連載小説
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第二話 母親探しも楽じゃない
プラムに連れてこられたクルツ自治領駐屯部隊の駐屯地、なぜか俺はプラムに連れられてその駐屯地にある大量のテント中を自己紹介して回らされていた。
いるのは殆ど人間で、プラム以外に魔物はいないようにも見受けられる。
人間も多いのは男、女性はあまり力仕事に向いてないと判断されるのか見かけた限りで二三人、むさくるしい環境ではあるけど気のいい人たちばかりのようだ。
一人だけ、妙に睨まれた気がするけどそれは気にするまい。
そしてそれが終わったと思ったら領主代行に呼び出され、少し遅い昼食の席に俺もつくことになった。
「なんか焦らせて申し訳ないね。改めて自己紹介するよ、僕はハロルド、クルツ自治領人間の領主だ。」
俺の思考がフリーズし、食卓を囲んでいた人たちのうちの数人が凍りついた。
「若旦那、冗談ぬかすの止めてください」
「あははは、ごめんごめん、まだまだ現役の父さんを引退扱いするのは失礼だよね。」
若者の一人の鋭いツッコミに対して領主代行は笑って答える。
「話を戻すよ、君はロット・イレント、イグノー王国からクルツにあこがれてはるばる入植するためにローディアナに入ってきた。で、観光半分クルツの情報集め半分に訪れたこの町で襲われてるプラムを助けた。」
「……そうです、そんなところ。」
俺が最後の日と口を口に運んでから答えてもハロルド氏は俺から視線を外さない。なんだか強い目線で領主代行は俺を睨んでくる。疑われてるのが実感できた。
だが俺は疑われるような何かをした覚えはない、そしてまた、周囲の人間は何故かまったく俺たちのことは気にしてないらしい、当事者のはずのプラムですらもぐもぐと自分の食事を頬張っている。
「…………」「…………」
二人して黙って見つめ合っていると、領主代行は手元にあった紅茶を一口だけ飲んだ。
あくまでスピアーズの文献による内容でしかないが、ハロルド領主代行は気さくで社交的な人柄をしていると書かれている、しかし俺の目の前にいる領主代行は何故か少し疲れた、そしてかなり威圧的な目をしている。
「すまないね、つい半年前クルツの領主館が放火されてその犯人がいまだに捕まってないせいで少し気が立ってるんだ、人を疑うなんて、あんまりしたくないんだけど。」
スプーンで一口分のスープを掬い音を全く立てずに口に運ぶ、優雅な所作を見せながら嫌そうに言った。
「領主館に放火………?」
「そう、ツィリアの監視の目が一番効かず、父さんは寝てて、ルミネさんもたいてい外の様子を気にしてない深夜にこっそりと火を放たれた、幸い怪我人は出なかったけど書類が大分燃えたよ。」
ハロルド氏はかなり苦々しげに語る、周囲の皆も同じようにあまりいい顔をしてない辺りそのことは思い出したくなかったのかもしれない。
何より問題なのはクルツ領域内部でそんなことが発生したことだろう。
やっぱり本で読んだ限りの知識だが、俺が知ってる限りでもクルツ入域には特別な条件が必要になる、それが「既に入域して通行証を持っている人間からの紹介」を得て「人間または魔物の領主の審査に基づき通行証を発行される」ことだ。
その条件を満たさずクルツに侵入した人間や魔物はルミネとツィリアの結界に探知され、どこにいようと確実に領域内では探知され捕獲対象になってしまう。
しかし、放火犯はそれをものともせず領主館というクルツの象徴たる建物に放火した。
順当に考えれば、内部犯。
閉鎖的な環境であったがゆえに同胞意識が強いクルツの住民の中に初めて現れた裏切り者。
警戒心は強くなって当たり前だろう、それなら俺に対する態度も納得できる。
けどそれならむしろ、他の「全く気にしてない態度」の方がおかしくはないか。
そう俺が思っていると、さっきもハロルド氏に声をかけた若い男が
「そう気にすることないんじゃないですか? 内域ではランスさんと大旦那、ルミネさんにツィリアさんまで犯人検挙に動いてるんだ、捕まるのも時間の問題っすよ。」
周囲の皆もそれに賛同するように首を縦に振っているが、そんな中でやっぱりハロルド氏だけは険しい顔をしたままだった。要するにハロルド氏以外は自治領の司法をつかさどってきた人材たちの能力を評価して信頼してるわけだ。
「ドヴィー、そう言う考えが隙を作るんだよ。」
