番外編 魔物喫茶にようこそっ! 3
そのとき、何かを叩くような乾いた音が響き渡った。
張り詰めた空気を切り裂くように、音は何度もリズムを取って繰り返される。
こんな時に一体何だろう?
私たちがその方向を見ると、いつしか蛇体を揺らしながらラミアが手を叩いていた。
彼女は呆れたように前に進み出ながら手を叩く。
平均的なラミア属よりも長めの蛇体をうねらせ、その美貌に怒気を孕ませている。
「はいはい!強いんだ星人は勝手に決闘でも死合いでもしていなさいな。私はもう付き合い切れないわ!」
「なにっ!」
「おいっ!」
ラミアの挑発するような声にレジーナとアマゾネス、両方から怒りの声が上がるが、彼女はそれを無視して言葉を続けた。
「レジーナちゃんはもう演説する気無いのよね!そこのアマゾネスちゃんも私たちに用はなさそうだし。じゃあ私がここにいる必要ないじゃないっ!」
ラミアは不快な様子を全く隠さない。その剣幕にさすがの二人もたじたじになる。
「あなたたちねえ。伝統だの尊重だの立派な事言うんだったら、ラミアにとって寒さは天敵だから、暖かい所に居たいんだって事も認めなさいよ!
こんな寒空で演説を聞いたり、喧嘩を見物したりするほど物好きじゃないのよ!」
レジーナとアマゾネスを交互に見据えながら、ラミアは強い声で言い切る。
図星を付かれたのだろう。二人は不快な顔をしたが黙ったままだった。
「あ〜あ。朝から外に立ちっぱなしで体が冷えちゃったわ。お店で何か熱いもの飲まないと………」
立ち尽くしている二人を残し、ぶつぶつ呟きながら店に入ろうとしたラミアだったがふと振り返る。
周りを見回し、よく響く艶やかな声で語り出した。
「ねえ。みんなもこんなところにいないでなかにはいらない?おみせであたたかいものでものんで、けーきでもたべましょう。」
その途端、頭の中がとろけるような温かな力の流れが周りに広がった。
ラミアの甘い声が何度も何度も頭の中に反響する。
今まで感じていた焦燥感が消え、不思議と穏やかな気持ちになっていく………
「エレン大丈夫?」
「うん。それほどでもないから。」
一瞬ぼーっとしていたのだろう。エステルが気遣って声をかけてくれた。
私は気にしないでと笑みを見せる。
今のはおそらくラミアの子が発揮した声の魔力。その効力が私にも及んでいたのだろう。
私だけではなく周囲にいる魔物やインキュバスも影響を受けているひとが多い。
うっとりとした様子で店の中にぞろぞろ入っていく。
さすがに魔王の娘のエステルには効かないようで平然としているが。
あのラミアの子、エリカさんもこの店の常連さんで私たちとも仲が良い。
でも、まさかこれほどの魔力を持っているとは思わなかったな。
魔術抵抗には少し自信があった私にまで影響力を及ぼすなんて。なんか妙に悔しい。
そうだ。決闘していた二人の事を忘れていた!
慌てて注意を向けたが、二人は相変わらず対峙し合っていた。
でも、先ほどまでの切れるような鋭さは微塵も無かった。
二人とも妙に恍惚とした顔つきで、時々相手から視線を外す。足元もふらふらしている。
うろたえ、必死に意思を強く持とうとしている様な二人。
完全ではないにしろ彼女達も魔力の影響を受けているらしい。
エリカさんは蛇体をうねらせて近寄ると悪戯っぽく話しかけた。
「ふふっ。あなた達もどう?お店で美味しいものを食べれば、喧嘩する気なんか無くなるわよ?」
「やはりそなたの仕業か。正面の敵に気を取られて、周囲への警戒を怠るとは。我ながら常在戦場が聞いて呆れる。このレジーナ一生の不覚…。」
レジーナは自嘲気味に呟いた。
「認めたくないが私も同じだ。完全にぬかったな。これが戦場だったら間違いなく命を絶たれていたな…。」
アマゾネスも悔しそうに身を震わせる。
「あななたちなんでそんな堅苦しいのよ!もうこれで終わりでいいじゃない。私の乱入のせいで勝負無しって事にしておけば、二人の顔も立つってものでしょ。」
呆れたようにエリカさんは肩をすくめる。
「ほら!ね。一緒に飲んで食べてお話しましょ。アマゾネスちゃんは最近こっちにきたんでしょ。色々聞かせてよ………」
エリカさんは熱心に仲裁を申し出ているが、なおも二人は踏みとどまっていた。
お互い困ったような顔こそしているが、相手をじっと見据え続けている。
エリカさんの好意はありがたいけど、これは長引くかな。私がそう思った時だった。
「おはようございます。お姉さん。」
かわいらしい声が後ろから響く。私が驚いて振り向くと同時にエステルからも声が上がった。
「まあ!文乃も来ていたの。どう?旦那様とは仲良くしていらっしゃる?」
「はい。おかげさまで。」
エステルは嬉しそうに文乃と呼ばれた女性の手を取る。
彼女もエステルの手を握り返して微笑むと、私にも笑顔で挨拶してくれた。
「おはようございます。初めまして。」
「あ、初めまして。ねえエステル。この子エステルのお知り合い?」
「ええ!わたくしのかわいい妹なの。」
問いかける私にエステルは、当たり前の事だと言わんばかりにうなずいた。
この子はぞっとするほどの青白い肌と髪をしていた。
黒いドレスを身にまとい、ロングの長髪が風になびいている。
目を見張るほどの整った顔立ち。痛々しくも強い眼光。人ではまずあり得ない肌と髪色。
当然彼女も魔物娘だけど、おそらくはアンデット系。
「姉」であるリリムのエステルとは明らかに違う。
おそらくこの子はエステルが魔物化させた子なのだろう。
エステルによれば、己自身の魔力を注ぎ込んで魔物化させた子には、
身内同然の愛おしさを覚えるものらしいから。
魔物化された子もそれは同じらしく、「姉」のエステルに会いに来ているのをよく目にする。
実はうちの店では、リリムであるエステルの力を借りて
魔物になりたい子を魔物化させるなんて事もやっている。
もちろん大っぴらには出来ないので、オーナーの目にかなったごく限られた子だけ。
この文乃さんもオーナーのつてでエステルに魔物化されたはず。
ちなみに私もダークスライムなので、私の種族に限ってなら魔物化できる。
オーナーからも、要望があったら頼むなんて言われている。
まあ、ダークスライムになりたいなんて物好きはいないらしく、未だ経験なし。
エステルによればすごく幸せな気分になれるそうなので
私も人間の女の子をおもいっきり可愛がって「妹」にしてみたい。
