連載小説
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鍛冶屋『LILAC』と軟派な剣士 中編
リラがデートの誘いをOKしてくれたのが昨日。デートスポットを決めたのが今朝。待ち合わせ場所の鍛冶屋から、徒歩で移動を開始したのがつい一時間程前。
そして、現在。

ルベルとリラの二人は目的地、カティナトに到着していた。

港町カティナト。
西方の山と東方の海に挟まれたこの街は、グランデム周辺の街の中で最も近くに位置する、隣町のような場所である。とは言っても、グランデムへ最短距離で行こうとすると西方の山の舗装が完璧ではない山道を通らなければならず、行商人などは状況に応じて山を避ける遠回りの道を倍以上の時間をかけて通ることも珍しいことではない。

辺りを見渡してみれば往来は人と魔物で賑わっていて、青空を見上げれば潮風の吹く中をカモメが鳴く声が聞こえる。

そんな街の中、ルベルは隣にいるリラの事を見る。

「何?」
「……いや、何でもねぇ」

こちらを見つめ返してくる単眼を見ているとなんだか恥ずかしくなって、目をそらす。つい、素っ気ない答え方になってしまった。

「……そう。それで、これからどこへ、行く?」

何気なく聞いてくるリラ。ここでようやく、ルベルはこれがデートである事を実感した。












「私は、構わない」

リラからその返事をもらった時は、思わず耳を疑った。聞き返して聞き間違いではないことを確認できた時は、まるで空の彼方からエンジェルが祝福してくれたかのような心地になった。それこそ、その隣で渋面を作っていたキリュウが全く気にならなかったぐらい。

後でニシカから聞いた事情によれば、どうやらリラは彼の言った冗談を真に受けてしまったらしい。最初は訂正しようかと思ったのだが、デートぐらいならいいか、と結局そのままにしたのだそうだ。
楽しんできてくださいね、と言って笑った彼のことを心の友に認定しよう、とルベルは内心に固く誓ったのだった。
……同時に、店長がそんな調子で店は大丈夫なのだろうか、と少し心配になった。

「ルベルクス?」

リラの声で、ルベルはふっと我に返る。目の前で、リラがこちらの顔を覗きこんでいる。昨日のことを考えていたらつい思いにふけっていてしまったようだ。

「っと………わりぃ。行き先ねぇ……」

正直なところ、具体的にどうするかルベルは何も考えてなかったので困った。
デートスポットに地元のグランデムではなくわざわざ隣町であるカティナトを選んだのも、知り合いの遭遇率を少しでも減らそうという、それだけの理由。
とは言ってもせっかく来たのだから、何もしない、というのはまずありえない。

「じゃあよ、とりあえずその辺を適当にぶらぶらして決めねぇか?」
「それで、構わない」

少し考えた末、そんな結論へと落ち着く。
それは多少投げやりな感じのする提案だったが、リラはあっさりと受け入れる。
そんな感じに、二人のデートがスタートした。

ルベルに比べると歩くのが遅いリラのペースに合わせて横に並んで、露店の立ち並ぶ通りを歩く。通りは活気で溢れ、しきりに客を呼ぶ声が大きく響き渡っている。

「…………」

リラはそれらを無言、無表情に眺めていた。それはいつもの表情ではあるのだが、今は少なくとも名目上はデート中。なので、ルベルにはそれがどうしても気になってしまう。
何かいい店はないものかと捜していると、ふと一つの店が目に入った。

「なぁ、あの店見てかねぇか?」
「…いいけど」

そこは、アクセサリーを専門に取り扱う場所のようだった。木製の机と掛けられた布のみで構成されたそこに、女物のアクセサリーが所狭しと並べられている。

「へぇ…結構綺麗なもんだな……」

品物の一つを手に取って、リラに見せつけるようにかざす。
ここなら女性は喜んでくれるはず、とルベルはこれまでの人生での経験談で考えた。
そして、それはあながち間違いではなかったらしく、リラの視線は並べられたアクセサリー類に注がれていた。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

せっかくだから何かリラに買っていこうかと思いながら品物を眺めていると、中にいる若い女性店員の方から声をかけてきた。

「あぁ………いや、そういう訳じゃねぇよ。単に、何売ってんのか気になってな」
「お連れの方へのプレゼントですか?それでしたら………こういうのはいかがでしょうか」

そう言って、彼女が差し出してきたのは赤いハート型の宝石がついたネックレス。

「気持ちは嬉しいけど、私たちは、恋人じゃない」

困ったようにリラが言うと、店員はくすくすと口元に手をあてて笑う。

「あら、違うのですか?お二人の雰囲気から、そうではないかな、と思ったのですが」

この二人のどこを見たらそんな風に見えるのかは、謎である。
リラが心外だ、とでも言わんばかりに店員の目をじっと見つめると、今度はルベルクスが口を開く。

「確かに今はデート中だけどよ、俺達は付き合ってる訳じゃねぇんだ。………だってよ、そしたらあんたとデートできねぇだろ?」

言いながら、ルベルクスは突然の発言に困惑している店員の手を取る。

「あ、あの、お客様…………?」
「俺に言わせりゃよ、商売熱心なあんたは魅力的だ。宝石を売ることで客に笑顔を一緒に届けるあんたの姿、宝石以上に俺の中で輝いてやがる。…………あぁ、明日はあんたとデートに行きてぇなんて思っちまった。なぁ、あんたはどうだい?」

