幕間〜エルファの悪夢〜
諸君は幼い頃に悪夢にうなされた経験は無いだろうか。
高い所から落下する、底なし沼に埋まっていく、恐ろしい怪物に追いかけられるなど、それは人によって色々だろう。
ちなみに俺は教育番組の工作のおっちゃんにラーメンをすすりながら追いかけられるという意味不明な悪夢を見たことがある。これは余計か。
今回の話はその悪夢に関することだ。いや、怖がったのは別に俺では無いのだけれどな。
〜魔術師ギルド 研究室〜
今俺は椅子に座らされ、妙な装置を取り付けられたティアラを被せられていた。
その装置を辿っていくと、妙な機械……ではなく、魔方陣へとつながっていた。これは一体どういうことだろうね。
「実験に協力して欲しいからって事で来たわけだが……これは一体何だ?」
「これはの、兄様の……なんだったかの、でんのーせかい?にわしが入り込む為の術式なんじゃ。」
どうやら以前話した事のある俺の脳チップに関する事に興味を持って色々と試行錯誤していたらしい。
「将来的には人の精神とかにも入り込めるようにして……廃人になってしまった人の心を治す事にも使えるようにしたいな〜と。」
「で、本音は?」
そう言った途端、彼女が頬に手を当ててくねくねと身をくねらせ始めた。
「誰も邪魔の入らない世界で兄様と二人っきりでイチャイチャしたいな〜と。」
「……さよか。」
ちなみに今回ラプラスはお留守番だ。
別に戦闘なんて起こるはずもないので持ち込んでいないだけなのだが。
「さて、いくぞい!」
「はいはい、ど〜ぞ……ん?」
ふと、視界の端っこにゲスト入出のダイアログが。
名前は……『Blade』……?この世界で俺の脳チップに干渉することができるのは彼らだけなので、恐らく関係者のはずだが……。
「おい、エルファ。ちょっとま
言い終わる前にエルファが詠唱を終わらせ、急激に意識が電脳世界へと引っ張られていった。
<DIV───gs%s9nテmanヒman外msu>
〜混合電脳世界〜
いつものダイブプロセスとは異なった感覚に戸惑いつつ、目を開けると……そこは霧がかった静かな街になっていた。
バトルシミュレーターが起動したのであれば驚く事ではないのだが、もっと驚くべき事は他にあった。
「なんか……でかくね?」
そう、周囲の建築物が異様に大きいのだ。
強いて言うのであれば、そう。巨人の街に来てしまったかのような感覚が近い。
「あれ……ここは?兄様〜!どこいったんじゃ〜!」
後ろの方からやたら大きな声が聞こえてきた。
というか、この声には聞き覚えがある。
「エルファか。一体何が起きて……」
振り向いて、俺はさらに驚愕する事になった。
巨大化したエルファが、そこにいた。
「ちょ、でけぇ!?どうしたんだエルファ!?」
「む……兄様の声。兄様〜?どこじゃ〜?」
聞いていて耳が壊れそうだ。
鼓膜を震わす大音量の叫びは脳を直接震わすほどのソプラノボイス。
これを一日中聞かせられたら気が狂いそうだ。
「うるせぇよ!もう少し声のボリューム落とせ!」
「……一体どこに……あ。」
漸く足元の俺に気がついたようだ。
屈んで俺をまじまじと眺めるエルファ。というかすじが見えている。すじが。
「兄様が縮んどる……。」
「こっちから見たら周りが異常にでかくなっているように見えるんだがな。」
俺を潰さないように手のひらに乗せると、目の高さまで持ち上げた。
というか、これは高すぎて地味に怖いぞ。
「兄様はでんのーせかいではいつも小さくなるんかの?」
「んなわけねぇだろ。いつもと勝手が違うんだよ。」
口元と近いお陰でより一層声がでかく聞こえる。正直言って頭が痛い。
耳を塞ぎながら話をしている俺に気がついたのが、少し声量を落としてくれた。
「一体どういうことなのかのぉ……」
「わからん。以前から魔力が俺の脳チップで妙な変質を見せることが多々あったんだが……これもその一つかもしれないな。」
俺の言葉に妙に納得していたエルファだったが、急にこの世の終わりのような表情をして固まった。
一体どうしたのだろうか……
「このサイズの兄様ではイチャイチャできないのじゃ……」
「そうかい……、そりゃ残念。」
ガックリうなだれているエルファに呆れていると、遠くからなにか唸るような音が聞こえてきた。
「この音……単分子カッターか……?しかしもっと低いような……」
「な、なんだか不気味じゃの……」
その間にも唸りは段々と近くへと聞こえてきている。
「何が起こるかわからんし……早めにログアウトプロセスを起動しとくか。この状態で襲われたら反撃できん。」
「早くするのじゃ、何かが近づいてきおる……」
しかし、ログアウトプロセスを起動しようとしても帰ってくるのはエラーの反応ばかり。
アンカー(離脱妨害プログラム)でも仕掛けられているのか……?
