連載小説
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先輩と喧嘩
 授業が終わった後の休み時間、トイレから出ると二年の廊下で先輩がなんかこそこそしていた。
 明らかに教室を覗き見している。どこからどう見ても不審者だ。

「先輩」
「お。後輩か」

 後ろから声をかける。先輩は特段驚いた様子もなく、予想済みってくらいの表情だった。
 先輩に倣って、俺もこそこそと教室を覗いてみる。ちなみに俺のホームルームでの教室はもう一つ隣なので、本当に先輩がなにをやっているのかわかっていない。

「ストーカーにジョブチェンジですか、先輩」
「まあ、やってることはそうかも。私にとっての後輩はきみだけではないってことだ」
「……なんですか、その言い方」

 ちょっとむっと来た。それはそうだろうけど。
 あいつらだ、と先輩は教室の中を指差す。その先には、魔物娘と男子がいた。

「普通のカップルじゃないですか」
「そうだよ。なんだ、嫉妬でもするところだったか?可愛いやつめ」
「……」

 にやにやと笑いながら身体を寄せてくる先輩。言わなくてもわかってるだろうに。

「実のところを言うと、あの二人がくっつくのを助けたことがあってね。きみが入学する前、中三のころだな」
「え、あいつら俺と同学年じゃないですか」
「そうだよ。詳しいことは省くが、片思いの背中を押してやったんだ。彼女、受験勉強で忙しい彼が好きでたまらない、というものだから。あれは実に楽しいナンパだった」
「……ナンパって、あの魔物の子をナンパして助けたんですか」
「うん。これだからナンパっていうのはやめられないんだよ」

 なにしてんだこの人……。いや、互助する性質のある魔物娘だからこそなのか。

「ときどきこうして彼女らの様子を見たりするんだ。たまに鉢合わせすると、すごく嬉しそうに感謝してくるものでね。きみが恋人としての後輩なら、彼女らは応援したい後輩だよ」
「はあ、そうですか」
「どうして拗ねるんだ。彼女らときみとじゃ扱いは違うぞ」
「だって先輩、休み時間は会いに来てくれないじゃないですか」

 そう言うと、驚いた様子で先輩はこっちを見てきた。

「いや、それは……」
「別にいいですよ、休み時間なんて短いものですし。昼休みと放課後で十分でしょうし」
「参ったな……後輩がそんな子供じみたことを言うとは」

 自分でも幼いことを言ってると思うが、それ以上にカチンと来てる。
 先輩は弱った顔を見せながら、どうしたものかと悩んでいるみたいだった。

「ほら、もうすぐ次の授業ですから。さっさと戻った方がいいですよ」
「むむ……あー、その。休み時間も会いたいのか、後輩は」
「いいですって、あとの時間があるんですから」
「そうだけど……私としては、休み時間ではあんまりきみと会いたくないというか」
「……理由は?」
「ちょっとでもきみと会うと、頭の中がそればっかりになる。ずーっときみのことを考えてて、授業が全く手につかなくなるんだよ。だからダメだ」
「なんですかそれ」

 先輩の答えをよく咀嚼もせずにかみつこうとしたところで、チャイムが鳴る。

「ああ、もうか。とにかく私はきみを大事に思ってる。それだけは確かだから」
「はいはい。昼休み逃げないでくださいよ」
「逃げてたまるか」

 唇を尖らせながら、先輩の後ろ姿を見送った。

 その次の授業は、先輩が言った意味をよく噛みしめることが出来た時間だった。
 ついでに死にたくなった。





「喧嘩するほど仲がいい、という言葉がある」

 放課後、先輩は俺の膝に寝転がりながらいつものように微笑んでいた。

「これは喧嘩するから仲がいいというわけではなく、互いの気心が知れているからこそ喧嘩してしまうし、仲がいいから仲直りもできる、という意味だ」
「……そうですね」
「ふふふ。昼休みの時のきみは本当に可愛かったな」
「ほっといてくださいよ……」

