連載小説
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イザナギ一号_08:集会
 ○月℃日

 現在、日本における魔物の流通は、大多数の『ゲート』を管理しているカヌクイ一族が大きな影響力をもっている。
 そのカヌクイ達と交渉し、相互交流の約束と技術面の支援、異世界の鉱物提供を皮切りにした同盟関係を成立させた組織が『集会』である。
 正式な名称は秘匿され、魔物の間でも一部の者しか知ることはない。故に、組織名として『集会』の名を示せば、すなわちそれが彼女達だ。
 組織は合議制によって運営されている。
 多種族による代表者が意思決定に関わり、彼らの会議こそ『集会』の語源である。
 その代表者の中にはドラゴン種など有力種族も含まれ、現在では日本における最大勢力と呼んで過言ではない。
 その方針は人間との共存、及び、利益共有が最も近い表現だろう。
 魔物がこの世界に根を張る時に必要なのは情報だ。さらに資金があれば言うことはない。
 彼女達はカヌクイの仲介によって有力企業との結び付きを得る事に成功し、稀少鉱石や技術を元手とした各分野での利権をも手中に収め、現在は、魔物達の平和を守り、人間との関係に眼を光らせる『調停者』とも表現できる立場を固持し、教会勢力や地球での反魔物思想警戒などの牽制にも尽力している。この他にも、彼女達の知るゲート以外の方法での流通が確認されている秋葉原の非干渉措置や、東京近郊において活動を行う魔物運営が運営を行う保障企業の提携など、その活動は活発にして機敏だ。
 集会の恐ろしさは、組織力、資金力、影響力のみならず、その多様性だ。やっていないことはないのではないかというほどに手広い仕事を行っている。
 敵対組織の襲撃、学校経営、医療分野での進出、宇宙開発に関する投資、地方の活性化事業から異世界難民への定住援助。
 魔物の影には集会。
 そう知られるようになって数年。彼女達は未だ精力的な事業拡大を継続中。
 それを正義と見るか、悪と見做すか、意外と意見が別れている。

 そんな『集会』組織において、ブラックラベル(要注意人物)を張られた人物が数人居る。
 カヌクイ筋における分家だが、御三家のうち笹門家当主からの信任も厚く物体の動きを読み取る異能と、格闘術にも長けた枝節 布由彦(エダフシ フユヒコ)。
 既存の物品から新たな物質を生成する事が可能という異能を備え、集会におけるドラゴン種代表とも懇意である事の知られた杵島 法一(キシマ ホウイチ)。 
 この二名に加え、最近、一名が追加されたという。
 その男はR財団と呼ばれる非正規組織において、イザナギ計画と呼ばれる改造人間プロジェクトの責任者であり、現在は海外逃亡中とのこと。
 名も定かでなく、その優れた研究力から各組織に狙われてもいるとのことだが、彼のプロフィールは多くが謎に包まれている。
 こういった情報は、その男の個人端末に保存してあったものなのだが、そんな彼女達と本格的に関わる事となったのは、非常に形容に困る今回の事件に関してが初めてだっただろう。

 その日、僕等は非常に嫌な来客対応に追われていた。
 何が嫌かと言えば。
「エロくない人が不意にエロいと萌えるよね!」
「かえってください」
言語が通じないところだろうか。
「いやいやいや、だってそうすると萌えるっしょ!ガードの固い人のブラチラとか、汗ばんだシャツに見える下着のラインとか!」
マジで帰って欲しい。
 来客というのは、クユのレース織りに関し、キュレーターと取引の仲介をしたという御仁、なのだが、初対面にしてこのフリキレた感じといい、どう考えても異世界出身の方であった。ありがとうございます。
 レース織りに関しては、また別の機会の話として、別記としよう。
「クユがまともで本当によかった………」
「そこで私の価値を確かめないで欲しいわね」
対応に困る相手からの現実逃避を窘められる。だって嫌なものは嫌なのである。どう考えたって相手にしたくない類である。シラフで酔っ払いなど最悪の中の最悪だ。
 アマゾネス種、褐色の肌に独自の文様、銀色を帯びた白髪相手は、sizeが間違っているのではいかというカッターシャツにスリットの深いタイトスカートという格好で胡坐をかいていた。上下共に、生地が破れるのではないかと心配でしかたない。
 フレームレスのメガネの位置を直し、出されていた烏龍茶を一気に飲み干した相手は、僕達が冷ややかな視線を向けている事を意にも介さず言葉を続ける。
「でさぁ、貴方達、いっぺん集会に顔出してみない?」
ここからが本題であるらしい。
 彼女、ラガンジュ曰く、解呪などを含む魔術式専門の下部組織があるらしく、そこで呪文の解読作業を受けてみないかという話であるらしい。
「何言ってるの?貴方もだって」
意外な要請に驚く。自分は呪いの対象者ではないのだが。
「身体や意識に悪影響を与える魔術式が組み込まれていないか調べるのよ。改造人間なんてシロモノなんだから、どこに何があっても驚かないし」
当然と言えば当然の言葉に、おそらく自分は顔をしかめたのだろう。
 苦笑いで場を和まそうとしたラガンジュに対し、短い相談ののち、集会へ出向く事とした。
 その選択はおそらく間違いだったような気はしないでもないが、書いている今にして思えば、何かもったいないことをしたようにも感じないではなかった。