「くそっ……何が起こっているんだ?俺の頭の中の事なのにありえねぇぞ。」
「に、兄様……?あれは、なんじゃ……?」
霧の中から何かがゆっくりとこちらへと歩いてきている。
先程から聞こえてきている唸りもあれからだ。
そして、霧から姿を表したのは……
『キ、キ、キ、キ、マ、マ、マ、マ……』
手にはチェーンソーを持ち、顔をホッケーマスクで覆っている。
B級ホラー映画で有名な怪人……ジェイソンだった。
今までは霧に隠されていて気付かなかったが、彼の真上に商店街のアーチのようなものがかかっていた。
その看板には……
『Well come to Crystal lake』
「兄様……何者じゃ?あいつは……」
「マジか……本格的にヤバいぞ、これは。」
その間にも、奴がエルファ目掛けてゆっくりと歩み寄ってきていた。
あまりの不気味さにエルファも後ずさる。
「とりあえず、攻撃しても構わんかの?」
「構わないが……倒せるか?」
相手はあのジェイソンだ。そのしぶとさたるや、11回も映画が作られた程だ。
エルファは俺を頭の上に乗せると、背中の鎌を手に取って詠唱を始めた。
『荒ぶる地獄の業火、ここに顕現せよ……その貪欲なる牙によって敵を焼き砕け……!』
なんだかかなり詠唱が物騒なことになっている。今日のエルファはかなり本気だ。
『メギドフレア!』
鎌をジェイソンに向け、詠唱を完了させる。
……が。
「…………?」
「……あれ?」
何も起きない。
いつの間にかジェイソンが俺達へと接近しており、チェーンソーを振りかぶっていた。
「マズい!エルファ、避けろ!」
「ぬおぉ!?」
咄嗟にエルファが鎌を横に構えて受け止めるが、長続きする筈がない。
髪を後ろへと引っ張り、エルファをのけぞらせると鎌の柄が両断され、今までエルファの頭があった場所をチェーンソーが通過した。
「あぶないのじゃあ!」
「いいからさっさと逃げろ!魔法も鎌もない以上お前はただの幼女だ!」
俺の言葉に蹴られるようにエルファがヤツに背を向けて駆け出す。
俺はと言うと振り落とされないように髪の毛にしがみつくのが精一杯だった。
〜ここからはセリフの大きさを統一します。正直めんd(ry〜
「一体どうなっとるのじゃ!?」
「電脳世界じゃ魔法という概念が存在しない!つまり俺の脳チップが魔法の行使というプロセスを認識できないんだ!そうなるとあとは電子体自体の強度に依存するしか無い!」
「つまりは?」
「ガチで殴れ。以上。」
「そんな無茶な!?」
俺とエルファは薄暗く霧の立ち込める森の中を全力疾走していた。
後ろには未だにジェイソンが追いかけてきている。
というか……あいつは歩いているはずなのに妙に追いつくのが早い。これがジェイソン効果という奴か……!
「ろぐあうとぷろせすとかはどうなったんじゃ!?」
「悪いが使えん!何かに妨害されているか、はなっから故障している!無理矢理お前の精神と俺の脳チップをつないだ悪影響かもしれん!」
「なんじゃとー!?」
現に没入時も変な文字化け起こっていたしなぁ……こりゃ思った以上に状況が悪化しているのかもしれない。
「せめてアクセサリでも呼び出せれば状況は好転していたんだが……」
「アクセサリとはなんじゃ?指輪でも出すんかの?」
「この状況でんなもん出してどうする。ハンドガンとかサブマシンガンとかの電子体用のオプション装備だよ。さっきから呼び出しているんだが……だめだ。応答しねぇ。」
せめてシュミクラムが使えたら……と思った時、気づいた。
普通にシュミクラムになれば対抗できるんじゃないか?
