連載小説
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第三幕 妖銀一閃
帝都夜行

第三幕 妖銀一閃

米騒動に市川屋のまんま詐欺の金儲け……警官隊上役供の汚職と腐敗。

なにより、田ノ介の事。

色々と調べちゃいるが、上役も、市川屋の件も、なかなか尻尾を出しやがらない。今でも憂き目に涙を流す奴が増えてるだろう。

だから俺は守りたいものを守る為に嫁の桜子と共に百鬼夜行を作る事になった。桜子の話しによると、ぬらりひょん夫になった俺には既に妖の総大将に相応しい妖力と力があるそうだ。

そんな事を話しつつ、何時もより仕事終わりが遅くなった俺を心配して迎えに来てくれた桜子と夜の神畑川を並んで歩いている。

迎えに来てくれるのは有り難いが、近頃"不殺"の辻斬りが出ると物騒な事を聞いている。被害者は妖銀の刃物で皆バッサリやられている。やられた男や妖娘は無様な姿を朝まで晒し、女は男同様にあられもない姿を晒すか毛女郎などの妖娘に変えられてしまっている。

そういう訳で心なしか足早に歩いていると、月明かりが頼りない柳の木の下で人影を見た。

音も無く近づき、鈍い銀色の輝きが迫る。刀だ。

『辻斬りかっ!!!』

ヒュン!!!

ザッ!!

瞬間、俺は桜子を庇い半歩後ろに下がり、剣尖の間合いの外に避ける。

『手前ぇ……あたしの男にいきなり斬りかかるたぁ、良い度胸だよぉ!!覚悟は出来てんだろぅねぇえ!!!』

桜子は右手で俺の腰に刺してある妖銀の軍刀を逆刃に持ち、スラリと抜くと普段の優しい顔はどこえやら。垂れ糸目を見開いて辻斬りに刀の切っ先を向けた。

辻斬りはゆらりとこちらに向き直ると、月明かりの下にその全容を見せた。

女だ……いゃ、妖娘。黒髪を白いボロ布で後ろにいわき、整った綺麗な顔をしているが見開かれた目は人斬りの目だ。ボロボロの白い着物に袴の上に臙脂色の羽織り。肌に血の気は無く、刀を握る手は籠手に見えるがありゃあ骨だ。

『じょ……攘夷……隊…士……覚悟っ!!』

この妖娘……間違い無い。たぶん落武者と言う妖娘だ。なんでも、死に切れなかった侍や剣客がなっちまうらしい。

臙脂の羽織りに白い着物……コイツの口振りから恐らく幕末の将軍派の攘夷討伐隊士の成れの果てだ。

俺の詰襟ランダの制服を見て攘夷隊士か官軍の士官か何かと思ってやがる。帝のお膝元の警官隊隊士だから間違っちゃいないがな。

『桜子……妖銀刀を返せ。俺がやる。』

『お前さま!?』

『コイツは人斬りの"侍"だ。不死者になっても切るのがやめられないんだろうよ。剣士として俺が相手になる。……心配するな。』

桜子はふぅ……とため息ひとつ。俺に軍刀を返してくれた。

『負けるんじゃあ無いよぉ?』

一旦軍刀を鞘に収めて礼をひとつ。辻斬りも一礼を返してくれた。有難い。不死者に成り果ててはいるが、心まで失った訳では無いらしい。

『警官隊隊士、山本 門左衛門。』

『幕府…白刀…隊、…隊……士、柳 薫……。』

『『いざ……』』

静けさの中、冷たい夜風に柳の葉がサラサラとなびき、1枚散って地面に落ちた。

ザッ!!

(速い……っ!!)

ヒュン! バッ!!

ギィィン!!……

恐ろしく速い踏み込みからの袈裟斬りを躱し、抜刀術で斬りかかるも、驚異的な反射で受けられ、鍔迫り合いにもつれ込む。

(弱ったな……力はコイツのが上だ。)

バッ!!

ヒュカッ!!

(離れ側に突き打ちか!!)

頬を突きが掠める。引き際を狙い、相手の刀の峰に軍刀を乗せて滑らせるように払い、そのまま斬りかかるも、ゆらりとかわされてしまう。

カン!ギャリリリリ!

ヒュン!サッ……

バッッ!!

(強い……)

一見すると構えを取らない様にも見えるが、風に揺れる柳の様に構えが変わり、太刀筋が最短最速で飛んで来る。人間の頃から相当な手練れに違いない……

さぁて、どうするか……

息を吐き軍刀を正眼に据える。

瞬間、辻斬りが仕掛けて来た。

『フーーーッ!!!』

バッッ!!

