連載小説
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第一話 放浪傭兵と母探しの少女
がたがたとぶっ壊れやしないか心配になるほど見事に揺れる馬車が止まり、
「兄ちゃん、ついたぜ。」
御者兼隊商のおやっさんがそう俺に言ってくる。ここはローディアナ王国の都市レクターン。かつては魔物狩りも頻繁に行われていたという、ローディアナ王国でも悪い意味で有名な都市だ。
俺は馬車を下りると、イグノー王国との国境からここまで乗せてきてくれた隊商のおやっさん方に運賃を払って、感謝の辞をひとしきり述べた。
「兄ちゃん、本当にここまででいいのかい?」
「ああ、いろいろ見て回りたかったから、あんまり馬車に乗って移動するのもどうかと思ってたんだよ。」
「そうかい、けど気をつけろよ、ここは………」
「『旧王国軍の残党が潜んでるって噂がある』だろ?」
実際そんな話は有名だ、今の女王が即位する前はローディアナと言えば貴族やその庇護を受けた軍人や奴隷商人が幅を利かせていて、かなり住みづらい国だったらしい。
特に差別を受け排斥されていた魔物は容姿の美しさ、権利を認められない「動物以下」の扱いから、奴隷商人や軍人にとっては非常に都合が良かったそうだ。
それを変えたのが、女王アリアンロッド一世。
即位までに大規模な内戦があったことはさておき、ローディアナ初の女王となったアリアンロッド一世は特権階級であった貴族の権力の大半を取り上げ、彼らが奴隷として所有していた人員をすべて解放した。
これに加え旧王国軍の大幅な人員切り捨てや奴隷商人の掃討、そいつらの多くは「収容所」と呼ばれるところに送られたという話だが、「収容所」が魔界やそれにほど近い辺境の土地であるという話は公然の秘密だ。
この一般に「浄化」と言われた体制の切り替えは国民から莫大な支持を得た。
しかしその一方、今まで甘い汁をじゅるじゅる吸ってきた貴族やその手下にはこれを快く思わない連中も多かったらしい、位を追われた元貴族の中には公然と反女王を唱える者や、辛うじて浄化を逃れ貧民街などに逃げ込んだ旧王国軍の兵士を庇護するものもいる。
ここら辺の知識はローディアナに来る前でも簡単に手に入った。
そしてここレクターンにも、庇護を受けた反王女の連中が潜んでいると言われている。
「そうだよ、つい最近も俺の商売仲間が身ぐるみ剥がれた死体で見つかってな、お上も動いちゃいるが如何せん人手が足りねぇってのが現状だよ。」
「そればっかりはなかなかなぁ。」
浄化にも弊害はあった、それが慢性的な人手不足で、今まで軍事・治安を担っていた階級の人間がごっそりいなくなるか反女王勢力に着いたせいで、人手が足りないんだそうだ。
イグノー王国の傭兵ギルドにまで仕事を回す羽目になり、もしイグノーの王子とローディアナの女王が政略結婚しなければさらに面倒なことになっていただろう。
「路銀が足りなくなったら傭兵の仕事すれば稼げるぜ。なんてな。」
気のいい隊商のオヤジは冗談めかして言ったが、俺は割と本気でそうすることも考えてた。
それはともかく、いろいろ回ってみよう。そう俺は決めた。
最初に貧民街に向かうことにした、観光気分ではないけど、話に聞いて憧れた理想郷に近しい人物がどこにいるのかよくわからなかったからだ。
理想郷と言われる幻の地クルツ自治領。
高度な自治意識と、勤勉さを持った住民が暮らし、平穏で安らかに人と魔物が共存しているまさに理想郷と言われるにふさわしい土地であり、すべての食べ物を領内で自給自足してなおも余剰が出るほどの生産性も持っている。
そんな理想郷に行くために、俺は高い金を払ってこの国に来た。
イグノー王国では、クルツ自治領の情報があまりに少なすぎたからだ。
王国の復興に人員や資源を提供しているという話も聞くが、やけに情報が少ない。
「止めてっ! 放してよぉ!!」
物思いにふけっていた俺を現実に引き戻したのは、幼い感じのするそんな声だった。
迷わず走りだし、声のした方に向かう。曲がり角を右に曲がると、そこには三人の男に取り押さえられた幼い少女の姿があった。
「暴れんじゃねぇ!」「口抑えろ、声出されたら面倒だ!!」「胸揉むのは後にしろ!!」
言い争いながら男たちは少女を浚おうとしている、少女もかなり必死に抵抗するが数の差は明らかで、窮地に陥っていることが一目でわかる。
「おい!!」
男たちを怒鳴りつけ、剣を抜いて構えると男たちは俺の方を見る。
「何だぁガキ!」「俺たち王国軍に刃向うのかよ!」「身の程ってやつを思いしれやぁ!!」
飛びかかってくる三人、三対一では不利とはいえ、俺も真面目に戦うほど馬鹿じゃない。
