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第二話「ドラゴニアから来た暴れん坊 〜〜竜騎士に志願せよ〜〜」
 下に組み伏した裸体は、窓から差し込む月の光に照らされて艶めかしくザックを誘っていた。白い肌は興奮と羞恥でほんのりと赤く染まって、美しさに初々しさが加わり、男の心をくすぐった。

「ユードラニナ……」

 程よい大きさの胸に顔をうずめた。

「……そんなに大きくないから恥ずかしい」

 顔をうずめられて隠すこともできないため、軽く身をよじったが、その程度で逃げられるわけがない。

「十分大きいよ。俺はこれぐらいが好きだ」

 顔は見えないが赤く染まっていることはザックにも分かった。肌がさっきよりも赤みを差していた。

「綺麗だよ」

 柔らかなふくらみに舌を這わし、指先でふくらみの頂にある硬くなった突起を指先でいじくった。

 ザックの舌や指の動きに敏感にユードラニナの身体が反応し、甘い声を漏らしていた。

「ザック……もぉ……してぇ……」

 我慢できなくなった竜が切なく甘い声でねだってきた。濡れそぼった秘所を見せるように、はしたなく股を開いて自分を満たして欲しいと誘った。

「胸だけでこんなにするなんてエッチだな、ユードラニナは」

「いわないでぇ」

 顔を手で覆っていやいやするように身体を軽く左右にねじった。普段は美しく精悍な彼女が自分の前だけは甘えん坊になるのをみると、得も言われぬ優越感が湧き上がった。

 地上の王者ドラゴンを自分の腕の中に抱き、そして、甘えさせる。男としての支配欲、征服欲が満たされてくる快感に頭の芯が白熱した。

「どうして欲しいか、詳しく言ってほしいな。何をどこにどうして欲しい?」

「そんなぁ……はずかしぃ」

 泣きそうな顔にザックは背筋に電流が走り、それだけで果てそうになった。サディストに目覚めたかもしれない。

「言わないと、してあげないよ。ほら。いってごらん」

 優しく諭すように、しかし、要求は一歩も引かず、彼女に期待をさせるように自分のいきり立ったものを大洪水のところへと密着させた。

「ふざけんじゃないわよ!」

 怒声と罵声にザックはハッとなって身を起こした。そして、軽く混乱したが、周囲を見渡して、そこが自分の住処であることを知ると全てを理解した。

「夢……か……」

 藁の上にシーツをかぶせただけの寝床には美しい青い竜はおらず、期待と興奮に満ちて痛いほど膨らんだ股間だけが夢の名残として虚しさを加速させていた。

「金も無いのに女を抱こうなんて、泥棒と一緒だよ! とっとと消えやがれ、クソ野郎!」

 ザックを夢から現実に強制送還した罵声が薄い壁越しに聞こえた。自分のことではないとはわかっていても、胸に刺さる台詞であった。

 ザックの住んでいる家は、一つの大きな長細い平屋の建物に何人もの人間が入居している集合住宅であった。しかも、家賃に見合った安普請のために、大きな声を出せば隣に丸聞こえであった。

「また、隣のリズさんか」

 ザックは苦笑を浮かべた。声の主は隣に住んでいる娼婦で、よく客と悶着を起こしていた。月に一回はこういう騒ぎがあった。

「ただで女抱きたきゃ、魔界にでも行って、その粗末なもんを出しっぱなしで歩いてろ!」

 物が投げられる音がして、どたばたと床がきしみ、勢いよく扉が開く音がした。

「てめぇみたいなブサイク抱くぐらいなら、魔物娘の方が百倍マシだ! へっ! せっかくお情けかけてやろうってのにな!」

 走って逃げていく音に男の捨て台詞が重なった。その滑稽さにザックは興奮した股間が萎えていくのを感じて、ありがたい反面、同じ男として情けなくもあった。

 ザックはとりあえず顔でも洗おうとしたが、汲み置きの桶に水が入っていないのを思い出した。仕方ないと、桶を持って共用の廊下に出た。

 廊下に出ると、さっきまで怒鳴っていた隣に住む女性が声を殺して泣いていた。正直なところ、開けた扉を閉めて部屋に戻りたかったが、そうするほど非常識ではなかった。

「あ、ごめんよ。みっともないところ、みせちまって」

 彼女はザックに気付いて、気丈に涙を拭いて笑って見せた。

「いえ、俺は別に何も見てませんし」

「やさしいねぇ、ザックは」

 隣の部屋の女性、リズはそこそこ美人だが、気の強いところがあり、最初に娼婦と聞いた時は向いていないのではとザックは思った。だが、きつく叱られたいという変わった性癖の男たちから需要があるようで、一定のお客はいるようであった。

