連載小説
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道の安全のお手伝い
澄み渡る空、燦々と輝く太陽。
多くの建物に遮られてなお強いその光に、俺は思わず手を翳す。
指の間から差し込む光に目が慣れてきた頃、
俺は手を降ろし、改めてこの青空を見た。

・・うん、今日もいい天気だ。


ここは親魔物領の街、フェランシア。
石造りの灰色が景色の多くを占める街。
立地は北のブロディング草原以外の三方を海に囲まれている。
魔物娘と人間がともに暮らす、親魔物領らしい平和な街だ。
この街には多くの職業が存在する。

「いらっしゃーい!良いのがあるよ!」
刑部狸やホルスタウロス等が営む、商店。

「ん・・鍛えるの?分かった。」
サイクロプスが店主を務める、鍛冶屋。

「あら・・ふふ、良いの?後戻りできないかもよ・・?」
ダークエルフが経営する、SMクラブ?とかいう店。

他にも色々あるが・・その中でもこの街で一番多い職業。
それは、フリーの仕事人だ。
仕事がないときは無職に近いが、無職というわけではない。
仕事人というのは、人々からの依頼を受けそれを達成する者達の事。
平たく言えば、何でも屋というところだろうか。
そんな職業である仕事人がこの街に多い理由、
それはこの街に大きな仕事斡旋場があるからだ。
斡旋場は大きければ大きいほど仕事の幅が広がり、
小遣い稼ぎからそれを生業とする手練まで多くの者が集まる。
それ故、親魔物領でも有数の大きさであるそこには、
各地から仕事人が集まってきていた。


そして、俺もその仕事人の一人だ。

俺の名前は、リロウ・レウス。
この街の外れ近くに一人で住んでいる仕事人。
歳は26歳で髪は藍色、短く切り揃えてある。
特技は弓矢を射ることと多少の剣術。
この特技は、仕事をする上で頼りになっている。
何度窮地を脱することが出来たやら、だ。
最近は汎用性の高さから弓矢を持っていくことが多くなっていた。
今も、背中に弓を背負っている。
この弓の上下両端には、竜の鱗を模した緑色の装飾があり、
それが本物と見間違えるほど精巧に出来ていることと、
丈夫な木を使っており握り心地が良く、そして良くしなることから、
俺はこの弓が気に入っていた。


で、そんな俺が今向かっているのはこの街の仕事斡旋所だ。
街の中心より上辺りに位置するため直線的には近いのだが、
家が建ち並ぶ為、俺の住んでいるところからはやや遠い。
最初の内はその遠さに内心悪態をついたこともあったが、
今は街の風景を楽しみつつ歩くぐらいには慣れていた。

人や魔物娘が流出入するこの街の風景は、日々変わっていく。
今日も、昨日まで閑古鳥が鳴いていた店が急に繁盛したり、
一人だった釣り人が今日は水面のマーメイドと語っていたり。

そんな変化を楽しみながら歩いている内に、
いつの間にか俺は斡旋場の前まで来ていた。
ここが目的のはずなのに、もう景色を見続けられないとなると
何故か残念に思うから不思議なものである。

「・・さて。」
気持ちを切り替えつつ、斡旋場を見上げる。
石造りの建物達の中一際目立つ木造の建築物、それがこの街の斡旋場。
艶のある木々によって組み上げられた頑丈なそれの頂上付近、
やや暗めの木を使った大きな看板の中央、
日の光を浴びて輝くのは WELCOME の文字の魔界銀。
いつ見ても何度見ても、堂々たる姿だ。
流石はこの街のシンボルとも言われているだけはある。
そんな風に感動しながら俺は、
開け放たれた斡旋場の入り口から中に入っていく。

外が大きければ当然、中も中で大きく広い。
軽く見渡しただけでもその大きさが分かる。
入って中央より右側には多くのテーブルと椅子がある。
木造のそれらは、仕事を終えて一杯する者や世間話に花を咲かせる者、
またはグループを作って活動する仕事人達など、多くの者達が利用していた。
まだ昼間だというのに、
かなり多いはずの椅子とテーブルが半数は埋まっていることから
この斡旋場の用途の多さや人気の高さが伺える。

そことは反対側、左側にあるこれまた木造のカウンター。
ここは仕事人達が依頼を受けたり、
逆に依頼人が依頼を注文したりする所だ。
まずカウンターの担当者、受付が依頼を受け張り紙に書く。
そしてそれをカウンター近くの壁にかかっている板、
枠が青く塗られており、右上端に赤い造花が飾られている、
そんな洒落た大きな楕円形の板に貼る。
仕事人達は自分の身の丈や現状と相談しつつ、
その板の依頼を選びカウンターへ持っていき、受ける。
それが一連の流れだ。

もちろん、依頼を受ける方法はその限りではない。

「・・というわけで・・この道の・・」
「ふむ、ああ・・なるほど・・」

カウンターを挟んで話す仕事人らしき短い銀髪、長身のワイバーンと
受付内に立つ薄い橙色ポニーテール、同じく長身のケンタウロス。
俺の視界に入った彼女のように、張り紙ではなく、
直接受付からの依頼を受ける者達もいる。
ただしこの場合の依頼というのは、非公式、または重要なものが多い。
そのような場合の仕事は、
受付が、この仕事人ならば任せられる、と信用した者にだけ回される。

理由は、他と比べると危険だからだ。
俺もカウンターからの依頼を受けたことはあるが、
山賊退治だったり盗賊の撃退だったりと、
お世辞にも安全とは言えなかった。
他にも理由があるらしいが、詳しくは知らない。

ともかく、あのワイバーンは相当の力量を持っているということだ。
見れば受付からの依頼にも、顎に翼の爪を当て目を閉じ微笑んでいた。
その微笑みは、実力に裏付けられた自信のあらわれだろう。
対して受付・・こちらは知っている。
リーフさんというケンタウロスだ。
名字なのか名前なのかは知らないが、
皆そう呼んでいるので俺もそう呼んでいた。
そのリーフさんはやや厳しめの表情。
まぁ、リーフさんはいつもああいう表情だったはずだ。
みんなにも、そのことで偶にからかわれたりしていた。
と、いうことはあの依頼は少々危険だという程度のものだろう。

