先輩と防寒
さすがに十二月ともなれば防寒具なしじゃ登校できないな。マフラーに口元を埋めながら高校前の坂道を歩きつつ、もう冬なんだということを身体で実感する。
「おはよう、後輩」
「うわ」
ずぼっと横からいきなりポケットに手を入れられて、寒くてポケットで暖めていた左手が絡め取られて外に放り出された。
手が伸びてきたほうを見ると、イタズラを成功させていい気になってる決め顔の先輩がいた。
「なんだ、手袋はしてないのか」
「先輩おはようございます。そういう不意打ちびっくりするんでやめてくださいよ」
「いいじゃないか。手は繋ぐものだろう」
先輩の右手と俺の左手は指と指の間に指を通す所謂"恋人繋ぎ"というものをしていて、加えて言うなら先輩の手は暖かかった。振り解く理由は、特に無かった。
他に登校している者たちを見ても、そこかしこにカップルがいて同じような絡み方をしてるので、朝っぱらからいちゃついてたところで自分たちだけが目立つということもないし。
「お、そのマフラーってもしかして」
「ああ、去年先輩からもらったやつですね」
「嬉しいな。クリスマスにプレゼントした物だろう。大切にしてくれてたか」
「手編みだって言われて驚きましたよ、あの時。ご飯も作らないくらいめんどくさがりの先輩が手編みなんかできるんだって」
「聞き捨てならないぞ。私がめんどくさがるのは私の為になることだけだ。他の誰かの為になること、例えば片思い相手とかには張り切るさ」
「そういえばクリスマスの時はまだ片思いだって勘違いしてたんでしたっけ」
「……やめてくれ。去年はきみに良く思われようと必死にアピールしてた記憶がある。思い出したくない」
「別にいいのに」
ふいって視線を逸らしても、先輩の耳が赤くなってるのは隠せない。
「そもそもなんで先輩はあんなに鈍感だったんですか」
「きみとのファーストコンタクトがそれなりに悪かっただろう。それからの対応も先走り過ぎてて酷かったし、これは絶対嫌われたなと思ってたんだ」
「初対面で酒盛りしてて昼休みは部室に拉致られてって、まあ酷かったですね」
「……本当に悪かった」
「気にしてないですってば、全然」
さっきまでパタパタ動いてた尻尾がしおれてる。本気で反省してるな、先輩。
「しかし、なんできみは私なんかを好きになったんだ。私は後輩への好意をいくらでも挙げられるが、正直なところ私がきみに好意を持たれる理由が見当たらない」
「……それ、自分で言います?」
「言ってて悲しくなってきたが、私から口火を切った以上はどうにもならないんだよ……。どうなんだ、実際。どうして私を?」
「うーん……どうなんでしょうね。悪口はいくらでも思いつくんですが」
「え。こ、後輩、私のこと……」
「いや、嫌いになんてなりませんから。具体的に先輩のどこが好き、なんて思いつかないんですけど、それでも先輩は好きですよ」
「なんだ、そのぼやけた言い方。わかりやすく示してくれないことには納得いかないぞ」
きゅ、と先輩の手を握りしめて少し引き寄せて、先輩の縦にカールした角に小さく口付けをする。
「これならどうですか?」
「…………及第点だ。これからも赤点にならないように精進しておくといい」
なんてつれないことを言っても、先輩の尻尾はぶんぶん喜んでいた。
*
「今日は購買なのか。珍しいな」
「パンを食べたくなる日だってありますよ。家じゃ作れませんから」
「なるほど」
本当は冬の水道を使いたくないからっていうシンプルなものだけど、パンはパンで美味しいからこっちの言い訳も的を外れたものじゃない。家でパンが作れないってのも嘘だけど、家で作るより買ったほうが美味しいのが実際のところ。
そういうわけで、先輩と一緒に購買に訪れていた。この人混みの列に並ぶのは、一人だと少々退屈かもしれない。
「そういえば俺、購買にあるもの全然知らないんですが」
「簡単だよ。目についたものを買えばいい。いま並んでる間に決めるのもいいが、大雑把に選んで当たり外れに一喜一憂するのだって面白いものだ」
