回想〜狂乱・孤立〜
サラが衰弱状態から回復して3日後。俺は冒険者ギルドまで来て受けるべきクエストの吟味をしていたのだが……。
「……何だよ。」
「言おう言おうとは思っていて言いそびれていたんだが……何だ、その不良みたいな格好と言葉遣いは。」
ジト目でサラが俺の格好を眺め回している。
まぁつい数日前は『一山いくらの冒険者』的な格好をしていたのに、ほんの少し見ない間にガラリと格好も言葉遣いも変わっていたのだ。驚かないほうが変だ。
「言い寄ってくる魔物を追い散らすべく研究していたらこうなりました〜。何か文句は?」
「……いや、無い。お前なりに苦労しているのは分かった。」
どこか諦めたようにため息を着くと彼女もボードへと向き直った。
探すのは異変の調査のような依頼だ。追っている物が物だけに関係のなさそうな物ばかり受けていては一向に進まない。
「行方不明の冒険者の調査……ありきたりな気がする……が。」
「いや、間違いなくこれだ。」
ギルドからの依頼で、失踪した冒険者の捜索という物があった。
冒険者が行方不明になるというのはよくある話だ。
男であれば魔物に捕まっている可能性が高いし、職業柄別の事で命を落すことも少なくない。
しかし……
「行方不明になっている奴は全員魔物……ね。きな臭い事この上ねぇな。」
「だろう。クエストに出発した方面が全て同じ……しかも極近い場所へ行っているとすると……。」
クエストボードの隣、この周辺一帯の地図をなぞって行方不明になっている奴らの足取りをなぞると……
「大体ここから北東方面に集中している。たしかこの方面には……よく旅人が一夜を明かすための廃屋があったはずだ。」
奇しくもそこは、俺が捨てられていた場所とほぼ同じだった。
嫌な胸騒ぎが収まらない。
「……行くぞ。嫌な予感がする。」
「あ、こら待て!まずは受注を……あぁ、全く!」
面倒な受注はサラに任せ、俺は東門へと向かう。
途中で追いついたサラと一緒に馬を借りると、以前俺が捨てられていた場所へと赴いた。
読みは外れではなかった。尤も……外れたほうがいい事もあるのだが……。
〜廃屋〜
遠方から見えてくる廃屋。かつて捨てられた俺が雨宿りをするために留まった家だ。
そして……最初の犠牲者を出した場所でもある。ギリリと、胃が痛くなってきた。
「おい、大丈夫か?」
「は……この程度で音を上げてられるか。」
そう、弱い自分はもう既に切り捨てた。この程度のトラウマ、鼻で笑い飛ばせる程度でなくては。
そして、近づいてくる廃屋にかつては無い違和感を覚える。
「何だ……あれは……」
「……」
そう、それは自分にとっては苦い思い出の中心にあったもの。
そして、俺はあれが何かを知っている。
「墓……か?」
「……あぁ。間違いないな。」
仮説が確信に変わりつつある。恐らくこの廃屋の中にいるのは……
木が軋む音と共に廃屋のドアを開く。中から高い声で息を呑む音がした。
そして、廃屋の中にいたのは……
「よう、こんにちは、だな。過去の亡霊君よ。」
「え……お姉さんじゃ……無い?誰……」
俺と髪の色、顔つきがそっくりな少年だった。
ただし、全体的にやせ細ってやつれている。
「どうした、誰かいたの……う……っ!」
俺の後から入ってきたサラが息を詰まらせる。
おかしい……別に腐敗臭がするとか異臭がするとか言うわけではない。
そして、彼女の顔がどんどん紅潮していく。
「……おい、サラ?」
「はぁ……はぁ……あぁ……ぁぁぁぁあ……」
フラフラと少年に歩み寄っていくサラ。様子がおかしい。
「おい、何をしている。」
肩に置いた手に構うこと無く彼に近づいていくサラ。これは本格的に異常だ。
「そ、その人を止めて下さい!」
怯えた様子で部屋の隅まで逃げる少年。
彼が俺と同じような存在だとしたら……
「こういう『人じゃない』お姉さん達が僕とその……すると……」
「分かっている。言わなくていい。」
それにしたって俺にはこんなに強く魔物を引き付ける力はない。
いったい何が……
「おい、サラ!いい加減目を覚ませ!」
