連載小説
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Act.6<Judgment>

〜グラムバルト地方 ガルムト教会〜

その教会は麓の村を見下ろす小高い丘の上に立っていた。
表面だけ見れば質素な教会ではあるのだが、シーフギルドの情報によると、その実は地下に巨大な研究所を抱えた施設だ。
そこでKC……チャイルド達が生産され続けている。

「そろそろ……行くか?」
「そうだな、大体は寝静まっただろう。」

丘の中腹あたりの茂みの中。クロアとサラは夜中になるまで待機していた。
辺りに見張りが数人歩いていたが、気配は完全に消していたために気付かれることはなかった。
二人は夜の闇に紛れて教会までひっそりと忍び寄っていく。

〜ガルムト教会 礼拝堂〜

扉の前の見張り二人を始末し、扉を開けて中に踏み入る。
聖堂の前の方に、一人の騎士が静かに瞑想をしていた。

「こんな夜中に何の用かな、侵入者君。」

立ち上がって振り返った男は若く精悍な顔つきをしており、十字が掘りこまれた騎士鎧にナイトシールドと片手剣という極一般的な装備をしていた。

「この教会の地下で碌でもない研究をしているって話を聞いてな。ちょーっとぶち壊してやろうかなって思った次第だ。何か弁解は?」
「研究……か。済まないが私はそういう話は聞き及んでいない。司祭ならば何かを知っているかもしれないが、彼はちょくちょく姿を消すものでね。今なら不法侵入程度で済ませるから……お引取り願えないかな?」

はいそうですか、と引き下がる気は毛頭無かったクロアはヴァーダントを引き抜いて応戦の構えを取る。

「残念ながらここに生き証人がいるんでね。この教会生まれの生物兵器が……な。」
「アレクもここで何かを掴んでいたらしいからな。悪いが洗いざらい調べさせて貰おう。」
「アレク……だって?」

その名を聞いて彼が眉根にシワを寄せる。
この教会に所属している以上は何かを知っているだろうが……

「そうか……その剣は……。君が彼の守りたかった人か。」
「知っているのか?」

サラが一歩前に詰め寄って問いただす。
彼に関わることだからか、かなり真剣だ。

「その剣をモイライの冒険者ギルドまで届けたのは私だ。非常に重くて難儀したのを覚えている……。」

静かに目を閉じて過去に思いを馳せているようだ。

「そして……彼を直接死に追いやったのも……私だ。」
「……そうか。」

それを聞くとサラは静かにアグニ&ルドラを引きぬいた。
そして彼に対して構えを取る。

「クロア、お前は先にいけ。私は……」

同じように構えを取る騎士を睨みつけながらクロアに対して言い放つ。
言動こそは静かなものの、恐らく彼女は怒り狂っているのだろう。

「こいつを始末する。」
「あいよ……死ぬんじゃねぇぞ?」

クロアは聖堂の奥の方の扉をくぐって姿を消していく。
後に残ったのは月明かりの中で対峙する二人のみ。

「行かせてよかったのか?」
「私としてもここはどうもおかしいと思っていた。それが明るみに出るのであればそれはそれでいい。私では深く探り過ぎると立場が危うくなるのでね。」

彼は深く腰を落とすと、盾を全面に押し出した。

「だが、形だけでも侵入者へ抵抗を示さねばなるまい。戦うのは構わんが、お手柔らかに頼むよ。」
「ふん……悪いが今日は殺す気で行かせて貰おう。」

アグニとルドラから熱気と冷気が発せられ、彼女の周囲の光が歪んでいく。
今日の彼女は最初からクライマックスであった。

「私の初恋相手を……屠った罪は重いぞ!」



〜ガルムト教会地下 KC研究施設〜

以前クロアがこの教会にいた時、そこは石造りの暗い部屋だった。
しかし今は全体的に金属質の板で覆われ、天井には煌々と白い光を照らし出す石が埋め込まれていた。
たった数年でこれだけの施設を作ってしまったのだから大したものである。

