一つ目のお話〜彼と魔物娘と〜
教会から脱走して早数ヶ月。近くの親魔領からワーシープとホルスタウロスを探し出すために旅を始めたカイであったが、その旅路は平坦なものではなかった。
親魔領に住む魔物娘の大半は、既に恋人がいるか既婚者の二種類。今まで彼が巡ってきた街にもホルスタウロスやワーシープは勿論居たものの、彼女たちは誰もが伴侶や恋人をもった個体であり、彼が間に割って入るなんて億が一にも不可能だった。
街で探すのが無理ならば、牧場ならばどうか。
ホルスタウロスやワーシープなどの家畜とよく似た特性をもつ魔物は、特定の牧場で夫婦生活を営んでいることが多い。
また、ホルスタウロスは種族の特性上生涯の伴侶ーー未婚者でも搾乳は可能であるが、その場合は確実にお持ち帰りコースであるーーでなければ搾乳は出来ず、その為婚活を兼ねて乳しぼり体験を行っている牧場は多い。その枠を狙おうとするものの、近年乳しぼり体験は爆発的な人気が出ているらしく、人数枠から見事に外れてしまう始末。
「如月さ〜ん、何とかなりませんかねぇ〜」
「…その溢れんばかりの下心を隠せばいいんじゃないの？」
「俺の夢のおっぱいがぁー」
最近世話になっている親魔領のとある町にある、金麦の宿にある酒場のカウンターに座るカイは、何回目とも知れぬ謎の言葉と共にそのまま突っ伏した。
「あのねぇ、幾ら魔物が好色的になってるって言っても、下心満載の鎧姿の男が近づいて来たら逃げるにきまってるじゃないか」
「やっぱそうっスかねぇ。でもほら、やっぱ情熱って大事だと思うんだよね俺」
「そりゃ、情熱は大事だけどさ。鎧姿の男がハァハァ息荒げながら近づいて来たら、女も運も裸足で逃げるにきまってるじゃないか」
彼の言い分を聞いて苦笑しつつ、この宿の女将でもある稲荷――極東、ジパングと呼ばれる国に住み、ここら辺ではあまり見ない、着物と呼ばれる服と、狐のような尻尾と耳が特徴的な魔物――如月優花はカイに白乳色の液体の入ったジョッキを出してやる。
「ほら、ホルスタウロスのミルク出してやるから――っとそうだ。ちょっと待って」
「あ？ ああ…何だ？」
カイの願うホルスタウロス。その母乳であるホルスタウロスのミルクは高い栄養価とその味で、嗜好品としても好まれている。この酒場では普通のミルク以外にもこうした魔物由来の食物を多く取り扱っており、カイは毎日のようにこのミルクを飲んでいた。
ジョッキを傾けかけるものの、何か思いだしたらしく彼に一言言ってキッチンの方へと引っ込んだ如月を見て、不思議そうに首を傾げるカイ。
「ふぅ、あったあった。ちょっとこれ飲んでみてくれないかい？」
「…ミルク？ いや、俺にはもうコレあるし」
「良いから良いから！」
帰ってきた如月が手に持っていたのは、カイの持つジョッキと同じジョッキに並々と注がれた白乳色の液体。ミルクだ。
確かにカイはミルクが好物であるが、だとしてもジョッキ一杯飲めたら十分だ。それに、ホルスタウロスのミルクは胃もたれ等は無いがそれでもその濃厚な味は、一日に一杯飲めれば十分なものだ。
流石に要らないと手を振るカイだが、如月はそんなこと気にせずに彼に無理矢理持ってきたジョッキを持たせた。
「大丈夫、身体に悪いものじゃないしそれにその一杯は私の奢りだよ」
嫌そうに顔を歪めるカイに、笑いながら言う如月。
流石にそこまで言われれば飲まないわけにもいかず、ジョッキに口を付けようとしてそこで手を止めた。
ホルスタウロスのミルクのような濃い香りではなく、どちらかと言えばほんの少し香る程度の香り。
ゆっくりとジョッキを傾けてミルクを口に含み――そしてカイは驚いた。
癖はあるものの、飲みやすいのだ。いや、決してホルスタウロスのミルクが飲みにくいというわけではないのだが、どうしても濃厚な味の為せいか一杯飲んだら満足してしまうのだ。
ソレに対してこのミルクはどうだろうか？ さらりとして飲みやすいが、だからと言って決して味が薄いわけではなく、しっかりとした甘さを感じる。
ホルスタウロスのミルクが緑溢れる丘陵地帯だとすれば、このミルクは風に揺れる草原だろうか？ 好きか嫌いかということは置いておいて、このミルクは今まで飲んできたミルクの中でも五指に、いやホルスタウロスのミルクと並んでツートップを飾っても良いかもしれない。そんな美味しいものだ。
瞬く間にジョッキの中身を飲み干すと、このミルクは一体何なのか、と視線で問いかけるカイに、悪戯が成功した子供のような表情で如月が答える。
「それはワーシープのミルクだよ」
「ワーシープの？」
ワーシープと言えば羊によく似た魔物であり、特産品はそのもこもこした毛であるとは聞くが、ワーシープのミルクと言うのは聞いたことが無い。
ワーシープとミルクと言うのがイメージできないらしく、首を傾げるカイ。