突き技か……迫る剣尖に合わせて軍刀の鎬で受け流す。

ギャリン!……カチャッ……ヒュン!!

剣尖をいなすも違和感が絶えない。

おい?もう片方の手はどこ行った?

スッ……ッッ!!

影脇差し!!突きは囮!

『ちっ!お侍だもんなぁ!二本あるもんなぁ!!』

空いた手で脇差を逆手に抜き斬りかかって来やがった!

パキンッ!!カラン……

咄嗟に片手で鞘を掴み、脇差しを受けるも割れてしまう。くそッ、始末書物だ……っ!!

キン!ガッ!!

ヒュン!ヒュン!

バッッ!!

返す刀を受け、間髪入れずに飛んでくる脇差しの二撃を避け飛び退く。

『フゥーーッ!!フーーーッ!!』

修羅のような目をしやがって……

『お前さん……そんなに俺を斬りたいかい?来いよ……斬ってみな。』

ザッ……!!

落ち着け、集中しろ、呼吸を整えろ……

再び軍刀を正眼に構える。

『……………………。』

不思議だ……妙に落ち着く。影の中にいるような、闇を纏っているような……

『……どこだ……攘夷……隊士……っ!!』

俺は此処に居るぞ?何をキョロキョロしてやがる?

こねぇなら行くぞ?

スッ……

『!!?』

胴が空いてるぜ?

キンッ!!

『がぁ!?』

ヒュン、ヒュン!!

刀で胴撃ちを受け、脇差しで斬りつけてくるが、明後日の方向だ。

『ほら、どうした?斬るんじゃねぇのか?』

ブォン!!

袈裟斬りを避ける。

『違う、此処だ。』

ギィィン!!ザッ!!

左手の逆手持ちの脇差しを叩き落とすと地面にざくりと刺さった。

『ぐぅ……っ!!』

『ほら、俺は此処だ。斬りたいんだろ?』

ダッッ!!

『おぉぉぉおおお!!!』

するとヤツは刀を上段に構えて斬りかかってきた。

ブォンッ!!

キン!……

『不用意に振りかぶるな。貫洞の良いマトだ……』

ザン…………ッ!!!

上段撃ちを捌き、すれ違う様に貫洞一閃。

『……安心しな。妖銀刀だ。』

ドサリ……と辻斬りは糸の切れたカラクリ人形のように倒れた。

『はっ……っく……』

斬り合いが終わり、ドッと汗が吹き出てくる。

『ふふふ……凄いじゃあないかい、お前さまぁ!』

『桜子……俺は一体何をしたんだ?どうなっちまったんだ?コイツは俺がまるで煙みてぇに消えた様に取り乱し始めたが……』

鞘の無い軍刀を制服のベルトに括り付けながら話す俺に、桜子は垂れ糸目から綺麗な紅い瞳を覗かせてくすくすと笑う。

『ぬらりひょんの力は姿形をぬらりくらりと煙に巻くように相手に意識……ってのかねぇ?そいつを眩ましちまうのさぁ。それが妖の総大将の力さねぇ♪』

『それを俺がやったってのかい?』

『明答だよぉ〜♪』

『そうかい……俺もいよいよ人間離れしてきたなぁ。 』

倒れている、確か……柳 薫そう名乗ったな。そいつを抱え上げる。

『桜子……そいつの刀、拾ってやんな。』

『お前さま本気かいぃ?』

『よっ……と……あぁ。こんな危ない奴を放っておけねぇよ。それによ?今度は人斬りじゃねぇこいつと手合わせしたい。』

そう言うと、少し驚いた様子で桜子はケタケタっ笑いながら

『そうかいそうかい♪お前さまに任せるよぉ?だからその娘も可愛がっておくんなぁ♪』

そう言って辻斬りの刀を拾った。







『ん……?』

目が覚めると、拙者は床に着いていた。此処は何処だろうか?目を向けると、浴衣を付けた男が拙者の枕元でコクリコクリと鼻ちょうちんを膨らませて船を漕いでいた。どうやら拙者は落ち延びたようだ。……このお方は拙者を助けてくれたのであろうか?

他の白刀隊の隊士は無事であろうか

辺りを見回すと衣紋掛けに詰襟7つのボタンのランダと帽子、それから軍刀が……此奴、攘夷隊士か!!

バッ!!

『およしなぁ。変な気を起こすんじゃあないよぉ。全く、旦那様にも困ったモンだねぇ、こんなじゃじゃ馬連れ込んじまってぇ……クスクス』

起き上がろうとすると、拙者の額に女の手が当てられていた。いつの間に……気配を全く感じなかった。

『お主は誰ぞ!!……!?……なんだ!?拙者の……声が!!女子に?』

待て待て!身体もおかしい!拙者の手は片方骨の様でもう片方は女子の手じゃないか……む、胸まで……まさか!!