それなので誰かダークスライムになりたい子、待ってます。
「ごめんなさいね文乃。せっかく来て頂いたのにこんな事になっていて…。」
騒動をすまなそうに詫びるエステルに、文乃さんは何度もかぶりを振った。
「いいえ!お姉さんそんな…。実はあのお二人の話しを聞いていて妙に他人事じゃなくて…。ちょっとお話したいなあって思いまして…。」
文乃さんはもじもじしながら言った。思わぬ言葉に私とエステルは顔を見合わせる。
「あら。それは…。でも大丈夫?エレンはどう思うかしら?」
「う〜ん…。いくらなんでもあの二人。無関係の子にまで喧嘩は売らないと思うけど。」
私たちがこそこそと話し合っていると、意外なことにラミアのエリカさんから声がかかった。
「おーい。そこにお集まりのみんな。誰でもいいから熱いコーヒー持って来て欲しいな。もう体冷え切っちゃって我慢できないわ。」
「えっ。でも。」
ためらう私たちを安心させるように、エリカさんは穏やかな笑顔を見せる。
「ああ。こっちの二人は大丈夫よ。心配しないでいいから。あとこの子達の分もコーヒーお願い!」
エリカさんの言葉を受けた私たち店員一同は、困ったように互いを見つめあう。
さて、どうしよう。話し合う前に文乃さんから声が上がった。
「あっ。ちょうどいいのでわたしが行きます。以前ファミレスで働いていましたから大丈夫です!」
私とエステルもすかさず進み出る。
「いいえ。無関係の文乃を巻き込むわけにはいかないわ。ここは姉のわたくしが!」
「ううん。接客は私の担当だから私が行く!」
店員だけでなく、部外者の文乃さんまで申し出ている事に耐えられなくなったのだろう。
隠れるように押し黙っていたマリ姉だったが、上目遣いでおずおずと手を挙げた。
「あ、あの〜。一応店長は私なので。私が行きますよ…。」
「「「どうぞどうぞ!!」」」
「えっ!ええ〜!?ここでそれはずるいですっ!反則ですよ〜っ!」
お約束のコントのように手を差し出す私たち。マリ姉は虚を突かれたようで慌てて抗議する。
目を白黒させてじたばたする様子に私たちは笑い出してしまった。
「何言っているのよ。マリ姉行きたいんでしょ。遠慮せずどうぞ。」
「そうよマリ姉様。ここは店の長にふさわしい威厳を見せて下さいな。」
「ええ〜っ。そんなあ…。」
エリカさんの魔力の影響だろうか。私も今の状況を忘れて戯れる。
ちょっとした事だけど楽しいと思える。
私達と一緒に楽しく笑っていた文乃さんだったが、遠慮がちに話に入ってきた。
「あのお…。お姉さん。みなさん。もしよろしければ本当にわたしに行かせて下さいませんか?」
いくらエステルの「妹」でも無関係の子には…。
私がそう思う間もなくエステルは気遣うように言った。
「文乃。無理はいけないわよ?」
「はい。あのお二人、わたしが知っている魔物さんとはタイプ違うので、お話したいなあって。わたし、まだ魔物になったばかりなので色々な方に教えて欲しいんです。」
文乃さんは穏やかに語ると真っすぐに私たちを見つめた。
まあ、確かにあの子達みたいのは魔物としては希少価値あるんだろう。
でも一皮むいた中身は、エロくて男大好きなごく普通の魔物のはずだ。
わざわざ話を聞こうなんて物好き…というか元人間ゆえの真摯さなんだろうか。
きっと昔は並みの人間以上に真面目で素直な良い子だったのだろう。
文乃さんは間違いなくそう思わせる空気をまとっている。
それゆえに人間であることがつらくなって、魔物になることで救われたんだろうな。
事情は全く知らないがそんな事を思ってしまう。
「そう。わかったわ。文乃がそういうのならお任せするわ。」
「ちょっと待ってよエステル。部外者に持っていかせたりしたらレジーナちゃん、そなたたちの職務をなんと心得る!とかなんとか言って怒り出しそうよ。」
本当のお姉ちゃんのように優しく承諾するエステルだったが、私は急いでさえぎる。
だってレジーナは、それこそ並みの人間以上にめんどくさい子だから。
自分の仕事を放り投げる事とか何よりも嫌いそう。
「あ〜っ。今のエレンちゃんレジーナさんにそっくりでした!なんと心得るう!」
「うふふっ。そうよね。やっぱりエレンはレジーナの事文句言えないわよ。」
「だ か ら。あなた達今そんなこと言ってる場合!?」
それなのにこの二人ときたら…。私がレジーナに似ているとかまた言い出す。
マリ姉なんかさっきのお返しとばかりに、何度も私の口真似をする。
からかうように笑うみんなに、今度は私が目を向いて文句を言った。
「あ〜。楽しい。ほんとわたし魔物になってよかったです。またこんなに笑えるようになるなんて…。」
相変わらず無邪気に笑っていた文乃さんは、不意に瞳に悲しげな色を見せた。
突然襲ってきた後悔と葛藤を、無理に押さえつけているような気がする。
エステルも異変に気が付いたらしく、いたわる様な眼差しで見つめた。
「ねえ文乃。あなたはわたくしの一門。大切な妹なのよ。我慢も遠慮も無しになさい。」
エステルは文乃さんに近づくと深い愛情をこめて抱きしめる。
少し強張っていたその表情はたちまちとろける様に安らいだ。
「お姉さん。もう大丈夫です…。」
文乃さんもエステルを抱きしめ、いつしか幼い子のように甘え始める。
エステルは己をひたすら求める文乃さんを慈愛深く受け入れ続けた。
「はい文乃さん。大丈夫?持っていける?エステルじゃないけど無理はしないでね。」
私はカップが4つ乗っているトレイを文乃さんに渡した。
カップには熱いコーヒーが入っていて湯気をあげている。
このコーヒー。お客さんからは、苦みはあまり無いのに香りとコクは素晴らしいと評判だ。
「ご安心を!ホールでの仕事は鍛えていますから。」
気遣う私に文乃さんは胸を張ってうなずく。
流れる様な動作からは彼女が間違いなく経験者であることが伺えた。
「大丈夫よ。わたくしの見た所、あの二人から攻撃的な意思は全く感じないわ。」
「はぁ〜。ダメな店長でごめんなさい…。今度お詫びにミルク差し上げますね。」
エステルとマリ姉も温かく言葉をかける。
「みなさん。我儘聞いて下さってありがとうございます。それじゃ行ってきます!」
私たちに笑顔を見せると、文乃さんは対峙する二人とエリカさんの所に歩いて行った。
敵意こそ感じられないが、相変わらずアマゾネスとレジーナは見つめあっている。
エリカさんはそんな二人になだめるように声をかけ続けている。