「エルファ、降ろせ!打開策を思いついた!」
「本当かの!?なんでもいいからやるのじゃ!」
急ブレーキをかけ、頭の上にかざした手に乗って地面へと降り立つ。
エルファを少し下がらせ、シュミクラムへの移行プロセスを起動する。
<SHIFT>
手が、足が、体が、心臓が、頭が、それぞれ鋼のボディへと置き換わっていく。
電子パルスは心臓の鼓動と同調し、マシン全体へ活力を送っていく。
『うし……これで……!?』
目線の高さが大して変わっていない。
せいぜい40センチ……所謂合成樹脂製の組み立て式模型程度の大きさしかなかった。
「……兄様、それでどうにかなるんかの?」
『……無理。』
この大きさでは標準装備のハンドガンは豆鉄砲程度の威力しか出せない。
しかも行動入力の遅延は全然治っていないのだ。正直言って今の俺は逃げまわることすらおぼつかないただの合金人形に過ぎなかった。
『拾え!そして逃げろ!』
「やっぱりこうなるのかえ〜!?」
俺を拾い上げて頭に載せるエルファ。
俺はシュミクラム化を解除して元の姿へと戻る。
どうせ重いだけならばなっているだけ損だろう。
また一周してあの街の中へと戻ってきてしまった。
背後にはいまだにジェイソンが追ってきている。
「思いだせ……思いだせ……!何か、何か弱点があったはずだ……!」
ふと見ると、一つの建物に明かりが灯っているのが見えた。
あれは……ホームセンターか?キャンプ用の資材や別荘の管理用の道具を売っているのかもしれない。
人がいるかはわからないが、少なくとも電気が通っているという事だ。
その時、一つのレシピと共にある作戦が思い浮かんだ。
「エルファ!あの明かりの付いている建物へ入れ!内側から鍵を掛けるんだ!」
「また何か思いついたんかの!?今度は大丈夫じゃな!?」
「ぶっちゃけ賭けだ!しかし何もしないよりはマシだ!」
駆け込んだのは小さなホームセンターのような場所。
内側から鍵をかけ、バックヤードにも回ってバリケードを積んだ。
「で、ここで立て篭る気なのかの?あの武器……恐らくは時間をかければこの程度破られてしまうぞい?」
「今から言う物を何とかしてここから調達しろ。硝酸アンモニウム、軽油、アルミホイル、ステンレス製の水筒、銅線、スタンガン、ガムテープだ。」
「何のことだかわからんのじゃ……」
「俺が指示するからとにかく集めてくれ。早くしないと破られるぞ」
俺の指示の甲斐あって、なんとか物を集めることができた。
持ち寄ったものと幾つか必要な器具をカートに載せてバックヤードへと持ち込む。
「まずはアルミホイルをミキサーに入れて粉末状にするんだ。ミキサーはこれだ。黒い箱の上にガラスのジョッキみたいな物がくっついた奴。」
「あのジョッキの中に入れればいいんかの?」
「あぁ、入れたら蓋をして……下の方にあるスイッチを押すんだ。少し待て、そいつのプラグを挿してくる。」
従業員が使う給湯室の調理台の上に載せてもらい、ミキサーの後ろにあるケーブルを引っ張ってコンセントへと繋ぐ。
「入れたか?」
「うむ、蓋もしたのじゃ。」
「よし、スイッチだ!」
踏み台の上に乗ったエルファがミキサーのスイッチを押す。
すると、中の刃が高速回転をしてアルミホイルを粉々に砕きはじめた。
「ほえぇ……これは凄いの。野菜なんかを入れたらあっという間に粉々になりそうじゃ。」
「本来の用途はそっちなんだけどな……粉末状になったら水筒に入れてくれ。粉を吸い込まないように注意しろよ。」
「うむ、了解なのじゃ。」
エルファが注意深くミキサーの中の粉末をスプーンで水筒に移し替えていく。
「今度は硝酸アンモニウムだ。そう、その顆粒状の白い奴だ。」
「ふむ……これはなんじゃいな。」
「一応肥料の一種だ。こいつをミキサーの中に入れるんだ。んで、また粉末にする。」
ザラザラとミキサーの中に白い粒が投入されていく。
スイッチを押すと中の粒がどんどん砕かれていった。
「んで、そいつを水筒の中に入れる。ドバっと入れていいぞ。」
ある程度水筒に入れたら蓋をさせる。
「んで、思いっきりシェイクだ。中身が均等に混ざるくらいにな。」
「うぬぬぬぬぬぬ!」
蓋を開けて混ざったのを確認したら、次の段階へと移る。
「次は灯油だな。ちょっと臭いが我慢しろよ。ほんの少しずつ加えていくんだ……」
「少しずつ……少しずつ……」
上のほうが少し染みるぐらいになったら止めさせる。
「で、棒か何かで全体になじむようにかき混ぜるんだ。」
「のう、兄様。一体これはなんじゃいな。」
「何、ちょっとした野菜スープだ。」
「……今まで野菜なぞ1つとして出てきとらんではないか。」