「男の子……可愛い……クロアぁ……」
完全に飛んでしまっている。というか、彼女にはこの少年が俺に見えるらしい。
まぁ、確かに過去の俺に瓜二つではあるが。
「ったく……いいかげんに……」
素早く彼女の懐に潜り込み……
「しやがれ!この色ボケトカゲがぁ!」
強烈なボディブローを叩きこむ。無論グレイプル込みなので手加減はしているが、少なくとも暫く立ち上がれない程のダメージは負うはずだ。
「一体どうなっている。彼女は見境なしに欲情するほど股が緩くは無かったはずだ。」
「えと……どうも『人じゃない』お姉さん達は……僕の匂いで興奮して襲ってくるみたいで……。」
要するにフェロモンみたいな物を常時飛ばしているということか。
「外の墓は……」
「……はい、ここに居付くようになってから訪ねてきた彼女達の……亡骸です。」
どうやら俺と違いここからすぐさま離れるという考えには至らなかったようだ。
俺よりも調整は進んでいるのかもしれない。
「あの……こんなお願いするのもあれなんですけれど……。」
「殺して欲しい、か?」
俺の言葉に彼がビクリと肩を竦ませる。
恐る恐る俺の顔を見上げてくる少年。その顔には何故わかったのかといった驚愕が張り付いていた。
「何、俺もお前と同じだったというだけだ。襲われて、死なせて、死にたくなった。誰も……俺を殺そうとはしなかったがな。」
今ならば、アレクさんの気持ちが何となくだがわかるような気がする。
自分から死にたいと言い出す奴を見るのがこんなにも辛いとは。
「殺して……くれますか?」
「…………」
何故、俺は黙ってしまったのだろう。
彼の気持ちは痛いほどに分かる。かつては俺も同じ事で悩んだ。
結局、俺はいろんな人の好意に甘えてのうのうと生き延びている。俺のせいで何人も死んでいるというにも関わらずだ。
「そうだ……生き延びて何になる……何で……生きているんだ……?」
「あの……」
アレクさんの遺志を継ぐとか、自分が造られた場所を突き止めるとか……そういうものにしがみついているだけで自分自身が生きる理由というのを持ち合わせていない。
そんな俺が……生きていていいのか……?
「ぅ……ぁ……」
「ひっ……!」
少し離れた所でサラがムクリと起き上がる。
その瞳は何かに取り憑かれたように何も映していない。
「大丈夫だぞ……クロアぁ……何も怖がることなんて……無いからな……?」
ゆらりゆらりとこちらへ近づいてくる。それを見て決然とした表情で俺を見上げてくる少年。
「殺して下さい。」
ゆらぎも、ためらいも無かった。
かつての俺のように心まで弱い個体では無いようだ。
「僕が生きている事でもっと多くの人が死ぬなら……僕の命なんて要らない。僕を殺す事で……多くの人の命を救って下さい。」
「……」
眩しかった。
かつては持ち合わせていなかった強さを、こいつは持っていたのだ。
それが酷く羨ましかった。
「お前、名は?」
「ありません。11号とは呼ばれていました。」
彼が付けられていたのは、番号。
つまり彼と同じ……いや、俺と同じような物が既に10体は造られているという事になる。
「逝くのに名無しでは辛いだろう。せめて名を持っていけ。」
「名前……ですか。」
まるでそれが、自分にはまず手の届かなかったものだとでも言うように、自分の胸に手を当てている。
かつて、俺も名前という物を持ち合わせていなかった。
今度は、俺が与えてやる番だ。
「クロウ、でどうだ。俺の名から取った物だ。そして……お前は俺の弟に当たる。」
背中のヴァーダントを抜き放ち、彼から少し距離を取る。
「クロウ……ですか。なんだかくすぐったいですね、名前というものは。それに……今ようやく生まれたという気がします。」
清々しそうな表情で俺を見つめるクロウ。これから殺される相手に向けるべき表情ではない。
「済まないな……お前にできることがこの程度の事しか無くて……。」
「いえ、もう十分です。今まで道具として使われてきた僕が貴方に……いえ、兄さんに人として扱ってもらえた。これほどまでに嬉しい事はありませんよ。」