文乃さんはひるむ様子もなく3人に近寄ると、快活な笑顔を見せた
「おまたせいたしました!コーヒーです。」
「お〜っ。やっと来たわね。ん…。あれ?あなたあの店の店員さんだったの?」
寒さに震える声でエリカさんは首を傾げた。
よくわからないと言わんばかりにうーんとうめいている。
「あ、いいえ。ちょっとした訳ありで…。」
「ふうん…。まあ、コーヒーさえ持ってきてくれればいいんだけどね。早速だけどいい?」
「どうぞお召し上がり下さい。」
寒くて待ちきれなかったのだろう。
文乃さんが言う前にエリカさんはカップを取って口につけていた。
「あ〜。あったまる…。ようやくこれで一息ついたわ。」
エリカさんは一気に半分ほど飲み干すとため息をつく。
ほっとしたように蛇体を伸ばす姿を、文乃さんはにこやかに見つめていた。
だが、文乃さんは見つめ合う二人にも当然のようにコーヒーを渡そうとした。
「ちょっとあなた。まだ止めたほうがいいって!あとで私がやるからいいわよ!」
慌てて止めるエリカさんを気にすることなく、文乃さんは二人に向き合った。
「もしよろしかったらどうぞ。」
優しく声をかける文乃さんに、レジーナとアマゾネスは静かに顔を向けた。
レジーナたちが罵声を浴びせてくるのではないか。
一瞬そんな思いが襲い緊張が走る。
「関わりない者の口出しは無用。」私は以前聞いたレジーナの鋭い声を思い出す。
だが二人は妙に疲れた視線を向けただけだった。のろのろと手を伸ばしカップを取る。
「わざわざ申し訳ない。」
「ありがたく頂こう。」
相変わらず堅苦しい口調だが、一応礼は言った二人はちょっと頭を下げる。
文乃さんも会釈するとカップを取り口を付けた。
「じゃ。ひとまず休戦でいいわね?二人とも。」
エリカさんはほっとしたような声を上げると、二人を分けるように長い蛇体を伸ばした。
もうずいぶん日が高くなった。周囲には忙しそうに行き交う人々の姿も多い。
にぎわい始めた街中で道路を占拠し続けるのは憚られたのだろうか。
いつしか彼女たちは店の駐車場に移動していた。
魔物達は陽光の中で立ち尽くし、ただコーヒーを飲む。
「ほんと。ここのお店のコーヒーは美味しいですね。すごくまろやかでとってもいい香り。人間だった頃は全く知らなかった味です。」
文乃さんは誰に言うとなくつぶやいた。
「詳しくは知らんが、どうやら魔界で栽培している品種を使っているらしいな。」
「そもそも故郷の村ではめったに飲めるものではなかった。」
レジーナとアマゾネスも何気なく言う。
「ていうか。あなた元人間だったの?危うくスルーする所だったけど。」
エリカさんは気になったようで問いかけた。
レジーナとアマゾネスも興味が沸いたらしく文乃さんを見つめる。
3人の視線を浴びた文乃さんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「はい…。ついこの間魔物になりました。」
「そうであったか…。詮索するつもりはないが、魔物化はそなたが自ら望んだことか?」
レジーナは文乃さんを優しく気遣う様に問いかけた。
「はい。わたし自身の意思で。」
「うむ。ならば良い。すべての魔物は魔王陛下の子供のようなもの。新たに我らの妹になったそなたを心から歓迎するぞ。色々慣れぬ事も多いだろう。騎士レジーナ、必ず力になるゆえ遠慮なく言うがよい。」
「あ、ありがとうございます…。これからよろしくお願いします。」
相変わらず仰々しいレジーナの口調。礼を言った文乃さんも妙に落ち着かなそう。
エリカさんはこらえきれずにぷっと噴出した。
「ちょっとレジーナちゃん!そんな大げさなこと言ったら彼女緊張しちゃうわよ。ねえ。」
「まったくだ!元人間のあんたは知らないだろうが、この騎士様は特別だからな。」
アマゾネスも楽しそうに笑う。
「いや。まて!私は騎士たる者として………」
「レジーナちゃん。その騎士たる者って前置き、いつも言ってるけど疲れない?」
レジーナはにやにやしている二人に向きになって反論しようとする。
だがエリカさんの指摘にはっとしたように黙り込んだ。
「そうだぞ。私も以前魔王軍に勤めていたが、あんたほどの堅物は見たことも無い。」
「あのねえ。私からすればあなたもレジーナちゃんとそんな変わらないわよ。」
アマゾネスもここぞとばかりに畳みかけたが、エリカさんにたしなめられ目を丸くした。
エリカさんはいたずらした子供に説教するように腰に手をやる。
「全くもう…。魔物娘は大好きなオスとずうっとまぐわってさえいればいいのよ!それなのにあなた達ときたら妙な事にこだわっちゃって。魔物として変よ。歪んでいるわ!」
エリカさんは人差し指を振りながら二人を𠮟りつけた。
レジーナとアマゾネスの二人は面食らったように顔を見合わせる。
だが何を言われたか理解したのだろう。むっとした表情になりエリカさんに向かい合った。
「なにを言うか!私からすればそなたのほうがよっぽど歪んで見えるわ!」
「なぜ私まで一緒にする!私はただ可愛い花婿が欲しいだけだ。そこの騎士とは違う!」
変、歪んでいる、という言葉がよほど癪に障ったのかな?
レジーナとアマゾネスは二人一緒になってエリカさんに食ってかかってきた。
「な…何よあんた達!今まで喧嘩してたのに急に共闘するなんてずるいわよ!」
エリカさんは二人の突然の逆襲に困ったようだ。悲鳴のような声を上げて後ずさる。
あ〜あ…。ようやく和解しそうな雰囲気だったのに台無しだ…。
でも、今まで攻勢一方だったエリカさんが押される展開はなかなか面白い。
せっかく仲裁してくれたのに楽しんじゃって悪いとは思う。
でも、せっかく収まりかけたのが再燃して、もうどうでもよくなってきた………。
「はあ…。エレン。残念だけど収拾が付かなそうだわ。こうなったらわたくしたちが…。」
「ええ。そうね。無理やりにでも止めるほかないわね。」
エステルは仕方ないなあと言わんばかりにため息をつくと、魔力を集中し始める。。
彼女の言う通りだ。これ以上放置しても状況は良くならないだろう。
力尽くでやるしかないな。私がそう思った時だった。
「そうですよね。やっぱり魔物さんでもそれぞれの考えや意見は違うんですよね…。」
文乃さんの感心するような声が響く。争いあう三人の魔物は驚いたように振り返った。
こいつは一体何を言いたいんだ?