………………な!?無い!!

『しっ……静かにおしよ。あたしの旦那様が起きちまうだろぅ?……全く、辻斬りなんてしなけりゃあお前さんはこんな綺麗な女子じゃあないかぁ?刀振り回すより今の方がいいねぇ。……その様子。お前さん、自分が何者だかわからないんかいぃ?』

拙者が辻斬り?綺麗な女子?自分が何者かが分かっていない?どう言う事だ?

『お前さんは誰だいぃ?』

『せ、拙者は幕府直下の攘夷派討伐隊……白刀隊隊士……柳 薫と申す。』

『あたしは桜子ってんだ。よろしくねぇ〜。しかしねぇ?お前さん幕府……って言ったねぇ?今はもう盟治も20年だよぉ。大政奉還も知らねぇのかいぃ?』

『大政奉還……??』

『お前さん今がいつだか知らないのかいぃ?侍の世が終わって、幕府はもう無いんだよぉ。今は帝が治める世さねぇ〜。』

『帝!?将軍はどうしたのだ!?』

『成る程ねぇ……』

それから桜子殿は、ここ30年前後程の世の事を話して下さった。

将軍が無血開城……将軍が政権を帝に返還……盟治の夜明け……ヱ戸は帝都に……幕府残党が起こした内乱……あるかな合衆国との不平等な条約……富国強兵……

『そんな事が……』

『ふふふ……なるほど。どうやら薫子は随分と前に戦いで死んで、死に切れねぇで妖娘になっちまったらしいねぇ……』

『か、薫子!?』

『今のお前さんはぁ落ち武者でぇ、1人の妖娘さねぇ?女になっちまったんだ男名は名乗れねぇだろぅ?それに拙者ってのもおかしいねぇ〜』

『………………』

どうやら拙者は死んだ事にも、落ち武者と言う妖娘になったのにも気付かずに辻斬りを繰り返していたらしい。

『まぁ、今はまだ満足に動けないからゆっくりおやすみよぉ〜。身の振り方はまた後で考えなぁ〜』

そうして桜子は拙者を寝かし付けると、煙りの様に消えた。









『……もし?……もし?』

いけねぇ……寝ちまったらしい。面を上げるとあん時の辻斬り落ち武者が正座していた。

『ん?あぁ……お前さんは辻斬りの。その様子だと正気に戻ったらしいな。妖銀刀でバッサリと行っちまったが、もう大事はないかい?……腕が随分と達者だったから手加減できなかった。』

『はい……拙者……いや私は、柳 薫……いえ、今は薫子と申します。桜子殿からいただきました。確かあなた様は山本 門左衛門殿と……この度は正気を失っていたとは言え、大変にご迷惑を。』

憑き物が取れたようだ。こうして見ると、人斬りの目をしていないこいつはまた凄い美人だ。

しかし、薫子ってのは嫁の"せんす"ってやつかい?何でも子をつけりゃあ女らしくハイカラになると思ってやがるな?

『いや、気にすんな。』

『かたじけない……では拙……ゴホン、私はこれで。どうもご迷惑をお掛け申した。』

『おいおい、構わないが行く宛はあるんかい?』

『……………………』

だろうなぁ……正気に戻ったと言っても、幕末の志士がいきなり盟治太平の世だ。世間に慣れるのにも時間がかかるだろう。

『ゴホン!……実はな?俺は撃剣と薙刀の道場を開いているんだが、生憎と人足が足りなくな。出来れば武芸達者なのが一人居てくれると助かるんだが……』

ちらっ……

『……………………』

『居てくれると助かるんだがなぁ?ついでに俺の手合わせなんかも出来る奴がいいんだが……居ないかねぇ?』

ちらっ……ちらっ……

『わっ、私でよろしければ……』

『そうか!!いやぁ!良かった!そいつぁ助かる!さて、俺は道場に行ってくるとするか。加減が良くなったら薫子……だっけか?お前さんも来ると良い。』

(……かたじけない……かたじけないっ…………)

