連載小説
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情愛の彼方(9)


 日の昇りはじめる明け方、ようやく訪れた眠気に体の緊張が少しほぐれて不安も和らぎ、眠りの淵へさしかかるが、目をつむるとまぶたの裏側に嫌なものが浮かんでくる気がして、そのまま寝入ることを受け入れられない。
 しかし視界はぼやけてきて、意思と関係なくとろとろとしてしまう。自分の体温で暖まっている布団のなかの心地良さも相まって、浅く震えていた息づかいも深く落ち着いたものへと変わりつつある。
 嫌だ、眠りたくない、と歯を食いしばるも、背中から首から力が抜け、それは顎やしわを寄せる眉間にまで及び、そしてついに目は閉じられた。意識が焦点を見失い、揺らいだ。体は、その瞬間を待っていたといわんばかりに大きな息をひとつして、自我のこわばりをほどきにかかり、歓迎すべき休息、すなわち眠りを招き入れようとする。
 訪れる夜の終わりを知らせる合図、不思議と空気が冷たくなり、つづいて陽の明るさが温かみを与えて、触れるものすべてを解きほぐしていく。美亜乃の意地めいた抵抗もやがて静かになって、表情が穏やかになろうとしたその時。



    (・・だ・・・・)


               (・・・・せ・・・・・・・・)




 ぐわっ、と細い血管の走った目が見開かれる。敵意あるものがこの首を絞めつけようと迫ってきているのを感じ、身を起こしそれを振り払おうとするも、あたりには何もない。今のは、何だ? 気のせい? ひと晩おびえ続けて神経がまいってしまったのか・・・? しかし・・・。
 周囲には誰の影もなく、この部屋には美亜乃ひとりきりで、害を加えようとする者は見当たらない。
 いや、――――――――いや、あった。私を狙えるもの、ただひとつきり、だが、それは。
 馬鹿な、こんな、こんな馬鹿げたことが・・・?
 はぁっはぁっはぁっ、呼吸がどんどん荒くなる。手の平を見つめ指を折る。握る。ちゃんと自分の思ったとおりに動かせる。
 なのに・・・・・・。
 
 一番のど元に近かったもの。自然と、違和感なく、いつの間にか近づいて来れたもの。
 それは間違いなく、自らに繋がる、この両手である。



 しかし、ここに一考の余地がある。手は、まぎれもなく首元にあったが、事実としてそれは唯そこに在っただけであって、その姿勢に違和感や疑問を抱いくのはまだしも、何故自分は首を絞められようとしていると感知したのか。自身へ指向する害意の出所が己であるから、それを察知できたのか。いや、それでは主観的すぎて説明性に欠く。恐らく、寝巻の襟に窮屈さを憶えて、なんとなくそれを正そうとしていただけの事に睡眠不足による幻覚、もしくは勘違いが挟まったのだろう。
 つまりは首を絞めようとしたのでなく、首を絞めているものへとこの手は伸びたのである。
 
 そう。 きっとそうに決まってる。


 しかしもう一度睡魔のいざなうまま横たえるのは、再び悪意ある幻に惑わされる気がして嫌だったから、洗面台に向かい水で顔をそそいで、壁に掛けてあるタオルを手に取る。そこで、鏡に映る女の寝間着姿に息をのんだ。その襟元は、ボタンをはずして、充分に開かれていたのである。滴り落ちる水が、まるで、ひどい汗のようだった。





12/10/23 16:58更新 / 月乃輪 鷹兵衛(つきのわ こうべえ)
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