第六話〜遅れてやってきたヒロインに出番はない〜
〜モイライ冒険者ギルド支部 ロビー〜
「……」
「いや、なんだ、許せ、アルテア」
「……」
「私がうっかり紹介を忘れて一時的にでも路頭に迷ったのは謝る。なんなら昼食を奢ってもいい」
「……」
「だから無視するのはやめてくれええええええ!」
「わかったから叫ぶなよ!うるさいよ!」
なぜこうなったし。
〜回想〜
ミリアさんの口添えにより、無事に冒険者ギルドに登録することができた。
彼女の旦那さんは、俺に対して物凄く感謝していたのをここに記しておく。
派手な格好の彼女とは対照的に冴えないおっさんだったな……。
俺はギルドのロビーでコーヒー(無料配布)を啜っていた。膝の上にはやはりというかなんというかアニスちゃん。
このコーヒーを飲み終わったら軽い仕事でもして当面の生活費でも稼ぐか〜と考えていたその時である。
施設の外から轟音が聞こえてくる。
『高速接近する生命反応1。迎撃しますか?』
「いや、いらないだろ。そこらじゅうに戦闘要員がいるギルドに単騎で殴りこみを掛けてくるバカがいたら話は別だろうがな」
雷が落ちるような音と共に扉を押し開けて入ってきたのは緑色のスケイルアーマーと同色の鱗に覆われた尻尾を持つ蜥蜴女ことフェルシア=グリーンその人だった。
「プーチン!ここに妙なジャケットを着て奇妙な鈍器を持った男が来なかったか!?」
「奇妙かどうかはともかく変わった格好の方ならそこに……あと私はプーチンではなくプリム……」
「いたああああああ!」
「最後まで聞いてくださいよ!ていうかフィーさん!いつになったら私の名前を覚えてくれるんですか!?」
君がモブキャラである限りこの先ずっとだろう。
「済まないアルテア!お前をギルドに紹介するのを忘れてしまった!」
「別にいい。もう済んだ事だ」
「私がうっかりしていたばかりに……本当にすまない!すぐに登録を」
「もう登録は済んだ」
「……へ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔っていうのはこう言う状態を言うのだろうなぁ。
「もう登録は済んだ。この子の母親を助けたお礼に口添えしてもらった」
「この子……?」
視線を下げる彼女。というか気づいていなかったのか。
「ふぃーおねえちゃん、こんにちわ!」
「アニス嬢の母君というと……ミリア女史か!?」
「そういうこと」
「私がお前を探し回っている間に?」
「あぁ」
「支部長を助けた?」
「ちと手間取ったけどな」
「……」
「……」
〜回想ここまで〜
「すまない」
「いいよ」
頭を下げるフィー。
「お詫びはなんだってする!」
「いいよ」
さらに詰め寄ってくる。少し暑苦しい。
「なんなら嫁に行ってもいい!」
「いい……って危ねぇ!どさくさに紛れて何言ってるんだお前!?」
面倒臭がって同じ返事をしようとしたら引っ掛けだった。危ない危ない。
「ッチ」
舌打ちしましたよ?今舌打ちしましたよこの人!?