「ああ、普通はワーシープはその毛を売ってるんだけどね。私の友達は毛以外にもミルクを売ってるんだよ」
「へぇ、…癖はあるけど、これほどの味なら結構売れてると思うんだけど」
これほど美味しいものなら、ワーシープの特産品の中にミルクが追加されてもおかしくは無い筈なのだがと不思議そうにするカイに、如月は訳を話し出す。
魔物はどの種族であっても子育てのため、もしくは旦那とのプレイのために母乳を出すことが出来る。だが、基本的にそれは子供や旦那のためであって人に売れるほどの量が出るわけではないのだ。
だが、ホルスタウロスは種族の特性上常に溢れんばかりの母乳を体内で生産し続けている為、ホルスタウロスのミルクとして売り出すことが出来る。
彼女の友人であるワーシープは、どうやらホルスタウロスと同じようにミルクが出る体質らしく、どうせならミルクも売ってしまおうということで、今回特別に友人である如月の店にミルクを卸すこととなったらしい。
感心したように頷くカイに、如月が良いことを思いついたと言うように手を叩く。
「カイ、あの子たちに会ってみる？」
「え？」
「だから、このミルクを作ってるホルスタウロスとワーシープに会ってみないかって聞いてるの」
「…いや、確かに会いたいとは思うけど。唐突だな」
カイとしては飛びつきたいほどの提案であったが、流石に唐突過ぎて反応に困ってしまう。
そんな彼を見て如月は大きなため息を吐いた。
「ねえ、カイ？ 貴方ホルスタウロスとワーシープに会いたいって言って此処に来てから何か月たった？」
「うぐっ！？」
「これからもそうやって機会を失っていくんだねぇ。そして気づいたら…」
「分かった！ 分かったよ行くよ！ 行きゃいいんだろ！？」
よよよ、と嘘泣きをする彼女に思わず声を荒げるカイ。
それを聞いた彼女の行動は早かった。カイが次の言葉を言うよりも早く地図と馬車の運賃を準備すると、魔物特有の腕力で彼の首根っこを掴むとそのまま宿の外へと放りだした。
いつものこととはいえ、その荷物でも扱うような手つきに思わず「そんなことだから生き遅れるんだ」とボソリと呟いた彼に向かって特大の火の玉が飛んできたのはご愛嬌とも言えよう。
※※※
そんなことがあった数日後。カイは件の魔物が住んでいる村を訪れていた。
その村は最近出来たばかりの村らしく、村長夫婦と数人が暮らす人口の少ない集落のようなものだった。
この村の村長であるラオには、シスというラミア種ーー下半身が蛇で、その美しい声で相手を魅了する魔物の一種ーーの妻がいるらしいのだが、普段は人の姿で暮らしている。
いずれは魔物も人ものびのび暮らせる村を目指しているのだが、今は大きな街や周辺の村のこともあり人として暮らしているそうだ。
「ここが…。農場みたいな場所を想像していたが、ちょっと大きい家だな」
地図の通りに森のなかを進み、見えてきた赤い屋根の一軒家。カイは想像していたものと違う、普通の家よりは大きいくらいしか変わったところが無い家に思わずと言った風に呟きながら彼は玄関を叩いた。
「…反応がないぞ」
扉を叩いて数分。反応が一切見られないことを不審に思い、カイは家の周囲を歩き始めた。
家の周囲に人影は無い。つけられた窓から中を伺ってみるものの、明かりのようなモノがついている様子はなく、人気を感じられない。
如月は、自分が馬車に乗る際にハーピー便で先方に連絡を入れておくと言っていたが、もしかして忘れてしまったのだろうか？ だとしたら何というか相変わらず運がない。
思わずため息を吐きながら、仕方ないから引き返すかと歩き出そうとした彼に、小さく後ろから声がかけられた。
「あ、あのー」
「ん？ …えっと、その、なんかごめん」
声を聞いて振り返ったカイの視線の先に居るのは、一人の小柄な黒髪の少女。カイよりも年下だろうか？ 童顔を恐怖にゆがませ、大きな瞳を少しうるませている姿は即座に彼の頭を下げさせるには十分だった。
「も、もしかしてカイ・インスティンクトさんですか？」
「え？ ええ、まあ」
彼が頷くのを見て表情を明るくさせる少女に、一体どこで俺を判断したんだと思わず首を傾げる。
「あれ〜、どうしたの〜ティーア？」
「あ、アリス。えっと、如月さんの紹介してくれた人、来てくれたよ？」
黒髪の少女の後ろから、妙に間延びした口調の金髪の少女が現れる。
とりあえず、見た目は何の変轍もない美少女である彼女たちが、件の魔物なのだろうとあたりをつけると、自己紹介をしたほうがいいかと一歩足を踏み出そうとするのだが。
「あ〜、厳つい全身鎧を身につけたおっぱい大好きの変態さんだっけ〜」
「ぐはっ！？」
金髪の少女から放たれた容赦ない言葉が、バリスタの矢の如く彼の精神に深々と突き刺さる。
