいのか分からない顔をしているぞ?」
正解だ。

「もしかしてあたしのおっぱいに吹っ飛ばされたとかか? あっはっは。……って、え? マジ?」
と言ってそいつは顔を真っ赤にして胸を抑える。その目は涙に潤み、こちらが悪いような気になってくる。抑えきれていない乳肉が彼女の手のひらからはみ出している。
もしかして、つけていないーーのだろうか。取り敢えず、手を合わせたくなるのを俺は必死で堪える。しかし、被害者は俺である。加害者と言われても、俺は被加害者である。
普段は豪快なくせに、こうした事には弱いらしい。
それがーーギャップというのか、多くの男子の好感を集め、俺は敵と見なされたことがある。
何でも、俺以外は彼女に触れることすら出来ないらしい……。

轟力殺女(ごうりきあやめ)ーー。
高校の時からの腐れ縁。何からに何までビッグサイズの、巨女だ。
こいつの胸は、ちょうど俺の目線の高さにある。俺は背の低い方ではないのだが、俺よりも背の低いやつは彼女の顔を見たことがないのではないか、とまで思う。
何のせいで、とは言わなくてもわかるだろう。今、俺を殺害しようとした凶器だ。
男の浪漫であるはずのおっぱいは、一線を越えればーーそれすなわち鈍器と化す。
その界隈の女性は重たいと言ってはばからないようだがーー確かにびっくり人間の特集番組でおっぱいでスイカを粉砕できる女性を見たことがあったがーー実際にあれは人を殴り殺せるほどに重たいという事を、俺はこいつによって身をもって教えられた。
おっぱいに殺されるなど、男の夢かもしれないが……死因、おっぱいによる撲殺、と死亡診断書に書かれるのは死んでも御免である。

と話がずれたが、コイツも親の顔をーー見たくない女だ。
どういう人格をしていれば、生まれたばかりの娘に殺の文字を授ける?
そして、どうしてお役所はそれを認可した?
お役所が仕事をしていない。今からでも遅くないから認可を取り下げてはくれないだろうか?
いや、俺は彼女の母親を見たことがある。
彼女に似て、美しくーーそれは逆かーーコイツは、そのビッグサイズなもろもろの中で、顔の作りだけは異様に繊細だ。きっと神さまはこいつの顔の造形に時間をかけすぎて、他を豪快に目分量で取り付けていったに違いない。

いけない。また話がそれたが、こいつの母親も美しく、かつそれぞれのパーツが大きかった。こいつよりも大きかった。ーーが、はっきり言ってその母親は夫に対して従順だった。
彼らの名誉のために詳しいことは述べないが、そのチョーカー似合ってますよ、と声をかければ、「ありがとうございます。でも、これチョーカーではなくて首輪なんですよ」と言われた時、俺は俺の知らない世界がまだまだこの世の中にはいっぱいあるのだと、大いに打ちのめされた。
彼らの感性に対して、俺の隙間の何とみみっちく、かつ小さなことか。

と、彼女と彼女の母親について長々と述べたが、俺がそんな事を思いつつ、現実逃避をかまさざるを得ないのは、ある理由があるからだ。
先ほど俺を事故死させようと殺人女ーーもとい殺女だったが、突然俺の目線に顔を合わせたかと思うと、突然、
「ぺろりに先を越されたー!」
などと宣いつつ、俺をまるで丸太よろしく小脇に抱えーーそもそも丸太も小脇に抱えられる代物ではないのだが、抱えたまま走り出したのだ。
俺がもがこうとも彼女のロックは強固であり、もがいてみても揉んでみても、言い直せばーーその鈍器も兼ねた胸部の脂肪を握りしめてみても、全くそのロックは外れる気配はない。
そして俺がその胸囲の大きさに改めて脅威を感じて驚異を抑えきれないでいると、彼女はサークル棟に位置している俺たち「妖しいこと見つけ隊」サークルーー本当に馬鹿げたネーミングで、その初代会長を問いただしたくもあるのだが(実際にお会いしたくはない)、それなりに人数もおり部屋を貰えているーー我らがサークル室に俺を連れ込んだ。