「まったく、やになるね」

 親魔物国家となり一番迷惑しているのは娼婦たちだった。なにしろ、種族によって差があるが、魔物たちは性に対してオープンな傾向が強い。しかも、誰もが美人ぞろいである。そんな彼女たちが娼婦という職業を選択肢から外すはずがなかった。

「はぁ……ここらがシオドキなのかねー」

 リズはしみじみとザックに語った。

 格安で、美人で、サービス満点、さらに名器という伝説の勇者装備フルセットのような娼婦に、普通の娼婦が太刀打ちできるわけがなかった。娼婦の中には早々に見切りをつけて引退するもの、または自分も魔物になるものも大勢いた。
 ただ、引退しても他に当てがなく、魔物になるのも抵抗があるものも多く、リズのように細々だが娼婦を続けているものも少なくなかった。

「あたしも、サキュバスになりゃあ、幸せになれるのかな?」

「まあ、なったらなったで、伴侶探しで苦労しそうですけどね」

 伝説の勇者装備を持つ娼婦とはいえ、一つだけ買う側にデメリットがあった。それは、娼婦、つまり魔物に気に入られると夫にさせられてしまう。ということだった。人間の娼婦ならお金で割り切った関係だが、魔物の場合は娼婦という仕事は婚活なのである。魔物娼館では、最初にその確認をお客の男性たちに必ずしていた。それを了承しないと利用できないのである。
 そんなリスクを負いたくないという男たちは、少々割高ではあったが人間の娼婦を利用していた。

「それは自信あるから大丈夫。あたしみたいないい女がサキュバスになるんだから男がほっとかないよ」

 妙に自信満々で語るリズに、ザックは愛想笑いをする以外正しい対応を知らなかった。

「こないだね。あたしの同業でサキュバスになった娘がいてね。その娘がダンナらしき人を連れて幸せそうに歩いてたんだよ。そういうの見ちゃうとね……」

 ザックはそういう話をよく聞いていた。知り合いが魔物化して結婚したのを聞いて「自分はもっと幸せになってみせる」と魔物化する女性が結構いるらしいとのことだった。

「ねえ、ザック。あたしがサキュバスになったら、あたしのダンナにならない?」

「は? いや、それは、ちょっと……」

 いきなり話が飛躍してザックは面食らって答えに窮した。

「ははは、何慌ててんのよ。冗談よ。サキュバスになるつもりはまだないし、なっても、あんたよりもいい男を見つけるって」

「はあ、そうですか……まあ、元気になったみたいでよかったです」

 背中をなぜか叩かれて、理不尽に笑われて、加えて失礼なことまで言われたが、それをチャラにしないといけないほど女の涙は卑怯だとザックはしみじみ思った。

「ありがとね。話し相手になってくれて」

 リズが吹っ切れたような明るい笑顔になった。

「いいえ。話聞くことぐらいしかできませんけど」

「それで十分だよ。まあ、娼婦のあたしが言うのもなんだけど、あんたも、早いところ、地に足着いた職について、いい子を見つけなよ。まあ、あたしほどの女はそうそういないけどね」

「そうですね。ま、頑張ります」

 ザックは会話を切り上げて水を汲みに行こうとした。すると、ちょうどその時に集合住宅の前に馬車が止まる音がした。

 前の道は狭いために馬車が通ることも珍しいし、それが前に止まるのは年に数度の珍しいことであった。そして、そういうことは得てして凶事の前触れであった。

 二人が緊張で硬直していると、軍靴の音を床の軋みよりも大きく響かせて数人の武装した男が集合住宅に踏み込んできた。

 面倒ごとに巻き込まれてはたまらないと、ザックたちは慌てて自分の部屋の中に逃げ込んだ。しかし、男たちの目的はザックだったようで、立て付けの悪い扉を蹴破って彼の部屋に乱入してきた。