ルベルは台詞のシメを、白い歯を輝かせて決める。(本人的には)百点満点のナンパだった。
店員が恥ずかしそうに下を向いた時、彼はいける、と確信した。

「お客様………その、大変申し上げづらいのですが………」
「明日は行けねぇ、か?いいぜ、俺は明後日でも明明後日でも、あんたが望むならいつだって………」
「いえ、そういうことではなく、お連れ様が………」
「は?リラちゃんがどうした……って、いねぇ!!」

視線を隣に移すと、リラの姿は既に影も形もなく消えていた。

「わりぃな!!デートはまた今…度で…?」

慌てて走りだそうとするルベルの手が、今度は店員の方からがっちりと握られた。

「お客様?まさか、冷やかしだけでお帰りになられるおつもりですか?」

にっこりと、その女性店員は最高級の営業スマイルで言ってのける。
顔こそ笑っていたが、全身に『ここまで見たからには何か買うまで逃がさねぇぞ』的なオーラを纏い、握る手の力は徐々に強まっていく。
どうやら、彼女はルベルの言う通りに本当に商売熱心だったらしく。
女性の手を乱暴に振りほどくことなどできないルベルは結局、さきほど進められたハート型のネックレスを買う羽目になるのだった。






「おーい!!リラちゃーん!!って、返事する訳ねぇよなぁ………」

小物店からそれなりに歩いてきたが、リラが見つかる気配は一向にない。

(まさか…………帰っちまったなんてこたぁ………………)

その可能性は、完全に否定することはできなかった。そもそも、いなくなってしまった原因は、ルベル自身にあるのだ。

(目の前で違う女口説いちまったからなぁ………怒られても、文句言えねぇし)

先ほどの一件は、完全に自分のミスだった。ナンパ成功率がパーセントで表すと二桁にも満たないルベルの頭の中では、綺麗な女性を見つける=とりあえず口説くというなんとも間抜けな方程式が成り立ってしまっていて、そのせいでリラが隣にいることを忘れてしまっていたのだ。

(ぐぁぁ……………くそ)

