連載小説
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『茶所"豊泉"にてブルーベリー大福を食す』
「……ふぅ……」
吐く息が適度に白くなる、幽かに雪がちらつく、ジパングの一角。手袋越しに息を吐きかけつつ、私は白化粧が完了した街並みを眺めながら、一人歩いていた。
場所は宵乃宮。前回来たときは確か去年の残暑厳しい秋だったからまだ半袖の人は見られたっつか半袖だらけだったけど、流石に今回はそれは見られない。代わりに見られるのは……。

「くらえー!」
「きゃっ♪やったなーこのこのー!」

……厚着した子供達による雪合戦だ。子供は風の子元気な子ね。雪のバリケードも作ったりして、回避と攻撃を繰り返すリトル・リトルウォー。石を混ぜる子も中にはいるらしいけど、ここには存在しないみたいね。いいことよ。


『たろ〜をすやすやねかしつけぇ〜♪
こんやもしらゆきふりつもるぅ〜♪
じろ〜をすやすやねかしつけぇ〜♪
こんやもしらゆきふりつもるぅ〜♪

ア、そ〜れ♪
え〜いや〜らや〜れさっ♪
え〜いや〜らや〜れさっ♪
え〜いや〜らや〜れさっ♪
ほっ♪ほっ♪ほっ♪

ア、そーれ♪
え〜いや〜さや〜れさっ♪
え〜いや〜さや〜れさっ♪
え〜いや〜さや〜れさっ♪
ほっ♪ほっ♪ほっ♪

……」

……屋根の上ではこれまた厚着をした男達が歌いながら屋根の雪下ろしを行っている。場所によってはこれをしないと雪の重みで潰れるらしいから、この作業は必須なんだろう。よく見たら大人達に混じって一部の子供達が協力して雪下ろしを手伝っている。こうやって生活に根ざした文化は継承されていくのだろう。……でも今のままだと雪の降ろし手が不足するんじゃないかしら?なんて私の思いは、割と女達もこの作業を手伝っていることから別に問題ないことを理解した。あ、狐尻尾で無精した妖狐が一人屋根の上を雪と共に滑り降りて……あらら。雪溜まりに肌色の雪ダルマが。
「……ふふっ♪」
流石に青姦をするような猛者がいないのは良いわね。この風景が興醒めの代物になっちゃうし。……まさか雪の中でやったりしてないわよねぇ……まぁ、それはないと思いましょうか。
ちらちらと舞う粉雪が、私の肌に触れてはちょっとちくっとする痛みを与えてくる。きっと手袋を外したら割とすぐに霜焼けになってしまうでしょうね。……と可愛い娘ぶって言ってみたけど、そこまで私、ヤワな体はしていないわけで。風情が大事なのよ、格好も風景も。
「……まぁ、こう見てみると、何処も冬の街は変わらないものねぇ……」
……うん、魔界化した土地でも似たようなものだったわ。精霊の力を使ったり魔力を使ったりして雪掻きしたり、子供達は雪合戦。オーガやアマゾネスは張り切って屋根の雪下ろし。たまに雪上セックスをしている雪女さんとかダークプリーストとかもいたりしたけど、それは例外。あくまで例外よ。あれがノーマルスタイルだとは認めたくない……。
なんて余所事を考えつつ、すっかりしっかり閉ざされた家々の戸を横目に雪の中をまっすぐ歩く私。傘でもくるくる回したらそれっぽい風情が味わえたかもしれないかしら?……でもああいうのはおしとやか系の性格の娘がやらないと無理ね、合わなすぎる。少なくとも私のような食欲に忠実な大食らいがやることじゃ……?

「……あれ?」

ふと、私の視界に見覚えのある影が……というか……あの耳に、ちょっと厚着だけど間違えようのないスタイル……妖狐。尾の数は……雪の所為で見づらいけど三本あるわね……。確か『あの店』の店長も尻尾は三本だった筈……。
と、向こうの影が止まり、私と同じように何かを思い出そうとしている格好をする妖狐。ここからは歩数と記憶力の勝負ね……当然、先に叫び声をあげた方が勝ちの勝負。正直私はあまり自信がない。知り合いとかなら兎も角、一度店で感動を味わっただけだと……ねぇ。
一歩、一歩。雪が先程よりもやや強くなったこの宵乃宮で、私達は互いを視界に納めつつ……確信を得るべく歩き近付いて――。

