連載小説
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4.作戦決行
港町タリアナ中央部、領主の城、謁見の間にて。
領主代理はその巨体を震わせながら、激怒していた。

「どういうことでちゅか! 何でぼくちんが殺されないといけないんでちゅか!」
「領主様、ご安心を。我々タリアナ軍全勢力を上げて護衛を・・・」
「うるさいでちゅ! ぼくちんを誰だと思ってるんでちゅか!」

この日の朝、城壁に一枚の怪文書が貼られているのが発見された。



『今宵、民衆を苦しめる愚かな領主に天誅を下す』



その前日、酒場にて。

「領主様は齢五十五にして溌剌とされており、仁徳溢れるお方でして、
 この度お倒れになられた事につきましては、民衆一同胸の痛む思いで・・・」
「さぞや、素晴らしい方なのでしょうね。是非、お会いしたかったです」

カウンター席にて、酒場の店主と話をしながら、葡萄ジュースの入ったグラスを軽く傾けるシロ。
一口、それを飲んだ後、店主はシロに語りかける。

「お客様は、一人で旅を?」
「えぇ、東洋の国の諺で『可愛い子には旅をさせよ』というのがありまして、
 それが家訓なんです。父も、僕と同じ位の頃に諸国を渡り歩いたそうです」
「お若いのに立派な事で。領主代理殿にも見習って頂きたい物です」
「それでは今の言葉、現領主にお伝え致しましょうか?」
「お気遣いなく。私はもう暫く、地に足、胴体に頭のついた生活をしていたいのでね」

そう言いながら笑う店主。それを見て、同じようにシロも苦笑した。



「おい、こんな所にガキがいるぜ」
「お、いいねぇ。しかもあの革袋・・・銅貨だとしてもかなりの額だな」
「出てきてすぐさらっちまえば誰にもバレっこねぇ、最高のカモだぜ」

大柄な男と、その腰巾着らしき細身の男2人。
港町には荒くれ者が多い。彼らの場合、ただのチンピラの類だが。
シロの入っている酒場の外で、下卑た笑みを浮かべている。

「言っとくけど山分けだぜ? 分かってるだろうな?」
「勿論。ま、実際どうなるかは分かりませんがね」
「おいおい、何を言ってくれてんだよ」
「あぁ、全くその通りだ。おまけに今日のアタシは機嫌が悪い」
「その通りだ。俺は今朝のメシが不味くて・・・え?」

素っ頓狂な声を上げる大柄の男。
3人の男が振り返ると、そこには。

「・・・アタシの男に何をしてくれようとしてんだお前らは・・・」

『情報を集めてきます。僕が危なくなった時はお願いしますね』とシロに言われ、
酒場の入り口で待機していた所、彼らの話を聞き、
背後に炎が見えるほどに怒っている、エトナ。
その目は笑っていない。というより、全体的に見ても笑っていない。

「「「お、お、オーガ!?」」」

男達が揃って声を上げるのと同時に、エトナは指を3本立てる。

「シロが暴力嫌いでよかったな。アタシの手がグーになるまで待ってやるから失せろ」

ゆっくり、薬指を曲げ始めるエトナ。
しかし、男達は動こうとしなかった。

「へっ、な、何を言ってやがる。よく見てみろ、3対1だぜ?」
「そ、そうだ! 今なら見逃してやるからよく考えろ!」
「俺の親父は元軍人だ。その血を受け継ぐ俺に勝てると思ってるのか?」