「む〜……」
フェルシアと話していると反比例するように機嫌の悪くなるアニスちゃん。何だって言うんだよもう……。
「とにかくこの話は終わり!紆余曲折はあったけど俺は食い扶持見つけたし、特にフィー……でいいか?を恨んでいるわけじゃないから。オーケー?」
「わかった……お前がそう言うならばそれで構わない」
彼女も納得したのか、この場はそれで解散となった。
フィーは次の仕事があると言ってギルドを出て行った。
「つかぬことをお聞きしますが……」
「なんだい受付君?」
「受付君て……この建物の玄関って外開きでしたよね?」
見てみるとドアの蝶番やら枠やらがものの見事に破壊されていた。
「あれは次の仕事から差っ引くしかないわね〜……」
のんびりと呟くミリアさんの言葉を聞きつつ、俺は帰ってきたフィーが天引きを告げられて絶望する様を頭に描き、それを哀れんでいた。
「もうこれでさんかいめなのに……」
常習犯か。
〜クエスト開始〜
―荷物運びを手伝って!―
『大量の納品依頼が来たっていうのに従業員の大半が風邪をこじらせたんだ。急な依頼ではあるけれど手伝って欲しい。
リーエル商会』
「今回受けるクエストは割と短期の部類に入りますね。最初に受けるクエストとしては丁度いいのではないでしょうか」
「なんでも屋みたいなもんだとは思っていたからいいんだが・・・。いきなり倉庫作業か」
「冒険者って何かと戦って稼ぎを出す人みたいに思われがちですが、こういう小さな仕事も冒険者の管轄です。蔑ろにはできませんよ」
「だな。んじゃ、行ってくる」
「がんばってくださいね〜」
〜リーエル商会 倉庫前〜
「あぁ、助かった。ウチの小僧が風邪でダウンして人手が足りなくなっていたんだ」
仕事の現場に赴くと依頼主らしき中年男性が荷物を持ったままあちこち行ったり来たりしていた。
「この倉庫の中の赤いラベルが貼ってある箱を荷馬車の中に積めるだけ積んでくれ。落とさないように慎重にな」
「了解……っと、こいつはどうしようか。荷物置場とかあります?」
抱えている鵺を見てどこに置こうかあたりを見回すと
『荷馬車の近くへ立て掛けて下さい。索敵モードで不審者の接近に対して警報を出すことができます』
「便利なもんだな」
「あん?どうしたんだい?」
こいつとの話し声が聞こえたのだろう。依頼主が俺の方へ振り返る。
「こいつを荷馬車の近くに置いておけば不審者が来たときに知らせてくれるらしいんだ。いいかな?」
「そいつはいい。ぜひやってくれ。箱が一つでも無くなれば金貨が数十枚単位でパァになるからな」
そいつぁ怖い。
「んじゃ、頼むぜ。相棒」
『了解。索敵モード起動』
荷馬車の近くへ鵺を置き、倉庫の中へ歩き出す。
「おわ……随分とあるな……」
「あぁ、今日中に全部ってわけじゃないが最終的に全部運び出す予定だ」
見上げるほどに積み上げてある箱には全て赤いラベルが貼ってある。自分と依頼主以外にも十数人、中には先ほどギルドで見かけた冒険者もいるが、これだけの荷物を1日で運び出すには骨が折れるだろう。
「上の方にある箱はそこの脚立を使って降ろしてくれ。絶対に一人で下ろそうとしないように」
「了解。そんじゃ、行きますか!」
自らの頬を叩いて気合を入れる。任務開始<ミッションスタート>だ!
箱の一つ一つは大きくはないものの、意外にも重量がある。
それでもさほど苦にならなかったのは記憶を失う前はそれなりに鍛えていたって事なのだろうか?
「にしても何が入っているんだ?これ」
「硝石だってさ。なんでも火薬の材料になるんだとか」
ギルドで見かけた奴が答えてくれた。
「火薬ねぇ……、戦争でも起きるのか?」
「いんや、どこかでオリハルコンの鉱脈が見つかったんだってさ。そこの発破に使うんだとよ」
オリハルコンといえば空想上の金属だったか……。この世界では普通に採れるらしい。
