前編
夜。穏やかで安らぎの眠りのひととき。
僕は暖かい布団にくるまって睡眠を貪っていた。
だが、そんな至福の時間も終わるときが来る。
僕はいつしか目覚めていたが、部屋の中は薄暗く、日差しが差し込む様子も無い。
「…… 」
寝ぼけまなこで今の時間を確認する。
その時だった。
静かにドアが開くと誰かが入ってくるのがわかった。
その者は僕の耳もとで、落ち着かせるように優しく語りかける。
「おはようございます…… まだ大丈夫ですよ。あとでわたしが起こしに来ますから。それまでお休みくださいね」
透き通った声でその声の主は女性だとわかった。
彼女は僕の頭をそっと撫でてくれる。
このひとがそう言ってくれるのなら大丈夫。まだ寝ていられる。
僕は頭から布団を被りなおすと、無言で目をつぶった。
布団は柔らかく、とても暖かく心地よい。
朝もめっきり寒くなったので、外に出たくなんかない。
ずっとこのままいられたらなぁ。でも、そうもいかないよなぁ……
叶わぬ思いにため息を付きながら、再度まどろみに落ちていった
「おはようございます…… もう時間ですよ」
先ほどの透みきった声が聞こえると同時に、肩に優しく手が触れる。
僕はすぐに目覚めたが、起きる気力も無く顔を背けた。
「ね…… 時間ですから。そろそろ起きましょう」
声の主は優しく諭すように言うと僕を揺すりはじめる。
でも眠いものは眠いのだ。
僕は布団を頭からかぶって抵抗する。
「もう…… 本当に遅刻しますよ」
揺する動作が幾分激しくなってきたが僕は無視し続けた。
「仕方ないですねえ…… じゃあ、こうです」
その女の人はひそやかに笑うと、不意に耳元でささやく。
「おねぼうさんにはおしおきです…… 」
熱い吐息が耳元にかかって背筋がぞくっとした。
その瞬間、耳にぬるりとした物が触れて、ぴちゃりという水音をたてる。
僕が慌てる間もなく、それは耳の穴の中に侵入してしきりに舐め回した。
ぬるぬるで、少しざらざらしていて、熱い感触。彼女の蠢く舌が僕の耳を犯す。
「ひいっ…… 」
たまらず声を上げた僕は、跳ね上がるように上半身を起こした。
「おはようございます。わたくし特製の目覚まし、いかがでした?」
身を起こした僕の目の前には美しい女性がいた。
たっぷりとした雪色の長髪。深紅の瞳。長く地を這う蛇の下半身。
クリーム色のブラウスが包む胸ははち切れんばかりだ。
彼女は魔物娘。白蛇の女性だ。
白蛇の女性は、悪戯っぽくも朗らかに朝の挨拶をした。
「あ…… おはようございます真夜さん」
僕が挨拶を返すと、その女性、真夜さんも静かに頭を下げた。
すっかり明るくなった部屋。彼女の白く輝く髪が朝日で煌めく。
「うふふっ。もう朝ご飯出来ていますよ。いつでもどうぞ」
真夜さんはその美貌に笑みを浮かべると、蛇体をうねらせて部屋を出て行った。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて、もうどれだけの月日が経っているのだろう。
魔物娘はすっかり社会に溶け込んでおり、先ほどの真夜さんもうちのご近所さんだ。
ひとり暮らしで寂しい毎日を送っていた僕を、彼女はいつも気づかってくれた。
毎日色々とお裾分けしてくれていたが、気が付けば家に出入りするようになっていた。
最近では炊事洗濯掃除までしてくれて、さっきのように朝も起こしてくれる。
今では真夜さんと一緒に過ごす日々が当たり前になっていた……
「さ、どうぞ。沢山お召し上がりくださいね」
「ありがとう」
テーブルに着いた僕は、真夜さんがよそってくれた温かいご飯を頬張った。
脂が乗った鮭の塩焼き。具がたっぷり入った豚汁。ごまとほうれん草の和え物。
真夜さんの心づくしの料理に夢中で舌鼓を打つ。
「ん…… むぐ」
「はいはい。そんなに慌てないでいいんですよ。ご飯は逃げませんから…… 」
真夜さんは苦笑しながらお茶を出してくれた。
僕はさっそく手に取ると味わいながら飲む。
お茶は程よい濃さと温かさで、真夜さんの心遣いが嬉しい。
「ふぅ…… 今日も美味しかったですよ。ごちそうさま」
僕は食べ終わると一息ついた。
真夜さんのご飯はとても美味しいので、食欲が沸いて夢中で食べてしまう。
以前は朝の食欲など全く無く、食べることすら出来なかったのに。
お礼を言うと真夜さんも嬉しそうに微笑んだ。
「いいえ。お粗末様です」
空気が和らぐような優しい笑顔にはいつも癒される。