「――あぁ、やっぱり一度ご来店されたリリム様じゃないですか!」

――負けた。そしてやっぱり予想はしていたけど正体ばれてーら。
「……"狐路"の店主様、その節はどうも」
美味いもの食わせていただきましたっ、とは流石に言わない。それを言おうものなら躾に厳しい姉の一人からお説教を頂くことは半ば既定路線だからだ。
「いえいえ、私はお客様を心からおもてなししただけですから。美味しく味わっていただけただけで、料理人冥利に尽きます」
ぺこり、と丁寧に頭を下げる店主。その一つ一つが洗練されている。素敵だと思った。『おもてなし』を真に実践する人は普段の他者に対する立ち居振る舞いにも現れるというけど、まさにそうじゃない。
こちらこそ、と頭を下げると、そこでようやく互いのお辞儀合戦は終了した。まぁこの寒空の下、長居する場所でないのは確かよね。
「ところで、この冬の宵乃宮にリリム様は」
「ナーラ」
「……はい?」
「私の名前よ。様付けもいらないのでそのまま呼んでね。この町にまた来たのは……前にお土産に買ったお酒を知り合いのアカオニが気に入ってね、ちょっと交渉しようと思って」
まぁ、無理だったら素直に引くけどね。彼女の指定が『樽でくれ』だけど、流石に樽で渡すような奇特な杜氏はいないでしょ。そっちで生産できちゃうじゃない。
あと変に敬意を払われるのも苦手なのよね。私は確かに王女ではあるけど、それは本名を名乗るときだけ。普段は旅喰い好きのナーラで居たいのよ。
「は、はぁ……」
まぁそんなこと言ったら変わり者に見られるわよね。間違ってはいないから気にしないけど。それより。
「……ここで立ち話するのは流石にどうかと思うし、どこか入れるお店を教えてもらえるかしら?料金は私持ちでいいから」
何かまた雪が大きくなり始めたし、雲行きも少し怪しいしねぇ。周囲の雪を溶かさない程度に魔力で覆っている私は兎も角として、魔力が散逸しやすい妖狐にはちょっとキツいんじゃないかしら。
なんていうのは理由の一面。もう一つは……店をやるくらいだし、美味しいお店の一つでも知っているかもしれない、という期待からだ。真の料理人は同業者の傾向もそれとなく知識に入れているものだと私は考えている。その見立てで行けば、まず間違いなく彼女は知っているだろう。

「……一応候補はあるのですが、この雪なので開いていないと思いますよ」

……天候都合の休業という要素を考慮してなかったわ。そうよ。確かに客足が望めない以上店を開くメリットはないわよ。事前アポを取って借り切る事を考えておくべきだったわ……不覚。
……って、段々ボタン=スノウもいいところの大きさになってきてるんだけど。えぇい、不躾だけど聞いてみるか。
「……営業していなくてもいいので、"狐路"に避難させてもらってよろしいですか……?流石にこの雪の中立ちっぱなしはお互いに辛いので……」
私の提案、寧ろ懇願に店長さんは少し考え……何かを指折りしていた。何かを考えているらしい。……懐から紙を取り出して……ほうほう、ジパング語で何か書かれて居るみたいね……材料?
「……よし」
そしてそれに幾つかチェックを入れ……私にいい笑顔で向き合ってきた。これは、何かいい交換条件でも思いついたのかしら……。

