IFストーリー〜小さくない傷痕〜
結局その後もエクセルシアも探しだせず、しかもドリアードも目を覚まさなかった。
失意に暮れる俺を元気づけようとしたのか、チャルニが自分のいたコロニーへ行かないかと誘ってきた。
何時までも落ち込んでいるわけには行かない。せめて気分転換にと彼女の提案を承諾したのだ。
「何だ……?どこかから声が……」
進行方向から声が聞こえてくる。しかも一つではなく複数だ。
殆どが女性の声……?
「これ……泣いてる……?」
そう言われてみれば確かにすすり泣きのような、むせび泣きのような、悲しみに泣き叫ぶような声のような気もする。
それは、チャルニが元々住んでいたコロニーに近付くに従って大きくなってきた。
〜ホーネットの巣〜
泣き声の発生源は、やはりこの巣の中からだった。
門番風のホーネットがぐったりと入り口で壁にもたれかかっている。
「おい、大丈夫か?」
「あぁ……あんたは?」
生気のない目で俺を見上げるホーネット。
その顔には、はっきりと涙を流した跡がついていた。
「ここを通りがかった冒険者だ。このコロニーに住んでいた奴もいる。」
彼女がチャルニの方を見ると、少し目が見開かれる。よほど驚いたのだろうか。
「あんた……戻ってきたのか。」
「……うん。一体何があったの?なんだか様子がおかしいけど……」
彼女は首を振って悲しげに説明し始めた。
その内容は、想像を絶する物だった。
「2,3日前だったかな……突如としてこの森に巨大な木が生えてきたんだ。あんたもみたろ?」
恐らくE-クリーチャー化したドリアードの事だろう。
尚も彼女は話を続ける。
「その頃からこの森は変になったんだ。あちこちで化け物が現れて……気づいたらこの巣も化け物だらけだった……多分、あれは魔物だったんだろうな。あたしも最近までの記憶がないんだ。」
白くなるほど拳が握り締められている。声も心なしか震えているようだ。
「気がついたのはついさっきだよ……そしたら……あたしの……あたしのクェイドが……!」
ボロボロと涙を流す彼女。もはや止めようとしても止められないようだ。
「あちこち刺されて……全身腫れ上がって……死んでいたんだ……!」
「…………」
「姉妹達も……無事じゃない奴もいた。腹が突かれたり……頭が割られていたり……生き残った男達が言うには化け物と応戦して倒した数と一致するって言うんだ……」
小さく震える俺を見て、彼女が詰め寄ってきた。
俺の腕が痛いほどに強く掴まれる。
「なぁ、あんた。何かしらないか?一体何が起きたんだよ……!何で……なんでみんな死んでいるんだよ……!」
「……誰も……誰も悪くなんかない。悪くなんか無いんだ。」
俺は……そう言うので精一杯だった。
俺とチャルニは死んだホーネットと男達の埋葬の手伝いをしていた。
あまりに被害が大きすぎて人手がいくらあっても足りないのだそうだ。
「何で……こんな事になっちゃったのかな。」
「…………」
「なんで……ここだったのかな……」
「……」
俺は何も答えることが出来ない。
ただ、黙って穴を掘り続ける。
また一人、穴の中に寝かされた。その上に土を丁寧に掛けていく。
「なんで……なんで……っ!」
「………………」
耐えられなくなったのか、スコップを放り出してチャルニが俺の胸に飛び込んできた。
顔を胸に押し付けて泣きじゃくっている。
「アタシはっ!別にみんなに死んでほしいわけじゃなかった!疎ましくは思っていたけど、死んでほしいなんて思ったりしなかった!」
「チャルニ……」
「みんなの気持ちが……ようやくわかったのに……!いつか……アルを紹介しようと思ったのに……っ!」
「…………」
「みんなに……申し訳ないよ……!こんな事なら……アタシ……」
「チャル、その先を言うな。」
「アタシ……アタシなんか……!」
「チャル!」
その先を言わせないように、強くチャルニを抱きしめる。
それだけは、絶対に言わせない。
「生きろ。死んでいった姉や妹の分まで……生きろ!伴侶が死んでしまった姉妹の分まで幸せになれ!」
「アル……」
彼女が自分を責める必要などどこにもないのだ。
あの厄災は俺の世界から飛び火した物。全ての原因は俺達の世界にある。
だから、償いをしなければならないのは俺達の方なのだ。
「一人が辛いなら、俺が支えてやる。お前を一生……一人になんかさせない!」
「ぅ……ぁ……ぅぇぇぇええ……」
彼女は俺の腕の中で、様々な感情がごちゃまぜになった状態で、泣き続けた。
彼女の落とした涙は、心に染み渡るぐらいに温かかった。
〜ギルド宿舎 アルテアの部屋〜
旅の館でマークウッドから戻り、簡単な報告をミリアさんに済ませて自室へと戻ってきた。
何故かって?妙に浮ついたチャルニに引っ張られていたからだ。
「おい、どうしたんだ?お前妙に浮かれているぞ。」
「んとね……えと……さっきの事だけど……」
さっき……殺気?刺客でもいるのか?