「景気のいい話だよなぁ……こっちは晩酌の肴を頼むのにも躊躇するくらいカツカツだってのに」
共に荷馬車に箱を積み込む。
「大きな仕事でも受けてみたらどうだ?少なくとも酒の肴ぐらい普通に付けられる程に儲かる奴をさ」
「あぁ、無理無理。冒険者といっても俺弱いし。こないだもスライムにいいように弄られて気づいたら朝チュンさ」
同志よ。
「自分の弱さを自覚できるならいい方さ。無駄な危険は侵さないし、自分の限界が分かっているから引き際も見誤らない」
誰の言葉だったっけ?どこかで聞いたんだけれど誰から聞いたのかが思い出せない。
「そう言われれば少しは気休めにもなるな。ありがとよ」
そういうと彼は手を差し出してきた。
「ロバートだ。あんたは?」
「アルテア。よろしくな?」
俺はその手をがっちりと握る。
「おう。それじゃ、残りもやっつけちまいますか!」
「あぁ。どれだけ大群に囲まれようが諦めるかー!」
これが孤立無援の戦場だったならば死亡フラグそのものだったのだがいかんせん倉庫の荷出しである。流れる空気はどこか緩い。
その緩い空気を裂くように警戒音が鳴り響いてきた。
「な、なんだぁ!?」
「不審者かもしれん。様子を見に行くか」
警戒音の出所と意味を知っていた俺は荷馬車へと引返して行った。
「俺も行くよ。本当に不審者だったなら一人より二人いたほうがいい」
「あ〜うるさいなぁ!なんなんだよこのポンコツは!?」
果たしてそこにいたのは箱を抱えて鵺を蹴り回している鼠女だった。
「あ〜……ちょっとちょっと。何をしているんだ?お前は」
「げ!バレた!」
どう見てもコソ泥です。本当にありがとうございました。
その鼠女は踵を返すと箱を頭の上に掲げて一目散に逃げ出して行った。
「ラージマウス!あれに逃げられたら厄介だぞ!」
ロバートは叫ぶとすぐさま彼女を追いかけ始めた。
俺も鵺を拾い上げ、後を追う。
「厄介ってのはどういうことだ?」
「やたらすばしっこい上に小さいからどこにでも隠れられる!その上悪知恵が働くときたもんだ。見失ったが最後、見つけられないと思ったほうがいい!」
なるほどな。
〜廃材置き場〜
しばらく追跡すると開けた場所に出た。あたりには荷物の残骸らしきものが打ち捨てられており、ラージマウスの少女は影も形も無くなっていた。
「ちくしょう!これじゃ積荷の分報酬から差っ引かれるぞ!」
気配をうまく隠しているのかあたりには物音一つ立っていない。だが、
「ま、文明の利器から逃れられるとは思わないことだね」
ウィンドウの呼び出し。選択するのは索敵ツール。その中の心音センサーを呼び出す。
「何しているんだ?」
「まぁ見ていろって」
『心音センサー起動。周囲の生体反応を視覚化します』
目の前に別のウィンドウが開き、簡易レーダーと無機質なグリッドが表示される。
簡易レーダーの反応がある方向に視界を向けると激しく明滅する光点が視界に飛び込んでくる。この大きさは鼠や小動物では無い。
箱や残骸を退けると中に先程のラージマウスがうずくまっていた。
「よう。鬼ごっことかくれんぼうはおしまいか?」
「ぎゃあ!またバレた!」
逃げようとしたところですかさず首根っこを掴む。
「はーなーせー!」
ジタバタともがくラージマウスをまじまじと眺めているロバート。
「すごいな……どうしてわかったんだ?」
「心臓の音が見えた……とでも言っておこうかな」
「?」
首を傾げるロバートはさておき、ぶら下げられているラージマウスを覗き込む。
「悪い事をしたんだからどうなるか分かっているよな?」
「ヒッ!」
それを見たロバートが示し合わせたかのように
「そういえば盗人は二度と盗むことができないように両手首を切り落とされるんだったっけ?」
「あ……あぁ……」
真っ青になって急におとなしくなる彼女。
「俺は走れないように足首を切り落とすと聞いたんだけどな?」
話を合わせる俺。楽 し く な っ て き た!