 結局、昼休みは俺が真っ先に謝った。
 それを先輩は許してくれて、あの話は終わりになった。
 昼休み中ずっと距離が近かった、っていうか他人に話せそうにないくらいにイチャついてたのは、今日みたいに喧嘩したあとならよくあることなのでノーコメント。

「前に喧嘩したのはいつだったかな。あの時もなんだか下らないことだった気がする」
「えーっと……一月か二月ごろですかね。冬にアイスを食べるとか食べないとかで」
「ああ、思い出してきた。あの時は私が怒ったんだった。きみも意地になってたもんだから、しょうもない話だというのに喧嘩になって」
「次の日に、先輩が気まずそうにアイス美味しかったって報告してきて、それで喧嘩がおしまいになったんでしたよね。本当にしょうもないですね」
「全くだよ。暖房効かせてるのにアイスを食べるなんて、っていうのが私はどうにも気に入らなかったんだ。アイスは夏物なんだから冬に食べるなんて邪道だろう、と」
「でも、美味しかったんですよね」
「美味しかった」

 そうして、二人揃って笑う。
 なんでこう、喧嘩したあとってすっきりするんだろう。かなり爽やかな気分だ。

「しかしそうか、前の喧嘩から三ヶ月しか経ってないのか。それより前のはいつだ?」
「んー……いつでしたっけ」
「思い出した。焼きうどんと焼きそばの話だ。九月に、夏休みの間に行った夏祭りの話で。部員みんなで行ったんだったな、あの時の夏祭り」
「よく覚えてますね……っていうかまた食べ物の話ですか」
「健啖家の私と料理好きのきみ、という二人組なら食べ物の話ばっかりになるだろうさ」
「自分で自称するんですか」
「大食いって言うよりかは、オブラートに包んだ言葉だろう?」

 正しい表現だとは思う。先輩、マジでやたらと食うからなあ。

「うーむ。定期的に喧嘩してるみたいだな、私たちは」
「毎日顔を合わせてるんですから、そりゃ喧嘩しますよ」
「仲違いしてる間は、私としてもかなり辛いんだけどね。後輩はどうだ」
「俺もですって。アイスの時は、自分の嗜好を先輩に押し付けてしまったなってすっごい反省しましたから。先輩の言うことにも一理ありましたし」
「なるほど、私たちの相性は抜群というわけだ」

 先輩は俺の手を取って頬ずりしながら、手の甲を優しく撫でてくる。
 これ言ったら怒られそうだけど、こうやって横になって甘えてくる先輩は、なんだかペットみたいな可愛さがある。山羊系だけれども。立派な角も可愛いっちゃ可愛いし。

「いずれまた、私たちは喧嘩するんだろうな」
「できればしたくないですけどね」
「してしまうものだからね。恋人であっても、いや恋人だからこそか。意見は衝突するし、その度に意見をすりあわせて妥協していく。そうして大人になっていくんだよ」
「まだまだ大人の階段は遠いと思いますよ」
「私としてはすぐにでも登りたいところなんだが」

 ぷつり、とワイシャツのボタンを外す先輩。

「ここ最上階なので」
「大人の階段は屋上行きか?初体験が青姦って高度すぎやしないか」
「登りませんって……」
「意気地なしめ」

 つまんなさそうに身を起こし、立ち上がって身だしなみを整える先輩。
 窓の外を見ると、もう夕日が半ばまで沈んでいた。

「帰るか。学校から出ていかないと怒られてしまう時間だ」
「先輩に怒られるならまだしも、先生に怒られるのはキツいですからね」
「ふふ、そうだな。充実した一日の最後なのに、気まずい思いはしたくない」

 帰る支度をパパっと整えて、先輩と連れたって扉まで歩く。

「今週のデートの予定、決めないとな」
「そうですね。できれば喧嘩しないところで」
「わかったわかった。考えておくよ」

 そうして扉を開けて出て、ちょっとだけ振り返って室内を眺めて、それから扉を締めた。
 きっとこれからいくらでも先輩と喧嘩するんだろうけれど、その度にこの調理室っていう空間が二人を仲直りさせてくれるんだろうな。そう思えて、少しだけ嬉しくなった。
16/09/30 20:11更新 / 鍵山白煙
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