そう言いたげな三人の雰囲気に、文乃さんは少したじろいだみたいだ。
「ご、ごめんなさい。わたし人間だった頃…。あ、いえ。何でもないです。」
文乃さんはもごもごと呟いて俯いてしまった。
その不安げな様子を見てエリカさんは表情を和らげる。
「なによお。言いかけて途中で止めるなんてモヤモヤするじゃないの。続けていいのよ。このエリカお姉さんが相談に乗ってあげるから。」
エリカさんの声音は文乃さんをいたわる温かみに満ちていた。
レジーナとアマゾネスもエリカさんと同じ意見だと何度もうなずく。
文乃さんはラミアの魔力に勇気づけられたかの様に言葉を続けた。
「はい。さきほどの皆さんのお話聞いていて思いました。ついこの間まで人間だった私からすれば、レジーナさんの話はもっともなんです………」
文乃さんの言葉に、レジーナはどうだとばかりにアマゾネスを見たが沈黙は守った。
「でも、魔物になったばかりの私が何をしたかといえば、私を捨てた旦那さんを探し出して襲ってずっと犯し続けて、無理やり私ものにしちゃったんです…。絶対にこんな事するつもりなかったのに。」
いつしか文乃さんの眼差しは暗く陰っていた。自分のしたことを恥じるように俯く。
話を聞いたエリカさんは、文乃さんを落ち着かせるように優しく肩を叩いた。
「大丈夫!あなたのした事は魔物としてごく当たり前なのよ。何も怖がらなくていいの。」
アマゾネスもまた賛意を表すように大きくうなずいた。
「その通り!女を捨てるような愚かな男は、何度気絶しても泣き叫んでも、徹底的に犯しぬいてこらしめてやればいい。あんたは全く間違っていないぞ!」
エリカさんとアマゾネスの二人は熱っぽく言うと、レジーナにちらりと目をやる。
レジーナは悔しそうな顔をしたが今度も何も言わなかった。
「うーん。でも、人間の子って魔物化すれば倫理観も魔物と同様になるはずよね?まだ心が人間のままみたいだけど、本能が魔物だと色々つらくない?」
「あ、いえ。時々ふさぎ込んじゃうだけですので。普段はとっても幸せです…。旦那さんと一緒に堕ち続ける日々っていいものですねえ…。」
気遣う様なエリカさんに、文乃さんは静かに微笑む。
黙って話を聞いてうなずいていたレジーナだったが、ここで一言よし、といった。
「魔界の大使館ならば治癒魔法に長けた者も多い。そこで相談してみてはどうかな?紹介状は私が書く。もし入りにくいのならば一緒に付き添おう。」
「ありがとうございます。どうかお気遣いなく。わたし、魔物になったばかりなので、他の皆さんが夫婦生活をどうされているのかなあと色々気になっていましたので。それで…。」
親切に勧めてくれるレジーナに文乃さんも親しげに答えた。
そんな彼女の夫婦生活という言葉を聞いて、エリカさんは急に身を乗り出してきた。
「そうね。うちの人とは幼いころからずっとお隣さんだったの。物心ついた時から一緒になる事は決めてたし。あの人も私の事は憎からず思っていたはずよ。言っとくけどうぬぼれじゃないからね!」
夢中になってはしゃぐエリカさん。
だがレジーナとアマゾネスの二人は、妙に気まずそうな様子でため息をついた。
「まったく…。独り者の私にこんなことを聞くとはあんたも酷な人だな!」
「うむ。それについてはそなたと同意見だ。私も生涯を共に歩むにふさわしい者を探しておる途中でな!」
そう。この二人はまだ独り者。私、そのへんは敏感なので簡単にわかってしまう。
まあ、そういう私自身も当然独り者。
他の子達から「喫茶店の独身ダークスライム」とか言われているのかもしれないけど…
「あ…。いえ。その…。ごめんなさい!」
顔をしかめる二人に文乃さんは慌てて頭を下げたが、彼女達は楽しそうに笑っただけだった。
どうやら妹分となった子をからかっただけなのだろう。
文乃さんもほっとしたような表情になって、すっかり冷え切ったコーヒーを飲んだ。
他のみんなも徐々に世間話などし始め、張りつめていた空気が和やかなものになっていく。
「うふふっ。そろそろ皆さんにコーヒー持っていきましょうか〜。」
マリ姉が柔らかく笑いながら声をかけてきた。
意外とマリ姉はこういった所に良く気が付くのだ。
「そうね。それがいいわね。」
「マリ姉様の言うとおりだわ。」
私とエステルもうなずくと、さっそく用意して彼女たちのもとに持っていった。
「皆さん追加のコーヒーどうですか?」
「おっ。さすがみんな!気が利くわね。」
エリカさんが嬉しそうに声を上げると、みんなも喜んだ様子でカップを手に取った。
私たちはコーヒーをすすりながら、いつしか一緒になっておしゃべりしていた。
どんな男が好みだとか、結婚したらどんなエロいことしようとか
そんな事ばかり話してしまう。うん。やっぱり私たちは魔物娘だ。
すっかり温かくなった店先で私たちは談笑し続ける。
エリカさんはそんな様子を微笑ましく見ていたが不意に叫んだ。
「そうよ。そういう事よ!結局あなた達が苛立つのは男がいないからなのよ。男と一緒に毎日いちゃいちゃしていれば、嫌な気持ちなんて吹っ飛ぶから!わかったわ。エリカ姉さんがみんなまとめて相談に乗ってあげる。みんなそれぞれ意中の人はいるの?」
「うん?それはいないことはないが…って、あんたは突然何を言い出すんだ!」
「想い人というか、戦友のような者は…。いや!このような事、人に言うべきでは…。」
レジーナもアマゾネスもうっかり口を滑らせたようだ。
動揺して言葉を濁すがエリカさんは気にする様子もない。
「そう。いるのね。じゃあ何も問題ないわ!私。人の恋バナはいくら聞いてもおなか一杯にならないの。遠慮しないでいいから聞かせなさいな。」
エリカさんは興奮して言うと、長い蛇体をレジーナと文乃さんとアマゾネスに巻き付けた。
「うわっ。こら!またぬか。」
「おいおい。いったい何をする気だ…。」
「なっ。急になんでしょうか?」
「そうと決まればこんな寒い所にいる事はないわ!温かいお店の中に移動しましょ。」
困惑しながらも仕方なさそうに受け入れる三人。
エリカさんはみんなを蛇体でしっかりと包み込むと店の中に引っ張っていく。
でも、なんだろう。みんな妙に楽しそうだ。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど私はエリカ。あなた達は名前なんて言うの?いつまでもアマゾネスちゃん。とか言い続けるのも変でしょ。」
「ああ…。私はアマゾネスのリーナだ。」
「申し遅れました。わたしは日下文乃という者です。よろしくお願いします。」
「みんなこちらこそよろしくね〜。文乃ちゃんもこの二人にアドバイスしてあげなさい。旦那持ちという事ではあなたが先輩なんだから…。」
「うむ。確かにそなたに一日の長があるな。助言よろしく頼む。」
「そ、そんな。わたしなんか…」
「何も卑下することはない。逃げた男を捕まえに行くとは、あんたなかなかやるじゃないか。」
よかった。みんなすっかり気を許したようで和気あいあいとしている。
互いに刃を突き付けあうようだった刺々しい雰囲気が嘘のようだ。
なんかすごく都合がいい展開だけど。まあ終わりよければすべてよし。だ。
「どうなる事かと思ったけどほっとしたわ。」
「はぁ…。本当ですねえ〜。」
エステルとマリ姉も気が抜けたような表情をしている。
そんなとき、店に入ろうとしていたエリカさんが声をかけてきた。
「みんな悪かったわね。助かったわ!それと、私がこんなこと言うのなんだけど、お店の中にいる子達、相手したほうがいいんじゃない?」
申し訳ない。と言いたそうな表情でエリカさんは指で店の中を指した。
「「「ああっ!」」」
店内を見た私とマリ姉とエステルは同時に声を上げた。
そう。エリカさんの声の魔力の影響を受けて店の中に入っていった子達。
私たちはその子達の事をすっかり忘れていた。
みんな恍惚とした様子でパートナーとセックスしているか、
相手がいない子はテーブルに突っ伏して眠ってしまっている。
店の中はすっかりめちゃくちゃだ…
「しまった忘れてたあ!エステル。魅了されている子はすぐに目を覚ましてあげて。マリ姉と私は店の中の片づけと掃除。みんなお願い!」
「わかったわ。任せて頂戴。」
「はい〜。すぐにやりましょう。」
私が大声を上げるとマリ姉もエステルも真顔になってうなずいた。
こうしている間にも店には次々とお客さんがやってきた。
やれやれ。一難去ってまた一難。今日は忙しくなりそう…。
夢中になって店内を片付けながらも、さっきのエリカさんの言葉が頭から離れなかった。
私が日ごろイラついたり憂鬱なのも、結局は相方を見つけていないせいなのかな、と。
レジーナやアマゾネスのリーナを、私が高みに立って色々言う資格は無いんだ。
張り詰めた空気を切り裂くように、音は何度もリズムを取って繰り返される。
こんな時に一体何だろう?