「(培養室……なんだここは?)」

その内の一つ、ガラス張りの丸いオブジェが大量に置いてある部屋へと足を踏み入れる。
中には鳥なのかなんなのか分からない肉の塊が浮かんでいる。

「(気色悪いな……一体何……)」

その奥の方を見てみると、さらに大きくなった肉の塊。
いや、あれは……

「(人間の赤ん坊?)」

それは確かに人間の形をしていた。
それが入ったものがいくつも並んでいる。
そして……

「そうか……こいつらなのか……。」

見つけた。
今まで数百もの数を葬ってきたチャイルドと同じ物が、ガラス張りのオブジェの中に浮かんでいた。
彼は無言でミタクとナハトを引きぬく。

「くだらねぇ……実にくだらねぇ……」

周囲へ向けて無差別にフルバーストを撒き散らす。
一瞬で魔力を充填し、肉の塊を砕き、チャイルドを消し飛ばす。

「俺は道具か。俺は消耗品か。」

あっというまに足元が血の海と培養液とガラスの破片で一杯になる。
ザクザクとガラスの破片を踏み割りながら破壊していく。

「人間を道具みたいに作りやがって……消耗品みたいに作りやがって……」

無数のボタンとレバーが取り付けられた機械の前までやってくる。
かつて遺跡で見たような板に赤い文字がいくつも現れている。
恐らくは先程破壊して回った影響だろう。
彼は、それが恐ろしく気に入らなかった。

「っざけんじゃねぇぞコラァァァア!」

二丁まとめてフルバーストを叩きこむ。黒煙と火花を散らしながら機械が破壊された。
周囲から聞こえていた何かの稼動音が一斉に鳴り止む。

「っはぁ……っはぁ……っはぁ……」

辺りを見渡すとオブジェに灯っていた薄い光が全て消えている。
それを見て全ての機械が機能停止したと判断すると、彼は再び次の標的を探し始めた。
探し当てるのは彼らを造った者達、そして、黒幕だ。



緑色の影と鈍色の盾が交錯する度に無数の火花が飛び散る。
振り抜くアグニの余波で椅子や床が焼け焦げ、ルドラの余波で燃え移った火が消え失せる。
しかし彼は傷一つ付かずにその場に盾を構えてひたすら耐えていた。

「(何故攻撃してこない……。遊んでいるのか?)」

攻撃の手を一旦緩め、様子を伺うために一旦距離を取るサラ。
彼は未だに防御体勢を取ったままだ。

「貴様、何を考えている?」
「何、ね。強いて言うのであれば……時間稼ぎかな」

その時、教会の天井辺りの窓を開けて何者かが降りてきた。
黒い翼、灰色の肌に赤い瞳。ダークエンジェルだ。

「ケリー、そろそろ撤退したほうがいいんじゃない?」
「ふむ……彼は上手くやったのか?」
「うん、下の方で爆発音がいくつも聞こえた。多分だけど……何か気に入らない物でも破壊したんじゃないかな?」

彼女が近くの柱のレンガを押し込むと、重たげな音を立てながら隠し通路が開いていく。
そして、彼女と共に彼が素早く通路へと逃げこもうとしていた。

「逃げるか!」
「済まないね……今ここで死ぬ訳には行かない。私にはまだやるべき事が残されているんだ。」

彼が通路の中へ飛び込み、壁に拳を打ち付けると扉が閉まっていく。
慌てて追いかけたが、既に入れるほどの隙間はなくなっていた。

「私に、罪滅ぼしの機会を与えて欲しい。様々な者の世界を壊してしまった責任を取らなければならない。」

閉まりかけた扉の中からそう呟く彼の声が聞こえてきた。
その後、隠し扉のスイッチがあった柱を調べてみたサラだったが、いくら押しこんでも何も起こらなくなってしまった。
中で仕掛けを壊したか、1回限りの使い捨てだったのかもしれない。