弱く、愚かな者ほど、相手の強さを理解出来ない。
エトナが人差し指を折り曲げた後、完成された拳から繰り出された突きは
一瞬で、3人の男の意識を闇へと葬った。

「一応、忠告はしたから殴っても大丈夫だよな。・・・シロ」



その夜。
宿が取れない為、仕方なく町の外で野宿をする事になったシロとエトナ。
焚き火の前に寄り添いながら、二人は会話をしている。

「町の方の話によると、領主は療養の為、遠方へ行かれたとの事。
 そして、肝心の『X』についてですが・・・これを見て下さい」

ポケットから新聞の切り抜きを取り出し、それを広げるシロ。
そこには、丸縁眼鏡をかけた中年の男が写っていた。

「庶務副大臣ベルク・エレストロン。初代より何らかの形でタリアナの政治に関わっている
 エレストロン家の6代目当主です。半年前、世襲で大臣の座に就き、今に至るとの事です」
「見た感じはただの小汚ぇオヤジだな。まぁ、何事も見た目で判断するもんじゃねぇが」
「気になる点は3つ。エレストロン家は代々反魔物家であり、教団と密接な関わりがある事、
 就任以来、民衆の前に姿を見せていない事。そして何より、領主の息子、
 つまり現領主の教育係も兼任しており、領主代理を務める事になった息子は今回、
 領主としての職務の殆どをこの教育係に丸投げしているそうです。
 魔物に対して極端に圧力をかける政策の発案者は、恐らくこの人でしょう。
 施行自体に関しては、なるべく自分に批判が来ないように、領主代理にさせていると思いますが」

焚き火に枝をくべながら、シロは続ける。

「3件ほど酒場を回って、その全ての店主の方が仰っていました。充分な信憑性はあるはずです」
「同感。で、どうするよ? とりあえずボコボコにしとくか?」
「いえ。この方がXだという決定的な証拠はまだありません。ですから、
 まずはそれを探しましょう」
「なるほど。で、どうやって?」
「聞くんですよ」
「・・・? 誰に、何をだ?」



「病人という事にされている領主から、Xが誰かをです」



怪文書の流れた日、その夜。
城には厳戒態勢が敷かれていた。

「領主様、お言葉ですが、もう少し城の外にも兵を・・・」
「うるさいでちゅ! ぼくちんが殺されそうなんだからぼくちんのまわりにたくさん
 兵を集めたほうがいいにきまってまちゅ!」
(・・・このボンボンが・・・素人以下の考え方だ。これじゃ曲者に
 『どうぞ侵入して下さい』と言ってるようなもんだ。
 ・・・いっその事殺されねぇかな、こいつ)

領主代理の命令で、極端に謁見の間に兵が偏ってしまってはいるが。



その皺寄せは、主に城外に来ていた。

「・・・あんのアホガキが・・・裏門1人で守れってふざけてんのか・・・
 自分のとこだけに集めても大して意味ねぇんだっての・・・」

城の裏門。本来ならば複数の兵が交代で番をしている場所。
そこには、槍兵が一人いるだけであった。

「つっても、領主様の息子ではあるしねぇ・・・回復された後、
 ご子息が死にました、じゃあ流石に申し訳ねぇし・・・エ゛ヴッ!?」

突然、何者かに首を絞められる。
ものの数秒で、槍兵は気を失った。

「こんな感じか?」
「えぇ、大丈夫です。・・・うん、脈もあります。それじゃ、失礼しますか」
「おう。城からの死角はっと・・・そこの花壇の辺りか」



「領主は恐らく、病気ではありません」

時間は戻って前日。
シロはエトナに、考えを話していた。

「タリアナはかなり発展した街みたいですが、自然環境は良好です。
 となると、態々僻地に行って静養をする理由が無いんですよ。
 勿論、医療や薬学が発達しているというのなら別ですが、普通に考えれば
 これだけの大都市より高度な医療が出来る所なんて、王都位しかありません」
「・・・それもそうだな。ここの海綺麗だし、空気うまいし」
「百歩譲って、領主が病気だったとしても、遠方へ行くことはありえません。
 にもかかわらず、街では領主は遠くに行ったと思われている。
 となると、九分九厘、領主は病気ではないはずです」
「なるほど。・・・しかし何だって、そんな話になってんだろうな?」
「・・・Xの、交渉カードですよ」

右手でトランプでも持っているかの様な仕草をしながら、シロは話す。

「酒場で聞いた話によると、街の人の殆どは領主を慕っています。
 となると、領主の為ならある程度の不利益も苦にしないはず。
 ・・・況してや、領主の命が関わったりすれば」
「・・・!! シロ、それってまさか・・・」
「・・・えぇ」