思い出すだけで、罪悪感で胸がいっぱいになる。これからどうすればいいのかルベルが頭を抱え始めたその時、彼の裾が引っ張られた。

「ルベルクス」

唯一人しか呼ばない呼び方に振り返ると、そこにはいつも通りの無表情な顔をしたリラがいた。

「リラちゃん!!そ、その、さっきは悪かった!!もうしねぇから!!」

即座に手の平を合わせて謝るルベルだったが、リラの反応は薄い。

「…………?何の、話?」

それどころか、ルベルが何故謝っているかすらも把握できていないようである。

「え……だから、デート中だっつーのに俺が小物店の店員口説いたから、怒ってんじゃねぇかと思って……」

自分で言っておきながら、ルベルは全力で耳を塞ぎたい衝動にかられる。が、そこまで言っても、リラは特に何の反応も示さなかった。

「なんの事だか、よくわからない。私はただ、アクセサリーを見るのが、退屈になっただけ。ルベルクスが、見てみたいって、様子だったから、先に行ったけど」

それを聞いて、ルベルは大きく安堵のため息を吐く。なんというか、基本鍛冶一筋であるリラらしいと言えばらしい行動だった。

「それより、ルベルクス。今すぐ、私と一緒に、来て欲しい」
「あぁ?まぁ、いいけどよ…どうした?」
「いいから」
「うぉ!?ちょ、おい!!」

ぐいっと、強引にルベルの手が引っ張られる。余りに突然だったので、ルベルは一瞬転びそうになった。
そして、そのままリラは何も言わずに歩き出す。

「なぁ、どうしたんだよリラちゃん!!」
「説明してる、時間はない。私達の店が、大変なの」
「はぁ?」

リラの行動がさっぱり読めない。鍛冶屋の危機など言われても、冒険者でしかない自分に何ができると言うのだ。ルベルの心中を余所に、リラの足が止まる。

「ここ。一緒に、来て」

そう言って彼女が指さしたのは、飾りっ気のない真っ黒な布で覆われた簡易的なテント。暗幕の中へと入っていくリラに、ルベルも続く。

「いらっしゃい。おや、先ほどの娘か」

中には、漆黒のローブを身に纏った男が椅子に座っていた。男の前に置かれている水晶玉が、薄い緑色に光ってフードの下で薄く笑う髭面を妖しく照らし出している。

「その男は?」
「私の店の、常連客」
「ほう。そこの男、座れ。せっかくだ、私がお主の未来を華麗に占ってやろう」

薄々予測がついていたが、この尊大な態度の男は占い師らしい。リラに促され、ルベルは殴りたい気持ちを抑え渋々椅子へと腰掛ける。

「ではまず名前と職業を聞こうか。青年、お主は何と言う?」
「…ルベルクス=リーク。職業は冒険者」

ぶっきらぼうにルベルは答える。

「よかろう。ではルベルクス=リーク、ゆくぞ………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

男が水晶玉に手をかざしながら叫ぶと、水晶玉から放たれる光が強くなっていく。その光は数秒の間せまいテント内を満たし、ゆっくりと消えていった。

「む、見えた!!お主の未来は………こ、これは!?」

水晶玉の中を眺めていた男が、大げさなリアクションで驚く。

「広大な宇宙の中に、不規則に瞬く七つ星……なんと言う凶兆!!百年に一度、いや千年に一度の不吉!!お主、このままでは十年以内に死んでしまうぞぉぉぉぉぉ!!」

ポン、とルベルの肩に手の感触が伝わってくる。

「まさかあなたまで、私と同じなんて……」

振り返ると、その手を置いたリラが残念そうに首を振った。

「しかぁし!!私とてこのままお主を死なせる気はなぁい!!そこで!!」

男は机の下に手を突っ込むと、ゴトリ、と言う音をさせて幾何学的模様の刻まれた壺をテーブルの上に置いた。

「この壺をお前に売ってやろう!!この壺にはこの世のあらゆる不幸に対抗することが出来る四大精霊様の加護が込められており、家のどこかに置くだけであら不思議、無病息災、学業優秀、その他様々な効能が………………」

その辺りでルベルは耳を傾けるのを完全にやめてリラの方を向く。

「なぁ、リラちゃんよ……………一応聞いとくけど、俺に頼みてぇことって……………」
「私もあなたと、同じ結果が、出た。このままだと、鍛冶屋が潰れて、店員みんな、路頭に迷うって。だから、壺買わないと、いけないのだけど。私のお金、これだけだから」

そう言って、リラが財布代わりの巾着袋の中身を見せてくる。中に入っている貨幣の合計額を数えてみると、少なくともデートに持ってくる量としては若干多いぐらいの貨幣が入っていた。

「お金、貸してもらいたかった。………だけどあなたも、壺買わなくちゃ、いけないみたいだから。嫌なら、いい」
「……なるほどな」

彼女はあくまでも真剣だった。真剣に、鍛冶屋とその従業員の事、更にはルベルの事も心配していた。

「以上より、この壺の効果は魔術的にも証明済みで………ん?どうした?お主、この壺の有り難みをまだ理解できんのか?」

熱弁を止めて確認を行う占い師に、ルベルは笑顔で返す。

「あぁ、わりぃな。問題ねぇよ、きっちりと理解できた。とりあえずてめぇをボコ殴りにしなきゃ気が済まねぇって事を、な!!」

笑顔のまま額に青筋を数本浮かべたルベルは、机から身を乗り出し占い師の胸ぐらを思い切り掴んで引き寄せた。
その衝撃で机が揺れ、転がった水晶玉が机から落下したのをリラがすんでの所で受け止める。

「ひぃ!?ななな、何をする!?」
「あぁ!?何をするだぁ!?んなもん三流詐欺師への人のデート相手騙した報復に決まってんだろうが!!頭沸いてんのか糞野郎が!!」

怯える占い師にルベルは思い切り怒鳴りつける。リラはこんな男の馬鹿げた話でさえ、全て鵜呑みにして信じていた。他人の事を第一に考えるリラの優しさにつけ込んだこの男が、許せなかった。

「は………ははは!!言うに事欠いて私が詐欺師だと!?そこまで言うからにはならば証拠はあるのか!?私の言うことが嘘だと言う証拠は!!」

開き直ってにやにやと笑い出した占い師は白々しく言ってのける。そこで、ルベルの堪忍袋の緒が完全に切れた。

「んなもん………」

ルベルの右手が、震える程の力で握りしめられる。最早その表情からは笑みが完全に消え去り、溢れんばかりの怒気で歪んでいる。

「……………知るかっっっっっっ!!」

まさに一触即発の空気の中。引かれたその右腕が放たれようとした、その時。

「ルベルクス。止めて」

凜とした声が、テント内に響き渡った。

「その人の、言うとおり。証拠もないのに、喧嘩なんか、しないで」

占い師のことも、ルベルの事も両方気遣って、彼女は言った。それが理解できないルベルではないが、それでも怒りが収まりはしない。

「止めんじゃねぇ!!こんな奴俺が速攻で半殺しにしてマーメイドのいねぇ海にでも放り込んでやんだよ!!」
「ルベルクス」
「あぁん!?」

__________ピシリ。
最初に聞こえたのは、氷を水の中に入れた時のような、小さな音。
リラの手から聞こえてきたその音の正体に気づいた瞬間、ルベルと占い師の両方の顔から血の気が引いた。
リラが片手で握っていた水晶玉が、彼女の握力だけで亀裂が入っていき、原型がわからない程粉々になって砕け落ちた。

「二度は、言わない」
「ハイ、スイマセンデシタ」

生命の危機を感じたルベルは大人しく占い師を解放する。
ようやく解放された占い師の元に、そっとリラは寄る。

「あの」
「はひぃぃぃ!?な、なんでしょうか!?」

リラが軽く声をかけただけで、男は肩を振るわせて奥歯をかちかちと鳴らし出す。

「私の客が、申し訳ない、ことをした。それで、壺のこと、なんだけど」
「いえいえあなた方は一生永久に末永く幸せに暮らすことができるので私めの助けなんかはいらないので謝りますからお代はいりませんからぁぁぁぁぁぁ!!」

