連載小説
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惚れた過去
三人が隊長からプレゼントを貰ってから、3日後。


・・全く隊長にも困ったものだ。
どうして、あんなにも鈍感なのだ。
4つの足を闘技場へと向けて動かしながら、私は嘆息していた。
強く、清く、そして、優しい隊長。
ケンタウロスの例に漏れず、私だって誇り高いつもりだ。
でも、隊長はそんな私の心を射抜いた。
正確には、私が、元々は見下していた人間の中の
隊長に心を射抜かれてしまったのだ。
あんなに鈍感なのに・・。
と、ここで自分がもう闘技場に着いていたことに気づく。
・・急ぎすぎたか。
そう思い、壁に槍を立てかけ足を折り座る。
自然と思い出していたのは、あの日のことだった。


あれは確か、私がまだこの団に来て間もない頃だったか。
あまり人と馴れ合う気になれず、
ただ一人、訓練場で鍛練を重ねる日々。
つまらなくはなかった。
むしろ、自らの槍さばきを洗練していく事は、
私にとってとても楽しくすらあった。
ただ、一心不乱に訓練に打ち込む私を見てか、
はたまた、模擬戦での惨敗を悔しがってか(おそらくは後者だろう)
私に難癖をつけてきた男達がいたのだ。
曰く。
「新人のくせに、先輩に勝つなんて生意気だ。」
「まぐれ勝ちだ。」
「手加減してやったから勝てたんだ。」
・・思い返してみても、下らない。

そんな下らない理由で私の鍛錬を止めたのか。
心から下らないと思ったし、少々怒りもこみ上げてきていた。
だから、言った。
ーーそんなに言うのならば、今この場で私とやるかーー
その瞬間、男達の目がつり上がるのが見えた。
下衆の目だった。

戦いが始まって、三分後。
男達は床に倒れ伏していた。
弱すぎた、あまりにも。
ーーこれに懲りたらーー
そこまで言った時だった。
視界がガクリと揺れて、立っていられなくなったのは。
体に力が入らない。
足がガクガクと震え、
槍を支えにしても立ち上がることすら出来なかった。
そんな私を見て、男共は言った。
「へへ、調子に乗るからこうなるんだ。」
その手を見る。
持っていたのは、小さな短剣だった。
あの短剣だけは蹴ったとき足に食らったのだったか。
良く見ると、先端には何かが塗られている。
「しかしまぁ、良く耐えるよな、ギルタブリルの麻痺薬にさ。
本当なら、もう槍すら立てられねえはずなのに。」
「まぁ、効いてるんだし良いんじゃないですか?」
口々にそう言いつつ立ち上がり近づいてくる男達。
その薄ら笑いを見て、私は本能的に何をされるかを悟った。
やめろ、来るな、嫌だ、
お前達のような下衆に汚される為の体ではない、
もっと、ケンタウロスの誇りに相応しい者のための体なのだ、
だから来るな、止めてくれ、誰か!
そう思うが、もはや口すら動かすことができない。
とうとう私に、男共の手が伸びた・・その瞬間だった。

「・・おい。
それ以上やったら、お前の喉をこいつで刺すぞ。」

そんな声が聞こえた。
鋭く、怒りの混じっている声。
同時に、男共から感じ取れたのは狼狽。
なんだろう・・重い頭を上げ、前を見る、そこには。

男の喉元に、槍の穂先をあてがい、
男共を睨みつける一人の見知らぬ銀髪の男がいた。

「な・・なんだ、お前は!」
「・・リューナ。
ここに新しく来た隊長だ。
所属は魔物娘の隊、隊員はまだ未定。」
槍を一寸も動かさず自己紹介をする男。
その体からは、殺気が滲み出ていた。
これ以上、そのケンタウロスに近づけば、殺す。
気配はそう言っていた。
助けられているはずなのに、私は戦慄を覚えていた。
こんな気配を出せる者が、人間にいたのか、と。
男共はというと。
「な・・なんだ、よ、お前は・・」
男共は驚愕を通り越して、もはや恐怖していた。
言葉は勢いがあるが、体は震えている。
当然だ。
ろくに鍛えもしない奴が、この気配に耐えられるわけがない。
そんな震える男共に対して、男はただ、一声。

「・・怖いなら、さっさと何処かへ行け。
あまり気は長い方ではない。」

その声で、男共は、蜘蛛の子を散らすように出ていった。
銀髪の男はそれを見ていたが、やがて、こちらを見る。
・・力強い目だった。
さっきの男共などとは違う、本当の男の目。
誇り高く、自らの信条を貫こうという光。
私の心は、それだけで揺れていた。
そんな目は見たことが無かったからだ。
そんな目を持つ男は、柔らかく笑うと言ったのだ。

「・・魔界銀だから、殺せはしないのだがな。
・・ああそうだ、大丈夫か?
遠目から見て、そういう状況を模してるのかと思って、
助けるのが遅れてしまった・・すまない。」