「……ではナーラ、お節料理を作るのを手伝って頂けませんか?」

「……オセチ?」
私の目が、点になった。

――――――

「……成る程、ジパングの習俗の一つなのね」
私もこちらで学んだんですけどね、と店長さん――安芸(あき)さんは鍋で豆を大量に煮ていた。黒い豆……ジパングではクロマメといって年明けに砂糖などと煮た物を食べるらしい。まめまめしく生きるため……何かジャイアントアントが喜んで食べそうね。
しかし、まさか針と一緒に豆を煮るなんて思わなかったわ……安芸さん曰く、その方がクロマメがつややかになるらしい。へぇ、ジパング古来の家庭の知恵のようね……。その知恵には今こうして目の前で火加減を調整している黒くちんまいイグニスは居たんだろうか。
因みに今私は、カズノコという卵の塊をシオモミしている。それが臭み取りや旨さの秘訣となっているらしい。鰹節(こちらのスフィンクスがジパングから来た探検家に渡されてハマった、という話を聞いている。実際アレは美味しいものねぇ。カンナを使わないと中々切れない代物だけど……)に醤油と味醂の黄金比での味付けが楽しみだわ……。
大根や人参のお浸し(ナマス、というらしい。何か酸っぱい香りがしているのは酢でも使っているのかしら)や、百合の根っこ……あと大きな海老(スキュラの娘が好きだったわねぇ……そう言えば。それを餌にされて釣り上げられた娘もいるみたいだし)、魚の切り身に、ゴボウにゴマ……。こんなに一杯作るのね。これだけの種類、材料を揃えるだけでも大変じゃない。正直よーやるわ……と思ったけど、考えてみれば私たちも年の瀬に食べるものはいろいろな種類があったわね。
でもこれらの料理一つ一つに意味、というよりも願いが込められているとはねぇ……。さっきの豆もそうだけど、海老なんか人間からしたら素敵じゃない。『腰が曲がるほど年をとっても元気でいられますように』って。
にしても……と、私はテーブルに広げられた料理群を目にしながら、気になっていたことを口にする。
「そういえば、料理の中に肉が無いわねぇ。これも伝統なのかしら?」
「そうですね。尤もそちらからの文化伝来で、肉料理が追加されたりしていますよ」
そんなに寛容でいいのか伝統、とは思いつつも、本来伝統とは斯くあるべき物なのよね。不変の根を持ちつつ、時代と共に形を変えていく、それこそが真に伝統と言えるでしょう。逆に、表層を変えず、根底を変えてしまったらそれは全く別物になってしまうでしょうし。
そうして残った前者の文化の味……は、やはり異文化交流特有の違和感が拭えない。んー、やっぱり大陸の味に体が馴染んでるのかなー……。
「それにしても、まさかナーラが髪を染められるなんて思いませんでした」
と、私のブラウン気味の髪の毛をしげしげと見つめつつ、どこかもったいなさそうに安芸さんは呟いた。私はその髪を……一瞬元の色に戻し、またブラウンに染めた。
「……っとまぁこんな感じで、外見をいじってるのよ。リリムの特徴である、銀に近い白の髪は目立つからね」
驚く安芸さんに私はウィンクをしつつ、ごまめでタツクリを作り始めた。……これわりかし固いんだけど、やっぱり『噛みしめる』文化がジパングにはあるのかしら。ライスクラッカーも結構固かったし……驚いたのはそれを一気にガリッと食べて悪漢を投げ飛ばし行動不能にしたご老人の姿を町で見かけてしまったことなんだけど。
神秘の国すぎる、ジパング。

あと因みに、こんなに大量にオセチを作る理由は、オブギョウサマやオイランの知り合いが頼んでいるかららしい。ただ働きのようなものだ。でもまぁ、異文化に触れられるいい機会だし、ただ働きでも気にしなーい。

――――――

「……ふぃー……」
「お気に召されましたか?」
勿論ですとも。この適度に味の染みた昆布を熱いお湯に入れ、暫く立って色がそれなりに行き渡った辺りで飲むという『コンブティー』、昆布そのものでも(塩濃いし味濃いけど)美味しいし、お湯に入れることで適度な濃さになって、昆布と微かな醤油風味のフレーバーがお湯の熱と解け合って体をほかほかと温めていく感じ……最高。
「えぇ、勿論。それに……」
と、ただいまの私のスタイルを表現すると、足の短いテーブルの間に掛け布団を挟んであるコタツに、足を胡座の形にして入れている状態だったりする。あったかほかほか。テーブルの上には先程ちんまい黒ノームによって籠ごと運ばれてきた小さく山に積まれたミカンが、『アリスの不思議な世界』の魔女製のお菓子の如く『私を食べて!』と囁いてくるようだ。因みにその小説ではそこに、『寧ろお菓子よりも私を食べて!性的な意味で!』と続いたりする。流石魔物。惜しむらくはその願いは置かれた場所の都合上叶う確率はゼロに近い事なんだけどね。
まぁそれはそれとして、本当にこの道具は御母様とは別の意味で心を堕落させるわね……。流石、アントアラクネがジパングに行く人行く魔物に『炬燵買って来てオナシャス!』と頼み込むのも無理ないわ。中にいると全力で働く気が失せていくものねぇ……。
「ところで」
ある程度時間の余裕があるのでまったりしていたら、ミカンを手で剥きつつ安芸さんが私に声をかけてきた。何だろう。
「何でしょう?」
とはいっても、彼女との話題になりそうな事っていったら……アレしかないわよねぇ。
「ナーラ、貴女の妹にアメリちゃんという娘がいますよね。彼女とは会われましたか?」
そう。若干八歳にして世界に散らばる姉に会いに行こうという涙ぐましくも途方もない旅を行っている妹、アメリ。彼女がこの店――"狐路"に来ていたのだ。そこでちらっと私の名前、勿論ナーラの方だけど、を出したらしい。
当然魔王城にいたときに私の本名も謎の二つ名も知っているアメリちゃんは戸惑ったらしい。そりゃそうよ。魔王城じゃ名乗らないもの、何のための偽名よ。でも正直正体完バレよね。まさにわからいでか。
で……数年後の"Auli Ark"での新メニューの発表会兼アルスへのお土産料理作成のために訪れていた町で……。