支離滅裂なことを言いながら、男は勢いよくテントの外へと逃げ出していった。
リラはしばらく無表情にぽかん、としながら男の逃げていた方を見つめていたが、やがてぽつりと漏らす。

「しまった。水晶玉、弁償しないと」









「ごっそーさん、っと」

木製のチェアにゆったりと背中を預けて、一息つくルベル。
彼の目の前では、向かい合って座っているリラが、もふもふと細長いパンにかじりついている。
そんな光景を見ていると、ルベルはやっとデートらしい雰囲気になってきたことをしみじみと感じるのであった。
ここは、占い師のいたテントから少し歩いた所にあるカフェテラス。
水晶玉の分のお代だけでも置いていこうとするリラをなんとか説得してテントを後にし、さぁ次はどこへ行こうかと考え出したところでリラの腹から盛大に腹の虫が鳴り響き、そういえば昼食を食べていなかった事を思い出したルベルは、腹の虫は自分のものではないと主張するリラをなだめつつ昼食を摂ることに決めて現在に至る。
辺りの客達の談笑する声も、軽く吹き付ける潮風も、一連の出来事で終始ドタバタと騒いでいたルベルには心地のいいものだった。

「ルベルクス。食べるの、早い」
「リラちゃんがおっせーんだっつの。ま、女性なんだからしょうがねぇだろ?」

彼の前には、既に少量のミートソースが付着しているだけの大盛りサイズのパスタの乗っていた皿にフォーク、付け合わせのサラダが入っていた皿。一方で、リラの皿にはまだハムサンドが一切れ残っていた。
補足しておくと、彼らの料理が運ばれてきた時間はリラの方が少し早かったぐらいである。
ルベルの言葉は最もではあったがそれでは納得できなかったのか、リラはパンをかじるスピードを速めた。
あまり行儀のいい食べ方ではないが、特に不都合もないので口に出すのはしないでおく。ところが、ルベルのその認識は甘かった。

「ごちそうさま」

顔を上げたリラの口元に、パンの欠片がいくつもこびりついていた。

「………リラちゃん、口元拭け。パンついてっから」

簡潔に指摘すると、リラは机の上をまんべんなく見渡し始める。

「布巾、ない」

言われてルベルも机の上を探すが、確かに布巾は見当たらなかった。店員が配り忘れたのかもしれない。ルベルは内心で店の選択を間違えたと舌打ちする。

「全く、なってねぇ店だな。しゃあない、店員でも」
「ルベルクス」

その辺の店員に声をかけようとした時、リラが裾を引っ張ってそれを遮った。

「ないなら、いい。だから、取って。あなたが」
「リラちゃんがいいならいいけどよ…………………待て、俺が!?」

頷きかけた所で、何か見過ごしてはいけない部分に気づいてしまう。

「先に気づいたの、あなた。あなたに取って、もらった方が、早い」
「なっ………!?」

くいっ、とパンまみれの自分の顔をためらいもなくリラは近づけてくる。ルベルの顔が真っ赤に染まり、心拍数も跳ね上がった。

(待て待て!!正論のようで色々間違ってるがいいのかこれは!!ここは常識を教えるべきじゃねぇか!?しかしこんな機会滅多にねぇし………)

眼前には彼女の種族に特有の鮮やかな青色をした肌と、こちらをじっと見つめる透き通った琥珀色の大きな瞳。その口元にこびりついたパンは、まるで彼女の愛くるしさを表現しているようで。

(そうだ、何緊張してんだ。別にキスするんじゃねぇ。ただパンの欠片を取ってやるだけじゃねぇか。そうだ、別にリラちゃんは構わねぇんだ。だったら俺も男としちゃ、やるっきゃねぇ……!!)

混乱する頭の中で、ルベルの思考は結局言われるがままにする方向へと落ち着いていく。

「じゃ、じゃあ………」
(リラちゃんの、口に…………)

うるさいぐらいに鳴る心臓を手で押さえながら、覚悟を決めたルベルはリラの口へと、恐る恐るその手を伸ばしていく。
そして、まさにその手が触れようとした瞬間だった。

「ねー聞いたー?また通り魔事件発生だってー!!」
「えぇ!?またなの!?」

その声が聞こえた瞬間、ルベルの手がぴたりと動くのを止めた。
同時に、さっきまであれほど高鳴っていたのが嘘のように、ルベルの心臓がその動きを静まり返らせた。

「商人が三人も身ぐるみ剥ぎ取られて殺されちゃったんだって!!それがまたしてもこの街とグランデムを繋ぐ山道で!!」
「うっそー怖ーい!!これじゃしばらくグランデムに行けないじゃん!!」