「競馬みたいですね、その言い草」
「おっさんくさいって言いたげだな……いいじゃないか、本当に楽しいんだから」
とはいえ、購買に変てこなものが並んでいるわけでもない。先輩は大カレーパンとデカメロンパンとデカ焼きそばパンを購入し、俺はクロワッサンとメンチカツバーガーを買ってみた。
「ああ言っておきながら先輩はド安定のものしか買ってないじゃないですか」
「今日は勝負に出る日じゃない」
部室に戻るために先輩と並んで歩く。購買と調理室が同じ棟にあるおかげで階段をいくらか登るだけで済んだ。
「もうひとつくらい買っても良かったですかね。部活までに腹を空かせそうで」
「大丈夫だろう。そのメンチカツバーガーというのはけっこうずっしり来るから、年頃の男子高校生でも満足できるんじゃないかな」
「おお、良かった」
「それでもおなかが満たされなければ私のパンを一つやってもいい。ただしお代はきみのフランクフルトをいただくがね」
「はいはい、そうですね」
「うーん、さすがに今のは自分でもどうかと思ったな。フランクフルトはないな」
どうにかして下ネタを絡めたい執念はすごいと思う。尊敬はしない。
そんなこんなで部室に到着して、鍵を取り出して扉を開けて中に入る。先輩と一緒に部室に入るのも久しぶりかもしれなかった。
「よし、今日はいちゃつくぞ」
「いつもじゃないですか」
後ろ手にがらがらと扉を閉めて、いつもの席に座る。昼休みはまだ始まったばかりだった。
☆
廊下のスピーカーと調理室のスピーカーから、五時を知らせるチャイムが鳴った。
「冬は日没が早いのもあって、あっという間に時間が経つように思えるな。もう五時か」
「部活がある日は五時以降まで時間かかってますから、そう思っちゃうのはフリーの時だけでしょうね」
「確かにな。まあ、きみがいるとどんな時でも時間があっという間だ」
ぽすぽす、と背後から頭を撫でられた。
椅子に座って雑誌を読んでいる俺の後ろで、同じように椅子に座ってこっちに抱きつく先輩。ふにょふにょしたものが背中に当たってるせいで、あんまり集中できてなかった。
調理室にある椅子が丸椅子なのはこのためか、なんてのは流石に自意識過剰だ。
「今日はどのくらいに帰りますかね」
「んー……もう少しこのままでいたいかな」
「はいはい。寝ちゃダメですよ」
「寝ない。眠くない」
「さっきうとうとしてたじゃないですか。ちょっと幼児退行してるし」
「してない。後輩が遊んでくれないから眠たくなるんだよ」
「幼児か」
うー、と小さく唸りながらぎゅっと強く抱きしめてくる。
「……今年は、なにがいい?」
「なにが、って何の話ですか」
「クリスマス。今年もプレゼントする。きみはなにが欲しい」
「ああ。うーん、手袋とか帽子とかですかね」
「却下」
「却下って……プレゼント作ったり買うのが面倒なら無理しなくても」
「違う。手袋はきみと手を繋げないし、帽子はきみを撫でることができないから」
「……はい」
先輩が後ろにいて助かった。顔が熱い。
「靴下でも編むかな。パンツでもいいな」
「靴下でお願いします」
「パンツは?」
「いやですよ……先輩のことだから、糸に何か魔物由来のものとか魔界産のものとか使いそうじゃないですか」
「バレてたか」
「本気でやるつもりだったんですか」
「ふふふ」
つんつん、と頬をつつかれる。きっといま、先輩は心底楽しそうな笑顔をしてるな。
「今週もデートしよう。買わなきゃいけないものができたんだから」
「わかりました。楽しみにしておきますよ」
「うん。じゃ、帰るか」
そっと離れていく、先輩の熱。雑誌をバッグにしまいながら、席を立つ。
今日も一日が終わってしまった。残された先輩との時間を数えながら扉で待つ先輩に近づき、名残惜しげに彼女の手を取る。ふわっと絡む、二人の指。
「……ふふ」
「今日は寒いので」
「ああ、寒いな。冬はこんなにも寒い」
でも、先輩の手は温かかった。
