連載小説
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後編
ジャン・ド・ヴァル・ド・マルヌは苦悩していた。
恋人のメレーヌのことである。
彼は彼女のことを心から愛していたし、彼女もまた彼を愛していた。
しかし、彼らの間には決定的な家柄の差があった。
ジャンの家はこの『共和国』の代議士、メレーヌはこの町の郊外に住む田舎娘。
これが東の帝国ならまだ理解できた。あの国には中世さながらの身分制度があり、結婚は「釣り合う者同士」で行うのが原則であった。
だがここは仮にも王制を打倒した国である。
特権階級を打倒し、自由と平等を謳っているのに、その自分たちがまた特権階級と化してしまっているのだ。

「人は神の下に平等と謳うはずのこの国で、いまだにこんなことが起こるとは……」

メレーヌを両親に紹介した時、まさかあそこまで激しく反対されるとは思ってもみなかった。

「結局俺は、いいとこの箱入り息子でしかなかったんだな……」

彼は優秀だった。学問も、運動も、魔法も、何だって人並み以上にできた。
それゆえに、世間を知り尽くしていた気になっていた。でも、全然そんなことはなかったのだ。
陰鬱な気分で窓の外を見る。
彼の心などお構いなしに、月が白く輝いていた。
すると

「……」

窓の外からこちらをうかがうものがいる。
間違えるはずがない。

「メレーヌ!」
「しーっ!見つかっちゃうよ……!」

声を殺して静かにするように訴えるメレーヌ。

「メレーヌ、どうしてここに?」
「ジャンを、迎えに来たのよ」
「迎えに?」
「ええ、このまま駆け落ちして、どこか遠くへ逃げましょう」

真剣な顔をして訴えるメレーヌ。
彼は深く考え込み、一瞬悲しそうな顔をした後、静かにこう言った。

「……わかった。いこう。君と一緒なら、僕はどこへでも逃げられる」




数日後。
月明かりに照らされながら、二人は夜の森の中を走っていた。
この国境の森を抜ければ、その先は親魔物国『ヴァールス王国』
現在、『共和国』と国交がないこの国に逃げ込めば、連れ戻される可能性はないだろう。
両国の間を結ぶ交通機関はない。
人通りもほとんどない。
であれば、外道の者を使って強引に問題を解決するにもまた、絶好の場所であった。

「もう逃げられませんよ」

メレーヌたちを囲む黒ずくめの男たち。総勢20人くらい入るだろうか。

「くっ……」
「……」

腰に差していた家宝の剣を構えるジャンと、心配そうにソワソワするメレーヌ。

「魔物を連れて敵国に亡命とは、ヴァル・ド・マルヌ家の名が泣きますなあ」
「ほう?どこに魔物がいるというのかな?」
「隠しても無駄ですよ。あのような邪悪な魔力を垂れ流す人間がどこにおりましょう?」

そういうと黒ずくめの男の一人が魔法人を展開する。その瞬間、

「ぐぅ!?」
「メレーヌ!?貴様、何をしている!」
「何って、あなたに真実を見せて差し上げようかと」

と言っている間にも、メレーヌの様子はどんどんおかしくなっていく。
頭からはヤギのようなねじくれた角が生え、腰からは蝙蝠のような翼とあくまであることを示す尾が伸びていった。

「はぁ……はぁ……」
「メレーヌ……きみは……」
「ふん、大方、強引に別れさせられて意気消沈していたところをサキュバスにでもそそのかされたんだろう。哀れな女だ」

強い侮蔑を含んだ言葉が、メレーヌに投げつけられる。

「ごめん……なさい……ジャン……わたし、あなたがどうしても欲しくて……」

まだ息の荒いメレーヌ。変身魔法を強引に解呪されたため、新米サキュバスの彼女は著しく体力を消耗したようだ。
そんな彼女を、ジャンは優しく抱き寄せる。

「嗚呼メレーヌ……わかるとも。わかっていたとも。君が魔物に堕ちたことなんて、当の昔に察していたさ。それでも私は、君を切り捨てることなんて、できない……!」

そう、彼はあの日、メレーヌが自宅の窓から自室を覗いてきたとき、すべてを察していたのである。
教養豊かな彼は知っていたのだ。結ばれることがないはずだった女性が、男性を迎えに来るということが何を意味しているのかを。

