第四十八話〜鬼神との邂逅〜
対戦車ライフルという武器がある。
文字通り鋼鉄の箱とも言うべき戦車に対して弾が通るほどの威力を持つ大口径ライフルだ。
銃弾初速は時速750km/s程度、有効射程は91メートル程度の物だが、その破壊力たるや筆舌に尽くし難い物がある。
そんな弾丸を生身で防ぐ事ができるような奴なんているわけがない。
そのはずだったんだけどなぁ……。
〜緑の集落〜
「ま、そんな所じゃの。」
エルファ殿がアルテアに関して知っている事を話し、それにラプラス殿が付け加える形で彼がどのような人物かを語ってくれた。
いやはやなんとも。異世界人には学者の卵が多いと聞くが、彼は傭兵……それもかなり様々な修羅場をくぐり抜けてきた猛者だという事がわかった。
多少感情の上下が激しい所はあるものの、よくぞここまで真っ直ぐに育ったものだ。
「普通ここまで強大な力を手にし、殺戮と破壊に塗れればそれこそその者は性根が歪んでしまうものだ。よく道を踏み外さなかったな……」
『マスターが全力を出して戦う根幹にあるのは仲間や自分にとって大切な人、また罪もなく、無力な人々を救う事にあります。世界平和の為や、大義の為に戦っていないという事が大きな要因でしょう。』
人という生き物は力を持てばそれをどこかへ振るってみたくなるものだ。
故に必要な分だけ、必要な力を、必要なだけ振るうという事が難しい。
彼は明確な意図を持っていた為に歪むことが無かったのだろう。
『尤も、ある意味ではマスターは既に歪んでしまっているのかもしれません。理不尽に人を傷つける者や、強大な力を持つにも関わらずそれを無闇に振るう相手に対しては全く容赦をしませんから。それこそ、命を軽視するまでに。』
「味方以外は全て敵……か。寂しい事だな。」
「うむ。敵を憎むばかりではいずれ全てが敵になってしまう。兄様にそれを教える事ができればよいのじゃが……」
2人で彼の行く末を案じていると、強烈な違和感に襲われた。
二人……?
彼の話であるのならば、当然フェルシアも参加するはず。
しかし、当のフェルシアは沈黙を保ったままだ。
彼女の方へ視線を向けると、座ったまま俯いてじっと動いていない。
さらに違和感が襲いかかってくる。
鎧を纏っているにも関わらず、肌寒い。
今は真夏、夜中だったとしてもそれなりに気温は高いはずだ。
しかし、鎧越しに感じる冷気は夏の夜の物ではない。
こんな気温は、ありえない。
違和感はまだまだ尽きない。
外が、異常に静まり返っている。
今が夜だったとしても、人が寝静まるにはまだ早い時間の筈だ。
つい先程まで夕焼けの空だったにも関わらず、外は真っ暗になっている。
話し込んでしまったとしても、この暗さは異常だ。
「アルテア、アルテア!起きろ、様子がおかしい!」
私が肩に手を当てて揺すると、アルテアはすぐに目を覚ました。
誰かに肩を揺り動かされる。
熟睡していたとはいえ、即座に起きられるように訓練は受けているために眠気は一気に吹き飛んだ。
「状況は?」
「外が異常に静かだ。フェルシア殿も寝ているにしては静かすぎるし……なにより肌寒い。一体何が起きているんだ?」
窓の一つから身を隠して外の様子を伺う。
その目に飛び込んできたのは……
「雪……だと?」
村全体を白い雪が覆い始めている。
元々気温が高かったために若干溶けかけていたが、それを補って余るほどの雪が降っていた。
「馬鹿な……こんな異常気象起こるわけが……」
そう言いかけて、ふと最近関わった事件について思い出す。
青松村を襲った夏の大寒波。ありえない気象。
「そうかよ……また天候制御装置か。」
『マスターの報告にあった例の装置ですか。』
外を伺っていると、大柄な人影が何かを担いでノシノシと歩いていた。
暗くてよく見えないが……
「暗かったら照らせばいい話だ。ラプラス、アポロニウスを。」
『了解、アポロニウス展開します。』
鵺上部のハッチから1基の照明用ビットが飛び出した。
そいつが人影を照らし出す。
「……あん?」
全身が強固な装甲板に覆われた、大柄な人影が浮かび上がる。
肩には、リザードマンを担いでいた。そして、その鎧の人物の手が……
「っ!?なんてこった!」
真っ赤に染まっているのが見えた。
恐らくは返り血。少なくとも動物か何かを切り裂いた物ではあるまい。
「エルファ、フィー、ミスト!行くぞ、奴を止める!」
窓枠から外に飛び出し、エルファ、ミストと続く。
しかし、フィーだけは出てこなかった。
「フィー!何をして……」
彼女は空き家の中で倒れており、ピクリとも動く気配がない。
「冬眠だ!彼女は暖かくなるまではまず起きないぞ!」
「なんてこった……!フィーの剣術はかなり当てにしていたのに!」
フィーがいないとなると前衛の火力が大幅に下がる。
そうなると矢面に立つミストの負担が大きくなるのは自明の理。
彼女が倒れたら……もし対処しきれなくなったら総崩れになる!