手を握りしめたまま面を伏せたままの薫子が目の端に映った。生真面目ないい奴なんだろう。

そう言う訳で正気を取り戻した薫子は道場の仕事を手伝ってくれる事になった。ただ、俺のことを事あるごとに主人殿と呼ぶのはこっぱずかしい。

次の日、妖銀刀の鞘を壊した顛末書と始末書、それから辻斬りの報告を済ました。

『逃した……。例の辻斬りってのはどう言う奴なんだ?』

『いゃあ、なにぶん暗かったんで顔はわかりません。しかしですね?身の丈がこーんな大きい六尺(約180cm)あろうかって言う大男でしたよ!』

『ほう!六尺ねぇ……』

『デシタヨーー……』

まぁ、嘘八百もいいとこだが……

そんなこんなでお咎め無し。辻斬りは未だ帝都八百屋長に彷徨いてるってんで手が打たれた。




それから暫くして……

入ノ谷辺りで大工の親方んとこの若い衆が起こした揉め事を仲裁した。どうにか穏便に事は収まったが血の気が多くていけねぇ。

この街の連中は区画整理とか何とかで立ち退きを迫られてるらしい。おまけに仕事も新興の会社に取られてるそうだ。街には浮浪者や失業者が溢れている。その後ろに市川屋の影が見え隠れしている。次は何をしようってんだ?

そんな事をゴチャゴチャ考えながら、そこらをブラついていると赤提灯で川上少警部殿が酔い潰れいた。

『ぅお〜〜う!!山本〜〜ひっく!』

『少警部殿!?どうしたんですか?……呑んだくれたぁ、あんたらしくもない。』

何時もの厳しい姿は何処へやら、茹で蛸もかくやと言う酔っ払いっぷりだ。

『飲まねーで、やってられっかよ〜〜!お前も飲め!飲め〜ぇい!』

『……あとで一瞬に田中に頭下げて下さいね?』

俺はお言葉に甘えて少警部殿の隣に腰掛けた。店主は黙って漬け物と焼酎を一合ばかり出してくれた。

トクトク……

『じゃあ、頂きます。』

『おう!飲め〜、飲め!』

漬け物の塩気と辛口の芋焼酎は良く合う。まだ仕事は終わっちゃいないが、仕事中に飲む酒も良いもんだ。しかし、少警部殿は非番のはず。何故隊服を着ているんだ?

『……今日は非番ですよね?こんな日にも隊服ですか?』

『……上役に呼び出された。グビッ………』

カタン……トクトクトクトク……

『……そうですか。』

少警部殿はぐいっと一口、酒を流し込むとため息一つ……

『はぁ……上役の老害共は自分達の汚職を隠そうと必死だ。近くお前さんと田中をアヌイ地方に左遷するそうだ。私は……警官隊の汚点を露見させまいと老害共の汚職を見て見ぬ振りをした。結果的に老害共の担いでしまった。その結果がこれだ。』

田ノ助の件で嗅ぎ回ったのが知れているのは薄々分かっていたが、直接こちらに来るでも無く少警部殿に……

『…………』

『私は……私は、自分の部下も満足に守れん阿呆だ。』

阿呆は俺だよ川上さん……。あんたが苦心してるのなんざ、あんたが必死に庇ってくれてるのなんざ、つゆも知らずだ。

『少警部殿……ちょいと付き合ってくれ。ご馳走さん。釣りはいらねぇよ。』

『え?お、おい!山本!』

少警部殿の腕を引っ張って、人気のない神畑川の橋に行った。

『なぁ、川上さん。あんた上役の老害共をどうしたい?』

『……綺麗にふん縛って牢屋に繋いだらぁ!』

『じゃあ、警官隊はどうしたい?どうあるべきだい?』

『……悪を挫き、弱きを守んなきゃならん。賄賂貰って悪事に加担するなんざあっちゃならん!』

『二言はありませんね?』

『あぁ、無いよ。』

『俺もそう思います。……川上さん、ここでお別れです。俺が居たらあんたの足を引っ張っちまう。今現にあんたの重りになっちまっている。』

冷たい風に柳がサラサラと寂し気に揺れた。

『山本……?』

『あんたなら、今の腐った警官隊を綺麗に出来る。田中を頼みますよ?あいつはしっかり者ですが、甘い所がありますから。』

俺は例の黒い霧を出して姿を眩ます。

『おい!……行くな山本。私はお前さんの母君から……お前を宜しく頼むと死に目に言われたんだ!!』

『……川上さん、あんたを父親だと思ってる。田中だってそうだ。だから、あんたが警官隊をなんとかしてくれ。』

『それで、お前さんはどうするんだ!?』

『俺は、守りたい大事なもんの為に俺の正義を貫きたい。……おさらばです。親父殿。』

こうして俺は妖の総大将とやらの力を使って川上さんの前から姿を消した。



その夜、番所の机の上に辞表と軍刀と帽子、それから隊章を置いた。

『田中。いろいろ大変だと思うが、少警部殿を助けてやってくれ。……"みるくほーる"の可愛い子ちゃんと上手くやれよ。』

本当に誰にも気付かれない。すぐ側で書類の山を片付けていた田中にも気取られる事は無かった。


家に帰ると、桜子が出迎えてくれた。軍刀と帽子の無い俺を見て察してくれたのか『お疲れ様でしたねぇ。』と一つ言うと黙って鞄を持って寝室へ着物を取りに行ってくれた。

そんな嫁に感謝しつつ、着物に着替えた俺は仏間に座って手を合わした。

『父上……母上……。俺は今日、警官隊を辞めて来ました。盟治20年も過ぎたが、父上が願った世の中には程遠く。世は乱れております。数え27になって今更と笑うかもしれないが、俺は俺の思う正義を成したい。どうか見守ってて下さい。』

