連載小説
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スタンド・ウィズ・ユー 〜隼人と黒江の話
「……まったくもって締まらない」
 本日何度目かの愚痴をこぼす。
 腐れ縁に彼女が出来たことを祝福し、クールに去った三山隼人は、次の日学校を欠席した。
「惚れた女の幸せを願って身を引く隼人さんかっけーっす!」のつもりが「失恋で学校休みとか隼人さんかっこわりーっす」になってしまった……
 勘違いして欲しくないのは、休んだ理由は体調不良だということだ。起きてからさっきまで酷い頭痛と倦怠感で歩くのさえしんどかったんだから。
 ちなみに小一時間寝たらすっかり元気いっぱいになった。何を言ってるのか分からんと思うが俺にも分からん。
 まったくもって締まらない。身体は妙にすっきりして横になる気にもならないが、一応病欠なのだから家を出るのもまずい。
 なんとなく漫画を読んだり、ゲームをしたりするのも気が引ける。結局寝るしか選択肢がない。……とはいえ
「寝てられるか、畜生!」
 体調はすこぶる良好。いつもより体が軽く、頭はすっきり、気力も体力もばっちり。こんな状態でじっとしている方が無理だ。
 こうなったら逆に考えるんだ。こんな時こそ勉強が出来ると。
 そうだ。本来ならこの時間は机に向かってるはずじゃないか。鞄から教科書を取り出そうとして……
「……ない」
 そうだよね、教科書は学校に置いていくものだよね。
「……本当に締まらない」
 この無駄なエネルギー、一体どうすればいいのやら、正直なところ持て余す。
「ん?」
 ……と、胃袋が動き空腹を訴える。そういえば、今朝は何も食べてない。
 調子が悪かった朝は食欲なんてなかったが、調子がいいだけで空腹を押さえられるほど、体は単純なものじゃないらしい。
 他に出来ることもないし、とりあえずの時間潰しも兼ねてブランチとするか。
 部屋を出て、居間へと向かう。とりあえず冷蔵庫に何かしらあるだろう。
 ……これで食べるものがなかったら、冗談抜きで締まらないことになりそうだが。


――ー
「どう隼人、なかなかいい出来だと思うんだけど」
 居間に行くとすでに食事は用意されていた。曰くそろそろ来る頃だと思ったからだそうだ。準備がよろしいこって。
「うん。美味いよ母さん。ところで、なんで父さんがいるんだ?」
「いやあ。今朝急に体調悪くなってな。はっはっはっ」
 何故か同じ理由で会社を休んだらしい父親も食卓を囲んで一家団欒のブランチ。
「ハヤト様こちらもどうぞ」
 隣には腕の代わりに黒い羽が生えた少女が、俺の皿に料理を取り分ける。
「ああ、ありがとう。……ところでさ」
「はい」
「誰?」
「アマツクロエちゃん。あなたのお嫁さん」
「はい?」
「申し遅れました。私、カラステングの天津黒江と申します。本日はハヤト様を婿に迎え入れるべくこちらに参りました」
「へえ……」
 よめかあ。ヨメね。ふうん。……よめって、……嫁?
「はああああっ!?」
「どうしたのよ隼人。びっくりするじゃない」
「聞いてないぞ、そんなこと!」
「ああ、父さんも母さんもさっき聞いたばかりだ」
 おい? どういうことだってばよ!?