「な、なんだ?」

 部屋に入ってきた男たちに、ザックは悲鳴に近い声を上げた。

 突入してきた男たちは都市警備団の制服を着ており、手にしているのは室内制圧に適した柄の短い小槍であった。そして、今、その穂先をザックにぴたりと向けていた。

「警備団だ。命が惜しくば動くな」

 ドスの効いた声で命令されて、ザックは両手を手のひらを上にして前に出し、恭順の意志を示した。警備団と言っても、半分ぐらいはゴロツキである。下手に逆らうとひどい目にあうのは嫌というほど知っていた。

 ザックの住んでいるあたりは、お世辞にも治安の良い区域ではないので、犯罪とは無縁ではいられない。禁止薬物の使用、暴行、窃盗、強盗。そんな犯罪を起こしてこの区域に逃げ込んでくる犯罪者は日常的にいた。警備団の捕り物劇を目にするなど雨が降るよりも珍しくなかった。
 ザック自身も、無実の罪でだが警備団に何度か身柄を拘束されたことはあった。

 団員たちが部屋の中を制圧するのを見定めてから隊長らしき中年男が部屋に入ってきた。

 その男は部屋の中を見渡し、罠などないことを一応確認してから「汚くむさくるしい部屋だな」などと眉をしかめながらポーチから書類を取り出した。

「ガストール村出身のザック。職業はフリーのなんでも屋。昨夜、ドラゴニア親善使節団の歓迎晩餐会で給仕をしていた。間違いないな?」

 隊長の中年男がザックに向かってきわめて事務的に確認してきた。

「間違いないけど、こんなことをされる憶えはないぞ。いったい、なんなんだよ?」

 昨夜から包囲されることが続いていると、たかが二回目の出来事で数十回目かというようなうんざりした顔をした。

「すまないが、君を大至急連行するようにとの命令以外は聞いていない。理由は君自身の方がよく知っているのではないかな?」

「本当に見に覚えがないんだよ」

 隊長に見下すように鼻で笑われ、ザックは犯罪者と決め付けられたことにムッとした。

「それは私にではなく、取調官にでも主張するといい。連れて行け」

 これ以上は話す必要はないと部下に命令し、ザックは後ろ手に縛られて部屋から引きずり出された。

「ザック、あんた、何やったんだい?」

 リズが廊下に出て声をかけてきた。

「さあ? 多分、俺に就職の世話でもくれるんじゃないですかね?」

 あまり彼女としゃべると関係者として一緒に連行されかねない。なので、減らず口をたたくだけにしておいた。ただ、その減らず口のために連行している団員に小突かれた。

「さっさと乗れ」

 表に停めてあった護送馬車に押し込まれた。一緒に団員が三人乗りこみ、ザックの左右と正面に座った。逃走防止のためのマニュアルで決められている方法であった。
 拘束する時も馬車に乗ってからも無駄口を一切開かない団員にザックは渋い顔をした。少なくとも、袖の下欲しさに冤罪で犯人をでっちあげるというのではなさそうであることを感じた。

 無駄に暴れても仕方ないし、情けない話、逃げ足には自信はあるが腕力には自信がなかった。暴れたところで速攻で取り押さえられて痛い目を見るだけである。

 大人しく馬車に乗り搬送されながら、頭の中をフル回転させて状況を把握するしかなかった。

 確認事項に昨夜の仕事が入っていたことを考えると、昨夜の仕事がらみとなるが、ドラゴンを口説くことになった事以外は異常なことはなかったはずだった。

「誰か毒でも盛られたか? だけど、立食で毒を盛るなんて非効率なことをする馬鹿はいないだろう」

 そもそも昨日の晩餐会の真の目的は、親善使節団の結婚相手探しでもあった。なので、国の要人と呼べるような人間はほとんどいなかった。いても使節団への挨拶が済んだらすぐに退出していたので食事はしていない。彼らの飲み物は給仕長など、身元確かな人間からされていた。
 そんな非公式かつ緩い晩餐会だからこそ、ザックのような下層の人間が給仕係として雇われたのであった。