次は水筒の中の物に銅線を二本ブチ刺し、スタンガンに接続する。
蓋をきつく閉めれば完成だ。持ち運びがしやすいように籠の中へ出来上がった物とガムテープを入れる。
彼女は訝しげに出来上がったものを眺めていた。
「結局……なんなのじゃ、これは。」
「俺お手製ANFOもどき……とだけ言っておく。スタンガンのスイッチに触れるなよ。……っと、少し細工をしていこう。」
エルファに冷蔵庫にくっつけてあったキッチンタイマーを持たせ、バックヤード側の非常口……バリケードが張ってある場所へと仕掛けさせる。
「1分で十分だ。その縦棒が書かれているボタンを押して……そう、それでいい。そいつを扉に貼りつけろ。」
バリケードの隙間から鉄製のドアにキッチンタイマーを貼り付ける。
「で、スタートボタンを押す。そう、その大きめのボタンだ。押したら早めに正面の入り口に回るぞ。」
押したと同時にエルファが駆け出して出口へと急ぐ。
着くと同時にバックヤードからキッチンタイマーの鳴る音が聞こえてきた。
ガンガンと正面の入り口を叩いていたジェイソンはそちらに気を取られたらしく、入り口から離れてそちらの様子を見に行ったようだ。
「今だ!そのまま湖の方へ走れ!」
勢い良く扉を開けた事に気付いたのか、ジェイソンが再びこちらを追跡しはじめる。
今回はむしろ付いて来てもらわなければ意味が無いので都合がいい。
〜クリスタルレイク 湖畔〜
「兄様!追い詰められたのじゃ!」
「それでいい!桟橋の上へ逃げろ!」
近くの老朽化した桟橋の上へと逃げるエルファ。
ただし、本当の作戦はここからだ。
「その水筒を桟橋の柱に仕掛けろ!あとは可能な限り離れるんだ!」
言われた通りに桟橋の柱にガムテープを使って水筒を固定し、スタンガンを持って銅線を伸ばしながら端っこまで逃げる。
ジェイソンは桟橋の根元に差し掛かった所だ。
「チャンスは一度きりだ。合図があったらそのスイッチを押せ。」
「兄様、わしはまだこれがなんなのか説明を受けていないんじゃがの……」
言われた通りに彼女はスタンガンのスイッチに手を添える。
彼女の手が細かに震えていた。
「あいつが水筒の近くまで来た時がチャンスだ。しくじるなよ……」
「…………」
彼女の震えが止まる。どうやら覚悟を決めたようだ。
「結構衝撃が大きいからな……ふんばれよ?」
「わかったのじゃ……」
そして、設置した水筒の隣を奴が通過しようとする……
「今だ……!」
「……っ!」
エルファの指が手元のスイッチを入れる。
バチリという電撃が走る音と共に、銅線に繋がれた水筒の中身に電流が流れる。
次の瞬間、
爆発。閃光。衝撃。
桟橋の柱が折れ、バランスを崩したジェイソンは水の中へと落下した。。
その様子をあっけに取られたように見ているエルファ。
「何なのじゃ……あの爆発は。」
「Ammonium Fuel Oil Explosive……要するにアンモニア爆弾だな。以前テロ屋のデータベースを漁っていた時に作り方を見つけたんだ。安価な割に安定性が高くて扱いやすい。爆発はしにくいんだが……成功してよかった。」
ようやく身の安全を確保できた実感が湧いたのか、その場にへたり込むエルファ。
俺としてもやっと一息つけそうだ。
「こ、怖かったのじゃ……」
「お疲れ様。なかなかスリリングではあったが……ま、二度とやりたくねぇな。」
一息付いていると、周囲の空間に細かい亀裂が入り始める。
「こ、今度はなんなのじゃ……」
「さぁな……身を任せる他あるまい。」
亀裂が俺達を取り巻いていき、意識が遠のき始める。
予想ではあるのだが……恐らくは向こうの術式に限界が来て元の状態に戻りつつあるのだろう。
俺は薄れる意識に身をまかせることにした。
<ABORT>
そんなこんなで俺達はようやく現実へと戻ってくる事ができた。
エルファはというと今回の失敗を糧にもっと完成度の高い干渉術を作るのだと息巻いている。懲りない奴ですこと。
あのジェイソン……おそらくゲスト登録されていたBladeという奴だろう。
何故あんな姿をしていたのかは分からないが、恐らくはエスタが何かをしたのだろうな。
一応リミッターは効いているので、致死量のダメージを負うと強制的に元の体へ戻るようにはなっているが……ありゃ暫くは頭がグラグラして使いものにならないだろうな。
溺死って事は酸欠みたいなもんだし。
「今度こそ……今度こそでんのーせかいで兄様にいっぱい甘えるのじゃ!」
「あぁ……そうかい。頑張れよ。」
高い所から落下する、底なし沼に埋まっていく、恐ろしい怪物に追いかけられるなど、それは人によって色々だろう。