「Xが、領主を人質にしてる・・・って事か?」



「・・・正解です。
 Xの目的は、まず自身の最高権力者化、そして次に、街の制圧。
 となると、何れは反発を受けるような行動もしなければなりません。
 その時に領主を人質とすれば、民衆や軍は迂闊に動けない。
 ・・・反乱抑制のカードとして、これ以上に効果的な物はありませんよ。
 恐らく領主はXの監視下、かつX以外の人物に知られない場所で
 監禁されているという所でしょう」
「えげつねぇ事しやがる・・・よしシロ! 今すぐ領主助けに行くぞ!」

エトナが勢い良く立ち上がる。
しかし、シロはそれを止めに入った。

「待って下さい。その前にやるべき事があります」



「シロの読み通りだな。人の気配がしねぇ」
「この分だと、狙いが両方共働いたみたいですね」

二人は、城の中に忍び込んでいた。
門番の槍兵を除き、ここまで誰にも出会していない。

「怪文書に無能な領主代理が恐れれば、兵を集めるが、自分の安全しか考えず、
 兵の配置を偏らせる。
 領主代理の失脚を自然な物にしたい為、恨みを買った故に暗殺された
 という事にしたいXは、この期に乗じて城外の警備を弱まらせる。
 うまくいきました」
「そうだな。なぁシロ、何でお前ってこんなのが思いつくんだ?」
「・・・教会にいた頃、人の心の陰の部分を嫌という程見まして。
 自然と、こういう人の心理を読めるようになったんですよ」
「・・・悪い。余計な事を聞いた」
「いえ、大丈夫です。それに、こうして役に立つ事もありますし」

赤い絨毯の敷かれた廊下を歩き、階段を2回上る。
3階に上がると、妙な騒ぎ声が聞こえた。

『ぼくちんが・・・パパに・・・でちゅ!』
『しかし・・・この状態・・・無理が・・・』

「何だ一体?」
「一階の見取り図によると、この近くに謁見の間があります。
 多分、領主代理が騒ぎ立てているという所でしょう」

領主の間のある方とは反対に進み、角を一度曲がる。
そこには、水色を基調とした装飾が施された、豪奢なドアがあった。

「カギがかかってますね。ちょっと待ってて下さい」

そう言いながら、シロは懐から一本の針金を取り出した。
それを鍵穴に入れ少し動かすと、カチャン、という音を立てて鍵が開いた。

「・・・凄ぇ。手先器用だなとは思ってたけど、こんな事まで」
「構造さえ理解してれば簡単ですからね。では、失礼します」

ドアを開け、部屋の中に入る。
そこにはガラスのテーブルと、見るからに高価な調度品、そして。



手足をベッドの柱に縛られ、猿轡を噛まされている領主がいた。



「・・・ぷはっ! はっ、はぁ・・・き、貴様達は何者だ!?」
「無理な話だとは思いますが落ち着いて下さい。僕達はあなたを助けに来たんです」
「・・・私を助けに、だと?」
「あぁ。全部シロのおかげだ」

シロの予測は的中した。
領主は遠方で静養をしている、と人々が思い込んでいるのであれば、
地下牢や離れの倉庫等、監禁場所としてすぐ浮かぶ場所ではなく、逆に堂々と
領主の私室である『領主の間』に閉じ込めればいい、というXの狙いを見事に読み取ったのである。

「教えて頂けますか。一体何があったのか」
「・・・分かった。君達を信じて話そう」

領主は、監禁されるまでの事を語り始めた。



「数日前の朝、私は何時もの様に自室で朝食を取っていた所、突然全身が痺れた。
 ・・・今思うと、あれは一服盛られたのだろう。そのままその場に倒れ、意識を失い、
 気づくと、この部屋で先程のような状態にされていた。
 状況に驚き、辺りを見回すと、私の息子の教育係が立っていた」
「庶務副大臣のベルクさんですね」
「左様。奴が言うには、私は病気の静養の為北方の地へ行ったという事に
 されてしまったらしい。その時分かったのだが、私は丸三日昏睡していたようだ」
「それだけの時間があれば虚言を流す事も出来ますね。
 ・・・そして、この部屋に拘束されてしまったと」
「あぁ。奴は私の部屋に来る度に『ご子息をあなたの代理にしました』だの『誰一人として
 あなたがここにいると気づいていません』等とのたまった。
 ・・・腸が、煮えくり返る思いだった」

