連載小説
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番外編・ちゃんと計画を立てましょう(エロなし/ギャグ)
 そういえば、プレゼントをあげる立場になるのはこれが初めてだった。たぶん。
 と言っても既に彼には何度もプレゼントをあげているんだけれど、ちゃんとラッピングしたプレゼントを誰かに贈るっていうことは初めてなので、とにかく初めてだ。
 思えば私がここまで初めてに拘るのは、ひとえに彼が初めて尽くしだったからなのかもしれない。初恋。ファーストキス。ヴァージン。なんだかちょっと重い女って思われてそうだね、私。そんなことは全然ないんだろうけどもね。

「なにかお探しですか?」

 そういうわけで鷹見くんにクリスマスプレゼントを贈るために最寄りのデパートへやってきたんだけれど、私はいまいち審美眼というものが欠けているらしく、うんうん唸りながら洋服店で男物を眺めていた。
 この時期に女性が一人で男物を眺める、って光景はすごくわかりやすいことだからなのか、そんな姿に助け舟になろうと思ったらしい店員さんが話しかけてくる。自分より大人っぽい女の人だ。着てる服もファッショナブル。いいなあ。
 口下手な私はいきなり話しかけてくる店員さんにちょっと驚いて、無言で店員さんを一瞥するだけ。というか恋人にあげるプレゼント探してますって話すの、普通に恥ずかしいことだよね。

「……」
「あの……?」

 おおっと。店員さんが困った顔でこちらを窺ってくる。考えろ私。どうにかしてアドバイスをいただきたい。

「……えっと」
「はい。どういったものがご入用ですか?彼氏さんにプレゼントとか、あるいは片思いしてる人にプレゼントとかなら、私でよければサポートさせていただきますよー」

 うおお。店員さんがどっか行っちゃわないよう場つなぎ的に声を出しただけなのに、すごい営業スマイルでマシンガントークだ。カスタマーフレンドリーだ。
 不躾ながらちょろっと店員さんを眺め回してみると、薬指に指輪を嵌めているのに気がついた。しっかりおめかししてたり似合ってるコーディネートだったりに目が行きがちだったし、快活でありながらも大人な女性だなーって雰囲気だったけど、なるほど既婚の人なんだね。それなら頼れるわ。店員さんいける。

「その、……」
「はい、どうぞどうぞ。遠慮なさらず仰ってください。この時期に彼氏さんにプレゼントしたいって女性は多くて、みなさん同じなんですがそういうことを他人に頼るのは恥ずかしいんですよね。わかりますよー、私にも経験がありますから。でもですね、素敵な人には素敵なプレゼントを贈りたいですよね。私はここで働いてそこそこ男性用のコートだったりマフラーだったりを見てきましたので、どんな人にどういうものが合うか、ということに関してお力添えできる自信があります。大丈夫です、女性はみんな恋の味方!」
「はい」

 はいじゃないが。
 この人絶対私よりキャラ立ってるでしょ。よく舌回るなあって感心するし、聞き取りやすいスピードと喋り方だ。通信販売の会社起こしてテレビで宣伝トークするだけで一財産築けるんじゃなかろうかね。
 せっかくこんなにアピールしてくれてるんだし、頼らないわけにもいくまいよ。じゃけん訊いてみましょうね。

「プレゼント、したいんです。彼氏に」
「いいですねえ!クリスマスですもんね、日頃の感謝を込めちゃいますもんね!それでは具体的に、どういったものをプレゼントしたいなってお考えですか?」
「ええと……よくわかんなくて」

 それがぱぱぱっと思い浮かんでたら悩むこともないんですけどね。
 店員さんは困ってる私のことを察して、切り口を変える。

「よくわからない、たしかにプレゼントって難しいですよね。嫌がられたらどうしよう、いらないって思われたら悲しい。まあ男なんて単純な生き物なので彼女からプレゼント貰えるならなんでも嬉しいってことが多いんですが、私たち女性としてはそんな朴念仁どもがそっぽ向く可能性があることは万が一でもこわいことですから。しかしずっと悩んでいてもなにも始まりません、とりあえず無難なところから行きましょう。こちらにありますマフラーや手袋はいかがですか?」