僕は歯を磨くと椅子に背を預けて、仕事前のひとときを過ごした。
真夜さんは僕の落ち着くのを見届けるようにしてから洗い物をはじめる。
ほんのわずかの水音と食器がふれ合う音。
そちらを見ると、長い蛇体が機嫌良さそうに揺れている。
日当たりの良い部屋と、真夜さんの純白の蛇体。すっかり当たり前になった風景。
心落ち着く穏やかな時間だ。
でも。気が付けばいつのまにか真夜さんが側にいたよな。僕はそう思う。
以前は一人きりの空虚な暮らしだった。真夜さんはそんな僕を優しく支えてくれた。
まるで乾いた大地に水が吸収されるように、真夜さんは僕の日常に馴染み、その一部になっていった。
ずっとこのままいられたらいいのに……
寝ているときに思ったことが再度心に浮かび、僕は目を閉じる。
この安らかな日々がいつまでも続けばいいのに。真夜さんと一緒の日々が……
真夜さんとずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいて欲しい……
静かな時間はその真夜さんの言葉で破られた。
「お休みのところ申し訳ないですけど、そろそろ家を出る時間では?」
目を開けると僕を気づかう様な真夜さんが居た。
時計を見るともうこんな時間。嫌でも会社に行かなければならない。
僕は慌てて起き上がった。
「ああ、そうですねえ。仕方ないのでもう行ってきますよ」
内心の切なさを隠して僕は陽気に言った。
「うふふっ。お気を付けて。あ。お弁当どうぞ」
真夜さんはお弁当を手渡してくれる。
いつしか彼女は僕のお弁当まで作ってくれるようになっていた。
とっても嬉しいんだけど、さすがに申し訳なくて僕は頭を下げる。
「いつもすみません…… 」
「こらぁ!すみませんなんて言っちゃ、めっ、ですよ」
真夜さんは冗談めかして頬をぷーって膨らますと、指を立ててお説教するようなそぶりをする。
「わたくしはきみがお弁当食べてくれるとすごく嬉しいんですよ。そんなこと言わないでいいのに…… 」
いつも注意されるのに、ついごめんなさいって言ってしまう。
どことなく悲しげに微笑む真夜さんに、僕は慌てて言い直した。
「あ…… いえ。あの。いつもありがとうございます!」
「はい。どういたしまして。今日も美味しいもの沢山入れましたよ。期待していてくださいね!」
真夜さんはいつもの穏やかな眼差しに戻ると、尻尾を何度も振ってくれる。
よかった。一応機嫌を直してくれたみたいだ。
ゆったりと尻尾が回る姿を見てるとほっとする。
「それでは行ってらっしゃいませ。あ、それと…… 」
なにか言いたそうな真夜さんだ。
よく見れば彼女の長い蛇体がくねくねと動いて床を掻いている。
嬉しい時とか、やましい時、真夜さんの気持ちが高ぶっている時によく見かける癖。
「どうしました?」
僕は続きを促した。
「あ、はい。今日はきみのお誕生日じゃないですか」
「ああ!そうだった。」
彼女の言葉に今さらながら思い出して大声を出してしまう。
そう。今日は僕の誕生日だった。
でも、僕もそろそろいい年。誕生日なんか覚えている必要も無い。
最近では意識することすら無かったのに、真夜さんは覚えていてくれたのだ。
「いやあ。すっかり忘れてましたよ…… 」
頭を掻く僕を見て、真夜さんは微笑んで手を取ってくれた。
優しく見つめてくれる紅い瞳。
「うふふっ。ですので今日はお誕生日プレゼントご用意してお待ちしていますからね」
真夜さんの蛇体はますます激しく動き回る。くねくねしながら床を掻く。
「ね!ですから元気出しましょう。家に帰ってきたら一緒にお祝いしましょうね」
彼女は自然な仕草で指を絡ませてくる。まるで恋人のように。
僕は真夜さんの手の温かさを感じていた。
真夜さんが恋人か…… そうだったらいいのな。
でもまあ。今の僕は彼女にお世話されているだけだ。
勘違いして彼女の好意を誤解するつもりは無い。まあ、多少はうぬぼれてもいいのかな……
僕は溜息をつきながら会社への道を急いだ。
昼のチャイムが鳴るのを聞いて、僕は「よし」と呟く。
やっと午前中の仕事が終わった。待ちに待った昼ご飯の時間。
僕は自分の席について、真夜さんが作ってくれたお弁当を取り出した。
今日のメインはハンバーグ。
一口食べたが当然チルドや冷凍では無い。ちゃんとした真夜さんの手作りだ。
ほんと、美味しいな……
肉のうまみを味わいながら真夜さんに感謝したその時だった。
「おお。うまそうな匂いじゃのぉ…… 」
鈴の音の様な愛らしい声が聞こえる