領主の拳が震え、目には大粒の涙が浮かんだ。

「自分が情けない。この程度の策略を見抜けなかった自分が愚かしい。
 そのせいで、民には多大な迷惑をかけてしまった。・・・私は、領主失格だ」

がっくりと肩を落とし、項垂れる領主。辺りに重苦しい空気が立ち込める。
それを破ったのは、シロとエトナだった。

「簡単に割り切れる事じゃねぇだろうが、過ぎた事は仕方ねぇ。
 ・・・なぁ、領主さんよ。このままでいいのか? そんな訳ねぇよな。
 だったら、アタシとシロに協力してくれないか」
「僕達は『ベルクさんがこの事態に気づいていない』という、大きなアドバンテージを得ています。
 領主様、ここからは単純作業です。僕とエトナさんが陽動し、兵士の方々をこの部屋に集めます。
 あとは、領主様の口から事の顛末を」

それを聞いた領主は、涙を拭い、顔を上げて。

「・・・分かった。このガンマ・ズィズヴェイド、君達の作戦を成功させる為、全力を尽くそう!」

また違った涙を流しながら、二人の問いに応えた。



「エトナさん、今度は左に!」
「分かったああああ! うらああああ!!!」

背負ったシロの指示の下、城内を駆けるエトナ。
後方からは兵士がそれを追いかけている。

「そこで右! 二つ目の扉を開いて領主の間へ!」
「うぉらっしゃー!!!」

兵士を引き付け、二人は領主の間へ飛び込んだ。
(ちなみに、この時エトナは扉を開けず、破壊した)

「領主様、もうすぐ兵士の皆さんが来るはずです」
「分かった。兵が君達を見たら何をするか分からん。一旦、そこの布団の中に隠れていてくれ」

二人がベットの上に転がっている布団の中に隠れた瞬間、大勢の兵士が領主の間になだれ込んだ。

「何処にいっ・・・りょ、領主様!? 静養に行かれたはずでは!?」
「それは、ベルクから聞いたのか?」
「えっ、はっ。ベルク副大臣から仰せつかったのですが」
「奴の言った事は全くの嘘っぱちだ。本当の所は・・・」

領主は、兵士達に今までの事を話した。
それを終えた瞬間、先頭に立っていた兵士長らしき男は、地面に膝と手をつけ、

「・・・今の今まで、本当に申し訳ございませんでした!」

勢いよく、地面に額をぶつけた。
それを見て、後ろにいた兵士達も全員、同じ行動を取った。

「頭を上げよ。それより、これからどうするかだ。
 まずは、私を助けてくれた者をお前達に紹介しよう。・・・二人共! 出てきてくれ!」



「・・・っと。初めまして、皆さん」
「同じく初め・・・って結構多いんだな、兵って」
「・・・なっ、お前達が!?・・・領主様、この二人は?」



「一騎当千の武道家と、希代の軍師だ」



「・・・なるほど、そういう事だったのですか」
「えぇ。ご迷惑をおかけして本当にごめんなさい」
「いえいえ。シロ殿のおかげでこうして真実を知ることが出来たのです」
「僕だけじゃないですよ。というより、エトナさんがいなかったらどうしようもありませんでした」
「相変わらず謙虚だなシロ。・・・まぁ、そんなとこも嫌いじゃないというか何と言うか・・・」
「・・・エトナ殿、ひょっとしてそなたはショタコ・・・」
「あ゛ぁ゛?」
「いえ何でもございません本当にすみません」

