灰被りの王
灰被りの王
白い国が赤く燃えていく。
西の大陸と中つ国の間にある小国、ハクア王国は今まさに滅びようとしている。国境の砦は破られ、敵の進行を許してしまった。圧倒的な主神教団軍の数を前に周辺の村々は焼かれ、王都の城壁を数万の軍勢が囲んでいる。
ハクア王国の国王マリアンは若くして先王から王位を継承し、王国をまかされ、民の為に働いてきた。和平を愛し、収奪を許さず、民の幸せを第一に考えていた。
そんなおり、小国ながらも豊かな資源に恵まれたこの国に教団国から
“大人しくハクア王国を聖主神教国領土とするか、さもなくば魔物に手を貸す蛮国として滅ぶか選べ”
という勧告が届いた。
これに対して、国王マリアンは隣国と同盟を組み、国境西の砦にて迎え撃つ準備をしていたが、開戦後に同盟国は次々と教団側へと寝返り、遂には防衛の要である西の砦を落としてしまった。
この国は反魔物国である。国交も古くからの同盟国諸国としか開かれていない閉鎖的な国だ。
西の大陸と中つ国、霧の大陸を結ぶこの地は幾度となく戦火に巻き込まれてきた。先人達は遥か昔に自分たちを守るため山々に囲まれた天然の城壁に難攻不落の城と砦を築いた。
が…今回、同盟国の裏切りにより内側から国門が落ちてしまった。残されたのはこの王都だけだ。教団軍は5万の兵。ハクアの軍は1万にも満たない。加えて多くの戦えない民間人がいる。
このまま教団の介入を許してしまえば、西大陸諸国民とは肌の色が異なるこの国の民は、奴隷の様に扱われるのは明白であった。ハクアの民は中つ国の血と西大陸血が合わさり、浅黒い燻んだ白色をしている。
加えて、鉱山が生む鉱物資源やハクア王国の立地から、他国や中つ国諸国への侵略戦争の足掛かりにしようという教団側の意図が火を見るよりも明らかであった。戦火がさらに戦火を呼ぶことになる。そうなればハクアの国は遅かれ早かれ滅んでしまうだろう。
ハクア王国に入った主神教団軍は攻め滅した村々や町々で略奪を繰り返しながら王都へと進んで行った。そして遂には王都の城壁を取り囲むに至る。
ザッ、ザッ、ザッ、
白旗と教団の旗を掲げた兵士がこちらに近づいてきた。
『私は聖主神教団軍の使者である。国王マリアン・ハクア陛下に御目通りを。』
マリアン王は使者を謁見の間に招き入れた。
『国王マリアン・メレフ・ハクアである。使者殿よ、大義である。どうか楽にしていただきたい。教団側の伝聞を聞こう。』
すると、使者は羊皮紙を取り出して伝聞を読み上げた。
『は!!では、読み上げます。……勇敢に戦った貴国に敬意を表すると共に、恩赦を与えたい。降伏をすれば主神教国となった後も貴国の民を二等市民と認め自治を許そう。王国の名に恥じぬ名誉ある降伏をするか、このまま滅ぶか、この返答に3日の猶予を与える。マリアン王よ、貴国の懸命な判断を祈る。……とのことです。』
使者がそう読み終えると、金属の擦れる激しい音が謁見の間に響いた
『貴様ら!なめ腐りおって!!!』
将軍の1人が剣を抜き使者に突きつけたのだ。
『将軍!!…剣をしまいなさい。』
『っ…!!然し…』
『剣を収めるのだ将軍……』
『失礼しました…』
使者はほっと胸をなでおろすと
『懸命な判断に感謝致します。』
とお辞儀をした。王様は使者に対して
『無礼を許して欲しい…我が方の返答は3日後にする。使者殿よ、貴殿を送ろう。』
語り終えると衛兵を呼び、使者を丁重に送り返した。
3日の猶予を与えられたが、最悪の状態には変わりなく王都には今も教団の万軍の弓が狙いを定めている。この3日で教団軍は補給と略奪をするつもりなのだ。
もし、降伏したとして教団側が約束を守るとは思えない。その保証は何処にもなく、この手の約束事は力のある側がいつでもご破算に出来るのだ。
『奴隷か…滅亡か…』
そんな状況下、王はある言い伝えを思い出した。ハクア王国に伝わるお伽話だ。
古の昔、竜が暴れ回り、この国の王は兵を率いて戦い、ついに東の塔に封印したという話だ。
唯のお伽話ならマリアン王の頭に浮かんで来るはずもない。しかし、この東の塔はハクア王国の東の地に王家の血を引く者しか入れない強力な魔法に護られた''禁断の地''として実在し、国の歴史書には聖歴になる前、アシュマール大帝国に支配されていた1200年前に現在のハクア王国の周辺で竜討伐のための軍が組織されている記載がある。
『文献通りならば、封印された竜がいる…利用出来るやもしれない。』
『あの地は王家の者しか入れない禁断の地でございます。どうかお考えをお改めください。どのような呪いが掛けられているかわかりませぬ!』
『だから行くのだ大臣。このままではハクアは滅ぶ。出来る事全てをやっておきたい。2日後の夕刻までには戻ろう。』
あるかどうかもわからない力に頼らなければならないほど状況は逼迫していた。王は将軍達に今出来る限りの軍備を整える様に命令をし、1人地下に作られた秘密通路から東へと進み、禁断の地を目指す。
マリアン王は馬を走らせ、丸一夜かけて禁断の地に足を踏み入れた。草木が生えない不毛の地で、忘れさられた様に崩れた塔がポツリと立っていた。馬を降り、水辺が無いので、自らの水筒の残りを与え、手頃な瓦礫に手綱を結びつけ、ここまで働いた馬に感謝を述べ、塔の中に入る。
日の光の入らない塔の中、王は松明の灯りを頼りに歩く。風化した剣や崩れた鎧、破れた盾があたりに散らばり、かつて激しい戦いがあったことを物語っていた。
足を取られぬように奥に進むと剣で胸を一突きにされた女の遺体があった。一糸纏わぬその女は血の気の抜けた肌をしていた。
何故此処に女の遺体があるのかはわからないが、王はその女を憐れみ埋葬することにした。
『どれ…まず剣を抜いてやろう…』
ズ………
マリアン王は剣に手をかけ引き抜いた。
その剣は銀色に美しく輝き、錆びどころか血のひとつも着いていなかった。王は不思議に思ったその瞬間。
バン!!!!