「えぇ、本当に偶然にね」

『ロメリアおねえちゃああああああああんっ!』
と元気よく飛びついてきたアメリちゃんは……あぁ、確かに他の妹たちが噂する通り、抱き心地が良かったのよね……何というか、丁度しっくりくるというか。
思い出はここでは箇条書きにするけど、
・……なんか、アメリちゃんの持っているテント、私が持っていたのより遙かに豪華になっているんだけど。魔界の技術部は変態だ。
・サマリさんという元人間のワーシープの娘が作るポトフが、本当に美味しかった。お袋の味、とでも言うのかしら。お礼に材料調達が簡単で美味しい料理を教えちゃった♪
・そのサマリさんなんだけど、風呂で何か私の胸を見て暴走しそうになったから、首に一発手刀を食らわせ気絶させちゃいました。てへぺろ♪……もふ毛が運ぶ眠気とバトりながら運ぶのは大変だったぜ……。
・記憶喪失か……味覚で思い出せるなら私も協力できるけど、残念ながらそれ以外じゃ何も……ねぇ。
・いつの間にか旅に出ていたフランちゃんが元気になってて何より。教育係に後で聞いてみるとしますか。返答如何で遺憾の意を表明しつつイカン事しちゃお……うふふ♪
……とまぁ短い時間にいろいろあったけど、楽しかったわね。いろいろと発見もあったし。"おみやげ"も渡したし、ね。
「良かったですね!」
「ええ、良かったわ。たまにはあんな時間を過ごすのも……ね」
安芸さんの言葉に、私は素直に笑顔を浮かべ、頷いた。
とことこと、ウンディーネ(黒め)のちんまいのがお茶を運んできたので……私はそれを受け取り、再び口付けた。

「……はふぅ」

あぁ、ささやかな幸せ。

――――――

……ま、注文を受けた時点で流石に反応の予想は余裕だったわね。
『樽は勘弁して下さい』
「……そらそうよ」
樽を持ってったらアカオニの技術力で酒を再現しかねないじゃない……何なのよあのオーガ種の酒とパンツに関する出鱈目なまでの技術力は……。まぁ、酒瓶は一升瓶を二十本近く買ったから、それで彼女には満足してもらいましょうか。
さて。仕事を達成したけど、まぁだすぐには戻りたくないのよねぇ。ちょっと宵之宮から外れてみましょうか。雪は……まぁそれなり。
「ん〜っ……と」
買った一升瓶は家の退魔蔵(魔力浸食を防ぐ機能付きの蔵。サバトに協力を仰ぎましたとも)にゲートを使って保管して、さて宵之宮を出て暫くこっからは自由な散策タイム!

