連載小説
[TOP][目次]
『"Since108"にて酒を嗜む』
魔界と人間世界の境目、互いの空気が混ざり合わず静かに同居している土地がある。人魔二種類の川が平行に流れている中州の土地であり、双方が手を出そうとして毎回失敗している曰く付きの土地でもある。
そんな場所に住み、日々酒を友に酒の製造、搬入、輸入、販売して暮らしているのが、私の友人のアカオニ、マンダだ。とはいえ、店の運営は旦那のカーマ氏が執り行っているみたいだけどね。各種一本ずつしか置かず、それも買う人や魔を選んで売るという相当の偏屈者……でも現場を見ていた身としては、その見立てで外れたことはないわ。投機目的の商人や刑部狸を完全にあしらって、飲みたい人や魔物にだけ適度な濃度のそれを売っているもの。しかもその客のリピート率の高さと、嗜好に合う酒の的中率の異様な高さ。
まぁ後者に関して言えばマンダの舌がそれだけ正確だって事なんでしょうけど。流石アカオニ。ライター雇ってナドキエ出版で『大陸百選』シリーズの酒部門を書き記すだけの事はあるもの。
で、何でそんなことを話すかっていうとね……。

「――ちわーっ、三河屋でーす」

「おお!よく来たな!お疲れさん!」
その"輸入"と"搬入"の一部に私が関わっているからなのよね。切っ掛けは簡単。ナドキエ出版のバイトでそのライターのラミアの娘(割とうわばみ)が手伝ってって言ってきたのよ。ちょうどあの辺りが焦臭くなっていた頃だから、いい足代わりにされたわけね。まぁバイト代貰えないのは困るしー、何だかんだ『大陸百選』シリーズは愛読者が多いから普通通りに出なきゃ困るのよね〜。
で、バイト後に店に行ったらマンダと意気投合。そのままこの店の常連になったわけね。ついでに各地を旅している私が気に入ったお酒を持っていって、一緒に飲む関係が続いている。マンダとカーラ氏が気に入ったら、何本か仕入れるよう頼まれたりと、ビジネス面でもがっちりしていたりもする……よく考えてみればえらく動いているわよね、私。
まぁそんな事はいいか。今は……。
「はい、頼まれていたお酒。銘酒『宵ケ淵』よ……樽は勘弁してって酒造に言われたからこれで勘弁して」
「残念だな!だがまぁ仕方ねぇか!」
相変わらず活気が良いことで。何で一樽持っていかせようとするのよ。流石アカオニ、単位が違う。聞いた話では、確かケドーインとかいう家のアカオニはワインを数樽もジパングに搬入させたらしいから、ここのはまだましかもしれないけど……。
「まぁ取り敢えず上がれや!」
既にテイスティングしていたのか、アルコール臭い息を私に吐きかけつつパンバンと背中を叩いて店に招き入れるそれは、どこをどう見ても酔っぱらい親父のそれだ。アカオニらしいと言えばらしいんだけど……って、この香りってまさか。
「……良い酒が入ったって聞いたけど、よりによって最高級の奴だとは思わなかったわよ」
「がっはっは!矢っ張りナーラなら分かると思ったぜ!」
や、分からないはずがないわ。だってこの熟成された、体の芯から心まで一気に蕩けさせる香りって……明らかに陶酔の果実の下で育ったドラゴンクラスのアルラウネから穫れる蜜を使って、確かな技量を持つマイスターが集団で作り上げた最高級リキュールじゃない!リキュールなのに度数が72%-超している今晩燃え上がること間違いなし(性的な意味で)な代物で、市場に出回ればまず好事家数十名が合同で大金はたいてやっと買える幻の名酒……。つか、私が以前作ろうとして、蜜ジュースになって失敗したのよね、それ……。
「……どこで手に入れたか聞こうじゃない。それ、最後に一口だけ頂戴よ?」
「がっはっは!了解よぉ!」
口約束は当てにならない?少なくともその辺り彼女は律儀だから問題ないわ。ともあれ、私は彼女に導かれるまま、店の裏口から銘酒を数升持って入ったのだった……。