轟音と共に剣の宝玉から赤い光と黒い光が出て来た。床には遺体を中心に魔法陣が浮かびあがる。宝玉から出た光の束は女の遺体に吸い込まれるように入って行く。
女の遺体がゆっくりと宙に浮かびあがると、肉をにじる様にメキメキと音を立てて頭から角が、背中から翼が、腰からは尻尾が生え、手足には骨のような甲冑の様なモノが覆っていく。黒く燻んだ髪は星を溶かした様な見事な銀色に。
やがて変化が治ると光が収まると、静かに床に伏し薄っすらと目が見開かれていた。マリアン王は余りの出来事にただただ、立ち尽くす事しか出来ないでいる。
甦った魔性の女がゆらり…と辺りを見た。その眼は本来白のところが黒く瞳は紫であった。
『…ふふふ…あははは…自由!自由だぁ❤』
『…竜…なのか?』
彼女は自分の身体を確かめる様に身体を触りだした。
『女の子だぁ…あはは❤…私、女の子になってる!ん…?あ…れ…ユリアン!?…ふふふ……我が宿敵!』
すると魔性の女は先ほどまでの緩慢な動きからは考えられない動きでマリアン王を押し倒した。逃さないと言わんばかりの凄まじい力でマリアン王を押さえつけてきた。
『まったく!殺されたのに、封印までするとは、ひどいじゃあないか君は!……あれ?違う…?ユリアンじゃ…ない?』
王はその名前に覚えがあった。竜を倒した竜殺しのユリアン王。お伽話によるとユリアン王は魔法の剣で竜を倒して封印したと伝えられている。
マリアンの手には女を封じていた剣がある。
『私はハクア国王、マリアンだ…そのユリアンと言う者は其方を封じた者か?』
『ははは!竜を封じるなんて凄いよねぇ?君はあの男に似ているなぁ…まぁ、いいや…酷く乾くんだ……❤』
目を潤ませ、頬を赤らめて、息を荒げながら目の前の魔性の女は口から灰色の霞の様なモノを口からくゆらせていた。
『なにを…!?』
『あなたはオス…私も今やこの身体…。オスとメスが出会ってやることは…ひとつしかないでしょお❤❤』
押し倒したまま着物をひとつずつ剥かれていく。王は抵抗するも、いくらもがこうとも、なす術はなかった。
ワグナーは霞を出す口をマリアンの口にあてがい、無理矢理に蹂躙した。
ちゅ…❤くちゅ❤…ちゃ…くちゃ…❤❤
『あ''あ''ぁぁあ……』
突如としてマリアン王は身を焼かれる様な、感覚に襲われた。口を通じて体の中にワグナーの吐く霞がマリアンを侵していく。股ぐらがいきり勃ち、自己主張をはじめたのである。
王は不能であり、今まで経験はなく、また結婚もしておらず、そして当然世継ぎはいなかった。
『ひとつだけ…ひとつだけ教えてはくれまいか!?』
『ん〜?なぁに?』
『…其方の名は何と言う?』
『ふふふ❤マリアン…私の名はワグナーと言う…』
脈打つそれを掴むとワグナーは自らの濡れそぼった秘所にあてがうと、一思いに突き入れた。情緒など欠けらも無い処女と童貞の交換。
『う…が…ぁ……』
『ひぐっ❤❤』
一瞬ワグナーは痛みに震えたが、すぐに蕩けた表情になった。結合部からは、赤黒い血が流れているも、そんな事はお構いなしに腰を振りだした。
ぱちゅん❤
ぱちゅん❤
ぱちゅん❤
水を弾く様な肌と肌がぶつかり合う淫らな音が奏でられていく。お互いが声も出せない程の快楽に翻弄されている。ワグナーの膣はもう離さないと言わんばかりにマリアンの分身を咥え込み、迎え入れる。
一方的に蹂躙されて見えるが、ワグナーも目の端を緩め、口はだらしなく霞と涎液を垂れ流していた。お互い余裕など微塵もなく、ただただ動物的欲求に従い快楽を求めるだけであった。
『あは❤気持ちいい!きもちいい!!キモチイイ!!!』
『ふーっ!!…ふーっ……!!』
玉の様に汗を滴らせる中、早くも限界が訪れようとしていた。
『ーーーーーーーーーーーッ!!!!』
ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク!!!
『きたぁぁぁあああ❤❤❤❤❤❤❤』
脳髄が焼き切れる程の快楽に声にもならない声で叫び声をあげるマリアン王。体内で自分勝手に出された精にもかかわらず、歓喜を持って迎え入れるワグナー。
もっと、もっと快楽を!
もっと、もっと悦楽を!