そちらを振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、大きな山羊の角だった。
山羊の角を持ち、ふさふさの毛に包まれた手足をもつ美少女。
彼女が着ているTシャツからはへそが出そうで、履いている短パンからは可憐な足が剥きだしになっている。
その少女が僕の弁当をのぞき込んで声を上げていたのだ。
「ああ。バフォさまですか」
声をかけた僕に、その少女は尊大な様子でうなずいて見せた。
「うむ」
この人は僕の上司にあたる人だが、当然のことながら人間では無い。
彼女はバフォメットという魔物娘だ。
少女のような見かけによらず強大な力を持っている。
ということなのだが、普段はそんな事を微塵も感じさせない。
口調こそ威張った様子だが、妙に愛嬌があるのでみんなに好かれているのだ。
(ちなみにそんな上位の魔物がなんで会社勤めをしているか、と聞いたことがあるのだがサバトの者と兄上を喰わせる為に労働せざるを得ない、と溜息をつきながら語ってくれた。)
「どうしましたバフォさま?」
当然の事だがバフォさまはあだ名のようなものだ。
本当はもっと立派な長い名前があるのだが、なぜかみんなバフォさまと呼んでいる。
彼女自身も普通に受け入れているので、僕もそれに倣っているのだ。
「いや、なに。おぬしの弁当の卵焼き、相変わらずうまそうじゃのう」
バフォさまはよだれを垂れ流しそうな顔で、僕の弁当をじっと見つめた。
色とりどりの弁当のおかず。その中には卵焼きも幾つかある。
真夜さんがいつも作ってくれる甘い卵焼きは大好物だった。
「どうじゃ?その卵焼きと儂の特製ぷりん、交換せぬか?」
嬉しそうに言ったバフォさまは、高価そうなプリンを僕の目の前に見せつけた。
このバフォ様は甘いものが大好物だ。
僕の弁当に卵焼きが入っている事を知られてからは、こうしてねだられることが多い。
「あ……。 はい。どうぞ」
僕は平静を装ってうなずいたが、内心は複雑な思いだった。
真夜さんがせっかく作ってくれた卵焼きだ。
他の人に食べられるのは気が進まなかった。
でも、相手は一応上司なので、無下に断るのも気が引ける。
それにいつも卵焼き一つと、美味しいスイーツとの交換なので、決して僕に不利な取引というわけでは無い。
「うむ。この卵焼きは相当な美味じゃからのう。儂もいつも楽しみにしておるのじゃよ。」
僕の葛藤を知ること無く、バフォさまは喜んで卵焼きにフォークを伸ばした。
その瞬間だった。
「おわっ!」
妙な叫び声を上げたバフォさまは、驚いた様子でその場から飛び退いた。
「ちょっ…… ど、どうしたんですか!?」
一体どうしたんだろう?僕もびっくりして慌てて声をかける。
「むう…… まさか感づかれるとは…… 」
「バフォさま…… 」
「ああ。驚かせたかの」
何事かと呆然としている僕に、バフォさまは落ち着きを取り戻した様子で語り出した。
「この弁当には簡単にいえば、まあ警告文みたいなものが貼り付けてあったのじゃよ」
「え…… 警告文、ですか?」
「儂ら魔物娘でなければわからぬよ。もしくは手練れの魔術師か。で、警告はこうあったのじゃ。この男はわたしのもの。手を出すことまかりならん。とな…… 」
「それってあの。この弁当を作ったの魔物さんなんですけど…… 」
わたしのもの?まさか真夜さんが?いつもそんな素振り見せたこと無かったのに……
事情が飲み込めない僕に、バフォさまは真顔でうなずいてみせた。
「うむ。この弁当を作ったのは白蛇じゃろう? その白蛇は儂がおぬしに手を付けようとしたと思ったのであろうな」
「でも…… 」
「むろん儂には愛しい兄上がおる。それに無用の軋轢は避けたかったのでな。儂が近づいた痕跡は完璧に消したはずじゃった。にも関わらず気づきよるとは…… 男がかかっておる時の白蛇はまこと恐ろしいものよのう…… 」
妙に感心してうなずくバフォさまに返事も出来ず、僕はただ黙り込んでしまった。
もちろん真夜さんとはずっと一緒に居たかったし、居て欲しかった。
それに彼女も僕の事を、それなりに好意は持ってくれているだろうとうぬぼれていた。
でもバフォさまが言うような情熱的ものは感じたことは無かった。
魔物娘は積極的と言うが、それらしい告白すらされたことが無い。
真夜さんはきっと、僕の事を弱った小動物を世話するようなつもりでいるんだろう。
そんな情けないことすら思っていた。無論僕は子犬や子猫のように可愛くはないが。