『もし……主人殿。』

『……薫子かい。どうした?入んな。』

振り向くと落ち武者の薫子が襖の後ろに居て、声を掛けるとスッ……と襖を開けて入って来た。手には刀と脇差しを持っている。

『……主人殿。もしや主人殿のお父上様は攘夷隊士、山本 宗右衛門と言う方では?』

『あぁ、そうだが……それがどうした?』

そう言うと薫子は頭を深く下げ話し始めた。

『やはり……この刀は主人殿のお父上様のものでございます。主人殿のお父上は敵でありながら、幕府白刀隊の私を助けて下さりました。折れてしまった私の刀の代わりに死地を脱しろと宗右衛門殿から借り受けたものでございます。……いつか平和になったら返しに来いと。主人殿のお父上は敵ながら天晴れな方でございました。』

『そうか……そんな事が。』

『私はつい先日まで人斬りをしていた下手人。正気を逸してたとは言え、大恩あるお方のご子息に……主人殿に何と言う事を……。詫びても詫びきれませぬ!!かくなる上はっ!!』

『よせやい……面あげな。ふぅ……お前さんはもう死んどるだろう?それに切腹なんざぁ、やられても嬉しく無ぇし、俺が許さねぇよ。』

『ではどの様に詫びろと申すのでございますか?』

『好きにすりぁ良いさ。前にも言ったが俺としちゃあ、お前さんに居てくれた方が助かる。手合わせも出来るしなぁ……。まぁ、良かったじゃねぇか。記憶が戻ってよ。』

素直に面を上げた薫子はまた深く頭を下げてよよと涙を流した。

まったく、生真面目な奴だ。

俺は父上の刀をスラリと抜く。すると美しい波紋が蝋燭の灯に照らされた。見事としか言えない刀だ。これだけ美しいものは初めて見る。

『こりゃあ、相当な技もんだな?……妖(魔界)銀か?』

『左様でございます。……先日、銘を見させていただきました。龍鉄一門の業物にございます。造りは妖銀。刀名は曙と。脇差しは暁丸と彫られております。』

曙に暁丸……なるほど、太平の夜明けか。まったく父上らしい願掛けだ。

スッ……キン!……チャッ……

『わかった。有り難く貰い受ける。薫子……ありがとうよ。』

今にも崩れ落ちそうな肩にポンと触れると、薫子はようやく面を上げてくれた。


その夜、俺はもう市川屋が後ろで糸を引いてる事件を考えてみた。

相場での投資……これで市川屋は大棚になった。

小さな工場や会社の買収……最近は専ら鉄工所や貿易関係の会社を乗っ取ってやがる。

米の買い占めと値段の吊り上げ……米だけじゃなく、綿花や石炭や鉄、石油も買い付けてやがる。為替操作ってやつか?

主神教会孤児院への非常識な額の寄付……市川屋に限ってただの慈善活動でもあるめぇし……目的は偉いさんへの口利きか?