ドヴィーと呼ばれた男は「さいでっか」とだけ言って自分の食事を終えると皿を川の方に持って行った。
「今のは?」
「開拓局のドヴィー、この部隊はクルツの人間の中で公務員に当たる人間を業務を停滞させない数選び出して派遣してる集団だから、いろんな業種の人間が集まってるんだよ。」
そう言ってハロルド氏は少し困った顔をする。どう扱えばいいのかわからないんだろう。
そう言えばあのドヴィー、さっき俺があいさつ回りに行ってた時に俺のことを睨んできた奴だったか。
俺の勘違いだといいんだが、少し怪しい。
いや、睨まれたのを根に持ってるわけじゃない、断じて違う。
「ご馳走様でした。」
ハロルド氏は合掌しながらそう言ってから、皿をさっきのドヴィーと同様に川の方に持っていく、さっきの合掌はジパング式の食後の挨拶だって話だ、イグノーでもたまにしてる人がいるしどこかから伝わったんだろう。
いや、ソラ・サンジョが伝えたのか。ジパングに似た文化のある国の出身だと聞く。
「あー、お腹いっぱいー ロットも食べ終わったんでしょ? 一緒にお皿洗いにいこー?」
「あ、ああ」
いろいろ考えてたから席こそ立たなかったけど俺の食事はハロルド氏やプラムよりずっと早く終わっていた、傭兵たるもの半人前でも常に動けるよう食事の時間は最小限にしておくべきだと俺の尊敬する先生に教えられたからだ。
「もう一回お母さんのことについて聞き込みに行こー?」
その言葉に俺が首を縦に振ると、横から様子を見ていたドヴィーが
「俺も手伝おうか?」
と口を挟んできた、しかしプラムは「や」と一言だけ答えて皿を洗いに行く。
イラついた眼でプラムを睨むドヴィーを俺は目で牽制しつつ、一緒に皿を洗いに行く。
用意されていた海綿を受け取り、皿をごしごしと洗っていく。
横をちらりと見ると、とんでもないもんが目に付いた。
プラムの身長に見合わない大きな胸が腕に力を少しこめて皿を洗うたびにプルンプルン揺れるのだ、これは反則的に目に悪い。
慌てて顔をそむけてまた洗いだすと、
「ロットはさー、何でレクターンに来たの?」
そう隣から聞いてきた。
「俺が馬車に乗らせてもらってた行商隊が寄る一番大きな町がここだったんだ。だからここで降りた。」
出来るだけ胸を見ないように注意して質問に答える、だが胸囲の吸引力にチラチラ目が行ってしまう、むしろ凝視した方が疑われないんじゃ……いやそんなわけにはいかん。
「あぶないってー、思わなかったの?」
「思ったけど、何とかなるだろとも思った。」
正直なところここまで大きな事件に巻き込まれるとは思ってなかったが、そのおかげで楽にクルツに入植できそうなのはある意味良かったと思うべきか。
「ところで、なんでお前ドヴィーが手伝うって言い出したらすぐ『嫌』って言ったんだ? 協力する奴は多い方が良いんじゃないのか?」
「……あたし、ドヴィー嫌いなのー。」
能天気ながら真剣さも感じさせる口調でプラムはそう答えた。
「嫌い?」
「うん、なんかよくわからないけどあの人に近づいたらいけない気がするの。」
つまり理屈ではなく本能か何かであのドヴィーから距離を取ってる、ということか。
確かに善人に見える奴ではなかったけど印象だけで嫌うのはどうかとも思う。しかしその一方で、魔物の観察眼は甘く見てはいけないとも同時に感じている。
「開拓局のドヴィーか、ちょっと様子を見ておいた方が良いかもしれないな。」
失敗は許されない。なんて状況ではないが不安の種は潰しておいた方が良いだろう。
「ほらー、町に行こうよー。」
ぐいぐいと俺を引っ張ってくるプラムに連れられ、考え事をする暇もなく俺はレクターンの町に再び繰り出すことになった。


レクターンの町並みは思ったよりも賑わっていた、中央通は特に人が多く、買い物をする人々や物を売る人々でにぎわっている。行商のおやっさんたちもここにいるのかと少し辺りを見回してみたが、見つけられなかったのであきらめた。
「はぐれるなよ?」
「うーん、ぎゅ―――――――――――」
プラムが俺の腰にしっかりとしがみつく、勿論でかい胸が顕著に押し付けられ、腰のあたりに至福の快感が襲い掛かってくるがもちろんおっ立てるわけにはいかん。
顔面に力を入れ逆に下半身からは力を抜き、必死に股間に血が行かないよう抑える。
「あれー? ロット顔真っ赤だよー?」
(主にというか完全にお前のせいだよ)
足を一歩踏み出すたびにプラムが揺れて俺の背中に、俺の背中におっぱいが!