 残っていた要人と言えば親善使節団ぐらいだが、彼女たちは全員魔物、しかもかなりクラスが上の魔物たちである。彼女たちの健康を害するほどの毒など見当もつかない。もし、そんなものがあれば、非常に高価な希少品というのは想像するまでもなかった。そして、それを一介の貧乏人が手に入れることができるとは誰も思わない。

「となると、拷問コース確定?」

 ザックはがっくりと頭を落とした。

 警備団が実行犯の容疑者であるザックから手段を選ばずに依頼者など背後関係を掴もうとするのは目に見えている。しかも、軍事大国のドラゴニアとの外交問題となれば、手加減など一切期待できない。

「さあ、降りろ」

 陰鬱な気分で馬車から降りると、そこは国賓を迎える迎賓館として使われている豪華な館であった。

 てっきり、警備団の屯所に連れて行かれるものと思っていたザックは面食らった。しかし、逆に馬車の中で想像していたことが正しかったと証明でもあるように思えて奥歯をかみ締めた。

 縛られたまま迎賓館を警護する兵士に引き渡されると、応接室らしき立派な一室に縛られたまま放り込まれた。

 迎賓館とはいえ、このぐらいの建物になれば地下室ぐらいはあるし、そうでなくても、尋問するのに適した部屋は他にもっとあるはずだった。

「状況がちぐはぐしてて、わけがわからん」

 ザックはその理由を必死に考えたが、意味が通じないので推理は憶測の域を超えずに空回りを続けていた。

 そうこうしている間に応接室の扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。

 部屋に入ってきたのは、ドラゴニア親善使節団団長にして竜騎士団団長のアルトイーリスだった。いきなりラスボスの登場にザックは驚いた。しかし、その彼女もザックの姿を見てザックより驚いていた。

「し、縛られるのが好きなのか?」
「開口一番、それか!」

 アルトイーリスの間抜けな問いに思わず地で言い返した。言い返してから、しまったと思ったが、吐いた言葉は飲み込めない。ただ、しまったという表情は顔に出さずに済んでいたので、自分の仏頂面を久々に感謝した。

「いったいどういうわけだ?」

 アルトイーリスは困った表情で首をひねった。

「何がなんだか、こっちが聞きたい」

 ザックは彼女の表情を見て、とりあえずは、このまま「自分は怒っている」という態度を彼女にアピールしておいた方が自分の優位を保てそうだと判断した。

「とにかく。何やら、行き違いがあったようだ。申し訳ない」

 アルトイーリスはザックの縄を解いて、素直に頭を下げた。ドラゴンの彼女からあっさりと謝罪されるとは思っていなかったザックは拍子抜けした。

「いや、まあ……手違いというなら、仕方ない」

 素直に謝られてしまってはどうしようもなかった。このまま怒りを鎮めないでおくと、相手に居直られてしまいかねない。そうなっては地力に勝る魔物、しかもドラゴンに人間が勝てるわけがない。ザックは縛られた手首をさすりながら、あっさりと怒りの演技を鎮めた。

「ところで、俺に何か用があるのですか? でも、俺は見ての通り、一介のなんでも屋なんで大したことはできませんよ?」

 下手に長引かせて言質を取られるよりかは、さっさと本題を聞き出そうと単刀直入に切り込んだ。

「貴殿を呼び出したのは他でもない。貴殿は、竜騎士に興味はないか?」

 単刀直入なザックに応じて前置きなしに本題を切り出した。

「竜騎士?」

「知らないか? 竜と共に生き、竜と人の絆をもってドラゴニアを護る仕事だ」

 竜騎士はザックも聞いたことがあった。ドラゴニアには竜に乗って戦う騎士団があり、国を象徴する花形職業であるという。だが、それ以上詳しくは知らなかった。

 何しろ、なんでも屋として、色々な仕事の手伝いはしてきたが、腕っ節はからっきりで荒事の仕事は断っていたので興味もなかった。そんな彼だから「騎士」という荒事の代表格の職業への転職の誘いが来るとは夢にも思わず、驚いて上手く言葉が出なかった。