灰色の霞をくゆらせながら、求め合う2匹の獣がお互いを貪り合っていた。
何回絶頂したか、何回お互いを貪り合ったかわからなくなっていた。快楽を求める2匹の獣はドロドロに溶け合っていた。そして、それも限界を迎えようとしていた。王は気を失う直前にワグナーを抱き寄せて
『綺麗だ…』
と囁いた。
『ーーー❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤』
マリアンは絶頂し大量の精をワグナーの中にぶち撒けた。それが引き金となり、ワグナーも彼からの言葉と放たれた精によりひときわ激しく絶頂した。彼女も道連れの様に力尽きて意識を手放す。ワグナーの膣は意識を失ってもなお、マリアンから放たれた精を一滴も逃すまいとポンプの様に浅ましくうごめいている。
王が目を覚ましたのは戻ると約束のした2日目の夕刻であった。傍では満足そうな笑顔で安らかに寝息を立てるワグナーがいる。髪を避け美しい横顔を撫でると、くすぐったそうに目の端を緩める。幸せそうな彼女の仕草をマリアン王は愛おしく思っていた。
『其方があのお伽話の竜であったか…。邪悪なものだと聞いていたが、随分とお伽話と違うのだなぁ…』
禁じられた地の塔
封印の剣
目の前で死体から蘇ったワグナー
そして彼女が口にしたユリアンと言う名前…
王はそっと、ワグナー気づかれないように衣を着直すと彼女の頭を優しく撫でた。
『私は去らねばならん…。私は其方の力を利用しに此処に来たのだ…だが……人間の利己的な理由で其方を巻き込むわけにはいかない。もう其方は自由だ…』
王はワグナーの額にそっと口付けをし、彼女を封印していた剣を持って塔を去った。
マリアンは馬を走らせ、期限の日の日の出前に城に着いた。心配して駆け寄る大臣や将軍達をなだめ、禁断の地で起きた事を話した。
『陛下…では、竜はいなかったのですね…?』
『あぁ…。この剣があるだけだった。』
マリアン王はワグナーを封じていた剣を見せた。
『作用でございますか…陛下、我らはどうなさいましょう…』
『降伏は…せん!兵を集めよ!』
将軍たちは、剣を抜き、敬礼をすると去って行った。
そして…
返答の時間
ザッ、ザッ、ザッ、
白旗と教団の旗を掲げた兵士がこちらに近づいてきた。
『私は聖主神教団軍の使者である。国王マリアン・ハクア陛下に御目通りを。』
マリアン王は使者を謁見の間に招き入れた。
『陛下、お心は決まりましたか?』
マリアン王は覚悟を決めた目で玉座から使者を見据えると
『降伏はせん!…使者殿よ、お引き取り願う。』
『なんと無礼な!たかだか小国の分際で、わが主神聖戦軍の慈悲を無下にするとは!!!』
衛兵に腕を掴まれ、引きずられるように連れてかれる使者は捨て台詞を吐いて自軍へと帰って行った。
それから数時間後
マリアン王は鎧を身に付けて兵士の前に立っていた。
『…今日、神に祈る者がいるのであれば、祈るのを止めよ。我々は今より主神の軍と戦わなければならない。
祈るのであれば
友の為に祈れ…
死んで行った仲間の為に祈れ
守るべき家族の為に祈れ
汝が愛する者の為に祈れ
主神教の軍団は逆らう者は皆、''悪''と称する。正義という名の暴力を振りかざし、村を焼き、街を崩し、国一つを容易く消す。
それこそが悪の所業である!
主神の名の下に他者を虐げるのが正義か?
否!
聖典の言葉を歪め、戦争を起こし、血を血で洗い、戦いを強要するのが正義か?
否!!
弱い者に差し伸べるべき手に槍を持ち、略奪を行い、婦女を辱しめ、子供老人を殺し、木に吊り下げ、燃やす事が正義か?
否ぁあ!!!
兵士諸君よ、ハクアの民よ。いや…我が友よ。汝らは身を持って、彼らの口と心と行いを持って、それを知っているはずだ。彼らはその正義と称する悪行により信仰を失った事を。
彼らは来るであろう
今正に我らの目の前で隊列を組んで
汝らの仲間を殺しに
汝らの家族を殺しに
汝らの愛する者を殺しに
ならば
我々は剣を取らねばならない!
この暴挙を許してはならない!!
このようなものが正義であると、断じて認めてはならない!!!
今こそ戦わなければならない。
今日を生きる為に!
明日に希望を見出す為に!!
我々は戦い、平和を勝ち取らねばならない!!!
死んで行った仲間の為に!
守るべき家族の為に!!
汝が愛する者の為に!!!