――――――

「へぇ、知り合いの杜氏のアオオニにねぇ……」
おうよ、とその知り合いの姿を映写スクロールで私に見せるマンダ。そこには樽の前で静かに微笑む眼鏡をかけたアオオニの姿があった。でも下戸のアオオニが杜氏なんて大丈夫なのかしらと思わずにはいられない。こうしてマンダが見せてくれるって事はいい酒を造っているんでしょうけど……。
「前に薦めた『砕かれた星』が彼女製だぜ?」
「……あぁ、あれのアオオニだったら納得ね」
まるでシャンパンかスパークリングワインを口にしたような爽やかな口当たりが特徴の甘いお酒だったわ。舌先で弾ける泡がまるで微粒子レベルまで砕かれた甘美な星が降り注いでいるような心地いい刺激を与えてくるの。呑んでいてすいすいイケて、酔い方も飲後感も気持ちいい、ジパング酒、つまりsakeの新境地を切り開いたように思えたお酒だったわ。まぁ……値段の割に量は少ないけど……それだけの通貨を払う価値はある。
確かにあそこのアオオニはマンダと懇意だったから納得ね。入手手段は気になるとして。
「そいつがさ、何かのコンペティションか何かでよ、『砕かれた星』が賞を貰って、その時に賞としてではなく、個人的にまその"マイスター"から贈られたらしいぜ?何でも「久方振りにビィヨンジイーラな気分を味わえて、我輩、満足!腕を振るいて見つけたる新天地すなわちこれ最高!感謝の気持ちゆえ受け取って欲しい」とか手紙が付いていたそうだ」
「分かり易いくらい変わり者ねそのマイスター」
けれど、腕は確かなのよね。何かしら、偉大な人物は変わり者でなければならないなんて法則があるのかしら。寧ろそんな法則を成立させようと躍起なのかしら。
まぁ世間から傾いていなきゃ欺瞞も疑問もないでしょうし、そんな物なんでしょう。取り敢えずそんな理論で一人自分を納得させるとしましょうか。
「……しっかし、相変わらず入れ替わりが激しいのねぇ」
店に陳列された酒を見渡すと、数ヶ月前には陳列されていたお酒がすっかり新しい物に入れ替わっていた。少量を多品種仕入れているからこそ起こり得るのは確かだけど……でも入れ替わり激しくない?普通半年以上残る酒の一つでもあって然るべきなんだけど?
「全部三巡はしてるぜ?あぁ、こんな客が来そうだなって時に大まかにそんな酒をおいておきゃ、そんな客が買ってくれんのよぉ」
相変わらず口調は大雑把なくせにやっていることのスキルはハンパないわね……。どうしてんな事が出来るのか知りたいわ。アレか、まだ私には調理スキルが足りないのか。風を読む力は……ない。
まぁ、おいおい修得していけばいいでしょう。それよりも、っと。
「ほらよ、今回の報酬の秘蔵っ子だ。味も良質なプレミアもんだぜ?」
「ありがとうね♪」
そりゃ当然報酬は頂くわよ。お金じゃなくて、とっておいて貰ったお酒でね。しかも今回は秘蔵っ子。ということは複製品すらプレミアが付く超貴重品。まぁ呑むけどね。
まず一本目は『黄昏ワイン〜夜のお供に〜』。陶酔の果実の一番下……ではなくその上の実を使うことにより、ハートの実だけを使った物に比べ若干の酸味を加えたワインだ。最高級の虜の果実ワインよりは甘みは劣るとはいえ、料理等のアクセントにはこちらの方が有用なのよね。
二〜四本目が『魔界プレミアム焼酎【シェームア194】【シノマム190】【ベキューラ77】』。『まかいもコンペディション』の影で、それなりに激しく盛り上がる『まかいも焼酎コンペディション』の歴代上位作品のうち三つね。どろりとしたように感じられるほど濃厚な旨みを持つ【シェームア194】に、様々な味を貪欲に詰め込んだ【シノマム190】、そして焼酎というよりはSAKEに近い、天に昇るような澄んだ味わいの【ベキューラ77】と、それぞれ全く違う味があるのが特徴ね。
あ、因みにまかいも焼酎の名前はそのまま製作農家の名字だったりする。まぁあれだけ形や味に違いがあればねぇ……。
因みに私も『まかいもコンペ』に出たことはあるわ……調理人として。だって私の審査だと味中心になっちゃって、他の審査員との審査基準の統一が出来ないから、お呼ばれしたけどそちらは辞退したのよ。アレもいい思い出だったわ……。数々の味が違う芋を組み合わせてキッシュなんか作ったりして……♪割と評価が良かったのよね……アレ。まぁ一つ一つ味が違うまかいもを調和させるのは中々大変だったわね。みんな愛が深くて深くて……っと。そろそろ本筋に戻らなくっちゃ。
さて、契約のお酒を貰ったところで、私は財布から金貨を十数枚取り出しつつ、マンダに目配せした。マンダはそれを受けて、にんまりと笑みを浮かべながらグラスとジョッキを三つずつ、そしてピッチャー……は横から来たカーラさんに止められ若干しょんぼり顔だけど、すぐに笑顔に戻って幾つもの酒を取り出し始めた。
「さぁて、こっからが本来のだよな?ナーラ……」
言われなくても。毎回、これが楽しみでこの仕事をやっているようなものだったりする。寧ろこれが楽しみでマンダが私に仕事を申しつけたりする。赤字にはならないし酒代は軽くなるし楽しいんだけど……それでも割と大きな出費なのよね……。
――だからどうしたっ!