「……クソッ……!」

仇討ちの機会を逃した彼女は、ただ自分の不甲斐なさと詰めの甘さに悪態をつくしか無かった。



「っひ、ひぃぃぃいいいい!?」

こちらはクロア。
無数の破壊音につられて様子を見に来た司祭ガルムトを追い回している所だった。
彼の顔に張り付いていたのは、見る者全てを戦慄させるほどの凶悪な笑み。
8年越しの仇敵を追い詰める喜びに完全に酔ってしまっていた。

「くそぅ……こうなったら!」

若干開けた部屋に入ると、司祭が中央に安置された巨大な鎧近くのコンソールへと駆け寄って防護板ごとスイッチを叩き押していた所だった。
静かな駆動音と共に巨大な鎧の目に光が灯る。

「はは……こんな時のためにソウルパペットを1体……しかもとびきり強力なものを借受けておいたのだ。流石の貴様もこれでおしまいだ!」

言動から見るにどうやら彼はクロアの事を知っているようだった。
しかも、最近のチャイルドに対する活動に関しても知っているようだ。
そうでなければ防衛策を張ることはしないだろう。

「行け、SP―SLS005!ヤツを始末しろ!」

巨大なガーディアン──身の丈5メートルはあろうかという巨体──が膝を折った状態から立ち上がり、側に突き刺さっていた剣……これまた巨大な物を引き抜く。
すると、剣や鎧の隙間から炎が吹き出した。

「デカけりゃいいってもんじゃないぜ?女の体に負担がかかるしな。」
「その余裕も今の内だ!さっさと私の目の前から消え失せろ!」

司祭が部屋の隅へと走って行き、レバーを倒すと透明な板が彼の周囲を覆った。
ガラス……ではない。かなり頑丈そうではある。

「huh…you look at this. chicken.(ふん……そこで見てろ、腰抜け。)」

ヴァーダントを引き抜き、軽くニ、三回振ってガーディアンに対して構える。
彼の辞書に、撤退の二文字は無かった。

「Once you get rid of this, but you next.(こいつを始末したら、次はお前の番だ。)」

ガーディアンが振りかぶった剣をクロア目掛けて叩きつけてくる。
それを横に転がることで避け、隙ができた所で懐に潜り込む。

「Too late lump!(おせぇよ、ノロマ!)」

関節を重点的に斬りつけ、足をへし折る。
折れた場所から飛び出た配線を掴み、ガーディアンの巨体ごと振り回して何度も床に叩きつける。
金属と金属のぶつかり合う音がまるでガーディアンの断末魔のように響き渡り、装甲が脱落していく。

「Take it!(受け取りな!)」

掴んだままグルグルと振り回し、透明な板で守られている司祭目掛けてガーディアンを投げつける。
強烈な衝撃で板にヒビが入るが、数トンはあろうかという巨体を跳ね返した辺りに頑丈さが伺える。
跳ね返されたガーディアンは床を滑り、再びクロアの元へと戻ってきた。
しかし、装甲の大部分が脱落し、目の部分の光も消えかけたガーディアンは弱々しげに手をクロアに伸ばしてくるだけだ。

「Is that all you've got? Then down to hell you go!(終わりか?だったらそのまま寝てろ!)」

詰め寄って兜を鷲掴みにし、床へと叩きつける。
金属製の兜が砕け散り、中にあったアイセンサーやその他の機械類が露出する。
そして兜の残骸を掴んだまま、またもガーディアンの巨体をグルグルと振り回し始めた。

「Break!(砕けろ!)」

運動エネルギーを保持したままガーディアンを振り上げ、ハンマーの如く透明な壁へと叩きつける。
この一撃でコアが損傷したのか、ガーディアンが動かなくなった。
さらに、壁も粉々に砕け散る。
怯えた司祭が壊れた壁の隙間から再び廊下の方へと逃げていく。