そして…
まだみぬ子供達の希望の為に!!!!!』
マリアン王の演説が終わり、一瞬の静寂の後、兵士達の割れんばかりの歓声が上がった。
絶望に打ちひしがれていた目は王の言葉により希望に溢れている。
かくして、開戦のラッパが高々と鳴った。
そして…
戦いが終わった。
見るも惨たらしい戦争だった。
ハクア王国は守城戦で最初は有利に戦うも、教団軍が持ち出した強力な攻城兵器の前に、まるでケーキを崩す様に城壁が崩れてしまった。
崩れた城壁から何万もの兵が押し寄せ、なす術なく、敗れていった。
落とされた王都で主神教団軍がしでかした事は、マリアン王が演説で話したとうりとなった。
城の広場、主神教団軍の兵士達が並び、捕虜となった女子供達が鎖に繋がれ連れられる中、マリアン王は引き出されていた。その顔はやつれ、身体は傷だらけである。
前にいるのは主神教の大司教と将軍とあの使者、それから斧を持った大男が。
其処にある赤く汚れた低い台。その下には小さな壺がある。
『ハクア王よ、何か言い残す事は無いか?』
と大司教がマリアン王に尋ねたが、彼は首を横に僅かに振るだけであった。
『マリアン陛下。お前の為に、お前の理想の為に、お前の正義の為に皆死んだ。兵士も、男も、女も、子供も、老人も、皆んな皆んな死んだ。お前が殺した。』
使者は王につばを吐きつけながらそう言って、彼から奪った剣…ワグナーを封じていた剣を取り出した。
『読めるか?ここには古代アシュマール語で''この剣をハクア王国の男子が持つ限り、この国は決して滅びない''…とある。ククッ…宛にならないなぁ。』
そう使者が罵ると、マリアン王の前髪を大男が乱暴に掴み、王の首を台の上に乗せた。
王は抵抗もしない。
大男が斧を振り上げる。
狙いをすまし…
斧を落とした
その時…
灰色の閃光が横切り、王の姿が消え、空の台座に斧が落ちる鈍い音が響く。
『なぜ来たのだ…ワグナー…』
その場に居合わせた主神教の兵や祭司や使者が呆気に取られる中、ワグナーはマリアン王を愛おしそうに抱き寄せる。一瞬の安堵と一筋の涙。そして次の瞬間には地獄の業火すら生温く感じるような激しい怒りの炎を瞳に映していた。
『マリアンを…旦那様を傷つけたのは…お前達かぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!』
それは正にお伽話の一幕であった。
割れんばかりの咆哮と共にワグナーが竜になったのだ。骨のような鎧のような鱗に覆われ、被膜が擦り切れた死神のマントのような巨大な蝙蝠羽をはためかせ、口からはあの灰色の霞を吐いている。
『竜だ…竜だ!!!』
恐慌状態の1人の兵士が叫びながら矢をいると、周りの兵士が次々と矢を放った。しかし竜に通るわけも無く、弾かれるだけだ。
ワグナーは大きく羽ばたくと風で弓矢を吹き飛ばしてしまった。恐れおののく者が1人逃げ出すと我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
ワグナーは手当たり次第に灰色の霞を吐きつけ暴れ回っていた。霞に触れた兵士は痙攣し、動け無くなった。
すると、
ズリ…
ズリ…
ズリ…
ズリ…
と何かが地面から這い出てくる。血気の無い肌だが皆美しい女な容姿をしている。その者の中に所々に崩れた旗の布や剣や鎧を持つ者が歩いている。
『あれは…ハクア王国の兵士達…か?』
いつの間にか辺りはワグナーの吐く灰色の霞で満たされていて、太陽の光すら覆い隠している。
教団軍に殺された兵士や民や死んだ教団軍の兵達がワグナーの霞で次々と蘇り、不死者の隊列を成して教団軍に襲いかかった。至るところで交わりの宴が繰り広げられている。
地面から這い出る死体の魔物
遺体焼き場から虚ろな足取りで歩み行く幼い少女の姿をした骨の魔物
魂だけとなりながら、高笑いを上げて教団軍に向かい飛びつく幽霊の魔物
首を斬られた騎士や将軍の遺体から甦った鎧を着た美しい娘の魔物
彼女達に弓や剣や槍は効かず、歩みも止まらない。むしろ、刺された者は愛の告白をされた乙女の様にウットリとして嬉々として教団軍の男を受け入れる。敵味方の何千何万の兵士達が不死者として甦り、彼女達は徒党を組んで次々と何千何万の教団軍を飲み込んで行く。
『貴様…!!やはり、魔物と手を組んでいたな!!!』
使者の男はマリアン王に近づき剣をむける。するとその剣の刀身はひとりでに砕けてしまった。
『な…!?』
マリアン王は使者が落とした剣をの肢を拾った。
『剣には古代アシュマール語で''この剣をハクア王国の男子が持つ限り、この国は決して滅びない''とあった。ならば、ハクアの国を滅ぼす為にこの剣が力を持つ訳はあるまい。使者殿よ、お引き取り願おう。』
『ひ…ひぃ!』
すると不死者が彼に気付いたのか、こちらにゆっくりと近づいてくる。
ザッ、ザッ、ザッ、
『男だぁ〜❤えへへぇ〜』
『かわいい〜…食べちゃいたいよぉ〜…』
『あぁぁー❤』
『うぅー❤』
ザッ、ザッ、ザッ、
『くるなぁ!!くるなぁ!!』
ドッ!!