「――言われずともザッツオーライッ!」

氷魔法を使って零度を保ったアルミバケツに氷(角切りプロセス済み)を入れつつ、私達は思うままに、杯もといコップに思い思いに持ってきたお酒を注ぎ始めるのだった。
……あ、勿論カーラさんもね。この人(インキュバスだけどね)何故か殆どこういう場だと私の前じゃ喋らないからなぁ……ちょっと寂しい。

――――――

どうしてこう、お酒って香水のように芸術的なんだろうか。開けるまでの興味、開けた瞬間に広がる芳しい香り、そして舌先から喉、食道までをひりひりと刺激しつつ胃や臓腑へとするりと流れ落ち、全身に広がるまるでさり気なく気があるようなことを意中の人に言われた時のような熱がぽっ、と灯るのだろう。その熱がたちまちのうちに全身をほかほかぽかぽかと暖め、心地よい陶酔へと体と心を招いていく……。
「……はふぅ……」
意匠を凝らされた瓶の形状もあって、一つの芸術よね……あぁ、幸せ。これでこのお酒だけに合うおつまみとかあったらさらに幸せ。
「ふぃー……」
既に火照った顔を見せつけるマンダとカーラさん。アカオニも分かりづらいかもしれないけど多少は火照るのよ?まぁ、この場合は酒の影響が強いけど。
一本目、既にマンダが味わっていた幻のお酒『ミエルグランデ』。口にした瞬間、いや、香りが鼻腔を擽った瞬間、いやいやそれよりもお酒を氷の入ったグラスに注いだ時の黄金色の液体が踊る様を目にした瞬間から分かる、圧倒的な存在感。誰もが大金を叩いて飲みたいと願うのも無理がないわ……私だってそのアルラウネと直接交渉して得た蜜でマイスターとも交渉して作らせたいもの。それでお家にダイナミック帰宅して一人真ん丸お月様のような氷をグラスに浮かべて作務衣で正座……はしないとして、バスローブでリクライニングチェアーに一人腰掛けて飲みたいもの!この至福の時間を譲りたいと思う?全然。
甘みが、重い。でも全然苦じゃない重みをしている。味が重みを持っているのは私も重々承知はしていたけど、まさかここまでずっしりと心地のいい重みを持つ物があったとは私も知らなかったわ。舌先からゆっくり染み渡っていく、どろりとした甘み……何とも心地いいものよねぇ……。
それに……わかるわ……この股間がむずむずしてくるような、洪水つゆだくもいいところの状態になりそうな体の火照り。耐性がそれなりにある私達でそれなんだから、他の魔物が飲んだら……推して知るべし。あぁ……アルスをここに連れてきてなくて良かった……初セックスがこれなのは流石に勘弁したいもの……。
「……舌先に乗った角砂糖が徐々に融け体を巡るように、味蕾に触れたそれはあまりにも素直に、艶めかしい毒華を思わせるような深く眩むほどの甘味を全身に行き渡らせていく。発情の毒を多分に含むそれが、思考の枷を取り払い、時に暴力的に打ち壊しつつ、心を新にしていく魔性の蜜……」
