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イザナギ一号_07:奮闘!壱剛の必殺作戦
【イザナギ一号】

第七話:奮闘!壱剛の必殺作戦

 ○月t日

 汎用射出機構『アメハネ』。電磁射出によるレールガンを始めとし、ニードルガン、ダーツ弾、通常弾が発射可能となる。
 ダーツ弾など、特殊弾頭に関しては装填の必要があるが、通常弾、レールガンに関しては外殻として形成可能な超硬キチン質を使用するので通常の銃とは比較できない数を発射可能である。
 再生能力が続く限りは発射可能とはいうものの、生成過程でロスが生じる為、再生能力の機能低下などの問題もあり、拡張接続能力に特化した機能特化型が自分しか使えない。
「私の糸ほど役にはたたないわね」
自身が生成した糸で刺繍するアラクネ種のクユにそう呟かれ、ものすごく落ち込んだ。

 話を戻そう。
 生成過程において超硬キチン質の組成を変化させる事で、レールガンから通常弾頭までの汎用性を得ているわけで。
「あ! もう!シャンヤト! 水遊びしてたならお風呂! おーふーろ!」
「にゃああー!」
「・・・なんかもう、いいです」
 片手でシャンヤトを掴むと、バスタブの中へ放り込んできた。脳内モノローグさえ許されない生活に関して不満はないわけではないが、楽しいので諦めた。

 右腕だけを変化させ、拡張接続ユニット『アマハネ』を接続。機構の同調と最適化を開始。露出していたた右腕の外殻ごと腕の中へ埋没した。
 これが拡張接続である。最適化されたパーツであれば、肉体の一部として収納、展開できる。
 腕に弾倉を押し込んでいき、今日の準備が完了した。施設の探索を始める。
『え? 探索? 嫌よ一人で行きなさい。シャンヤトだって風邪ひいちゃうじゃない』
そう断られた、何故か夫婦仲の冷え込んだ妻の反応をこの歳で味わった気分になっていた。
 心のダメージもかなり痛いが、自分の年齢は幾つだったのかと涙ながらに悩む。
 彼女達は戻りたくないのだろうか。元々の大きさに。
 魔物とのメンタリティに深い溝を感じてならない。
 突然脳内でアラームが鳴った。視界の中、敷地内から周囲までを含む半径数kmを示すマップに赤い光点が明滅する。
 荷物を降ろした。

