読切小説
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ある手品師とメドゥーサ
ある日、駅は人でごった返していた。

別に今日だけというわけではない。
平日でもこの駅は通勤、通学のために利用され、人が多いのだが、
今日は休日ということもあり、平日に比べれば非常に人の多い日であった。

そんな日に、俺は駅前のちょっとしたスペースを邪魔にならない程度に借りて手品を披露している。
職業『大道芸人』『手品師』というわけではない。
昔から手品が好きで、主にトランプマジック、コインマジックの手先でできることをやっている。
やるネタというのも、タネがわかって練習さえすれば誰でもできるようなものだ。
なので、知ってる人が見れば非常につまらないものである。
人だかりができるわけでもないが、いつも決まって休みの日にはここで手品を披露している。
人前でやれば上達はするし、時々お金を投げ込んでくれる人もいる。
ある意味ではちょっとした小遣い稼ぎだ。

「わかりやすい手品からやりましょう。ここに、1枚のハートのAがあります。もちろん、これ以外は普通のトランプです。」

5人ほど興味津々に見ている人々。
すぐ側を横目に通りすぎていく人々。
非常に様々だが、お構いなしに手品を続ける。
1枚のハートのAをデックから出し、目の前の人へ渡し、他のデックは残りの人へ回してもらって、どこにもタネも仕掛けもないことを確認してもらう。
そして、再び自分の元へトランプが返ってきたところで手品を始める。

「よーく見ててくださいね?このハートのAをトランプのデックの真ん中辺りへ入れます。そして、指を鳴らすと・・・」

パチンッ

読者の方も、知ってるかもしれないが、テレビでもよくある、指を鳴らすと真ん中に入れたカードが上へ戻ってくるというやつだ。
デックの一番上をめくり、ハートのAを見せる。

「なんで?!」「どうやったの?!」「なんだそのネタか(笑)」

様々な感想が返ってくる。
そんな感じでいろいろな手品を見せたところで、各々のタイミングでその場を後にしていく人々。

「そろそろ帰るかな・・・」

と、トランプ、コインを鞄に入れて帰ろうとしたときだった。

「待って」

突然声をかけられ、振り替えるとそこには1人のメドゥーサがとぐろを巻いていた。
人の多い駅なので、魔物娘はよく見るのだが、手品を見に来たのは初めてかも知れない。

「貴方、手品できるの?」

「そうですが?」

「もう1度、私に見せてくれない?」

「わかりました。」

「最初にやっていた、指を鳴らすと上に戻るやつをやってくれる?」

とぐろを巻き、尻尾の先端で地面をペシペシと叩きながら、彼女は淡々と手品を要求してきた。
一見すると、非常に不機嫌そうにしか見えない。
しかし、メドゥーサの特徴でも髪の毛の蛇達は、興味津々と言いたげな様子で俺の手元を見ていた。
再び鞄からトランプを出し、手品を始める。
最初と同じ流れで、彼女にトランプにタネがないことを確認してもらい、いざネタを披露する。

パチンッ

「はい、真ん中へ入れたはずのハートのAが再び上へ戻ってきました。」

彼女はまったく表情を変えない。
「だから何だ?」という感じである。
正直非常にやりづらい。
まだ何かしらの反応があればそれに対して話術などを駆使してできるのだが、無反応ではどうしようもない。
しかし、よく見ると頭の蛇達は驚きを隠せない様子。
隣同士の蛇で何やら相談するもの。
3匹ぐらいで絡まってしまって口が開いてしまっているもの。
メドゥーサは髪の毛の蛇達を見れば、何を思っているのかがわかると聞いたことがあるが・・・

『もしかして、ウケているのかな・・・』

「もう1回同じやつを。」

「あ、はい」

再び同じネタをする。
ハートのAをデックの真ん中へ入れようとしたとき、俺はメドゥーサ相手はやってはいけないことをした。
一瞬だが彼女の目を見てしまったのだ。
その一瞬で、トランプを持っている両手が石化した。
別に完全に石になっているわけではないが、まるで金縛りにあったようにトランプを持ったまま手は動かない。

「ち、ちょっと…な、何を…」

「ふーん、こういう仕掛けになっていたのね?なるほど。」

動かない俺の手を、まるで獲物を狙う蛇のように見回す彼女。
頭の蛇達も驚きを隠せない様子だ。
1匹だけ、「何でタネをばらすんだ!」と、怒っている様子だが、彼女の手に顔を握り込まれ、大人しくされてしまった。

「タネさえわかって、トランプさえあれば誰でもできる。あとは、練習次第って感じかしら?」

「ご名答です。貧乏なもので、最初からタネのある道具なんかは買えませんからね。」

「そっか。」

「わざわざこんなことしなくても、普通に教えたのに・・・」

「そ、そんなの何か負けたみたいで恥ずかしいじゃない!」

「いや、勝ち負けとかそんなのないんじゃ・・・」

「いつも休みの日に同じ場所で手品をやってる貴方が気になって、遠目で見てたけど、いつも最初の手品は同じで、その手品だけでも暴いてやろうといつも見てたけどわからないから、人がいなくなったところで近くで見てやろうと思って、それでもわからなかったから悔しくて・・・!」

と、今までの自分の境遇を赤裸々に告白し始める彼女。

「わ、わかりましたわかりました!と、とりあえず、この手を何とかしてもらえませんか?」

「あ、あぁ、ごめん。」

すると、さっきまで微動だにしなかった手が元に戻った。
その手から彼女がトランプを奪う。

「貸して!えっと、ハートのAをこうして、あとは・・・」

タネがわかったからか、手品をし始める彼女。
しかし、いきなりできるわけもなく、手元でグシャグシャになっていくトランプ。

「え、えっと、よかったら教えましょうか?」

「はぁ!?だ、誰が貴方なんかに!待ってなさい!」

しかし、いっこうにできる様子がない。
これでいきなりできてしまっては、俺の面目丸潰れである。
しばらくすると、彼女がトランプを返してきた。

「・・・教えなさい。」

「は、はい・・・」

「貴方と同じくらい!いや、それ以上にできるようになるまで!このハートのAは返してあげないんだから!」

そういう彼女の手にはこのトランプ唯一のハートのAが握られていた。
いつの間に取ったのかというほどの早業で、ある意味手品である。

「えっ?そ、それじゃあこのトランプ1枚足りないじゃないですか?!」

「そうよ!別に私に手品を教えるときは足りるんだから問題はないでしょ?!」

「そ、そんなむちゃくちゃな・・・」

そんなこんなで、彼女と俺の奇妙な師弟関係が始まったのである。
その後の話はまた別の日に。
16/05/08 20:45更新 / アキワザさん

■作者メッセージ
初作品です!
ここまで読んでくださった方ありがとうございました!
いろいろ指摘事項あるかと思いますが、楽しんでいただけたのであれば幸いです。

彼女と俺のお話は一応こんな感じでおしまいです。
最後は強引に着地させてしまいました。
ネタがあれば、もしかしたら続編があるかもです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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