田ノ助を騙して秋ノ田件の妖銀鉱山の権利を分捕った……秋ノ田だけじゃない。土ノ佐鉱山や佐野原油田まで権利を持ってるって聞いた。

そして役人や政治家、警官隊上層部への賄賂……

帝都の役人から区画整理を頼まれ、強引なやり口で職人や大工や労働者の仕事を奪い、住民らに立ち退きを迫る……そのせいで失業者や浮浪者がわんさか……


そうか、そう言う事か……


『お前様、ま〜た眉間にシワが寄ってるよぉ?』

『あぁ……いゃまぁ……考え事だ。』

嫁の桜子が声を掛けてきた。相も変わらず気配が読めない。俺は桜子を他所に、羽織りを着込む。

『んでぇ……何処に行くんだいぃ?こんな夜中にさぁ?』

『……わかったんだよ。市川屋がやろうとしてる事が。……これは半分、私怨だ。』

『止めても無駄そうだねぇ。はいよ……』

桜子は俺の着物の帯に父上の妖銀刀を差してくれた。

『ありがとうよ。お前さんは家に』

『ついてくよぉ。……あたしは大丈夫さねぇ。それより、お前様の事だよぉ。』

桜子は俺の言葉を遮ってそう言った。

『…………居なくなりゃあしねぇよ。まぁ、好きにしな。』

そうか、俺はぬらりひょんの力を手に入れた妖の総大将。俺も嫁め何処にでもいて何処にも居ない。心配させちまったなぁ……

そうして、朱音ちゃんと薫子に留守を任せて、俺と桜子は夜の街を歩き出した。







市川屋松吉は毎晩のように数人の側近を連れ、帝都駅近くの遊郭で上客を呼んでどんちゃんやってるらしい。

案の定、帝都駅の近くの歓楽街を3人の側近と仲良く呑気に歩いていやがった。

『よう……市川屋の松吉さん。』

『ん?……あなたは……あぁ、デモの時にいた警官隊の方。あの時はお世話になりました。』

松吉は相も変わらず張り付いたような嘘くせぇ笑顔を見せて来た。

『あんたさん、随分あこぎをしているそうだなぁ?』

『いやいや、人聞きの悪い。商い事に真面目なだけですよ。』

『そうかい?相場や為替で詐欺まがいに金を儲け、会社や工場を買収。同じようなやり口で鉱山や油田まで。それは手始めだ。集めた利権で役人を買収、小さな工場や職人街の連中から仕事を奪い区画整理とか何とかで立ち退きをさせる。干上がった奴らを鉱山や油田に送りつけ安い賃金で働かせる。そうして石炭や鉱物を売りつける先は
えうろぱす(西の大陸)の列強主神教国か?孤児院に非常識な寄付までして念の入ったことで。儲けはたんまり……金のかからない良い手だ。自分に都合の悪いこたぁ、政治家や役人、警官隊上層部に賄賂を握らせてだまらせる。だろ?』

『くはははは!!……いや、失礼。なるほど、警官隊の中にも存外頭の回る方がいるんですねぇ!えぇ、大方その通りですよ。』

『そうかい……じゃあよ、ついでにもう一つ聞くが、あんた田ノ助を覚えてるか?』

『田ノ助?……あ、あぁ!あのバカな田舎者!あれは傑作だった。おかげ様で良い鉱山が私の手に!あんな金策を疑いもせずに鵜呑みにして……くくく!……あははは!!』

『……お前さんがやってる事は商いなんかじゃねぇ。人の生き血を啜る外道だ。』

俺は松吉を睨みつけた。

『ひぃ!!……おぉ、怖い怖い。……でもですね?あなたは警官隊だ。私をどうすることも出来やしません。それよりどうです?あなたは頭が回りそうです。腕もたちそうですね。警官隊なんて辞めて私の力になってはくれませんか?……タダとは言いません。』

ジャラッ……

松吉は巾着を地面に落とした。

『50圓あります。……あなたの給金の何ヶ月分でしょうねぇ?これで私の為に働いてくださいませんか?』

『断る……と言ったら?』

『残念ですが、消えて頂きます。お前達、やってしまいなさい!……あれ?』

松吉は側近に声をかけるが、何も起きやしない。奴の足元で倒れている。松吉との話の邪魔になりそうだったので、先に切っておいた。

『誰に声をかけてんだい?……あぁ、コイツらなら大人しくしてもらった。気付かなかったんかい?さぁて……お前さん、覚悟は良いだろうな?』

チャキッ……

妖銀刀の鯉口を抜く。

『ひっ、よるなぁ!よるんじゃない!な、なんだそのく、黒い煙りは!??』

松吉は懐から"ぴすとる"を取り出してこちらに向けて撃って来た。

パン!!

『当たれ!!当たれっ!!』

パン、パン!!

俺に(妖の総大将)そんなモン当たるかよ。弾が明後日に飛んでるぞ?

パン! キューン……

パン!

パン!……カン、カン、カン、…………

弾切れか。無駄な足掻きを。

『クソ!クソっ!……あなた警官隊でしょう?私に手を出したら、どうなるか……』

『悪いなぁ、俺はもう隊士じゃあねぇんだよ。』

『ま、まて!金か?幾ら欲しい?100圓か?……200圓……いや、500圓出す!!』

『言いてぇ事はそれだけかい?』





シュッ…………ザンッ!!!