・・思えばあの頃から、隊長の勘違い癖はあったのだな。
それでも。
それでも私は惚れた。
他の男とは違う、あの気高い瞳に。
そういえば・・アレスは、どうして惚れたのだろう。
いつか訊いたことはあったはずだが・・。


「ふーんんふー・・」
鼻歌がつい漏れてしまった。
それに気づき恥ずかしくなって赤面する。
全く、これは隊長に私達の想いを知らせるために仕組むことなのだぞ。
だから、その、もっ、ぎ、戦とか、そう思って興奮するのは場違いだ。
とは、思うものの。
〜〜〜♪・・ハッ。
つい尻尾を振っていた、それも無意識に。
・・だって仕方ないだろう。
隊長に惚れたのも、模擬戦だったんだから。


あのとき私は退屈していた。
訓練だけでは、と思い参加してみた模擬戦。
レナスやピリアのようになかなかに骨のある者はいたものの、
基本的には10分持たない弱い者達ばかりだったからだ。
無論、ピンからキリまでいたし、
私だって負けてしまうことはあった。
しかし、それでも良いところまでは行けた。
もっと強くなろう、この相手をいつか越えるのだ・・
そう思えるような結果に出来ていた。
しかし。

思い出すのはあのときのリューナ隊長。
と言っても、隊長の「力」自体はそんなに強くなかった。
いや、むしろもしそうであったならどんなに楽であった事か。


行くぞ!
そう言って地を駆ける。
狙いは目の前の銀髪の男の頭部。
私は、初めから全力で一気に勝負をつけるつもりでいた。
猪突猛進、なのではない。
私なりに考えた結果だ。
長引けば、それだけ相手に手の内を見せることになる。
手練相手に手の内を多く見せることは、出来ない。
手練は見た物に対して、すぐさま対策を立てるからだ。
だから、一気に大上段から振り下ろした。
初撃にして、最大の一撃。
いや、正確には最大に見せかけた一撃。
男はこちらの思惑通り、
槍を真横に構えて、真正面からガードしようとした。
後はこれを弾き飛ばし、勢いのまま尻尾を振ればいい。
それで、勝負はつく。
狙い通り、槍を下方向に弾いた。
後はこのまま流れで尻尾を叩きつける!

ブンッ!

しかし、私の尻尾に何かが触れた感触はなかった。
・・どういう事だ!?
狼狽する。
必殺の、最善のタイミングだったはずだ。
それなのに・・!?
目の前の光景を見る。
信じられなかった。

「・・っ・・危なかったな・・」
そう言う男の手には、先程と同じく銀の槍があった。
しかし、男の位置が違う。
至近距離にいたはずなのに、今はやや離れた位置にいる。
・・一瞬であの距離を移動した・・?
あり得ない話だ。
筋力を強化できるほどの魔力も感じないし、
そもそも、魔法を使った痕跡がない。
・・?地面が抉れている・・まさか。
この男はまさか・・!
槍の穂先を見る。
予想通り、そこには土が付いていた。
穂先全てが薄い褐色になっている。
・・この男は、弾かれた瞬間槍を地面にほぼまっすぐ突き刺し、
反動だけで尻尾を避けて見せた・・ということか?
バカな・・だが、そうとしか考えられん。

「そろそろ、こっちも行くぞ!」
驚いている私に、男は駆ける。
男はかなりの速さで迫り・・そして跳躍した・・


そこからはずるずると長引かせられて、
結局負けてしまったのだったな。
思い返しても、隊長の戦士としての技能には驚かされる。
力押しでなく、技量で私が初めて負けたのだから。
そう言えば、レナスも戦士として惚れたと言っていたな。
ピリアはどうだったのだろう?
彼女は強さだけの者に惚れるような性格では無い筈だが・・


ふぁ・・ふぅ・・。
あっと、いけないいけない。
これから隊長に模擬戦申し込むっていうのに、
欠伸なんかしてたらだめだ。
・・ああでもなぁ・・
皆もうちょっと片付けに気を遣ってくれればなぁ・・。
結局、昨日もレナス達に片づけ手伝ってもらったし。
オーガさん達にはもうちょっと気遣いが必要だよ、全く。
さんざんに散らかしてっちゃうんだから。
・・にしても、片づけか。
そう言えば隊長としっかり話したのも、
片づけの時が最初だったっけ。
あれは確か、隊長が来た丁度その日だった。
まだ誰が隊長なのか知らされていなかった。
あの日の夜も確か、私は片づけをしていて・・


だぁ〜もう・・せめてサンドバッグくらいは
片付けておいて欲しいなぁ・・。
これ結構重いんだよ・・?まったく。
愚痴を言いつつ私はサンドバッグを立てる。
いくら魔物だとはいえ、オーガとかとダンピールじゃ
力が違うって・・のっ!
ふぅ・・これで、こっちは全部終わりかな・・。
見回り兼片付け係なんてなるものじゃないよ、本当に。
・・ま、決まったものに文句言っても仕方ないか。
せめて新しい隊長さんが良い人であることを祈ろうっと。
さて、後はあっちの方か・・いつも手間取るんだよね・・。
ゾンビとかグールとかが多いからなぁ・・。
思いつつ、私は足を踏み入れた。
・・アレ?おかしいな。

いつもと全然違う。
投げ捨てられている筈の武具はきちんと立てかけられている。
盾も、槍も、剣も、斧も。
だけど、私以外に係りになった人は居なかったはずだ。
一体誰が・・?