……と、いきたかったんだけどね……。

「……流石に殺気が隠し切れて居ないわよ、勇者さん」

私の言葉に、バレたか、とばかりに空間擬態を解く勇者……と魔法使いと神官。そして格闘家。
「へっ、よく俺っちの空間擬態魔法を見破ったな!」
杖を持った魔法使いのそばかす青年が威勢良く私に叫ぶ。私はそれを右から左へ受け流しつつ、ダンスを踊るような足取りで勇者一同に近付いていく。
「そりゃあんだけ私に対して異常に濃ゆい殺意を向けていれば気付くわよ。特に格闘家さん?」
私が魔物だってバレた理由?そばかす君が魔力探知してたところに転移魔法使って酒を送ったからまぁ仕方ないでしょ。転移魔法なんて無媒体で人間が使える代物じゃないし。
「……魔物死すべし、慈悲はない」
小柄な格闘少女は最初っから聞く耳持たずか……しかも若干ヤンデレ入っている目をしているし……。こりゃ参ったわね。説得は無理みたい。
「神の名に於いて、貴女を滅します――賤しき卑しき魔物よ!」
心の底からの嫌悪感を顕わにしながら、どこかやつれた神官の青年が瞳に濁った光を宿しながらメイスを二刀流で構えている。こいつも説得は無理ね。で、残る勇者さんは……あれ?
「――っとぉ!」
あ、あぶねぇ。流石にいきなりずんばらりっていうのは避けたいんだけどっ!
「……」
私の体を裂こうとした勇者の目に、光は……ない。ってちょっと待って!一体どういう事なのよっ!横に払う剣筋を剣そのものを踏みつけることで回避し、そのまま天高く飛び上がる。……飛ぶ瞬間足がちょっと熱くなったことを考えると……あ〜、そう言うことか。
「余所見していていいのかしら?」
格闘家の娘が跳躍し、無防備な私の背中に張り付き、そのままイズナドロップを狙おうとしている……いや、前方にはメイスの片割れが。どうやら投擲したらしい。あ〜、こりゃ避けるのは難しいかしらね?
背中に、足の感触。そのままメイスに私の体を突っ込ませようと言うのかしら。中々勤勉じゃない。ならば私がすることは……っと。
「――ほいさっ」
そのまま空気を蹴って浮かび、メイスを蹴り落としつつ魔力と気を体に纏うだけ!髪の色は戻るけど気にしない。で、そのまま手刀を宙から下へと振り下ろし――勇者の持つ聖剣にぶち当てる!
「――っづっ」
い、痛ぇ……流石に手で剣をはじくのは大変ね……。落下の衝撃は雪のお陰で和らいでいるけど。
さて、降りたは良いけど相変わらずピンチね。前は勇者、左は殴り僧侶、右は格闘家、後ろは魔法使い。さて、ここからどう動こうかしら。
「白い髪……まさか……いや、そんなはずは……」
あ、何か気付いたっぽい?まだ角も羽も尻尾も顕現させていないんだけど、魔力と身体特徴だけで分かる……わね、うん、分かるわ、流石に。
「……あぁ、真っ白だね、あたしが大っ嫌いな真っ白だよ……!」
叫ぶが早いか、格闘家の女の子が私の方に向かって来た。雪道なのに、明らかに踏み込みが速い。
「私も嫌いです。純白は――神の物であるべきだ!」
僧侶が、メイスを振り上げて私の方へと駆け出した。こちらは、格闘家よりも遅いとはいえ、普通の魔物にとってみれば対応するのは難しい速度。
さらに時間差で発動したと思われる魔法使いの風魔法が、雪を盛大に吹き上げつつ私の肌を切り刻んでいく。防御魔法をしていてもそれなりに痛いのよねぇ、この手の呪文って。しかも何か下から氷の鎖が出て私の両手両足を縛っているし。
視界不明瞭、おまけに動くに動けない。全く、ろくでもない状況ね。散策したいのに、っつか偽装以外に魔力をあんまし使いたくないのに……。

そう、貴方は私を殺そうとするのね。

「……貴方達勇者は大概そうよね」
パリン、と音を立てて鎖は地面と繋がる部分が割れる。私はそれに魔力を通すと、そのまま右腕を上に振る。ガキン、と音がして、剣の先端が鎖の中にはまる音がした。ビンゴ。そのまま私は体を捻りつつ、膝を剣士の彼女の両手が重なる部分に当てた。
とっさの衝撃に剣を離す彼女の背を蹴り、剣を蹴飛ばしながら私はさらに宙に跳ぶ。手には、黒い玉。恐怖?知るか。
「穏健だろうが過激だろうが見境なく殺すだなんて。堕落どころか退化しているじゃない?」
反論は求めず、私はその黒い玉を下に――勇者達の集積地帯に投げ込む。黒い球は地面に当たると炸裂し、そのまま一気に半径5m圏を覆う黒い霧となる。何に変化するかを含めて、完全ランダムにしてみた特製の魔力玉だ。中で何が起きているやら。
断末魔に似た叫びが、霧の中で響く。と同時に、服が破ける音が、四回。暫くしたら水音が響くことでしょう。お幸せに。
「……ぁあ……ぃっしょ……けんといっしょ……♪けんとともいっしょ……♪」
「ぁぁ……ぁああ……神よ……お許し……」
……まさか勇者が剣依存症だとは思わなかったわ。刃と一体化みたいなことを言っているから、マンティスになったのかしらね。つかあの神官ケントって名前だったのか。眼鏡じゃないのに。
「なぁ、俺っち、みんなに憎まれんぶっ!」
「憎まれるならぁ……その分アタイがアンタを愛してやるよぉ……もう片時も離したくないんだぁ……」
こっちはラミアかな。声がうっとりしそうな艶めかしい物になっているし。つか憎まれる?誰に憎まれるんだろう。気になるけど……まぁ今はいいか。
ゲレンデが溶けるほどしっぽりと愛し合っているみたいだし。