踏み込み様に一閃。

スゥーーー…………キン……

ドサリ……

『斬り捨て御免。安心しな……妖銀刀だ。』

妖銀刀を鞘に納めると同時に糸の切れたカラクリ人形のように松吉は倒れ伏した。

『終わったかいぃ?こいつらどうするねぇ?』

『ま、とりあえずこのまま晒しておこう……』

すると、桜子は松吉の背広を漁りはじめた。

『やっぱり持ってたねぇ?ふふふ……』

ひょい……と松吉の懐から取り出したのは金の鍵だ。

『そりゃ、金庫の鍵か?』

『この形は金庫だねぇ。大方、中に大事なもんが入ってるんだろねぇ?お前様なんだと思う?』

市川屋松吉は大棚だ。有り余る銭を金庫に入れてるとは考えられねぇ……

『……あるとすりぁ、血判書(契約書)と上客との取り引きを記録した帳簿か。』

『多分ねぇ……』

悪い顔の嫁だ。俺も悪い顔をしているに違いない。市川屋本店の執務室の中に金庫はあった。中には、血判書はもとより、上客の目録(リスト)や、相場や為替取り引きの記録。買収した工場や会社や鉱山の権利書。不正と汚職で真っ黒だ。案の定、上客の目録には警官隊上層部の老害共が名を連ねていた。

その書類を俺と桜子で警官隊の番所、川上さんの机の上に置いてきた。あの人なら上手くやってくれる。

『田ノ助……仇は取ったぜ。』










警官隊数名が歓楽街で操作をしている。1人は川上少警部でもう1人は田中と言う若者だ。

『……被害者は市川屋の店主、松吉。妖銀刀でばっさりだ。意識は戻ったか?』

『おーい!起きて下さいよ!……川上さん、意識戻りましたー。』

市川屋松吉は朦朧とする意識を何とか立て直して起き上がる。と目の前の警官の胸ぐらにしがみつき訴え出た。

『警官さん、警官さん、私たちは襲われたんです。』

『あぁ、ちょ、落ちついて!』

すると川上少警部が田中のところにやって来て、松吉をなだめ始めた。

『まぁ、何があったかは署でゆっくり聞きましょう。』

『そんな時間はありません。私は仕事があるんです。あなたは警官隊の方でしょう?早く犯人を捕まえて下さいよ!』

『やれやれ……』

ピラッ……

目の前に出された書類に見る見る松吉の顔が青ざめていく。

『あ、あなたそれを何処で?……な、ない!!』

『何の話か分かりませんが、この書面の他に市川屋さんには伺いたい事がたくさんあります。ご同行を!』

『くっ……くそっ!!!』







その後、大棚市川屋松吉はこれまでの不正や汚職が露見。失脚し、汚職に関与したお役人や政治家、警官隊上層部も纏めて逮捕された。

新聞には……

"市川屋、汚職シセリ。役人モ関与カ?"

"警官隊上層部ノ腐敗。帝都ノ闇アラハトナル。"

など、連日新聞や瓦版で事件の経緯が知らされ、相場の混乱、逮捕者、"すとらいき"なる抗議活動を始め、お祭り騒ぎとなった。当然、今まで不正に巻き上げられていたもの全てが戻った。

川上さんは上層部を一層して派閥を作り警官隊上層部の椅子を手に入れたそうだ。

後輩だった田中は川上さんの後釜として少警部に。"みるくほーる"の可愛い子ちゃんを嫁に取り、今でも帝都を守っている。

田ノ助は鉱山の利権を取り戻した後、白蛇の嫁、千代さんの勧めで彼女の知り合いの刑部狸に金策を依頼した。お金の問題を何とかした後は故郷である秋ノ田県に戻り、千代さんに心配されながらも役人として働いている。ただ、風の噂によると時々姿を見かけなくなるそうだ。なにそれ怖い。

まだまだお祭り騒ぎは収まりそうに無いが、仕事と居場所を取り戻した町の連中の笑顔が眩しかった。

この一連の騒ぎを『市川屋事件』と呼ぶ様になった盟治30年……

四畳半の個室。傍には嫁。向かいにもう1人。

『……それで、息子はチンピラ連中に寄ってたかって……病院送りに……ぐすっ……』

『……おいおい、泣くんじゃないよ。』

隣の大部屋でどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。みんな浮かれ調子だ。

さて『市川屋事件』から10年余り、俺はと言うと道場を切り盛りする傍ら任侠、桜花一家の親分になった。生来の世話焼きな性格が祟った(?)ようだ。おかげで家の者も増えた。