使者の男はナイフで目の前のゾンビの胸を突き刺した。
『わぁ❤嬉しい…積極的だね〜❤』
使者の男の首や腕や足や腰に不死者の娘達の手がまとわりついた。
『うわぁ!!うわぁ!!ひぃ…』
そして彼は引き摺られる様に不死者の群れの中に消えていった。
この日、歴史では聖主神教団軍の5万の大軍がハクア王国の制圧戦で忽然と消えたとされる。
しかし、事実はハクア王国のワグナーという竜と、不死者の娘達により1人残らず彼女達の伴侶となった。
皆、争わずに幸せな毎日を営んでいる。太陽の無い国で爛れた生活を送っている。
戦争の後、マリアン王とワグナーは結ばれ、祝義を上げた。参列者には魔界の姫君も駆けつけ、新たな不死者の国の誕生と夫婦の門出を祝った。王の隣には常に愛おしそうに擦り寄るワグナーが寄り添っている。
『君は私の宝物だ…だから、ずっとずっと一緒だよ❤』
マリアン王は恥ずかしそうに頬をかき、ワグナーを抱きしめ、口を重ねる。2人には言葉よりも大切な事だ。これから永い悠久の時を愛しい人と過ごすのだ。
『あぁ、私のワグナー…』
ハクアの国には今日も日が刺さずに灰色の霞がかかる。2人の秘め事を隠すように。幸せを包み込むように。
王様の髪と同じ灰色の霞が…
おわり
白い国が赤く燃えていく。
西の大陸と中つ国の間にある小国、ハクア王国は今まさに滅びようとしている。国境の砦は破られ、敵の進行を許してしまった。圧倒的な主神教団軍の数を前に周辺の村々は焼かれ、王都の城壁を数万の軍勢が囲んでいる。
ハクア王国の国王マリアンは若くして先王から王位を継承し、王国をまかされ、民の為に働いてきた。和平を愛し、収奪を許さず、民の幸せを第一に考えていた。
そんなおり、小国ながらも豊かな資源に恵まれたこの国に教団国から
“大人しくハクア王国を聖主神教国領土とするか、さもなくば魔物に手を貸す蛮国として滅ぶか選べ”
という勧告が届いた。
これに対して、国王マリアンは隣国と同盟を組み、国境西の砦にて迎え撃つ準備をしていたが、開戦後に同盟国は次々と教団側へと寝返り、遂には防衛の要である西の砦を落としてしまった。
この国は反魔物国である。国交も古くからの同盟国諸国としか開かれていない閉鎖的な国だ。
西の大陸と中つ国、霧の大陸を結ぶこの地は幾度となく戦火に巻き込まれてきた。先人達は遥か昔に自分たちを守るため山々に囲まれた天然の城壁に難攻不落の城と砦を築いた。
が…今回、同盟国の裏切りにより内側から国門が落ちてしまった。残されたのはこの王都だけだ。教団軍は5万の兵。ハクアの軍は1万にも満たない。加えて多くの戦えない民間人がいる。
このまま教団の介入を許してしまえば、西大陸諸国民とは肌の色が異なるこの国の民は、奴隷の様に扱われるのは明白であった。ハクアの民は中つ国の血と西大陸血が合わさり、浅黒い燻んだ白色をしている。
加えて、鉱山が生む鉱物資源やハクア王国の立地から、他国や中つ国諸国への侵略戦争の足掛かりにしようという教団側の意図が火を見るよりも明らかであった。戦火がさらに戦火を呼ぶことになる。そうなればハクアの国は遅かれ早かれ滅んでしまうだろう。
ハクア王国に入った主神教団軍は攻め滅した村々や町々で略奪を繰り返しながら王都へと進んで行った。そして遂には王都の城壁を取り囲むに至る。
ザッ、ザッ、ザッ、
白旗と教団の旗を掲げた兵士がこちらに近づいてきた。
『私は聖主神教団軍の使者である。国王マリアン・ハクア陛下に御目通りを。』
マリアン王は使者を謁見の間に招き入れた。
『国王マリアン・メレフ・ハクアである。使者殿よ、大義である。どうか楽にしていただきたい。教団側の伝聞を聞こう。』
すると、使者は羊皮紙を取り出して伝聞を読み上げた。
『は!!では、読み上げます。……勇敢に戦った貴国に敬意を表すると共に、恩赦を与えたい。降伏をすれば主神教国となった後も貴国の民を二等市民と認め自治を許そう。王国の名に恥じぬ名誉ある降伏をするか、このまま滅ぶか、この返答に3日の猶予を与える。マリアン王よ、貴国の懸命な判断を祈る。……とのことです。』
使者がそう読み終えると、金属の擦れる激しい音が謁見の間に響いた
『貴様ら!なめ腐りおって!!!』
将軍の1人が剣を抜き使者に突きつけたのだ。
『将軍!!…剣をしまいなさい。』
『っ…!!然し…』
『剣を収めるのだ将軍……』
『失礼しました…』
使者はほっと胸をなでおろすと
『懸命な判断に感謝致します。』
とお辞儀をした。王様は使者に対して
『無礼を許して欲しい…我が方の返答は3日後にする。使者殿よ、貴殿を送ろう。』
語り終えると衛兵を呼び、使者を丁重に送り返した。
3日の猶予を与えられたが、最悪の状態には変わりなく王都には今も教団の万軍の弓が狙いを定めている。この3日で教団軍は補給と略奪をするつもりなのだ。
もし、降伏したとして教団側が約束を守るとは思えない。その保証は何処にもなく、この手の約束事は力のある側がいつでもご破算に出来るのだ。
『奴隷か…滅亡か…』
そんな状況下、王はある言い伝えを思い出した。ハクア王国に伝わるお伽話だ。
古の昔、竜が暴れ回り、この国の王は兵を率いて戦い、ついに東の塔に封印したという話だ。
唯のお伽話ならマリアン王の頭に浮かんで来るはずもない。しかし、この東の塔はハクア王国の東の地に王家の血を引く者しか入れない強力な魔法に護られた''禁断の地''として実在し、国の歴史書には聖歴になる前、アシュマール大帝国に支配されていた1200年前に現在のハクア王国の周辺で竜討伐のための軍が組織されている記載がある。
『文献通りならば、封印された竜がいる…利用出来るやもしれない。』
『あの地は王家の者しか入れない禁断の地でございます。どうかお考えをお改めください。どのような呪いが掛けられているかわかりませぬ!』
『だから行くのだ大臣。このままではハクアは滅ぶ。出来る事全てをやっておきたい。2日後の夕刻までには戻ろう。』
あるかどうかもわからない力に頼らなければならないほど状況は逼迫していた。王は将軍達に今出来る限りの軍備を整える様に命令をし、1人地下に作られた秘密通路から東へと進み、禁断の地を目指す。
マリアン王は馬を走らせ、丸一夜かけて禁断の地に足を踏み入れた。草木が生えない不毛の地で、忘れさられた様に崩れた塔がポツリと立っていた。馬を降り、水辺が無いので、自らの水筒の残りを与え、手頃な瓦礫に手綱を結びつけ、ここまで働いた馬に感謝を述べ、塔の中に入る。
日の光の入らない塔の中、王は松明の灯りを頼りに歩く。風化した剣や崩れた鎧、破れた盾があたりに散らばり、かつて激しい戦いがあったことを物語っていた。
足を取られぬように奥に進むと剣で胸を一突きにされた女の遺体があった。一糸纏わぬその女は血の気の抜けた肌をしていた。
何故此処に女の遺体があるのかはわからないが、王はその女を憐れみ埋葬することにした。
『どれ…まず剣を抜いてやろう…』
ズ………
マリアン王は剣に手をかけ引き抜いた。
その剣は銀色に美しく輝き、錆びどころか血のひとつも着いていなかった。王は不思議に思ったその瞬間。
バン!!!!