「何じゃおぬし。鳩が豆鉄砲を食ったような面しおって。儂はてっきりおぬしらは相思相愛だとばかり思っておったぞ。まぐわっておらぬだけでな」
「いや!そんな事は」
バフォさまはさも意外だと言わんばかりに、とんでもないことを口にしてきた。
僕は慌ててかぶりをふる。
「ほう。ろくに意識すらしておらなかったとでもいうか?」
「いえ!それはないです。あの、ずっと一緒に居て欲しいなあ。居たいなあとは毎日思っていますけど…… 」
気のせいだろうか。
幾分問い詰めるような眼差しになったバフォさまに、僕はつい本心を口にしてしまう。
慌てる僕を見遣りながら彼女は呆れたような溜息を付いた。
「鈍い奴よのお。それが相思相愛という事ではないか。白蛇も全く同じ想いじゃろうよ。いつもおぬしのことを考え、ずっと一緒に暮らしていきたいと思っておるはずじゃ」
今さらながら僕ははっと気が付いた。
「ええ…… ですね…… そうですよね」
しばし言葉も無かったが、我に返ってなんどもうなずく。
そう。真夜さんは僕を自分のものにしたいとまで思ってくれたのだ。
「儂らの中には、己自身と愛する者の魂を繋げてまで、共に生きようとする者も居るぐらいじゃ。ずっと一緒に居たいというのは愛情に他ならんと思うがの。何も細々と考える事など無い」
と、なればあとはすることは一つしかなかろう。バフォさまはそう言って肩をすくめた。
真夜さんの気持ちもわかって、心が高揚感に包まれてくる。
幸せってこういうことなのか。嬉しい以外の言葉は無い。
でもそれはいいんだけど、そうなったらなったで色々不安が湧き起こってくる。
よくよく考えれば僕は真夜さんの事をあまり知らないのだ。
白蛇という種族についても、優しいけど焼き餅焼き、ぐらいしか知識が無い。
もっとも普段の真夜さんは、嫉妬とは無縁の優しく穏やかなひとなのだが。
でも、今後ちゃんと想いを伝えるにあたっては彼女の事は色々知っておきたい。
不用意な事をして喧嘩したり、悲しませたりするのは嫌だから。
そうとくればここは物知りそうなバフォさまに聞くしか無いだろう。
実際、ここの会社の顧問みたいな事もしているらしいし。
まあ、「英知の泉と言われた儂が、しがない宮仕えとは」と自嘲しているのも良く聞くのだが……
「儂もお人好しじゃのう。おぬしの心の内を教えてしまったようなものじゃわい。以前はわがサバトただ一人の魔女に『お兄ちゃん』として、おぬしをくれてやろうと策を練っていた事もあるが…… こうなってはもう手出しは難しいじゃろう…… 」
いつしかバフォさまは空いている席にどっかりと座り込んでいた。
腕組みして何やらぶつぶつ呟いているが、それに気づく事すら出来ずに僕は問いかけた。
「あの…… バフォさま」
「ああ。心配せんでも卵焼きはもうよいぞ。この上白蛇と事を構えるつもりなど無いわ」
「はい。それはそうなのですが…… 」
こちらも見ずに、うるさげに手を振るバフォさまだったが、僕はおずおずと言う。
彼女は仕方がないのうと呟くと、少しすねたような目でこちらを見た。
「ん? なんじゃ。いまさら遠慮なぞせんで申してみよ」
「はい。あの。白蛇さんてどんな種族なんですか?ほとんど知らないので、後学の為に是非教えて頂きたいのですが」
「ほう。将来の嫁について知りたいか?見直したぞ。で、白蛇という種族はな…… 」
頭を下げて丁寧に教えを請うたら、バフォさまは嬉しそうに身を乗り出して語り出した。
「と言うわけじゃ」
「なるほど。ありがとうございます。勉強になりました」
「うむ。わからぬ事は何でも儂に聞くが良いぞ」
バフォさまの魔物学の講義が終わった。僕が頭を下げると鷹揚にうなずく。
彼女によれば白蛇は、基本穏やかで温厚、献身的だそうだ。
うん。まさに真夜さんの事だ。
だが同時に重く静かな想いを心の奥底に秘めているらしい。
好きになった男は絶対に諦めず、どこまでも執念深く追いかけるそうだ。
また非常に嫉妬深く、己のものと見なした男が他の女と接することを嫌うらしい。
愛する男が他の女に関心を寄せたなら、嫉妬に駆られた白蛇は魔力を男に流し込む。
彼女達の青白い魔力は炎のように燃え上がり、男の心を焼き尽くしてしまうそうだ。
魔力に蝕まれた男は、最終的に白蛇だけを求めるようになってしまうという……
これはとてもじゃないが焼き餅なんて可愛らしいものじゃない。
いつも明るく優しい真夜さんも、執念深く嫉妬の炎を燃やしているのだろうか?