さて。邪魔がちょっと入っちゃったけど、改めて散策に行くとしましょうか……ね。

――――――

……しかし一切が白に染まりそうなまでに白いわね、ここは。そして静かなのは、雪が周りの音を吸い込んでいるかららしい。こんな時にポケットの中で手を繋げたらいいだろうなぁなんてちょっとした妄想をしながら、それでも周りに目を配ることは忘れない。当然です。
「……あら」
こんなところに劇団の稽古場なんてあったのね。坂の途中、雪でも目立つ大きな劇場……と、その横に稽古場。ここにいれば、ジパングの名役者とお近付きになれるとか考えている人も居そうだ。現実はそこまで甘くはないにしろ、姿を目にするにはいい場所かもしれない。
凍り付いた川を越え、中から明かりが漏れる閉じた戸の商店街を一人歩く。時折戸ががたがた揺れるのは、出たがったやんちゃな子供が戸を叩いているのかしら。まぁ……気持ちは分からないでもないけど。
「そろそろ私も探さないと……」
まずいことに、降る雪は時々刻々と大きくなってきて、私にとっとと帰れと喧嘩販売実行なうも良いところのご無体な仕打ちを続けている。爆ぜる炭に風情を感じるにもいい場所悪い場所があるわけで。そのいい場所を早く探さないと……焦らないで。心だけはクールになるのよクールに。深呼吸はせずに……と。
大通りを越えて……あっちが住宅街か、案外そんな場所に良い店はあったりするわけで。さぁそうと決まればレッツゴー。
ちょっとした上り坂をあがって、右折。で次の角。何かあるのかしらと左を見ると……子供二人が平べったい箱を持って出てきた店があった。
「わぁーい♪♪」
「はやくみんなでたべよっ!」
きゃっきゃと走り抜けていくその様子がとても微笑ましい。いつか私もあんな風な子供を……って、それはいいか。今はまず、この店が何かということを確認しなきゃ!

「……『豊泉』……"ホウセン"って読むのかしら」

ジパング文字難しいです。本当に、ええ。だって文字の数がハンパない上に同じ文字でも何種類もの読みがあるんですもの!中々覚えられないって!あぁ、散々深夜のどエスモードのミナエさんに勉強を手伝ってもらったっけ……。
まぁ過ぎた過去はいいわ。今は店に入るだけよ。よし、姿の調整は終わったわ。さて……と、私は木の引き戸を開ける。

「――いらぁっしゃい!」

――木で出来たカウンターの向こうから威勢良く声をかけてくれたのは見たところ六十代くらいの人間の女性。つまりおばあちゃんだった。その背の向こうには、湯気が立った何かの調理器具が見える。……霧の大陸の何かかしら。
「こぉんな寒くて雪の強い日に、よく来てくれましたねぇ!異人さん」
確かに外は寒かった……というより、雪が酷かった。今も窓の外を見れば分かる。こりゃこの後の客も中々見込めないでしょうね……。
用意されていたベンチに座りつつ、私は店内を改めて見直してみた。カウンターの横、戸の横辺りに設置された台には、金平糖、マシュマロ、ソイソースクラッカのハードスタイル等があった。
木で出来たカウンターの中には、所狭しと色々な菓子が並んで……いなかった。
そうか、考えてみれば客の入りが見込めない以上、お菓子を置いておいてもそれを腐らすだけになる。ちょっと寂しいけど、まぁ仕方ないわね。
えぇと、置いていないのは……ダンゴ関係とダイフク関係……どちらもモチライスを使った物ね。時間が経つと固くなるから、使うに使えない、という事情があるからしょうがないか。で、置いてあるのは……と。
「……ふむふむ」
名物、大根最中……ダイコン?と商品の形を見て、あぁ納得。ジパング製ラディッシュの事ね。……インプが余計なことをほざいた記憶が蘇ったけど忘れる。忘れるったら忘れる。
価格は……ふむ、一つにつき銅貨一枚。お手軽なお菓子なのね。それが三種類か。なら……全部頼んじゃおう。
「各種類一つずつお願いします」
「はーい!折角ですので、お茶もお持ちしますね〜!」
おお、気が利く。お茶……多分煎茶とかその辺りよね。紅茶が出たりしないわよね……?まぁ……出てくる要素がないか。
火鉢に手を翳して熱を感じつつ、私はこの店が纏う空気を、ゆっくりと味わっていた。キンキンに冷えた外の空気を和らげる火鉢の熱は、木の持つ香りをほんのり灰のフレーバーを重ねながら呼び起こしていく。何だろう、この状態で昔話とかされたら思わず聞き入ってしまいそうだ。あと同時に眠気も……。
っと、商品自体は貰っているじゃない。では早速……まずはノーマルから。

「では……頂きます」

袋を開き、大根の葉を象った薄い茶色の皮を摘む。……うん、ジパング語が刻まれたラディッシュ……間違いない、ダイコンの形だ。皮の中に、餡が詰まっているのが分かる。それもひたすら入れているわけではなく、程良い分量で詰まっているのが分かる。適度なずっしり感。
……お茶が欲しい。でも口にしてみたい……。数秒間の逡巡の末……私は、溢れ出る食欲に負け、手元にある粒あんのモナカを、口に運び……しゃくり、と歯で皮を貫いた。