「いや……いやぁ……」
激しく震え、目はすでに涙目。もう少しショックを与えれば失禁でもしてしまいそうだ。
そこですかさず妥協案を出してやる。
「まぁさすがにそこまでは可哀想だしな……尻叩きで勘弁してやるか」
「軽くないか?」
耳が千切れそうなほど首を横に振る彼女。まぁそりゃ尻叩きで済むならそのほうがいいだろうな。
「反省してくれればそれでいいさ。いいよな?」
「(コクコクコクコク!)」
俺は膝の上にうつ伏せに彼女を乗せ、ショートパンツをずり下ろした。
「ひぃん!」
小ぶりながらも丸く形の良いお尻を
「そぉい!」<パシーン!>引っ叩く。「あうっ!」
「せぇい!」<ペシーン!>引っ叩く。「いたっ!」
「はぁん!」<ペチーン!>引っ叩く。「くぅん!」
………………
…………
……
「もう一丁!」<パァーン!>「はぁん!♪」
二十回過ぎたあたりからなんか声に甘さが混じってきた。さすがにこのあたりで終わらせたほうがいいだろう。
「ま、こんなもんだろ。もう悪さすんなよ?」
「はぁ……はぁ……え?終わり……?」
そんな酷く残念そうな顔をするんじゃありません。
「捕まったのが俺だから良いものの、ヤバい奴に捕まったらこんなもんじゃ済まないからな?」
「はい……ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるとラージマウスの少女はトボトボと立ち去っていった。
「(あんなことされたらクセになっちゃうよぉ……)」
その頬がほんのりと朱に染まっていたのは気のせいだろうか。
「さて、もどるか」
「なぁ」
不意に、ロバートが訪ねてくる。
「今のって結構役得だよな?」
「そうだな」
「どうだった?」
「やわらかかったぜ」
サムズアップ。
「チクショー!俺もやってみたかった!」
頭を抱えて悔しがるロバート。爆笑する俺。
「大分時間がかかっちまったな。早く戻って作業を再開するぜ」
「尻……やわらかそうな尻……」
「彼女でも作ってさせてもらえ。SMごっこをさせてくれるかどうかは別としてな」
鵺を担ぎ、箱をロバートに持たせ、来た道を戻ることにした。
〜リーエル商会 倉庫前〜
「いやー、有り難い!まさかコソ泥から荷物を取り戻してくれるとは!」
依頼者の親父さんは戻ってきた俺らを見て大変喜んでいた。
「大きな音が聞こえて来てみたら君たちがコソ泥を追いかけて行く所が見えてね。何とか一緒に追いかけようとしたんだが君達すら見失ってしまってね。心配していたんだよ」
そう言うと親父さんは両手で俺の手を握ってハンドシェイクしてきた。
「やっぱり冒険者さんは違うねぇ!さすがプロだ!今回の報酬は少し色を付けてあげるよ!」
ロバートの手も同様に握り、振っている。勢いが強すぎたのか若干頭がガクガク揺れている。
「それじゃあ引き続き頼むよ。疲れたら休憩していいからね!」
そう言うと親父さんは倉庫の中へ入っていった。
「よかったじゃないか。今日の酒の肴代くらいは悩まずに出せそうだぞ」
「俺は殆ど何もしていないんだけどなぁ……」
頬を書きながら、たははと笑うロバート。
「いや、彼女が何かを教えてくれなかったら今頃は逃げられていただろう。そういう意味では助けられたよ」
「ホント、フォローが上手いのな。あんた」
そして、二人して倉庫の中へ。仕事の時間はまだたっぷり。積荷もたっぷり。
「お疲れ!もうそろそろ切り上げようか」
親父さんが作業終了のベルを鳴らしに行く。しばらくするとカランカランと小気味よい鐘の音が鳴った。
「はい、今日の賃金。約束通り色付けておいたからね」
「どもっす」
親父さんから賃金が入った紙袋を受け取る。中身は二日くらいならギルド直営の宿に泊まれるぐらいの額である。