「どういうことって、そういうことよ。クロエちゃんがあなたを婿にしたいって言ったからOKしたとこ」
「で、せっかくだしみんなで食事をしようってことになってな。そしたら丁度いいタイミングでお前が来たんだよ」
「待て待て待て! 俺の意思は何処に行った? ……ってなんでそんな不思議そうな顔をする!?」
「可愛いし良くできた娘さんじゃない。何が不服なの?」
「まったくだ。こんなに可愛いお嬢さんに『お義父様』なんて呼ばれた日にはもうぶべらっ!」
 母さんの右ストレートが父さんに炸裂。こちらはいつものことだし驚きはしないが。
「あんたも急にそんなことを言ったって。お互いのこと知らないのに……」
「ご心配なく」
 凛とした声でこちらの言葉を遮るクロエ。落ち着いた仕草で懐から手帳を取り出すと、おもむろに開く。
「三山隼人。三山美鈴と三山圭の一人息子で葉桜高校在学。部活には在籍しておらず、放課後はピザ料理店『エル・カミーノ』でアルバイトをしている。
性格は意地っ張りな点があるが、真っ直ぐで正直、誠実さを重視する傾向あり。趣味はサイクリング、特技は食器の配膳とメンテナンス」
 ……あらあら、よく御存じで。
「ハヤト様のことで私が知らないことはありません。伴侶のことをよく知ることが、よき嫁への第一歩なのです」
「得意気なとこ悪いが、それはルール的にアウトだと思う」
「カラステングのルールでは悠々セーフです」
 ……さいですか。
「そう言ったわけで、朝食を終えたら早速、私の両親にごあいさつに来て頂きたいのですが」
「……拒否権は?」
「申し訳ありませんが」
「大丈夫よ隼人。あなたも直ぐにクロエちゃんのことを好きになるわ」
「まったくだ。こんな娘に『旦那様』なんて呼ばれるなんてうらやましぶへえ!」
 父さんを机に叩き付ける母さん。……絵面的に怖いから笑顔でやらないでくれ。
「仲がよろしいのですね」
「でしょ」
「ご両親からの了承は頂きました。さあ行きましょうハヤト様」
 断言しよう。このカラステングはどこかずれている。ついでに母さんも。


―――
 葉桜市は四方を山と海に囲まれたいわゆる陸の孤島だ。山の麓あたりにある葉桜駅を中心に、店舗や娯楽施設がが立ち並び、それを囲うように住宅が海に向かって並んでいる。
 山側は一部に舗装された山道が隣町まで伸びているが、他は殆んどが手付かずだ。
 手付かずの部分には魔物娘たちがそれぞれの居を構えている。一部には海側の住宅地に住んでいるものもいるが、基本的に海側に人間が、山側に魔物娘が住んでいるというわけだ。
 そしてこのカラステングの一家は山の東側で生活しているらしい。
 その歴史は古く、数百年前からここでひっそりと暮らしていたという。魔物という存在はこの国でも昔からいたのだそうだ。
「よく見つからなかったな」
「人間の目を欺くことなど容易いものです」
「ちなみに昔からこういうことはあったのか?」
「……まあ、そうですね。昔は口減らしや孤児を拾って育ててたのですが、今はそんな風潮も無いですから。
ハヤト様のように連れていっても問題の無さそうな方を婿として迎えたりして、なんとか血を繋げています」
「なるほどな。……ところでこの扱いはなんとかならんのか?」
「これが一番早いですから。あと少しで着くので我慢してください」
 今どんな状況かと言うと、カラステングの鳥足に鷲掴みされている俺。クレーンゲームのアームに捕まれた景品状態。
「私、旦那様と一緒に飛ぶのが夢だったんです」
「……どう見ても獲物を捕まえた猛禽類だ。だいたいまだ俺は了承してないぞ」
「あら」
 予想外とでも言いたそうな返答。それに続けるようにカラステングは言った。
「隆太さんには、なんて言ってました?」
「なっ!?」
「バジルさんと隆太さんのことをよく知るあなたが、それを言うべきではないのではないでしょうか?」
「……」
 言い方は引っ掛かるが一理ある。……悪かったよ隆太。
「そろそろ着きます。降りる準備してください」
 頭を上げると茅葺き屋根の日本家屋が一軒、でんと構えているのが見えた。


―――
「三山家の隼人さんでしたっけ? 結婚して18年経った今でも仲睦まじいと評判の」
「ああ、あの三山家の子か。噂は聞いているよ。まさか黒江のお気に入りだったとは」
 カラステングの両親は何故か俺のことを知っていた。
 娘と同じ黒い羽とよく似た容姿のカラステング、―少し垂れた眼と泣きぼくろが印象的だ、と隣のカラステングと似た形の眼をした男の組み合わせ。