女の子が逃げたことを確認して、俺も背を向けて走り出す。
狭い道を抜け、袋小路に入ると男たちは俺を追い詰めたと思ったらしくニヤニヤ笑いを浮かべて、『綺麗に列に並んで』接近してくる。
「鬼ごっこは終わりだぜ?」「久々に魔物を犯せると思ったのによぉ……」「憂さ晴らしにもなりゃしねぇけど天国見せてやるよ、ギャハハハハハ」
「死地に飛び込んどいてよく言うぜ。」
逃げるのは止めて一番手前の男を一閃、死なない程度に大けがを負わせてからなぎ倒し、後ろから切りかかってきた奴を剣の柄で殴ってから金的を潰す勢いで蹴りつけてぶちのめす。
「ぎょめぇっ!?」
その勢いのまま三人目に取り掛かろうとしたところでそいつが持ってる品物に目を奪われた。金属製で円筒形の先端部、装飾と撃鉄が特徴的な中ほどに、木製のグリップ。
「拳銃っ!?」
瞬時にそう判断した俺は頭を伏せた、発砲音に加え風切音がして俺の頭の上を銃弾が通過すると、男は背を向けて逃げ出した。弾を込めるまでの時間稼ぎだろう。
「逃がすかっ!!」
近くに転がっていた酒瓶を拾い上げ、男の頭めがけて投げつけるが微妙に狙いが狂い、男の頭ギリギリの空間を通過しただけにとどまる。
男がもう一度振り向き、銃を構えたところで
「うりゃぁあああっ!!」
気合一閃、男の背後にあった木箱の影から現れた小柄な少女の棍棒が男の頭にクリーンヒットして昏倒させる。さっき俺が助けた、男たちに囲まれていた子供だった。
女の子は男が気を失っているのを確認してよたよたと棍棒を担ぎ俺の方に走ってくるが、無駄に大きくて柔らかそうな二つの脂肪の塊がバランスを悪くするのか半分くらいのところで綺麗にこける。
「だ、大丈夫か?」
「だいじょーぶ、お兄さんありがとね、助けてくれて。」
慌てて駆け寄った俺にそう言って女の子は立ち上がる、額に生えた二本の角、小柄な体格からしてみるとやや異様に感じられるほどたわわに実った大きな二つの果実。
魔物、それもおそらく希少種のはずのホブゴブリンだろう。
そう言えばさっきこの子を襲っていた連中は自分たちを「王国軍」と呼んでいたし、魔物とするのが久しぶりというような内容のことを言っていた気がする。
つまり本当に、この町にはまだ旧王国軍の残党がいると考えていいんだろう。
「いや別にいい、それより災難だったな。」
「うーんほんとにー、ハロルドに言われた通りキサラギがくるまでじっとしとけばよかったかなー でもそれだとお母さんが危ないかもしれないしなー。」
「お母さん?」
小さな女の子らしい内容の言葉が聞こえたもんだから無意識に聞き返していた。
「うん、お母さん。わたし本当にちっちゃな頃にこの町に住んでたんだけど、悪い奴隷商人に捕まって売られちゃったの。それで、今ならお母さんにまた会えるかもしれないって思ったからここに来たの。」
どこか気楽そうな口調とは裏腹にどうやら、幼さのわりに苦労してきたらしい。
それにしてもさっき気になる名前をいくつか聞いた気がする。
「ハロルド」と「キサラギ」
ハロルドはそれだけで個人が特定できるほど稀有な名前とは言えないが、キサラギという名前が一緒になって出てくれば話が変わってくる。
クルツ自治領領主二代目クロードの息子でありクルツ自治領から派遣された復興支援部隊の指揮官であるハロルド・ラギオンと、女王の腹心の一人である異世界人キサラギ・ヒラサキ。
二人ともかなりの大物だ、目立った活躍はしてないと一般的に言われているが、従軍兵の一人だったレーガン・スピアーズの名著「女王戦争記」でも登場する人物たちの中では真っ先に名前の出てくる人物のうちの二人と言っていいだろう。
「なぁもしかして、君もクルツ自治領の魔物だったり?」
「うん、わたし、クルツ自治領のプラム。」
俺の質問に迷わず良い笑顔で答えてくれた。
「マジかよ………」
それほど運がいいつもりもなかったが、いきなり当たり。
「どうかしたの?」
「ああ………それよりお母さんだよな? 俺も探すの手伝わせてくれないか?」
恩を売っておきたいとかそう言うわけではなく、ただ単にこんな小さな女の子を一人で危険な街に置いていくことができなかっただけだ、実際出くわしたときには浚われかけてたわけだし。俺がついてた方が安全だろう。
「ほんと!?」
「ああ、こんな町じゃ危ないし、一人より二人の方が探しやすいだろ?」
「ありがとう! お兄さん大好き!!」
そういってプラムは俺に飛びついてきた、でかい乳が思いっきり腰のあたりに押し付けられて気持ちいいが、幼女相手に興奮するわけにもいかず無理させない程度に引きはがそうとして
(力! 半端じゃない!!)