その声はカフェテラスでのんびりと雑談している二人の人間の女性のものだった。楽しそうに笑う彼女達をルベルは一瞥すると、席を立ち上がる。

「ルベルクス?」
「すぐ戻るからちっと待ってろ」

そう言って二人の女性の元へと向かうルベルの顔は、これから女性に話しかけるとは思えないぐらいに冷たかった。

「そこのあんたら」

二人の女性は最初自分達が声をかけられていることに気がつかずに話していたが、やがて片方の顔がルベルの方を向いた。

「はい?えっと…私達ですか?」
「そうだ。さっきあんたら、通り魔がどうこうって話してたよな。その話、もう少し詳しく聞きてぇんだけど」
「はぁ……?」

言われた女性は困惑の表情をより強めるが、もう片方が何やらひそひそと耳打ちすると、明るい表情で説明を始めた。

「えっとですね。結構前に通り魔事件ってのがあったのは覚えていますか?」
「覚えてるぜ。この街とグランデムを繋ぐ山道で冒険者が襲われた事件だろ」

質問に大して記憶を探るような素振りを見せず、即答するルベル。
通り魔事件。
被害者は山道を通った冒険者数名。彼らはみな一人でいた所を襲われて、全身が焼けこげた状態で発見された。全員が命こそ助かったものの意識不明の重体で現在も入院中。全員が武器を持った状態であったにも関わらずやられた所と全身の火傷から、犯人は高位の魔術師と思われていた。

「だけど、あの犯人はもう捕まったはずだ。名前こそ伏せられちゃいるがな」
「そうです。捕まったと思われてたんですが………最近山道でまた襲われた人が出たらしいんですよ。しかも、今度は死体が発見されたって話です。物騒ですよねー」
「………そんだけか?他に、何も知らねぇのか?」

んー、と一瞬女性は悩むが、特に思いつくことはなかったようだ。

「そうですねー。はい、私が知ってる情報はこんな感じです。お役に立てましたか?」
「あぁ、さんきゅ。わりぃな邪魔して」

戻ろうと振り返ったルベルの背中から、ひそひそと囁くような声が聞こえた。

「(ちょっとー!!何逃がしてんのせっかくの上玉だったのにー!!)」
「(しょうがないじゃん!!あの人通り魔の話聞いただけですぐ帰ろうとするんだもん!!どうやって引き止めろって言うの!!)」

女性達は悔しそうに言うが、すぐに気持ちを切り替えたようで再び和やかに雑談を始める。
普段のルベルだったらここで、せっかくのチャンスを逃した事を激しく後悔したであろう。だが、今のルベルにそんな感情は一切存在しなかった。それはリラの事を思ってではない。ルベルの頭の中からは女性のことも、リラの事でさえ吹き飛んでいた。

(また通り魔…………だと?どうして………)

「それにしても通り魔ってやだよねー。どんな奴なんだろ」
「あれじゃない?きっと殺人を犯すのが楽しくて仕方ない狂ったやつだよ」
「うわっきも!!お近づきにすらなりたくないよそんなの!!」
「あはは言えてるー!!」

背中を向けて歩き出した筈のルベルの足が止まって、もう一度女性の方を向く。
その動作を女性達は最初こそ不思議に思うだけだったが、すぐにその顔が強張った。
こちらを見下ろすルベルの表情が、明らかに変化していた。
さっき話しかけた時のような薄い笑みは存在しなかった。代わりにあるのは、女性達に向いた侮蔑と苛立ちの視線。それも、占い師に向けたような激しいものではなく、水を打ったような静かさを備えたもの。

「………黙れ」

ルベルは静かにやって来て、短く言葉を発する。突然の変化の理由を理解できない女性達は、縮こまることしかできない。

「何も知らねぇなら、語るな。潰すぞ」

凄みを利かせた声でそれだけ言うと、今度こそ彼は自分のテーブルへと戻って行く。
距離が少し開くと重圧から解放された彼女達が黄色い声で何かきゃーきゃー騒ぎ始めたが、その時ルベルはもう彼女達への関心を完全に無くしていた。

「遅い」
「わりぃわりぃ。やっぱり女の子と話すのは楽しくってついな」

チェアに腰掛けたルベルは、文句を言うリラへとへらへら笑って謝った。
そこにいたのはあくまでも女好きな冒険者ルベルクス=リーク。冷たい雰囲気など最初からなかったかのように、彼の振る舞いはどこまでも明るかった。
そして、一部始終を見ていたリラもそれを深く追求することはなかった。さっきまでと何も変わらないまま、デートが再開する。

(そういや、なんか忘れてるような…………)

そう思いながら、ルベルはリラの顔に視線をやる。いつも通りのサイクロプスの無表情な顔だった。いつも通りの、何もついていない顔。

(…………………パン、取れちまってるじゃねぇか)

そこまで考えて、ようやく千載一遇のチャンスを逃した事を悟ったルベルは、間違えて店員を口説いた時の倍以上に深い後悔へと沈んで机に突っ伏すのだった。


















「どこへ、行くつもり?」

リラは自分の半歩程度前をやや早足で歩くルベルへと問う。彼の歩き方は、最初に言った適当に回ろうと言う足取りではなく、明らかに一つの目的地を定めた人のそれだった。

「冒険者ギルド。確かめてぇことがあんだよ」

足を止めずにルベルは返事をする。心なしか、その顔は焦っているようにも見えた。

「デート中に、行くような、場所じゃないと思う」
「俺だって正直申し訳ねぇと思ってる。ま、俺のわがままだから変更したきゃいつでも言え」
「そんなこと、しなくていい」