卸問屋の刑部狸、五葉さん。お千代さんの知り合いで田ノ助の金策を助けてくれた。

借金をしたばかりに芸者として身を売り、恨み節から妖気を溜め込み毛女郎になってしまった お蘭さんと駆け落ち相手の新之助。ヤクザ者に追われていた所を助けた。ノリで。

過激な政治批判の風刺記事を書いて首になった新聞記者のネコマタ、早苗さん。

雨の日にいつの間にか付いて来た濡れ女子の雫さん。

鉱山採掘の為に故郷が無くなってしまった雪女の初音はん。一晩泊めたら、そのまま居座った。

潰れた風呂屋のあかなめの小梅ちゃん。その風呂屋の主人の爺様から娘を頼むと押し付けられた。

錆びれた神社の稲荷のお菊さん、と八咫烏の明子さん。妖力がすっからかんで、ちびっちゃい。

薬師の大百足、お時さん。この人はちょっと訳ありみたいだ。"みすてりあす"ってのか?時々部屋で怪しい実験をしているらしい。何それ怖い。

割烹料理屋、雫屋を営なむ お清さんと弦之助の夫婦。区画整理でヤクザに無理やり立ち退きをさせられた。店を取り戻してやって久しいがちょくちょく顔を出してくれる。

それから朱音ちゃんと"でも"に参加した背広坂の仕立て屋夫婦の お絹さんと 喜助。家の者の着物を一手に仕立ててくれる。

ヤクザの下っ端で鉄砲持って俺を殺しに来た銀次郎。いざその時とばかりに鉄砲向けて来たが、撃つ度胸が無かったのか土下座されて泣かれた。なーんか、可哀想になっちまってなぁ……

他にもまだまだいる。人間も妖娘も関係なく、ここに居着いちまう。

わかってる、俺りゃあお人好しだよ。皆まで言うな。

そんなこんなで行き場のない者を引き受けたり、隣近所の悩み事やら困り事を聞いて面倒を見ていったら、いつの間にか百鬼夜行は増えて、周りから頼られて、気がついたら親分になっていた。

そんで、今日は桜子との結納10年目。宴会でどんちゃん騒ぎに疲れて休んでいると、大工の橋本会の親方が訪ねてきた。

『息子さんの容体はどうだい?』

『へぇ、大事はねぇが……暫く大工仕事はむりでぇ……大きな仕事が入って来て、大事な時期だってのに、俺りゃあ、悔しくて悔しくて!……警察にも駆け込みましたが、奴らまともに聞いてもくれやせん!……なぁ!山本っつあん、息子の恨み晴らしてくれませんか!?』

俺は手拭いを橋本さんに渡した。すいやせん……と一言言うとブーっと鼻をかんだ。……汚ねぇなぁ、おい……

『……話はわかったが、何で俺に一番最初に相談しなかった?……お前さんと俺は長い付き合いだ。お前さんの1人息子の一之助もよーく知ってる。相談してくれたらいつでも力になった。だが、今んなって山本っあん!は幾らなんでも虫が良くねぇか?』

『すまねぇ……そりゃあ俺が悪かった……』

『まぁ、良い。……そのチンピラ連中をお前さんはどうしたいんだい?』

『ふん縛って連れてきてくだせぇ……俺っちがブン殴ってやります。』

『そりゃあ、駄目だ。お前さんが本気で殴ったら殺しちまう……俺はタタキはやらねぇんだ。知ってるだろぅ?だが、二度と悪さ出来ねぇ様にする事は出来る。任せちゃあくれねぇか?』

『……へい、お願ぇします。』

『まぁ、今度親子揃って俺ん家の襖直してくれよ……』

すると橋本さんはまたブーっと鼻をかんだ。とりあえず、橋本さんをなだめて俺は羽織り一枚サラリと羽織る。

『今からかいぃ?お前様ぁ、今日くらいは良いじゃあないか。』

頬を膨らませた桜子が言う。

『そう言いながら付いて来てくれんだろぅ?』

『まぁ、ねぇ……惚れた弱みさねぇ。その代わり、後でたっぷり愛しておくれ?』

いつまでたってもコイツは色っぽい。こっぱずかしいなぁ……

『おぅ……約束する……。』

『主人殿、私も行きます!』

『あぁ、好きにしなぁ。』

するとまたひとり、またひとり……

『私も……』

『あたいも!』

『あ、置いてかないでくださいよぉー』

そうして百鬼夜行が俺の後ろに出来て行く。

帝都の昼はお役所や警官隊や法律ってやつが守りゃ良い。そこからあぶれた帝都の夜は俺が纏めて守ってやる。

下駄を鳴らして帝都を歩きゃ、どこ吹く夜風が心地良い。


さぁて、行くか……



帝都夜行 完。


19/03/22 19:25更新 / francois
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■作者メッセージ
遅くなりまして、大変すみません。

ここだけの話ですが田ノ助の事件、半分ノンフィクションです。はい。
まぁ、ご都合主義ではありますが何とか書き終わりました。
チャンバラはやりたかっただけなのは内緒(ェ

ここまでお読み頂きありがとうございます。いつか門左衛門のハーレム物を書けたらと……

ではまた。U・x・Uつ

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