「――」

……うん。こちらの大陸での菓子の主流であるクッキーとはまた違う甘みだ。ある意味突き刺すような甘みを時として誇る大陸菓子とは違う、すっと染み渡り、じわりじわりと体に広がっていくような独特の甘み……。
でも同時に、舌に貼り付く皮の感触と、そこから奪われる水分……皮に残る甘味が私よりも水分を、そして熱を求めている独特の感覚……。これは洋菓子にはない、モナカ独特の不快感。多分この菓子はこの単品だけでは完成するものではない。だからこそ……。
「お待たせしました!」
出された緑茶……少し熱いので息を吹きかけつつ口に入れる。舌に熱さによる痛みは若干は知るけど問題ない。寧ろここから沸き上がる旨さ――それが私を至福の彼方へと連れて行ってくれる。
――これ、この感じよ。瘡蓋が少しずつ外れるような開放感、茶の持つ渋みが餡の持つ甘みを綺麗に整え、美しくしていく。荒削りのように見えて、その実繊細に繊細さを重ねたバランスの元に保つ旨さ。一つでは完成しない、二つ以上のハルモニクスが織りなす黄金比が、私の体に喜びの波を広げていく……。
そのままこしあんの方を食べると……粒あんとはまた違った、いや、黒餡とはまた違った、白餡の持つ不思議な甘みが、また味わいたいと思わせる……。
お茶を一杯。渋みと甘味の織りなすハルモニクスを味わいながら、私は最後の一つ――ダイコン入りの物を口にすることにした。
他の物とは違う、白の皮で包まれたそれ。ダイコンの皮が入っている……らしいから、その色にしているんだろうか。それならば葉の部分は緑色にした方がそれらしい気はするけど……派手になるか。
さて、実食。

「――」

うん、他の二つよりも甘さがさっぱりしている。それでいて甘味そのものは強い……。まるで白い餡に甘さが濃縮され、それをダイコンが舌に刺さらないよう和らげているみたい……。
お茶を飲むとそれがよく分かる。爆発的には広がらないにしろ、じわじわと体に染み渡っていくそれは、まさに春の雪解けを思わせて……。
これはジパング出身者やジパングにかぶれた同僚に是非とも薦めたいわね。煎茶を持っているデュラハンに渡してみましょうか。喜ぶ姿が目に浮かぶわ〜……。
さて、思わぬ儲け物を食べ終わったことだし、感謝の念を込めまして、私は両手を合わせ……。

「――御馳走様でし……」

た、という前に、ふと見たカウンター。そこに記され、ぽつんと一つだけ置かれた、小さなお菓子を発見した。
飲み終えたお茶を回収し終えた店主は、私の様子に少し怪訝そうな顔を見せつつも、その先にある物を見て、納得した。
「――あぁ、折角ですので、お代は要りませんが、いかがです?」
「お代が要らない?いえ、お代なら――」
そう財布を出そうとする私の手に、彼女は自身の手を添えた。心からの、感謝の笑顔と共に。

「いえいえ、このような店に遠路遥々いらして下さったんですもの。それにこの品はこれが本日最後です。美味しく食べて下さるお客様に、是非とも味わっていただきたいのですよ」

「――そこまで言うのなら、お願いします」
やはり女は強し、と言いますか人生を重ねた人間女性は妙な凄みがある……。これは断れない。ということで一品追加する事になった。私が知る大福より一回りくらい小さな、ブルーベリー大福。……って、ブルーベリー?大陸産の果物がどうして……?
そんな疑問が頭を巡り始めたのを頃合いに、店主ははいどうぞ、と四角の小さなお皿に載せたブルーベリー大福を差し出した。
私はそれをしげしげと見て……明らかに違和感を覚えた。紫身が少ない?大福っていったら、アズキ餡が入っている以上どうしても濃い紫が白い表面から透き通って見える筈なのに……そもそも、餡にブルーベリーって合うのかしら……?
様々な戸惑いを覚えつつ……私は中央から、ブルーベリーを噛み貫くように――かぷり。

――瞬間、私に稲妻めいた衝撃が走る――ッ!