淡々とした物言いだったが、今のルベルにはその返事が何よりも有り難いことだった。

「さんきゅーな。…………………ん?」

そこまで言って、ルベルが急に足を止めた。

「どう、したの?」
「なぁ、あの子………………迷子に見えねぇか?」

そう言ってルベルが、少し遠くにいる一人の少女を指差す。
広げた地図と睨めっこしながらふらふらと歩く彼女の様子は、迷子とまでは行かなくても少なくとも道に不慣れであろうことが予測できた。

「確かに、そうみたいだけど」
「だろ?……………ま、どうでもいいか。早く行かねぇと」

言いながら歩きだそうとする彼の表情を、リラは探るように見つめる。

「……ルベルクス。あの子の事が、気になっているように、見える」

う、と小さい声が漏れた。
図星を突かれ、ばつが悪い表情でルベルは力なく笑うと、観念して喋り始めた。

「………性分みてぇなもんでな。ああいうの、どうしても放っておけねぇんだよ。行っていいのかよ?まだデートは終わってねぇぞ?」

本当は、ルベルは声をかけたくて仕方がないのだ。けれど、アクセサリーショップの際のような失敗を繰り返したくはなかった。リラの事を考えた上での、苦渋の選択だった。
しかし、彼の気持ちを知ってか知らずか、リラはルベルへと言い放つ。

「もちろん。私もちょうど、声をかけようと、していたところだから」
「……そうかよ」

その一言は、彼女に声をかける理由としては充分で。
許可をもらったルベルは迷いなく少女の元へと向かっていった。

「おーい、そこの嬢ちゃん」

ルベルが呼ぶとピクリ、と少女の茶髪の上から飛び出た耳が反応した。
少女の身体的特徴として挙げられるのは、何もその耳だけではない。
手足にはふさふさと生えた獣毛と鋭い爪。尾てい骨周辺からは地面に向かって垂れ下がった尻尾。
遠目にはわからなかったが彼女は魔物、それもワーウルフと呼ばれる種族のようだった。

少女は辺りを見回して、近くに嬢ちゃんと呼ばれそうな人間が一人もいないことを確認するとルベルの方を振り向く。
小柄な体格から予想はしていたが、その顔立ちはまだ幼いものだった。適当に目測すれば、大体14,5歳といったところか。

「なぁ、お前さっきからふらふらしてるけどよ。ひょっとして、この街は初めてか?」
「………はい。ついさっきこの町に来たばかりなんですが、道がよくわからなくて………」

少しうつむいたまま、少女は答えた。

「ここで会ったのも何かの縁だ。せっかくだし、道案内でもしてやろうか?」
「え……?」

ルベルの提案に少女は目をぱちくりとさせると、隣にいるリラの方へと一瞬目をやって、うつむき数秒間黙りこむ。同じ魔物であるリラが隣にいたおかげで、やましい理由があるわけではないことを判断してくれたのか、顔を上げた彼女に特に警戒する様子はなかった。

「えっと、では……お願いしても、いいですか?」

遠慮がちな態度でそう尋ねてくる少女に、ルベルは口元を綻ばせて答えた。

「おぅ、いいぜ。んじゃ、地図を見せてもらいてぇんだが」
「あ、はい。どうぞ」

手渡された地図を、リラにも見えるように広げる。
カティナトの街の形を図面に収まるように縮めた図形の右下の方、住宅街の一角に赤い丸印が描かれていた。
辺りを見回して、地図上での自分達の大体の位置を把握すると、大体どう行けばいいのかがルベルの頭に浮かぶ。

「こっちの道だな。そんじゃま、行くとすっか」
「では…お願いします、えっと…………」

歩きだそうとするルベルに、少女が何かを言い淀む。それが何なのかはすぐに気づいた。

「ん?あぁ、そういや名前、言ってなかったな。俺はルベルクス=リーク。長ぇからルベルでいい」
「私の名前は、リラ」

二人に続いて、少女も名乗る。

「ノア=レギーアって言います。よろしくお願いします、リラさんにルベルさん」




カティナトの街は、距離が非常に近いグランデムの住民にとっては馴染みが深いことが多い。冒険者のルベルもそれは例外ではなく、ギルド以外にもちょくちょくお世話になっている店が何軒かあったりするのだ。そんな彼の案内はとても正確で、目的地にはあっという間に辿り着いた。

「あそこでいいんだよな?」

そう言って彼が指したのは、住宅街の中に建つ周りのものと特別な違いの見当たらない住居だったが、少女――――ノアは頷いた。

「確認は取りましたから間違いないです。二人とも、今日はありがとうございました」

ぺこり、と頭を下げるノア。
その所作はこの年頃の少女としてはとても丁寧なもので、大したことをしたつもりのないルベルとしては逆に、申し訳ないぐらいであった。

「はは、んなかしこまってもらうほどの事してねぇよ。こっちとしちゃ、ノアちゃんみてぇな可愛いワーウルフなら、百回だろうが道案内してぇぐらいだしな」

だから、ルベルにとってその台詞は、ナンパする時に使う軽口を照れ隠しに使っただけにすぎなかった。
しかしルベルにとってはただの軽口に過ぎなかったとしても、受け取る側が同様の感想を持つとは、限らない。

