わたし、だいへんしん!
わたしが”絵かきのお姉さん”と出会ったのは、わたしのあそび場でのことだった。
今日もわたしはがんばって、自てん車にのって森の近くまでやってきた。
そこには大きいけどボロボロのたてものがあって、わたしはよくここであそぶ。
お母さんはともかく、友だちも、大人も、「危ないから」とか「気持ち悪いから」とか言って、「行っちゃダメ」って言う。
あぶないのはわたしにだって分かってるから、ちゃんと気をつけてる。
それに、ここがきもちわるいなんて、ゼンゼン思わない。
キタナイところはあるけど、どうしてみんながそう言うのかフシギだ。
だれも来ないのはしずかだから、それはそれでいいんだけど。
……と思っていたら、今日はだれかが、そこにいた。
たてものの中でも高いところで、まだ行ったことのないばしょだったから、わたしが知らなかっただけかもしれないけど。
それはとっても大きいお姉さん(でもムネはわたしと同じくらいかも。ふふん)で、いろんな色がたくさん付いた、見たことのある紺色の服をきている。たしかせーふく、っていうのかな。
そしてお姉さんはガラスのなくなったまどのそばに、大きなカンバンみたいな板をおいて、その前にイスをおいてすわってた。
他にも、まるでココに住んでるのかなと思うくらい、いろいろおいてある。
わたし以外の人がいたのにもおどろいたけど……それよりもずっと、びっくりすることがおきた。
「わっ?!すごーい!今のどうやったの!?てじな!?まじっく!?」
それはそれは、とってもわたしはビックリしたのだ。
気がつくとお姉さんの顔が、いや目が、変わっていたのだから!
「……え? ああ、珍しいな。こんな所に人が……それも子供が来るなんて」
「むっ、わたしコドモじゃないよ! もう九才で、りっぱな”れでぃ”だもん!
このスカーフ付きのワンピースも、水玉のスカートも、オトナっぽいでしょ!
おとなっぽくて……にあってる、よね?」
「はは、ごめんごめん。失礼したね。とても似合っていると思うよ」
「うんうん、よかったー……えーっとそれで、さっきの、どうやったの?」
「……ん?」
「だって、目が一つになってたよ!なのに今はもう、二つになってて……。
どういうことなの?おしえておしえて!」
お面をかぶっていたとか、マスクをしていたとか、そんな”ちゃち”なものじゃあ、だんじてない。
二つあったはずの目が、次に見たときには大きな一つの目になっていた。
「……ヘンな子だね。おかしいとか、気味が悪いとかは思わないのかい?」
「えっ?どーして?」
「それは……普通じゃないからだよ。誰だって、みんな目は二つあるだろう?
他に目が一つしかない人を見たことはあるかい?」
「うーん、たしかにないけど……あ、そっか!お姉さんはニンゲンじゃないんだね!」
「……ははっ、話が早くて助かる、というべきか……。
――でも。 もしそうだったら、君はどうするのかな?」
……じろり。
気がつくと、お姉さんの目はまた一つになっていた。
そのひとみは鮮やかな緑色で、とてもきらきらしている。本でしか見たことない、(名まえは分からないけど)宝石みたいだった。
「わーっ!すごい、すごい!またかわった!」
「…………君は、本当に物怖じしない子なんだね」
「だって、本やテレビで見たことあるもん!」
「ふむ……なるほど、今の子たちは私達よりも異形に親しみがあるのかな。
勝手なイメージを持っていたのは私の方だったか……?」
「んー、それでけっきょく、お姉さんはニンゲンなの?それともちがういきもの?」
わたしがそう言うと、お姉さんは一つ目を大きくひらいて、またおおげさなほどこえを低くした。
「ふふふっ。そんなコトを聞いていいのかい?
――私は本当に人間ではなくて、君を食べてしまう、悪い何かかもしれないよ?