「ラプラス、索敵範囲拡大。不審人物がいないか調べてくれ。」
『マスターは変な所でドが付くほど鈍いですね。』
そう言うなり自分からスリープモードに入ってしまった。一体何だって言うんだ……
目の前ではチャルニが頬に手を当てて顔を真赤にしているし……真っ赤?
「さっきのあれって……プロポーズ……だよね?」
「だからあれとは……」
──一人が辛いなら、俺が支えてやる。お前を一生……一人になんかさせない!──
自覚して一気に顔に火がついた。うわ……まともにチャルの顔が見られない。
「うわ……うわわ……どうしよ、どうしよ……ものすごく恥ずかしいんだけど……」
「落ち着け、俺まで恥ずかしくなってくるから。」
ええい……落ち着け、俺。チェリーボーイでもあるまいし。
……そういえば、俺が誰かにはっきりと好意を伝えたのは……彼女が初めてな気がする。
それほどまでに……彼女に惹かれていたという事だろうか。
「あ〜……チャルニ、落ち着いて聞いてくれ。」
「嬉しいんだけど困ると言うかいや別に本当に困っているわけじゃ……え?」
なんか悶えまくってグネグネしている彼女を落ち着かせる。
「あの時は勢いだったから、今あらためて言わせて欲しい。」
「……うん。」
一旦深呼吸をする。焦るな……何もこれから殺し合いをしようって訳じゃないんだ。
刃物や銃を突き付けられるより気は楽な筈だ。……なのに、なぜか心臓の鼓動が止まらない。
あぁ、これが恋ってやつか。
俺は常に戦場に身を置く立場だった故に、恋愛に関してはかなりドライになっていた節があった。
結婚しようなんて言った日に相手が死んでしまった、なんて話はザラにある。
故に異性とは常に一定の距離を置いてきたつもりでいた。まさか……これほどまでに接近されるなんて。
「チャルニ、一生……俺の側にいてくれないか?」
「……うん。嫌だって言っても、もう離さないから……!」
まぁその後は言わずもがな。幸せの絶頂にいるチャルに押し倒されて一晩中繋がっていた訳だ。
で、それが実を結んで……まぁあれだ。彼女に新しい命が宿った、とだけ言っておく。
エクセルシアを全て回収し、現世界に姿を表したデウスを破壊した時に向こう側への道も開いたのだが……俺はそれを通り抜ける事は無かった。まぁ、カミさん放って自分の世界で暮らすなんてできないからな。
その後俺達は冒険者を引退し、あの時死んでしまったホーネットやそのパートナーを供養しながらチャルのコロニーで暮らしている。
そう、『チャル』のコロニーだ。なんと女王バチにまでなってしまった。
今では娘が何人いるかもわからない……なんて嬉しいのか恐ろしいのかという状況になっている。
ちなみに……娘の顔が殆ど同じなので、一人ずつキャプチャーを取って名前を付けて保存してある。だって覚え切れないし。あ、この事はチャルに内緒な。
「ねぇ、アル。」
「なんだい?女王様」
おどけてそう言うと彼女は必ず渋い顔をして俺のおでこをペチと叩いてくる。
どうもその呼び方が慣れないらしい。
「アタシさ、こんなに幸せになってもよかったのかな?」
「それ以上言ったら怒るぞ?というかお前には幸せになる義務がある。それ放棄したらお前の姉や妹に祟られるぞ?」
くわばらくわばらと手をこすり合わせる俺を見て苦笑する彼女。
おそらくもうすぐ、また新しい娘ができるかもしれない。
多分、それは俺が死ぬまで続くだろう。
それまでは、彼女の幸せを俺が支えるのだ。彼女が自分を傷つける必要なんて、何も無いのだから。
11/11/06 08:42更新 / テラー
戻る
次へ