一体あの人は何を教えているんだ…。そんなことを内心考えながら彼はその場に崩れ落ちた。
「えっと、御免なさい！！」
家に入り、とりあえずお茶でもと一息つくとともに、黒髪の少女が全力で頭を下げた。
恐らくは金髪の少女の発言や、自分が最初に凄く怯えていたことを言っているのだろう。だが、それは仕方のないことだとカイは思う。
東方の鬼をモチーフにした全身鎧の不審人物が家の周りをうろうろして、家の中を覗いてたら誰だって怖い。自分だって怖い。
それに、金髪の少女の発言だって如月の紹介をそのまま言ったものらしいし、自分が怒る理由も、気にする理由も無いのだ。
「はははきにすることはないさだってほんとうのことだからなだからきにしなくていいぞ」
「あ、あうぅ」
兜を脱ぎ素顔を晒したカイは、思いっきり気にしてますと言った風に笑いながら棒読みでそう答える。
いや、本人にその気は無いのだろうが、やはり年下と思われる少女、しかもこれから関わりが深くなっていくかもしれない人たちに怖がられたり、あまりにも酷い紹介を真に受けられては、いくら教団のナイスガイと言えどもいつものままでは居られなかったらしい。
カイの言葉を聞いて再度涙目になる少女を見て、一々いじけているわけにもいかないなと考え、大きく深呼吸をすると表情を改める。
「あーっと、本当に気にしてないですから。それより、改めて自己紹介をしたいのですが構いませんか？」
「あ、はい」
「カイ・インスティンクトです。如月さんが話されているかと思いますが、元教団の一兵卒でした。現在は魔物を知るべく各地を渡り歩いています」
微笑みと共に頭を下げる。此処に来た理由は、確かに下心があるが、それは決して彼女達を怯えさせるためではない。
何より、下心もあったが、男手が足りないという話を聞いて、困っている人がいて見過ごすことができるだろうか？ いや、出来るはずがない。
「あ、私は、ティーアって言います！ ホルスタウロスで、今はこの牧場の牧場主をしてます！」
よろしくお願いします！ と勢い良く頭を下げる少女。そして、そんな彼女に追従するように跳ねる……爆乳。
ティーア、そう名乗った少女の身長は小さい。それこそカイが十何歳の、訓練校に通っていた頃の同世代の女子と同じくらいだ。本人の顔立ちも相まって、本当に女の子と言った具合である。
だが、そんな彼女の身長とは裏腹に、その身体は熟れた女性を思わせるようにむっちりとした肉感をしており、特にその胸は頭よりも大きい、それこそ大砲の砲弾でも詰まっているのではないかと言うほど大きく豊満なモノであった。
ホルスタウロスの服装である、胸を覆う牛柄の布地と、首にかけられた大きなカウベル。青色のオーバーオールと、牛の脚、そして尻尾。
彼が想像してきたホルスタウロスがそこに居た。
「あ、あの…」
「わー、やっぱり変態さんだー」
「うぇ？ って、あ！ いや、申し訳ない」
二人の言葉にようやくティーアの身体を舐め回すようにじっくりと観察していたことに気づき、大慌てで頭を下げるカイ。
肌を赤に染めながらも『胸がお好きとおっしゃられてましたし、ね？』とはにかむティーアを見て、思わず神に祈るポーズをとりそうになるカイ。
この子が神か？ この子があの伝説の乳神さまか！？
「むー、私がまだ自己紹介してませんよー？」
風船のように頬を膨らませ、金髪の少女が言う。
「申し訳ない。ついつい」
「おっぱい大好きの変態さんは、やっぱりティーアみたいなおっぱいが大好きなんですねー」
少しいじけたように胸を持ち上げながら言う少女の胸に、カイの視線が吸い寄せられる。
太陽のように明るく、暖かな金色。くるくると癖のある髪。頭部には貝殻のような渦巻き状の角。四肢を問わず気持ちよさそうなもこもこした羊毛が覆っており、その下はぴっちりとした黒い布地。そして、下から掬い上げられるようにして持ち上がった胸は、これまた大きかった。
ティーアと比べれば劣るものの、今まで見たワーシープの中でもトップクラスの爆乳。この胸からあのワーシープのミルクが出ているのか…。思わずそんなことを考えてしまう。
「ふふふ、本当にせっそうがない変態さんですねぇー」
「カイさん…」
「はっ！？ い、いや、その」
眠そうな目を細めてクスクスと笑う少女に言われて、またもや無遠慮な視線を送っていたのか、と慌てて言い訳をしようとする。
「良いですよー。魔物娘にとって、性的な対象として見られるのは悪いことではないですからー」
「そ、そうですか」
「でも、意中でもない人から視線を向けられるのは、いくら魔物娘でも少し困っちゃうんですよー？」
「本当に申し訳ありませんでした！！」