シロとエトナは自分達の事を説明した。
どうやら兵士達はそれを理解してくれたようである。

「して、領主様、シロ殿、エトナ殿。これから我々は何をすれば?」
「アタシが襲撃かけて、ベルクをとっ捕まえる!」
「その前に街を包囲して逃げ道を塞いで頂いて、万が一の為の保険をかけておきましょう」
「陣頭指揮は私が執る。皆の者、15分で隊を整えよ!」
「「「「「はっ!」」」」」



「うむぐぐっ! んむうううぐっ!」
「・・・思いの外、簡単に捕まりましたね」
「いやー、てっきりもう一山あるんじゃねーか、とか思ってたんだが・・・」
「・・・街の外の兵に、戻るように伝えておく」

蓋を開けてみれば、ものの1分だった。
エトナがエレストロン家に突入し、何にも気づくことなく寝ていたベルクを捕獲。
ただ、それだけだった。
ベルクは両手を後ろに縛られ、猿轡を噛まされ、凶器を持っていない事を明らかにする為に
全裸に剥かれている。

「で、どうすんだ、領主さん?」
「ふむ、言い訳くらいは聞いてやろう」

領主が猿轡を外すと、ベルクは寒さに震えながら大きなくしゃみをした後、言い訳をのたまった。

「そもそも魔物等と関係を結ぶというのが諸悪の根源なのです!我々人間の暮らしを脅かす
 魔物等、世界から根絶やしにすべきなのです! そうすれば豊かな暮らしと平和は守られ、
 私も教団の人々から大いなる祝福と金品と酒池肉林を・・・」
「・・・うわー。何と言うか・・・うわー」
「黒幕というより、ただの小悪党でしたね。・・・でもXはこの人で間違いないんですよね・・・」
「・・・多少なりとも反省の弁を述べるのではないかと期待した私が馬鹿だった。
 もうよい、喧しいから黙れ」

領主は、ベルクに再度猿轡を噛ませた。

「君達二人には本当に助けてもらった。心より感謝する。
 礼と言ってはなんだが・・・君達に何か願いがあったら、可能な限り応えよう」
「お、流石は港町の領主。気前がいいねぇ。・・・んじゃ、とりあえず」

左の掌に拳固を打ち付けながら、エトナはシロに目を向けた。

「シロ、何事も初めは上手くいかないもんだ。上手くいくようにするには練習がいる。
 という訳で、だ。・・・こいつを、思いっきり殴れ。両親殴る練習だ」
「・・・え?」

困惑するシロ。
エトナは、さらに言葉を続ける。

「お前が優しい奴って事は知ってる。だが、場合によっちゃそれは余計な物にもなる。
 多分、気は進まないだろうが・・・悪人ぐらい、思いっきりぶん殴れるようになれ」
「私からも御願いする。何、気にする事は無い。こやつはもうどう転んでも、明日には裁判で
 牢屋かギロチン送りだ。そして私も自らの手で一発は殴らんと収まりがつかん」
「エトナさん・・・領主様・・・」

二人に視線を送られ、シロは意を決した。

「・・・ベルクさん。ちょっと痛いでしょうけど、我慢して下さいね」

軽く腰を落とし、拳に力を込める。
そして、真っ直ぐに標的を見据え。

「はあっ!」

シロが生まれて初めて殴った人間は、鼻に鋭い一撃を受け、悶絶した。

「ほう、中々いいじゃないか。
 それでは私もやるとするか。・・・せいっ!」

続いて領主の拳が飛んで来る。
左頬から強烈な打撃を受け、ベルクは地面に倒れこんだ。

「さ、最後はエトナ殿。思いっきり決めてくだされ。
 ただ、一応殺さぬ程度に抑えて頂くとありがたい」
「あぁ・・・でも、シロは」
「僕は無闇に暴力を振るうのは嫌ですが、正直に言わせて貰うと、この方なら大丈夫です。
 それに、僕も思いっきりやりましたし」
「・・・よし分かった。しっかり見てろ」
「むんっ!? んんうんんうん!」

間違いなく骨折程度では済みそうにない事を感知し、震えるベルク。
しかし、彼は悪運が強かった。

「うらああああっ!」

オーガに殴り飛ばされても、顎の骨を粉々にされるだけで済んだのだから。



「・・・という訳で、息子には労役をさせている」
「妥当な所ですね。操られてたとはいえ、半分は自己利の為に動いていたんですから」
「だな。とりあえず痩せるべきだろ」