ちなみに俺は教育番組の工作のおっちゃんにラーメンをすすりながら追いかけられるという意味不明な悪夢を見たことがある。これは余計か。
今回の話はその悪夢に関することだ。いや、怖がったのは別に俺では無いのだけれどな。
〜魔術師ギルド 研究室〜
今俺は椅子に座らされ、妙な装置を取り付けられたティアラを被せられていた。
その装置を辿っていくと、妙な機械……ではなく、魔方陣へとつながっていた。これは一体どういうことだろうね。
「実験に協力して欲しいからって事で来たわけだが……これは一体何だ?」
「これはの、兄様の……なんだったかの、でんのーせかい?にわしが入り込む為の術式なんじゃ。」
どうやら以前話した事のある俺の脳チップに関する事に興味を持って色々と試行錯誤していたらしい。
「将来的には人の精神とかにも入り込めるようにして……廃人になってしまった人の心を治す事にも使えるようにしたいな〜と。」
「で、本音は?」
そう言った途端、彼女が頬に手を当ててくねくねと身をくねらせ始めた。
「誰も邪魔の入らない世界で兄様と二人っきりでイチャイチャしたいな〜と。」
「……さよか。」
ちなみに今回ラプラスはお留守番だ。
別に戦闘なんて起こるはずもないので持ち込んでいないだけなのだが。
「さて、いくぞい!」
「はいはい、ど〜ぞ……ん?」
ふと、視界の端っこにゲスト入出のダイアログが。
名前は……『Blade』……?この世界で俺の脳チップに干渉することができるのは彼らだけなので、恐らく関係者のはずだが……。
「おい、エルファ。ちょっとま
言い終わる前にエルファが詠唱を終わらせ、急激に意識が電脳世界へと引っ張られていった。
<DIV───gs%s9nテmanヒman外msu>
〜混合電脳世界〜
いつものダイブプロセスとは異なった感覚に戸惑いつつ、目を開けると……そこは霧がかった静かな街になっていた。
バトルシミュレーターが起動したのであれば驚く事ではないのだが、もっと驚くべき事は他にあった。
「なんか……でかくね?」
そう、周囲の建築物が異様に大きいのだ。
強いて言うのであれば、そう。巨人の街に来てしまったかのような感覚が近い。
「あれ……ここは?兄様〜!どこいったんじゃ〜!」
後ろの方からやたら大きな声が聞こえてきた。
というか、この声には聞き覚えがある。
「エルファか。一体何が起きて……」
振り向いて、俺はさらに驚愕する事になった。
巨大化したエルファが、そこにいた。
「ちょ、でけぇ!?どうしたんだエルファ!?」
「む……兄様の声。兄様〜?どこじゃ〜?」
聞いていて耳が壊れそうだ。
鼓膜を震わす大音量の叫びは脳を直接震わすほどのソプラノボイス。
これを一日中聞かせられたら気が狂いそうだ。
「うるせぇよ!もう少し声のボリューム落とせ!」
「……一体どこに……あ。」
漸く足元の俺に気がついたようだ。
屈んで俺をまじまじと眺めるエルファ。というかすじが見えている。すじが。
「兄様が縮んどる……。」
「こっちから見たら周りが異常にでかくなっているように見えるんだがな。」
俺を潰さないように手のひらに乗せると、目の高さまで持ち上げた。
というか、これは高すぎて地味に怖いぞ。
「兄様はでんのーせかいではいつも小さくなるんかの?」
「んなわけねぇだろ。いつもと勝手が違うんだよ。」
口元と近いお陰でより一層声がでかく聞こえる。正直言って頭が痛い。
耳を塞ぎながら話をしている俺に気がついたのが、少し声量を落としてくれた。
「一体どういうことなのかのぉ……」
「わからん。以前から魔力が俺の脳チップで妙な変質を見せることが多々あったんだが……これもその一つかもしれないな。」
俺の言葉に妙に納得していたエルファだったが、急にこの世の終わりのような表情をして固まった。
一体どうしたのだろうか……
「このサイズの兄様ではイチャイチャできないのじゃ……」
「そうかい……、そりゃ残念。」
ガックリうなだれているエルファに呆れていると、遠くからなにか唸るような音が聞こえてきた。
「この音……単分子カッターか……?しかしもっと低いような……」
「な、なんだか不気味じゃの……」
その間にも唸りは段々と近くへと聞こえてきている。
「何が起こるかわからんし……早めにログアウトプロセスを起動しとくか。この状態で襲われたら反撃できん。」
「早くするのじゃ、何かが近づいてきおる……」
しかし、ログアウトプロセスを起動しようとしても帰ってくるのはエラーの反応ばかり。
アンカー(離脱妨害プログラム)でも仕掛けられているのか……?