 樹木に覆われた敷地内近隣の山岳部。周囲を見渡せるその場所は、一部が地滑りによって失われ、テーブル状の場所のすぐ下は大きく抉れている。
 対象の所有火器はスナイパーライフルと分類されるもの。それを構えていた誰かの隣へ着地する。覚えている時間の大半をこの施設で過ごした自分としては、センサ、有視界戦闘、どちらにおいても視覚となる場所を把握している。改造人間として新たな命を得て依頼の性とも言えよう。
 偵察機ツカハギが捉えた相手を確認しようとした場所での邂逅。突然の状況に若干驚いた。
「一号。機能は万全?」
ライフルを置き、立ち上がる目の前の相手。長身で、こちらは見下ろされる形となる。
「すこぶる健康だよ。機械も含めて」
何を考えてかはわからない。だが、敵である可能性を自分は既に考えていた。
「零号、死んでなかったのか?」
白く長い髪に性別不明の外見。簡素なシャツとスラックスという格好と武器は、あまりにちぐはぐな印象を受ける。
 加えて、その姿を見た瞬間に感じるのは畏怖と忌避だ。その身体が発する気配は、どうにも剣呑なものだ。
「物騒な得物はしまってくれると嬉しいんだけど」
「そちらが既に右腕だけ外殻を露出しているのは何故だ?」
一触即発。そういった単語でなら簡単に説明できる状況だ。ただ、面倒なので自分から右腕の外殻を皮膚の中、身体の奥へ戻した。
「お前のところに魔物が居るはずだ。少なくとも数人」
数を明確に提示しない。それは状況を理解していないか、それとも誤魔化しておきたいことがあるからか。
 判断材料は少ない。そして、スナイパーライフルを望遠鏡代わりに使っていたことがどうにも気に食わない。
「その女を渡してもらえないか?」
「理由は?」
返されたのは沈黙。まるで言葉を惜しんでいるようだ。元々無口なイメージではあったが、それ故に口調は断定的で無駄がない相手だった。
「渡せ。渡せばお前に用はない」
好戦的どころか、臨戦態勢である。既にこちらを敵性対象と認識している。
「渡さないよ? あと、戦闘による強奪を望んでいるなら、出直した方がいい」
あの狼の時と同じだ。理由すら話さず自分の理屈だけ通す相手に誰が素直になるというのか。
「大体、君は事故で死んだはずだろう。いきなり現れたのだから、旧交を温めようとか考えないのかな。そちらの事情を話してもらわないとこっちだって対応は強硬なものになる」
「こちらの要求は明示した。行動を開始する」
全身を包む赤い外殻。自分の不完全な青の外殻と違い、その姿に破綻はなく、まるでギリシャ彫刻を思わす曲線が全身を構築していく。
 赤い外殻によって形成された筋肉質な彫像を思わす外見。頭部のモチーフは山羊であろうか。捩れた角を備えた様相は、なにか不吉な印象を受ける。
「能力において、オーバースペックとして余剰出力を削られた汎用型と数度の改造を重ねられた試作機である自分とでは能力における優劣は覆らない。要求を呑むことを提案する」
「嫌だ」
青く不均等な外殻、失敗作の烙印を押された一号機の姿。昆虫を思わす外見は、歪なデザイン。
 その右手に付与された装甲の意味を理解しているのか、既に外殻の一部、両手に電磁波の『貯め』を蓄積している零号が牽制してくる。
「拡張接続か。無駄だ」
「かもしれない」
通常弾による掃射。汎用射出機構であるアメハネは、超硬キチン質による弾丸を続け様に吐き出し、零号の外殻を貫こうと宙を貫く。
 しかし、両手から展開された電磁バリアによる分厚いエネルギーの層が弾丸の軌道を上書きし、零号より外へ捻じ曲げていく。青白い輝きは、何も通さず、半透明なフィールド状、エネルギーの真空状態のようにしかこちらの眼では捉えられない。
 クーロン力などを説明したクーロンの法則などに電磁気学における基本法則からローレンツ力を用いた荷電粒子の運動の説明やビオ=サバールの法則による第二項についてなどをあの男に聞かされはしたが、高等物理学どころか現代の物理学の主流どころか表沙汰にもできないレベルでのオーバーテクノロジーを常人に理解できるはずもない。
 正直、五秒で諦めた。独自理論を駆使する専門の話は、彼以外に理解できた人間がいるかどうかすら定かでない。
 面倒なので高エネルギーによる力場程度に解釈しているし、もう一人、いつも機嫌の悪い女性研究員も、彼の理論と表現については「理屈に適っていない」と表現している。どう考えても電磁力とは思えない我々の機能についても質問攻めにあったが、自分も相手も解らないことの説明なんて不毛過ぎる。
 話は逸れた。
 そういった考察を行っている間にも、外殻の消費とエネルギーの浪費は続いている。基本的なエネルギーの総量が違う為か、あれだけの電磁バリアを発生させたのに疲労した様子も皆無である。常と同じポーカーフェイスが崩れることはなかった。
「なぁ、退いてくれないか?」
「その意見は却下せざるをえない」
舌打ちと共に拡張接続によるアマハネの機能をセレクト、腕の前腕、その下部から弾倉が露出させ、弾頭を変更した。
「必殺」
弾頭の連射は途切れない。手首から発射されるマズルフラッシュは途切れることなく、まるでプロップガンを思わす派手な勢いは止まらない。
 弾倉の重量と発射回数による残弾の確認を脳内で行い、並列処理で弾丸生成を続ける。遠隔による観測も開始。周囲に配置しているツカハギを介した作戦を続行しつつ、相手が電磁バリアを継続したままでいることに苛立ったふりをして連射速度を上げた。
「無駄だ」
その言葉に感情は見えない。電磁バリアの出力を維持したまま、こちらの弾切れ、もしくはオーバーヒートが先であることを計算し、後手を自ら選んでいる。
 基本性能の差に関しては、根性や運といった要素では簡単に覆らないという確信。
 だが。
「甘い」
前面が最も強力に、そして周囲はやや出力こそ下がるものの絶対的と言ってもいい状態で維持された電磁バリアは揺るがない。
 弾頭を再び変更。超硬キチン質による弾丸を電磁バリアより前、影響の及ばない地面へ掃射。その弾頭内に仕込んだ炸薬が、着弾の衝撃によって雷管から着火された。
 エクスプローダーと呼ばれる弾丸である。
 その衝撃と火薬の配列による破片の影響。それぞれの弾頭内の構造による時間差、それら全てが機能した瞬間、地盤が数センチ沈下した。
