連載小説
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第一章 中・初陣

 葬儀から数日の事、会議室に三人の男が居た。

「つう訳で、だ。新規兵力としてドラゴンティース対策部隊の編成を提案する」

「いつも思うんだけど、僕に対して厳しすぎはしないかなオズワルド。一応何故、かは理解できるけど、部隊だってオズワルドの物があるし、今から編成するには早いと僕は思うよ」

 今は春の中頃、確かに真夏に活発になるドラゴンティースに対する備えとしては早いかもしれない。だがオズワルドの見解はこうだった。

「確かに夏には早い。だがよォ、今の内にリッチの力量を最低限兵士に見せとかねェと俺が王位を奪い取っちまうぜ? そもそも今言っているのは新規兵力であって、既存兵力の編集じゃねェ」

 そう言われて、リチャードは言葉に詰まった。兄程の智謀も無ければ統率力も無い、かといって竜殺しと謳われるほどの、絶対的な強さで兵に慕われるオズワルドの様なカリスマも無い。それがカリスマかどうかはさておき。

「冗談は兎も角だ。兄王子が寝込んでいる内にさっさと地盤を固めた方が良い。と言うかそうしないと近い内に暴動でも起きかねん」

「……セルバンテス、君の考えを教えて欲しい」

「オズワルド君の意見に賛成ですよ。ただし、ドラゴンティース対策部隊、とするのには反対です」

「あぁ?」

「考えても見て下さい。ドラゴンティース族はワイバーンと人騎一体となった戦術を得意とする部族です。となると此方でも対空戦力を整えるか、ワイバーンを飼うかしなければならないでしょう。しかし、前者に関しては人材不足です、私が国中を見て回ったところ、十分な魔術の才覚を持つものは殆どいませんでした、となると武器ですが……」

「下手に武装を強化すると目を付けられるな。無い分には文句のつけようがないが、ある分には文句のつけようがある」

「では後者ですが、これだけ険しい山脈に国を構えていながらワイバーンを飼い慣らす為のノウハウを持っている国はありません。いえ、あったとしても他国を強くするような事をするでしょうか? 私ならばしません。もしよろしければ殿下の知恵をお借りしたいのですが」

 当然だ、仮に魔物軍を追い返すことに成功すれば次にあるのは人間同士の戦争だ。人間の最後の敵は何時も人間。オズワルドもその見解に頷いた。

「そうかもしれないけど……この際思い切ってドラゴンティース族を取り込むのはどうだろうか」

「反対だ。次にその案を口にしたらアバラの二、三本と言わず背骨ごとへし折ってやる」

 意外な事に、ドラゴンティース族対策でいつも頭を悩ませている筈のオズワルドが、リチャードの提案に怒りを滲ませて反対する。

「何故? アマリエも、オズワルドの事を……」

「それは彼女等に対する侮辱だ。彼女が好きか嫌いかで言えば、人として好意は抱いている。だが俺はこの国に骨を埋める事を、彼女は部族の長として誇りを抱いている。それを否定する事は将来に対する禍根を生み出しかねない。たとえ個人の好悪があり、それを前提としても、だ」

「だけど、ドラゴンティース対策部隊を編成するのは賛成するんだ」

「それとこれとは別だ。俺が言っているのはあくまで襲撃に対する対応策で、お前が言っているのは最早侵略だ。教団のやり方と何も変わらん。違うのは取り込むか、殲滅するかの違いだけだ。彼女らがそうしたい、と言うのであれば受け入れるが、な」

「じゃあどうしろと」

 リチャードが、オズワルドに何をすればいいんだ、と抗議する。それに対してオズワルドはこう言った。

「今やっているように兵士や武器に関する会話を他の将校にもやれって事だ。そして、出来れば戦場に顔を出し、指揮は現場に任せても構わねェから態度を示してくれって言っているンだよ。まァなんだ、戦場に赴く兵を激励してやってくれって言っているンだよ」

 確かにこの国の武力の頂点に立つのは名実ともにオズワルドだ、だからと言って思考停止してオズワルドに武力を一任する事は、オズワルドだけに人望が集まり、本来集めなければならないリチャードに対する人望の流れを停止させる。

 そうした結果生み出されるのは文官と武官の対立だ。いや、今の状況であれば、文官の人望すらもオズワルドに流れかねない。その流れを良しとしない二人の最初の仕事は、人望を僅かずつで良いから、リチャードに集めさせることである。

「ええ、最初からドラゴンティース族を相手にしろ、とは私も言いませんから、先ずは激励等で兵士の人望を得て、その上で地道に武勲を重ねていきましょう。最初はみっともなくとも、君主がそう言った、有事に際して戦場に立つと言う姿勢を見せれば軽んじられる事も減りますから」

「それはそうだ。だけど、僕はオズワルドや、将軍達のように武勇に優れている訳じゃない」

「リッチにそこまで期待してねェから。兵士たちが頑張っている後ろで馬にでも乗って応援してりゃあいい」

「指揮をしろ、とは言わないのか」

「現場を知っている将校に教えを請え。俺はそう言ったのは出来ねェからな」

「確かにオズワルドには無理だね。オズワルドに任せたら殲滅戦にしかならないし」

 良く判っているじゃないか。と、笑いながらオズワルドが地図を広げる。そこに、幾つかの×印が付けられていた。リチャードが何の地図か、と思案していると、オズワルドがにやにやと底意地の悪い笑みを崩さない。