もはや謝ることしか出来ない。机に頭を付ける勢いで頭を下げる。確かに無遠慮に視線を向けるのは失礼なことだ。てか、さっきから俺謝ってばかりじゃないか？ そんなことを考えつつも改めて頭を下げようとして。
「ふふふ、やっぱり面白いですねー」
「…は？」
「冗談ですよー。私は見られて嬉しかったですからー」
「は、はぁ」
相手のふわふわした雰囲気に、怒ることすらできずただ気の抜けた言葉を返すことしか出来ないカイ。と、そこで彼の脳裏に少しひっかかるものが生まれるのだが、それを彼が確認するよりも早く、彼女が口を開いた。
「私はアリスっていいますー。御覧の通り、ワーシープです。これからよろしくお願いしますねー」
「あ、はい。よろしくお願いします。アリスさん」
「アリスで良いですよー？ カイさんの方が年上ですからー」
「あ、そうですか」
「私もティーアで良いですよ。それに、敬語も無くていいですよ」
「そうです――ああ、分かった。これで良いか？」
「はい。構いません」
にこりと笑うティーアを見て、俺明日死ぬんじゃないかなとふと思うカイ。
今まで全く運がなく、教団内部でもとにかく仕事をするので精一杯だった彼からすれば、今の状況は理想的どころか、生涯の運を使い切ってしまったのではないかと思わせるほどに恵まれていた。
黒髪と金髪の、タイプの違う美少女二人とこれから過ごす。これほど美味しいことも無いだろう、そんなくだらないことを考えていたが、そこで自分がどんな仕事をすればいいのか聞いていないことを思い出す。
「あ、牧場の手伝いをするって来たけど。俺は何をすればいいんだ？」
「そうですね。えっと、収入の基本はミルクと作物なので、カイさんには畑仕事を手伝ってもらいたいんです」
「なるほどな」
確かに、幾ら魔物と言えども畑仕事などの力がいる作業は難しいのだろう。それに、しっかりと作物で稼ぐことが出来るということは、それだけの量を出荷しているのだろう。ならば畑が大きくても不思議ではない。
「じゃあ、明日から始めるかぁ。時間は何時から？」
「えっと、朝と昼だから……日が昇る少し前くらいかな」
「分かった。じゃあ明日そのくらいに」
そう言って席を立ち上がろうとするのだが、そんな彼を引き留めるようにしてアリスが言った。
「あれー？ カイさんはこれからここで暮らすんですよー？」
「え？ …いや、俺宿屋とか空き家に泊めてもらおうかと思ってたんだけど…」
「えー、如月さんに言われませんでしたかー？ 住み込みでの手伝いだーって」
「え？ 本当か？」
「はいー。それとー、ティーアが恥ずかしがって言いませんでしたけどー」
「ちょ、ちょっとアリス！？」
住み込みというのを想定していなかったこともあり、少し状況に着いていけていないカイと、顔を赤くしてアリスの言葉を止めようとしているティーアを他所に、変わらぬのんびりした言葉遣いでアリスが更なる爆弾を投下する。
「お仕事はー、畑仕事だけじゃないんですよー？」
「ちょっとアリス！！」
「…えっと、そうなると毛刈りとかか？」
「それもありますけどー」
先程のように胸を軽く持ち上げながら、アリスが意味深げに笑いながら言う。
「搾乳もありますよー」
「…搾乳？ 牧場に動物でも――」
「わ、た、し、た、ち、の、ですよー？ ほら、搾ってみたいと思いませんかー？ 私たちのおっぱい」
頭の中は突然の話だらけで混乱しているものの、そんな思考とは裏腹に、身体は自然と動き、まずアリスの全身を見てそしてその豊満な胸へと視線が向かい、次に先程から金魚のように口をパクパクさせているティーアの方へと視線を向け、その巨大な乳房に視線を集中させようとしたところで――
「あ、う、も、もぉおおおおおおおお！！」
「ぐほぁ！？」
「あらあらー」
我慢の限界に達したらしく、顔と言わず肌全体を羞恥で真っ赤に染め上げたティーアの強烈な一撃がカイに炸裂した。
テーブルを避けつつの、タウロス種特有のパワーを活かしきった肩から抉り込むようなタックルは、鎧を纏っている彼の身体を易々と宙に浮かせ、彼は受け身すらとれずに思い切り壁に打ち付けられた。
「はぁ…はぁ…はぁ……あ！？ ああああ、あの！？ か、カイさん！？ 大丈夫ですか！？」
どうやら後頭部を打ち付けてしまったらしい。少しずつぼやけていく視界。何度も経験したことがある気絶する寸前の状態だ。
だが、そんな視界の中で彼はそれを鮮明なまでに視認した。大慌てでこちらへ駆け寄ってくるティーアの、ばるんばるんと弾むその胸である。
そのまま彼の元に駆け寄って跪くと、彼女の胸は彼女の腕に挟まれてその形を卑猥に変形させ、山脈のような谷をより深い、海溝の如き谷間へと昇華させる。
…そうか、ここが理想郷だったのか…
脳裏に目の前の光景を焼きつけつつ、そんなくだらないことを考えながら彼は意識をはっきりとさせたまま気絶するのであった。