「荷物はまだ残っているからよければまた明日もよろしく頼むよ」
「了解。また明日も来ますよ」
「そりゃ有り難い。それじゃ、また明日」
「お疲れ様でしたー」
帰り道でロバートと合流。
「よう。お疲れ!」
「あぁ、お疲れ様」
ロバートは紙袋をみてニヤニヤしている。
「いやぁ、まさか臨時ボーナスが入るとは思わなかった。これもあんたのおかげだな」
「まぁ……俺も楽しませてはもらったけどな」
「……今俺は無性にお前を小突き回したい。というかやらせろ!」
そう言うと俺の首に腕を回し、ヘッドロックをかけながら顎をつむじにグリグリ押し付けてきた。地味に痛いぞこれ。
「あ〜だだだだ!やーめーれ!」
「こいつめ!あっはははは!」
男ふたりがじゃれあっている様は傍から見れば暑苦しかっただろうが、それでも楽しかったとさ。
「……」
「いや、なんだ、許せ、アルテア」
「……」
「私がうっかり紹介を忘れて一時的にでも路頭に迷ったのは謝る。なんなら昼食を奢ってもいい」
「……」
「だから無視するのはやめてくれええええええ!」
「わかったから叫ぶなよ!うるさいよ!」
なぜこうなったし。
〜回想〜
ミリアさんの口添えにより、無事に冒険者ギルドに登録することができた。
彼女の旦那さんは、俺に対して物凄く感謝していたのをここに記しておく。
派手な格好の彼女とは対照的に冴えないおっさんだったな……。
俺はギルドのロビーでコーヒー(無料配布)を啜っていた。膝の上にはやはりというかなんというかアニスちゃん。
このコーヒーを飲み終わったら軽い仕事でもして当面の生活費でも稼ぐか〜と考えていたその時である。
施設の外から轟音が聞こえてくる。
『高速接近する生命反応1。迎撃しますか?』
「いや、いらないだろ。そこらじゅうに戦闘要員がいるギルドに単騎で殴りこみを掛けてくるバカがいたら話は別だろうがな」
雷が落ちるような音と共に扉を押し開けて入ってきたのは緑色のスケイルアーマーと同色の鱗に覆われた尻尾を持つ蜥蜴女ことフェルシア=グリーンその人だった。
「プーチン!ここに妙なジャケットを着て奇妙な鈍器を持った男が来なかったか!?」
「奇妙かどうかはともかく変わった格好の方ならそこに……あと私はプーチンではなくプリム……」
「いたああああああ!」
「最後まで聞いてくださいよ!ていうかフィーさん!いつになったら私の名前を覚えてくれるんですか!?」
君がモブキャラである限りこの先ずっとだろう。
「済まないアルテア!お前をギルドに紹介するのを忘れてしまった!」
「別にいい。もう済んだ事だ」
「私がうっかりしていたばかりに……本当にすまない!すぐに登録を」
「もう登録は済んだ」
「……へ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔っていうのはこう言う状態を言うのだろうなぁ。
「もう登録は済んだ。この子の母親を助けたお礼に口添えしてもらった」
「この子……?」
視線を下げる彼女。というか気づいていなかったのか。
「ふぃーおねえちゃん、こんにちわ!」
「アニス嬢の母君というと……ミリア女史か!?」
「そういうこと」
「私がお前を探し回っている間に?」
「あぁ」
「支部長を助けた?」
「ちと手間取ったけどな」
「……」
「……」
〜回想ここまで〜
「すまない」
「いいよ」
頭を下げるフィー。
「お詫びはなんだってする!」
「いいよ」
さらに詰め寄ってくる。少し暑苦しい。
「なんなら嫁に行ってもいい!」
「いい……って危ねぇ!どさくさに紛れて何言ってるんだお前!?」
面倒臭がって同じ返事をしようとしたら引っ掛けだった。危ない危ない。
「ッチ」
舌打ちしましたよ?今舌打ちしましたよこの人!?