「ええと、……初めまして、ですよね?」
「ええ。初めましてよ、隼人さん」
「カラステングは噂好きだからね。いろんな人達の話がここに集まってくる」
「まるで出刃亀みたいに言わないで下さいな、あなた」
「ああすまない。いろいろな情報を集めるのが趣味だから」
「今度はまるでカラスみたいじゃないですか、あなた」
「いやはや、失敬」
「まったく」
 突っ掛かるような言い方をしている母親だが、本気で怒ってる訳ではなく、父親の反応を分かった上で楽しんでいるように見える。なるほど、いい感じの夫婦漫才じゃないか。
「仲がいいんですね」
「まあね」
「……どうしたらそう見えるんですか」
 隣のカラステングが納得いかなそうに反論する。
「父様もそうやって母様をからかうのは止めてください。ハヤト様の前でみっともない」
「まあまあ、そんなよそ行きの言葉をするものじゃないぞクロエ。これから家族になるんだから、自分のことはきちんと分かってもらった方がいい」
「話をすり替えないでよ。……じゃなくて、すり替えないでください。初対面には初対面なりの礼儀があって然るべきじゃ……です」
 なるほど、よそいきってだけで人並みに口は悪いのか。なら気後れしなくてもよさそうだな。
「あのさ、出来れば様付けは勘弁して欲しいな。そこまで畏まれると話しづらい」
「えっ!?」
 俺の意見は予想外だったのか、驚いてこちらを振り向くカラステング。
「あまり堅苦しいのは好きじゃないんだ」
 カラステングはまじまじとこちらを見つめていたが、表情を引き締め直す。
「分かりました。少しあなたを誤解してたようです。すいませんハヤトさん」
 丁寧な口調はそのままか。まだ少しやりずらいけど、初対面だしそんなもんかな。
「固いね、クロエ」
「父様!」
「いつも通り『パパ』ってよんでくれてもいいんだよ」
「っ、お父さ……ま」
「ははは。クロエは可愛いなあ」
「……っ!」
「その辺にしてくださいな、あなた。話が進みませんわ」
「おっと、そうだったね。クロエ、隼人君も聞いて欲しい」
 カラステングの父親が居ずまいを正す。
「隼人君、まずは天津の家にようこそ。クロエの父親の高雄です」
「同じく母親の時雨ですわ」
「よ、よろしく」
「さて、隼人君。来てもらって早々で悪いんだが、我々はまだ君をクロエの夫として認めたわけではない」
「は、はあ……」
「お父さん!?」
 カラステングの方も初耳だったらしく、思わずといった調子で聞き返す。……って、地が出てるぞ。
「……こほん。父様、どうぞ続けてください」
「娘には黙っていたけど、天津の家では結婚前の男女に試練を課すことにしているんだ。これから先の夫婦生活の問題を減らすためにね」
「と、言いますと?」
「カラステングと人間はもともとの価値観や考え方が違う。その軋轢を少しでも減らそうと、ご先祖は考えたのさ。
まあ、試練なんて言うと仰々しいけど、早い話が結婚生活のお試し版だね。隼人君にはここで一ヶ月の間生活してもらい、一ヶ月後に二人の答えを聞くというわけさ。簡単だろう?」
「……ちなみに拒否権は?」
「別に今から回れ右してもいいけど、となりの娘が許してくれないんじゃないかな?」
 ふと隣を見ると無表情のカラステング。まったくもってごもっとも。……ヤンデレは守備範囲外なんだが。
「……分かりましたよ」
「いい返事が貰えて嬉しいよ」
 そりゃどうも。
「あ、そうそう。学校は公欠にしておいたよ。娘が迷惑をかけたしね」
「えっ?」
「カラステングの神通力だよ。相手の体力を奪うことも回復させることもできるのさ」
「申し訳ありませんが、無理矢理欠席して頂きました」
 ……今更だな、おい
「さあハヤトさん、行きましょう。私たちの愛の巣へ」
「おい待て、引っ張るな」

―――
 半ば無理矢理に連れ込まれた離れは、ワンルームマンションのような造りで、そこだけで十分生活出来るようになっていた。
 床もフローリングだし、キッチンもダイニング。トイレも風呂も現代家屋の造り。天狗と言うことで和風な造りを予想していたので少し驚いた。
「ハヤトさんと暮らすために最近改築を頼んだんです」
「すでに準備万端だったと」
「ええ。あとはハヤトさんが首を縦にふってくれれば万事オーケーです」
「……否定される可能性は考えなかったのか?」
「させませんから」
 ……おいおい。
「何故ならハヤトさんは誠実で好意を無下にする方ではないですし、コカトリスの女の子に恋をしていたなら、私だって受け入れてくれるからです」
