第一章 上・思わぬ弔問客
葬儀の支度には時間が掛かる。特にそれが王族であれば猶の事。オズワルドは適度に手を抜いて葬儀の支度にとりかかり、リチャードはその裏で着々と、喪が明ける頃の支度を整えて行った、そんな中の事、侍女がオズワルドに来客を告げた。
「オズワルド様、司教様がお見えです」
「来たか、案外早かったじゃねェか」
時間稼ぎもここまでか、とオズワルドが執務室に戻ると、ふと、どこかで見たような顔だ、と思った。
「塞王の突然の不幸、深くお悼みしております」
「えらく早かったな、もう少し遅くても良かったンだがな――セルバンテス、ここで遭うとは俺もヤキが回ったか?」
「ええ、それはもう――お久しぶりですね、オズワルド君」
この、壮年の、古傷の目立つ司教の名はセルバンテス、司教と言う高位の身でありながら、その思想は極めて異端に近い。
――魔物達こそ真に救うべき存在ではないかね?
この一言に、彼の思想は集約されている。何故彼がその様な思想を持つに至ったかは語ろうとはしないが、当然教団内では危険視されている。
「ま、能書きは良いからとっとと訳を話せよ。どうせ碌でもねェ理由なんだろ?」
「ええ、平たく言えば、塞国王陛下と、オズワルド君、貴方の監視です――ですが恐らくこれも、建前でしょう」
監視役、と言う体の良い厄介払いだ、とセルバンテスは自嘲気味に言った。恐らく教団上層部は、何かにかこつけてこの奇妙な、いや狂気じみた信仰を持つ司教を抹殺するつもりだ、とオズワルドは思った。
「まあ、手前の考えは危険視されるわな、これまで殺されなかったのは勇者の選定眼、か」
そんな彼が今まで異端者として火刑の憂き目に合わなかったのは、その正確無比な選定眼にある。彼が中央に居る間に輩出した勇者の数は47人。そして、1人。この1人は言わずもがな、オズワルドである。生憎彼は勇者となる事を選ばなかったが。
そんな有能極まりないが狂気を孕んだ司教を殺す、その意味がオズワルドには理解出来た。いや、出来てしまった。
「まあ、異端まっしぐらな思想を持つようなのは手元に置きたくはないし、功績を考えれば焼くのも都合が悪ィ、ならここに送り込んで、不手際があれば体裁よく抹殺出来る、って訳だな。丁度父王が逝去と送り込む理由もあれば、ここは対魔物軍戦の前線で、粗ァ探して殺す場所としても適当。全く以て八方塞がりだな」
必要が無くなったからだ。確かに48人もの勇者を見出したのは何物にも代えがたい功績だ。だが、この狂気じみた司教の下で勇者を育成にするにはリスクがある、と教団ではみなされている。簡単に言えば、そう言った異端的な思想から勇者の堕落を招きやすい、と言う教団からすれば至極もっともな危惧である。オズワルド自身は、当時から敵の事を正しく知るのは基本なんだがなァと周囲に話していたが、こう言った思想は受け入れがたい事だろう。理解している勇者も少なかった。
「大方その通りでしょう。と、折角ですので、現状を確認しましょうか」
「あァ、そうしてくれ。折角中央から来てくれたンだからな。聞かねェ事には話が進まん」
では、とセルバンテスは一枚の地図を広げる。オズワルドがリチャードとの会議に使うものとほぼ同じだが、紙の質も、インクの質も良い。流石は教団だな、この国とはまるで地力が違う。とオズワルドは思った。
「まず、休戦の理由だ。あの教団軍が魔物軍と休戦を持ちかける何ざ異常だ。それなりに予想は付くが、こう言った情報は関係者から直接聞いた方が良い」
「ええ、気になるのも当然です。休戦の建前は“丁度良い時期であるから”ですよ。丁度父王が流行り病で逝去し、民衆の士気が消沈している。これに戦闘を強要すれば、反感こそ覚えても、好意を抱く者はいないでしょう」
当然の事だ。とオズワルドは思った。一応軍団を率いている身でもオズワルドは、地盤固めの重要性はしっかり把握している。例え勝利を重ねても、足元がお留守ならそこを突かれる。いや、誰だってそこを突こうと考える。士気に関してはリチャードも口には出さないが相当堪えている。オズワルドが察するに教団側はアーサー王子出奔の情報はまだ入手していないようだが、それも時間の問題だ。オズワルドはセルバンテスに話を続けさせた。
「二つ目ですが、これは二正面作戦をしたくないから、ですね。理由は勿論お判りでしょう」
オズワルドはドラゴンティースの連中だな、と返事をした。
「ええ、そうです。その他にも複数のドラゴンが点在しており、これを相手にしながら魔物軍と戦うのは困難です。つまり、現状魔物軍と接点のないドラゴンティースを叩いてから、本命である魔物軍との正面衝突に取り掛かる、つもりです」