さて、いつまでも見ているわけにもいかない。
俺は俺で仕事を選ばなくては・・そう思い板へ足を向けた時だ。

「・・リロウ」
後ろから俺の名を呼ぶ声がかけられた。
冷静でありながら良く通る綺麗な声・・リーフさんだろう。
振り向く。
予想通り、声の主はリーフさんだった。

「呼び止めて申し訳ない、リロウ。
少しこっちに来てもらえないだろうか?」
再び、リーフさんは口を開く。
どうしたというんだろう、そう思いつつ俺は、
板へと向かっていた足をカウンターへと向ける。

「どうしたんです?」
そして、カウンターの前に来た俺はリーフさんにそう訊いた。
リーフさんは組んでいた腕をカウンターに置きこう答える。
「少し頼みたいことがある。
長くなるかもしれないが・・時間はあるか。」
どうやら直接の依頼ということだったらしい。
もしかして、隣にいるワイバーン絡みだろうか。
まぁそれはさておき、時間ならばある。

「はい、構いませんよ。
別に狙ってた仕事があるわけでもないですし。」
そう返すと、リーフさんはこう言った。

「そうか・・ありがとう。
実はな、このワイバーン・・ゲイルの手伝いをして欲しいのだ。」
そして、先程まで自分が話していたワイバーンを手で示す。
示された、ゲイルと言うらしい大人びたワイバーンは、
視線を向けると笑顔で俺に小さく会釈をしてくる。
未だに顎に爪を当てつつだが、
彼女の大人びた雰囲気の影響だろうか、それがとてもらしく思えた。
おれより背が高い事もあり、なんだか畏まってしまいそうだ。

「・・内容を聞かせてもらえませんか?
そうしてからじゃないと、決められない。」
だが仕事となれば、そう思ってばかりもいられない。
それほどの者の手伝いともなれば、難易度は高いはずだ。
そう思って気を引き締める。
それに伴って自然と引き締まった俺の表情を見てか、
リーフさんはさっきよりもやや真剣味の増した声音で説明を始めた。


「分かった・・では、説明するぞ。
まず場所だ、フェランシアより北、ブロディング草原。
この草原は多くの者が行き来するのは知っているな?」
「ええ、知ってます。」
軽く頷くとリーフさんも軽く頷いた。
ゲイルさんは、微笑を浮かべつつ成り行きを見守っている。

「ん。
そして、ブロディング草原を北上していくと我が故郷があり、
そしてもっと上がるとハラント樹林がある。」
「・・?確か、新しい村が出来たとか言ってませんでしたっけ?」
気になったので口を挟む。
確か、ブロディング草原の中央に、
最近出来た村があると他ならぬリーフさんから聞いた気がしたからだ。
「ああ、あるぞ・・そういえば前に話したな。
ティニブロというのだが、
この村からフェランシアにかけての道が今回の仕事場だ。」
当然だがリーフさんは、忘れてなどいなかった。
少し、急ぎすぎたようだ。
「・・・・はい。」

・・近場かつ知っているならば場所は問題ないな。
事情を飲む込むために何度か頷く。
これは真面目な話をするときの俺の癖である。
それを知っているリーフさんは、続きを話す。

「・・そして、ここからが内容だ。
近頃、その道を通る者の安全が脅かされているらしいのだ。」
「・・盗賊ですか。」
思いついた事が口から出たが、リーフさんは首を横に振る。
どうやら外れだったようだ。

「いや、違う。
その程度であるならば放置していても問題ない。
魔物娘たちにそのうち捕まるからな・・むしろ軽く歓迎すら出来る。
だが・・問題の彼らは少々厄介なんだ。
動きに統率が取れていてな・・」
「・・教団、ですか。」
自分でも分かる、語尾が重い。
彼らとは何回か戦ったことがあるが、色々と面倒だった。
しかも今回は道の通った草原という場所。
戦いの為に人々の往来を止めれば、それだけでも影響は大きい。
となると、長引かせるなど以ての外。
「・・大人数でいくわけにもいかない・・か。」
大人数で押し掛けても逃げられるだけで、成果は薄いだろう。
そんな俺の考えは分かっているのだろうが、
リーフさんは依然として、強い言葉を止めない。
「ああ・・しかし、だ。
手をこまねいて何もしないわけにはいかない。
そこで、だ。」

「私達に役目が回ってきた・・というところだな?」
と、ここで初めてゲイルが口を開く。
押し付けるようではなく、柔らかい口調だったのだが
その言葉には聞く者に彼女の存在感を意識させる何かがあった。
・・このゲイルさんというワイバーン・・
分かってたけど並の奴じゃない・・。
言葉と表情に出さないようにしつつ、
俺がそう思う中、リーフさんが答える。

「ああ・・ゲイルの翼とリロウの弓矢、
その二つがこの依頼を達成するためには必要だ。
言わなかったかもしれないから言っておくが、
今回の教団は数自体は割と少ない。
だが、ほとんどが馬を駆り半数を超える者が弓を使う。
地上から抑え込もうとすると、面倒だ。
逃げ回られるとこちらの被害だけが増えてしまう。」
・・なるほど。

「・・だけど、ゲイルさんの速さで近寄って俺が正確に教団兵士を、
という作戦なら成功確率が高い、ということですね。」
考えたことを伝える。
リーフさんはゆっくりと頷いた。
「ああ、そうだ。
私の知る限り最高のワイバーンと、
ケンタウロスやエルフを除けば、最高の射手だからな。」
そして、なかなかにうれしいことを言ってくれる。
・・でも。

「・・エルフ?そうだ・・エルフじゃ駄目だったんですか?」
ここが気にかかった。
射手と言えば、ケンタウロスやエルフだ。
ワイバーンに乗れないケンタウロスはともかく、
エルフの方が弓の腕前としては俺より数倍優れているはずなのだ。
なのに、どうして俺を・・そう言外に伝えると。

「・・乗せたくないのだ、なんというか・・あの堅さは苦手で。
まぁ、言ってしまえば私のワガママなのだがな。」
そう言ったのは、ゲイルさん。
話した内容が内容だけに、やや恥ずかしげだ。
さっきの存在感がそこにはないところをみると、
こちらが、ゲイルさんの素・・ということだろうか。
まぁ、だけど・・理解は出来る。