俺がホブゴブリンの馬鹿力を舐めてたことを実感させられる、そう言えば鍛えた熟練の冒険者でも一対一でホブゴブリンにがっちり捕まえられたら正攻法で抜け出すのは難儀するんだったか。
どうしたものかと考え、そして俺は不本意ながら図鑑で読んだ対策に出ることにした。
でかい胸を覆う布の中に手を滑り込ませて、乳首を軽くつねる。
「ひぅううううううっ!!」
ビクンと大きく体が跳ねると力も緩み、その隙に脱出する。
「悪い……でもほらつい…な?」
ちょっと性的に興奮してしまった自分を恥じつつも、顔を真っ赤にするプラムを立たせる。
「で、お母さん探しだよな? このスラムにいるのか?」
「………わかんない、でも一番いそうだから。」
要するに、手掛かりはないわけだ。
娘が奴隷狩りにあってなおこの町に住み続ける理由があるのかは多少疑問とはいえもう一度巡り合おうと思ったら一番ここを期待するだろうからやっぱりここを探すのは間違ってないのかもしれない。
「そう言えば俺の方が名乗って無かったよな、俺はロットだ、ロット・イレント」
そう名乗った俺に向かい改めてプラムは「プラムです」とお辞儀をした、小さいのに礼儀はしっかりした子のようだ、クルツの環境が形成する人格なんだろうか。
「とりあえず聞き込みしてみるか。お母さんって、ゴブリン?」
「うん、お母さんは胸小さかったからゴブリン。」
お前がでかすぎるんだろ、そんな言葉を喉の奥に押しとどめて、俺は首を縦に一度振った。
「この町でゴブリンを見かけた人がいないか調査だな、宿はもうとってあるのか?」
「えっと、ハロルドたちのテントを一つ借りてる。」
プラムのその答えに俺は反応に困った、
「今お前なんて言った? まさか領主代行がこの町に来てるのか!?」
「うん、復興支援と反乱を準備してる勢力の一掃のためにクルツからたくさん人を集めてきたの。だから私はそれに便乗して連れてきてもらったんだ。」
「………」
正直驚いた、まさかそんな大事がこの町で起ころうとしてるとは。
凄いタイミングでここに来ちまったもんだ、となるとキサラギが来るって言ってたのもその反乱組織鎮圧のためだろう、不正監査役を任されている女王の腹心までもが参加するってことは相当すごい規模になることが容易に想像できる。
「で、そうなると大騒ぎになってお母さんがどこか行っちゃうかもしれないから、私はその前にこの町に入ってお母さん探してたの。」
「………で、悪い連中に捕まりかけた、と。大人しくしとけよ。」
運良く俺が通りかかったからよかったようなものの、そうじゃなかったら大変なことになってた。
「ごめんなさい………」
しょぼんとした顔が妙にかわいい、クソ、流されるな俺、理性を強くもて。
「あ、そうだ! みんなに紹介したいからお兄さんも一緒に来てよ!」
そう言ったプラムは俺の腕を信じられない力で引っ張って強制的に移動させ始める。
スラムを出て、町を出て、そしてさらに歩いていくと確かに俺が来たのとは別の方角に多数のテントが乱立していた、集団の大半は男だが女もごくたまに混じっている。
「ハロルドー、ただいまー!」
プラムがいきなり数人の男と会話をしていた若い赤毛の男に声をかけた。
ハロルドと呼ばれた赤毛の男はプラムに連れてこられた俺を見て
「誰?」
と即座に訊ねた、少し棘のある言い方で。
「私の恩人で、将来の旦那様♥」
「ちょっ!? おまっ!? 何言ってんの!?」
軽くそんなことを言い出したプラムに対して慌てて突っ込みをしたが、ハロルド領主代行は首をうんうんと縦に振り神妙な顔をしている。
「無事で何よりだよ、いきなりいなくなってみんな心配してたから後で謝るように。」
ハロルドはそれだけ言って数人の男たちとまた話し始める。
「もっと怒られるかと思ってた、えへへ。」
「俺は心臓止まりかけたよ、何言いだすんだ。」
「だって、おっぱい………触ったでしょ?」
あれは不可抗力だ。
そう言いたかったが不可抗力の意味を知らない気がしたのでやめといた。
しんどい母親探しになる気がする、というか、なる気しかしない。
そう思ったせいなのか、少し頭が痛くなった。

13/03/05 17:45更新 / なるつき
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■作者メッセージ
レーガン・スピアーズ
クルツ自治領出身の小説家と言われるが詳細は不明、代表的な著作に女王アリアンロッド一世が内戦に勝利し即位するまでの戦いを記した「女王戦争記」がある。
本名はランス・ラギオン 有名になってしまったら困るという本人の勝手な都合によりランスの活躍はすべて巧妙に他の誰かの活躍にされ、ランス本人に至っては最初からいなかったことにされている。偽名での著作もこれが原因。

果たして 母親発見までロットの理性は持つのでしょうか

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