「くそっ……何が起こっているんだ?俺の頭の中の事なのにありえねぇぞ。」
「に、兄様……?あれは、なんじゃ……?」
霧の中から何かがゆっくりとこちらへと歩いてきている。
先程から聞こえてきている唸りもあれからだ。
そして、霧から姿を表したのは……
『キ、キ、キ、キ、マ、マ、マ、マ……』
手にはチェーンソーを持ち、顔をホッケーマスクで覆っている。
B級ホラー映画で有名な怪人……ジェイソンだった。
今までは霧に隠されていて気付かなかったが、彼の真上に商店街のアーチのようなものがかかっていた。
その看板には……
『Well come to Crystal lake』
「兄様……何者じゃ?あいつは……」
「マジか……本格的にヤバいぞ、これは。」
その間にも、奴がエルファ目掛けてゆっくりと歩み寄ってきていた。
あまりの不気味さにエルファも後ずさる。
「とりあえず、攻撃しても構わんかの?」
「構わないが……倒せるか?」
相手はあのジェイソンだ。そのしぶとさたるや、11回も映画が作られた程だ。
エルファは俺を頭の上に乗せると、背中の鎌を手に取って詠唱を始めた。
『荒ぶる地獄の業火、ここに顕現せよ……その貪欲なる牙によって敵を焼き砕け……!』
なんだかかなり詠唱が物騒なことになっている。今日のエルファはかなり本気だ。
『メギドフレア!』
鎌をジェイソンに向け、詠唱を完了させる。
……が。
「…………?」
「……あれ?」
何も起きない。
いつの間にかジェイソンが俺達へと接近しており、チェーンソーを振りかぶっていた。
「マズい!エルファ、避けろ!」
「ぬおぉ!?」
咄嗟にエルファが鎌を横に構えて受け止めるが、長続きする筈がない。
髪を後ろへと引っ張り、エルファをのけぞらせると鎌の柄が両断され、今までエルファの頭があった場所をチェーンソーが通過した。
「あぶないのじゃあ!」
「いいからさっさと逃げろ!魔法も鎌もない以上お前はただの幼女だ!」
俺の言葉に蹴られるようにエルファがヤツに背を向けて駆け出す。
俺はと言うと振り落とされないように髪の毛にしがみつくのが精一杯だった。
〜ここからはセリフの大きさを統一します。正直めんd(ry〜
「一体どうなっとるのじゃ!?」
「電脳世界じゃ魔法という概念が存在しない!つまり俺の脳チップが魔法の行使というプロセスを認識できないんだ!そうなるとあとは電子体自体の強度に依存するしか無い!」
「つまりは?」
「ガチで殴れ。以上。」
「そんな無茶な!?」
俺とエルファは薄暗く霧の立ち込める森の中を全力疾走していた。
後ろには未だにジェイソンが追いかけてきている。
というか……あいつは歩いているはずなのに妙に追いつくのが早い。これがジェイソン効果という奴か……!
「ろぐあうとぷろせすとかはどうなったんじゃ!?」
「悪いが使えん!何かに妨害されているか、はなっから故障している!無理矢理お前の精神と俺の脳チップをつないだ悪影響かもしれん!」
「なんじゃとー!?」
現に没入時も変な文字化け起こっていたしなぁ……こりゃ思った以上に状況が悪化しているのかもしれない。
「せめてアクセサリでも呼び出せれば状況は好転していたんだが……」
「アクセサリとはなんじゃ?指輪でも出すんかの?」
「この状況でんなもん出してどうする。ハンドガンとかサブマシンガンとかの電子体用のオプション装備だよ。さっきから呼び出しているんだが……だめだ。応答しねぇ。」
せめてシュミクラムが使えたら……と思った時、気づいた。
普通にシュミクラムになれば対抗できるんじゃないか?