「苦手な相手では、何となく気落ちしてやる気が出ない・・と。」
彼女の意見を言い換えて返す。
「・・うむ、恥ずかしい限りだが。」
すると彼女は目を伏せてこう答えた。
その恥じらう姿と、彼女の大人びた雰囲気とのギャップが可愛らしい。

・・何を考えているんだ、俺は。
フルフルと軽く頭を振ってその考えを頭から追い出す。
今は、仕事が最優先なのだから。

そんな俺の気持ちを知らないリーフさんはまとめに入る。
「・・まぁ、そういうわけで。
二人にはティニブロへの道の安全を確保してもらいたい。
少々厄介になるとは思うが・・その腕を見込んで頼む。」
そう言って、頭を下げるリーフさん。

「私は受ける、もとよりそのつもりだったし、
それに、あの道は陸路を行く者にとって重要だからな。」
それに先に答えたのは、ゲイルさん。
その言葉は力強く、雰囲気は堂々としている。
たとえ一人であろうとも、やってみせる。
そんな声さえ聞こえてくるようだ。

「俺も受けますよ。
ティニブロはこの街と近いですし、
教団を放っておくわけにもいきませんから。」
遅れて俺も答える。
ゲイルさんほどではないが、手伝う理由と意志はあった。
それに・・直々に頼まれたというそれだけで
断るという選択肢を俺の中から消すには十分だったからだ。

「そうか・・ありがとう、二人とも。
そうそう、出発は明日だ・・頼んだぞ。」
ゲイルさんと俺の答えを聞いたリーフさんは
そう言いつつゆっくりと顔を上げた。
その顔には微笑が浮かべられている。
「うむ、任せてもらおう。」
「俺もです、任せてください。」
対して、俺達も笑顔で答えた。


その後、俺はゲイルさんからの提案で、
空いているソファ型の横長の席に座り、
この依頼件について詳しく話すこととなった。
なった・・のだが。

「・・あの、ゲイルさん?一つ訊いてもいいですか?」
左を向いて、訊く。
「む?どうした、何か気になることでもあったか。」
対して微笑を浮かべつつそう言うゲイルさん。
その微笑はとても素敵に思えたのだが、今は置いておく。
「・・どうして、俺の隣に?向かい側なら空いてますよ?」

・・そう、ゲイルさんは何故か俺の左隣に座っているのだ。
向こうの席がない、壁付近のテーブルだったならまだ分かるが、
そうではなく、向かい合って座る事の出来るテーブルで、だ。
初対面なのだから普通、向かい合って座るだろう。
そんな風に思っているとゲイルさんはこう言った。

「なんだ、そんなことか・・何、気にすることはない。
隣に座った方が相手の事が分かりやすい、それだけさ。
私は明日、仮初めとはいえ君を主として認めることになる。
背に乗せて飛ぶわけだからな。
だから、君のことは良く知っておきたい、というわけだ。」
そして、なんということはないだろう?と締めくくる。
それは正しい、のだろうが・・。

「その事なんですが・・本当に俺が背に乗って良いんですか?
背中って、ワイバーンにとってとても大事なものなんでしょう?」
ここが、気になっていた。
その背に乗れるのは、夫か認められた者のみ・・そのはずだ。
しかし、ゲイルさんはまた笑った。

「ああ、大事だ・・だが、な。
それ以外に方法がないならば、仕方あるまい。」
さらりとそう言う。
あまりにあっけなく言うものだから、俺はちょっと意地悪をしてみた。
「・・その割には、乗る人は選り好みするんですね。」
エルフは乗せたくない・・そう言っていたのを思い出して、だ。

「ふふ、まぁそう言ってくれるな。
それに、背に誰かを乗せるというのを我慢したのだ、
それくらいのワガママは通って然るべきだろう?」
だが、彼女は動じない・・これは、相当な人物の証だ。
自分の理論の穴を笑って受け入れているのだから。

「そうですね・・なんか、強引な気もしますけど。
じゃ、とりあえず改めて自己紹介でもしますね。
俺は、リロウ・レウス・・リロウって呼んでください。」
「分かった・・私はゲイル・ウィヴァー。
種族はご覧の通り、ワイバーンだ・・ゲイルと呼んでくれればいい。」
自己紹介を返される。
その言葉一つ一つに、自信が満ちているのが分かった。

「分かりました、ゲイルさん。」
応えてそう言った俺の言葉に、ゲイルさんは首を横に振る。
不思議に思った俺が首を傾げると、ゲイルさんは言った。

「違うだろう?ゲイルと呼んでくれと言ったぞ。」
どうやら、さん付けが気に入らなかったらしい。
「ですけど、」
「ですけども何もない、それと敬語も止めてくれ。
一時とは言え互いに命を預け合うのならば、そんな遠慮は不要だ。
それに・・」
俺の言葉を遮ってそう言い、俺に顔を近づけてくるゲイルさん。
鼻先が触れ合うくらいの距離まで顔が近づいていた。
その端正な顔立ちを否応なく見せつけられているおかげで、
俺の心臓は早鐘を打っている。

「さっきはああ言ったが、
君が私に相応しい乗り手になるかもしれないだろう?」
そして、そんな俺の様子を気にせずゲイルさんはそう言い微笑んだ。
「あ・・え、と、その・・はい・・」
目の前で綺麗な女性の大人びた微笑を見せられる、
そんな経験をしたことがない俺が、
ドギマギして言葉を失ったのは言うまでもない。
そんな俺に追撃をかけるように、彼女は今度は身体を寄せてきた。
程良く引き締まった綺麗な肢体がさらに俺を緊張させる。

「はいではなく、ああ、もしくは、分かった、だろう?
私は君に気を許しているつもりなのだが・・
君にとって私はそんなに警戒されるような女か?」
俺の緊張を分かっているのだろうが、構わずに彼女はこう続ける。
「だというのなら、仕方ない・・
私は、君に気を許して欲しいと思っているのだがな。」
しかも言い終わる最後に、俺のソファに置かれている左手に
自らの右翼の先端を重ねてきた。
彼女の言うとおり、気を許されているのだろう。
・・ただ、口説かれているだけのような気もするが。
彼女程の美人になら、口説かれるのも・・まぁ、いい、のだろう。