 そう言われながら店員さんに先導され、冬物の暖かそうな装身具が並べられた棚を見せられる。
 うむむ、たしかに無難だ。冬だから手っ取り早く役に立つし、それを付けてデートなんかしてくれたらきゅんきゅんくる。マフラーや手袋をつけた鷹見くん、絶対かっこいいしかわいい。想像するだけで萌える。
 でもなあ。交際一年目の初プレゼントなんだから、もうちょっと特別感を演出したいというか……って思っちゃうのは、ワガママかな。

「うーん」
「お気に召しませんか?まあ、無難ですから。ご予算のほうはどれくらいですか?せっかくのプレゼントなんですから、遠慮なさらずどうぞ」
「……クレジットカードで払うので、まあ……五万までなら」
「ふむふむ、それでしたら……あ。その、お客様。スタイルもいいですし、すごく綺麗でいらっしゃいますよね。そんなお客様だけがプレゼントできる、非常に男性が喜ぶものがありますよ」
「……?」

 そう言って、店員さんは不敵な笑みを見せた。







 格ゲーでいう超必だとかシューティングゲームでいうボムだとか、そういった必殺技っていう文化はどこから発生したものなんだろう、なんてことを考えてしまう。
 必殺技。誰も見てないところでだけど、両手を縦に合わせて開いて前に突き出すアレとか、傘を逆手に持ってやるアレとか、そういうのは練習したことがあった。それから月日が経って、今更必殺技を手にしたのかもしれない。でもこれ自爆技だよね。

 今日はクリスマスイブ。デーモンの私が聖者の生誕祭で浮かれ気味になるのはどうかと思っちゃうけど、クリスマスイブというのは建前なだけで誰も彼も年末をはしゃぎたいだけなんだよね。
 それは隣で一緒にごはんを作ってくれてる彼も同じで、ここ最近の根を詰めた受験勉強で溜まった疲れを吐き出してるみたい。百均で買ったらしいサンタ帽子を被りながら鼻歌しつつ料理している姿を見ているだけで、なんだかこっちまで楽しくなってくる。
 かくいう私はクリスマス感のない部屋着――鷹見くんが好きって言ってたニットのセーターだぞ――だけど、お楽しみはあとに取っておくのです。

「よし。オーブン使うよー」
「ん。こっちもこんなもんでいいかな」
「ありがとね、疲れてるのに手伝ってくれて」
「いいよ、いつも家事任せっきりになってるから。たまには手伝わないと」

 二人分のグラタンを備え付けのオーブンに入れて、ぴぴっと操作してちょっとの休憩。
 鷹見くんの作ったものはポテトサラダ。あとはスーパーで買ってきたお惣菜をお皿に盛り付ければ、クリスマスディナーは完成だね。

「うーん、やっぱりローストチキンも欲しい気がするね……」
「いいって、どこも高いんだから。ケンタで買ってくる?」
「混んでそう」
「確かに」

 そう、今日の食卓にはローストチキンがない。クリスマスにはチキンだーって考えてたけど、近場のスーパーやデパ地下はどこも全滅かクリスマス特価。仕方なくお惣菜の唐揚げで妥協したけど、物足りない感じがする。
 やっぱり昨日までの間に父方の牧場から鶏を譲ってもらって捌くべきだったかな。ちょっとがんばれば美味しいローストチキンを作れただろうし、鷹見くんに食べさせたかった。
 それでも鷹見くんは普段なかなか見ないくらいの楽しそうな顔で、グラタンが焼きあがるのを待ってくれてる。一人で過ごさない初めてのクリスマス、だもんね。私一人だけしんみりしてるのも良くないけど、そう考えるとやっぱりローストチキンを……。うぐぐ。
 ちーん、とオーブンからベルが鳴る。ミトンを両手に付けてオーブンの中からアツアツに熱された皿を取り出して、皿の中でじゅうじゅうと蒸気を発するグラタンの焼き加減を確かめる。うん、さくさくしてていい感じ。