「む〜……」
フェルシアと話していると反比例するように機嫌の悪くなるアニスちゃん。何だって言うんだよもう……。
「とにかくこの話は終わり!紆余曲折はあったけど俺は食い扶持見つけたし、特にフィー……でいいか?を恨んでいるわけじゃないから。オーケー?」
「わかった……お前がそう言うならばそれで構わない」
彼女も納得したのか、この場はそれで解散となった。
フィーは次の仕事があると言ってギルドを出て行った。
「つかぬことをお聞きしますが……」
「なんだい受付君?」
「受付君て……この建物の玄関って外開きでしたよね?」
見てみるとドアの蝶番やら枠やらがものの見事に破壊されていた。
「あれは次の仕事から差っ引くしかないわね〜……」
のんびりと呟くミリアさんの言葉を聞きつつ、俺は帰ってきたフィーが天引きを告げられて絶望する様を頭に描き、それを哀れんでいた。
「もうこれでさんかいめなのに……」
常習犯か。
〜クエスト開始〜
―荷物運びを手伝って!―
『大量の納品依頼が来たっていうのに従業員の大半が風邪をこじらせたんだ。急な依頼ではあるけれど手伝って欲しい。
リーエル商会』
「今回受けるクエストは割と短期の部類に入りますね。最初に受けるクエストとしては丁度いいのではないでしょうか」
「なんでも屋みたいなもんだとは思っていたからいいんだが・・・。いきなり倉庫作業か」
「冒険者って何かと戦って稼ぎを出す人みたいに思われがちですが、こういう小さな仕事も冒険者の管轄です。蔑ろにはできませんよ」
「だな。んじゃ、行ってくる」
「がんばってくださいね〜」
〜リーエル商会 倉庫前〜
「あぁ、助かった。ウチの小僧が風邪でダウンして人手が足りなくなっていたんだ」
仕事の現場に赴くと依頼主らしき中年男性が荷物を持ったままあちこち行ったり来たりしていた。
「この倉庫の中の赤いラベルが貼ってある箱を荷馬車の中に積めるだけ積んでくれ。落とさないように慎重にな」
「了解……っと、こいつはどうしようか。荷物置場とかあります?」
抱えている鵺を見てどこに置こうかあたりを見回すと
『荷馬車の近くへ立て掛けて下さい。索敵モードで不審者の接近に対して警報を出すことができます』
「便利なもんだな」
「あん?どうしたんだい?」
こいつとの話し声が聞こえたのだろう。依頼主が俺の方へ振り返る。
「こいつを荷馬車の近くに置いておけば不審者が来たときに知らせてくれるらしいんだ。いいかな?」
「そいつはいい。ぜひやってくれ。箱が一つでも無くなれば金貨が数十枚単位でパァになるからな」
そいつぁ怖い。
「んじゃ、頼むぜ。相棒」
『了解。索敵モード起動』
荷馬車の近くへ鵺を置き、倉庫の中へ歩き出す。
「おわ……随分とあるな……」
「あぁ、今日中に全部ってわけじゃないが最終的に全部運び出す予定だ」
見上げるほどに積み上げてある箱には全て赤いラベルが貼ってある。自分と依頼主以外にも十数人、中には先ほどギルドで見かけた冒険者もいるが、これだけの荷物を1日で運び出すには骨が折れるだろう。
「上の方にある箱はそこの脚立を使って降ろしてくれ。絶対に一人で下ろそうとしないように」
「了解。そんじゃ、行きますか!」
自らの頬を叩いて気合を入れる。任務開始<ミッションスタート>だ!
箱の一つ一つは大きくはないものの、意外にも重量がある。
それでもさほど苦にならなかったのは記憶を失う前はそれなりに鍛えていたって事なのだろうか?
「にしても何が入っているんだ?これ」
「硝石だってさ。なんでも火薬の材料になるんだとか」
ギルドで見かけた奴が答えてくれた。
「火薬ねぇ……、戦争でも起きるのか?」
「いんや、どこかでオリハルコンの鉱脈が見つかったんだってさ。そこの発破に使うんだとよ」
オリハルコンといえば空想上の金属だったか……。この世界では普通に採れるらしい。