轟音と共に剣の宝玉から赤い光と黒い光が出て来た。床には遺体を中心に魔法陣が浮かびあがる。宝玉から出た光の束は女の遺体に吸い込まれるように入って行く。
女の遺体がゆっくりと宙に浮かびあがると、肉をにじる様にメキメキと音を立てて頭から角が、背中から翼が、腰からは尻尾が生え、手足には骨のような甲冑の様なモノが覆っていく。黒く燻んだ髪は星を溶かした様な見事な銀色に。
やがて変化が治ると光が収まると、静かに床に伏し薄っすらと目が見開かれていた。マリアン王は余りの出来事にただただ、立ち尽くす事しか出来ないでいる。
甦った魔性の女がゆらり…と辺りを見た。その眼は本来白のところが黒く瞳は紫であった。
『…ふふふ…あははは…自由!自由だぁ❤』
『…竜…なのか?』
彼女は自分の身体を確かめる様に身体を触りだした。
『女の子だぁ…あはは❤…私、女の子になってる!ん…?あ…れ…ユリアン!?…ふふふ……我が宿敵!』
すると魔性の女は先ほどまでの緩慢な動きからは考えられない動きでマリアン王を押し倒した。逃さないと言わんばかりの凄まじい力でマリアン王を押さえつけてきた。
『まったく!殺されたのに、封印までするとは、ひどいじゃあないか君は!……あれ?違う…?ユリアンじゃ…ない?』
王はその名前に覚えがあった。竜を倒した竜殺しのユリアン王。お伽話によるとユリアン王は魔法の剣で竜を倒して封印したと伝えられている。
マリアンの手には女を封じていた剣がある。
『私はハクア国王、マリアンだ…そのユリアンと言う者は其方を封じた者か?』
『ははは!竜を封じるなんて凄いよねぇ?君はあの男に似ているなぁ…まぁ、いいや…酷く乾くんだ……❤』
目を潤ませ、頬を赤らめて、息を荒げながら目の前の魔性の女は口から灰色の霞の様なモノを口からくゆらせていた。
『なにを…!?』
『あなたはオス…私も今やこの身体…。オスとメスが出会ってやることは…ひとつしかないでしょお❤❤』
押し倒したまま着物をひとつずつ剥かれていく。王は抵抗するも、いくらもがこうとも、なす術はなかった。
ワグナーは霞を出す口をマリアンの口にあてがい、無理矢理に蹂躙した。
ちゅ…❤くちゅ❤…ちゃ…くちゃ…❤❤
『あ''あ''ぁぁあ……』
突如としてマリアン王は身を焼かれる様な、感覚に襲われた。口を通じて体の中にワグナーの吐く霞がマリアンを侵していく。股ぐらがいきり勃ち、自己主張をはじめたのである。
王は不能であり、今まで経験はなく、また結婚もしておらず、そして当然世継ぎはいなかった。
『ひとつだけ…ひとつだけ教えてはくれまいか!?』
『ん〜?なぁに?』
『…其方の名は何と言う?』
『ふふふ❤マリアン…私の名はワグナーと言う…』
脈打つそれを掴むとワグナーは自らの濡れそぼった秘所にあてがうと、一思いに突き入れた。情緒など欠けらも無い処女と童貞の交換。
『う…が…ぁ……』
『ひぐっ❤❤』
一瞬ワグナーは痛みに震えたが、すぐに蕩けた表情になった。結合部からは、赤黒い血が流れているも、そんな事はお構いなしに腰を振りだした。
ぱちゅん❤
ぱちゅん❤
ぱちゅん❤
水を弾く様な肌と肌がぶつかり合う淫らな音が奏でられていく。お互いが声も出せない程の快楽に翻弄されている。ワグナーの膣はもう離さないと言わんばかりにマリアンの分身を咥え込み、迎え入れる。
一方的に蹂躙されて見えるが、ワグナーも目の端を緩め、口はだらしなく霞と涎液を垂れ流していた。お互い余裕など微塵もなく、ただただ動物的欲求に従い快楽を求めるだけであった。
『あは❤気持ちいい!きもちいい!!キモチイイ!!!』
『ふーっ!!…ふーっ……!!』
玉の様に汗を滴らせる中、早くも限界が訪れようとしていた。
『ーーーーーーーーーーーッ!!!!』
ドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドクドク!!!
『きたぁぁぁあああ❤❤❤❤❤❤❤』
脳髄が焼き切れる程の快楽に声にもならない声で叫び声をあげるマリアン王。体内で自分勝手に出された精にもかかわらず、歓喜を持って迎え入れるワグナー。
もっと、もっと快楽を!
もっと、もっと悦楽を!