ヴァーダントの鋒をクロウに向ける。彼は両手を広げ、まるで受け入れるかのように体を開いた。
「……お願いします。」
「あぁ……誕生日……おめでとう。そして、さようならだ。」
鋭く床を蹴り、クロウの胸へとヴァーダントを突き立てる。
鋒は胸骨を砕き、心臓を突き抜け、背骨を砕いて貫通し、ようやく止まった。
即死だったのだろう。彼の体から一気に力が抜け、床に膝をつく。
肩に手を当てて剣を引き抜くと大量の生温かい血が吹き出し、俺の体を染め上げた。
「ぁ……そんな……クロア……くろあ!」
亡骸に駆け寄ろうとするサラを掴んでそれ以上近づけないようにする。
何が出ているか分からない。もしかしたら、死亡して緩んだ体から精液がこぼれ落ちないとも限らないのだ。
「いやだ!クロア!そんな、なんで……なんでぇ!」
「目ぇ覚ませ!そいつは俺じゃねぇ!」
胸ぐらを掴んで近くの柱へとぶつけるように押し付ける。
どうやら昔の俺の姿とフェロモンによる錯乱で彼が本当に俺だと錯覚しているようだ。
「あんたはそんな奴じゃ無かった筈だ!憎んでいたんだろう!?恨んでいたんだろう!?アレクさんが死んだのは俺のせいだ!そんな俺に対して何やってんだよ!俺はあんたの恋人なんかじゃない!仇だ!」
それでも彼女はクロウの亡骸に手を伸ばしている。
その瞳に、正気の光はない。
「この……わからず屋がぁ!」
安普請の壁をブチ抜いて彼女を外へと放り投げる。
自分自身もその穴へと飛び込み、外へと身を躍らせた。
外は大雨。皮肉にもあの最初に犠牲になったサキュバスの時と同じような状況。
そして恐らく、今回の犠牲者は目の前にいる正気を失ってしまったリザードマン……サラ。
これ以上……大切な人を失ってなるものか。
そして気づく。自分が生きている理由を。本当に……本当に単純な話だったのだ。
「これ以上……これ以上俺達の為に大切な誰かを死なせるなんて……させてたまるものか!」
今もどこか知らない場所で、俺と同じ存在が生産され続けている。
それを突き止めて潰さない限りは犠牲者が増え続けるだろう。そんな事を……させはしない。
誰かに任されたから、託されたからするのではない。自分の意志で止めてみせる!
「オマエカ……オマエガ……クロアヲォォォォオオオオオオ!」
「悪いが今回ばかりは師匠に負けるわけにはいかない!絶対に止めさせてもらう!」
再び彼女へとヴァーダントを構える。
そして彼女が引き抜いたのはいつも使う双剣ではない。
背中に背負う、蒼と紅の双剣。本気を出す時にだけ使う炎と風の魔剣『アグニ&ルドラ』だ。
「ヨクモォォォオオオオ!」
「来いよわからず屋!その腑抜けた性根、叩き直してやる!」
鋭く肉薄してきた彼女にサイドステップを使って側面に回りこみ、すれ違いざまに横薙ぎを叩きつける。双剣を使って受け流されるが、受け流しきれるような重量の剣ではないのだ。こちらも着地時に泥で足を取られてバランスを若干崩したが、彼女はそれ以上にバランスを崩している。
「踊れ!」
全身に力を溜め、タイミングを見計らって攻撃を仕掛ける。
自分の背後まで溜めた切り上げからの逆袈裟斬り、辛くも防がれるが、さらにバランスを崩す。
「塵は塵に……!」
ダメ押しに身体強化を使い、左から右へと薙ぎ払う。今度はクリーンヒット。
続けて袈裟斬りへと移行し、さらに追い打ちをかける。
「灰は灰に……!」
さらに全力で切り上げ、彼女を天高くへと打ち上げる。やはり防御はされたが、この状態では無防備だ。
ヴァーダントを両手で大上段に構え、その時を待つ。
「くたばれ!」
落ちてきた彼女が間合いに入った瞬間に渾身の力を込めて打ち下ろす。
インパクトの瞬間に双剣で防がれたが、それでも上からダメージは与えられている筈だ。
彼女が地面に叩きつけられ、泥しぶきと共に遠くまで吹き飛ばされる。
「はぁ……はぁ……ちったぁ……目ェ覚めたかよ……」
「ウ……が……ぁ……」
彼女は泥と血に塗れてもまだ立ち上がり、こちらへ敵対の意思を示す。
流石と言うか……タフだ。
「ユルサン……ヨクモ……」