私たちがその方向を見ると、いつしか蛇体を揺らしながらラミアが手を叩いていた。
彼女は呆れたように前に進み出ながら手を叩く。
平均的なラミア属よりも長めの蛇体をうねらせ、その美貌に怒気を孕ませている。
「はいはい!強いんだ星人は勝手に決闘でも死合いでもしていなさいな。私はもう付き合い切れないわ!」
「なにっ!」
「おいっ!」
ラミアの挑発するような声にレジーナとアマゾネス、両方から怒りの声が上がるが、彼女はそれを無視して言葉を続けた。
「レジーナちゃんはもう演説する気無いのよね!そこのアマゾネスちゃんも私たちに用はなさそうだし。じゃあ私がここにいる必要ないじゃないっ!」
ラミアは不快な様子を全く隠さない。その剣幕にさすがの二人もたじたじになる。
「あなたたちねえ。伝統だの尊重だの立派な事言うんだったら、ラミアにとって寒さは天敵だから、暖かい所に居たいんだって事も認めなさいよ!
こんな寒空で演説を聞いたり、喧嘩を見物したりするほど物好きじゃないのよ!」
レジーナとアマゾネスを交互に見据えながら、ラミアは強い声で言い切る。
図星を付かれたのだろう。二人は不快な顔をしたが黙ったままだった。
「あ〜あ。朝から外に立ちっぱなしで体が冷えちゃったわ。お店で何か熱いもの飲まないと………」
立ち尽くしている二人を残し、ぶつぶつ呟きながら店に入ろうとしたラミアだったがふと振り返る。
周りを見回し、よく響く艶やかな声で語り出した。
「ねえ。みんなもこんなところにいないでなかにはいらない?おみせであたたかいものでものんで、けーきでもたべましょう。」
その途端、頭の中がとろけるような温かな力の流れが周りに広がった。
ラミアの甘い声が何度も何度も頭の中に反響する。
今まで感じていた焦燥感が消え、不思議と穏やかな気持ちになっていく………
「エレン大丈夫?」
「うん。それほどでもないから。」
一瞬ぼーっとしていたのだろう。エステルが気遣って声をかけてくれた。
私は気にしないでと笑みを見せる。
今のはおそらくラミアの子が発揮した声の魔力。その効力が私にも及んでいたのだろう。
私だけではなく周囲にいる魔物やインキュバスも影響を受けているひとが多い。
うっとりとした様子で店の中にぞろぞろ入っていく。
さすがに魔王の娘のエステルには効かないようで平然としているが。
あのラミアの子、エリカさんもこの店の常連さんで私たちとも仲が良い。
でも、まさかこれほどの魔力を持っているとは思わなかったな。
魔術抵抗には少し自信があった私にまで影響力を及ぼすなんて。なんか妙に悔しい。
そうだ。決闘していた二人の事を忘れていた!
慌てて注意を向けたが、二人は相変わらず対峙し合っていた。
でも、先ほどまでの切れるような鋭さは微塵も無かった。
二人とも妙に恍惚とした顔つきで、時々相手から視線を外す。足元もふらふらしている。
うろたえ、必死に意思を強く持とうとしている様な二人。
完全ではないにしろ彼女達も魔力の影響を受けているらしい。
エリカさんは蛇体をうねらせて近寄ると悪戯っぽく話しかけた。
「ふふっ。あなた達もどう?お店で美味しいものを食べれば、喧嘩する気なんか無くなるわよ?」
「やはりそなたの仕業か。正面の敵に気を取られて、周囲への警戒を怠るとは。我ながら常在戦場が聞いて呆れる。このレジーナ一生の不覚…。」
レジーナは自嘲気味に呟いた。
「認めたくないが私も同じだ。完全にぬかったな。これが戦場だったら間違いなく命を絶たれていたな…。」
アマゾネスも悔しそうに身を震わせる。
「あななたちなんでそんな堅苦しいのよ!もうこれで終わりでいいじゃない。私の乱入のせいで勝負無しって事にしておけば、二人の顔も立つってものでしょ。」
呆れたようにエリカさんは肩をすくめる。
「ほら!ね。一緒に飲んで食べてお話しましょ。アマゾネスちゃんは最近こっちにきたんでしょ。色々聞かせてよ………」
エリカさんは熱心に仲裁を申し出ているが、なおも二人は踏みとどまっていた。
お互い困ったような顔こそしているが、相手をじっと見据え続けている。
エリカさんの好意はありがたいけど、これは長引くかな。私がそう思った時だった。
「おはようございます。お姉さん。」
かわいらしい声が後ろから響く。私が驚いて振り向くと同時にエステルからも声が上がった。
「まあ!文乃も来ていたの。どう?旦那様とは仲良くしていらっしゃる?」
「はい。おかげさまで。」
エステルは嬉しそうに文乃と呼ばれた女性の手を取る。
彼女もエステルの手を握り返して微笑むと、私にも笑顔で挨拶してくれた。
「おはようございます。初めまして。」
「あ、初めまして。ねえエステル。この子エステルのお知り合い?」
「ええ!わたくしのかわいい妹なの。」
問いかける私にエステルは、当たり前の事だと言わんばかりにうなずいた。
この子はぞっとするほどの青白い肌と髪をしていた。
黒いドレスを身にまとい、ロングの長髪が風になびいている。
目を見張るほどの整った顔立ち。痛々しくも強い眼光。人ではまずあり得ない肌と髪色。
当然彼女も魔物娘だけど、おそらくはアンデット系。
「姉」であるリリムのエステルとは明らかに違う。
おそらくこの子はエステルが魔物化させた子なのだろう。
エステルによれば、己自身の魔力を注ぎ込んで魔物化させた子には、
身内同然の愛おしさを覚えるものらしいから。
魔物化された子もそれは同じらしく、「姉」のエステルに会いに来ているのをよく目にする。
実はうちの店では、リリムであるエステルの力を借りて
魔物になりたい子を魔物化させるなんて事もやっている。
もちろん大っぴらには出来ないので、オーナーの目にかなったごく限られた子だけ。
この文乃さんもオーナーのつてでエステルに魔物化されたはず。
ちなみに私もダークスライムなので、私の種族に限ってなら魔物化できる。
オーナーからも、要望があったら頼むなんて言われている。
まあ、ダークスライムになりたいなんて物好きはいないらしく、未だ経験なし。
エステルによればすごく幸せな気分になれるそうなので
私も人間の女の子をおもいっきり可愛がって「妹」にしてみたい。
それなので誰かダークスライムになりたい子、待ってます。
「ごめんなさいね文乃。せっかく来て頂いたのにこんな事になっていて…。」
