連載小説
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イザナギ一号_01:拾得物カテゴリー生物

 ○月△日
 大発見をした。これは世紀の大発見である。
 これは日記に書かなければと思った。どうしても記さなければならないと思った。
 男の急所はバットではない。ボールだ。
 今日という日に初めて打ったのだが、鼻血が出るのではないかというくらい痛かった。
 腰から上までへっこむくらいの勢いで痛かった。
 正直、今後は股間だけ外殻を常に展開しようと思っているくらいだ。
 外殻、そう外殻。
 僕が改造人間だからある生体機能だ。元々はイザナギ一号と呼ばれていた自分の。
 それが元で、今も伊邪那岐 壱剛(イザナギ イチゴウ)と呼んでいるのはやはり安易だ。
「壱剛ー、ごはんー」
「はいはい」
唯一の同居人して蜘蛛の生態的特徴を備えた美女。加えて呪いという謎の現象で猫以下の大きさとなってしまっている存在。
 アラクネのクユ。そう名乗った存在が、六畳間、元職員用生活空間のテーブル上で飛び跳ねている。
「カップラーメンかレトルトしかないけどいい?」
「・・・野菜とかは?」
「保管庫になら。途中で廃棄された動物兵器と戦う必要があるけど」
「・・・そっちの高菜ラーメン。あと小鉢に分けてちょうだい」
「はいはい」
頭の上にクユを乗せ、食事の用意をする。過去の自分が料理できたのかも不明であるが、記憶喪失の回復手段はいまのところない。
 お湯を沸かしていると、どこかから音がした。何か居るのかもしれない。

 彼女と出会ったのは隔離区画の類で、探検に入ったら居た。
 現在、この施設の暫定管理者のようなものである自分は、調査されていな区画を探検したり、しなかったりして日々を過ごそうかと思っている。
 自宅探索員だ。探索するほど自宅が広いというのも面倒な話だが。
 今日も今日で施設内を散歩している。地下階層は現在立ち入り可能な層が第参階層。今後の生活次第では、更に奥まで入れる可能性もある。
 そのうち、改造人間の悪いところを治す機械が発見できないだろうかとも考えている。
「にゃー」
鳴き声が聞こえた。昔居たゲル状の猫のような生体兵器だったらどうしようと思う。
 何か、あの生き物を見ると背筋が総毛立つのだ。あれが『怖気』や『生理的嫌悪』と呼ばれるものであるのは最近知った。 
 そういった警戒と共に周囲を探る。近場の扉を叩きつけるように開くと、暗い室内から気配がした。
 段ボールが振動していた。段ボールとは振動しないもののはずだ。
 開けてみる。
「にゃあー・・・」
何か、弱々しい鳴き声と共に、猫の身体的特徴を備えた生き物、脳内インデックスにおいてワーキャットという項目と合致した生き物が、やはり手乗りサイズで蹲っていた。

 治療はクユに任せる。抱えて帰る間もぐったりとしていたので、何らかの要因で衰弱していたのだろう。
 点滴や注射なら僕も使えるのだが、このサイズでは投与の適量が解らない。
 仕方なく任せていると、懐で警報が鳴った。携帯電話とリンクした外部からの侵入者警報である。
 敷地内への侵入、現在、私有地内を車両が走行中。監視カメラからの映像リンクで見た限り、何らかの組織に依頼された傭兵と判断。
 何度か停止指示したものの、無視された。建物を囲むゲートを破壊し、内部へ侵入を試みている。
 この敷地に用事があるようだ。
 仕方なく自分で対処する事とした。

 自分の能力は汎用性に乏しく、実に小さなものだ。
 電磁推進による飛行と海上移動、人間の十数倍単位で増幅された膂力、あとは、電磁操作。
 襲撃に際し、本家筋と呼ばれていたカヌクイ達と比べれば、本当に微々たるものである。
 加わっていた少年、いや青年くらいの歳の子を例に挙げても、単一特化の極みのような存在であり、隣接戦闘において無双に近い働きをした。あんな化物ばかりだとして、自分如き改造人間では歯が立たないだろう。
 正面玄関前へ移動。
 遠く、車の輪郭が確認できたので、近くから半壊した車を持ってきた。以前の騒動に際して破損し、敷地内に放置されたものだ。
 投げた。
 スクラップ寸前の鉄塊が車を押し潰す。咄嗟に跳び下りた人間にセントリーガンが反応した。
 敷地内防衛設備の一つ、大型のゴム弾頭を打ち出す自動応射機構による掃射。敷地内全域をカバーした銃は抗弾ジャケット装備でも動けなくなる。
 呻いている人数を確認すると、即座に携帯電話から通報した。
「すみません。搬送者三台」
魔物による自治団体である『集会』へ電話をした。
 今日は手間がかからなくてよかった。

「にゃー?」
「なー?」
「にゃー」
「なー」
「・・・恥ずかしい真似はやめなさい」
クユの指摘により原始的な意志疎通対応の確認を停止。繰り返しによる対応の変化を分析していたのだが、僕のやり方は間違っていたらしい。
「そもそも、なんで言語不全になっているのかを調べないと」
元気になった時点で、それらは最優先事項ではないのだが、さすがにフローリングの上をトイレにされる事態は回避したい。
「どうやって?」
「医学的な検査とか、呪術的な対処療法とか」
「自分の呪いも解らないのに?」
「うっ」
膝の上に抱えたワーキャットをもてあそぶ。毛並みを指先で逆さにするよう撫でると、手触りがとてもよい。
「にゃぁ」
楽しげに眦を細めるワーキャットを抱きかかえる。犬か猫かと聞かれれば犬を選ぶのだが、やはり猫も可愛い。
「そこ、あまり甘やかさないように」
「思考における分別は十二分にあるようだが」
指先を甘噛みするワーキャットを抱え直す。言語系と共に理性的な行動も減衰している印象があるが、凶暴になるわけでもない。
 本能と理性の境界という表現が正しいのやもしれない。
「しっぽ」
「にー」
「遊ぶな」
先端がふらふらと揺れる尻尾をつまむと、嫌そうに奪われた。ざりざりと耳の裏やよれた髪をほぐすよう触れると、途端にガードが緩くなったようだが。
「弄ぶな」
顔を這い回られた。別段気持ち悪いわけではないが、顎に貼り付けた糸でバンジーされても困る。
「とりあえず、飯にしないか?」
「にゃー」
「用意して」
一人、というより、一匹と表現すべき単位で同居人が増えた。
 未だ、何一つ状況は改善されないが。



11/07/21 22:11更新 / ザイトウ
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■作者メッセージ
第一話ー。とりあえず序盤ポコポコと。
ザイトウです。
短編ってどのくらいでまとめればいいかわかんないので、じわじわやってます。

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