もしかしたら、絵を描きたいからと言って君を解剖する、恐ろしい化け物かも……」
「かいぼう?ってなに?」
「え?えーと、身体の中身を知るために、バラバラにしてしまうこと……かな」
「それにお姉さん、絵をかくの?わたしもとくいなんだよ、みせてみせて!」
「あ、ああ。私の前にあるのがそうだよ」
お姉さんに言われて、ようやくわたしは気づいた。
その大きな板には絵が描いてあって、つまりお姉さんが絵描きさんということだ。
「わっ、すごい!とってもキレイ!ここから見えるけしきをかいてるの?」
「うん。この廃墟と自然が折り重なる風景が、とても良い眺めでね。
数日前から此処に来て、描かせてもらっているよ」
「へーっ……あれ?でもこのヒトはだれ?ここにはいないけど……」
「ふふふ。君のような子に言うのも少し恥ずかしいが、私の愛する人さ」
あいする人。
そう言ったお姉さんのカオは、はっきりほっぺが赤くなっていて、緑色の大きな一つ目がぱちぱちとしていた。
「ここにいないのに、こんなにキレイにかけるの?」
「ここにいないからこそ、見える物もあるんだよ」
首をかしげるわたしに、お姉さんはつづけて言う。
「見ることはとても大切だ。
でも、見えないからこそ見える物も、大切にしないといけない」
「……ん?んー? よく分からないけど……」
「そうだね……君には今、好きな子はいるかい?」
「うん、いるよ!秋人(あきと)っていうの!
ようちえんの頃からずーっといっしょで、なまえもにてる!
先生が出せきをとるときも、わたしのつぎによばれるんだよ!」
「へえ……そういえば、君の名前は?」
「あかり!こういう字だよ!」
私はリュックに付いている名札をお姉さんに見せる。
かん字をうまくかけず、何回もかき直して、ようやくうまくいったものだ。
「なるほど、明璃 (あかり)ちゃん……いや、明璃さん。
いい名前だね、確かにその子と似ている。
それにしても、もう自分の名前が漢字で書けるなんて、すごいじゃないか」
「あったりまえだよ!もうリッパな”れでぃ”だもん!」
わたしがむねをはって大きな声を出すと、お姉さんはにっこりわらう。
ふつうの人とはカオがちがうから、なんだかフシギだ。
ちょっと見えた歯はなんだかギザギザしてたし、やっぱりニンゲンじゃないのかな。
「はは、そうだったね。それでその秋人君とは、両想いなのかな?」
「そーだなぁ……わたしは大好きなんだけど、秋人はいっつもはずかしがるの。
”みんなのまえであんまりひっつかないで”とか言って。
小がっこうに入ってからはとくに、何回も言われちゃった」
「ふふ、男の子というのはそういうものだよ。
彼も、君のようにもっと素直になってくれれば――ああいや、それはともかく」
おほん、とせき払いをしながらお姉さんがまたわたしを見る。
そのとき、なぜかは分からないけど、お姉さんの目がきらっと光った気がして。
大きな緑の一つ目にじっとにらまれていると、なんだか考えていることまで当てられそう――
『明璃さんにはなにか、悩み事があるんじゃないかな?』
そう思っていたら、本当にバレてしまった。
「えっ……?! どうしてわかったの?すごい!」
「ふふっ。お姉さんは目がいいからね、君の目を見ていれば分かってしまうんだ」
「ほんと!?やっぱりすごい……!」
「もしかしたら、力になれるかもしれない。詳しい話を聞かせてくれないかな?」
「んー……えっと、えーっと……」
「……なるほど。その秋人君が、遠くに引っ越してしまうんだね」
「ん……秋人のパパが、せーやく会社のおしごとで、てんきん?するんだって。
ぜったい、ぜったい行ってほしくないけど……やっぱり、だれにも聞いてもらえなかった。
しかたない、どうしようもない、って。
秋人のパパも、わたしのママも……それに、秋人も」
「それは……とても辛いことだ。大好きな人が遠くに行ってしまうのは、誰でも辛い」
「べつに会えなくなるわけじゃないから……って。
みんな、あんまりかなしそうにしないの。
そんなの、おかしいよ。わたしはこんなに、こんなにつらくて、どうにかしたいのに」
つい泣いてしまいそうな気もちをわたしは、かおをぶんぶん横にふってごまかす。
「それでね、せめてプレゼントをおくろうって思って。
わたしと秋人がいっしょにいる絵をかいて、わたそうって……でも、」
「うまくいかない、と」
「……そう。くちゃくちゃって、すぐ丸めたくなっちゃう」