「貴様!祖国を裏切るというのか!」
「なんとでもいえ!口では自由と博愛を謳いながら、ささやかな男女の逢引きすら許さないこんな国に、尽くす義理などない!」
「はぁい、よくできました。いやぁ〜イケメンって罪だわぁ〜何言ってもかっこいいんですもの」

別の男に罵倒され、ジャンが啖呵を切った直後、どこからともなく、艶やかな女の声が聞こえてきた。
メレーヌはその声に聞き覚えがある。

「クリスティアーヌさん!」
「ある時は黄昏にたたずむ賢者
 またある時は宿屋の女将
 しかしてその正体は!
 魔界の王女、リリムのセレニアである!」

闇の中から、白づくめのリリム──セレニアが姿を現した。

「何!?」
「リリムだと!?」
「なぜそんな奴がここに!?」

動揺を隠せない男たち。「小娘を殺して男を連れ帰るだけの簡単なクエスト」だと思っていたら、いきなりラスボスが現れたのである。当然のことであった。

「さあ?《第六の女神[ミラ]》のお導きじゃないかしら?でも、私が直接手を出すと外交問題になっちゃうから、代わりの人を連れてきたの」

セレニアがそういうと、メレーヌの陰から何か銀色に光るものが飛び出し、男の一人に突き刺さった。

「ぐえ……」

セレニア以外の全員が、「銃剣を突き出した黒づくめの少女」であることに気づくのには、少々の時間が必要だった。

「……殺せぇぇぇ!」

誰かがそういうと、男たちは一斉に思い思いの方法で攻撃を繰り出そうとした。
あるものは魔法で
あるものは投擲で
あるものは白兵で
目の前の3人をずたずたにしようとした。
だが、

「《串刺し公爵の素敵な早贄[カズィクル・ベイ]》」

刹那、大量の漆黒の杭が地表から無数に突き出し、逆に男たちのほうをずたずたにする。
黒ずくめの少女が手に持っていたマスケットをくるりと一回転させ、ストックで地面を小突くと、漆黒の杭は消え、男たちが地面に倒れ伏した。
彼らの服は穴だらけになっているが、そこから見える肌には傷一つついていない。いわゆる「非殺傷設定」という奴であった。

「お二方、お怪我はありませんか?」

くるりと振り返ってメレーヌとジャンに問いかける少女。

「あ、ありません……」
「おかげさまで……」

あまりのことにジャンは呆然とし、メレーヌは

(私もいっぱい中出ししてもらえばあれくらいできるようになるのかしら)

と明後日の方向に思いを馳せていた。

「私はルイーゼ・フォン・デア・ヴァールス=アルンヒェン。ヴァールス王国アルンヒェン公の娘です」

カーテシーをするルイーゼ──ヴァールス王国の女性用軍服は、重厚なロングスカートであった。

「ただいまを持ちまして、あなた方の身柄は我がヴァールス王国が預かりました。責任をもって《国境の町[アントヴェール]》まで送り届けさせていただきます」
「すみません、助かりました」
「このご恩は一生忘れません」

平謝りする二人。あのまま助けが来なかったら、メレーヌは殺され、ジャンも無事では済まなかっただろう。

「そんな、私は当然のことをしたまでです。感謝するのでしたら、そこのセレニア様に……」
「お帰りの馬車賃でしたらご心配なく。すでに十分すぎるほどいただいておりますの」

よくわからない言い方で、感謝されるいわれはないといわんばかりにひらひら手を振るセレニア。
彼女は本当に趣味で人助けをしただけである。
最も「真剣にやれよ、仕事じゃねえんだぞ」という言葉もあるが……

「それでは、私はここでさよなら。次に会うときはいっぱいイチャイチャしてる様子を見せつけてほしいわ。《じゃあね、メレーヌ[au revoir, Madame de Val-de-Marne]》」

そういうとセレニアは闇に消えていく。最初から最後まで、よくわからない人だったなと、メレーヌは思った。

「それでは、改めて我が国まで出発しましょう。また追手が来ないとも限りませんから」
「そうですね……いこうか、メレーヌ」
「……はい!」

こうして、また一組のカップルが安住の地を手に入れることができた。
彼女らはこれから周囲から祝福され、幸せに生きていくことだろう。
そこに《物語[Roman]》があるのだから……
20/07/23 21:34更新 / コモンレール
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■作者メッセージ
書いた本人も後編でどう落とすのか全く覚えていなかったので一から書き直し、実に8年越しの完結となりました。
待っていた方がいるとは思えませんが、ここまで読んでいただいた方はありがとうございました。

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