「わかり・・分かった。
じゃ、ぁ、これからよろしく頼む、げ・・ゲ、ゲイル・・」
言われたとおりに、敬語なしで呼び捨ててみる。
・・これは、かなり、恥ずかしい。
いや、呼び捨てや敬語でなくするのは別に恥ずかしくはないのだが・・。
「うむ、こちらこそよろしく頼むぞ、リロウ。」
そう言って、身体を離すゲイル。

・・恥ずかしいのは、これだ。
はっきり言って女性に免疫など無い俺にとって、
ここまで女性に接近されるのは、ちょっとばかり堪える。
何か良からぬ事を企んでいるのではとも勘ぐってしまう。
無論悪い気はしないし、
魔物娘に限ってそんなことはしないと分かってもいるのだけど。

「なぁ・・ゲイル、さ?
なんで、左手のコレ退けないんだ?」
未だに離れていない彼女の右翼を見つつ訊く。
・・こういう、身体的接触はやはり、こう、あれだ。
いや本当に、悪い気はしないんだけどさ、だけどこう・・ね?
視線を宙に舞わせ色々と戸惑っていると、ゲイルはふわりと微笑む。

「ん・・ああ、すまない。
あまりに暖かくて良い感触だったのでな。」
そして、そう言うとその右翼を俺の手から離す。
「あ・・」
そのゴツゴツしていながらも心地よかった感触が離れていき、
つい、そんな小さな声を出してしまう。

「しかし・・だ。
君の事に興味が湧いてきてしまった。
今は、依頼に集中することにするが・・」
そんな俺の残念そうな声を聞いてだろう。
ゲイルは微笑みを崩さぬまま、こう言った。
「もしかしたら私の中で、君の事を
本当に背に乗せるに相応しい存在にしてしまうかもしれないな。」

「・・それは、どういう?」
その物言いに、少々期待を抱いてしまうのは、男の性だろう。
「さぁ、どういう意味だろうな?」
・・当然、巧くはぐらかされてしまったが。

その後、俺達は明日の朝、
ブロディング草原の入り口の門で集合することにして解散。


夜、俺は自宅でいつもの鍛錬に励んでいた。


矢を持つ指先に力を込める。
狙うは視線の先、木に掛けてある円形の的の中心。
軸を合わせて、先程まで溜めていた力を解放する。
その身を縛るものの無くなった銀の矢は、
赤く塗られているその場所に

トン!

小気味良い音を立てて、突き刺さった。
・・よし・・今日も、よくできている。
さて、もう一矢。
今度は弓を構えずに、指で矢を持つ。
腕を後ろに引き、その反動で矢を放った。
矢は、回りつつ飛び・・

トン!

今度も命中・・しかも珍しくきっちりド真ん中にだ。
いつもは、ちょっと上下左右にブレるのだけど・・まあ良い、
上手くいったならば何も言うことはない。
では、次の一矢・・


・・さて、これで最後にしようか。
しばらく射撃訓練を続けた後、そう思って弓をしまう。
そして的から矢を抜き、矢筒に入れる。
少し続け、最後の一矢を筒に入れ、ふうと息を吐く。
そんないつもの流れだが・・今日はやる意味が違った。
普通なら、単純に自分の能力を確かめ上げるためにする。
しかし、今日は自分を保とうとしてこれを始めたのだ。
何のせいで保てなくなりかけていたのか、それは言うまでもない。

「・・・・」
左手の甲を見る。
今日、あのワイバーン・・ゲイルの翼が乗せられていた所だ。

「もしかしたら私の中で君の事を、
本当に背に乗せるに相応しい存在にしてしまうかもしれないな。」

次に思い出すのはあの言葉。
それを言う彼女には、わざとらしい振る舞いは見受けられなかった。
巧みに隠しているのかもしれないが、もし、あれが素なのだとしたら。

「・・とんでもない、男たらしだな・・」
しかも、頭に天然と付くかもしれない。
あの調子で他の男にも言っているのだろうか、
それならば腹立たしいが・・。
「・・・・・」

どうも、そうとは思えない。
言動はたらしのそれだが、もし、他の男にも言っているのならば、
彼女の取り巻きが何人か居てもおかしくはないはずだ。
だが、居ない、居なかった。
それどころか、ゲイルから他の男に話しかけすらしなかった。
・・となれば・・。

・・本当に、ゲイルは俺に興味が・・

いやいやいや。
首を振って、その考えを振り払う。
これはあまりに都合の良い妄想だろう。
それに、興味があると言っても、仕事仲間としてかもしれないし。
・・じゃあ、背に乗せるって言うのは?
知らないよ、そんなこと。
自問自答を無意識のうちにしていることに気づき、
一旦落ち着こう・・そう思って、空を見上げる。


月が綺麗だった。
全てを包む濃紺の中で星よりも強く、
それでいて優しく漂うような光を放っていた。
・・落ち着く。
これで、隣に誰か素敵な人が居たらな・・。
・・酒を飲みながらボヤくおっさんか、俺は。
ともあれ、落ち着いたことは事実だ。
ゲイルのことはまだ分からないが、考えてみれば
そもそも会ったばかりで分かる方がおかしいのだ。
明日一日だけでも一緒にいることで、
彼女の人となり(この場合竜となりか?)が少しは分かるだろう。
そう結論づけて俺は家の中に入った。
就寝する為だ。
そろそろ寝なければ、明日の依頼遂行に響くしな。


翌日、日が昇り始めた頃。
手甲をはめ、弓と矢筒を背負い、胸と背だけを覆う軽い鎧をつけ、
身支度を終えた俺は、ブロディング草原へと向かっていた。
普通に歩いているはずなのだが、
景色がいつもより早く流れているのを見るに、
俺は、やや急いでしまっているのだろう。
まぁ待たせるわけにはいかないのだ、仕方ない。

少しして、ブロディング草原の木造の門の所に着いた。
明るい色で彩られた、来る者を受け入れる雰囲気が滲み出る大きな門。
そんな門の柱に背中から寄りかかって、ゲイルを待つ。
どうやら、待たせることにはならな・・そ・・う・・
思考がストップする。
ブロディング草原から鱗に覆われた大きなものが飛んできたからだ。
その大きなものは、俺の目の前まで飛んでくると止まり、
着地した後に翼を折り畳んだ。
俺の視界全てを覆っていた翼が、
三分の一以下のサイズにまで畳まれる。