 ……偉い人曰く、正直は美徳である。別の偉い人曰く、正直は罪である。さて、この場合はどちらを支持するべきか……
「身体も健康だし、間違いなく元気な子が産まれるでしょう」
 勝手な話だ。何もかもをすっ飛ばしてそこに行き着くなんて。
 自分のことしか考えていないカラステングにこめかみがひきつる
「そうして育った子はきっと素晴らしいカラステングになると思うんです」
「……要するに」
 腹の虫が煮上がる程に怒りが込み上げてきた。
「子供が欲しいってことか?」
「そうです。一族の繁栄ためにも、私にはハヤトさんが必要なんです」
「……それだけか?」
「何を言ってるんです? 他に何か理由がいるとでも?」
 切れた。堪忍袋の緒が音を立てて切れた。
「つまり、誰でもよかったんだな」
「えっ!?」
「俺じゃなくても、他に健康で偏見が無ければ、誰でもよかったと、そう言いたいんだな!?」
「な、なにを言い出すんです!?」
「お前がさっき言っただろう! 要するに子供をこさえたいだけで、相手は誰でもいいってわけだ!」
 苛立ちを思い切りぶつける。呆然とした表情をしているが構うものか。
 そのまま泣き出すと思ったが、カラステングはしかし、ぎりりと形のいい眉をつり上げた。
「……人聞きの悪い。まるで私が売女みたいじゃない! そもそも結婚の目的が子供を産み育てる以外になにがあるというの!?」
「他にもあるだろう! 一緒にいることが大切なんじゃないか!」
「夫婦仲の維持も子供のためじゃない! 愛情のある家庭は子供を育てるための条件の一つよ!」
「子育てしか見てない時点で間違ってるんだよ! お互いに好きあってるから結婚するんだろうが!」
「いつまでも恋愛したいなら恋人としていちゃついてればいいの! 結婚は子を為して育てるための儀式よ!」
「バカ言ってんじゃねえ! 恋愛の到達点が結婚なんだ!」
 ……分かってない。本当にこいつは何も分かってない。過程をすっ飛ばして結婚なんざ出来るわけが無いというのに、なぜ分からない。
「やってられるか、俺は帰るぞ。これ以上楽しくもないままごとに付き合ってられん」
「それは駄目」
「ああ!?」
「何よ? 私だって嫌よ。だけどそういう決まりがあるんだからしょうがないでしょう」
「そんなもん知るか!」
「ルールくらい守んなさいよ! ここは天津の家よ。家のルールに従ってもらうわ」
「……っ」
 卑怯な奴め、ここでルールを引き合いに出されたら従わざるをえない。
「一ヶ月我慢すれば良いわよ。その後は関わる気もないしね」
 ああ、そうかよ畜生め。勝手放題言いやがって、腹立つけど一ヶ月ここで暮らすくらいでこいつから解放されるなら我慢してやろうじゃないか。
「言っとくけど、変なことしたらただじゃおかないから」
「しねえよ、馬鹿カラス!」
 誰が好きでも何でもないお前に触ろうとするかっての! 見くびるな!


―――
「……冗談抜きに締まらない」
 終業のチャイムに被せて一人ごちる。
 なし崩し的にあのカラステングと同棲することになって数日。正直に言おう、きつい。
 とは言え、俺は間違ったことを言ったつもりはないし、たちの悪いことにあいつもそれは同じなようだ。
 口を開けば言い合いになりそうで、会話のきっかけが掴めない。ただただ重苦しい空気の中もそもそと飯をかっ込む。
 あいつの方も無言で箸を進め、食べ終わっても箸を置いてこちらが食べ終わるのを待つ。無表情で。
 茶碗が空になればお代わりを勧めてくる。無表情で。
 食べ終われば食器をまとめて下げ黙々と洗う。無表情で。
 食器を洗い終えると掃除を始める。無表情で。
 なまじ無駄に家事スキルが高いので、なんというか、怖い。
 淡々と自分に与えられた仕事をこなしている感じだ。さっさと俺から見切りをつけて、次の相手を探す魂胆なんだろう。
 ほら見たことか。所詮あいつは俺を子作りの道具としか見てないに決まってる。誰がそんな奴と一緒になれるもんか。
「よう隼人」
 そこに現れる能天気な腐れ縁、隆太。
「聞いたぞ、カラステングとの同棲生活。何で黙ってたんだよ?」
「……どっから仕入れてきた?」
「バジル」
「…………」
「ハーピー種同士ってことで仲がいいらしい」
 ……ああそうかい。
「初っぱなから喧嘩したそうじゃないか」
「……何でそこまで知ってるんだよ」
「バジル」
「…………もういい」
 なんというかこいつキャラ変わってないか? てかあの娘と上手く行ったからって調子乗ってないか?