そこでようやく俺は身の危険を、我が貞操の危険をーー把握した。
彼女の目がグルグルしている。いや、それは幻視にすぎないのだが、そうとしか思えない目をしていた。目の色が違う、目の色が違って、血走っている。
「ぺ、ぺろりがシたんだったら、あたしもイイだろう? なあ、そうだろう! お前童貞だろう! 童貞だったら、童貞置いてけ! あたしも処女置いてくからさぁ! 何なら轟力姓を置いたって、密暗姓を貰ったって構わない!」
と、錯乱ここに極まっている。

「お、落ち着け。落ち着いて話し合おう」
「は、話し合えるわけないだろ!? だって、お前、私と話し合いもせずにあんなに何回も私の胸を揉みまくって……きっと、私の胸にはお前の手形の痕(あと)がついているんだ……」
痕って字を使うんじゃない!
「うう、傷物にされた。弄ばれた。私、イヤ……じゃなかったけど、恥ずかしかったのに
、みんなが見ている前であんな、あんなに激しく……。きっと、妊娠したぁ……」
「胸揉んだくらいで妊娠するわけないだろ! だったら、その時点でおろせよ!」
「堕ろさない! お前の子はちゃんと産む!」
「俺の子じゃない! ヤる事ヤらないで子供が出来るわけがないだろ!?」

と言ったところで、俺は致命的な墓穴を掘ったことに気がついた。
彼女の目にハートマークが飛んでいる気がする。
「だ、だったら、今からすることすれば、へ、へへへ。大丈夫。優しくしてね」
その顔は不覚にも可愛いと思ってはしまったが、
「それ俺の台詞じゃないか!? その様子、お前が全然優しくしてくれなさそうだが!?」
「乱暴にしたいならしてもいいぞ? お前だったら、どんな性癖だって、丸ごと受け止めてやる」
受け止めてくるれるどころか、俺ごと丸呑みにしそうな勢いだ。
俺よりも大きな女が、自分の服を引き裂きながら、信じられないがコイツマジで引き裂いていやがる! 俺に肉食獣だって逃げ出すだろうという目つきで迫ってくる。
これが肉食系女子というものか、いや、その名称だって可愛らしく思う。言うならばなぎ払い系女子。きっと彼女が通った後には、巨神兵がなぎ払った後よりも何も残らない。
という、全く伝わらないわけのわからない比喩を使い始めるあたり、どうも俺も錯乱しているようだ。

だってそうだろう。部室の備品であるソファーはこんな風に使うものではないというのに、殺女は、俺をソファーに押してその上にのしかかってきている。
俺がどれほどもがこうが、その膂力に勝てるわけがない。俺の腰あたりにのし掛かった彼女の股間からは湿った感触、俺の腰を挟んだ太ももはまるで万力のようでビクとも動きはしない。
ビリビリに破かれた服の隙間から見える彼女の黒い下着、彼女が胸を張れば、弾け飛んでしまいそうに、彼女の体は今高揚している。
ここで叫んで助けを呼んでもいいのだが、この状況、彼女が咄嗟に縮こまりでもすれば、俺が襲いかかったようにしか見えはしない。それまで計算済みであれば恐ろしい話だ。だがきっと、彼女はただ性交のためには服が邪魔だったから、という動物じみた理由しかないだろう。

と、そこで、錯乱していた俺の頭は、現実の問題に直面した。
性交、交合、セックス、sex
俺は……殺女とセックスをするというのか?
こんな形で……。

彼女の顔が近い。
体のパーツの割に、これでもか、と精巧に作られた美しい女の顔が間近にある。
彼女の上気した肌が艶かしい。
彼女の吐き出す吐息は情欲を孕んで濡れている。
彼女の潤んだ瞳は俺の瞳から視線を逸らさず、真っ直ぐにーー俺を求める女の瞳がある。
「ま、待て」
という俺の声は、彼女の耳には逆の意味で響いたらしい。