「そんなに難しく考える必要はない。竜を愛するだけの簡単お仕事だ」

 沈黙しているザックにアルトイーリスが満面の笑みを浮かべ勧誘を続けた。

「騎士とか、俺にはそんな荒っぽい仕事は向いていないですよ」

 ザックはとにかく丁重に辞退して、彼女にもそれを納得してもらおうと思った。でなければ、勧誘のための招待を逮捕連行と曲解する国の役人達が、勧誘を断ったと知ってどんな暴走をするか想像したくもない。

「そんなことはしてみなければわかるまい。それに調べによると、そろそろ安定した職に就きたいと言っているそうじゃないか」

「そんなこと、どこで……」

「昨夜の給仕係を世話した口入屋に聞いているから、間違いないはずだが?」

 ザックは口入屋のオヤジの口の軽さを心の中で罵ったが、ドラゴンなどに囲まれれば、口を割るのも当然とも諦めた。

 ただ確かに彼女の言う通り、口入屋で短期の仕事を紹介してもらう、なんでも屋など不安定な仕事ではなく、そろそろ安定した仕事に転職することは考えていた。だが、その候補の中に「竜騎士」というのは入っていないし、入れる予定もなかった。

「騎士と聞いてそれほど構えることはない。未経験者や初心者にも、親切丁寧にじっくりと責任持って訓練して一人前にしてみせる。今までの育成経験で得たノウハウを詰め込んだ独自のカリキュラムが貴殿を立派な竜騎士に必ず育て上げるだろう。貴殿に必要なのは竜への愛だけだ」

 アルトイーリスが明らかに乗り気でないザックに少々胡散臭い宣伝文句で迫ってきた。

「それとも、昨夜、私に向かって吐いた壮言は嘘と言うか?」

 笑顔で言われてしまい、ザックは絶句した。これは昨夜の意趣返しなのか、天然なのか? どっちか判別できなかったが、どっちにしても逃げ道はふさがれたのは同じであった。

「違う意味で拷問コースだよ」

 ザックは懸命に難局を逃れる術を考えた。しかし、沈黙して思考を続ける時間的猶予はほとんどない。とりあえず、何か喋りながら考えようと口を開いた。

「それは――」
「アルトイーリス!」

 ザックが口を開きかけたのと扉が勢いよく開かれたのは、ほぼ同時であった。

 部屋に現れたのは青い竜、ユードラニナであった。赤い瞳に怒りを溜めて、青い髪を揺らして大股で金髪オッドアイの騎士団長へと詰め寄った。

「ザック――い、いや、昨日の男を拉致するというのは本当か? もし、本当なら、すぐに止めろ! 何を考えているんだ、まったく!」

 詰め寄ってから、床に座らされているザックに気付いて驚いた。そして、すぐさま彼に駆け寄り、怪我などしていないか身体のあちこちを調べられた。

「え、えーと、ユードラニナさん? お……私は大丈夫なんで……」

 だが、ザックの腕に縄で縛られた痕と、頭に殴られてできたたんこぶを見つけ、ユードラニナはアルトイーリスを睨みつけた。

「いや、それは、私ではない。招待するのを警備団が勘違いしてだな……ザック殿、改めて謝罪する。申し訳ない」

 睨み付けられしどろもどろにユードラニナに言い訳したが、最終的にザックに頭を下げて改めて謝った。

「すまない。本当に迷惑をかけた。馬鹿な同僚たちには、自分のしでかしたことを反省するように、じっくりときついお仕置きしておくのでそれで許して欲しい」

 ユードラニナに土下座する勢いで頭を下げられ、逆にザックはオロオロした。ちなみに、アルトイーリスもお仕置きと聞いてオロオロしていた。

「顔を上げてください、ユードラニナさん。確かに、まあ、なんというか、迷惑な目にあいましたけど。これはこれで貴重な経験ができたということで構いませんから。アルトイーリスさんも悪意があったわけではありませんから、許してあげてください」