灰色の霞をくゆらせながら、求め合う2匹の獣がお互いを貪り合っていた。
何回絶頂したか、何回お互いを貪り合ったかわからなくなっていた。快楽を求める2匹の獣はドロドロに溶け合っていた。そして、それも限界を迎えようとしていた。王は気を失う直前にワグナーを抱き寄せて
『綺麗だ…』
と囁いた。
『ーーー❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤』
マリアンは絶頂し大量の精をワグナーの中にぶち撒けた。それが引き金となり、ワグナーも彼からの言葉と放たれた精によりひときわ激しく絶頂した。彼女も道連れの様に力尽きて意識を手放す。ワグナーの膣は意識を失ってもなお、マリアンから放たれた精を一滴も逃すまいとポンプの様に浅ましくうごめいている。
王が目を覚ましたのは戻ると約束のした2日目の夕刻であった。傍では満足そうな笑顔で安らかに寝息を立てるワグナーがいる。髪を避け美しい横顔を撫でると、くすぐったそうに目の端を緩める。幸せそうな彼女の仕草をマリアン王は愛おしく思っていた。
『其方があのお伽話の竜であったか…。邪悪なものだと聞いていたが、随分とお伽話と違うのだなぁ…』
禁じられた地の塔
封印の剣
目の前で死体から蘇ったワグナー
そして彼女が口にしたユリアンと言う名前…
王はそっと、ワグナー気づかれないように衣を着直すと彼女の頭を優しく撫でた。
『私は去らねばならん…。私は其方の力を利用しに此処に来たのだ…だが……人間の利己的な理由で其方を巻き込むわけにはいかない。もう其方は自由だ…』
王はワグナーの額にそっと口付けをし、彼女を封印していた剣を持って塔を去った。
マリアンは馬を走らせ、期限の日の日の出前に城に着いた。心配して駆け寄る大臣や将軍達をなだめ、禁断の地で起きた事を話した。
『陛下…では、竜はいなかったのですね…?』
『あぁ…。この剣があるだけだった。』
マリアン王はワグナーを封じていた剣を見せた。
『作用でございますか…陛下、我らはどうなさいましょう…』
『降伏は…せん!兵を集めよ!』
将軍たちは、剣を抜き、敬礼をすると去って行った。
そして…
返答の時間
ザッ、ザッ、ザッ、
白旗と教団の旗を掲げた兵士がこちらに近づいてきた。
『私は聖主神教団軍の使者である。国王マリアン・ハクア陛下に御目通りを。』
マリアン王は使者を謁見の間に招き入れた。
『陛下、お心は決まりましたか?』
マリアン王は覚悟を決めた目で玉座から使者を見据えると
『降伏はせん!…使者殿よ、お引き取り願う。』
『なんと無礼な!たかだか小国の分際で、わが主神聖戦軍の慈悲を無下にするとは!!!』
衛兵に腕を掴まれ、引きずられるように連れてかれる使者は捨て台詞を吐いて自軍へと帰って行った。
それから数時間後
マリアン王は鎧を身に付けて兵士の前に立っていた。
『…今日、神に祈る者がいるのであれば、祈るのを止めよ。我々は今より主神の軍と戦わなければならない。
祈るのであれば
友の為に祈れ…
死んで行った仲間の為に祈れ
守るべき家族の為に祈れ
汝が愛する者の為に祈れ
主神教の軍団は逆らう者は皆、''悪''と称する。正義という名の暴力を振りかざし、村を焼き、街を崩し、国一つを容易く消す。
それこそが悪の所業である!
主神の名の下に他者を虐げるのが正義か?
否!
聖典の言葉を歪め、戦争を起こし、血を血で洗い、戦いを強要するのが正義か?
否!!
弱い者に差し伸べるべき手に槍を持ち、略奪を行い、婦女を辱しめ、子供老人を殺し、木に吊り下げ、燃やす事が正義か?
否ぁあ!!!
兵士諸君よ、ハクアの民よ。いや…我が友よ。汝らは身を持って、彼らの口と心と行いを持って、それを知っているはずだ。彼らはその正義と称する悪行により信仰を失った事を。
彼らは来るであろう
今正に我らの目の前で隊列を組んで
汝らの仲間を殺しに
汝らの家族を殺しに
汝らの愛する者を殺しに
ならば
我々は剣を取らねばならない!
この暴挙を許してはならない!!
このようなものが正義であると、断じて認めてはならない!!!
今こそ戦わなければならない。
今日を生きる為に!
明日に希望を見出す為に!!
我々は戦い、平和を勝ち取らねばならない!!!
死んで行った仲間の為に!
守るべき家族の為に!!
汝が愛する者の為に!!!