ーーちゅっ、ちゅっ、ちゅるっ。
淫靡な水音を響かせて、俺の口内に彼女の舌が侵入してきた。
歯を割り開く時は乱暴だったくせに、口内にたどり着いた途端、甘えるように舌を絡ませてくる。彼女の唾液が侵入してくる。俺はたまらず嚥下する。胃の腑が、かつかつと熱くなってくる。
彼女の匂いがする。彼女は夢中で俺の舌に甘える。
俺の決して厚いとは言えない胸板に彼女の豊満過ぎる胸が押し潰され、俺の心臓が溺れるように喘ぐ。彼女の乳肉に隔たれて、彼女の鼓動の音も、俺の鼓動の音も、互いに伝わらない。
伝わるのは、互いに上気していく体温と、徐々に音量が大きくなっていく淫らな水音ーー。

「ぷはぁーー」
唇に唾液の糸を引いて、彼女の顔が離れる。俺の頬を、混ざり合った唾液が垂れていく。はっはっ、と荒い息をしつつ、牝の顔をした女が俺を見つめている。
「い、イイよな……? あたしのここ、もう、こんなに濡れちまって……、もう、我慢できなくて」
彼女は巨大な蜘蛛の下半身にボロ切れのようにくっついた黒い下着を剥ぎ取る。そう、蜘蛛だ、異形で、バケモノ……。
「え……? お、お前、その下半身」
「下半身ン? そんなのどうでもイイだろ? 足が何本あったって、ちんぽとまんこさえあれば問題ないだろォ? ちんぽ、ちんぽ、欲しいよォ、おちんぽォ……」
トロン、と。酔っ払ってもこうはならないだろうという表情で彼女は言う。
彼女は蜘蛛の下半身にくっついた女陰(ほと)を、くぱぁ、と音がするほどに開く。
湯気でも出てきそうなほどに湿り、熱そうだった。俺は、心底喰われると思った。

綺麗なピンクでも、グロテスクな肉の内側。それが、蜘蛛の下半身の上で口を開けている。まるでヨダレのように、彼女の汁が垂れる。情欲よりも、恐怖を感じざるを得ないような光景。
それなのに、それなのに俺の陰茎は……。
「あはぁ、大きい……。これがあたしのナカに入るんだぁ……」
と、恍惚(ウットリ)とした情欲の塊となった彼女の視線を一身に受けて、
ーー猛々しくそそり立っている。

俺はここで、この鬼のような女に食われてしまうのだろうか。
彼女の肌は緑に変わり、頭からは牛のような太い角が生え、両手は毛皮に包まれている。
有り体に言って異形の存在。
それでも、俺は彼女を美しいと思い、ーーここで食べられてしまってもいいかと思……。

ずぐり、と。
俺の心のどこかが蠢いた。
そんなことはいけない。まだ、まだだ。まだ順番が……

違うんじゃアないかィ?
”彼女”の声が聞こえた。

「あ、ぁ……あ」
両手で頭を覆い、苦しみ出した俺を見て、俺の陰茎を今まさにその女陰に差し入れようとしていた殺女はーー止まった。
「ど、どうしたんだ? ……だ、大丈夫だぞ。怖くなーい、怖くなーい」
いや、怖いに決まっている……。と俺は返そうと思ったのだが、俺は声が出なかった。
まるで赤子をあやすかのように、彼女は俺の頭をそのむき出しの圧倒的な乳房に抱き寄せ、
「怖くなーい、怖くなーいぞ。何なら、あたしのおっぱい吸ったって……。ひゃんッ、ぁ、あ。……激しッ、ぅん」
俺が、俺の意に反して彼女の乳房に吸い付いている。彼女の乳首を俺の口が吸っている。彼女の乳首を俺の舌が転がしている。彼女の乳首を俺の歯が甘噛みしている。
「か、可愛いなぁ、よーし、もっと吸ってもいいんでちゅよー」
と、彼女は俺の顔を自分の胸に埋めさせる。
「こうしていると何だ? これが母性に目覚めるって言うのか?」
お前が母性に目覚めていたのなら、決して俺の鼻はおっぱいによって塞がれているわけがない。
く、苦しい……。俺はタップをしたかったのだが、俺の手もやはり俺の意に反して、彼女の女陰に伸びていく。