「・・ふぁ・・ん、すまん、待たせたか・・?」

次にそれは、ゲイルの声でそう言った。
「あ・・いや、待ってない、今、来たところ。」
とりあえず、返事をする。
「ふぁむ・・そうか・・ん、ん・・」
カタコトになっているのが自分でも分かるくらいだったが、
問題なく会話にはなったようだ。
「ん・・ふあぁ・・あふぅ・・」
そう思っていると目の前のワイバーンは、翼を再度展開し欠伸をした。
声から察するに欠伸なのだろうというだけで、
傍から見ると、鬨の声を放っているようにしか見えないが。
しかし・・こんなに大きな欠伸をするとは。
もしかして、朝弱いのだろうか。
そう思って訊いてみる。

「ゲイル・・もしかして、朝早いの苦手?」
すると、ワイバーン・・ゲイルは、
口を何回か歯を鳴らして開閉した後、こう答えた。
「うむ・・少し、苦手だな・・。
今日は特別早く起きたのでな・・いつもより眠い。」
「特別早く?そりゃどうして・・」
間髪入れずに訊く。
すると、ゲイルは事も無げに言った。

「んん?それは、あれだ・・私達が倒す事になる教団兵士の、
その受け入れ先というか、後始末というかを頼んでいたのだ。」
「・・・・」
それを聞いて、俺は恥ずかしくなった。
依頼の達成ばかりを考えていて、
その後やそれによる影響のことを全く考えていなかったからだ。
絶句する俺を見て、ゲイルは続けた。

「・・あぁ、気にすることはないよ。
私がやらなくてもリーフがやっただろうし、
もし何もしなかったとしても、誰かが勝手に持ち帰るだろうからな。」
それは俺を気遣ってのものだったのだろうが、
こういう時の気遣いはされると逆にへこむ。
「・・そう、ですか。」
・・まぁ、そうしてばかりも居られないので適当に返した。
それを大丈夫のサインととったらしいゲイルは、そうか、
と言ってその長い首を俺の眼前に垂らしてくる。
・・どうやら、乗れと言っているらしい。

「じゃあ・・よろしく、ゲイル。」
「ああ・・こちらこそだ、リロウ。」
そんな会話を交わしつつ、首に手を乗せてみる。
鱗に覆われていてゴツゴツしているものの、暖かい。
撫でてしまいたくなりそうだ。
そんな思いを堪えつつ、足を掛け首に跨る。
すごい安定感と安心感・・馬とは、まるで違う。
そんなことを思っていると、いきなり体が浮くような感じがした。
ゲイルが、首を持ち上げたのだ。
ゆっくりと、緩慢ながらどこか雄大な動きで首が、顔が持ち上がっていく。

「よし、では・・行くか!」
そして、最初にあった位置まで来ると、
ゲイルはそう言って、翼を一振りする。
その瞬間襲ってきた、体がぐっと押しつけられる感覚。
俺はほぼ無意識に足に力を入れ、
前屈みになり首にしがみつくような姿勢を取っていた。
しばらくすると、今度はふわりとした不思議な感覚が来る。
そして、体全体に当たる冷たい風。
下を見ると、先程までいたところが遙か遠くに。
今気づいた・・俺は空を飛んでいるのだ!

「・・・・・」
初めて見る景色、初めて味わう感覚に言葉を失ってしまう。
口を乾かす風、本当に同じ物かと疑うほどに小さくなった門、
少し上を通る雲、それら全てが初体験だった。
そんな俺の感動が伝わったのか、ゲイルはこう訊いてくる。
「ふふ・・どうだ、初めて空を飛んだ感想は?
全てが目新しく、素晴らしい世界だろう?」
その口振りは、楽しげだ。
楽しさを共有する相手が増えたことを喜んでいるのだろう。

「・・ああ・・凄いな・・本当に、凄い・・
ごめん、もっと上手い言葉が言えれば良いんだけど、
これ以外に言葉が見つからないんだ・・」
素直にそう言う。
事実、その通りだった。
流れる雲、どこまでも続いて見える地平、揺れる視界すらもが心地良い。
それらを纏めて表現する言葉を・・俺は持ち合わせていなかった。

「謝ることはないさ・・そういう素直な感想の方が好ましいよ。
下手に表現しようとして着飾った言葉を使われるよりもずっと、な。」
しかし、ゲイルはそう言って喉を鳴らして笑う。
どうやら、彼女には好印象だったようだ。
「なら良かった・・あんまり、そういうの上手くないからさ。」
ぽろっと出た言葉。
不思議と、撤回する気にはならなかった。

「ふふ、ではデートの時にはあまり期待は出来んな?」
それに、ゲイルはこう答えてゆっくりと進み始める。
わざと言っているのだろうか・・そうだと信じたい。
じゃないと、ずっとこのまま顔が熱いままになってしまいそうだ。


そのまま、しばらくの間進んでいると。
「・・そろそろだ・・期待している。」
急にゲイルの雰囲気と言葉が鋭くなった。
「了解・・任せてくれ。」
つられてこちらも自然と神経が研ぎすまされていく。
同時に、言葉も短く厳しくなる。

「・・二つ訊きたい。
ここから一番近い奴の位置はどの辺りだ?
それと、相手はどれくらいの数だ?」
「そうだな・・近いのはこちらから見て右下だ。
それと数は・・三十だな。」
短い会話、良い感触だ・・何となくだがそう感じる。
会話からでも呼吸が合いつつあるのだろう。

それからもうしばらく・・見えた。
視界の右下、未だこちらに気づいていない様子の教団兵士。
なぜそうと分かったというと、教団印の旗を掲げていたからだ。
「リロウ、お前が最初の矢を打つと同時に私は加速する。」
弓を手に持ち、まだ構えずに目だけで狙いを付けていると、
ゲイルがそう言ってくる。

「了解。」
それに短く答えて、弓を構え矢をつがえて引き絞る。
後は、ぎりぎりまで近づくだけ・・。
ゆっくりと近付いていく・・後少し・・気づかれるか・・?
右下の奴がこちらを見る、良く見えないが狼狽えているようだ。
・・悪いが、射抜かせてもらう!!