バフォさまが嘘をつくとは思えないけど、とてもすぐには信じられない。
「あのお、そのお弁当を作ってくれた白蛇さんと当てはまる部分も多いのですが、執念深く嫉妬深い。って面はどうも違うように思えるのですが…… 」
「それはそうであろう。今儂が講釈したのは、あくまでも白蛇という種族に多く見られる傾向にすぎんからの。当然個体差はあるはずじゃ」
僕が疑問を呈すると、バフォさまは当然のようにそう言った。
子供のように、座りながらくるくる椅子を回しているのが可愛い。
「じゃがまあ今後付き合っていくのならば、知っておいて損はなかろう」
「おっしゃるとおりです」
そのとおりだ。僕が素直にうなずくと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
おぅ。もうこんな時間か。バフォ様はそう言うといすからぴょこんと立ち上がった。
「まあ。結婚が決まったら報告せい。特製の祝いの品をくれてやろうに。それと夫婦そろって我がサバトへ加入するのはどうじゃ? 白蛇は乳がでかいのは気に喰わんが、儂と兄上、魔女一人だけの弱小サバトでは選り好み出来んからのぅ」
「か、考えてみます…… 」
昼休みが終わっても、予想外の方向へ話を進めるバフォ様だ。
結婚どころかまだ正式に付き合ってすらいないのに。
僕は笑みを浮かべて言葉を濁すしか無かった。
僕は暖かい布団にくるまって睡眠を貪っていた。
だが、そんな至福の時間も終わるときが来る。
僕はいつしか目覚めていたが、部屋の中は薄暗く、日差しが差し込む様子も無い。
「…… 」
寝ぼけまなこで今の時間を確認する。
その時だった。
静かにドアが開くと誰かが入ってくるのがわかった。
その者は僕の耳もとで、落ち着かせるように優しく語りかける。
「おはようございます…… まだ大丈夫ですよ。あとでわたしが起こしに来ますから。それまでお休みくださいね」
透き通った声でその声の主は女性だとわかった。
彼女は僕の頭をそっと撫でてくれる。
このひとがそう言ってくれるのなら大丈夫。まだ寝ていられる。
僕は頭から布団を被りなおすと、無言で目をつぶった。
布団は柔らかく、とても暖かく心地よい。
朝もめっきり寒くなったので、外に出たくなんかない。
ずっとこのままいられたらなぁ。でも、そうもいかないよなぁ……
叶わぬ思いにため息を付きながら、再度まどろみに落ちていった
「おはようございます…… もう時間ですよ」
先ほどの透みきった声が聞こえると同時に、肩に優しく手が触れる。
僕はすぐに目覚めたが、起きる気力も無く顔を背けた。
「ね…… 時間ですから。そろそろ起きましょう」
声の主は優しく諭すように言うと僕を揺すりはじめる。
でも眠いものは眠いのだ。
僕は布団を頭からかぶって抵抗する。
「もう…… 本当に遅刻しますよ」
揺する動作が幾分激しくなってきたが僕は無視し続けた。
「仕方ないですねえ…… じゃあ、こうです」
その女の人はひそやかに笑うと、不意に耳元でささやく。
「おねぼうさんにはおしおきです…… 」
熱い吐息が耳元にかかって背筋がぞくっとした。
その瞬間、耳にぬるりとした物が触れて、ぴちゃりという水音をたてる。
僕が慌てる間もなく、それは耳の穴の中に侵入してしきりに舐め回した。
ぬるぬるで、少しざらざらしていて、熱い感触。彼女の蠢く舌が僕の耳を犯す。
「ひいっ…… 」
たまらず声を上げた僕は、跳ね上がるように上半身を起こした。
「おはようございます。わたくし特製の目覚まし、いかがでした?」
身を起こした僕の目の前には美しい女性がいた。
たっぷりとした雪色の長髪。深紅の瞳。長く地を這う蛇の下半身。
クリーム色のブラウスが包む胸ははち切れんばかりだ。
彼女は魔物娘。白蛇の女性だ。
白蛇の女性は、悪戯っぽくも朗らかに朝の挨拶をした。
「あ…… おはようございます真夜さん」
僕が挨拶を返すと、その女性、真夜さんも静かに頭を下げた。
すっかり明るくなった部屋。彼女の白く輝く髪が朝日で煌めく。
「うふふっ。もう朝ご飯出来ていますよ。いつでもどうぞ」
真夜さんはその美貌に笑みを浮かべると、蛇体をうねらせて部屋を出て行った。
魔王の統べる王国と国交が結ばれて、もうどれだけの月日が経っているのだろう。
魔物娘はすっかり社会に溶け込んでおり、先ほどの真夜さんもうちのご近所さんだ。
ひとり暮らしで寂しい毎日を送っていた僕を、彼女はいつも気づかってくれた。
毎日色々とお裾分けしてくれていたが、気が付けば家に出入りするようになっていた。
最近では炊事洗濯掃除までしてくれて、さっきのように朝も起こしてくれる。
今では真夜さんと一緒に過ごす日々が当たり前になっていた……
「さ、どうぞ。沢山お召し上がりくださいね」
「ありがとう」
テーブルに着いた僕は、真夜さんがよそってくれた温かいご飯を頬張った。
脂が乗った鮭の塩焼き。具がたっぷり入った豚汁。ごまとほうれん草の和え物。
真夜さんの心づくしの料理に夢中で舌鼓を打つ。
「ん…… むぐ」
「はいはい。そんなに慌てないでいいんですよ。ご飯は逃げませんから…… 」
真夜さんは苦笑しながらお茶を出してくれた。