「景気のいい話だよなぁ……こっちは晩酌の肴を頼むのにも躊躇するくらいカツカツだってのに」
共に荷馬車に箱を積み込む。
「大きな仕事でも受けてみたらどうだ?少なくとも酒の肴ぐらい普通に付けられる程に儲かる奴をさ」
「あぁ、無理無理。冒険者といっても俺弱いし。こないだもスライムにいいように弄られて気づいたら朝チュンさ」
同志よ。
「自分の弱さを自覚できるならいい方さ。無駄な危険は侵さないし、自分の限界が分かっているから引き際も見誤らない」
誰の言葉だったっけ?どこかで聞いたんだけれど誰から聞いたのかが思い出せない。
「そう言われれば少しは気休めにもなるな。ありがとよ」
そういうと彼は手を差し出してきた。
「ロバートだ。あんたは?」
「アルテア。よろしくな?」
俺はその手をがっちりと握る。
「おう。それじゃ、残りもやっつけちまいますか!」
「あぁ。どれだけ大群に囲まれようが諦めるかー!」
これが孤立無援の戦場だったならば死亡フラグそのものだったのだがいかんせん倉庫の荷出しである。流れる空気はどこか緩い。
その緩い空気を裂くように警戒音が鳴り響いてきた。
「な、なんだぁ!?」
「不審者かもしれん。様子を見に行くか」
警戒音の出所と意味を知っていた俺は荷馬車へと引返して行った。
「俺も行くよ。本当に不審者だったなら一人より二人いたほうがいい」
「あ〜うるさいなぁ!なんなんだよこのポンコツは!?」
果たしてそこにいたのは箱を抱えて鵺を蹴り回している鼠女だった。
「あ〜……ちょっとちょっと。何をしているんだ?お前は」
「げ!バレた!」
どう見てもコソ泥です。本当にありがとうございました。
その鼠女は踵を返すと箱を頭の上に掲げて一目散に逃げ出して行った。
「ラージマウス!あれに逃げられたら厄介だぞ!」
ロバートは叫ぶとすぐさま彼女を追いかけ始めた。
俺も鵺を拾い上げ、後を追う。
「厄介ってのはどういうことだ?」
「やたらすばしっこい上に小さいからどこにでも隠れられる!その上悪知恵が働くときたもんだ。見失ったが最後、見つけられないと思ったほうがいい!」
なるほどな。
〜廃材置き場〜
しばらく追跡すると開けた場所に出た。あたりには荷物の残骸らしきものが打ち捨てられており、ラージマウスの少女は影も形も無くなっていた。
「ちくしょう!これじゃ積荷の分報酬から差っ引かれるぞ!」
気配をうまく隠しているのかあたりには物音一つ立っていない。だが、
「ま、文明の利器から逃れられるとは思わないことだね」
ウィンドウの呼び出し。選択するのは索敵ツール。その中の心音センサーを呼び出す。
「何しているんだ?」
「まぁ見ていろって」
『心音センサー起動。周囲の生体反応を視覚化します』
目の前に別のウィンドウが開き、簡易レーダーと無機質なグリッドが表示される。
簡易レーダーの反応がある方向に視界を向けると激しく明滅する光点が視界に飛び込んでくる。この大きさは鼠や小動物では無い。
箱や残骸を退けると中に先程のラージマウスがうずくまっていた。
「よう。鬼ごっことかくれんぼうはおしまいか?」
「ぎゃあ!またバレた!」
逃げようとしたところですかさず首根っこを掴む。
「はーなーせー!」
ジタバタともがくラージマウスをまじまじと眺めているロバート。
「すごいな……どうしてわかったんだ?」
「心臓の音が見えた……とでも言っておこうかな」
「?」
首を傾げるロバートはさておき、ぶら下げられているラージマウスを覗き込む。
「悪い事をしたんだからどうなるか分かっているよな?」
「ヒッ!」
それを見たロバートが示し合わせたかのように
「そういえば盗人は二度と盗むことができないように両手首を切り落とされるんだったっけ?」
「あ……あぁ……」
真っ青になって急におとなしくなる彼女。
「俺は走れないように足首を切り落とすと聞いたんだけどな?」
話を合わせる俺。楽 し く な っ て き た!