騒動をすまなそうに詫びるエステルに、文乃さんは何度もかぶりを振った。
「いいえ!お姉さんそんな…。実はあのお二人の話しを聞いていて妙に他人事じゃなくて…。ちょっとお話したいなあって思いまして…。」
文乃さんはもじもじしながら言った。思わぬ言葉に私とエステルは顔を見合わせる。
「あら。それは…。でも大丈夫?エレンはどう思うかしら?」
「う〜ん…。いくらなんでもあの二人。無関係の子にまで喧嘩は売らないと思うけど。」
私たちがこそこそと話し合っていると、意外なことにラミアのエリカさんから声がかかった。
「おーい。そこにお集まりのみんな。誰でもいいから熱いコーヒー持って来て欲しいな。もう体冷え切っちゃって我慢できないわ。」
「えっ。でも。」
ためらう私たちを安心させるように、エリカさんは穏やかな笑顔を見せる。
「ああ。こっちの二人は大丈夫よ。心配しないでいいから。あとこの子達の分もコーヒーお願い!」
エリカさんの言葉を受けた私たち店員一同は、困ったように互いを見つめあう。
さて、どうしよう。話し合う前に文乃さんから声が上がった。
「あっ。ちょうどいいのでわたしが行きます。以前ファミレスで働いていましたから大丈夫です!」
私とエステルもすかさず進み出る。
「いいえ。無関係の文乃を巻き込むわけにはいかないわ。ここは姉のわたくしが!」
「ううん。接客は私の担当だから私が行く!」
店員だけでなく、部外者の文乃さんまで申し出ている事に耐えられなくなったのだろう。
隠れるように押し黙っていたマリ姉だったが、上目遣いでおずおずと手を挙げた。
「あ、あの〜。一応店長は私なので。私が行きますよ…。」
「「「どうぞどうぞ!!」」」
「えっ!ええ〜!?ここでそれはずるいですっ!反則ですよ〜っ!」
お約束のコントのように手を差し出す私たち。マリ姉は虚を突かれたようで慌てて抗議する。
目を白黒させてじたばたする様子に私たちは笑い出してしまった。
「何言っているのよ。マリ姉行きたいんでしょ。遠慮せずどうぞ。」
「そうよマリ姉様。ここは店の長にふさわしい威厳を見せて下さいな。」
「ええ〜っ。そんなあ…。」
エリカさんの魔力の影響だろうか。私も今の状況を忘れて戯れる。
ちょっとした事だけど楽しいと思える。
私達と一緒に楽しく笑っていた文乃さんだったが、遠慮がちに話に入ってきた。
「あのお…。お姉さん。みなさん。もしよろしければ本当にわたしに行かせて下さいませんか?」
いくらエステルの「妹」でも無関係の子には…。
私がそう思う間もなくエステルは気遣うように言った。
「文乃。無理はいけないわよ?」
「はい。あのお二人、わたしが知っている魔物さんとはタイプ違うので、お話したいなあって。わたし、まだ魔物になったばかりなので色々な方に教えて欲しいんです。」
文乃さんは穏やかに語ると真っすぐに私たちを見つめた。
まあ、確かにあの子達みたいのは魔物としては希少価値あるんだろう。
でも一皮むいた中身は、エロくて男大好きなごく普通の魔物のはずだ。
わざわざ話を聞こうなんて物好き…というか元人間ゆえの真摯さなんだろうか。
きっと昔は並みの人間以上に真面目で素直な良い子だったのだろう。
文乃さんは間違いなくそう思わせる空気をまとっている。
それゆえに人間であることがつらくなって、魔物になることで救われたんだろうな。
事情は全く知らないがそんな事を思ってしまう。
「そう。わかったわ。文乃がそういうのならお任せするわ。」
「ちょっと待ってよエステル。部外者に持っていかせたりしたらレジーナちゃん、そなたたちの職務をなんと心得る!とかなんとか言って怒り出しそうよ。」
本当のお姉ちゃんのように優しく承諾するエステルだったが、私は急いでさえぎる。
だってレジーナは、それこそ並みの人間以上にめんどくさい子だから。
自分の仕事を放り投げる事とか何よりも嫌いそう。
「あ〜っ。今のエレンちゃんレジーナさんにそっくりでした!なんと心得るう!」
「うふふっ。そうよね。やっぱりエレンはレジーナの事文句言えないわよ。」
「だ か ら。あなた達今そんなこと言ってる場合!?」
それなのにこの二人ときたら…。私がレジーナに似ているとかまた言い出す。
マリ姉なんかさっきのお返しとばかりに、何度も私の口真似をする。
からかうように笑うみんなに、今度は私が目を向いて文句を言った。
「あ〜。楽しい。ほんとわたし魔物になってよかったです。またこんなに笑えるようになるなんて…。」
相変わらず無邪気に笑っていた文乃さんは、不意に瞳に悲しげな色を見せた。
突然襲ってきた後悔と葛藤を、無理に押さえつけているような気がする。
エステルも異変に気が付いたらしく、いたわる様な眼差しで見つめた。
「ねえ文乃。あなたはわたくしの一門。大切な妹なのよ。我慢も遠慮も無しになさい。」
エステルは文乃さんに近づくと深い愛情をこめて抱きしめる。
少し強張っていたその表情はたちまちとろける様に安らいだ。
「お姉さん。もう大丈夫です…。」
文乃さんもエステルを抱きしめ、いつしか幼い子のように甘え始める。
エステルは己をひたすら求める文乃さんを慈愛深く受け入れ続けた。
「はい文乃さん。大丈夫?持っていける?エステルじゃないけど無理はしないでね。」
私はカップが4つ乗っているトレイを文乃さんに渡した。
カップには熱いコーヒーが入っていて湯気をあげている。
このコーヒー。お客さんからは、苦みはあまり無いのに香りとコクは素晴らしいと評判だ。
「ご安心を!ホールでの仕事は鍛えていますから。」
気遣う私に文乃さんは胸を張ってうなずく。
流れる様な動作からは彼女が間違いなく経験者であることが伺えた。
「大丈夫よ。わたくしの見た所、あの二人から攻撃的な意思は全く感じないわ。」
「はぁ〜。ダメな店長でごめんなさい…。今度お詫びにミルク差し上げますね。」
エステルとマリ姉も温かく言葉をかける。
「みなさん。我儘聞いて下さってありがとうございます。それじゃ行ってきます!」
私たちに笑顔を見せると、文乃さんは対峙する二人とエリカさんの所に歩いて行った。
敵意こそ感じられないが、相変わらずアマゾネスとレジーナは見つめあっている。
エリカさんはそんな二人になだめるように声をかけ続けている。