「ひゃんッ!」
と、彼女は信じられないくらい可愛らしい声を出した。俺の指は彼女の肉襞に入り込み、彼女の牝の肉を捏ねている。俺の指は俺でも信じられないほどの技巧で蠢き、彼女を責め立てる。指に伝わってくる湿りはまるで水溜りに指を突っ込んでいるようでーー彼女の内側の熱が伝わる。
彼女は俺の指に女陰を責められ、俺の口に胸を弄ばれ、今度はまるで彼女が赤児になったように、俺にしがみついてくる。彼女の声は俺の耳元で、情欲の嵐となって吹き荒れ、彼女と言う存在を絶頂の彼方へと押し上げる。
「ふぅッ、ぁ、ああぁーーーーーー!」
艶そのものとなった女の叫びが耳元で掻き鳴らされた。

彼女はビクビクと全身を痙攣させた後、
「すっごぉい……」その余韻を楽しむように、確かめるように、俺を拘束していた腕を緩め、俺の顔を見「ぴゃっ!」て固まった。その顔は見る見るうちに情欲ではなく恐怖に取って代わられる。
絶頂が駆け巡った体は小刻みに震え始め、その歯が打ち鳴らされる音が室内に響く。

「気持ち良かったカィ?」
艶っぽい声音が俺の口から漏れる。これは、俺の声ではない。
「この男が好きなのは分かる。あんたが暴走しちまう気分も分かる」
彼女は今にも気絶してしまいそうな顔をしている。
俺だって、気絶できるものならしてしまいたい。
「でもネェ。あたしら妖怪のルールは守らなくちゃいけないネェ。この落とし前ーー」

俺の腕が殺女の首に伸ばされ、彼女の頭が俺に近づけられる。
彼女の瞳には俺の顔ではない、女の顔が映っている。俺の唇は彼女の耳元へ、言葉を紡ぐ。

ーーどうしてくれようかア?

「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」」
俺たちは一緒に叫んだ。
喉が引きちぎれるんじゃないかってほどに叫んだ。
「「ああああああああああああああああああああああああああああ」」

バンッ、と部屋の扉が開け放たれる。
入ってきた先輩は、
「あなたたち何やってるるんで、ですか! ゆゆうくんからら、離れれなさーい!」
どもりながらも俺たちを見咎め、その細い指から、水を噴射した。
「は、はぁあああああああああああ!?」
彼女の姿は半透明のゼリー状になっている。

「どした、どしたん〜?」
と言って、次に入ってきた小(ち)っこい先輩は、
「ちょいキミィ! とうとう我慢出来なくなってもーたんかい!」
と言って、そのお尻から狸の尻尾を生やし、

「あらあらまあまあ、うふふ」
ーーどうしてくれよう。
と、部長は真っ白な蛇体を晒し、

「おおお、モチつくんだ君たち、」
と言いながら、赤鬼になった先輩は隣にあった、大きな舌の出ている傘を引っ掴むと、「や、やめやがれ〜!」彼女の悲鳴を気にもせず、どこから取り出したか分からない臼でモチをつき始め……、

その後もわらわらわらわらと現れてきた異形の彼女たちを目にした俺はとうとう、脳のキャパシティを超過して、視界が溶暗(フェードアウト)した。
17/08/06 08:47更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
「ねーねー、ぬらーりさーん。これどうやって収集させんのー?」
「あたしに聞かれたってそんな事知らないネェ。北にでも行けばいいんじゃないのかい?」
「そっちは南だよー」
「だからあんたが北に行ってるンじゃあないかイ。あたしが南に行って、あんたを北にイかせてあげてるのさア。だから礼くらい言ったらどうだイ」
「……ありが、とう?」
「礼を言うくらいなら体で払いな」
「あーれー」


「何言ってんだイ? 橋守の。一人でブツブツと」
「知らないの? けだものフレンズごっこ」
「知らないネェ。リリムは時々よく分からない事を言うヨォ」
「……そう、クスン」

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