指を放し矢を放つ。
しかし、その行方をじっくりと見ていることは出来ない。
「行くぞ!振り落とされるなよ!」
ゲイルがそう言って、一気に加速したからだ。
さっきまでそこにあった景色が一瞬で消える。
・・これが・・ワイバーンの速さか・・!!
戦慄しながらも、風を防ぐべく出来る限り彼女の首の陰に顔を隠す。
体が押しつけられる感触は、先程慣れていたのでどうにかなった。

俺がしがみついたのを確認すると、
ゲイルは翼を畳み先程の兵士の馬の横を駆ける。
横目で見ると、あの兵士は地面に落ちていた。
・・まずは、一人か・・。
冷静に、状況を整理する・・初撃は成功したようだ。

「さぁ、続けてくれリロウ!」
飛びつつ、翼を再び展開したゲイルが言う。
矢が飛んで来ているはずなのに、一つたりとも当たってはいなかった。
それもその筈、ゲイルは翼を展開した際に風を巻き起こしたのだ。
魔力を放ったのか、それとも掴まえていた風を放っただけか、
それともその両方かは分からないが、その風の勢いは凄まじい。
もはや、暴風と呼ぶべきものだった。

「う、う、うわぁっっ!!」
その風に煽られて、教団の兵士が落馬する。
地に落ちるその胴を射抜く、これで二人目。
一瞬遅れた隣の奴の弓を弾き、二射目で胸を狙う・・三人目!
怯えたところを狙う、卑怯と言えばそうだが・・!!
そんなことを言っていられない、これは依頼だ。
考えうる限りの手段を用いて、最高の結果を得る。
それが、依頼達成には最も近いやり方だ。

「それ・・逃がさんよ!」
ゲイルがそう言って、透明な塊を吐き出す。
四人目を射抜いた後、横目で見ると
離れようとした三人の目の前にそれは着弾し、逆巻く風を生む。
その風で、三人は落馬し頭を打った。

七人・・残りは二十三人か。
もはや、俺の中から普通の考え方は抜け落ちていた。
どれだけ効率良く相手を無力化出来るか。
それだけを考えるように、頭が切り替わっていく。
幸い、相手の安全は魔界銀のお陰で考えずにすむ。

「さて、離脱するぞ、リロウ!」
「ああ。」
自分でも分かるくらい、冷たい声。
それに疑問を覚えた様子もなく、
ゲイルは翼を一度はためかせ、再加速した。
飛んできた矢の内、一本がその翼に当たるコースなのを見抜く。
直後、その中程を掴んだ。
コースさえ分かっていれば、そこまで難しいことではない。

・・さて、これをどうするか。
景色が流れる中、考える。
これは魔界銀ではないので、下手すれば死ぬ。
だが、鏃が鉄なのだ・・当たれば確実に無力化出来る。
・・よし。

「・・さあ!もう一度、行くぞ!」
そう言ってゲイルが曲がる。
曲がるその瞬間はスピードがやや落ちるのだから、
相手にとって格好の狙い所だろう。
事実、ゲイルの曲がる位置に狙いを付ける者が一人居た。
だが、相手が狙えるということは無論、こちらも狙えるということだ。
相手が矢をつがえ弦を引き、放す。

ビュッ!

それよりも先に、手先から矢を放つ。
矢は狙い通り相手の足に突き刺さった。
勿論鎧の先、出来る限り傷の付かない場所にだ。
「・・っ」
足を止め呻くのが見えた・・同時にゲイルも止まる。
・・射させてもらう。
射る・・その胸を銀が通り抜ける・・倒れる。
これで、八人。

「っふふ、やるじゃないか!」「当然・・この程度!」
再加速。
次の狙いは・・あの集団だ・・!!


それから、俺達は同じ動きを繰り返して相手の数を減らしていった。
射る、放つ、崩す・・無力化。
俺もゲイルも傷一つついていなかった。
・・これは、ゲイルに流石だと言うべきだろう。
そして。

「これで・・最後だ。」
最後の一人を射抜く。
腹を銀が通り過ぎた直後、倒れる兵士。
・・三十人・・これで、終わり。
「・・ふぅ・・」
息を吐く。
「やっと・・しまいか・・」
呟く。
無駄無く動けたつもりだったが・・結構、疲れてしまった。

「お疲れ、リロウ・・正直、予想以上だ。
素直に素晴らしいと思ったぞ。」
下からかかるそんな声は弾んでいた。
ゲイルも上手く行って嬉しいのだろう。
「いや・・ゲイルの速さと正確さのおかげだ・・」
そう返す・・事実その通りだった。
いかに上手く射抜けるといえど、足が無くては意味がない。

「ふふ・・そうか、では、素直に褒め言葉を受け取っておこう。」
すると、ゲイルはそう言った。
無駄な謙遜をしないのは、彼女らしい。
「ああ・・そうしておいてくれ。」
何気なく首を撫でる。
ゲイルは、グルゥ・・と心地良さそうに喉を鳴らした。


その後、兵士達全員が魔物娘に引き渡されるのを見た後。
俺達は、空を飛んでいた。
当然ながら、戦闘の時よりゆっくりだ。
進路は・・ティニブロ方面だ。
不思議に思っていると、ゲイルは顔を持ち上げてこう言う。
「ああ・・言い忘れていたが、私はティニブロに用があるんだ。
すまないが、少しの間付き合ってくれるか?
嫌ならば今からフェランシアまで送っていくが。」
言い忘れていたからか、その声はやや恥ずかしげだ。

「いや別に良いよ。
実はティニブロに行ったこと無いから、丁度良いし。」
それを可愛いと思いながら、そう返す。
「そうか・・では、行こうか。」
喉を鳴らした・・笑っているのだろう。
そして、彼女はゆっくりと翼を動かした。
爽やかな冷たい風が心地よい。
今度は景色を楽しむ余裕がありそうだ。


それから少しして。
「さて・・そろそろ、降ろすぞ。」
体を丸めつつゲイルがそう言う。
彼女の翼が一振りされる度に、
その言葉通り、地上がゆっくりと近付いてくる。
そして、着地先が木の門の目の前であることに気づく。
その木の門の先には、木の柵に囲まれた家が集まっていた。
ここが、ティニブロのようだ。