「で、なんの用だよ」
「いやまあ、用って程じゃないけど、因果応報だなと」
 この野郎、ふざけやがって。とりあえずそのニヤニヤ笑いを止めろ。
「怖い顔するなよ。親友の悩みを聞いてやろうと駆けつけたってのに」
「余計なお世話だ。それにお前とはただの腐れ縁で、親友になった覚えはない」
 追い返そうとあしらうが効果なし。ニヤニヤ笑いを消さずに隆太は言う。
「だってさ、好きな人相手だから子供が欲しいと思うんじゃん。なんでそこで誰でもいいって発想になるんだよ?」
「は?」
「バジルは俺のことが好きだから俺の赤ちゃんを産みたいって言ってたけど、そういうもんじゃないの?」
「でもあいつは……」
「そもそもお前初対面の人間に喧嘩吹っ掛けるキャラじゃないじゃん。カチンと来たらそれ以上関わらずにフェードアウトだろ?」
「……」
「その時点でお前はあの娘のこと意識してんだよ」
「……」
 それだけ言って教室から出ていく隆太。なにからなにまで図星を突かれてぐうの音も出ない。
「本当に、締まらないな」
 確かに満更じゃなかった。失恋した所にスッポリと収まってきた、自分に好意を向けてくれた女の子。
 突然押し掛けてきた戸惑いはあったけど、決して不快ではなかった。あいつと付き合うことになるのも悪くないと思った。……だから、かもしれない。
 さも当然の如く子供の話を持ち出したあいつに 俺自身はおまけに過ぎないと言われた気がして面白くなかった。
 ……もし、隆太の言うことが本当だとしたら、俺はずいぶんひどい男と言うことになる。
「なんだよ。……分かってないの俺じゃん」
 勝手に勘違いして、勝手に喧嘩吹っ掛けて、勝手にへそ曲げて……
 うわ、改めて思い返したら物凄く恥ずかしくなってきた……。
「……とにかく」
 今すべきこと。それはあいつに謝って、本当のことを聞くことだ。


―――
「……この期に及んで締まらない」
 水を流す音を伴奏に、かちゃかちゃと食器同士が擦れる音が台所からする。夕食の時に今までのことを話そうとしたものの、結局言い出せずに夕食が終わり、クロエは台所に引っ込んでしまった。
「……」
 沈黙が重い。話したい事を抱え込んだままの沈黙ならなおのこと重い。かと言って話しかけるのも気が引けて黙って居間に座っていた。
 不意に食器のコンサートが止む。洗い物が全て終わったらしい。
 台所からクロエが顔を出すと、無表情のまま寄り添うように座ってきた。驚いて距離をとろうとすると腕を掴んで制される。
「……嫌なの?」
「……」
 上目遣いに抗えずそのまま座り直す。触れあっている肩がなんとなく熱い。
「……あのさ」
「……あの」
 気を落ち着けようと話しかけるとあちらの声と被ってしまう。
「何だ? 話があるなら……」
「何? 話があるなら……」
 ……ここまで見事に被ると最早笑えてくる。……腹をくくるか。締まらない状況から脱却するために。
「……その、何て言うか、悪かった」
「……」
「あの時、お前にとって子供だけが必要で、俺はいらないんだって早合点して……」
 クロエは何も言わずにこちらの話を聞いていた。
「もし違ったんなら、酷いこと言って悪かった」
「誰が……」
 無言で俯いてたクロエがぽつりと呟く。
「誰が好きでもない男と子供を作ろうなんて言うのよ」
 次第に声は大きくなる。
「ずっとハヤトのことを見てた。ハヤトのことを知れば知るほど、ハヤトのことが気になっていった。気付いたらハヤトに夢中だった」
 ……聞くまでもなかったことだった。クロエはちゃんと俺のことを好きでいてくれた。
「好きな人と一緒になって子供を作ることが、私の幸せだもの。ハヤトとならそれが叶うって、そう思ったから」
「……悪かった」
 涙声になっていくクロエを抱き締める。
「ううん、いいの。やっぱりハヤトは私が思ってた通りの人だった。あと、私もごめんね」
「何が?」
「思い上がってた。私なら簡単にハヤトを物に出来るなんて、酷いこと言った」