文乃さんはひるむ様子もなく3人に近寄ると、快活な笑顔を見せた
「おまたせいたしました!コーヒーです。」
「お〜っ。やっと来たわね。ん…。あれ?あなたあの店の店員さんだったの?」
寒さに震える声でエリカさんは首を傾げた。
よくわからないと言わんばかりにうーんとうめいている。
「あ、いいえ。ちょっとした訳ありで…。」
「ふうん…。まあ、コーヒーさえ持ってきてくれればいいんだけどね。早速だけどいい?」
「どうぞお召し上がり下さい。」
寒くて待ちきれなかったのだろう。
文乃さんが言う前にエリカさんはカップを取って口につけていた。
「あ〜。あったまる…。ようやくこれで一息ついたわ。」
エリカさんは一気に半分ほど飲み干すとため息をつく。
ほっとしたように蛇体を伸ばす姿を、文乃さんはにこやかに見つめていた。
だが、文乃さんは見つめ合う二人にも当然のようにコーヒーを渡そうとした。
「ちょっとあなた。まだ止めたほうがいいって!あとで私がやるからいいわよ!」
慌てて止めるエリカさんを気にすることなく、文乃さんは二人に向き合った。
「もしよろしかったらどうぞ。」
優しく声をかける文乃さんに、レジーナとアマゾネスは静かに顔を向けた。
レジーナたちが罵声を浴びせてくるのではないか。
一瞬そんな思いが襲い緊張が走る。
「関わりない者の口出しは無用。」私は以前聞いたレジーナの鋭い声を思い出す。
だが二人は妙に疲れた視線を向けただけだった。のろのろと手を伸ばしカップを取る。
「わざわざ申し訳ない。」
「ありがたく頂こう。」
相変わらず堅苦しい口調だが、一応礼は言った二人はちょっと頭を下げる。
文乃さんも会釈するとカップを取り口を付けた。
「じゃ。ひとまず休戦でいいわね?二人とも。」
エリカさんはほっとしたような声を上げると、二人を分けるように長い蛇体を伸ばした。
もうずいぶん日が高くなった。周囲には忙しそうに行き交う人々の姿も多い。
にぎわい始めた街中で道路を占拠し続けるのは憚られたのだろうか。
いつしか彼女たちは店の駐車場に移動していた。
魔物達は陽光の中で立ち尽くし、ただコーヒーを飲む。
「ほんと。ここのお店のコーヒーは美味しいですね。すごくまろやかでとってもいい香り。人間だった頃は全く知らなかった味です。」
文乃さんは誰に言うとなくつぶやいた。
「詳しくは知らんが、どうやら魔界で栽培している品種を使っているらしいな。」
「そもそも故郷の村ではめったに飲めるものではなかった。」
レジーナとアマゾネスも何気なく言う。
「ていうか。あなた元人間だったの?危うくスルーする所だったけど。」
エリカさんは気になったようで問いかけた。
レジーナとアマゾネスも興味が沸いたらしく文乃さんを見つめる。
3人の視線を浴びた文乃さんは恥ずかしそうに微笑んだ。
「はい…。ついこの間魔物になりました。」
「そうであったか…。詮索するつもりはないが、魔物化はそなたが自ら望んだことか?」
レジーナは文乃さんを優しく気遣う様に問いかけた。
「はい。わたし自身の意思で。」
「うむ。ならば良い。すべての魔物は魔王陛下の子供のようなもの。新たに我らの妹になったそなたを心から歓迎するぞ。色々慣れぬ事も多いだろう。騎士レジーナ、必ず力になるゆえ遠慮なく言うがよい。」
「あ、ありがとうございます…。これからよろしくお願いします。」
相変わらず仰々しいレジーナの口調。礼を言った文乃さんも妙に落ち着かなそう。
エリカさんはこらえきれずにぷっと噴出した。
「ちょっとレジーナちゃん!そんな大げさなこと言ったら彼女緊張しちゃうわよ。ねえ。」
「まったくだ!元人間のあんたは知らないだろうが、この騎士様は特別だからな。」
アマゾネスも楽しそうに笑う。
「いや。まて!私は騎士たる者として………」
「レジーナちゃん。その騎士たる者って前置き、いつも言ってるけど疲れない?」
レジーナはにやにやしている二人に向きになって反論しようとする。
だがエリカさんの指摘にはっとしたように黙り込んだ。
「そうだぞ。私も以前魔王軍に勤めていたが、あんたほどの堅物は見たことも無い。」
「あのねえ。私からすればあなたもレジーナちゃんとそんな変わらないわよ。」
アマゾネスもここぞとばかりに畳みかけたが、エリカさんにたしなめられ目を丸くした。
エリカさんはいたずらした子供に説教するように腰に手をやる。
「全くもう…。魔物娘は大好きなオスとずうっとまぐわってさえいればいいのよ!それなのにあなた達ときたら妙な事にこだわっちゃって。魔物として変よ。歪んでいるわ!」
エリカさんは人差し指を振りながら二人を𠮟りつけた。
レジーナとアマゾネスの二人は面食らったように顔を見合わせる。
だが何を言われたか理解したのだろう。むっとした表情になりエリカさんに向かい合った。
「なにを言うか!私からすればそなたのほうがよっぽど歪んで見えるわ!」
「なぜ私まで一緒にする!私はただ可愛い花婿が欲しいだけだ。そこの騎士とは違う!」
変、歪んでいる、という言葉がよほど癪に障ったのかな?
レジーナとアマゾネスは二人一緒になってエリカさんに食ってかかってきた。
「な…何よあんた達!今まで喧嘩してたのに急に共闘するなんてずるいわよ!」
エリカさんは二人の突然の逆襲に困ったようだ。悲鳴のような声を上げて後ずさる。
あ〜あ…。ようやく和解しそうな雰囲気だったのに台無しだ…。
でも、今まで攻勢一方だったエリカさんが押される展開はなかなか面白い。
せっかく仲裁してくれたのに楽しんじゃって悪いとは思う。
でも、せっかく収まりかけたのが再燃して、もうどうでもよくなってきた………。
「はあ…。エレン。残念だけど収拾が付かなそうだわ。こうなったらわたくしたちが…。」
「ええ。そうね。無理やりにでも止めるほかないわね。」
エステルは仕方ないなあと言わんばかりにため息をつくと、魔力を集中し始める。。
彼女の言う通りだ。これ以上放置しても状況は良くならないだろう。
力尽くでやるしかないな。私がそう思った時だった。
「そうですよね。やっぱり魔物さんでもそれぞれの考えや意見は違うんですよね…。」
文乃さんの感心するような声が響く。争いあう三人の魔物は驚いたように振り返った。
こいつは一体何を言いたいんだ?