その言葉を受け、ノアの顔から突然表情がすっと抜け落ちた。

「…………………どういう、意味ですか」

体の奥からやっと絞り出されたような、か細い声だった。それが何を意味するのか、ルベルは悟ることができずにきょとんと隣にいるノアを見下ろす。

「あなたは…………私がワーウルフだから、魔物だから…………声をかけてくれたんですか?」
「………?おい、何言って………っ!?」

その時、流石のルベルでもノアの様子がなにやらおかしいことに気づく。けれど、反論しようとしてノアと目を合わせた瞬間に、言葉を失った。

「答えてください。もしも………私が人間だったとしたら。あなたは、私に声をかけてくれましたか………?」

問いかける、彼女の瞳。こちらをまっすぐに見上げてくる、自分より一回りも小さい少女の瞳。そこから目を離すことが………………………できない。

(これは………こいつの、この眼は……………っ!!)

その瞳はこちらを見上げている筈なのに、ルベルを見ていない。リラでも、ましてや赤く染まりつつある空を見ている訳でもない。もっと遙か遠く、自分達のいない場所をただ、見つめている。
その正体を、ルベルは知っている。その光景は、はっきりと脳裏に焼きついている。

『お兄ちゃんも……一緒なの?エリーのこと、愛してるの……?』

(あいつと、同じだ………!!傷を抱えてる奴の、眼……………!!)

今彼女が見ているのは記憶、または過去と呼ばれるもの。少女の心を捕らえて縛り付ける、鉄と比べものにならない重量の枷。それがこの少女に、今にも壊れてしまいそうな、悲しい表情をさせているのだ。

(何があった……………!?何があったら、こんなにちっちぇ女の子が、ここまで悲しい眼………!!)

ルベルにだって、忘れたいぐらい辛い記憶や後悔の記憶の一つ二つはもちろんある。しかし、彼女のそれはルベルの経験してきたものと、本質が決定的に違うと感じた。それをルベルが共有することは、永遠に不可能に思えた。それは例えるならまさに、似て非なる存在の人間と魔物の違いのように。
ルベルは呆然と、目の前の少女を見つめることしかできなかった。どんな言葉をかけるべきか、その答えを出せずに。

「あっ……ご免なさい。変なこと、聞いちゃいました……………」

先に、重苦しい空気が流れていることにはっと気がついたのは、ノアだった。気まずそうにルベルから目を逸らして、謝罪の言葉を口にする。

「そ、そんなことは………」
「あ、あの、今日は道案内、本当にありがとうございました。では、これで………」

否定しようとしたルベルの返事を待たず、ノアは早々に立ち去ろうとルベルへ背を向けた。

その背中は痛々しくて、弱々しくて。そして、とても小さくて。
ここで別れたら二度と会えない。何故だか、そんな風に思った。












……………そんなこと、するわけにはいかない。

「……………待ちやがれ!!」

咄嗟に、背を向けるノアの腕を掴んでいた。

「ルベル………さん?」
「勝手に自己完結するんじゃねぇ!!まだ俺は何も………ノアちゃんの質問に答えてねぇだろ!!」

困惑するノアを、何としてでも引き止めようとして叫ぶ。叫んで、叫んだ後で自分の言葉の意味を理解して、見つけた。彼女に言うべき言葉を。

「俺が声かけたかだと?んなもん決まってる!!俺はぜってーに、ノアちゃんに声をかけた!!」

自分の正直な気持ちを伝える。それだけが、ルベルにできるたった一つのことで、ルベルにしか出来ないことなのだ。

「…………」

ノアは振り向かない。けれど、立ち去ろうとする気は失せたようで、腕の力が抜けていた。
それだけでも、大分ほっとした。肩の力を抜いて、熱くなりすぎた体を落ち着かせつつ、ノアへと再び語り出す。

「さっき、俺が初めてノアちゃんを見た時、結構距離があってな。遠目で見ただけじゃ、魔物かどうかなんてよくわかんなかった。けどな……俺はそん時もうノアちゃんに声かけてぇって強く思ってた。どうしてだろうな?」
「…………………わかりません、そんなこと」

言葉を選ばずに少し意地の悪い聞き方をしてしまったせいか、淡泊な返答だった。少し胸が痛んだが、今は気にしている場合ではない。

「簡単だ。お前が困ってたからだよ。人だとか魔物だとか、そんな理由じゃねぇ。困ってる奴がいたから放っておけなかった。俺が声かけた理由なんざ、その程度だ。だからな…断言してやるよ!!ノアちゃんが人だろうと魔物だろうと、餓鬼だろうと老人だろうと、男だろうと女だろうとなんも関係ねぇ!!ルベルクス=リークは、ノア=レギーアを見つけた時点で一直線だった!!」