僕はさっそく手に取ると味わいながら飲む。
お茶は程よい濃さと温かさで、真夜さんの心遣いが嬉しい。
「ふぅ…… 今日も美味しかったですよ。ごちそうさま」
僕は食べ終わると一息ついた。
真夜さんのご飯はとても美味しいので、食欲が沸いて夢中で食べてしまう。
以前は朝の食欲など全く無く、食べることすら出来なかったのに。
お礼を言うと真夜さんも嬉しそうに微笑んだ。
「いいえ。お粗末様です」
空気が和らぐような優しい笑顔にはいつも癒される。
僕は歯を磨くと椅子に背を預けて、仕事前のひとときを過ごした。
真夜さんは僕の落ち着くのを見届けるようにしてから洗い物をはじめる。
ほんのわずかの水音と食器がふれ合う音。
そちらを見ると、長い蛇体が機嫌良さそうに揺れている。
日当たりの良い部屋と、真夜さんの純白の蛇体。すっかり当たり前になった風景。
心落ち着く穏やかな時間だ。
でも。気が付けばいつのまにか真夜さんが側にいたよな。僕はそう思う。
以前は一人きりの空虚な暮らしだった。真夜さんはそんな僕を優しく支えてくれた。
まるで乾いた大地に水が吸収されるように、真夜さんは僕の日常に馴染み、その一部になっていった。
ずっとこのままいられたらいいのに……
寝ているときに思ったことが再度心に浮かび、僕は目を閉じる。
この安らかな日々がいつまでも続けばいいのに。真夜さんと一緒の日々が……
真夜さんとずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいて欲しい……
静かな時間はその真夜さんの言葉で破られた。
「お休みのところ申し訳ないですけど、そろそろ家を出る時間では?」
目を開けると僕を気づかう様な真夜さんが居た。
時計を見るともうこんな時間。嫌でも会社に行かなければならない。
僕は慌てて起き上がった。
「ああ、そうですねえ。仕方ないのでもう行ってきますよ」
内心の切なさを隠して僕は陽気に言った。
「うふふっ。お気を付けて。あ。お弁当どうぞ」
真夜さんはお弁当を手渡してくれる。
いつしか彼女は僕のお弁当まで作ってくれるようになっていた。
とっても嬉しいんだけど、さすがに申し訳なくて僕は頭を下げる。
「いつもすみません…… 」
「こらぁ!すみませんなんて言っちゃ、めっ、ですよ」
真夜さんは冗談めかして頬をぷーって膨らますと、指を立ててお説教するようなそぶりをする。
「わたくしはきみがお弁当食べてくれるとすごく嬉しいんですよ。そんなこと言わないでいいのに…… 」
いつも注意されるのに、ついごめんなさいって言ってしまう。
どことなく悲しげに微笑む真夜さんに、僕は慌てて言い直した。
「あ…… いえ。あの。いつもありがとうございます!」
「はい。どういたしまして。今日も美味しいもの沢山入れましたよ。期待していてくださいね!」
真夜さんはいつもの穏やかな眼差しに戻ると、尻尾を何度も振ってくれる。
よかった。一応機嫌を直してくれたみたいだ。
ゆったりと尻尾が回る姿を見てるとほっとする。
「それでは行ってらっしゃいませ。あ、それと…… 」
なにか言いたそうな真夜さんだ。
よく見れば彼女の長い蛇体がくねくねと動いて床を掻いている。
嬉しい時とか、やましい時、真夜さんの気持ちが高ぶっている時によく見かける癖。
「どうしました?」
僕は続きを促した。
「あ、はい。今日はきみのお誕生日じゃないですか」
「ああ!そうだった。」
彼女の言葉に今さらながら思い出して大声を出してしまう。
そう。今日は僕の誕生日だった。
でも、僕もそろそろいい年。誕生日なんか覚えている必要も無い。
最近では意識することすら無かったのに、真夜さんは覚えていてくれたのだ。
「いやあ。すっかり忘れてましたよ…… 」
頭を掻く僕を見て、真夜さんは微笑んで手を取ってくれた。
優しく見つめてくれる紅い瞳。
「うふふっ。ですので今日はお誕生日プレゼントご用意してお待ちしていますからね」
真夜さんの蛇体はますます激しく動き回る。くねくねしながら床を掻く。
「ね!ですから元気出しましょう。家に帰ってきたら一緒にお祝いしましょうね」
彼女は自然な仕草で指を絡ませてくる。まるで恋人のように。
僕は真夜さんの手の温かさを感じていた。
真夜さんが恋人か…… そうだったらいいのな。
でもまあ。今の僕は彼女にお世話されているだけだ。
勘違いして彼女の好意を誤解するつもりは無い。まあ、多少はうぬぼれてもいいのかな……
僕は溜息をつきながら会社への道を急いだ。
昼のチャイムが鳴るのを聞いて、僕は「よし」と呟く。
やっと午前中の仕事が終わった。待ちに待った昼ご飯の時間。
僕は自分の席について、真夜さんが作ってくれたお弁当を取り出した。
今日のメインはハンバーグ。
一口食べたが当然チルドや冷凍では無い。ちゃんとした真夜さんの手作りだ。
ほんと、美味しいな……
肉のうまみを味わいながら真夜さんに感謝したその時だった。
「おお。うまそうな匂いじゃのぉ…… 」
鈴の音の様な愛らしい声が聞こえる
そちらを振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、大きな山羊の角だった。