「やるしかないのか……!」
駆け寄ってきた俺達に気づき、その鎧はこちらへと向き直った。
兜の隙間から赤く輝くモノアイがこちらを見ている……モノアイ?
「こいつ……人間じゃないのか……?」
「少なくとも魔力は感じられんのぉ。ゴーレムとも違う気もするし、かといってサイクロプスが鎧を着ているだけというわけでもあるまい。」
「どうやら悠長に話し合っている暇はないみたいだ。来るぞ!」
ミストの注意喚起と共に鎧がその場にリザードマンを放り出し、こちらへ突っ込んでくる。
背中からサブアームが展開し、背後に留めてあった大剣を目の前に下ろす。
「笑止!その程度で!」
ミストが盾でその大剣の一撃を防ぐ。
衝撃の余波がこちらまで響き、ビリビリと肌を揺らす。
そのままつばぜり合いへと持ち込まれ、力比べとなった。
『ここで見ているだけというわけには行かないでしょう。レミントンM700狙撃銃展開。』
「応!援護射撃だ!」
膝立ちになり、狙撃姿勢を取る。狙うのはミストの肩越しの鎧の頭部。
寒さに指が悴み、狙いを付けづらいがそこは気合でカバーする。
「っ!」
照準が合ったと同時に発砲。弾丸は吸い込まれるように鎧の頭部へと直撃し、衝撃で上半身を仰け反らせる。が……
「おいおい……嘘だろ……!」
効いた様子が全くない。確かに弾丸は兜を貫通し、頭を内部で吹き飛ばしているはずなのだがその動きに陰りはない。
「こいつ、ガーディアンか!ミスト、そいつから離れろ!」
ミストもうまく大剣で捌きつつ後退するのだが、それにうまく歩調を合わせ、常に鍔迫り合いへと持ち込まれる。
このままでは決定打が与えられない……そう思ったその時、ガーディアンの背丈がガクっと一段階低くなった。
見ればエルファの位置がガーディアンの真後ろ、数メートル程の所へと移動していた。
「『足斬り』じゃ。」
よく見ればガーディアンの脛から下が切り落とされていた。身長が下がった原因はこれか。
機動力を大きく削がれた事で動きが鈍り、ミストがその場から離脱する。
「エルファ!そこをどけ!」
『レミントンM870ショットガン展開。スラッグバレット。』
鵺からショットガンを展開させ、単発性弾丸を装填。
狙うのはコア。トリガーを引くと轟音と共に弾丸が飛翔し、ガーディアンの鎧に大穴を穿った。
ガーディアンは低音と共に膝をつくと、雪の中にドウと倒れこむ。
「……ふぅ……なんとか倒したか……」
「こいつは兄様が以前言っていたガーディアンとか言う奴かの?」
鎧の胸部を無理やり引き剥がすと、砕け散ったコアが鎧の中に散乱しているのが見て取れた。
まず間違い無くガーディアンだろう。
「天候制御装置が働いている時点でこいつが出てくることは十分予想ができたかもしれないな……そして……」
周囲からガシャガシャという足音がいくつも聞こえてきた。
もはや嫌な予感を通り越して最悪の展開しか想像できない。
「少なくとも倒さなければいけないのはこいつ一体だけじゃないってことだ……!」
降り頻る雪と闇の中から現れたのはガーディアン。その数、20は下らない。
しかも今戦った物とはデザインが異なるものもいくつかある。
一つは長い筒を背中に背負っている物。
背中の筒は箱と蛇腹のレールのようなもので接続されており、おそらくは砲身とアモボックスか何かなのだろう。
足に姿勢安定用のツメが付いているあたりその砲撃の威力の高さが伺える。
一つは先ほどと同じような甲冑群。背中の得物はそれぞれ違い、大斧や双剣、大太刀から槍までバリエーションは様々だ。
一つは薄い羽のような物で空中を浮遊する物。手には筒を装備した物が装備していたアモボックスを抱えている。こいつの構成は長筒2体に対して1体程度だろうか。
恐らくは長筒の補給係だろう。
「こいつは……絶体絶命って奴か?」
「兄様、今直ぐしっぽを巻いて逃げんかの?あの筒は大砲か何かじゃろ?流石のわしらも大砲の集中砲火には耐えられんぞい?」
「逃げられるわけがないだろう……?村の中にはまだ村人もいるし、空き家の中にはフィーもいる。ミンチにならないように上手く立ち回って全部叩き潰すしか無い。」
とはいえこれは……いささか分が悪い。
集中砲撃の対処法?土嚢に隠れても無駄だろ、そんなもん。
「とりあえず今は……」
「今は?どうする?」
じりじりと後ろへ後ずさる俺達。こうなればもう道は一つぐらいしか残されていない。
「隠れろ!ミンチにされるぞ!」
全員まとめて近くの空き家……俺達が潜伏していた場所へと飛び込む。
飛び込んだ瞬間、世界が割れたかと思うほどの爆音と共にレンガの壁が破壊されていく。