ベルク捕獲の翌日。
領主が戻ってきたという報せを受けた民衆達は沸きに沸いた。
街中、どこもかしこも飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
それは城内でも変わらず、こうしてシロとエトナ、そして領主が談笑してる横で、
兵士達は如何にして相手の頭に飲み物をかけるか、という悪ふざけに興じている。

「しかし、君達には本当に助けられた。心から礼を言わせてもらう」
「いえいえ。・・・それより、本当に良いんですか?」
「あぁ。好きに使ってくれて構わない」

『願いに応える』という領主に、シロは4つの事を頼んだ。
一つ目に、今回の件において、自分達の行動を民衆に知らせない事。
二つ目に、自分とエトナが乗れる大きさの馬車の調達。
三つ目に、今晩の宿の用意。
そして、四つ目に。

「ドア思いっきり壊しちゃいましたけど・・・分割払いでいいですか?」
「何だ、そんな事か。もとより請求などするつもりはない。
 まぁ、鍵がかかっているならともかく、鍵を開けた後にああなるとは思わなかったが」
「・・・本当にごめんなさい」
「いや、シロはいいんだ。完全にアタシが原因だから。
 領主さん、本当にすまねぇ」
「というより、これだけで構わぬのか? あまりに少なすぎて拍子抜けしたぞ」
「僕としてはかなり無茶な事を言ったと思うんですが」
「助けられたのはお互い様だ。これでシロを無理に歩かせる事も無くなった」
「君達が良いと言うのなら構わんが・・・他にあれば、遠慮せずに言ってくれ。
 さぁ、今宵は宴だ。我がタリアナが誇る海宝の数々、十二分に堪能して頂こう」
「おう。正直、さっきから腹が減って仕方ない!」
「恥ずかしながら僕もです。それでは頂きますね」

二人は、贅を尽くした料理の数々に舌鼓を打った・・・



日付が変わった頃。
未だ大盛り上がりの宴会から抜け出したシロとエトナの二人は、領主が用意した部屋で
心地よい静けさを共有していた。

「おいしかったですね、魚料理」
「あぁ。特に途中から出てきた包み焼きがもう美味いのなんのって」
「すごくいい香りでしたよね。臭みも全くありませんでしたし」
「酒もいい具合に進む訳だ。・・・なぁ、シロ」

声のトーンを落とし、真剣な面持ちで、エトナはシロの目を見つめた。

「・・・やっと、静かになったな」
「え、はい。そうですね。そろそろ寝ましょうか」
「察しろバカ」
「・・・? んっ!?」

エトナはシロを一気に抱き寄せ、唇を奪った。
そのまま乱暴に舌を絡ませ、口内を隅々まで味わう。

「んむっ! んっ・・・んぁっ・・・」
「・・・んはぁ。・・・キスぐらいなら、普通に出来るか。
 んじゃ、どこまで出来るんだろうな」

所謂『お姫様抱っこ』の形でシロをベッドに運び、その上に覆いかぶさるエトナ。
シロは依然として、状況が飲み込めていない様子である。

「あの、エトナさん? 魔法の効果は?」
「どういう訳か、今の所問題ない」
「本当にですか? 無理してませんよね?」
「全然。それよりシロ、アタシから頼みがある」
「・・・何でしょうか?」

ある程度の落ち着きを取り戻したシロは、エトナの目を見つめ返した。
彼の心情の内訳は困惑2分、恐怖2分、これから起こるであろう事への諦観6分といった所か。

「なるべく優しくする。だからヤらせろ」

そう言って、エトナはシロの服に手をかけた。
12/08/03 18:19更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
お久しぶりです。リアルの方がちょっと一段落ついたので、投稿致しました。

無事、二人は街を救うことが出来ました。
深夜、海の見える静かな部屋、というムード満点の状況で押し倒されたシロ。
そして何故か発動しない呪文。
さてさて、二人の夜は一体・・・

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