で、出たっ!カーラさんのポエムモードっ!お客様をを目にした瞬間に流れ出したら、お客様は確実に望みのお酒を手に入れられるという伝説のアレじゃない!まさか酒の感想でリアルに聞けるとは……っつかマンダの口から彼については聞いていたとはいえ、正直びっくりだ。成る程、こうなるのか……。
「飲めば飲むほどいい酒だねぇ♪あと瓶が六本くらい欲しいぐらいさぁ♪」
「マンダ、それは流石に飲みすぎだから」
72%をそんな大量にがっぶり飲むものじゃないわ。っつかそれしたらさすがに破産じゃ済まないわよ?正直私もやってみたいけどね……。
あぁ……それにしても美味しい……大枚叩いて飲みたい人が尽きないのも頷ける。どれだけ飲んでもきっと物足りない……というか今私が飲んでいる時点でもっともっとと体が急かしてくる……。……そしてそれと同じくらい旦那持ちは旦那と交わりたい気を、独身は相手が欲しいという衝動をそれぞれ植え付けてくるわけ……。
これで子宝の確率が高くなるならいいんだけど、どうなのかしら。まぁそれは高望みしすぎか。ともあれ…『ミエルグランデ』、大変美味しく頂きました、と。
こういう飲み会はがっつかず、ゆっくりと次の酒に繋ぐのが得策ではあるんだけど……マンダ、というかアカオニ族にそれは通じない。早速次の酒を開けてやがる……!
「ナーラ、二本目はこれにしようぜ!」
そう手に握っているのは……ち、ちょっと待ちなさい!
「よりによって霧の大陸の白酒『蔵内』!?二本目も53%って高い度数とかアルコールジャンキーにも程があるわよ!せめて20%台のにして!」
全力で潰す気!?冗談じゃないわよ!流石に潰れるような飲み方はのーせんきうよ!これだから酒に関して強化されたオーガ族はっ!普通にこのペースで飲んだら私が潰れるって!
「えー?美味いじゃねぇかよ白酒。大丈夫だアルコール対策術はここにあるからよ」
「って金タライを用意しないでよ!」
『吐けばいいのさ』なんてどこの常識にもアリャシナイんだけど。どこで学ばされたの……教育機関の先輩とかだったら私はそれを教えた主に鉄拳制裁をしなければいけないわね……。あるいは胃袋を釣るか……。
「んもー相変わらず堅いんだからぁナーラちゅわぁんわぁ♪」
「堅さでどうにか出来るなら医者は要らないんだけど……ごめん、せめてワンクッション置かせて」
聞いてもらえるかは分からないけど、私は他の酒を手に取るだけだ。
「……を?」
というわけで私の本日の二本目は青のスパークリングワイン『アクアマリン』。グラス越しにまるでアクアマリンのジュエルのようなすっきりとした蒼が映えるお酒よ。グラスに注ぐときに立ち上る気泡が、何ともエレガンス……。当然マンダの分は残して……と。