彼女が手にした双剣を重ね、火花を散らすように擦り抜いた。
すると、彼女の周囲の空気が一瞬にして陽炎に包まれた。
彼女の周りの地面が乾き、凍り、溶けて、めまぐるしく変化していく。
「キサマダケハ……ゼッタイニ……!」
「ッハ……こいつは……いただけねぇなぁ……」
まるで立っているだけで死んでしまいそうなほどの殺気。それが形を持って襲いかかってくるかのように冷気と熱気がこちらへと吹き寄せてくる。
彼女の鬼神の如き気迫の前に立たされた者は誰だってこう言うだろう。
──勝てる気がしない、と──
「死───」
彼女の口が動いたのは見えた。
最初の声だけは聞こえた。
しかし、そこからが何も見えない、聞こえない。
気がつけば体中を滅茶苦茶に切り裂かれて泥の中に倒れていた。
サラがこちらへゆっくりと歩み寄り、止めを刺すべく真上で双剣の片方を振り上げる。
「………………───」
全身が異常に寒く、熱い。
何か言葉を発そうとしても何も出ない。
「(俺は……このままここで殺されるのか?何も守れないまま……これから死に行く命を助けられないまま……。)」
全てがスローモーションに映る。
彼女の剣の切先がだんだんと俺の喉目掛けて降りてくる。
死にたくない。こんな所で死ねない。しかし、その切先は無情にも迫ってくる。
「(アレク……さん……)」
もはや打つ手はない。諦念と絶望に目を閉じ、その時を待った。
しかし、いつまで経っても何も起こらない。
喉に突き刺さるであろう剣の感触も、焼けるような熱い痛みも、命がこぼれ落ちて行くような寒々しさも無い。
恐る恐る目を開けると、覗き込んでいたのは彼女の瞳。
その目には、待ちわびていた理性の光が戻っていた。
降りしきる雨に濡れそぼっており、それがただの雨粒なのか涙なのかもわからない。
ただ、彼女の声は聞こえてきた。
「くろ……あ……」
「……ったく……手間ぁ……かけさせやが……って……」
目の前が真っ暗に染まっていく。意識が侵食され、音も聞こえなくなっていった。しかし、不思議と恐怖は無かった。
「……い、クロ……!……かり……!い……!死……」
もし、死ぬとしても……彼女が看取ってくれる。ならば、何も怖がることはない。
あぁ……体……なくなって……
〜???〜
『……ここは……?』
暗闇。
周囲に知覚できる物体はなく、限りないほどの黒が広がっている。
ここが地獄にしろ天国にしろ……殺風景な場所だ。
『ん……?何だ?』
自分の上(と言ってもどちらが天でどちらが地なのかがわからないので、便宜上頭のほうを上と考える)から青白い光が差してきた。
見上げてみると、淡く光る何かが俺の所へと降りてくる。
その光はまるで生きているように揺らめき、萎んだり膨らんだりしている。
俺の目線の高さまで降りてくると、ピタリと動きが止まった。
『何だ……これは……』
好奇心に負けて手を伸ばし、触れてみる。
ほのかに暖かく、まるで脈動しているような感覚を覚える。
その光が急に動き出し、俺の胸の中へと吸い込まれていった。
慌てて入られた所を摩るが、特に変わった所はない。
『訳がわからん……』
程なくして辺りが急に明るくなり始めた。
急激に意識が覚醒していくのが自覚できる。まぶしすぎて目が開けられなくなった時、意識が完全に覚醒した。
〜交易都市モイライ キサラギ医院〜
「……っ……ここは……」
目を開けると薄暗い部屋の中だった。
体には清潔なシーツがかかっており、背中側には柔らかい感触。上を向いて寝ているのだから、恐らくはベッドだろう。
どうやら俺は死なずに済んだらしい。シーツをどけてみると、あちこちに傷が開くのを止めるための粘着布が貼ってあった。傷自体は大したことがなさそうだが……布と布の間から見える皮膚が焼け爛れたり凍傷の跡があったりとひどい事になっていた。
「我ながら酷い有様だな……」
油断は無かった。完全に身構えていたにも関わらず、サラの斬撃に反応することすらできなかった……。まだまだ未熟だ。
「……ん?」
ベッドの隣の椅子に誰かが座っている。薄暗くてその顔は上手く見えない。