親魔領に住む魔物娘の大半は、既に恋人がいるか既婚者の二種類。今まで彼が巡ってきた街にもホルスタウロスやワーシープは勿論居たものの、彼女たちは誰もが伴侶や恋人をもった個体であり、彼が間に割って入るなんて億が一にも不可能だった。
街で探すのが無理ならば、牧場ならばどうか。
ホルスタウロスやワーシープなどの家畜とよく似た特性をもつ魔物は、特定の牧場で夫婦生活を営んでいることが多い。
また、ホルスタウロスは種族の特性上生涯の伴侶ーー未婚者でも搾乳は可能であるが、その場合は確実にお持ち帰りコースであるーーでなければ搾乳は出来ず、その為婚活を兼ねて乳しぼり体験を行っている牧場は多い。その枠を狙おうとするものの、近年乳しぼり体験は爆発的な人気が出ているらしく、人数枠から見事に外れてしまう始末。
「如月さ〜ん、何とかなりませんかねぇ〜」
「…その溢れんばかりの下心を隠せばいいんじゃないの？」
「俺の夢のおっぱいがぁー」
最近世話になっている親魔領のとある町にある、金麦の宿にある酒場のカウンターに座るカイは、何回目とも知れぬ謎の言葉と共にそのまま突っ伏した。
「あのねぇ、幾ら魔物が好色的になってるって言っても、下心満載の鎧姿の男が近づいて来たら逃げるにきまってるじゃないか」
「やっぱそうっスかねぇ。でもほら、やっぱ情熱って大事だと思うんだよね俺」
「そりゃ、情熱は大事だけどさ。鎧姿の男がハァハァ息荒げながら近づいて来たら、女も運も裸足で逃げるにきまってるじゃないか」
彼の言い分を聞いて苦笑しつつ、この宿の女将でもある稲荷――極東、ジパングと呼ばれる国に住み、ここら辺ではあまり見ない、着物と呼ばれる服と、狐のような尻尾と耳が特徴的な魔物――如月優花はカイに白乳色の液体の入ったジョッキを出してやる。
「ほら、ホルスタウロスのミルク出してやるから――っとそうだ。ちょっと待って」
「あ？ ああ…何だ？」
カイの願うホルスタウロス。その母乳であるホルスタウロスのミルクは高い栄養価とその味で、嗜好品としても好まれている。この酒場では普通のミルク以外にもこうした魔物由来の食物を多く取り扱っており、カイは毎日のようにこのミルクを飲んでいた。
ジョッキを傾けかけるものの、何か思いだしたらしく彼に一言言ってキッチンの方へと引っ込んだ如月を見て、不思議そうに首を傾げるカイ。
「ふぅ、あったあった。ちょっとこれ飲んでみてくれないかい？」
「…ミルク？ いや、俺にはもうコレあるし」
「良いから良いから！」
帰ってきた如月が手に持っていたのは、カイの持つジョッキと同じジョッキに並々と注がれた白乳色の液体。ミルクだ。
確かにカイはミルクが好物であるが、だとしてもジョッキ一杯飲めたら十分だ。それに、ホルスタウロスのミルクは胃もたれ等は無いがそれでもその濃厚な味は、一日に一杯飲めれば十分なものだ。
流石に要らないと手を振るカイだが、如月はそんなこと気にせずに彼に無理矢理持ってきたジョッキを持たせた。
「大丈夫、身体に悪いものじゃないしそれにその一杯は私の奢りだよ」
嫌そうに顔を歪めるカイに、笑いながら言う如月。
流石にそこまで言われれば飲まないわけにもいかず、ジョッキに口を付けようとしてそこで手を止めた。
ホルスタウロスのミルクのような濃い香りではなく、どちらかと言えばほんの少し香る程度の香り。
ゆっくりとジョッキを傾けてミルクを口に含み――そしてカイは驚いた。
癖はあるものの、飲みやすいのだ。いや、決してホルスタウロスのミルクが飲みにくいというわけではないのだが、どうしても濃厚な味の為せいか一杯飲んだら満足してしまうのだ。
ソレに対してこのミルクはどうだろうか？ さらりとして飲みやすいが、だからと言って決して味が薄いわけではなく、しっかりとした甘さを感じる。
ホルスタウロスのミルクが緑溢れる丘陵地帯だとすれば、このミルクは風に揺れる草原だろうか？ 好きか嫌いかということは置いておいて、このミルクは今まで飲んできたミルクの中でも五指に、いやホルスタウロスのミルクと並んでツートップを飾っても良いかもしれない。そんな美味しいものだ。
瞬く間にジョッキの中身を飲み干すと、このミルクは一体何なのか、と視線で問いかけるカイに、悪戯が成功した子供のような表情で如月が答える。
「それはワーシープのミルクだよ」
「ワーシープの？」
ワーシープと言えば羊によく似た魔物であり、特産品はそのもこもこした毛であるとは聞くが、ワーシープのミルクと言うのは聞いたことが無い。
ワーシープとミルクと言うのがイメージできないらしく、首を傾げるカイ。
「ああ、普通はワーシープはその毛を売ってるんだけどね。私の友達は毛以外にもミルクを売ってるんだよ」