「エルファ、降ろせ!打開策を思いついた!」
「本当かの!?なんでもいいからやるのじゃ!」
急ブレーキをかけ、頭の上にかざした手に乗って地面へと降り立つ。
エルファを少し下がらせ、シュミクラムへの移行プロセスを起動する。
<SHIFT>
手が、足が、体が、心臓が、頭が、それぞれ鋼のボディへと置き換わっていく。
電子パルスは心臓の鼓動と同調し、マシン全体へ活力を送っていく。
『うし……これで……!?』
目線の高さが大して変わっていない。
せいぜい40センチ……所謂合成樹脂製の組み立て式模型程度の大きさしかなかった。
「……兄様、それでどうにかなるんかの?」
『……無理。』
この大きさでは標準装備のハンドガンは豆鉄砲程度の威力しか出せない。
しかも行動入力の遅延は全然治っていないのだ。正直言って今の俺は逃げまわることすらおぼつかないただの合金人形に過ぎなかった。
『拾え!そして逃げろ!』
「やっぱりこうなるのかえ〜!?」
俺を拾い上げて頭に載せるエルファ。
俺はシュミクラム化を解除して元の姿へと戻る。
どうせ重いだけならばなっているだけ損だろう。
また一周してあの街の中へと戻ってきてしまった。
背後にはいまだにジェイソンが追ってきている。
「思いだせ……思いだせ……!何か、何か弱点があったはずだ……!」
ふと見ると、一つの建物に明かりが灯っているのが見えた。
あれは……ホームセンターか?キャンプ用の資材や別荘の管理用の道具を売っているのかもしれない。
人がいるかはわからないが、少なくとも電気が通っているという事だ。
その時、一つのレシピと共にある作戦が思い浮かんだ。
「エルファ!あの明かりの付いている建物へ入れ!内側から鍵を掛けるんだ!」
「また何か思いついたんかの!?今度は大丈夫じゃな!?」
「ぶっちゃけ賭けだ!しかし何もしないよりはマシだ!」
駆け込んだのは小さなホームセンターのような場所。
内側から鍵をかけ、バックヤードにも回ってバリケードを積んだ。
「で、ここで立て篭る気なのかの?あの武器……恐らくは時間をかければこの程度破られてしまうぞい?」
「今から言う物を何とかしてここから調達しろ。硝酸アンモニウム、軽油、アルミホイル、ステンレス製の水筒、銅線、スタンガン、ガムテープだ。」
「何のことだかわからんのじゃ……」
「俺が指示するからとにかく集めてくれ。早くしないと破られるぞ」
俺の指示の甲斐あって、なんとか物を集めることができた。
持ち寄ったものと幾つか必要な器具をカートに載せてバックヤードへと持ち込む。
「まずはアルミホイルをミキサーに入れて粉末状にするんだ。ミキサーはこれだ。黒い箱の上にガラスのジョッキみたいな物がくっついた奴。」
「あのジョッキの中に入れればいいんかの?」
「あぁ、入れたら蓋をして……下の方にあるスイッチを押すんだ。少し待て、そいつのプラグを挿してくる。」
従業員が使う給湯室の調理台の上に載せてもらい、ミキサーの後ろにあるケーブルを引っ張ってコンセントへと繋ぐ。
「入れたか?」
「うむ、蓋もしたのじゃ。」
「よし、スイッチだ!」
踏み台の上に乗ったエルファがミキサーのスイッチを押す。
すると、中の刃が高速回転をしてアルミホイルを粉々に砕きはじめた。
「ほえぇ……これは凄いの。野菜なんかを入れたらあっという間に粉々になりそうじゃ。」
「本来の用途はそっちなんだけどな……粉末状になったら水筒に入れてくれ。粉を吸い込まないように注意しろよ。」
「うむ、了解なのじゃ。」
エルファが注意深くミキサーの中の粉末をスプーンで水筒に移し替えていく。
「今度は硝酸アンモニウムだ。そう、その顆粒状の白い奴だ。」
「ふむ……これはなんじゃいな。」
「一応肥料の一種だ。こいつをミキサーの中に入れるんだ。んで、また粉末にする。」
ザラザラとミキサーの中に白い粒が投入されていく。
スイッチを押すと中の粒がどんどん砕かれていった。
「んで、そいつを水筒の中に入れる。ドバっと入れていいぞ。」
ある程度水筒に入れたら蓋をさせる。
「んで、思いっきりシェイクだ。中身が均等に混ざるくらいにな。」
「うぬぬぬぬぬぬ!」
蓋を開けて混ざったのを確認したら、次の段階へと移る。
「次は灯油だな。ちょっと臭いが我慢しろよ。ほんの少しずつ加えていくんだ……」
「少しずつ……少しずつ……」
上のほうが少し染みるぐらいになったら止めさせる。
「で、棒か何かで全体になじむようにかき混ぜるんだ。」
「のう、兄様。一体これはなんじゃいな。」
「何、ちょっとした野菜スープだ。」
「……今まで野菜なぞ1つとして出てきとらんではないか。」