 集会と提携している南陽開発という企業の運営する病院で検査は行われた。
 検査項目を聞いただけで頭がおかしくなりそう量で、気軽に引き受けるべきではなかったと深く深く後悔した。
 聞くだけで憂鬱にはなるが、一応書き記しておこうと思う。
 不都合が出たら、このうちのどれかが原因だ。
 身体測定、身長、体重、体脂肪率、内臓脂肪CT計測、骨密度測定、心肺機能 心電図、血圧、肺機能、動脈硬化検査、視聴覚、眼圧、緑内障の確認、眼底写真、動脈硬化、眼球の病気、糖尿病、肝臓病の確認、聴力、X線検査、胸部X線検査、肺癌ヘリカルCT検査、胃部X線検査、超音波検査、腹部超音波検査、食道・胃、上部消化管内視鏡検査、血液、白血球数、赤血球数、貧血、白血病などの確認、血小板数、血液型、ヘモグロビン(血色素)量 (Hb)、ヘマトクリット (Ht)、平均赤血球容積 (MCV)、平均赤血球血色素量 (MCH)、平均赤血球血色素濃度 (MCHC)、血清 HBs抗原による急性肝炎の確認、RPRによる梅毒の確認、C反応性蛋白 (CRP)からの感染症、腫瘍などの確認、リウマトイド因子 (RF)から関節リウマチや膠原病や肝臓病や感染症などの確認、ヘリコバクターピロリ菌抗体検査、C型肝炎ウイルス検査 (HCV)、その他血液系 空腹時血糖値、グリコヘモグロビンA1c (HbA1c)、グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ(アスパラギン酸アミノ基転移酵素)(AST, GOT)、グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ (GPT)、総ビリルビン (T-Bil)、γ-グルタミルトランスペプチターゼ (γ-GTP)、クンケル、乳酸脱水素酵素(LDH)、ALP、コリンエステラーゼ、総蛋白 (TP) 、アルブミン、蛋白分画、A/G比、血清アミラーゼ、総コレステロール (T-Cho)からは動脈硬化の確認、HDLコレステロール (HDL-C)、LDLコレステロール (LDL-C)、中性脂肪 (TG) : 高中性脂肪血症、肥満の確認。、クレアチニン、尿素窒素 (BUN)、ナトリウム、カリウム、クロール (Cl) : 塩酸基平衡異常の確認、尿検査/便検査 蛋白定量、糖定量、ウロビリノーゲン、尿潜血反応、尿比重、尿沈査、便潜血、前立腺がん検査 前立腺特異抗原 (PSA)、乳房・子宮 乳がん視触診検査、子宮がん検査、凝固・線溶 プロトロンビン時間、活性化部分トロンボプラスチン時間、フィブリノーゲン、繊維素分解産物 (FDP)、脳、頸動脈 核磁気共鳴画像法 (MRI) : 核磁気共鳴による断層撮影、磁気共鳴血管画像(MRアンギオグラフィ、MRA)はMRIの原理を用いた血管撮影と動脈瘤と脳梗塞の検査、PETによる陽電子断層撮影は糖代謝レベルの観察によるがん検査。
 以上。
 数えるのも諦めた数の検査を行った。
 大病院の中を延々と徘徊して数日かかった。検査によっては空腹を堪えたりバリウムを呑みこんだり、泊まり込みでだ。
 その結果が。
「機械だと何も反応しなかったわ。残念」
担当医師、集会から出向している美女、薄い肌の色と、人間に魔術的な擬態をしている姿からは種族を想像もできない相手からの言葉に、脱力で死にそうになるという生まれて初めての経験をした。これだけやれば、逆に何か問題の一つくらい見つかりそうなものだが。
「体内に電波を遮断、ジャミング、受信データを改変するツールのようなものがあるみたいね。レントゲンからも普通の人体構造しか映らなかったから、現在の技術としては異常ね」
まぁ、改造人間なんて製造しているのだから、その通りなのだろう。
 大体、魔物が存在している時点で何を言ったところで。
 ふぅむ。
「ところで」
女性(おそらく魔物。気配から察する限りでは)は、さも難題を抱えている様子で呟く。
「性交渉が可能かも、一応、調べないと」
気配が激変する。彼女が間違いなく魔物だと認識する。自分は自分で隙間の多い検査衣の裾をからげ、逃げ出す準備終了。
「結構です。そういった事に同意するつもりはありません」
「主治医の指示には従うようお願いします」
全身のうち、股間から上半身の鎖骨までを外殻で覆う。傍目には黒い下着に身を包んだようにしか見えないだろう。
 この状態であれば、急所までカバーされている。
「甘いわね! セイレーンシスターズcam on!」
「yes! ドクター!」
看護婦姿の女性達の姿が変化する。両手を翼と変えたツインテールの看護婦達は、一斉にマイクスタンドを手にしていた。
 コーラス。
 可聴域外の波動と魔力的な反応を前に、自衛に身体が反応するも、一瞬で外殻が解除されていた。
「なっ!?」
「必殺! 停戦の唱! 対象ユニットは武装、アイテム、所有能力の発動を阻止されると同時、戦闘を回避できる!」
「嘘だ! 今この場で襲われている!」
「『戦闘』は回避できると説明したはずよ!お医者さん! ごっこ! しましょぉ!」
「クユ―! シャンヤトー!」
女性に助けを求める情けなさは勘弁して欲しい。
 男なら、ある程度のファンタジィを女性に対して持ち合わせているものだ。
 それが。
「待てぇぇぇぇ! うふふふふふふふふっふふ!」
こういった形で破壊された瞬間の悲しみは、筆舌に尽くし難い。
 衣服を掴んで逃走を図ると同時、背後からは、何故か気配が増えた事を感じた。
「ゴーレム部隊前へ! 逃亡患者を鹵獲なさい!」
「yes! マスター! ご奉仕します!」
「サラマンダー各チーム集合! 対象は改造人間! う・で・が鳴るぜぇ!」
最悪だった。
 その後、パンツの有用性と逃走に関する研鑽の結果、自分は逃亡に成功した。
 院長を名乗る女性の主犯殴打による逃亡まで、股間が非常事態警報を発し、何かスースーしたことは秘密である。
 縮みあがるものなんだな。恐怖があると。