「おはよう、後輩」
「うわ」
ずぼっと横からいきなりポケットに手を入れられて、寒くてポケットで暖めていた左手が絡め取られて外に放り出された。
手が伸びてきたほうを見ると、イタズラを成功させていい気になってる決め顔の先輩がいた。
「なんだ、手袋はしてないのか」
「先輩おはようございます。そういう不意打ちびっくりするんでやめてくださいよ」
「いいじゃないか。手は繋ぐものだろう」
先輩の右手と俺の左手は指と指の間に指を通す所謂"恋人繋ぎ"というものをしていて、加えて言うなら先輩の手は暖かかった。振り解く理由は、特に無かった。
他に登校している者たちを見ても、そこかしこにカップルがいて同じような絡み方をしてるので、朝っぱらからいちゃついてたところで自分たちだけが目立つということもないし。
「お、そのマフラーってもしかして」
「ああ、去年先輩からもらったやつですね」
「嬉しいな。クリスマスにプレゼントした物だろう。大切にしてくれてたか」
「手編みだって言われて驚きましたよ、あの時。ご飯も作らないくらいめんどくさがりの先輩が手編みなんかできるんだって」
「聞き捨てならないぞ。私がめんどくさがるのは私の為になることだけだ。他の誰かの為になること、例えば片思い相手とかには張り切るさ」
「そういえばクリスマスの時はまだ片思いだって勘違いしてたんでしたっけ」
「……やめてくれ。去年はきみに良く思われようと必死にアピールしてた記憶がある。思い出したくない」
「別にいいのに」
ふいって視線を逸らしても、先輩の耳が赤くなってるのは隠せない。
「そもそもなんで先輩はあんなに鈍感だったんですか」
「きみとのファーストコンタクトがそれなりに悪かっただろう。それからの対応も先走り過ぎてて酷かったし、これは絶対嫌われたなと思ってたんだ」
「初対面で酒盛りしてて昼休みは部室に拉致られてって、まあ酷かったですね」
「……本当に悪かった」
「気にしてないですってば、全然」
さっきまでパタパタ動いてた尻尾がしおれてる。本気で反省してるな、先輩。
「しかし、なんできみは私なんかを好きになったんだ。私は後輩への好意をいくらでも挙げられるが、正直なところ私がきみに好意を持たれる理由が見当たらない」
「……それ、自分で言います?」
「言ってて悲しくなってきたが、私から口火を切った以上はどうにもならないんだよ……。どうなんだ、実際。どうして私を?」
「うーん……どうなんでしょうね。悪口はいくらでも思いつくんですが」
「え。こ、後輩、私のこと……」
「いや、嫌いになんてなりませんから。具体的に先輩のどこが好き、なんて思いつかないんですけど、それでも先輩は好きですよ」
「なんだ、そのぼやけた言い方。わかりやすく示してくれないことには納得いかないぞ」
きゅ、と先輩の手を握りしめて少し引き寄せて、先輩の縦にカールした角に小さく口付けをする。
「これならどうですか?」
「…………及第点だ。これからも赤点にならないように精進しておくといい」
なんてつれないことを言っても、先輩の尻尾はぶんぶん喜んでいた。
*
「今日は購買なのか。珍しいな」
「パンを食べたくなる日だってありますよ。家じゃ作れませんから」
「なるほど」
本当は冬の水道を使いたくないからっていうシンプルなものだけど、パンはパンで美味しいからこっちの言い訳も的を外れたものじゃない。家でパンが作れないってのも嘘だけど、家で作るより買ったほうが美味しいのが実際のところ。
そういうわけで、先輩と一緒に購買に訪れていた。この人混みの列に並ぶのは、一人だと少々退屈かもしれない。
「そういえば俺、購買にあるもの全然知らないんですが」
「簡単だよ。目についたものを買えばいい。いま並んでる間に決めるのもいいが、大雑把に選んで当たり外れに一喜一憂するのだって面白いものだ」
「競馬みたいですね、その言い草」
「おっさんくさいって言いたげだな……いいじゃないか、本当に楽しいんだから」