次は水筒の中の物に銅線を二本ブチ刺し、スタンガンに接続する。
蓋をきつく閉めれば完成だ。持ち運びがしやすいように籠の中へ出来上がった物とガムテープを入れる。
彼女は訝しげに出来上がったものを眺めていた。
「結局……なんなのじゃ、これは。」
「俺お手製ANFOもどき……とだけ言っておく。スタンガンのスイッチに触れるなよ。……っと、少し細工をしていこう。」
エルファに冷蔵庫にくっつけてあったキッチンタイマーを持たせ、バックヤード側の非常口……バリケードが張ってある場所へと仕掛けさせる。
「1分で十分だ。その縦棒が書かれているボタンを押して……そう、それでいい。そいつを扉に貼りつけろ。」
バリケードの隙間から鉄製のドアにキッチンタイマーを貼り付ける。
「で、スタートボタンを押す。そう、その大きめのボタンだ。押したら早めに正面の入り口に回るぞ。」
押したと同時にエルファが駆け出して出口へと急ぐ。
着くと同時にバックヤードからキッチンタイマーの鳴る音が聞こえてきた。
ガンガンと正面の入り口を叩いていたジェイソンはそちらに気を取られたらしく、入り口から離れてそちらの様子を見に行ったようだ。
「今だ!そのまま湖の方へ走れ!」
勢い良く扉を開けた事に気付いたのか、ジェイソンが再びこちらを追跡しはじめる。
今回はむしろ付いて来てもらわなければ意味が無いので都合がいい。
〜クリスタルレイク 湖畔〜
「兄様!追い詰められたのじゃ!」
「それでいい!桟橋の上へ逃げろ!」
近くの老朽化した桟橋の上へと逃げるエルファ。
ただし、本当の作戦はここからだ。
「その水筒を桟橋の柱に仕掛けろ!あとは可能な限り離れるんだ!」
言われた通りに桟橋の柱にガムテープを使って水筒を固定し、スタンガンを持って銅線を伸ばしながら端っこまで逃げる。
ジェイソンは桟橋の根元に差し掛かった所だ。
「チャンスは一度きりだ。合図があったらそのスイッチを押せ。」
「兄様、わしはまだこれがなんなのか説明を受けていないんじゃがの……」
言われた通りに彼女はスタンガンのスイッチに手を添える。
彼女の手が細かに震えていた。
「あいつが水筒の近くまで来た時がチャンスだ。しくじるなよ……」
「…………」
彼女の震えが止まる。どうやら覚悟を決めたようだ。
「結構衝撃が大きいからな……ふんばれよ?」
「わかったのじゃ……」
そして、設置した水筒の隣を奴が通過しようとする……
「今だ……!」
「……っ!」
エルファの指が手元のスイッチを入れる。
バチリという電撃が走る音と共に、銅線に繋がれた水筒の中身に電流が流れる。
次の瞬間、
爆発。閃光。衝撃。
桟橋の柱が折れ、バランスを崩したジェイソンは水の中へと落下した。。
その様子をあっけに取られたように見ているエルファ。
「何なのじゃ……あの爆発は。」
「Ammonium Fuel Oil Explosive……要するにアンモニア爆弾だな。以前テロ屋のデータベースを漁っていた時に作り方を見つけたんだ。安価な割に安定性が高くて扱いやすい。爆発はしにくいんだが……成功してよかった。」
ようやく身の安全を確保できた実感が湧いたのか、その場にへたり込むエルファ。
俺としてもやっと一息つけそうだ。
「こ、怖かったのじゃ……」
「お疲れ様。なかなかスリリングではあったが……ま、二度とやりたくねぇな。」
一息付いていると、周囲の空間に細かい亀裂が入り始める。
「こ、今度はなんなのじゃ……」
「さぁな……身を任せる他あるまい。」
亀裂が俺達を取り巻いていき、意識が遠のき始める。
予想ではあるのだが……恐らくは向こうの術式に限界が来て元の状態に戻りつつあるのだろう。
俺は薄れる意識に身をまかせることにした。
<ABORT>
そんなこんなで俺達はようやく現実へと戻ってくる事ができた。
エルファはというと今回の失敗を糧にもっと完成度の高い干渉術を作るのだと息巻いている。懲りない奴ですこと。
あのジェイソン……おそらくゲスト登録されていたBladeという奴だろう。
何故あんな姿をしていたのかは分からないが、恐らくはエスタが何かをしたのだろうな。
一応リミッターは効いているので、致死量のダメージを負うと強制的に元の体へ戻るようにはなっているが……ありゃ暫くは頭がグラグラして使いものにならないだろうな。
溺死って事は酸欠みたいなもんだし。
「今度こそ……今度こそでんのーせかいで兄様にいっぱい甘えるのじゃ!」
「あぁ……そうかい。頑張れよ。」
11/12/27 08:48更新 / テラー
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