「へぇ、…癖はあるけど、これほどの味なら結構売れてると思うんだけど」
これほど美味しいものなら、ワーシープの特産品の中にミルクが追加されてもおかしくは無い筈なのだがと不思議そうにするカイに、如月は訳を話し出す。
魔物はどの種族であっても子育てのため、もしくは旦那とのプレイのために母乳を出すことが出来る。だが、基本的にそれは子供や旦那のためであって人に売れるほどの量が出るわけではないのだ。
だが、ホルスタウロスは種族の特性上常に溢れんばかりの母乳を体内で生産し続けている為、ホルスタウロスのミルクとして売り出すことが出来る。
彼女の友人であるワーシープは、どうやらホルスタウロスと同じようにミルクが出る体質らしく、どうせならミルクも売ってしまおうということで、今回特別に友人である如月の店にミルクを卸すこととなったらしい。
感心したように頷くカイに、如月が良いことを思いついたと言うように手を叩く。
「カイ、あの子たちに会ってみる？」
「え？」
「だから、このミルクを作ってるホルスタウロスとワーシープに会ってみないかって聞いてるの」
「…いや、確かに会いたいとは思うけど。唐突だな」
カイとしては飛びつきたいほどの提案であったが、流石に唐突過ぎて反応に困ってしまう。
そんな彼を見て如月は大きなため息を吐いた。
「ねえ、カイ？ 貴方ホルスタウロスとワーシープに会いたいって言って此処に来てから何か月たった？」
「うぐっ！？」
「これからもそうやって機会を失っていくんだねぇ。そして気づいたら…」
「分かった！ 分かったよ行くよ！ 行きゃいいんだろ！？」
よよよ、と嘘泣きをする彼女に思わず声を荒げるカイ。
それを聞いた彼女の行動は早かった。カイが次の言葉を言うよりも早く地図と馬車の運賃を準備すると、魔物特有の腕力で彼の首根っこを掴むとそのまま宿の外へと放りだした。
いつものこととはいえ、その荷物でも扱うような手つきに思わず「そんなことだから生き遅れるんだ」とボソリと呟いた彼に向かって特大の火の玉が飛んできたのはご愛嬌とも言えよう。
※※※
そんなことがあった数日後。カイは件の魔物が住んでいる村を訪れていた。
その村は最近出来たばかりの村らしく、村長夫婦と数人が暮らす人口の少ない集落のようなものだった。
この村の村長であるラオには、シスというラミア種ーー下半身が蛇で、その美しい声で相手を魅了する魔物の一種ーーの妻がいるらしいのだが、普段は人の姿で暮らしている。
いずれは魔物も人ものびのび暮らせる村を目指しているのだが、今は大きな街や周辺の村のこともあり人として暮らしているそうだ。
「ここが…。農場みたいな場所を想像していたが、ちょっと大きい家だな」
地図の通りに森のなかを進み、見えてきた赤い屋根の一軒家。カイは想像していたものと違う、普通の家よりは大きいくらいしか変わったところが無い家に思わずと言った風に呟きながら彼は玄関を叩いた。
「…反応がないぞ」
扉を叩いて数分。反応が一切見られないことを不審に思い、カイは家の周囲を歩き始めた。
家の周囲に人影は無い。つけられた窓から中を伺ってみるものの、明かりのようなモノがついている様子はなく、人気を感じられない。
如月は、自分が馬車に乗る際にハーピー便で先方に連絡を入れておくと言っていたが、もしかして忘れてしまったのだろうか？ だとしたら何というか相変わらず運がない。
思わずため息を吐きながら、仕方ないから引き返すかと歩き出そうとした彼に、小さく後ろから声がかけられた。
「あ、あのー」
「ん？ …えっと、その、なんかごめん」
声を聞いて振り返ったカイの視線の先に居るのは、一人の小柄な黒髪の少女。カイよりも年下だろうか？ 童顔を恐怖にゆがませ、大きな瞳を少しうるませている姿は即座に彼の頭を下げさせるには十分だった。
「も、もしかしてカイ・インスティンクトさんですか？」
「え？ ええ、まあ」
彼が頷くのを見て表情を明るくさせる少女に、一体どこで俺を判断したんだと思わず首を傾げる。
「あれ〜、どうしたの〜ティーア？」
「あ、アリス。えっと、如月さんの紹介してくれた人、来てくれたよ？」
黒髪の少女の後ろから、妙に間延びした口調の金髪の少女が現れる。
とりあえず、見た目は何の変轍もない美少女である彼女たちが、件の魔物なのだろうとあたりをつけると、自己紹介をしたほうがいいかと一歩足を踏み出そうとするのだが。
「あ〜、厳つい全身鎧を身につけたおっぱい大好きの変態さんだっけ〜」
「ぐはっ！？」
金髪の少女から放たれた容赦ない言葉が、バリスタの矢の如く彼の精神に深々と突き刺さる。
一体あの人は何を教えているんだ…。そんなことを内心考えながら彼はその場に崩れ落ちた。
「えっと、御免なさい！！」
家に入り、とりあえずお茶でもと一息つくとともに、黒髪の少女が全力で頭を下げた。