「ったく……往生際が悪いねぇ……。素直に殺されてりゃいいものを。」

そう言った所で殺されてくれる人は誰一人としていないだろう。
彼は再び司祭を追いかけて通路へと踏み込んでいく。
決着の時は、近い。



〜ガルムト教会 第二執務室〜

全ての元凶が縮こまっている部屋の扉を蹴破る。
この部屋は廊下のような硬質な壁ではなく、全体的に木で造られていた。
中には部屋の隅でガタガタ震えるクロアの仇敵がいる。

「待て、私が悪かった!私の行き過ぎた信仰心故にお前たちを生み出した私を赦してくれ!」

今更ながらに命乞いをする小さい男が、そこにいた。

「信仰心?ッハ!何寝ぼけたことを言ってやがる。全部テメェの私利私欲でやったことだろうが。」

彼が机を蹴り飛ばし、男への道を開ける。
机には大きな穴が空き、部屋の隅までガラガラと転がっていった。

「魔物が死ねば神が喜ぶ?魔物を片付ければ世界が平和になる?」

クロアは男の頭を鷲掴みにして壁に叩きつけた。
男の後頭部が切れて血がだらだらと流れだす。
それを見ても、クロアの腹は治まらない。

「ふざけんじゃねぇぞコラ!建前ばっかりでテメェが一番平和を踏みにじってんだろうが!あぁ!?」

彼は、今までの数年間の怒りを目の前の小物にぶつける。

「テメェのせいで一体何人死んだと思ってやがる!?全員なんの罪も無かった奴らだ!テメェは、俺を、生み出したことで、間接的にでも、そいつらを、殺しているんだよ!」

一言一言に憎悪を込め、何度も壁に叩きつける。

「が……ぐぅ!?」
「それもだ……テメェ俺を量産しやがったな?何俺自身に俺を殺させてんだよ。楽しいか?あぁ!?」

渾身の力で男の腹を蹴り飛ばす。くの字に折れ曲がるが、彼は許さない。


「お、お前の望むことなら何だってする……チャイルドを全て処分しても構わない……。」

苦し紛れに命乞いをする司祭。
その一言で彼の怒りが頂点に達した。

「そうかい。良かったな。俺が望むものがお前の叶えられるたった一つの事で。」

彼は手を離し、一歩下がる。
目の前の男に制裁を加えるために

「俺が望むのはたった一つの簡単な事だ。」
「な、何だ!言ってみろ!叶えられるものならばなんでも……」



〜別の場所 大聖堂〜

俺はどうしようも無いクソ野郎を追い詰めた。
この大聖堂には正面の通路に続く道以外に逃走経路は無い。

「もう逃げないのか。案外根性ねぇのな。」

あれは主神の像だろうか。
それにすがりついてブルブルと震える男。俺はそいつを睨みつける。

「な、何が目的だ!?たかが一介の冒険者が私に何の用で……!」
「最初はここに保管されているお宝が目当てだったさ。でもな……」

俺は知ってはならない事を知ってしまった。
知らなければ、ここまで怒りに身をやつすことも無かっただろう。

「何だ、あれは。大量の魔物の遺体?魂を抜き取る魔術?」

足元にオクスタンライフルの銃弾を撃ち込んでやる。脅し程度だが、十分に効果はあったようだ。

「さらには抜き取った魂を機械の体に閉じ込めていいように使っている?仮にも神職がそんな命の冒涜なんてしていいんですかねぃ。」

俺は奴を睨みつけ続ける。奴の顔は既に顔面蒼白を通り越して土気色になっている。

「相手は……相手は魔物だぞ!?人類を破滅に追い込む魔王の使徒だ!」
「その魔王の使徒様は日々平和に暮らしていただけなんだがなぁ。これじゃあどっちが魔物かわかったもんじゃない。」