「……んん〜……っ♪♪」

舌先で弾けるバブルスプラッシュに、すっと染み渡る爽やかな甘み……。マーメイドが憂いの表情を浮かべながらも味に笑みを浮かべそうな素敵な味……。優しく軽く、まるで一夜の流れ星の如くすっと消えるこの感覚がたまらないわ……♪
「っかぁーっ!爽快だなっ!」
尤も、マンダだったら瓶(500ml強くらいの)十本ぐらいは空けそうだけど。そんな豪快な飲み方をするとはねぇ。私からしたらmottainai。でもその流儀は人それぞれだしね。
さて、じゃあ約束通り……何故かコップに並々と注がれた『蔵内』でも三本目に頂くとしましょうか……。
「……っ!!」
やっぱり……灼ける。口に含んだときに分かる、霧の大陸好みの特徴的な癖のある味と、仄かに感じる葡萄のような風味、そしてそれらを押し退けて出る、液体の主要成分であるアルコールの辛み……。直前まで冷やしておいても、口内が発する熱が一瞬で液体を気化させてこの色に染めていく。まさに自己主張の強烈なお酒。合うおつまみを探すのが困難だわ……。
「……弱い人にはお勧めしないし、飲める人でも、グラスに氷を入れ、酒を注いでそれを少しずつ溶かしていって飲む事をお勧めする」
カーラさん、貴重な助言有り難う。これは他の度数の高いお酒でも言えることだから参考にしてね。ストレート好きなら、或いはショットがいいかも。でもこれだけ癖があるお酒だと、中々ストレートもきついんじゃないかしら?あ、ちょっとクラッときたかも。でも平気。王女に酔いつぶれはないから(加減的な意味で)。
「……ふぅ……」
額の汗を拭いつつ、完飲。にしても……夫妻はすごいなぁ。出来上がっているように見えてまだまだ余裕があるマンダに、全くペースが乱れないカーラさん。流石双龍会談の龍側のお酒の提案者……。
さて、ちょっとワンブレス置きましょうかね、とハーブティを一つ。……うん、少しは思考が回復したわね。
で、その間にもマンダは色々なお酒を用意していく……へぇ、今回はリキュールが多いのね。アマレットに、シェリーに、モカリキュール、チェリーリキュール、ライチリキュール、ヨーグルトリキュール、お茶リキュール、マンゴーリキュールに私があの出会いの砂浜で飲んでいたココナッツリキュール……。
「色々取り揃えてみたぜ。どれから行くかい?」
笑顔で薦めるマンダに、私はそのまま……シェリーを頼んだ。チェリーリキュールとは違って酸味の強い、甘酸っぱい大人の風味……。でもラムほど癖がないのよねぇ。度数も18%だから飲みやすいのよ。
マンダはグラスに私が注ぐのを見届けると、そのまま瓶を受け取って、彼女のグラスに注ぐ。ダークレッドの色合いを持つ重めの液体が、アイスの入ったグラスを染めていく……。
グラスを打ち合わせ、私達はその液体を流し込んだ。……うん、程良く甘いお菓子が欲しくなる素敵な酸味ね。バニラアイスに掛けたら美味しいんじゃないかしら。
「ケーキじゃねぇな。アイス、それもバニラだな」
間違いないわね。全てに染まり受け入れる白の甘味がベストよね。次点でミルクアイス、ヨーグルトアイスかしら。
ん、ヨーグルト?そういえばヨーグルトリキュールなんて物もあったわね。ちょっと試してみようかしら……と手を伸ばしたところでマンダに止められた。何でよ。
「これは山羊乳のように癖のある味のリキュールだが、そんな味でも大丈夫か?」
「……一番いい甘味を頼むわ」
流石に山羊乳ともなると大丈夫、とはいかないわ。発酵食品ってどうしてこう、時折口に合わない物が出てきたりするのかしら。
制した手をそのまま、丸っこいフォルムをした、紙に包まれた瓶に手を伸ばすマンダ。あれは……?
「……紳士は微睡みを得るために、カフェモカの香りに手を出す……甘くもほろ苦いアフタヌーン・リカー……恋の夢一つ、いかがかな?……」
成る程、モカリキュールか。恋を思い出す豆はどっちかって言うとお目目パッチリ系だった気もするけどまぁいいわ。
瓶を手にした私は、そのまま氷の入ったグラスにキャラメルと琥珀の中間色をした液体を注いでいく。ん〜……モカマタリ。ただ不思議と悪い気はしないわ。
グラスを近付けるだけで香る、砂漠地方の密教をホルスタウロスの柔和さで昇華したような調和の香り。大人の苦みが甘美な色に染まるその液体を、ひとときの癒しを求めて、喉に入れていく……。

「……ん……はぁぁ……♪♪」

……おいしい♪これはアフタヌーン・リカーとカーラさんが言うのも頷けるわ〜。昼時のアンニュイな感情が柔らぎそうだもの。いわゆるおやつ代わりのお酒としては最適ね♪コーヒーはブラックという人にはまず勧められないけど……。
「ナーラが買った分はまだあるからなー♪今日はとことん飲・も・う・ZE♪もう弱い酒しかねぇからな♪」
マンダは次々とリキュールを手にしてご満悦だ。そしてご満悦なのは私も一緒。目の前に広がるのは、まるでケーキバイキングのような風景。ただしケーキには全てアルコールは入っているけれどね。寧ろ5分の1から4分の1がアルコールだったりするけどね。選り取りみどりの選びたい放題……これに今まで飲み終わった上質なお酒の余韻……。これでご満悦しないで何するというのかしら!

