連載小説
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イザナギ一号_02:感情
 ○日☆日
 夜中に起きる。正面玄関からの警報設備にリンクした携帯の振動。音もなく外へ出る間にも、身体の奥でエンジンは始動している。
 人間には暴力に関するリミッターと衝動が潜んでいる。これは改造人間である自分にとっては改造における一つのファクターとして調整もされた。
 リミッターは機能する。だが、外れた時の衝動が常人のそれとは桁が違うほどの興奮と、目も眩む熱を身体の奥から感じる。
 それこそ衝動としか表現できない湧き上がるものだ。
「狼・・・?」
月光に照らされたシルエットに心が騒ぐ。それが興奮によるものなのか、一種の感動なのかは解らない。
 あるのは敵であって欲しいという願望だ。鋼の部品が身体の中で配置を変更している。より強い破壊を行う為の。 
 狼の生態的特徴を備えた種族、ワーウルフ。その牙には女性に対し発揮される同種族化を促す感染能力がある。男である限り効果はないが。
 他に気付いた点は、身体に奇妙な刺青があった事だろうか。微かな発光、放出される青白い光により、その肌は幽玄の者のように照らされている。
「殺すぞ。そこを退け」
端的な物言いに一瞬悩む。思考を戦闘用からシフト。理性というリミッターに本能が抵抗するが、今はまだだ。場合によっては多少の苦痛は伴おうと抑え込む。
 自分の衝動はあくまでも『機能』として加工されたものだ。機能である以上、管理できなければ意味を成さない。
「お前は?」
「ワーウルフのイタガ」
「イタガ、今、この施設は」
「黙れ。死ね」
跳び込む銀影。輝く体毛が月光に反射し、まるで命を得た刃を連想させる。
 リミッターの機能を停止する。身体の奥で雷光が蠢いた。
 斜め上から振り下ろすような蹴り。地面が陥没するほどの威力を左腕で受け止め、反撃の為に拳を握った。
 振り抜く。両腕でガードしたワーウルフの女、イタガが吹き飛ぶ。
 膂力と本能のバランス。皮膚を喰い破り、青い装甲が出現する。蟻や蜥蜴を思わす様相が身体に混じる。人の形をしていながら人でない何かになる。
 首筋の片面、肩、横腹、腰などに不完全な変化部位が残る。不完全な怪物。フランケンシュタイン博士の怪物にすら劣る、歪な模造品。
 それでも、青い外殻へ神経が広がる。肉が肉、歯車が歯車として、自分を化物へ貶めていく。
 同時に全てがたまらなく愉快になっていく。
 人影が舞う。尾が風に揺れる。筋肉が軋む。アクチュエータが唸った。
 殴り合いで破損する路面が軋み、蹴り折ろうと振り上げた足先が鎖骨を砕く。
 装甲が打撃に剥離した。続く一撃に頭骨の一部が割れ、人間の顔が血塗れで露出する。
 装甲と顔を繋ぐ人口の腱が千切れ、ロープのように肉片が舞い踊った。
 しかし、低速ではあるが再生する。ぎちぎちと装甲と筋肉が再び結合し、皮膚を外殻が再び覆う。
 傷を負う、殺し合う。それが堪らない愉悦でもある。
 人間でない人間と、人に似た生き物の殺し合い。
 なんと無意味で、なんと下らないものだ。
 だが、そういった冷静な思考が動きの停滞に繋がらない。戦う自分と思考する自分は別の思考で動いている。分割した思考は冷静に記憶するものと、ただ相手を殺す為に脊髄で考えているものの二分割。
 殴る。
 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
 それと同じ数を殴られる。打撃一つで外殻が割れ、打撃一つで相手の身体に青黒い痣と骨の損壊が生まれる。
 自分は強いのか、弱いのか。何故、戦うのか。それがいまひとつまとまらない。
 戦わないと、なにか嫌な事になるのは感覚的に解る。思考している脳からも、この施設に入れてはいけないと呟いている。
 それは縄張りに対する執着か、それとも、もっと別の忌避感か。
 生き物における闘争本能は、種を維持する為に発揮される意地のことだ。自殺とは本来的に難しく、正当ならざる死を望むのは人間だけ。
 なら、俺は相手を殺してでも生き残ろうとするのだろうか。
 頭の奥が熱を持つ。何かを喚起しよう、思い出そうと脳が蠢いた錯覚。しかし、それが形になるより先に、神経が記憶している行動をトレースしたかの如く自分の腕が無意識で動いていた。
 裂く。
 斬る、でも抉る、でもなく裂く、というimage。指先が幅をミクロン単位とした鋭い刃と化して伸長し、手刀による一撃が、今までとは違い致命傷を与えようとしていた。
 腹部を一閃。抉りとられた肉と共に血飛沫が舞う。突然の行動変化に対応できなかったのか、狼は驚いたように目を瞬かせた。
 五指が開き、相手を捉えようと鋭い指先を内側へ向ける。途端、相手が跳び込み様に爪を振るっていた。
 手刀で受ける。強靭な爪は欠けることなくこちらの刃を打ち払い、喉を握り潰そうと掌が迫る。
 刹那。
 手首へ噛みついたこちらの動きの方が疾かった。口から離した瞬間には、クロスカウンターの軌道で腕の外側、指を変化、元に戻した拳での一撃が、相手の顎を捉えていた。
 鈍い手応え。肩から肘が描いた円軌道、打撃の流れに従い、地面へ横っ面を叩きつける事となったイタガは、そのまま硬い路面でバウンドし、ひきつれるような呼吸を最後に、昏倒していた。
 青白い輝きが失せる。おそらくクユ達の『呪い』と同じ、つまりは魔術式という技術体系の一種だろう。その膂力は外殻の損壊から考えても、凄まじいものだった。
 血に濡れた口、牙の並ぶ外装から白く熱い息が漏れる。外装が幾度か脈動すると、皮膚へ突き刺さるように身体の奥へ消えて行く。
 勝敗ならば、間違いなく自分の勝利だろう。しかし、ならば相手を殺すのか? 喰うのか?