――わざわざオズワルドが出したって事は、これはオズワルド関連の事か。じゃあなんだ。

――オズワルド関連、と言えば、ドラゴンかドラゴンティース。ドラゴンティースの集落の位置じゃない。

――ドラゴンの巣穴を、利用しようとしている集団が居るのか。

「ご名答だ」

 リチャードの表情を読み取って、ふっと、オズワルドが柔らかい笑みを浮かべる。この表情が、今のリチャードには苦手だった。思い返せば初めて会った時から、オズワルドから弟の様な感覚で接されていた様な気がする。昔はその感覚が好きだった。

「そうだ、俺が6年前に埋めたドラゴンの巣穴の近辺で、リザードマンの群れが観測された。リザードマンが住み着くのは別に構わん、だが――」
「――現状魔物軍と向かい合っていなければ、と言う条件が付くがな」

 オズワルドの柔らかかった表情が、再び厳しいものに変わる。リチャードの兄貴分の表情では無く、護国の要としての表情だ。今のリチャードは、この厳しい顔が好きだった。父王と共に国を護って来た最高の武人と一緒に国の将来を考える事が出来るのだから。

「という訳で、だ。最初の王様としての仕事はリザードマンの討伐だ。何も殲滅しろとは言わん。追い出すだけで良い」

「追い出すだけって、何処に」

「リッチ、それはお前が考えるンだよ。俺は手を貸さねェし、意見も出さねェ。俺の直属を付けるから離反に関しては問題ねェが、実際にどうするか、は手前に一任される。だがこの国の状況は厳しい事だけは覚えておけ、考えなしに情けを出せば共倒れだ、という事は教えておく。殲滅しても俺は何も言わんし、別な所に住処を誘導しても文句は言わん。だが、突きつけられた選択肢の内から選ぶ、選ばざるを得ないことに今の内から慣れておけ。どうにもならん場面で、デモデモダッテじゃ国王は務まらん。どっちかを斬り捨てる覚悟は、しておけ」

「判った。準備ができ次第行こうと思う。だけど、その前に準備はしておきたい」

「ああ、そうしろ。だが長引けばそれだけリザードマンたちは定住の準備を整える。どこから来たのかは知らんが、時間を掛ければかける程対処はしにくくなることは覚えておけよ」

「判っている」


 ―――――――――――


 これが早いかどうかは、リチャードには判らなかったが、出来るだけ早く準備はしたつもりだ、とリチャードはあれから3日で、オズワルドの兵士を率いて例の巣穴の一つに出かける事にした。整然と追随する様は流石に彼の旗下の兵士だ。良く訓練されている。リチャードには持ち合わせた威厳や積み重ねた武勲と言ったものが殆どないにもかかわらず、よくよく彼の命令に従っている。そしてリチャードにとって嬉しかったのは、不必要に敬意を払う、つまり敬遠する様子が無かったことである。

「殿下。前方にハーピーの群れが見えます」

 斥候が跪き、リチャードに意見を求める。恐らくこの言い方は、オズワルドから試す様に指示されているのだろう。とリチャードは察して、この言葉の意味を考えた。

――ハーピー族が単独で行動するのはあり得なくもない。だけど今の言葉だけでは規模も動向も不明。

――と、すると、僕がここでするべきことは……。

 馬に乗ったまま、リチャードが斥候に告げる。

「ここは物陰になるか?」

「はっ。周囲は高くはありませんが、複雑に壁で覆われ、地図には記載されていない潜伏用の洞窟も幾つか点在しております。キャンプにはうってつけの場所です」

「善し、一旦進軍停止、ハーピーの動向に気を配り、近場の脅威に備えよ」

「ははっ」

 斥候が満足げに会釈し、再び任務に戻る。どうやらリチャードの回答は及第点だった様だ。そう言えばリチャードはオズワルドの進軍の仕方を聞いたことが無かった事を思い出した。

――オズは大体一人で何でも出来るからなあ。

 と、ばかりリチャードは思っていたのだがこうしてテキパキとキャンプを設営する様を見ると、中々どうして訓練されている。手の空いた兵がリチャードに指示される事も無く魔物の襲撃に気を配り、怠ける事が無い。

――もしかすると、猪突猛進型、と言うのは僕の勝手な思い込みだったのかもしれない。

 よくよく考えるとドラゴンティース族に対して毎年のように頭を悩ませていたのだ。台本を渡されないと行動できないと本人はリチャードに言ったが、

――逆に言えば、役目を与えておけば、しっかり考えて行動できる。

 要は遊ばせておくな、という事だ。人材の少ないこの国では、絶えず指示を出し続け、そして頼りに出来そうな人材を探し続けなければならない。その様な事を馬上で考えていると、斥候が跪いていた。リチャードは形式だけの武張った態度でその結果を求めた。

「近辺でリザードマンの群れと交戦があった模様」

「……? 誰とだ?」

「遠目からハーピーの群れを見ましたが、持ち去ろうとした武器が教団の物ではありませんでした。勿論我々の物でもありませんでした」

「勿体ぶらないでくれ」

「――王室直属兵の武器です。恐らくですが、アーサー王子の手の者によるリザードマンへの攻撃があったと思われます」
15/10/07 20:48更新 / Ta2
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■作者メッセージ
 今回はまずリチャードに経験値を与える事と、オズワルドの魔物娘に対するスタンスを中心に書いています。
 オズワルドはアマリエに対し個人的な好意は持っている。けれどもお互いにくっつくか、と言われたらお互いにノーです。オズワルドは国に骨を埋め、アマリエは部族の長として先祖伝来のこの地を離れる訳には行かない。だから二人の間には好意的な訣別しかありえません。
 世界が違ったのならば、と言うのはIfの話です。こう言った“好意はあるが、あるが故に決して交わらない”と言う話は今後も何度か出る予定です。

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