そして…
まだみぬ子供達の希望の為に!!!!!』
マリアン王の演説が終わり、一瞬の静寂の後、兵士達の割れんばかりの歓声が上がった。
絶望に打ちひしがれていた目は王の言葉により希望に溢れている。
かくして、開戦のラッパが高々と鳴った。
そして…
戦いが終わった。
見るも惨たらしい戦争だった。
ハクア王国は守城戦で最初は有利に戦うも、教団軍が持ち出した強力な攻城兵器の前に、まるでケーキを崩す様に城壁が崩れてしまった。
崩れた城壁から何万もの兵が押し寄せ、なす術なく、敗れていった。
落とされた王都で主神教団軍がしでかした事は、マリアン王が演説で話したとうりとなった。
城の広場、主神教団軍の兵士達が並び、捕虜となった女子供達が鎖に繋がれ連れられる中、マリアン王は引き出されていた。その顔はやつれ、身体は傷だらけである。
前にいるのは主神教の大司教と将軍とあの使者、それから斧を持った大男が。
其処にある赤く汚れた低い台。その下には小さな壺がある。
『ハクア王よ、何か言い残す事は無いか?』
と大司教がマリアン王に尋ねたが、彼は首を横に僅かに振るだけであった。
『マリアン陛下。お前の為に、お前の理想の為に、お前の正義の為に皆死んだ。兵士も、男も、女も、子供も、老人も、皆んな皆んな死んだ。お前が殺した。』
使者は王につばを吐きつけながらそう言って、彼から奪った剣…ワグナーを封じていた剣を取り出した。
『読めるか?ここには古代アシュマール語で''この剣をハクア王国の男子が持つ限り、この国は決して滅びない''…とある。ククッ…宛にならないなぁ。』
そう使者が罵ると、マリアン王の前髪を大男が乱暴に掴み、王の首を台の上に乗せた。
王は抵抗もしない。
大男が斧を振り上げる。
狙いをすまし…
斧を落とした
その時…
灰色の閃光が横切り、王の姿が消え、空の台座に斧が落ちる鈍い音が響く。
『なぜ来たのだ…ワグナー…』
その場に居合わせた主神教の兵や祭司や使者が呆気に取られる中、ワグナーはマリアン王を愛おしそうに抱き寄せる。一瞬の安堵と一筋の涙。そして次の瞬間には地獄の業火すら生温く感じるような激しい怒りの炎を瞳に映していた。
『マリアンを…旦那様を傷つけたのは…お前達かぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!』
それは正にお伽話の一幕であった。
割れんばかりの咆哮と共にワグナーが竜になったのだ。骨のような鎧のような鱗に覆われ、被膜が擦り切れた死神のマントのような巨大な蝙蝠羽をはためかせ、口からはあの灰色の霞を吐いている。
『竜だ…竜だ!!!』
恐慌状態の1人の兵士が叫びながら矢をいると、周りの兵士が次々と矢を放った。しかし竜に通るわけも無く、弾かれるだけだ。
ワグナーは大きく羽ばたくと風で弓矢を吹き飛ばしてしまった。恐れおののく者が1人逃げ出すと我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
ワグナーは手当たり次第に灰色の霞を吐きつけ暴れ回っていた。霞に触れた兵士は痙攣し、動け無くなった。
すると、
ズリ…
ズリ…
ズリ…
ズリ…
と何かが地面から這い出てくる。血気の無い肌だが皆美しい女な容姿をしている。その者の中に所々に崩れた旗の布や剣や鎧を持つ者が歩いている。
『あれは…ハクア王国の兵士達…か?』
いつの間にか辺りはワグナーの吐く灰色の霞で満たされていて、太陽の光すら覆い隠している。
教団軍に殺された兵士や民や死んだ教団軍の兵達がワグナーの霞で次々と蘇り、不死者の隊列を成して教団軍に襲いかかった。至るところで交わりの宴が繰り広げられている。
地面から這い出る死体の魔物
遺体焼き場から虚ろな足取りで歩み行く幼い少女の姿をした骨の魔物
魂だけとなりながら、高笑いを上げて教団軍に向かい飛びつく幽霊の魔物
首を斬られた騎士や将軍の遺体から甦った鎧を着た美しい娘の魔物
彼女達に弓や剣や槍は効かず、歩みも止まらない。むしろ、刺された者は愛の告白をされた乙女の様にウットリとして嬉々として教団軍の男を受け入れる。敵味方の何千何万の兵士達が不死者として甦り、彼女達は徒党を組んで次々と何千何万の教団軍を飲み込んで行く。
『貴様…!!やはり、魔物と手を組んでいたな!!!』
使者の男はマリアン王に近づき剣をむける。するとその剣の刀身はひとりでに砕けてしまった。
『な…!?』
マリアン王は使者が落とした剣をの肢を拾った。
『剣には古代アシュマール語で''この剣をハクア王国の男子が持つ限り、この国は決して滅びない''とあった。ならば、ハクアの国を滅ぼす為にこの剣が力を持つ訳はあるまい。使者殿よ、お引き取り願おう。』
『ひ…ひぃ!』
すると不死者が彼に気付いたのか、こちらにゆっくりと近づいてくる。
ザッ、ザッ、ザッ、
『男だぁ〜❤えへへぇ〜』
『かわいい〜…食べちゃいたいよぉ〜…』
『あぁぁー❤』
『うぅー❤』
ザッ、ザッ、ザッ、
『くるなぁ!!くるなぁ!!』
ドッ!!
使者の男はナイフで目の前のゾンビの胸を突き刺した。
『わぁ❤嬉しい…積極的だね〜❤』
使者の男の首や腕や足や腰に不死者の娘達の手がまとわりついた。
『うわぁ!!うわぁ!!ひぃ…』
そして彼は引き摺られる様に不死者の群れの中に消えていった。
この日、歴史では聖主神教団軍の5万の大軍がハクア王国の制圧戦で忽然と消えたとされる。
しかし、事実はハクア王国のワグナーという竜と、不死者の娘達により1人残らず彼女達の伴侶となった。
皆、争わずに幸せな毎日を営んでいる。太陽の無い国で爛れた生活を送っている。
戦争の後、マリアン王とワグナーは結ばれ、祝義を上げた。参列者には魔界の姫君も駆けつけ、新たな不死者の国の誕生と夫婦の門出を祝った。王の隣には常に愛おしそうに擦り寄るワグナーが寄り添っている。
『君は私の宝物だ…だから、ずっとずっと一緒だよ❤』
マリアン王は恥ずかしそうに頬をかき、ワグナーを抱きしめ、口を重ねる。2人には言葉よりも大切な事だ。これから永い悠久の時を愛しい人と過ごすのだ。
『あぁ、私のワグナー…』
ハクアの国には今日も日が刺さずに灰色の霞がかかる。2人の秘め事を隠すように。幸せを包み込むように。
王様の髪と同じ灰色の霞が…
おわり
19/05/04 01:47更新 / francois