そう言いたげな三人の雰囲気に、文乃さんは少したじろいだみたいだ。
「ご、ごめんなさい。わたし人間だった頃…。あ、いえ。何でもないです。」
文乃さんはもごもごと呟いて俯いてしまった。
その不安げな様子を見てエリカさんは表情を和らげる。
「なによお。言いかけて途中で止めるなんてモヤモヤするじゃないの。続けていいのよ。このエリカお姉さんが相談に乗ってあげるから。」
エリカさんの声音は文乃さんをいたわる温かみに満ちていた。
レジーナとアマゾネスもエリカさんと同じ意見だと何度もうなずく。
文乃さんはラミアの魔力に勇気づけられたかの様に言葉を続けた。
「はい。さきほどの皆さんのお話聞いていて思いました。ついこの間まで人間だった私からすれば、レジーナさんの話はもっともなんです………」
文乃さんの言葉に、レジーナはどうだとばかりにアマゾネスを見たが沈黙は守った。
「でも、魔物になったばかりの私が何をしたかといえば、私を捨てた旦那さんを探し出して襲ってずっと犯し続けて、無理やり私ものにしちゃったんです…。絶対にこんな事するつもりなかったのに。」
いつしか文乃さんの眼差しは暗く陰っていた。自分のしたことを恥じるように俯く。
話を聞いたエリカさんは、文乃さんを落ち着かせるように優しく肩を叩いた。
「大丈夫!あなたのした事は魔物としてごく当たり前なのよ。何も怖がらなくていいの。」
アマゾネスもまた賛意を表すように大きくうなずいた。
「その通り!女を捨てるような愚かな男は、何度気絶しても泣き叫んでも、徹底的に犯しぬいてこらしめてやればいい。あんたは全く間違っていないぞ!」
エリカさんとアマゾネスの二人は熱っぽく言うと、レジーナにちらりと目をやる。
レジーナは悔しそうな顔をしたが今度も何も言わなかった。
「うーん。でも、人間の子って魔物化すれば倫理観も魔物と同様になるはずよね?まだ心が人間のままみたいだけど、本能が魔物だと色々つらくない?」
「あ、いえ。時々ふさぎ込んじゃうだけですので。普段はとっても幸せです…。旦那さんと一緒に堕ち続ける日々っていいものですねえ…。」
気遣う様なエリカさんに、文乃さんは静かに微笑む。
黙って話を聞いてうなずいていたレジーナだったが、ここで一言よし、といった。
「魔界の大使館ならば治癒魔法に長けた者も多い。そこで相談してみてはどうかな?紹介状は私が書く。もし入りにくいのならば一緒に付き添おう。」
「ありがとうございます。どうかお気遣いなく。わたし、魔物になったばかりなので、他の皆さんが夫婦生活をどうされているのかなあと色々気になっていましたので。それで…。」
親切に勧めてくれるレジーナに文乃さんも親しげに答えた。
そんな彼女の夫婦生活という言葉を聞いて、エリカさんは急に身を乗り出してきた。
「そうね。うちの人とは幼いころからずっとお隣さんだったの。物心ついた時から一緒になる事は決めてたし。あの人も私の事は憎からず思っていたはずよ。言っとくけどうぬぼれじゃないからね!」
夢中になってはしゃぐエリカさん。
だがレジーナとアマゾネスの二人は、妙に気まずそうな様子でため息をついた。
「まったく…。独り者の私にこんなことを聞くとはあんたも酷な人だな!」
「うむ。それについてはそなたと同意見だ。私も生涯を共に歩むにふさわしい者を探しておる途中でな!」
そう。この二人はまだ独り者。私、そのへんは敏感なので簡単にわかってしまう。
まあ、そういう私自身も当然独り者。
他の子達から「喫茶店の独身ダークスライム」とか言われているのかもしれないけど…
「あ…。いえ。その…。ごめんなさい!」
顔をしかめる二人に文乃さんは慌てて頭を下げたが、彼女達は楽しそうに笑っただけだった。
どうやら妹分となった子をからかっただけなのだろう。
文乃さんもほっとしたような表情になって、すっかり冷え切ったコーヒーを飲んだ。
他のみんなも徐々に世間話などし始め、張りつめていた空気が和やかなものになっていく。
「うふふっ。そろそろ皆さんにコーヒー持っていきましょうか〜。」
マリ姉が柔らかく笑いながら声をかけてきた。
意外とマリ姉はこういった所に良く気が付くのだ。
「そうね。それがいいわね。」
「マリ姉様の言うとおりだわ。」
私とエステルもうなずくと、さっそく用意して彼女たちのもとに持っていった。
「皆さん追加のコーヒーどうですか?」
「おっ。さすがみんな!気が利くわね。」
エリカさんが嬉しそうに声を上げると、みんなも喜んだ様子でカップを手に取った。
私たちはコーヒーをすすりながら、いつしか一緒になっておしゃべりしていた。
どんな男が好みだとか、結婚したらどんなエロいことしようとか
そんな事ばかり話してしまう。うん。やっぱり私たちは魔物娘だ。
すっかり温かくなった店先で私たちは談笑し続ける。
エリカさんはそんな様子を微笑ましく見ていたが不意に叫んだ。
「そうよ。そういう事よ!結局あなた達が苛立つのは男がいないからなのよ。男と一緒に毎日いちゃいちゃしていれば、嫌な気持ちなんて吹っ飛ぶから!わかったわ。エリカ姉さんがみんなまとめて相談に乗ってあげる。みんなそれぞれ意中の人はいるの?」
「うん?それはいないことはないが…って、あんたは突然何を言い出すんだ!」
「想い人というか、戦友のような者は…。いや!このような事、人に言うべきでは…。」
レジーナもアマゾネスもうっかり口を滑らせたようだ。
動揺して言葉を濁すがエリカさんは気にする様子もない。
「そう。いるのね。じゃあ何も問題ないわ!私。人の恋バナはいくら聞いてもおなか一杯にならないの。遠慮しないでいいから聞かせなさいな。」
エリカさんは興奮して言うと、長い蛇体をレジーナと文乃さんとアマゾネスに巻き付けた。
「うわっ。こら!またぬか。」
「おいおい。いったい何をする気だ…。」
「なっ。急になんでしょうか?」
「そうと決まればこんな寒い所にいる事はないわ!温かいお店の中に移動しましょ。」
困惑しながらも仕方なさそうに受け入れる三人。
エリカさんはみんなを蛇体でしっかりと包み込むと店の中に引っ張っていく。
でも、なんだろう。みんな妙に楽しそうだ。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど私はエリカ。あなた達は名前なんて言うの?いつまでもアマゾネスちゃん。とか言い続けるのも変でしょ。」
「ああ…。私はアマゾネスのリーナだ。」
「申し遅れました。わたしは日下文乃という者です。よろしくお願いします。」
「みんなこちらこそよろしくね〜。文乃ちゃんもこの二人にアドバイスしてあげなさい。旦那持ちという事ではあなたが先輩なんだから…。」
「うむ。確かにそなたに一日の長があるな。助言よろしく頼む。」
「そ、そんな。わたしなんか…」
「何も卑下することはない。逃げた男を捕まえに行くとは、あんたなかなかやるじゃないか。」
よかった。みんなすっかり気を許したようで和気あいあいとしている。
互いに刃を突き付けあうようだった刺々しい雰囲気が嘘のようだ。
なんかすごく都合がいい展開だけど。まあ終わりよければすべてよし。だ。
「どうなる事かと思ったけどほっとしたわ。」
「はぁ…。本当ですねえ〜。」
エステルとマリ姉も気が抜けたような表情をしている。
そんなとき、店に入ろうとしていたエリカさんが声をかけてきた。
「みんな悪かったわね。助かったわ!それと、私がこんなこと言うのなんだけど、お店の中にいる子達、相手したほうがいいんじゃない?」
申し訳ない。と言いたそうな表情でエリカさんは指で店の中を指した。
「「「ああっ!」」」
店内を見た私とマリ姉とエステルは同時に声を上げた。
そう。エリカさんの声の魔力の影響を受けて店の中に入っていった子達。
私たちはその子達の事をすっかり忘れていた。
みんな恍惚とした様子でパートナーとセックスしているか、
相手がいない子はテーブルに突っ伏して眠ってしまっている。
店の中はすっかりめちゃくちゃだ…
「しまった忘れてたあ!エステル。魅了されている子はすぐに目を覚ましてあげて。マリ姉と私は店の中の片づけと掃除。みんなお願い!」
「わかったわ。任せて頂戴。」
「はい〜。すぐにやりましょう。」
私が大声を上げるとマリ姉もエステルも真顔になってうなずいた。
こうしている間にも店には次々とお客さんがやってきた。
やれやれ。一難去ってまた一難。今日は忙しくなりそう…。
夢中になって店内を片付けながらも、さっきのエリカさんの言葉が頭から離れなかった。
私が日ごろイラついたり憂鬱なのも、結局は相方を見つけていないせいなのかな、と。
レジーナやアマゾネスのリーナを、私が高みに立って色々言う資格は無いんだ。
17/01/10 21:04更新 / 近藤無内
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