 体勢は僅かに崩れるものの、電磁バリアは維持されている。
 次いで。
 崩れた場所から亀裂が足元まで伸びてくる。その上へ拳を振り下ろした。
 跳弾による布石もあり、地面は容易く崩壊した。元々が地滑りがあった場所だ。広がった亀裂から周辺全てを巻き込み、中規模な時崩れが人工的に発生した。
 体勢は大きく崩れ、電磁バリアが消えた。
 その瞬間には機構が切り替わっている。
「落ちろ」
体勢を整えようとしていた零号へ電磁射出による弾丸。咄嗟に身体を捻ったのは反射神経の成せるわざか。しかし、肩から先は失われた。
 空中を流れる自分と零号の身体。崩れ落ちる樹木を足場に体勢を立て直し、同時に跳ね動くまでの時間は1秒に満たない。
 土砂から離れた位置へ着地した僕と零号は、そのまま再び対峙した。
「降参する?」
「片腕程度でか?」
不遜な態度に感じたが、彼、もしくは彼女にとって、自身の優位は未だ揺るいでいないのだろう。無論、片腕程度なら自分達のような改造人間の命が失われることはないし、性能差は未だ歴然としている。
 しかし、自分の内側、滾りながらも冷たく動いていた計算機構を、僕は既に停止させていた。
 外殻を解除。皮膚の内側、筋肉の流れの中へ収納する。あちらは未だに気付いていないらしい。
「ここはもう研究施設の敷地内だ」
ぴくりと、零号から初めて狼狽に似た気配を感じ取れた。それも瞬きの間に消えるが、相手が状況を不利と判断したのは確かだ。
 彼を狙うゼントリーガンは、それぞれがツカハギを解して自分の制御によって狙っている。例え電磁バリアによる防御を行おうと、高速機動による回避を行おうと、確実に痛手を負わせる自身がある。
 加えて、自分と相手には、性能とは別に、圧倒的な差が存在していた。
「零号」
右腕だけに外殻を展開。同時、アマハネによる手首の銃口と前腕の装甲を見せながら呟いた。
「性能差だけを戦闘における尺度と考えるのは、あまりに稚拙だろ」
零号の敗因、それは簡単に言えば経験の差だろう。
 電磁バリアによる防御は性能差による圧倒的なアドバンテージを利用した『確実な』行動である。
 リスク管理における確率の計算において、最も効率的に勝つという基本的な思考ルーチンは、改造人間にとっては当たり前のことかもしれない。
 しかし、それがいけない。
 自分の場合、怪人ジキタリスや狼との戦闘の際にも言えたことだが、学んだからこそ勝てたのだ。
 狼の魔物、あの美女の場合、単純な殴り合いに終始した。それは、魔物への侮りがあった事は否定しないし、経験不足だったこともまた確かだ。
 次に怪人ジキタリスについては、酸による攻撃に対しての恐怖から拡張接続による武装の追加という手段を選んだ。
 共通することは、どちらも自分が考え、選んだ結果が、その後の糧ともなっている実感である。
 零号にはまだそれがない。判断材料は絞り込み、無駄な要素は極力排除して考える。
 その結果、地形の影響や拡張接続による射撃機能による奇襲に対応できなかった。更に、今はゼントリーガンに囲まれている。
 地の利、武装の有利、そういったものとは別に、経験の差とは意外なまでに大きなものだったのだ。
「………撤退する」
「そうしてよ」
泥と砂塵に汚れた格好で睨む。
 同時に、右腕て手首からアマハネの主要機構を肉の下で準備もしていた。
「………魔物を必要としている相手はR財団、必要な理由は不明。研究に関する影響の調査、とだけ説明された」
突然の情報開示。
 もしや、こちらが追撃を加えようとしていた事を察してかもしれない。
 僕も情報は欲しかったし、その為なら多少は物騒なことも零号へ試みるつもりだった為に、出鼻を挫かれた感はある。
 奇妙で、非人間的で、考えが読めない相手。それは今も昔も、記憶の範囲内では研究所に居た時と同じのようだった。
「じゃあ、R財団に未だ所属しているのか?」
「R財団における魔物排除の流れは変わっていない。自分が死を隠れ蓑に存在を秘匿されたのは、組織の裏切り者に対する抑止力として機能する為だった」
「じゃあ、研究施設の襲撃も、もしやその裏切り者の誰かが?」
「R財団はそう思っている。そして、その可能性が最も高いのはイザナギ計画の計画責任者だ」
「あの男か」
自分達に影響を与えた数少ない存在であり、あの男ならやりかねないと思わせるだけの存在だった。
「結果、自分の対応も遅れ、奴の逃走を許した」
イザナギ計画に見切りをつけたのか、良心の呵責から動いたのか。
 可能性であれば前者の方が高いとは思う。そういう男だ。
「確認したがっていた研究の詳細は?」
「不明。情報からの類推によると生物兵器と魔術式における相互の影響について、何か把握したいようだったが」
生物兵器と聞いて、真っ先に思いついたのがあの怪人だ。しかし、あの魔物達と怪人に、何か因果関係でもあるのだろうか?
 いや、現段階で怪人が生物兵器だと決めるのは早計か。
 そこまで話した零号が軽く後ろへステップする。銃で狙っていたこちらにとっては虚をつかれる形であるが、これ以上の情報も持っていないだろう。このまま撤退してくれるのであれば都合はいい。
「次はないぞ」
「お互いにな」
溜め息混じりに応じる。どちらにしろ零号が全力で逃走するなら、多少の痛手は負わせられても致命傷は無理だ。
 必要なはずの情報も既に聞いている。それなら弾代が無駄にならないよう、見逃した方が賢明だ。
 計算高い。
 背を向けぬまま後ずさる零号。その彼、もしくは彼女がゼントリーガンの有効射程を出た瞬間、こちらに聞こえるか聞こえない程度の声で呟いた。
「人間は彼女達に何を望んでいると思う?」
それが零号の残した宿題だった。まるで彼、もしくは彼女自身が知りたいことを、そのまま尋ねたように感じる。
 そのまま反応が研究施設から離れていったことを確認すると、ゼントリーガンによる警戒を解いた。
 人が彼女達に何を望むか。
 少なくとも自分にとって、魔物だろうと大切なものは大切だ。
 多少人と違う外見や文化や性格や嗜好があろうとも、そんなことは関係ないのだ。
 彼女達を見捨てるなどという選択肢はない。
 だが、もし。
 普通の人だったら、どう思うのだろうか?
「さて、どうだろう」
 見上げた空には雲一つない。流れた風に、緩んだ包帯がふらふらと揺れる。
 答えは出なかった。