ベッド脇のカーテンを開け、夜明け近くであろう朝日を部屋の中に取り入れる。
そして、座っていた奴の顔が照らしだされた。
「サラ……か。」
彼女は陽の光に照らされても深く眠り込んでいる。もしかしたら遅くまで倒れた俺に付き添ってくれていたのかもしれない。
「なんで……そんな事までするんだよ……」
自分で言ったあの時の言葉が蘇る。
『俺はあんたの恋人なんかじゃない!仇だ!』
何故この人は俺にそこまでしてくれるのだろうか。
彼女にとって俺は疫病神。自分の想い人を失う事になったきっかけであり、元凶。
本当に大事にする理由なんて無いのだ。
「……っ……まだ痛むな……」
体を休めるべくベッドに身を沈めると、椅子に座っていたサラの体がピクリと動き、うっすらと目を開いた。そして、意識を取り戻している俺を捉えた瞬間はじけたように俺を抱きしめてきた。
「クロア……!よかった……目が覚めたんだな……。済まない……本当に済まなかった……。」
「……やめてくれ。」
彼女の肩を押して引き剥がす。こちらを見る彼女の眼は、まるで捨てられた子犬か何かのように怯えきっていた。
「俺はあんたの恋人でもないし、ましてや子供でもない。俺はあんたの疫病神だ。わかってんのか?」
「クロア……お前は……」
「あまり俺に情を移すなよ。消えた時に……辛くなるぞ。」
再びベッドに身を沈めようとした時、肩を掴まれたと同時に頬に熱い衝撃が走った。
頬を張られたのだと気付いたのは、彼女が目に一杯の涙を湛えているのを見てからだった。
「この……馬鹿!情なんて……もうとっくに移っている!私にとってお前は疫病神なんかじゃない!一緒にいると暖かくて……楽しくて……うれしくて……!」
苦しいほどに頭を抱きかかえられた。
本当であれば引き剥がさなければならないはずなのに……何故か抵抗できなかった。
「側にいないと寂しくて……辛くて……悲しくて……!一緒に笑っていると切なくて……愛しくて……!」
涙をボロボロと流しながらも自分にすがり付いてくる彼女を突き放すほど、俺は冷たくなりきれなかった。
「だから……もう自分の事を蔑むな……!私は……お前と一緒にいたいんだ……!」
俺はただ……すすり泣きながらしがみついてくる彼女の背中を撫でてやることしかできなかった。
「やれやれ……一時はどうなることかと思ったよ」
この医院の院長であるヒロト氏がため息混じりに俺の傷の程度を教えてくれた。
「刀傷が合計32ヶ所に無数の火傷に凍傷。傷が交差している場所は縫いにくいったらない。幸いというべきか……患部が火傷や凍りついたことによって出血は抑えられていたけどね。……今度患部を焼き切って血を止めながら切開する方法でも考えてみようかなぁ……。」
見解と考察を述べつつ、ぶつぶつ何かを言いながら彼はどこかへ行ってしまった。
サラはというと今も俺のベッドの隣の椅子に座って付き添っている。
本当であれば情を移させたくはないのだが、多分もう手遅れなのだろう。
「……いっ……」
彼女は持ってきていたリンゴの皮を剥いている……のだが、いかんせん不器用だ。
剥きそこねては自分の指を切っていた。
「はぁ……ほら、貸してみろ。」
彼女からリンゴとナイフを奪い取ると膝の上に皿を置き、スルスルと皮を剥いていく。
あっという間に丸裸のリンゴの出来上がりだ。
4つに割り、種とヘタを取ってその内の一つをポカンと口を開けていたサラに咥えさせる。
自分も一つを手に取るとシャリシャリと齧る。うん、甘酸っぱくて美味い。
「なんだか……悔しい。」
「苦手だからって毎度家事を俺に押し付けていたツケだ。諦めろ。」
悔しそうに顔をしかめる彼女を尻目にもう一つリンゴを彼女の口の中に突っ込んでやる。
困りながらも軽くにやける彼女に呆れながら、残ったリンゴを口の中に放り込んだ。
うららかな日差しが病室に差し込んでくる。ふと、あいつの……クロウの笑い声が聞こえた気がした。
怪我が完治した俺はすぐさまチャイルド(俺と同じ特性を持つ子供達。便宜上そう呼ぶことに)を追いかけ始めた。