「ふむ……そういえば結構大きなリュックを担いでいるようだけど、もしかして今、絵を持っているのかい?」
「うん、もってるよ。だれかに見せるのはずかしいから、しゃしんだけ持ってきて、ここでかこうっておもってた」
わたしはしゃしんを取り出して、お姉さんに見せる。あまり写真に写りたがらない秋人とわたしが、珍しくいっしょに写ったものだ。
それと、描きかけの絵もお姉さんに見せた。
「なるほどね。確かに、写真の方が描きやすいこともありそうだ。
それでこれが君の絵……うん、途中とはいえ、よく描けてるよ」
「……ほんとに?ぜんぜん秋人ににてなくて、ヘタなのに……」
「絵に下手も上手いもないさ。大事なのは、そこに込められたものだ。
秋人君に似せたいというだけならそれこそ、この写真だけだっていい。
でも、君は絵を描こうと思った。それは、とても大事なことだと思う。
その子のことを心に焼き付けたかった――そうじゃないかな?」
「う……うん!」
「私もそうだよ。いつからかずっと亮真君の……こほん、私の話はさておき」
わざとらしくせき払いをしながら、お姉さんはわたしを見て言った。
「さて、どうしようか。君の絵を直すことは私にもできるだろうけれど……それは君の望みではないよね?」
「んー……うん、そうかも。やっぱりわたしが描かないと、イミがないもん」
「ふふ、明璃さんならそう言ってくれると思ったよ。それはとても大切な事だからね。
でも、できる限り上手くは描きたい……そうも思っているのは確かだ」
「……うん」
「じゃあこうしよう、私は君にできる限りアドバイスや知識を渡すよ。
その上で、君が絵を描く。これなら大丈夫だろう?」
「うーん、でも……そんなにうまくいくの?
いきなりお姉さんみたいに上手くなったりはしないよね?
あんまり時間もないから、いそがないといけないのに……」
わたしがふあんそうに描きかけの絵を見ると、お姉さんはわたしのほっぺをそっと手でさわる。ちょっとつめたいけれど、細くてきれいで……そして、手ぶくろをしているみたいにやわらかで、まっ黒な指だった。
「普通の人なら、ね。でも私は見ての通り、人間ではないんだよ。
一度試してみたい事でもあったから――明璃さん。私の目を、見てくれるかな?」
言われたとおりにわたしは、お姉さんの大きなみどり色の目を見た。
『そのまま。じっと、見て。まばたきはしても、大丈夫だよ』
すると、あたまの中に、色んなことがながれこんでくる。
フシギなカンカクに、おそわれる。
あたまの中にうかんだことがそのまま忘れずに、ゼンブ、全部、入ってくるような――そんな感覚。
『私は目を合わせた相手に”暗示”を掛けられるんだ。
本来は相手の心理を操作するモノなのだろうけど……どうやら、本人が否定する思考はともかく、受け入れてしまう思考なら、とてもたやすく植え付けられる。
まだ亮真君以外に試したことはないけど――私と同調しやすい者は、さらにその傾向が強いんじゃないか、と思ってね』
「あんじ……?しんり……?どうちょう……」
『絵の知識はもちろん、私の乏しい教養も君には渡そう。
テストで良い点は取れないかもしれないが、参考にはなるだろう――』
「あ、あ、あっ……す、凄い……これが……お姉さんの、頭の中……?」
「その様子なら、伝達は上手くいっているらしい。
定着するかは君次第だけど……なぜか、とても良い期待と……危うさを感じるな。
思考にはノイズが多いから、その取捨選択がうまくいくといいが」
あたまが、頭が、ぼんやりとするのに、するどく、鋭く。
メンドウだったお勉強の何十倍、何百倍も速く、それも確実に、知識が入ってくる。
そして心の中が揺れ動くのと同時に、体がカッと熱くなり始めた。
「な……なに、これっ……すごい……!
ちょっぴりコワいけど、それ以上に、どきどきして、わくわくしてっ……!
わ、わたしの……カラダも、ココロも……どうなるのか、わかんないよっ……!!」
「……む?」
熱々の、深いお風呂の中にカラダごと飛び込んで、沈んでいくような感じ。
でも身体を突き刺すような感覚には痛みが全くなくて、心地いい。心地よすぎる。
カラダが溶けていっても、なくなっちゃいそうでも、かまうもんかーって思えちゃう。
わたしの中にあるココロだけが剥き出しになって……そこからまた、身体が作り直されていくような、フシギすぎてよく分からない気持ちで、いっぱいで。
「ぁ……う、うぅっ……!?なにが……起きてるのか、わかんないけどっ……!