「よ・・っと・・」
乗ったときと同じように垂らしてもらったゲイルの首を伝って、
地上に降り立つ。
土を踏むのが随分と久しぶりに感じる。

「ん、グォアアア・・ッ・・」
そんな俺の隣で、ゲイルはみるみる小さくなっていく。
正確には、見慣れた姿へと戻ったといったところか。
先に門をくぐってから振り向き、ゲイルが来るのを待つ。
彼女は門をくぐり俺の右隣に来ると、
畳んだ翼を組みつつにやにやしながらこう言った。

「さて・・出来ればデートといきたいところだが、
私にとって残念なことに、用事があるのでな。
ここで、一旦分かれるとしよう。」
軽口なのか、それとも本気なのか。
そのにやけ顔からは、真意を読みとることは出来ない。
「分かった、じゃあまた後で。」
だから、普通に返した。

「フ・・ああ、了解。」
そう言って背を向け奥の方へと歩いていくゲイル。
大して反応が返ってこないところを見ると、
どうやら、あれは軽口だったようだ。
・・顔を少し熱くしてしまったのが恥ずかしい。


それから俺は、村の中を見て回っていた。
木や藁や草によって造られた家が多い村で、
目に入る主な住人はホルスタウロスやワーシープ、ケンタウロス等だ。
のんびりと時間が過ぎていく穏やかな印象を受ける。
・・ゆっくりしたいときには、ここに来るのも良いかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると。

「・・お。」
ふと目についた一つの家。
矢や弓、矢筒が店先に並んでいるのが見えた。
近付いてみて気づく、店主はエルフだ。
話し方に気をつけた方が、良いか・・?
無意識に身構えてしまっていたからだろう、店主はこう言ってきた。

「・・そんなに警戒しなくても、私は人間嫌いとかじゃないですよ。」
その口元には苦笑が浮かんでいる。
「あ、すいません・・つい・・」
即座に謝る。
幸い、エルフの店主は笑って手を横に振ってくれた。
「ふふ、構いませんよ。
そんなイメージを持たれるようなことをしてきたのが悪いんですから。」

「・・あなたは、どうしてここに?」
気になって言ってみる。
店主は苦笑いを浮かべながら答えた。
「ちょっと、退屈に嫌気がさした・・ってところです。
勝手な話だし、女王様や里の皆には申し訳ないと思いますけどね。」
「へぇ・・」
エルフの世界にも色々あるんだな・・。
返事を返しつつ思っていると、彼女は今度は明るい顔になる。

「でも良いこともあったんですよ?
ここに居れば色々な人と話すことが出来ますし、
噛まれたら終わりってそれだけだった、
ワーウルフとも友達になれました。
それに、ゲイルさんみたいな格好良い方も偶に来ますし。」
それを聞いて少し驚く。
「ゲイルはエルフの堅さが苦手だったはずですけど・・」

店主は、それに笑顔で頷く。
「はい、ですけど私はこの通りちょっと変わり者ですから。
だからゲイルさんも気さくに話しかけてくれるんですよ。」
「ああ・・」
こちらも頷く。
確かに、この店主のような性格のエルフを堅いとは思わないだろう。
あの妙に威圧するような雰囲気も感じられないのだし。

「さ、お話も良いですけどお店ですから。
冷やかしでもいいので見ていってくださいな♪」
そう考えていると、店主はそう言って微笑んだ。
ややわざとらしいのに不思議と不快ではない。
・・成る程、なかなかにやり手のようだ。
「うん・・それじゃあ・・」
とりあえず矢筒でも、そう思って弓を背から降ろしたときだった。

「あの・・その弓・・」
店主の目の色が変わった。
珍しいものを欲しがる商人の性が現れたかと思ったが、それは、
商人の目ではなく・・どちらかというと、エルフの目。
弓に長け、弓のことならば右に出る者はいないそんな者の目だ。
「・・ちょっと、見せてもらって良いですか?」
その目をした店主は言う。
質問系ではあるが、その雰囲気にもはや有無を言わせる気はなかった。

「え・・あ、はい・・」
ややビクッとしつつも弓を渡す。
受け取った店主は弓の両端、
竜の鱗を精巧に模した緑色の部分をまじまじと見つめている。
そして、しばらく見た後俺に向かってこう言った。
「あの・・ゲイルさんを、狙ってるんですか?」

「・・へ?」
気の抜けた声を出してしまう。
それくらいに、質問の意味が分からなかった。
「いや、あの、その質問と俺の弓と何か関係が?」
分からなかったので、こう訊いてみる。
すると店主は弓を俺に手渡しながら、答えた。
「ああ、いえ・・すみません。
結構な珍しい装飾を施してあるものですからつい・・」
その言葉の中に、気になる単語があった。
「・・珍しい装飾?確かに、上手く鱗を模しているとは思いますけど。」
思った通りに、口にする。
しかし、店主は目を少し大きく見開いて手を横に振った。

「・・いや模造品なんかじゃないですよ?
これ、本物のワイバーンの鱗です。
微弱ながらしっかりとワイバーンの魔力も感じます。
・・ううん、人間基準ならそれなりの量にはなる・・?
剥がれたのを貰って作った物だろうと思いますけど・・」
「は、はぁ・・」
初めて知った・・だから何だと言えばそれまでだけども。
しかし、それなら気になることもある。
ワイバーンと言えば魔物の中でも結構上位・・ならば・・。

「あの・・それって、弓を使う上で有利になることってあります?」
店主は、頷く。
「ええ・・弓から使い手に魔力が流れ込みますから。
まず、視力の強化です、それと風を感じ取る能力。
魔力に対して普通の人だったら、主なものはその二つですね。」
「・・凄いな・・弓使いにとっては、必要不可欠だ・・」
呆然として呟く。
まさか、自分が使ってた物がそんなに凄い物だったとは。
「・・あとは、ワイバーンに」
続けて何かを店主のエルフが言おうとする。

「おお・・ここにいたか、リロウ。」
それを遮るようにして現れたのはゲイルだ。
先ほどまで話をしていた店主は彼女を見ると、挨拶をする。
「あ、こんにちはゲイルさん。」
「うん、こんにちは・・もう夕方近いがな。」
それに、微笑みつつゲイルも挨拶を返した。
「まぁ、細かいことは良いじゃないですか。
それよりも、一緒に来た人・・リロウさんって呼んでましたけど、
結構珍しい弓を持ってるんですね。」
「ん?ああ・・しかも、かなりの腕前だ。」