山羊の角を持ち、ふさふさの毛に包まれた手足をもつ美少女。
彼女が着ているTシャツからはへそが出そうで、履いている短パンからは可憐な足が剥きだしになっている。
その少女が僕の弁当をのぞき込んで声を上げていたのだ。
「ああ。バフォさまですか」
声をかけた僕に、その少女は尊大な様子でうなずいて見せた。
「うむ」
この人は僕の上司にあたる人だが、当然のことながら人間では無い。
彼女はバフォメットという魔物娘だ。
少女のような見かけによらず強大な力を持っている。
ということなのだが、普段はそんな事を微塵も感じさせない。
口調こそ威張った様子だが、妙に愛嬌があるのでみんなに好かれているのだ。
(ちなみにそんな上位の魔物がなんで会社勤めをしているか、と聞いたことがあるのだがサバトの者と兄上を喰わせる為に労働せざるを得ない、と溜息をつきながら語ってくれた。)
「どうしましたバフォさま?」
当然の事だがバフォさまはあだ名のようなものだ。
本当はもっと立派な長い名前があるのだが、なぜかみんなバフォさまと呼んでいる。
彼女自身も普通に受け入れているので、僕もそれに倣っているのだ。
「いや、なに。おぬしの弁当の卵焼き、相変わらずうまそうじゃのう」
バフォさまはよだれを垂れ流しそうな顔で、僕の弁当をじっと見つめた。
色とりどりの弁当のおかず。その中には卵焼きも幾つかある。
真夜さんがいつも作ってくれる甘い卵焼きは大好物だった。
「どうじゃ?その卵焼きと儂の特製ぷりん、交換せぬか?」
嬉しそうに言ったバフォさまは、高価そうなプリンを僕の目の前に見せつけた。
このバフォ様は甘いものが大好物だ。
僕の弁当に卵焼きが入っている事を知られてからは、こうしてねだられることが多い。
「あ……。 はい。どうぞ」
僕は平静を装ってうなずいたが、内心は複雑な思いだった。
真夜さんがせっかく作ってくれた卵焼きだ。
他の人に食べられるのは気が進まなかった。
でも、相手は一応上司なので、無下に断るのも気が引ける。
それにいつも卵焼き一つと、美味しいスイーツとの交換なので、決して僕に不利な取引というわけでは無い。
「うむ。この卵焼きは相当な美味じゃからのう。儂もいつも楽しみにしておるのじゃよ。」
僕の葛藤を知ること無く、バフォさまは喜んで卵焼きにフォークを伸ばした。
その瞬間だった。
「おわっ!」
妙な叫び声を上げたバフォさまは、驚いた様子でその場から飛び退いた。
「ちょっ…… ど、どうしたんですか!?」
一体どうしたんだろう?僕もびっくりして慌てて声をかける。
「むう…… まさか感づかれるとは…… 」
「バフォさま…… 」
「ああ。驚かせたかの」
何事かと呆然としている僕に、バフォさまは落ち着きを取り戻した様子で語り出した。
「この弁当には簡単にいえば、まあ警告文みたいなものが貼り付けてあったのじゃよ」
「え…… 警告文、ですか?」
「儂ら魔物娘でなければわからぬよ。もしくは手練れの魔術師か。で、警告はこうあったのじゃ。この男はわたしのもの。手を出すことまかりならん。とな…… 」
「それってあの。この弁当を作ったの魔物さんなんですけど…… 」
わたしのもの?まさか真夜さんが?いつもそんな素振り見せたこと無かったのに……
事情が飲み込めない僕に、バフォさまは真顔でうなずいてみせた。
「うむ。この弁当を作ったのは白蛇じゃろう? その白蛇は儂がおぬしに手を付けようとしたと思ったのであろうな」
「でも…… 」
「むろん儂には愛しい兄上がおる。それに無用の軋轢は避けたかったのでな。儂が近づいた痕跡は完璧に消したはずじゃった。にも関わらず気づきよるとは…… 男がかかっておる時の白蛇はまこと恐ろしいものよのう…… 」
妙に感心してうなずくバフォさまに返事も出来ず、僕はただ黙り込んでしまった。
もちろん真夜さんとはずっと一緒に居たかったし、居て欲しかった。
それに彼女も僕の事を、それなりに好意は持ってくれているだろうとうぬぼれていた。
でもバフォさまが言うような情熱的ものは感じたことは無かった。
魔物娘は積極的と言うが、それらしい告白すらされたことが無い。
真夜さんはきっと、僕の事を弱った小動物を世話するようなつもりでいるんだろう。
そんな情けないことすら思っていた。無論僕は子犬や子猫のように可愛くはないが。
「何じゃおぬし。鳩が豆鉄砲を食ったような面しおって。儂はてっきりおぬしらは相思相愛だとばかり思っておったぞ。まぐわっておらぬだけでな」
「いや!そんな事は」
バフォさまはさも意外だと言わんばかりに、とんでもないことを口にしてきた。
僕は慌ててかぶりをふる。
「ほう。ろくに意識すらしておらなかったとでもいうか?」
「いえ!それはないです。あの、ずっと一緒に居て欲しいなあ。居たいなあとは毎日思っていますけど…… 」
気のせいだろうか。
幾分問い詰めるような眼差しになったバフォさまに、僕はつい本心を口にしてしまう。
慌てる僕を見遣りながら彼女は呆れたような溜息を付いた。
「鈍い奴よのお。それが相思相愛という事ではないか。白蛇も全く同じ想いじゃろうよ。いつもおぬしのことを考え、ずっと一緒に暮らしていきたいと思っておるはずじゃ」