 院長による制裁、及び、股間の反応や。
「こら! 大人しく! しなさい!」
などという叫びと共にスクラムで一度押し潰された際、乳やらふとももやら臀部やらが、むちむちと、肉感的で柔らかく、ずるりと全身に擦れた瞬間には心の中から何かが咆哮を上げそうになったりもしたり。
 他にも。
「たーっくる!」
などという叫びと共に腰に魔物の直撃という常人なら腰椎粉砕の憂き目にあっていただろう行為の際、汗に濡れた衣服越しの、その、皮膚の柔らかさや温かさがじわりと伝わってきた瞬間のぞわぞわとした発作があったりなかったり。
 したのだが。
 その件は黙秘しておこうと思う。場合によっては墓まで持っていく。
 墓。
 そういえば。
 自分は、この身体で、何時まで生きていられるのだろうか?
「どうしたの? 壱剛?」
鞄の中、何一つ呪いについて判明していないものの、然して落ち込んでいないクユが、首を傾げる。
「なぁ、呪いについて、何も解らなかったのに」
どうして元気なんだと聞こうとしたものの、それがどれだけ無遠慮で恥知らずであるか察し、少しばかり遅かったものの、口を閉じた。
「んー、落ち込まない理由ねー」
しかし、気付かれてしまった。しかも、考えこませてしまっている。
 クユに対する不安と申し訳なさがぐるぐると混合してしまう中。
「だって、壱剛いるしね」
その一言で、許されてしまった。何の苦労もなく。
「………壱剛?」
「………いや、その、あれ」
顔が真っ赤になっている自覚がある。自分の機能として統制できるはずの思考が、てんでバラバラに活動してしまう。
「恥ずかしいのー?」
「顔…! 見ないでよ…!」
「なにかにゃー?どうしたのかにゃー?」
「シャンヤトの真似をするな!」
怒ってクユの隣、シャンヤトの毛並みに顔を埋めるようにして熱い頬を隠す。
「んにゃー?」
それに対し、鼻先にじゃれてくるシャンヤトの存在にまた赤面してしまう。
 自分は、彼女達にどれだけ支えているのか。
 それが解った途端、何故か、とても、恥ずかしかった。
 未熟な自分に対してか、甘えてしまっている彼女達への恩の為か。
「あ、晩御飯はオムライスがいい」
「にゃ! にゃー!」
「なんか、彼女は壱剛に冷ましてから食べさせて欲しいって言っているみたいだけ………させないわよ!? そんなこと!」
「ふっしゃぁぁ!」
「この! 亀甲縛りして差し上げようか!」
暴れる二人を慌てて抑え込み、溜め息に電車の天井を見上げた。
 今日も平和でよかった。
 そのくらいのオチでいい気がしたのは、満足しているからかもしれない。

11/08/07 21:51更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
更新が速いのは今回はかなり内容が短いから。
ザイトウです。
途中の検査の描写とかは読み飛ばしてOKだったりしますし。
さて、これ以降はエピソードを整理していない為、しばらくまた間が空くかもしれません。幾つかの話がまとめる前の状態なので。
このままフェードアウトしないよう頑張ります。
さて、何時も通りにご意見ご感想誤字脱字の指摘もお待ちしていま。
誹謗中傷は勘弁しといてください。読まなければ何の問題もない小説ですしw
ではー。

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