とはいえ、購買に変てこなものが並んでいるわけでもない。先輩は大カレーパンとデカメロンパンとデカ焼きそばパンを購入し、俺はクロワッサンとメンチカツバーガーを買ってみた。
「ああ言っておきながら先輩はド安定のものしか買ってないじゃないですか」
「今日は勝負に出る日じゃない」
部室に戻るために先輩と並んで歩く。購買と調理室が同じ棟にあるおかげで階段をいくらか登るだけで済んだ。
「もうひとつくらい買っても良かったですかね。部活までに腹を空かせそうで」
「大丈夫だろう。そのメンチカツバーガーというのはけっこうずっしり来るから、年頃の男子高校生でも満足できるんじゃないかな」
「おお、良かった」
「それでもおなかが満たされなければ私のパンを一つやってもいい。ただしお代はきみのフランクフルトをいただくがね」
「はいはい、そうですね」
「うーん、さすがに今のは自分でもどうかと思ったな。フランクフルトはないな」
どうにかして下ネタを絡めたい執念はすごいと思う。尊敬はしない。
そんなこんなで部室に到着して、鍵を取り出して扉を開けて中に入る。先輩と一緒に部室に入るのも久しぶりかもしれなかった。
「よし、今日はいちゃつくぞ」
「いつもじゃないですか」
後ろ手にがらがらと扉を閉めて、いつもの席に座る。昼休みはまだ始まったばかりだった。
☆
廊下のスピーカーと調理室のスピーカーから、五時を知らせるチャイムが鳴った。
「冬は日没が早いのもあって、あっという間に時間が経つように思えるな。もう五時か」
「部活がある日は五時以降まで時間かかってますから、そう思っちゃうのはフリーの時だけでしょうね」
「確かにな。まあ、きみがいるとどんな時でも時間があっという間だ」
ぽすぽす、と背後から頭を撫でられた。
椅子に座って雑誌を読んでいる俺の後ろで、同じように椅子に座ってこっちに抱きつく先輩。ふにょふにょしたものが背中に当たってるせいで、あんまり集中できてなかった。
調理室にある椅子が丸椅子なのはこのためか、なんてのは流石に自意識過剰だ。
「今日はどのくらいに帰りますかね」
「んー……もう少しこのままでいたいかな」
「はいはい。寝ちゃダメですよ」
「寝ない。眠くない」
「さっきうとうとしてたじゃないですか。ちょっと幼児退行してるし」
「してない。後輩が遊んでくれないから眠たくなるんだよ」
「幼児か」
うー、と小さく唸りながらぎゅっと強く抱きしめてくる。
「……今年は、なにがいい?」
「なにが、って何の話ですか」
「クリスマス。今年もプレゼントする。きみはなにが欲しい」
「ああ。うーん、手袋とか帽子とかですかね」
「却下」
「却下って……プレゼント作ったり買うのが面倒なら無理しなくても」
「違う。手袋はきみと手を繋げないし、帽子はきみを撫でることができないから」
「……はい」
先輩が後ろにいて助かった。顔が熱い。
「靴下でも編むかな。パンツでもいいな」
「靴下でお願いします」
「パンツは?」
「いやですよ……先輩のことだから、糸に何か魔物由来のものとか魔界産のものとか使いそうじゃないですか」
「バレてたか」
「本気でやるつもりだったんですか」
「ふふふ」
つんつん、と頬をつつかれる。きっといま、先輩は心底楽しそうな笑顔をしてるな。
「今週もデートしよう。買わなきゃいけないものができたんだから」
「わかりました。楽しみにしておきますよ」
「うん。じゃ、帰るか」
そっと離れていく、先輩の熱。雑誌をバッグにしまいながら、席を立つ。
今日も一日が終わってしまった。残された先輩との時間を数えながら扉で待つ先輩に近づき、名残惜しげに彼女の手を取る。ふわっと絡む、二人の指。
「……ふふ」
「今日は寒いので」
「ああ、寒いな。冬はこんなにも寒い」
でも、先輩の手は温かかった。
16/09/30 19:39更新 / 鍵山白煙
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