 ザックの言葉にアルトイーリスは大きく首を縦に振っていた。

「しかし、それでは私の気が済まない。他に何かできることはないか? 私にできることであれば何でもする。言ってくれ。お金でもモノでも好きなものを遠慮せずに」

 顔を上げたユードラニナの目は、なんとしてもお詫びするまで引き下がらないという、逆脅迫の気配をザックは感じた。

「じゃ、じゃあ……今度、おいしいお酒でもご馳走してください。それでチャラということで――」
 そこまで言ってから、以前手伝いをしていた酒場で聞いた話を思い出した。
「あ、そうだ。ドラゴニアでは、それぞれ自分の家でワインを作るんですよね? それが名物の一つだって聞いたことがあります。俺がドラゴニアに行った時、ユードラニアさんの作ったワインを飲ましてください。それでいいですか?」

 ザックはいいことを思い出したと、自分の味な提案に自画自賛の笑顔になった。

「だ、大胆な……くっ。これが愛の力か」

 アルトイーリスは見えない攻撃を受けたのか、よろめいていた。ユードラニナの方は青い鱗が赤く変わるんじゃないかと思うほど真っ赤になっていた。

「ええと、何か変なことを言いましたか? ユードラニナさん?」

 二人の反応が予想外で、また何かしてしまったかと内心焦りながらもザックは撃沈しているユードラニナに声をかけた。

「な、なんでもない! ザック殿がどのような意図で言ったかもわかっている。誤解などしない。しないとも! ――わかった。ご馳走しよう。私の育てた葡萄で作った最上級ワインをご馳走することを約束する。ドラゴニアまでの往復の旅費も含めて面倒を見る。それぐらいはさせてくれ」

 ユードラニナは赤面しつつも一気にそこまで言い切った。

「そ、それはありがとう。楽しみにしてるよ、ユードラニナさん」

 よくわからないが、なんとかなったとザックは胸をなでおろしつつ、感謝の言葉を口にした。

「ユニだ」

 ユードラニナは鋭い鉤爪で床をほじりながらポツリと言った。

「はい?」

「親しいものからは、ユニと呼ばれている。これからはそう呼ぶといい。親しいからというわけではないが、ユードラニナなど長い名前は呼びにくいだろう? だからだ。他意はないからな」

 目を背けつつ、まだ赤面したまま青い竜は人間に言った。

「呼びにくくもないけど、そう言ってくれるなら、ユニと呼ばせてもらいますね」

 ユニと呼ばれて青い竜がますます赤くなった。

「ユニと呼んでおいて、そんなに畏まって喋る必要はない。普段、こ――友人にでも喋るような口調でいい」

「えーと、じゃあ、よろしく、ユニ」

 なんだかわからないが、ザックは畏まった疲れる口調でなくていいのは助かると気さくな口調にすることにした。

「ああ、よ、よろしくだ。ざざぁ、ざ、ザック」

 ユードラニナの尻尾が床を激しく叩いていた。ザックはそれが何を表しているのかはわからなかったが、怒りなど負の感情でないのはなんとなく理解した。

「あー、もう。本当に竜騎士にならないか? 是非なって欲しいんだが?」

 少し置いていかれた感を漂わせつつ騎士団長が会話に復帰合流した。

「馬鹿を言うな、アリィ!」

 アルトイーリスの言葉を聞いた瞬間、ユードラニナは顔を上げて怒鳴った。

「ザックに竜騎士など無理だ! 見てみろ。こんな細い腕で槍など振るえるか? 空を飛ぶ竜をしっかりと挟み込むことのできる足腰に見えるか? 絶対無理だ。反対だ。ザックも竜騎士などになろうとは思わぬように! よいな?」