恐らくは金髪の少女の発言や、自分が最初に凄く怯えていたことを言っているのだろう。だが、それは仕方のないことだとカイは思う。
東方の鬼をモチーフにした全身鎧の不審人物が家の周りをうろうろして、家の中を覗いてたら誰だって怖い。自分だって怖い。
それに、金髪の少女の発言だって如月の紹介をそのまま言ったものらしいし、自分が怒る理由も、気にする理由も無いのだ。
「はははきにすることはないさだってほんとうのことだからなだからきにしなくていいぞ」
「あ、あうぅ」
兜を脱ぎ素顔を晒したカイは、思いっきり気にしてますと言った風に笑いながら棒読みでそう答える。
いや、本人にその気は無いのだろうが、やはり年下と思われる少女、しかもこれから関わりが深くなっていくかもしれない人たちに怖がられたり、あまりにも酷い紹介を真に受けられては、いくら教団のナイスガイと言えどもいつものままでは居られなかったらしい。
カイの言葉を聞いて再度涙目になる少女を見て、一々いじけているわけにもいかないなと考え、大きく深呼吸をすると表情を改める。
「あーっと、本当に気にしてないですから。それより、改めて自己紹介をしたいのですが構いませんか？」
「あ、はい」
「カイ・インスティンクトです。如月さんが話されているかと思いますが、元教団の一兵卒でした。現在は魔物を知るべく各地を渡り歩いています」
微笑みと共に頭を下げる。此処に来た理由は、確かに下心があるが、それは決して彼女達を怯えさせるためではない。
何より、下心もあったが、男手が足りないという話を聞いて、困っている人がいて見過ごすことができるだろうか？ いや、出来るはずがない。
「あ、私は、ティーアって言います！ ホルスタウロスで、今はこの牧場の牧場主をしてます！」
よろしくお願いします！ と勢い良く頭を下げる少女。そして、そんな彼女に追従するように跳ねる……爆乳。
ティーア、そう名乗った少女の身長は小さい。それこそカイが十何歳の、訓練校に通っていた頃の同世代の女子と同じくらいだ。本人の顔立ちも相まって、本当に女の子と言った具合である。
だが、そんな彼女の身長とは裏腹に、その身体は熟れた女性を思わせるようにむっちりとした肉感をしており、特にその胸は頭よりも大きい、それこそ大砲の砲弾でも詰まっているのではないかと言うほど大きく豊満なモノであった。
ホルスタウロスの服装である、胸を覆う牛柄の布地と、首にかけられた大きなカウベル。青色のオーバーオールと、牛の脚、そして尻尾。
彼が想像してきたホルスタウロスがそこに居た。
「あ、あの…」
「わー、やっぱり変態さんだー」
「うぇ？ って、あ！ いや、申し訳ない」
二人の言葉にようやくティーアの身体を舐め回すようにじっくりと観察していたことに気づき、大慌てで頭を下げるカイ。
肌を赤に染めながらも『胸がお好きとおっしゃられてましたし、ね？』とはにかむティーアを見て、思わず神に祈るポーズをとりそうになるカイ。
この子が神か？ この子があの伝説の乳神さまか！？
「むー、私がまだ自己紹介してませんよー？」
風船のように頬を膨らませ、金髪の少女が言う。
「申し訳ない。ついつい」
「おっぱい大好きの変態さんは、やっぱりティーアみたいなおっぱいが大好きなんですねー」
少しいじけたように胸を持ち上げながら言う少女の胸に、カイの視線が吸い寄せられる。
太陽のように明るく、暖かな金色。くるくると癖のある髪。頭部には貝殻のような渦巻き状の角。四肢を問わず気持ちよさそうなもこもこした羊毛が覆っており、その下はぴっちりとした黒い布地。そして、下から掬い上げられるようにして持ち上がった胸は、これまた大きかった。
ティーアと比べれば劣るものの、今まで見たワーシープの中でもトップクラスの爆乳。この胸からあのワーシープのミルクが出ているのか…。思わずそんなことを考えてしまう。
「ふふふ、本当にせっそうがない変態さんですねぇー」
「カイさん…」
「はっ！？ い、いや、その」
眠そうな目を細めてクスクスと笑う少女に言われて、またもや無遠慮な視線を送っていたのか、と慌てて言い訳をしようとする。
「良いですよー。魔物娘にとって、性的な対象として見られるのは悪いことではないですからー」
「そ、そうですか」
「でも、意中でもない人から視線を向けられるのは、いくら魔物娘でも少し困っちゃうんですよー？」
「本当に申し訳ありませんでした！！」
もはや謝ることしか出来ない。机に頭を付ける勢いで頭を下げる。確かに無遠慮に視線を向けるのは失礼なことだ。てか、さっきから俺謝ってばかりじゃないか？ そんなことを考えつつも改めて頭を下げようとして。
「ふふふ、やっぱり面白いですねー」
「…は？」