「この子の母親、魔物なんですけど……心当たりありませんか?」
湧き上る煩悩を抑え、目についた露天商のおっちゃんに声をかける。
「うーん……悪いけど分からないなぁ、俺は魔物自体に殆ど会ったことがないんだよ。この都市の魔物は殆ど昔の奴隷狩りで連れて行かれたらしいからね。」
「そうですか、すいません。」
申し訳なさそうな顔のおっちゃんにそう言ってから、近くで芸を披露していた若い男に今度は
「このあたりで魔物の多いところってどこですか?」
と聞いてみた、奴隷狩りを逃れた魔物がどこかに寄り合って生活してる場合もあるだろう、そこにプラムの母親がいるかどうかは別として、何らかの手がかりくらい見つかるかもしれない。
「魔物ォ? ほとんど奴隷狩りで連行されてったんじゃァね?」
「さいですか、これは失礼。」
あてにならなかった、まあ、あんま期待はしてなかったけどよ。
話を聞く相手をある程度目星をつけておかないと、やみくもに聞きまわっていても却ってよくない気がする、昼くらいに俺が倒した三人組のこともあるし、王国軍の残党連中にも警戒されてるはずだ。
で、やっぱり魔物を知ってる人が多そうなのは貧民街だろうか。
治安が悪いし、旧王国軍の残党も紛れ込んでそうだからあんまり行きたくないんだが。
「スラム、行ってみるか?」
「ロットに任せるよー。」
任されてもらっても困るわけだが、任されたのなら行ってみるとしよう。
プラムをお姫様抱っこし、大通りを抜け東に向け移動する、背中にくっつかれると気が休まらないし手を離してるとはぐれそうで怖いし手を握ってるだけだと満足いかずに引っ付いてくるから本当に困る。
「この子の母親を知りませんか?」
路地裏で目の前に空いた箱を置いてボーっとしている老人に声をかけた。しかし返答がなかったので仕方なく俺が箱の中に手持ちで一番額の低い貨幣を投げ入れると首を横に振った。腹が立ったが、時間を無駄にしないことにする。
「クソ、全然手がかりなんてねーじゃんか。」
聞く相手を結局選んでないってのもあるが、スラムには思った以上に人が少ない。
「おい、そこの。」
左から声をかけられたかと思うと、そいつはいきなりナイフを俺に向けて
「死にたくねーなら有り金全部おいてけ。」
と言ってきた、その後ろでさっきの爺さんが立ち上がって俺たちのことを見てるから、たぶんグルだ、あの爺さんが金を持ってる相手を選別して、持ってるやつからこいつが恐喝して奪っていく。
「イグノーでもいたなぁこんな感じの。」
自慢じゃないが生まれも育ちもよろしくないので、こういう手合いとは何度か喧嘩してる。
プラムを抱きかかえたまま足で右手を蹴り上げ、ナイフを弾き飛ばす。男は俺が予想したとおり争いに慣れた人間じゃないらしく、そのまま簡単に蹴り倒して制圧する。
「刺せないのが見え見えだ、相手を殺していいと考えてたら最初から殺しにかかる。」
「おー かっこいいー」
俺の腕の中でプラムが感心するが、このくらいは場数を少し踏めば出来て当たり前だ。
「で、魔物知らないか? いそうなところとかよ。」
「し、知らねえよ!」
男は首を横に振る、完全に無駄足だったらしいのでかなり真剣に腹が立ったから
「痛い目見とけ」「ぎゃぁ!」
力いっぱい頭を踏みつけて気絶させる、殺しはしてないしそのうち目が覚めるだろう。
周囲に人の気配はなし、どうしたものかと考えているとプラムの服の一部が光り出した。
「あ、誰かから連絡だ。」
そう言ってプラムが服の下から木製の板らしき何かを取り出す、するとそこから
『二人とも、もうすぐ日が暮れるし、今日はもう切り上げて明日からまた探してくれ、夜は特に危ないからね。』
と、ハロルド氏の声が響いた、どうやら何らかの魔法で通信できるらしい。
「わかったー、じゃあお姫様抱っこのまま帰るねー。」
「ちょっとお前何言ってんの!?」
俺がそう反論するよりもずっと早く、プラムの腕が俺の首回りに絡みついて離れられないよう固定してくる。
おのれ……策士め、今日一日でわかる限り普段は恐ろしくとろい癖に。

13/03/26 20:00更新 / なるつき
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■作者メッセージ
開拓局
かつてのクルツ自治領南部開発局が二年前の女王戦争後改名された 職員は据え置き
住宅・農業用地の拡大のための仕事のほか現在は港をつくるための土木建築や自然環境維持・建材確保のための植林業務も兼務している。職員も大幅に増え二年前の倍近い百三十八人になった
局長兼統括はランス・ラギオン、副長にロイド・ストライ

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