今さらながら僕ははっと気が付いた。
「ええ…… ですね…… そうですよね」
しばし言葉も無かったが、我に返ってなんどもうなずく。
そう。真夜さんは僕を自分のものにしたいとまで思ってくれたのだ。
「儂らの中には、己自身と愛する者の魂を繋げてまで、共に生きようとする者も居るぐらいじゃ。ずっと一緒に居たいというのは愛情に他ならんと思うがの。何も細々と考える事など無い」
と、なればあとはすることは一つしかなかろう。バフォさまはそう言って肩をすくめた。
真夜さんの気持ちもわかって、心が高揚感に包まれてくる。
幸せってこういうことなのか。嬉しい以外の言葉は無い。
でもそれはいいんだけど、そうなったらなったで色々不安が湧き起こってくる。
よくよく考えれば僕は真夜さんの事をあまり知らないのだ。
白蛇という種族についても、優しいけど焼き餅焼き、ぐらいしか知識が無い。
もっとも普段の真夜さんは、嫉妬とは無縁の優しく穏やかなひとなのだが。
でも、今後ちゃんと想いを伝えるにあたっては彼女の事は色々知っておきたい。
不用意な事をして喧嘩したり、悲しませたりするのは嫌だから。
そうとくればここは物知りそうなバフォさまに聞くしか無いだろう。
実際、ここの会社の顧問みたいな事もしているらしいし。
まあ、「英知の泉と言われた儂が、しがない宮仕えとは」と自嘲しているのも良く聞くのだが……
「儂もお人好しじゃのう。おぬしの心の内を教えてしまったようなものじゃわい。以前はわがサバトただ一人の魔女に『お兄ちゃん』として、おぬしをくれてやろうと策を練っていた事もあるが…… こうなってはもう手出しは難しいじゃろう…… 」
いつしかバフォさまは空いている席にどっかりと座り込んでいた。
腕組みして何やらぶつぶつ呟いているが、それに気づく事すら出来ずに僕は問いかけた。
「あの…… バフォさま」
「ああ。心配せんでも卵焼きはもうよいぞ。この上白蛇と事を構えるつもりなど無いわ」
「はい。それはそうなのですが…… 」
こちらも見ずに、うるさげに手を振るバフォさまだったが、僕はおずおずと言う。
彼女は仕方がないのうと呟くと、少しすねたような目でこちらを見た。
「ん? なんじゃ。いまさら遠慮なぞせんで申してみよ」
「はい。あの。白蛇さんてどんな種族なんですか?ほとんど知らないので、後学の為に是非教えて頂きたいのですが」
「ほう。将来の嫁について知りたいか?見直したぞ。で、白蛇という種族はな…… 」
頭を下げて丁寧に教えを請うたら、バフォさまは嬉しそうに身を乗り出して語り出した。
「と言うわけじゃ」
「なるほど。ありがとうございます。勉強になりました」
「うむ。わからぬ事は何でも儂に聞くが良いぞ」
バフォさまの魔物学の講義が終わった。僕が頭を下げると鷹揚にうなずく。
彼女によれば白蛇は、基本穏やかで温厚、献身的だそうだ。
うん。まさに真夜さんの事だ。
だが同時に重く静かな想いを心の奥底に秘めているらしい。
好きになった男は絶対に諦めず、どこまでも執念深く追いかけるそうだ。
また非常に嫉妬深く、己のものと見なした男が他の女と接することを嫌うらしい。
愛する男が他の女に関心を寄せたなら、嫉妬に駆られた白蛇は魔力を男に流し込む。
彼女達の青白い魔力は炎のように燃え上がり、男の心を焼き尽くしてしまうそうだ。
魔力に蝕まれた男は、最終的に白蛇だけを求めるようになってしまうという……
これはとてもじゃないが焼き餅なんて可愛らしいものじゃない。
いつも明るく優しい真夜さんも、執念深く嫉妬の炎を燃やしているのだろうか?
バフォさまが嘘をつくとは思えないけど、とてもすぐには信じられない。
「あのお、そのお弁当を作ってくれた白蛇さんと当てはまる部分も多いのですが、執念深く嫉妬深い。って面はどうも違うように思えるのですが…… 」
「それはそうであろう。今儂が講釈したのは、あくまでも白蛇という種族に多く見られる傾向にすぎんからの。当然個体差はあるはずじゃ」
僕が疑問を呈すると、バフォさまは当然のようにそう言った。
子供のように、座りながらくるくる椅子を回しているのが可愛い。
「じゃがまあ今後付き合っていくのならば、知っておいて損はなかろう」
「おっしゃるとおりです」
そのとおりだ。僕が素直にうなずくと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
おぅ。もうこんな時間か。バフォ様はそう言うといすからぴょこんと立ち上がった。
「まあ。結婚が決まったら報告せい。特製の祝いの品をくれてやろうに。それと夫婦そろって我がサバトへ加入するのはどうじゃ? 白蛇は乳がでかいのは気に喰わんが、儂と兄上、魔女一人だけの弱小サバトでは選り好み出来んからのぅ」
「か、考えてみます…… 」
昼休みが終わっても、予想外の方向へ話を進めるバフォ様だ。
結婚どころかまだ正式に付き合ってすらいないのに。
僕は笑みを浮かべて言葉を濁すしか無かった。
18/11/26 22:11更新 / 近藤無内
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