幸い情報には事欠かず、情報が入り次第急行して潰すという毎日を送っていた。
念のためにサラはこれに関する手出しを禁止している。
またあいつらのフェロモンに当てられて暴れられては困るからだ。
彼女もまた俺を切り刻みたくはなかったのか、渋々ながらにも了承してくれた。
そんなある日である。
「クロア……ちょっといいかしら?」
「何だ?」
いつものようにチャイルドの始末から帰ってくると、ミリアに呼び止められた。
彼女の表情はいつも浮かべている不思議な微笑ではなく、どこか深刻そうなしかめっ面だ。
「本部の方から……通達が来たわ。これ以上チャイルドを追い掛け回すな、と。」
「……何?」
青天の霹靂だった。
まさか本部からストップが来るとは思っていなかったからだ。
「ギルドの体裁としても悪いのよ……冒険者が幼い……しかも男の子を始末して回っているってのは。」
冒険者ギルドは基本的に中立的立場に立っている。
と言うことはつまり、魔物側にも不利益を与えず、教会側にも不利益を与えないという事だ。
そして、魔物側は人間……特に男性を殺すことを非常に嫌う。
そこから導き出せる結論は……
「これ以上チャイルドを殺すなってか……?クソ!あれが毒餌だって分かって言ってんのかよ!?」
「落ち着きなさい。何も貴方に追いかけるのを止めるように言っているわけじゃないわ。」
そう言うとミリアは一枚の巻紙を俺の方へ突き出した。
「何だ、これは。」
「チャイルド始末の免罪符……といった所かしらね。」
広げてみてそこに書いてあったのは……
「こりゃ何の冗談だ。」
「ギルドの解雇状よ。もちろんサラの分もあるわ。」
何処をどう読み返してみてもそこには解雇通知、としか書いていなかった。
つまり、クビである。
「冒険者である限りはチャイルドを追いかけることができない。だとしたら方法は一つ……冒険者を辞めればいいわ。」
「理屈は分かった。だが……俺達はどうやって生活すればいい?」
そう、今まではチャイルドの始末をクエストという形で発行してもらい、達成することで報酬を得ていた。
チャイルドは放置すれば魔物を片っ端から駆逐して行ってしまうので、理由としても正当性があったのだ。
「組織っていうのはね……叩けばいくらでもホコリが出る物なのよ。例えば、裏金……とかね。」
「…………」
裏金を使って資金援助をするのか……それともそれをネタに金をゆすろうというのか。
あいも変わらず恐ろしい人である。
「冒険者じゃない以上、貴方はギルドのサポートが全面的に受けられなくなるわ。武器の修理から旅の館の利用、万が一怪我をした時の保険もそうだし、死亡しても誰も身辺整理をしてくれない。これだけのペナルティを負っても……貴方はチャイルドを追う覚悟があるかしら?」
「……聞くだけ野暮ってもんじゃないか?」
腹なんて、とっくの昔に決まっている。
アレクさんの為だけじゃない。俺自身が決めた事でもあるし、俺以外にこの件に携わっているのはサラだけだ。
やれる奴が俺か彼女しかいない以上、多少のペナルティは覚悟の上で突き進むしか無い。
「はぁ……言うとは思ったけどね。後悔は……しないわね?」
「くどい。そこにしか道が無いというのであれば、それを突き進むだけだ」
こうして、晴れて俺は冒険者ギルドを解雇となった。
ギルドのロビーにいることは許可してもらったものの、サポートの類は全く受けられない。
してもらえるのはせいぜい情報の提供ぐらいのものだ。
この決定に最初はサラも驚いていたが、彼女も承諾した。
彼女にとってもこの件は人生と同じぐらいに重要なのだ。断る筈もなかった。
これが……俺が今まで歩んできた道だ。
思えばあの貧弱な坊やであった頃から随分と経った。
年数にして約8年間。長かったようで意外とあっという間の日々。
もうすぐ、決着が着く。だから待っていてくれ、アレクさん。
あんたの仇は……必ず取る。
11/12/06 20:02更新 / テラー
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