「……もういいよ。俺も悪かったんだし」
「ハヤト」
 不意にクロエが顔をあげると真剣な表情が俺を見ていた。きらりと輝く目が綺麗でどぎまぎする。
「私はハヤトが好き。だからハヤトのことをもっと知りたいし、私のことも知って欲しい。心も、……身体も」
 朱に染まった頬がそれがどういうことかを告げている。魅力的な表情に抗えず俺が頷くとその瞳が小さく揺れた。


―――
「まだ結婚も決めた訳じゃないのによかったのか?」
 クロエと同じ布団にくるまり今更ながら尋ねる。結局あの後彼女と交わり、思いの丈を彼女の膣の中にぶちまけた。
 シーツにはクロエの純潔の証が僅かに付着している。
「平気よ、恋人どうしでも肌を重ねるでしょ。……それに私の旦那様はあなたしかいないつもりだもの」
「……クロエ」
 まっすぐにこちらを見ながらも、潤んで細められた眼に心臓が高鳴る。
「ハヤト……ね、もっとちょうだい」
 差し出された唇に応える。 触れ合うだけのキスから次第にお互いの舌が絡み合うように行き来する。粘ついた水音が興奮を煽るように響いた。
「……ハヤト」
 クロエの瞳は情欲に潤み、声はとろみを帯び、この先を求めて腰を揺らす。
「……んっ」
 それに応えて肉棒を膣内に挿れてやると、ひくりと身体を振るわせて小さく喘いだ。
 クロエの膣はやわやわとペニスを撫でるように蠢きながら吸い付いてくる。その気持ちよさは相当なものだ。
「……んんっ、……あんっ」
 腰が止まらない。下半身からもたらされる快楽は、腰を動かす度に大きく広がり俺をかきたてる。
「……ふあっ、……はやとぉ」
 クロエの羽根が俺の手を掴み、形のよい胸に当てられる。
「揉んでっ、私の、おっぱいを揉んでっ」
 言われるままに柔らかな胸を弄ればクロエはくなくなと身体を揺すり悶える。その動きが胸を更に大きく捏ね回すことになり、クロエを更に昇りつめさせていく。
「ああっ、いい、気持ちいいのっ」
 ……もっとこのカラステングが快楽に溺れてる様を見たい。ふともたげた欲求に駆られてその胸に吸い付いた。
「あひいっ!?」
 狙い以上の効果だったらしい。クロエの首が大きく仰け反りひときわ大きな声が漏れた。
「だ、だめっ、それ、気持ちっ、良すぎて、ひいっ」
 目は限界まで開かれ、口からは唾液が吹き零れる。鳥の形をした足が腰に絡み付き、下腹部が完全に密着した。がっちりホールドされた腰の変わりに、膣がぐねりと動き肉棒をしごく。
「……クロエっ、もうっ」
「出して! いっぱいだして! 私にもっと、……ハヤトをおしえてぇぇっ!」
 一際大きく締め付ける膣に限界をむかえる。腰から吹き上がる情欲の塊が、クロエの子宮を満たす。
「くぅぅっ!」
「ひあああああああ!」
 射精とともに響くクロエの絶叫。絡ませていた四肢がピンと伸びてそのまま布団へと落ちる。
 弛緩しきった表情は茫然自失と言った体で、時おり身体を小刻みに振るわせている。
 どうやらイッてしまったようだ。クロエを満足させたという達成感に浸りながらペニスを引き抜く。力なく投げ出された四肢とは裏腹に、依然としてそこは肉棒を食い締める。
 ゆっくりと押し引きしながら苦労して抜ききると、卑猥な音を鳴らしながら漏れてくる精液に思わず苦笑した。
「……はああ……ハヤトぉ、ずっと、一緒にぃ」
 うわ言のように呟くクロエに応えるように抱き締めてやると切なげにため息を一つ。そして物欲しそうに潤んだ目がこちらを見ている。
 ……夜はまだ終わらないらしい。視線を受けて再びいきり立つ肉棒を膣に沈めて、クロエに没頭していった。


―――
「オーダー入ります。バジルミートとフライドポテト」
「はいよ」
 クロエと同棲して半月。恋人同士と呼ばれるような関係になって変わったことがあるかといえば、実のところあまりない。
いつも通り学校に行って、放課後はバイトに精を出し、夜は家に帰って夕食を摂り、風呂に入って眠る。
 ただ、隣にクロエがいるということが以前と違う大きな変化だろう。