 帰宅。
 多少汚れた格好で部屋に戻ろうと、あまり好意的でない口調で出迎えられた。
「おかえり。貴方、研究施設の調査してなかったでしょう。どこで遊んでいたわけ?」
クユが眼を吊り上げる。先ほどの事は話さない方がいい気がしたので、適当に言葉を濁すこととした。
「いや、その、ちょっと外の見回りを」
「もう。そんな泥だらけにして」
「そう?」
「いいから。お風呂入ってお昼ごはんね。さっさと用意して」
「はいはい」
あのサイズということもあり、レトルトの用意は未だ自分だ。
 それにしても、最初に出会った時から随分と変わったものだと不思議に思う。
 自分を警戒してか、口調ももっと固かったように覚えているのだが。
「どうかした?」
「なんでもない」
 そんなクユが、今では二人の子供の面倒を見る主婦のような形である。
 不思議なものだ。
「何で笑ってるの?」
「なんでもないよ」
 指先で彼女を撫で、汚れた身体で風呂場へ向かった。
今日、誰に知られることはなかろうとも、自分は彼女達を守れたのだ。
 ちょっとだけ誇らしかった。

11/08/05 20:12更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
更新理由はなんとなく。
ザイトウです。

ストーリー的な伏線があったりしますが、まぁ、お手軽に楽しめる話とストーリー進行を半々にやっていこうかと思っている次第です。たまに好評なので日常編増やすかは考え中。
連載ももう七話と思うと不思議な感じです。ファンいねぇのに(笑)。
さて、ご意見ご感想ご指摘参加オファーまで何時も通りお待ちしています。
次の更新は結構そのうちの予定です。

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