「できたよー」
「待ってました」

 知ってました。グラタン皿を専用の小さなお盆の上に乗せ、テーブルまで持っていく。
 テーブルの上は普段よりも遥かに皿の枚数が多く、今夜は食器洗浄機が渋滞を起こしちゃいそうだ。グラタン、人参と生ハムを和えたポテトサラダ、唐揚げ、肉巻きアスパラガス、トマトとピクルスの盛り合わせなど。この後にはクリスマス用の小さなショートケーキも待ってる。
 こうして見ると壮観だ。ていうかこれ多すぎじゃない?渋滞を起こすのは私のお肉じゃない?
 育ち盛りの鷹見くんならぺろりと平らげられそうではあるけど、しばらく体重計は物置に押し込まないといけない。う、運動しなきゃ。

「それじゃ、はるさん」
「うん、鷹見くん」

「「メリークリスマス!」」


………………


「こんなはずでは……」

 絶望的すぎて、思わず呟いてしまった。
 食べ過ぎたせいでぽっこりしたお腹。すごく目立つお腹。クールでスマートなおねえちゃんキャラを放棄した姿。
 洗面所の鏡で自分の醜い姿を省みながら、これからの計画を改めて確認する。

1.部屋でプレゼントをわくわくしながら待っている鷹見くんの様子を伺うため、ドアをちょっと開けて顔だけ出す
2.寄ってくる鷹見くんがちょうどいい場所まで来たら、室内に侵入してサンタビキニを見せる。
3.「これがプレゼントだよ。私からゆうくんに贈る、私しかできないプレゼント」
4.ムービーエンド(BGM:エロティカルロマンス神社)

 なるほど完璧な作戦ッスねぇー!腹がだらしないっていう点を除けばよぉー!
 調子に乗ってスーパーで惣菜買いすぎた結果がこれだよ!!家で作るなら惣菜いらなかったじゃん!そうだよ!

「ど、どうしよう……」

 あの時、店員さんにおだてられてつい買ってしまったもの。サンタをモチーフにしたらしい、白と赤が基調のビキニと白と赤のボーダーサイハイニーソのセット。おまけにサンタ帽子。どれもいい生地を使ってるらしくてさわり心地がすごくいいんだけど、冷静に考えたら高い値段だった。季節外れの水着で二万て。セットだとしても高いわ。
 そういうわけでこれ以外にプレゼントらしいプレゼントは用意しておらず、かといって今すぐ買いに行くってわけにもいかない。プレゼント持ってくるね、と言って鷹見くんを部屋に待たせたのは私自身ですもんね。
 く、クールになれはる。多少腹がぽっこりしてるくらいで鷹見くんは私を嫌いにならないってのはわかってることじゃないかね。むしろ惚れ直してくれるのは目に見えてる。すごいチョロい子だし。そこがかわいいんだけど。
 とはいえ、普段のシュッとしたスマートな私のお腹がいきなりぽっこりしてるのを見られるわけですよ。恥ずかしい。生きてけない。
 うまいことはぐらかして明日マフラー買ってきてそれプレゼントにして、これは来年まで体重計と運命を共にさせるべきかな。そうすべき。
 さよなら二人の諭吉、としょんぼりしながら洗濯カゴにかけた室内着を手に取ろうとして背後を振り返って、

がちゃり。

「あっ」
「えっ」

 あれ?自殺チャンス?
 洗面所のドアを開けてポカンとした顔の鷹見くん。その目は上から下まで私を眺め回しているのが見える。時間が止まった気がする。なのに顔面がどんどん熱くなってる。全身が凍ったみたいに動かない。表情筋が引きつって乾いた笑いが出てくる。
 うおォン、今の私は赤面火力発電機だ。廊下からひゅーって風が吹いてくる。

「さ」
「さ?」
「さむい」

 こうして私の必殺技は私自身によってフェイタルK.O.となったのだった。


このあと美味しくいただかれました。普段よりもやさしかった。
15/12/24 20:51更新 / 鍵山白煙
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■作者メッセージ
暇なクリスマスイブだったので即興で書きました(全ギレ)
なにが悲しくてイブにエロSS書かなきゃいけねーんじゃ!ってキレてたので普通にギャグになりました。彼女の脳内はいつもこんな感じです。

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