 登校は二人一緒だし、食事もクロエの作った物を二人で食べているし、風呂は洗いっこで布団も枕が二つ。
「ただいま戻りました」
 そしてこの押し掛け女房は、職場にも押し掛けて来た。
 今ではエル・カミーノの看板娘その2として、バジルちゃんと一緒に『ハピキュア』なんて呼ばれるちょっとしたアイドル状態である。
「ハヤト」
「なんだよ。仕事中なんだから抱きつくな」
「いいじゃない。燃料補給よ」
 初対面の礼儀正しさはどこへやら、やたらとスキンシップをとりたがるクロエに少し呆れる。
 指摘したところ、「あれはハヤトがそう言うのが好みだと思ったからよ。……宝物の隠し場所も内容も、よく知ってるんだからね」とのこと。初めて聞いたときは背筋が固まった。
「それで、答えは決まったの?」
「……しらじらしい」
「だってまだ直接聞いてないもの。それで、答えは?」
 ため息を吐いてクロエを見つめる。
「……一度しか言わないからな」
結局こいつの思惑通りになってしまったか。
「一ヶ月と言わず、これからもよろしくたのむ」
「……まあ、それでいいか」
「いきなり結婚って言われてもな」
「いつでも、待ってるから」
 どうせ苦し紛れの逃げ口上でしかない。いずれこいつと籍を入れることになるだろう。本当に締まらない奴だな、俺。
「おらハヤト、注文が入ったぞ。さっさと行ってこい」
「分かりました店長」
 ま、それでもいいとは思ってるけどな。今はせいぜい将来のために自分を磨くだけだ。面倒を見なくちゃいけない奴がいるんだからな。
 少しずついろいろなことを学んでいく。この先にあるものをよいものにするために。そのためにまずは……
「よし、締まっていこう!」
 誰にでもなく呟き、拳を手のひらにぶつける。パンッ、と小気味良い音が厨房に響き渡った。


―――
「ふふふ……、これで我が一族の存亡は安泰と言うわけだ」
「それではまるで悪者ではないですか、あなた」
「……おや?」
「それにしてもまさか隼人がこんなに早く所帯を持つことになるなんてな」
「良いことじゃないの。よさそうな娘さんだったし」
「そりゃあね。時雨さんも美人でうぼぁ!」
「うふふ、圭さんたらお上手ね。」
「ごめんなさいね。この人少しお調子者なもので」
「いえいえ。お気になさらず」
「どんな娘が産まれてくるのでしょうね」
「きっと美人な娘さんになりますよ。何しろクロエちゃんの子供なんですから」
「ほんとにねぇ、今から楽しみだわ」
「……あの、気持ちは分かりましたから、当人の前でそういう話は勘弁してくれませんか?」
「あら隼人、いたの」
「しらじらしいにも程があるんだよ」
「気にしなくても良いぞ隼人君。我々はいつ君が籍を入れるかと言うことに興味深々なだけさ」
「……高雄さん」
「またまた。そんな他人行儀にならず、『お義父さん』と呼んでもらって構わないさ」
「ええ、ええ。私も『お義母さん』でよろしいですわ」
「……あのですね」
「そうだ。せっかくだし我々に孫が出来るのが先か、黒江に妹が出来るのが先か競争しようじゃないか」
「ちょっと!?」
「はしたないからやめて下さいな、あなた」
「そういうことなら私たちも参戦しまぶへっ!」
「孫の顔、楽しみにしてるわ、隼人」
「いい加減にしろーーーっ!」
 いつの間にやら、両親同士の仲は良好過ぎるくらい良好だった。
11/05/22 19:53更新 / タッチストーン
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■作者メッセージ
ハーピー種が二話連続で続いたのは偶然という名の必然。
お久しぶりです与太郎改めタッチストーンです。
今回は隼人君救済話と言う事で、カラステングさんに出演いただきました。
あいもかわらずこんな感じで続けていこうと思いますので、気が向いたらまた見にいらしてください。
それでは

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