 そこまで考え否定した。どちらもあまり気分がよくない。必要性も今はない。
 拘束、事情聴取、場合によっては『集会』への引き渡しで十分だろう。なにより、初めて戦闘に使った身体が軋んでいた。
 実験ならともかく、戦闘に用いる場合、自分の身体を把握していないのは不利になるようだ。
 研究資料をもう一度確認しておくべきかもしれない。
 そこでふと思い至る。
 研究成果そのものを探るのではなく、研究資料からクユ達の『呪い』を探ってみるのはどうだろうかと。
 やはり経験の不足だなと、苦い溜め息を吐き出す。
 この程度の選択肢に辿り着くまでに三日もかかってしまった。
 それに、戦闘中に頭の奥隅で引っかかった感覚はもしかして。自分は、何かを思い出せたのだろうか?
 しかし、頭の奥を探るよう思考に沈んでも、何一つ浮かんでは来なかった。
 溜め息がまた一つ。
 等身大、人間と同じ大きさをした狼女を担ぎ、部屋へ戻る足取りは重い。
 何か、形容しがたい徒労感と、肉体に蓄積された疲労感。
 どちらも思考力を削ぐには十分な疲れだった。

 ○日×日
 朝起きたら縛られた魔物の女が転がされていた事に二人は驚いた。それはそうだと思う反面、昨日の傷の再生に費やしたカロリーで、喋るのも億劫な目覚めだった。
 もたもたとゼリー状の栄養食を1?ほど摂取して数分、供給された養分に、やっと身体が動き出した。つい先程までのエンストと比べても、アクチュエータの反応が違う。
「で、なに、これ?」
これとは随分な表現だとは思うものの、素直に説明を行う。昨日の夜、施設の襲撃者として戦闘した事を語る。
「なんだ、こっそり夜中に出て行ったから、パンツでも汚れたのかと・・・」
外へ出て行った事に気付かれていただけではなく、ひどい誤解を受けていたようで冷や汗をかく。この歳になって寝小便を垂れるようなら問題だろう。
 それにしても、起きたばかりだからか、クユの口調に遠慮がない。
「そういう意味じゃないんだけど。男の子なんだから、ねぇ?」
何に対して同意を求められているかは知らないが、ひどく失礼な反応な気はした。あと、元から遠慮や礼儀に関しては欠如していたような気もした。
「それにしても、狂戦士(バーサーカー)と一対一でよく勝てたわものね」
バーサーカー? それはパンズに野菜やビーフを挟んだものだろうか?
「それはハンバーガー。ジョークのセンスがないわね」
善処すべきこととして記録しておく。
「狂戦士、確かヒトツゴ? とか呼ぶのだったっけ? 東方移民の技術体系によって完成した強化魔術式の一種。つまりは異世界の技術。なんでも、自身の魔力を消費して常時強化状態にするとか、他国の研究者は推測していたらしいけど」
博学な事に驚く。
「・・・それは、まるで私が馬鹿に見えていたと聞こえるのだけれど」
違うのか?