さらにライフルを打ち込む。今度は耳たぶが飛んだ。
声にならない悲鳴を上げて男が耳を押さえる。

「今まで何人殺してきた?今まで何人闇に葬ってきた?今まで何人お前の地位のための踏み台にしてきた?答えてみろよ、下衆が。」

それを聞いて男が意を得たりと言った表情で食らいついてきた。

「そうだ、私には地位も金もある!欲しいものならなんだってくれてやる!それとも女の方がいいか?攫ってくれば魔物だって……」

やっすい事だ、コイツはその程度の事で満足するのだろう。
俺は鵺を下に向け、銃口の恐怖から解き放ってやる。

「わり、全部間に合っている。でもお前に出来ることだから安心しろ。」
「そ、そうか。それは一体……」

俺はグリップを左で持つ。

「ラプラス。」
『了解。E-Weapon<フェンリルクロー>展開。』

不可視の爪が先端から放出され、大理石に突き刺さる。
全てを飛び越えるような全能感が全身を支配する。
精神が高揚して抑えが効かなくなってきた。

『EX.LOAD発動。出力500%で安定中。』

鵺の後部に穴が開く。中には靄のような光の粒子が渦巻いている。そこに手を突っ込むと、クローの一本一本が俺の指と一体化していく感覚がある。
鵺の重さは、なぜか感じなかった。

「俺が望むのはただ一つだ。いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ?」

俺はブルブルと震えている小物に対して言い放つ。



「「Now you Die. Fucker!!」」



司教の脳天にヴァーダントを振り下ろす。
神の像ごと司教を握りつぶす。

辺りに脳髄が、汚い血が飛び散る。
皮膚が弾け飛び、肉が削げ、骨が砕け散る。

さらに力を込めて股下まで振り抜く。中から臓器が溢れ出し、大量の血液が辺りを浸食する。
内蔵が飛び散り、血液が滴り、砕けた神の像と一体化する。

ヴァーダントを引き、高速で刺突を無数に繰り出しメッタ刺しにする。
一体化させただけにとどまらず、さらに強く握り潰して粉々にする。

物言わぬ肉塊になった所で、ようやくヴァーダントを背中の留め具へと戻す。
後に残ったのがようやく砂と血と肉の欠片になった所で手を離し、フェンリルクローを格納する。

「「Appreciate having made it die quickly.(さっさと死なせてやった事に感謝しろ。)」」



〜ガルムト教会 礼拝堂〜

ガルムトの始末を終え、クロアが礼拝堂まで戻ってくると、サラが柱に寄りかかって座っていた。
自分に被さる影に気付いてクロアを見上げてくるサラ。

「アレクの仇……討てなかった……。」
「そうか……」

落ち込んではいるものの、彼女の様子はどこか晴れ晴れとしていた。

「本当は、殺したくなかったんだろ。」
「ん……確かに憎んではいたが……別に殺そうとは思っていなかった。ある程度痛めつけたら逃がそうとしていたしな。」

立ち上がって自分の尻に付いた埃を払うと、クロアへと向き直る。
恐らく彼女は、ここへ来る途中のクロアへの返事を言うつもりだ。

「クロア、私なりにあれから考えた。」
「……あぁ」
「自ら命を投げ出す事は、良くない。残された者は悲しむし、死んだ者は何も生み出さない。非常に不毛だ。」
「そうだな。」

窓から漏れ出す月明かりが二人を照らし出す。
そっと、サラがクロアの頬に手を添えた。

「自分の家族や恋人を殺すのは、決して許されない罪だ。自分の一部を構成するものを自分自身が壊すというのは、最悪の極みだ。」
「そんなのは分かり切っている。」

彼女はもう片方の手もクロアの頬に添える。
彼女の瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。

「恋人同士が心中するというのは、最悪も最悪だ。二人で生きれば無限に幸せが続くのに、それを絶ち切ってしまうのは愚の骨頂だ。」
「分かっているさ……わかっているんだよ……!」