 ユードラニナが猛烈な勢いでザックの竜騎士への転職を反対した。その必死な勢いにアルトイーリスはびっくりした表情を浮かべた。

「いや、でもだな……」

 アルトイーリスが何か言おうとしたが、言葉を続けさせてくれなかった。

「デモもだっても、とにかく、駄目だ。ダメったら、だめなのだ!」

 駄々っ子のように大反対をしていた。そこまで反対されると、ザックとしては、転職するつもりはなかったが、男としての矜持を深く傷つけられた気分になった。

「ちょっと待ってくれないか、ユニ」

「待たない。ザック自身も騎士に向いていないと自身でも思うだろう? 向いていない仕事をするのは辛いだけだ」

 ユードラニナは子供を諭すようにザックに言った。それがまたザックの対抗心に火をつけた。

「確かに、俺は腕っ節は強くはないし、荒事は避けてきた。だけど、足腰はそこまで言われるほど弱くない。だいたい、竜騎士に一番必要なのは竜を愛することなんだろう? 騎士団長殿から聞いた限りでは」

 ムッとした表情を浮かべザックはユードラニナに反論した。

「いや、違うのだ。なんというか、違うのだ。足腰の強さは確かに重要だ。ナニするにも重要だ。竜を愛することが重要なのもそうだ。いや、違う。違うくないけど、違う」

「意味がわからんのだが、ユニ?」

 ザックはユードラニナの混乱ぶりに首をかしげた。

「とにかく! 竜騎士になるのは反対だからな!」

 英知を誇るドラゴンが言葉にできずに涙目になっている姿は珍しいだろう。もっとも、恋愛関係に関してはよくあるという研究結果が出ているらしいが、その論文の出自が明らかではないので誰かの妄想であろう。

「よし。わかった」

 ザックはすくっと立ち上がり、軽く服についていた埃を払って、気持ちだけでも身綺麗にしてアルトイーリスの方に向き直った。

「騎士団長殿。先ほどの竜騎士への勧誘、お受けします。よろしくお願いいたします」

 気をつけの姿勢から九十度に頭を下げて竜騎士団への入団を志願した。

「ドラゴニア竜騎士団は貴殿の入団を歓迎します」

 アルトイーリスは真面目な表情で姿勢を正し、握った右手を胸に当てた。

「だから、ダメだといっているだろうが! 話を聞いていたのか、ザック!」

 ユードラニナは二人の間に割って入って、ザックに面と向かうように立ちふさがり、彼を涙目でにらみつけた。

「ユードラニナ。入団は個人の意志だ。それを無理に変えるのは女王陛下であっても行えない。ザック殿が決心した以上、入団は決定だ」

 先ほどまでとは打って変わって、凛とした声と姿勢でユードラニナに諭した。

 ユードラニナもそれは百も承知での抵抗と抗議だったので、広げた手が下がるのに時間はかからなかった。

 ザックはアルトイーリスが単なる恋愛下手なヘタレな竜という認識を「本当にやる時はやるのだな」と評価を上げた。

「ふんっ。どうせ、根を上げて辞めてしまうだけだ」

 あとちょっと届かずにブドウを食べれなかった狐のようなことを言いながら、ユードラニナは腕を組んで頬を膨らましてそっぽを向いてむくれた。

「まあ、あれは気にしないでくれ。ともあれ、ようこそ、竜騎士団へ」

 苦笑を浮かべるアルトイーリスがザックに握手を求めて手を差し出した。

 人ぐらい簡単に引き裂きそうな彼女の手に、ザックは内心軽くひるんだが平静を保って、その手を握った。見た目とは裏腹に彼女の手、自分の手を包み込むように柔らかく暖かだった。

「俺もまだまだ見た目に囚われているな」

 ザックは自分の中に魔物への偏見があったことを反省しつつ、これから魔物、それも竜とともに仕事をすることにしたからには偏見を捨てる覚悟を決めた。

 こうして、ザックは竜騎士となる道を選んだのであった。
 だが、ザックはようやく登りはじめたばかりであった。
 この果てしなく遠い竜騎士への道を。

(未完)
17/01/12 22:19更新 / 南文堂
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■作者メッセージ
ちゃんと、三話以降も続きますのでご安心ください。
次からはドラゴニアを舞台とした話になります。ドラゴニアの風景や魅力を上手く書ければと思っています。頑張りますので、お付き合いいただけると幸いです。

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