「――!!!!!!!!!」
こ、これ……これは生クリーム!餡じゃない!それも多分ホルスタウロスのミルクを使った、甘みの強い奴だ!
独特の強い甘みはいい具合にブルーベリーの強い酸味によって程良く舌をいたわる甘みになって、逆に酸味は心地よい刺激となって舌先から体中を駆けめぐっていく……。まさに良いジ大(ジパング・大陸)折衷……。
「……」
だけど何だろう。美味しい。美味しいのだけれど、どこか寂しさを覚えてしまうのは何で……?噛みしめる刹那から溢れる、痛みにも似た感覚は、何……?
「……美味しかったかい?異人さんの口に合ってくれればいいんだけど……」
店主の言葉に、私ははっ、となった。何が起こったのか分からなかった。無我夢中で口にするでもなく、いつぞやの抹茶スパの如く味が酷くて体が拒否反応を示すわけでもなく、ただ体が、動かない。美味しいのに、あと一口が遠い。
「……店主さん、これって……」
美味しいです、の前に出てしまった言葉。それに店長は頷き、話し始めた。
「そうよぉ、これは大陸産の物を使った、この国の菓子。そして私が最初に作ったんでなくてね、私の息子が作ってんよぉ」
店主さんは私の横に座り、昔話を始めた。外は大雪だ。誰にも聞こえないし、聞く人も居ないだろう。
「私にも息子がいてね、立派に菓子職人として育ったよ。このまま店を継いでくれるかと思ったら、息子は『ジパングの味が大陸で通じるか、試してみたい』って大陸へ数年前に渡っていったのさ。
これは、その時に作った試作品を、私が改良したものさぁ……」
懐かしそうに皺を深める店主さんに、私は恐る恐る尋ねてみた。嫌な予感はしたけど、同時に聞いておかなければならない事だって強く感じたからだ。
「……息子さんは、その後……」
「なんぼか店は成功したらしく、『旅の和菓子屋』をやっていたらしいねぇ。その時の大陸各地の様子を書いた手紙は、今も残っとるよ。で、最後の手紙がこれねぇ……」
店主さんが懐から出してくれたもの、それは綺麗な大陸の便箋。手垢がいっぱい付いているが、明らかに高級なものだ。どれだけの思いが詰まっているかが、これだけでも分かる。
「……読ませていただいても、よろしいですか?」
ええよぉ、と店主の声を受け、私はその手紙を読む。癖字で読みづらいが、大体は読めて……次の行き先に絶句した。あそこは、確か、過激派の妹が……。
「……異人さん、うちの息子は知っとるけ?シノノメというんだけど」
いいえ、とためらいがちに首を振ることしか出来なかった私に、店主はただ、すまないねぇと口にした。本当に謝らなければならないのは、多分私なんだろうに。

「……今頃どうしているんかねぇ……」

そう呟く店主の顔は、何故だろう。笑顔なのに凄く寂しそうだった……。

――――――

お金を払い、各六本ずつほどお土産として買って店を出てから、私は誰も外にいない通りを、豪雪の中歩いていた。
『……今頃どうしているんかねぇ……』
先程の、『豊泉』での店主の言葉が、私の頭の中を巡っている。息子や孫の安否……といったら極端かもしれないけれど、便りを心待ちにしているのは感じられた。
今日、私は勇者一行を魔物に変化させた。その中に彼女の子や孫の名前はなかった。けれど、もしも居たとしたら……その時は……。

「……いけないわねぇ……」

あぁ、いけないいけない。動きを止める、それ以上はいけなかった。一時の激情に流されるように、魔物化させるべきじゃなかったわ……全く、私らしくもない。
まだ激しく降る雪の中、私は暫く転移魔法を使わずに、しんしんと静まる村落の中をとぼとぼと歩いていた。
中立か、親魔物か、反魔物かは分からない。けどそんな事は関係なく、私が、私達リリムが魔力を少し振るえば、この場所は魔界と化す事は間違いない。私達は、それだけの力はあるのだ。
でも……。

「……、……。……」

『……息子がどうなったとしても、今私に出来ることは、作った季節とりどりのお菓子でみんなを笑顔にすることよぉ♪』
別れ際に、店主は辛気臭くなった雰囲気を和らげようと、笑顔で私にそう言った。それは確固とした彼女の持つ信念であり……決意表明でもあったのだろう。魔界と言う概念を彼女が知っているかは私には分からない。ただ、知っていたとしても、彼女はきっと……私に同じことを告げただろう。
けれど……もしこの地が魔界と化したら、きっと未だに舌に残る、ジ大(ジパング・大陸)折衷のこの大福の味も、きっと消えてしまうだろう。それはありありと理解できた。

自衛のためとはいえ、容赦なく魔王の力を振るってしまったことを、やっと口に入れることが出来たブルーベリーの酸味と凍てつかせるような雪の嵐はぢくぢくと責め立てているようだった……。

fin.
13/04/10 23:24更新 / 初ヶ瀬マキナ
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■作者メッセージ
というわけで、マイクロミー様、jackry様、有難う御座いました。

大根最中は子供のときからよく食べていました。主に母方の祖父への帰省土産で。
でも自分がその美味しさを分かり始めたのは年を経てからなのよねぇ。

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