「・・ん。
もしかして、見回り兼片付け係のピリアか?」
ひゃぁ!?
後ろからかけられた言葉についそんな声を出してしまった。
いやだって、夜だよ?仕方ないじゃん?
暗い中いきなり後ろから声かけられたら、誰だって驚くよ。
「すまない、驚かせるつもりはなかったのだが。」
・・あ、いや、すいません、こっちこそあんなに驚いて。
謝りつつ振り向く。
そこには銀髪の男が立っていた。
右手には、槍を三本程持っている。
全て支給用の安物・・って言ったら怒られるけど、それだった。

・・もしかして、あなたが片づけをしてくれてたんですか?
そう訊いてみる。
男は「ああ」と答えた。
頑張ってればこういう良いこともあるんだなぁ、
と軽く感動していると、男は続けていった。
「まぁ、仮にも隊長なのだから、
係だけに任せっきりにしておくわけにもいかない。」
・・え?新しい隊長って貴方なんですか?
「ああ、そうだ・・リューナという。
正式紹介は明日だ。」
へぇ・・。
改めて目の前の男を見る。
並以上の実力があるのは容易に見て取れた。
レナスやアレスは喜ぶだろうなぁ・・。
あの二人、そろそろ新しい相手が欲しいって言ってたし。
にしても。
正式紹介前から見回りに来るとは、しっかり者の隊長さんが来たな。
そう思った。
そのときはそれだけだった。


次の日の片付け。
気持ちが浮ついていたからだろうか。
私はヘマをやらかした。
とは言っても、人に迷惑をかけた訳じゃない。
ただ・・棚の近くを通るときに不注意だっただけだ。
それは槍が片付けられている棚だった。
棚は棒によって微妙なバランスを保っていた。
んだけど、私はよりにもよってそれにつっかかって、転んだ。
転んだだけなら、良かったんだけど。
ガラガラと音を立てて倒れかかってくるのは、当然ながら槍達。
中には短めのも、丁度私に突き刺さりそうなものもある。
体を動かそうとするが、思考の冷静さと裏腹に、
体の動きはまるでダメで、じたばたと手足が動くだけ。
そうする間にも、輝く穂先は私に迫ってくる。
・・痛いのかな・・魔界銀って言っても、やっぱり。
・・ささるのかな・・それは、やだな・・。
やけに冷静にそう思いつつ、覚悟して身を堅くする。
続いてガチャンという金属の倒れてくる音。

・・アレ?全然痛くない。
恐る恐る目を開ける・・するとそこには。
「・・大丈夫か?」
そう言って、倒れてくる槍を自らの槍を一文字にして受け止める、
リューナ隊長の姿があった。
た・・隊長!?
驚いてそんな声を出す。
本当なら、ありがとうございますと言うべき場面なのに。
だけど、そんな私に隊長は微笑んだ。
「・・驚けるなら、大丈夫なようだな。」
そう言って、ゆっくりと槍達を降ろす隊長。
良く見ると、受けきれなかったようで二、三本刺さっていた。
・・隊長・・
心配になって声を出すと、隊長はこう言った。

「気にするな。
さして痛くはないし、お前を助けられたのならば、
この程度どうという事はない。」


っくぅ〜・・。
思い出してもかっこ良いなぁ・・!!
あれこそ、頼れる男隊長って感じだよ!
あのときに私は惚れたんだったなぁ・・。
と、そこで顔面に降り注いできた光で、
自分が闘技場に付いていたことに気がついた。
見れば、アレスもレナスもいる。

「・・む、来たか。」
「後は隊長を待つばかりだな。」
そうだね、と言葉を返す。
今日こそ、対決の後にあの優秀鈍感隊長に想いを伝えるのだ!


30分後。
「・・来ないな。」
「・・来ないね。」
「・・約束を忘れる・・は、あり得ないか。」
彼女たちは困惑していた。
約束の時間を20分過ぎたのに、隊長が来ないからだ。
どうしたのだろう・・そう考える彼女たち。
そこに、エキドナが通りがかった。
彼女はレナス達を見るとこう訊く。
「・・あら、何してるの?」
彼女たちは答えた。
リューナ隊長を待っています、と。
すると、次の瞬間エキドナの口から驚愕の事実が告げられた。


「あら・・
リューナちゃんなら、部屋で寝込んでいるって聞いたけど。」


14/10/30 22:46更新 / GARU
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■作者メッセージ

次回は、看病編です。
正直、待ってた人なんているんだろうか。
ハーレム鈍感って難しい・・。

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