「いや……いやぁ……」
激しく震え、目はすでに涙目。もう少しショックを与えれば失禁でもしてしまいそうだ。
そこですかさず妥協案を出してやる。
「まぁさすがにそこまでは可哀想だしな……尻叩きで勘弁してやるか」
「軽くないか?」
耳が千切れそうなほど首を横に振る彼女。まぁそりゃ尻叩きで済むならそのほうがいいだろうな。
「反省してくれればそれでいいさ。いいよな?」
「(コクコクコクコク!)」
俺は膝の上にうつ伏せに彼女を乗せ、ショートパンツをずり下ろした。
「ひぃん!」
小ぶりながらも丸く形の良いお尻を
「そぉい!」<パシーン!>引っ叩く。「あうっ!」
「せぇい!」<ペシーン!>引っ叩く。「いたっ!」
「はぁん!」<ペチーン!>引っ叩く。「くぅん!」
………………
…………
……
「もう一丁!」<パァーン!>「はぁん!♪」
二十回過ぎたあたりからなんか声に甘さが混じってきた。さすがにこのあたりで終わらせたほうがいいだろう。
「ま、こんなもんだろ。もう悪さすんなよ?」
「はぁ……はぁ……え?終わり……?」
そんな酷く残念そうな顔をするんじゃありません。
「捕まったのが俺だから良いものの、ヤバい奴に捕まったらこんなもんじゃ済まないからな?」
「はい……ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるとラージマウスの少女はトボトボと立ち去っていった。
「(あんなことされたらクセになっちゃうよぉ……)」
その頬がほんのりと朱に染まっていたのは気のせいだろうか。
「さて、もどるか」
「なぁ」
不意に、ロバートが訪ねてくる。
「今のって結構役得だよな?」
「そうだな」
「どうだった?」
「やわらかかったぜ」
サムズアップ。
「チクショー!俺もやってみたかった!」
頭を抱えて悔しがるロバート。爆笑する俺。
「大分時間がかかっちまったな。早く戻って作業を再開するぜ」
「尻……やわらかそうな尻……」
「彼女でも作ってさせてもらえ。SMごっこをさせてくれるかどうかは別としてな」
鵺を担ぎ、箱をロバートに持たせ、来た道を戻ることにした。
〜リーエル商会 倉庫前〜
「いやー、有り難い!まさかコソ泥から荷物を取り戻してくれるとは!」
依頼者の親父さんは戻ってきた俺らを見て大変喜んでいた。
「大きな音が聞こえて来てみたら君たちがコソ泥を追いかけて行く所が見えてね。何とか一緒に追いかけようとしたんだが君達すら見失ってしまってね。心配していたんだよ」
そう言うと親父さんは両手で俺の手を握ってハンドシェイクしてきた。
「やっぱり冒険者さんは違うねぇ!さすがプロだ!今回の報酬は少し色を付けてあげるよ!」
ロバートの手も同様に握り、振っている。勢いが強すぎたのか若干頭がガクガク揺れている。
「それじゃあ引き続き頼むよ。疲れたら休憩していいからね!」
そう言うと親父さんは倉庫の中へ入っていった。
「よかったじゃないか。今日の酒の肴代くらいは悩まずに出せそうだぞ」
「俺は殆ど何もしていないんだけどなぁ……」
頬を書きながら、たははと笑うロバート。
「いや、彼女が何かを教えてくれなかったら今頃は逃げられていただろう。そういう意味では助けられたよ」
「ホント、フォローが上手いのな。あんた」
そして、二人して倉庫の中へ。仕事の時間はまだたっぷり。積荷もたっぷり。
「お疲れ!もうそろそろ切り上げようか」
親父さんが作業終了のベルを鳴らしに行く。しばらくするとカランカランと小気味よい鐘の音が鳴った。
「はい、今日の賃金。約束通り色付けておいたからね」
「どもっす」
親父さんから賃金が入った紙袋を受け取る。中身は二日くらいならギルド直営の宿に泊まれるぐらいの額である。
「荷物はまだ残っているからよければまた明日もよろしく頼むよ」
「了解。また明日も来ますよ」
「そりゃ有り難い。それじゃ、また明日」
「お疲れ様でしたー」
帰り道でロバートと合流。
「よう。お疲れ!」
「あぁ、お疲れ様」
ロバートは紙袋をみてニヤニヤしている。
「いやぁ、まさか臨時ボーナスが入るとは思わなかった。これもあんたのおかげだな」
「まぁ……俺も楽しませてはもらったけどな」
「……今俺は無性にお前を小突き回したい。というかやらせろ!」
そう言うと俺の首に腕を回し、ヘッドロックをかけながら顎をつむじにグリグリ押し付けてきた。地味に痛いぞこれ。
「あ〜だだだだ!やーめーれ!」
「こいつめ!あっはははは!」
男ふたりがじゃれあっている様は傍から見れば暑苦しかっただろうが、それでも楽しかったとさ。
12/02/21 20:44更新 / テラー
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