喋っているうちに溢れ出る感情を抑えられなくなって、最後は半ば叫んでいた。
ルベルクス=リークとはこういう男だった。日常は女性にしか興味ない風を装いながら、目の前に困っている人がいれば平等に全員に手を差し伸べる。助けられなかったらその都度悔しがって、今度は助けられるぐらいの強さを手に入れようともがく。それを繰り返して今、彼はここにいる。
誇りたいわけではない。こんなこと、ルベルにとっては当たり前なのだから。だけれどもきっと、ノアは嘘偽りない気持ちをぶつけてくれることを望んでいる。だから、それに応えなくてはならない。

「………………………………本当、ですか」

数秒の沈黙の後、ノアがようやくゆっくりとこちらに顔を向けて、尋ねる。
その質問には、彼女が持つ二つの心情が込められていた。
ルベルの言うことを信じたい気持ちと、ルベルが口先だけのでまかせを言っていることを疑う気持ち。
それを感じ取って、ルベルは悔しさに歯噛みする。
彼女が疑うのは、当然のことだ。ルベルが言っているのは綺麗事だし、彼自身それを自覚している。初対面であれば、ノアではなくともまず疑う。

(もうちょっと、だっつうのに…………!!)

ここでルベルがそうだ、と肯定したところで、彼女の胸に疑惑は残り続ける。だからといって、所詮は初対面に過ぎないルベルがこの場で信用を得る方法など、あるわけがない。
彼にできるのは、結局ここまでが限界だったのだ。耳障りのいい上っ面の言葉を並べて、形だけでも彼女を安心させてやることだけ。

彼一人でできるのは、だが。

「ルベルクスが、言ってることは全部、本当」

今までずっと事の成り行きを黙って見守っていたリラが、ルベルとノアの間に立って口を開いた。この場の誰よりも確信を持った声で、はっきりと断言した。

「ルベルクスは、遠くにいた時から、あなたを心配してた。その時、ルベルクスは私と、デートしていたのに。私が、行っていいよって、言ってあげた時。ルベルクス、すごく嬉しそうだった」
「リラちゃん……………」

まるで楽しかった出来事を思い出しながら喋るように、リラは朗々と語る。彼女の言葉は、無条件に納得してしまいそうな不思議な響きが込められていて、ルベルでさえも聞き入ってしまう。

「それだけじゃ、ない。私はルベルクスと、付き合い長いから、わかる。軟派だし、うっとおしいことも、あるけれど。ルベルクスは、嫌な思いさせる嘘は、絶対につかない」

リラはルベルの手をノアの腕から静かに外して、代わりに青色の手を彼女の獣の手に重ねる。

「だから、安心して。ルベルクスは、あなたの味方だから。もちろん、私も」

リラはまっすぐに、ノアの顔を見つめて言った。背を向けている為にルベルにはその顔が見えなかったけれど、なんとなく、彼女が笑顔になったような気がした。なぜなら、彼女につられるようにノアもまた、口元を緩めていたから。

「ありがとう、ございます……………………」

少し影のさした、少女には不釣り合いなものではあったけれど、それでも彼女は笑ってくれた。
それだけで、思いが無事伝わったことがわかっただけで、ルベルの口元が綻んだ。

「よかった。誤解、解けたみたいで」
「あっ………す、すいません……ルベルさんのこと、疑っちゃって…………」

リラが呟くとノアはしゅんとなって、耳と尻尾が力なく垂れた。

「気にしないで。元はと言えば、ルベルクスが、余計なこと、言ったのが悪い」
「…うぐっ」

リラの棘を含んだ物言いが、ルベルの胸に容赦なく突き刺さる。

「………………いや、確かにさっきのは俺がわりぃよな。すまねぇ」
「ルベルさんが謝ることなんて、ないですよ。お二人のデート、邪魔しちゃったみたいですし」

思い直して頭を下げたら、ノアに軽い調子でそう言われて、ルベルはそもそもなんでカティナトの街までわざわざ来ていたのか、すっかり忘れていたことに気がつく。

「あー………そうだな。俺達はそろそろ行くか?ノアちゃんも用事あるみてぇだしな」

リラに問いかけると、静かに首を縦に振って答える。その時、ノアと別れなければならないことが、今更ながら名残惜しいと感じた。けれど、引き止める訳にもいかない。彼女には、彼女の事情があるのだから。
ノアはそうですか、と呟くと、再び丁寧な所作で頭を下げた。

「今日は本当にありがとうございました。また、いつか会えることを願っています」
「あぁ。俺はここの隣町のグランデムで冒険者やってっからさ、何かあったらいつでも来いよ」
「ノア、またいつか」

別れの挨拶は三者三様。
胸のつかえが取れたルベルは、今度こそ揺るぎない足取りで冒険者ギルドへと向かい、その後にリラが続く。
ノアは、二人が路地を曲がって見えなくなるまで、その姿を見送っていた。

12/03/30 16:43更新 / たんがん
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■作者メッセージ
どうも、たんがんです。

相変わらずの遅筆っぷりで、前編更新から一ヶ月以上たってしまいました。連載って難しいな……

今回は、初ヶ瀬マキナさんのSSの登場キャラクター『ノア=レギーア』をお借りさせて頂きました。
マキナさん、使用許可ありがとうございました。

次回、デート後半戦。一応、それで「軟派な剣士」の物語は終了の予定です。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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