「貴方とはじっくり後で話し合いましょう。それで、これの目的は?」
不明。初対面で殺し合いをした。
「物騒ね」
まったくだ。
「それで、これはどうするの?」
事情聴取、及び目的の把握を行い、そののちに『集会』に引き渡す。
 ついでに思いついたのだが、生存者であり実験の被害者である二人も、その『集会』に助力を求めるのはどうなのか。
 しかし、途中で断念する。
 呪いとは表現しているものの、仮に彼女達が何らかの細菌感染によって物理的に小型化している可能性は否定できない。
 その場合、改造人間である自分は人間や魔物というカテゴリーからはやや外れているから論外として、普通の人だと感染者となる危険性もある。
 そのことを説明してみると、難しい顔でクユが唸った。
「魔力の残滓は感じるから、儀式か何かによる発動とは思うけれど・・・」
細菌や病原体による発病と魔術式が別の可能性は?
「否定できない感じ」
それもそうか。自分が魔術式と呼ばれる技術概念が理解できないと同時、彼女もまた細菌や病原体という科学的な技術を把握しているわけでもないらしい。
「にゃー」
会話をしていて忘れていたのだが、ワーキャットの彼女が目を覚ましていた。彼女も、昨日の今日で名前すら定かでない。
 ワーキャットの子は、イタガの耳、頭頂にある尖ったもので遊んでいる。その刺激によるものか、重い呻き声と共にイタガが目をさましていた。
「で、あんた誰?」
数日前に聞いた単語。それを問われた時、自分はどう答えただろうか。
「まも、の・・・!?」
驚きと狼狽を含んだ様子。その視線がせわしなく室内を見回し、耳の先で遊ぶワーキャット、青い顔をしているであろう僕、そして目の前で話しかけているクユを移動していく。
「ここは?」
研究施設の中、とだけ答える。あとはクユに説明を任せた。
 施設の破壊に関する一連の事象。縮小されてしまった二人の魔物。
 現在の状況も含め、つい先日に自分が説明された内容と彼女の体験だ。それなりに時間はかかった。
 彼女自身も、小型化された姿で目が覚めるまでの記憶がないらしい。おそらく、誘拐されたのも最近で、自分とは状況が随分違うらしい。 
 それ以前の記憶がある点は羨ましかった。
 事情聴取を彼女に任すと、邪魔になりそうなワーキャットを抱き上げ、部屋を出て行った。

 研究施設屋上。周囲には敷地内の雑木林、そしてなだらかな丘陵を下る道が見える。
 ここで生まれた。だが、ここ以外で死ぬとして、どこを選べるのか。
「にー?」
顔色を伺うようなワーキャットの視線に、くしゃくしゃと手の中で撫でまわしてみる。
 楽しそうににーにー鳴く彼女に、ぼんやりと呟いた。
「あの狼の孤独なのかな」
僕はクユやこの子と出会えた。だが、彼女は何を求めてこの場所に来たのだろうか。
 探し求めることについては、なんとなくわかる。ただぼんやりしているよりそっちの方が愉しいのだ。
 嗜好覚悟というものだ。違ったかもしれない。
 ある男は人の生きる意味こそ思考覚悟であると言っている。よくわからないが、何か違う。
 しこうかくご、しこうらくご、しこうなくご。やはり違う。
 頭の中の血s機、いや知識から探ろうと思っても、意味と言葉の関連性を巧く理解できていない。諦めて溜め息を吐いた。
「未熟だ。まったく」
一人悩んでいると、正面玄関から人影。あの狼、イタガが出てくる。
 クユが拘束をほどいたのかもしれない。
 視線に気付いたのか、彼女は施設を仰ぐ。こちらを発見こそしたものの、何一つ言わずに去っていった。
 何かの気配を感じて視線を動かす。壁面に糸を貼り付けたクユが、下から登ってきているところだった。
「誰が虫ですって」
一言もそんな表現はしていない。
 彼女曰く、探しているものはなかったそうだ。
「探してるもの?」
「R財団に拉致された仲間のことだって」
この施設を探せば存在を確認できるかもしれないが、その可能性も高くはない。
「それで?」
「集会とカヌクイについて知っている分は教えた。あとは、縄をほどいて」
妥当な所だろう。深く関わり合いたいわけでもない。僕は自身の平穏と彼女達二人の安全があればとりあえず構わない。
「ダメだった?」
いいや。戦う必要性がないのだったらそっちの方が楽。
 端的にそう説明しているうち。
「あ」
 狼の彼女が感染していないことを思い出した。ならば感染症とは別の問題らしい。
 呪い。
 呪い。
「………はぁ」
考えるのが途中で馬鹿らしくなったのでやめた。
 そのうち解るかもしれない。
 ずっと解らないかもしれない。
 どちらでもいいのだ。
「平和であれば」
「お腹減った」
「にゃ」
常と同じく朝食の要求に屋上を後とする。
 肩や頭に二人を乗せると、朝食を何にしようかと地味に悩んだ。
 今日もいい天気だ。



11/07/23 01:29更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
とりあえずここまでです。(2011.07.21)
ザイトウです。
続きかければいいなーと思いつつやり逃げ。
アデオス。

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