「ふふっ♪そうね……楽しみましょう♪♪」

――結局その後、私達は先に述べたリキュールを全て空にするまで、飲んだのだった……。
あ、この盛大なチャンポンは魔物だから出来る芸当なの。当然ながら真似しないでね。

――――――

「ところでよぉ」
アルコールの色に染まった吐息を程良い倦怠感に包まれた私に向けつつ、マンダは酒宴の余韻を持ちつつ私に話しかけてきた。因みにカーラさんは全く潰れることなく、そのまま酒宴の片付けとポエム記入に精を出している。このポエムが酒の紹介文の一画に記され、多数の同調者を生み出しているのだ。まぁ……最初は何書いてるんだ、という評判だったらしいけどね。継続こそ力なり。
「……何かしらぁ……♪」
夢と現実の浮遊感に浸っている私の表情も思考も、大変締まりのない物になっているだろう。並のサキュバスどころか大半の魔物の場合、それどころか下半身すら締まりのない代物になっているだろうけど。
そんな私を見越してか、マンダは突如として、でも予想はしていたことを聞いてきた。
「最近人間の男、それも料理人の男と付き合っているって話だが、本当か?」
「あら♪有名になったのねぇ……♪」
あの出会いから、二週間に一回くらいの頻度で、私達はお食事デートをしている。無論私は魔物だってばらしていないし、ましてやリリムだって事すらバラしてはいない。まぁ他の娘にとられても困るから、魔力侵蝕しない程度に、料理の上達速度が少し早くなるおまじないを込めたネックレスはプレゼントしたけど。
研究熱心な彼と、同じく研究熱心な私は色々な店に行ったけど、どの店に行っても熱心に研究するのよねぇ……抜けた材料を私が補完したりとか……うふふ♪
「そりゃあ今まで男っ気がまるでなかったナーラが彼氏を作ったとなっちゃ、一部の奴が騒ぐのも無理ねぇよ。その一部の奴からの情報も、こっちにゃ伝わってくんだわ」
そう、空を見つめるマンダ。あぁ、なる。理解。そりゃそうね。彼女らはどこにでも居るものだし、恋愛沙汰は彼女らの飯の種だものねぇ……。
「まっ、アンタが惚れたんならいい男だろうさ!結婚するときになったら言いな!とっておきの酒をご祝儀に贈ってやるからよ!」
「やぁねぇ♪まだ付き合い始めたばっかなのに、気が早いわよぉ♪♪」
とはいえ……私としては、将来的に彼と結婚できたらって思うの。今じゃないわ。もっと彼の作る料理が美味しくなって、彼の店がさらに格を上げるようになったら……うふふ。
「全く、泥酔者の惚気は顔が見てらんねぇなぁ……ま、気持ちは分かるがな♪」
うふ、うふふ、うふふふふふふ……。

……その日まで、彼を、アルスと付かず離れずでいたいな。ううん……居るつもりよ♪

「……カーラ、なぁ、そろそろアタイもそんな気分なんだ……限界だろ?アルコールはイケるが、案外媚薬効果がキツくてな……アルコールで誤魔化してたが限界来ちまって……よ♪」

そんな声が、意識をゆっくり閉じかかった私の耳に届いたのだった……。

――再び目覚めたとき、二日酔いに苦しむ羽目になったのは言うまでもない。やっぱり、あれだけチャンポンしたらなるのは必然だったわね。

fin.
13/04/10 23:24更新 / 初ヶ瀬マキナ
戻る 次へ

■作者メッセージ
今回ナーラ達が飲んだ酒の元ネタを知りたい人は図鑑新作か、またはコメント欄にて。
陶酔のワインと【ミエルグランデ】……現実にあったらロマネコンティクラスの代物だろうけど飲んでみたいものだ。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33