俺達はというと情けないことに姿勢を低くして耳をふさぐ事ぐらいしかできなかった。
3分程の集中砲撃が終わり、辺りが静かになった。
空き家はというと屋根は吹っ飛び、レンガは瓦礫の山と化し、柱に至っては途中からボッキリ折れていた。
レンガの破片はミストが俺とフィー、エルファを庇ってくれたため刺さることはなかったが、彼女の後頭部が切れてしまったらしく、大量の血が俺達へ滴っていた。
「ミスト……大丈夫か?」
「少し切れただけだ。この程度は問題ない……が……」
俺とミストは周囲を見回した。
物の見事に遮蔽物が無くなっている。
かろうじて周囲のレンガの壁が残っているが、屈んだだけで頭が見えてしまいそうだ。
「つーかこの文明レベルであの連射速度と威力ってありえねぇだろ……絶対オーバーテクノロジーだっつうの……」
『発射音から推測すると物理弾丸、主に対戦車用徹甲弾を使っていると思われます。』
この文明レベルでは再現が難しい薬莢式の装弾法か……
どう考えてもこれは……
「アルター、だな。」
『ですね。』
教会の都市でもランドリーがあったぐらいだ。軍事技術を渡していない筈はない。
しかもこのガーディアンの意匠、どこかで見たことがあると思ったら……
「アラストルか、クソ!」
俺達フェンリルも幾度か交戦したことがある。
某テロ組織が開発した超小型機動兵器だ。
どうやら自爆装置までは付いていないみたいだが、耐久力に関してはほぼ互角と言ってもいいかもしれない。
その装甲を切り裂くエルファもエルファだったが……
『電子制御は成されていないでしょうね。ハッキングして乗っ取ることも不可能ですから強力な火器で破壊するしかないでしょう。』
俺達3人は動いていることを勘づかれないようににじり寄りながら外壁の残骸の側まで移動する。
「む、誰かおるな……」
いち早く気づいたのはエルファだった。
よく目を凝らしてみると、確かにガーディアン以外の誰かがあいつらに包囲されている。
「まずいな、あれだと逃げるに逃げられんぞ。」
『援護砲撃しましょう。プチアグ……』
「いや、ちょっと待て。」
ビーム砲を展開しようとしたラプラスを抑える。
あいつ……口元が笑っている?
男は挑発するように目の前のガーディアンに対して指を振っている。
大筒型のガーディアンが砲身をそいつに向けた。
そして、爆音と共に弾丸が射出される。
射出と同時に男がミンチに……
「ウソ……だろ……?」
「なんと……」
『ありえません』
ならない。それどころか発射された弾丸を手で受け止めていた。
男の手から湯気が立ち上っているのがその証拠だ。
男はそれを振りかぶって発射してきたガーディアンに投げつけた。
<パガッ!>
何かが割れる音と共にガーディアンの動体が消し飛んだ。
投げつけた弾丸は貫通して地面へ激突。巨大な土飛沫を上げる。
男が腰から何かを引きぬいた。それを縦横無尽に振り回し、何かを発射。
辺りのガーディアンがまとめてのけぞった隙に背中の大剣を手に取り、一体へと斬りかかる。
両腕を切り落とし、拳を振るって鎧を突き破り、中のコアを叩き潰す。
機能停止したガーディアンをさらに別の集団へ向けて投げつけ、動きが鈍ったところをまとめて切り伏せる。
あれよあれよと言う間にガーディアンが片っぱしから機能停止に追い込まれて行った。
「あいつ……何者だ……?」
「あんなデタラメな戦い方、見たことも無い。型もセオリーも全部無視している。」
全てのガーディアンを切り伏せると、役目は終わったとばかりに男は悠然と去っていった。
声を掛ける事すら忘れていたのだが、もし声を掛けたとしても今度はこちらがなます斬りにされそうだった。
「とりあえず……助かったのか?」
「だろうな……少なくとも死んではいない。」
『状況終了です。お疲れさまでした、皆さん。』
俺とミストがホッと安堵の息を吐き、ラプラスが戦闘終了の合図を出す。
「あの者……まさか、の」
俺達は周囲を探索し、天候制御装置を発見するとそれを停止。
装置の処遇は魔術師ギルドへ一任される事が決まった。
戦いが終わった後、ミストはなにやら難しい顔をして、「行く所があるから数日留守にする」と言い残して馬でどこかへ行ってしまった。
結局わかったのは謎のロボット集団が天候制御装置を使って寒さに弱い魔物の集落を襲っているということぐらいで、何のために襲っているのか、あのロボットの出所はどこなのか、突然の闖入者の正体など不明点を多く残す後味の悪いクエストとなってしまった。
11/11/19 10:05更新 / テラー
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