こ、こんな、の、はじめて、だよぉっ……!」
「その思いを込めたつもりはないはずなのに……そうなってしまうのか?
こ、この様子は……私と、あまりにも似て……」
それに、なんだろう。
目が見えなくなったと思ったら、ヘンな感じで見えて、そのすぐ後には――。
「……あ、」
ピタリ、と身体のどきどきが止んだ。
スマホの画面をぷちっと切るみたいに、一瞬で。
「あ……明璃さん……」
……おかしいな。気持ち悪いとかじゃないけど、なんか身体がふわふわする。
それに……視界もなんだか、ヘンだ。 わたしは今、どこを見ているんだろう?
座ったお姉さんより、私の目線の方がかなり高いし……わたし、こんなに大きくなかったよね?
「こ、こんなことになるとは……私の行為はいくらなんでも迂闊だったか……?」
私が視線を下げるまでもなく、うつむくお姉さんの姿がなぜか見える。
あれ?どういうこと?
とても気まずそうなお姉さんのカオも、外の綺麗な景色も、お姉さんが描いた絵も、描きかけの私の絵も、私の視界の中にあって。
これを見ているのは誰なんだろう……いや、わたししかいないよね。
じゃあ、つまり、どういうことかというと……えっと。
「もしかして……?」
ある事を思いついたわたしは、リュックの中に入れてあるお化粧用のポーチ(れでぃにとっては大事なもの!)から、昔から使っている手鏡を取り出す。
「……あっ!?」
「気づいてしまった……みたいだね」
わたしの背中から、いっぱい何かが生えてる。その先っぽには目玉がある。
さらにわたしは宙に浮いている。
でもって、一番気になっていた自分の顔を、手鏡で覗くと。
「や、やっぱり……!」
手鏡の中にある私の顔は、青い目。大きくて、青空のように綺麗で。
そして、顔の真ん中に一つだけしかない。
大きな、青い一つ目。
「わたし、お姉さんと一緒になっちゃったーっ!」
――でもこれって。
初めて感じるぐらい、さいこーな気分だ。
「あ、明璃さん……?」
とっても落ち着いているのに、とってもワクワクする。
ヘンな気分のようで、ちっともヘンじゃない。
何よりも、今ならなんだって出来ちゃいそうな、そんな気分。
「お姉さん、ありがとう!とーってもいい気持ち!」
「あ、はは……そ、そんなに喜ばしいかな?」
「だって、お姉さんみたいになりたいなって、思ってたもん!
すごいね、このカラダ!今ならなーんでもできそう!」
「でも……君はもう人間じゃなくなったんだよ?それも分かっている……よね?」
「うん、分かってるよ!それって、わたしはトクベツになれたってことだよね!
何でもできるチカラを貰っちゃったってことだよね!」
「……そ、そうか。そういう考え方もあって、当然か」
今のお姉さんはわたしみたいに背中から色々生やしてないし、空も飛んでいないけど、それが隠しているだけという事なのはわたしにも分かった。
きっとこれも、お姉さんと同じモノになれたからだろう。
「えーっと……どうしようか。
今の君なら、今までよりは上手く絵も描けるかもしれないが……」
「あー……うーん。ごめんなさい、お姉さん!
それよりわたし、早くやりたいコト……やらなきゃいけないコト、思いついちゃった。
また落ち着いたら、ちゃんと絵を教えてほしいから……連絡先教えて!スマホ持ってる?」
「あ、ああ。ほとんど使わないが、一応は」
「よかった!じゃあ、LIMEとか交換しとこ!」
「ん?ら、らいむ??」
「えっとねー、これはこーして……よし、おっけー!」
お姉さんと連絡先を交換してから、わたしは自分のリュックを担ごうとして……背中のあれこれが邪魔で担げないので、仕方なく手に持った。
まずは……うん。秋人に会いに行くよりも、”ソトボリ”を埋めなくちゃ。
「だ、大丈夫か?そんなすぐに慣れるとは思えないが……」
「だいじょーぶ!まずは、秋人が引っこししないよーに、お願いしてくるから!」
「え?」
「それじゃまたねー!ありがと、お姉さん!また一緒にお話ししよー!」
「ちょ、せめて背中の破れた服を着替えて、あとその姿を隠してから――」
お姉さんが何か言い終える前に、わたしはすでに別の場所へ”飛んで”いた。
18/12/13 19:54更新 / しおやき
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