「冗談ですよー。私は見られて嬉しかったですからー」
「は、はぁ」
相手のふわふわした雰囲気に、怒ることすらできずただ気の抜けた言葉を返すことしか出来ないカイ。と、そこで彼の脳裏に少しひっかかるものが生まれるのだが、それを彼が確認するよりも早く、彼女が口を開いた。
「私はアリスっていいますー。御覧の通り、ワーシープです。これからよろしくお願いしますねー」
「あ、はい。よろしくお願いします。アリスさん」
「アリスで良いですよー？ カイさんの方が年上ですからー」
「あ、そうですか」
「私もティーアで良いですよ。それに、敬語も無くていいですよ」
「そうです――ああ、分かった。これで良いか？」
「はい。構いません」
にこりと笑うティーアを見て、俺明日死ぬんじゃないかなとふと思うカイ。
今まで全く運がなく、教団内部でもとにかく仕事をするので精一杯だった彼からすれば、今の状況は理想的どころか、生涯の運を使い切ってしまったのではないかと思わせるほどに恵まれていた。
黒髪と金髪の、タイプの違う美少女二人とこれから過ごす。これほど美味しいことも無いだろう、そんなくだらないことを考えていたが、そこで自分がどんな仕事をすればいいのか聞いていないことを思い出す。
「あ、牧場の手伝いをするって来たけど。俺は何をすればいいんだ？」
「そうですね。えっと、収入の基本はミルクと作物なので、カイさんには畑仕事を手伝ってもらいたいんです」
「なるほどな」
確かに、幾ら魔物と言えども畑仕事などの力がいる作業は難しいのだろう。それに、しっかりと作物で稼ぐことが出来るということは、それだけの量を出荷しているのだろう。ならば畑が大きくても不思議ではない。
「じゃあ、明日から始めるかぁ。時間は何時から？」
「えっと、朝と昼だから……日が昇る少し前くらいかな」
「分かった。じゃあ明日そのくらいに」
そう言って席を立ち上がろうとするのだが、そんな彼を引き留めるようにしてアリスが言った。
「あれー？ カイさんはこれからここで暮らすんですよー？」
「え？ …いや、俺宿屋とか空き家に泊めてもらおうかと思ってたんだけど…」
「えー、如月さんに言われませんでしたかー？ 住み込みでの手伝いだーって」
「え？ 本当か？」
「はいー。それとー、ティーアが恥ずかしがって言いませんでしたけどー」
「ちょ、ちょっとアリス！？」
住み込みというのを想定していなかったこともあり、少し状況に着いていけていないカイと、顔を赤くしてアリスの言葉を止めようとしているティーアを他所に、変わらぬのんびりした言葉遣いでアリスが更なる爆弾を投下する。
「お仕事はー、畑仕事だけじゃないんですよー？」
「ちょっとアリス！！」
「…えっと、そうなると毛刈りとかか？」
「それもありますけどー」
先程のように胸を軽く持ち上げながら、アリスが意味深げに笑いながら言う。
「搾乳もありますよー」
「…搾乳？ 牧場に動物でも――」
「わ、た、し、た、ち、の、ですよー？ ほら、搾ってみたいと思いませんかー？ 私たちのおっぱい」
頭の中は突然の話だらけで混乱しているものの、そんな思考とは裏腹に、身体は自然と動き、まずアリスの全身を見てそしてその豊満な胸へと視線が向かい、次に先程から金魚のように口をパクパクさせているティーアの方へと視線を向け、その巨大な乳房に視線を集中させようとしたところで――
「あ、う、も、もぉおおおおおおおお！！」
「ぐほぁ！？」
「あらあらー」
我慢の限界に達したらしく、顔と言わず肌全体を羞恥で真っ赤に染め上げたティーアの強烈な一撃がカイに炸裂した。
テーブルを避けつつの、タウロス種特有のパワーを活かしきった肩から抉り込むようなタックルは、鎧を纏っている彼の身体を易々と宙に浮かせ、彼は受け身すらとれずに思い切り壁に打ち付けられた。
「はぁ…はぁ…はぁ……あ！？ ああああ、あの！？ か、カイさん！？ 大丈夫ですか！？」
どうやら後頭部を打ち付けてしまったらしい。少しずつぼやけていく視界。何度も経験したことがある気絶する寸前の状態だ。
だが、そんな視界の中で彼はそれを鮮明なまでに視認した。大慌てでこちらへ駆け寄ってくるティーアの、ばるんばるんと弾むその胸である。
そのまま彼の元に駆け寄って跪くと、彼女の胸は彼女の腕に挟まれてその形を卑猥に変形させ、山脈のような谷をより深い、海溝の如き谷間へと昇華させる。
…そうか、ここが理想郷だったのか…
脳裏に目の前の光景を焼きつけつつ、そんなくだらないことを考えながら彼は意識をはっきりとさせたまま気絶するのであった。
15/06/21 12:14更新 / ソルティ
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