「だがそれには問題がある。余り叩き過ぎると魔物軍に逃げ込みかねん、という事だな。その結果魔物軍がドラゴンティースしか知らん様な小道を通って攻め込んで来る――はっきり言って最悪のシナリオだな。逆に言えばこのシナリオを通らせればこの国を軍事拠点として接収できる」
「そうです――ドラゴンティースの思考が判っている、様な口振りですが」
「まァな。あれの考え方位は判り切っている。あれはプライドは高いがそのプライドと部族の存続を天秤にかけられる奴だ、下手に追い込めば魔物軍を強化する事になる。結局ドラゴンティースとは何時も通り俺が戦う事になりそうだな。新入り共に場数は踏ませたいが存亡が懸かっている以上他の連中には任せられん――いや、ダメか、対ドラゴンティース戦はリッチに指揮させなければならねェ。で、ここまでは教団側が休戦したい理由だな。他にもあるだろうがそれは概ね予想が付いている。となると魔物軍が受けた理由だ。流石にこちらの情報は判らん」
「簡単な事ですよ。一つは時間稼ぎです――嘘か真か、魔物軍はリリム、デーモンを始めとする高位の魔物を複数、最低でも4、5人投入する事に決めた様です。逃げ帰って来た兵がその様な事を話しているのを聞いた様です」
「どうやって聞いたのか――まあ聞かせるつもりだったんだろうが、全く最悪じゃねェか」
オズワルドは頭を抱えた。どちらも魔物の中では最強クラスの種族だ。これを追加投入する辺り、本腰を入れて塞国を征服するつもりの様だ。
「二つ目は、悪感情の増加を避けたい、という事です、現在力押しした結果制圧に成功したとしても、民衆が悪感情を抱けばそれだけ慰撫に時間や労力がかかります。また、丁度休戦の持ちかけによって、この高位の魔物の投入の時間稼ぎを行わずに済むようになり、他に手を回せる、と言う利点もあります」
渡りに船、という事か、とオズワルドが納得し、教団もそれに対応するための戦力を用意するだろう、と考えて、セルバンテスにそれを言うと、
「雷霆の勇者こと、エマニュエルです」
「誰だソイツ、せめてパーシヴァル寄越せよ」
オズワルドの知らない名前が返って来た。セルバンテスの教え子を出さない、と言うのは良く考えれば当然だろうが、それでも失望はある。どこぞの馬の骨よりも、力量や人柄を知っている人間を派遣してくれた方が気が楽である。だが我が儘を言えるような立場ではないのは十二分に理解している。
「私にも判りません。辛うじて判っているのは強力な雷光の魔術を操る事と、ヴァルキリーから強力な加護を得ている事です」
「……手前が情報を知らねェって事は、中央、それも教皇辺りの虎の子か。まァ誰にせよ、戦力に関しては不足はないって事か。しかしよりによって教育者がヴァルキリーか。厄介だな」
「そういう事です。ただ、余り良くない噂も聞きますからね、出来る限りは塞国の人材でやった方が良いでしょう」
聞けば聞く程八方塞がりな状況に、オズワルドはため息を吐く。
「先ずは、葬儀からだ。頼むぜ司教さんよォ」
「ええ、それはもう厳かにしましょう。悪巧みをするなら目を引くくらいオーバーにやった方が良いでしょう」
――――――――――
こうして、国の規模に似つかわしくないほどに厳かな葬儀は取り仕切られた。その中に、アーサー王子の姿が無かったことは少なからず民衆に動揺を生んだが、誰かが、
――父王陛下への敬愛の余り、病を得てしまったのだ。
と、噂した為、程なくその動揺は途切れた、いや、途切れてしまった。理由は簡単である。オズワルドと言う護国の要が居る以上、この国に敗北は有り得ない。例え彼が居なくともアズライトドラゴンが居ればこの国は安泰である、と言うひどく楽観的な見通しがあったのだ。
そして、その民衆を苦々しく見渡す男と、厳しい顔つきでその葬列を眺める男は、霊廟でため息を吐いた。
「こういうのは、余りよろしくねェんだがなァ……。そもそも俺はオヤジに忠誠を誓った訳じゃねェんだがな」
「民衆の期待は当然の事でしょう、兄王子は病を得て臥せっており、弟王子は王子では無く、さながら貴方の弟の様に捉えられています。となると自然に貴方に人望は集まります。早めに弟君の王権を確立しなければ教団に接収されるでしょう」
「どっちにしろ、最初にやる事は決まっているがな。まずはドラゴンティース対策部隊の養成だ。現状の様な俺の言う事だけを聞く状態を次第に変えていけばいい。夏までは時間があるからな」
15/10/06 21:38更新 / Ta2
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