クロアの目からも、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
その涙は、許されざる罪を自覚しているが故の涙。

「しかし……この命でお前が救われるというのであれば……私は喜んでこの手を罪で染め上げよう。喜んで、お前のために命を投げ出そう。」
「ゴメン……サラ……本当にごめん……!」

自愛に満ちた笑顔でクロアに微笑むサラを、彼はかき抱いた。
彼の頭を優しげな手つきで撫でるサラ。

「魔物娘というのはな、自分の大事な人が死ぬのを非常に嫌うが……その人を救うためならば命をも投げ出せるのだ。お前がいずれ幸せになれるのであれば……私の命など惜しくはない。」
「……っ……ありがとう……サラ……」

彼女がクロアの肩をすっと押して、2,3歩距離を取る。
クロアは懐から魔導書を取り出し、手順通りに魔方陣を描いていく。
書き終わると、彼はヴァーダントを手にとってサラを見据える。サラも同じように予備の双剣の1本を引きぬいた。

「後悔は?」
「何を今更……。私の決意に曇りなどあろうはずがない。何より、お前のためだ。」

今宵は満月。術を行使するのにもおあつらえ向きの夜だ。
奇しくも、かつてこの術を行使して成功したヴァンパイアと青年とほぼ同じ条件……満月の夜に偶然逃げ込んだ廃墟の教会で行なっていた事に合致していた。

「……行くぜ。」
「あぁ、お前から頼む。」

サラの一言に頷き、朗々と詠唱を始めるクロア。

『我、例え汝と死により引き裂かれても、再び相見えんと誓う。』

クロアの詠唱に反応し、魔方陣に僅かながら光が灯る。
続けて、サラも詠唱を開始した。

『我、例え汝と望まれぬ運命により別れても、再び寄り添わんと誓う。』

魔方陣の光が呼応するように強まっていく。
月明かりのみで薄暗く照らされていた礼拝堂はその淡い光で彩られていく。

『我、例え千里の距離を離されても、再び汝と共にあらんと誓う。』

再びクロアの詠唱。光が強くなった事に加え、辺りに蛍のような燐光が飛び交い始める。
それは今から行われる儀式に呼応して集まってきた命の光のようであった。

『我、例え汝と生まれ落ちし世界を違えようとも、全てを超えてその手を取ると誓う。』

詠唱が最終局面を迎える。
燐光が嵐のように舞狂い、その光に触れた物が白い炎を発しながら燃え始めた。
二人の口が同時に詠唱を唱える。

『『汝と我、堅き絆により再びこの世に舞い戻らん』』

そして、儀式は最終段階を迎えた。
クロアとサラは、互いの得物を前面に……互いの胸部へと向けて固定した。
そして、二人が一瞬にして距離を詰める。同時に、最後の詠唱が紡がれた。

『『Reincarnation!!』』

双方の胸に、剣が突き刺さる。
その切先は心臓を貫いて、背中まで貫通した。
おびただしい量の血液が吹き出し、床の魔方陣へと流れこんでいく。
これで、術式は完成だ。

「愛している……サラ……」
「あぁ……私も……だ……」

血が流れ出る唇を押し付けあって最期の口づけを交わす。
次第に教会は白い炎に包まれていき、焼け崩れた。


11/12/25 08:44更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
極限世界を読んだ後だとガーディアン戦で少し複雑な気持ちになるかもしれません。
製造コードからもわかるように、ガーディアンの中身はサラマンダー(Salamander soul)です。魂の状態にしたはいいものの、脱色しきれずに炎属性のみ残ってしまった上、内包エネルギーが強力過ぎて普通のガーディアンに組み込むとアーマーその物が融解してしまうという規格外品です。故に耐熱仕様。

心中エンドに見えますが、もう一話続きます。

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