もう、何を言おうとしていたのか訊ける雰囲気ではなくなってしまった。
ワイバーンがどうとか言ってたが・・まぁ、良いか。
ワイバーンに良く効く、とかだったのかもしれない。
ゲイルを狙ってるのかとか言ってたし。
そうだったら、別に聞かなくても良い情報だ。
「・・俺、門のところに行ってるから。」
そう言って、俺は二人から離れた。
・・あれはしばらくかかりそうだからだ。


そろそろ夕日が空の中程に来ようかという頃。
俺は、やっと来たゲイルに乗って空を飛んでいた。
しばらくの間は、互いに無言だった。
喧嘩をしたわけではない、ただそうなっていただけだ。
不愉快ではない静寂。
夕暮れや静かに流れていく茜色の世界を楽しむ。
そんな、帰り道だった。


そして、夕日が沈み終わり視界が藍色に包まれる頃。
「・・よし、二人ともご苦労様。
教団三十人、確かに受け取ったと報告が来ているぞ。」
俺とゲイルは、リーフさんからそれぞれ報酬を受け取っていた。
「リロウ、お前の報酬だ。」
そう言って差し出された袋を、ありがとうございます、と受け取る。
カウンターからの仕事だけあって、それなりの重さだ・・
買いたい物を買うくらいの余裕は出来ただろう、
元より、あまり使う方ではないし。

「ゲイル、こっちがお前のだ。」
満足感に包まれていると、
今度はゲイルが差し出される紐付きの袋を爪に引っかけた。
しかし、俺のものより一割ほど少ないように思える。
「・・なぁ」
彼女も同じことを思ったようで、リーフさんに何かを言おうとする。

「ああ、そうそう特別なのもあるぞ・・これだ。」
しかしリーフさんは無視してそう言い、二枚の紙を取り出す。
そこには、食事券と書いてあった。
「本当は私個人からの食事の贈り物としたかったのだが、
それでは受付としての公平性に引っかかるのでな。
こういう形を取らせてもらった。」
リーフさんは券をひらひらと揺らしつつそう言う。

その言葉に、ゲイルは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「リーフ、まさか私の分が少ないのは・・」
対してリーフさんは涼しい顔のまま、頷く。
「ああそのまさかだ。
そんな顔をするなよゲイル、元はといえばお前が沢山食べるのが悪い。
ワイバーンだから仕方ないと、これでも最大限情状酌量したんだぞ?」
「・・リーフ、もし種族柄がなければどうなっていた?」
恐る恐る、といった様子で訊くゲイル。
訊かれたリーフさんは、そうだな・・と言って腕を組んで目を閉じる。

少しの間。
ゲイルは勿論のこと、俺もそれを固唾を飲んで見守っていた。
俺達二人が見守る中、リーフさんは目を開ける。
「ふむ・・それからさらに二、三割は減っていたな。」
そして、ゆっくりとそう言った。
「な・・っ!」「うわ・・」
その答えに二人揃って絶句する。
再び訪れる間・・。

「・・では、ありがたく受け取っておくとしよう。」
最初に口を開いたのは、ゲイルだった。
どうやら、何も聞かなかったことにするつもりらしい。
「うむ、ご苦労様だった。」
次に口を開くのは、リーフさん。
何もなかったことにするのに乗ることにしたようだ。
「じゃ、俺ご飯ここで食べていきます・・席空いてますか?」
流れ的に、俺も何もなかったことにする。
・・あの雰囲気で指摘できるほど、俺は強くない。


夕食後・・俺達は斡旋所の入り口で並んで立っていた。
「ふぅ・・食べたな・・」
「あ、うん、そうだな・・」
隣で口を開閉させながら言うゲイルに俺は、曖昧な返しをする。

・・どこに入るんだ、あの量が・・。
魔界牛が一頭丸々消えたぞ・・。
いや、旧魔王時代の大きさを考えればあれくらいが普通なのか・・?

「ああ、そうだリロウ。」
そんなことを考えていると、ゲイルが呼びかけてくる。
なんだ?と彼女の方を向くと彼女は不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「昨日からの言葉・・軽い冗談のつもりだったんだがな。」
「昨日からの言葉・・ああ、相応しいとか?」
思いつく節を言うと、ゲイルは頷いた。
「ああ、そうだ。
だが・・もはや冗談ではなくなっているかもしれん。」
そして、こんなことを言う。
「え?それはどういう・・」
その真意を訊こうとするが、ゲイルは俺の隣を通り抜けていく。

すれ違うその瞬間、左頬に当たった暖かい感触。
それが唇だと気づくまでそう時間はかからなかった。

「・・え?ゲイル?」
困惑する俺に向かって、ゲイルは首だけで振り向くと、
その不敵な笑みを崩さぬままこう言ってくる。

「私にとって君が、興味以上の対象だということさ。」
言い終わるが早いか、ゲイルは翼を広げて飛び去っていく。
俺は、立ち尽くしてそれを見守ることしかできなかった。


「興味以上の対象・・って・・」
少ししてから、呟きつつ左頬に触れてみる。
彼女の口が最も近づいていたそこは、まだちょっと暖かかった。



私は、それを顔を熱くしながら見ていた。
お姉ちゃんが男の左脇を通り抜ける瞬間、キスをしたのだ。
男は、立ち尽くしている。
・・良い匂いがする男だ。
お姉ちゃんが惹かれている男。
お姉ちゃんは男を引き付ける物を持っている。
そして、お姉ちゃんに男を見る目がないとも思わない・・だけど。
「あなたがお姉ちゃんに相応しいか・・私が見極めてやるわ・・!」
思わず呟き、爪に力を入れていた。
もし、あの男の本性がお姉ちゃんを傷つけるような奴だったら、
妹として、そんな奴から姉を守るのは当然のことなんだから。


・・私自身がその匂いに惹かれているかもしれないという可能性、
このときの私は、そんな簡単な事すら考えていなかった。
14/11/20 17:26更新 / GARU
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■作者メッセージ
初心に帰ってワイバーンを書いてみました。

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