第三十五話〜32時間戦えますか?〜
〜冒険者ギルド江戸崎支部 ロビー〜
「いっそ殺せ……」
俺はちゃぶ台に突っ伏してぐったりしている。
思えば24時間動きっぱなしである。
「大丈夫ですか……?昨日はあれから戻って来ませんでしたけど。」
「高山の登山の後に巨人と戦って12時間耐久リアル鬼ごっこしてみろ。どんなタフマンだって死ぬわ。」
それでも死んでいないこれ奇跡?自分の体力に軽く戦慄を覚える。
「あぁ……今日はもう働きたくねぇ……。」
「物凄く言いづらいんですけど……仕事です。」
助けて。
〜クエスト開始〜
―消えた妖怪の謎―
『この冒険者ギルドでも起きているが、近頃魔物や妖怪が忽然と姿を消す事件が増えている。ただでさえ感知能力の高い彼女達をどうにかする奴がいるとは思えないが、この件を放置する訳にもいかない。基本ギルド員全員で行うが、事件の解決まで漕ぎ着けた者がいたら特別報酬を支払おう。
冒険者ギルド江戸崎支部 ギルドマスター 神原弘幸』
「なぁ……どうしても受けなきゃダメか?」
「えぇ、一応全員で受けるとなっていますので。休憩は個人に任せてありますので、まずは休息を取ってからにしたらどうです?」
「そうさせてもらうよ……。っと、その前に行かなきゃならない場所があったな。」
突っ伏したちゃぶ台から身を起こし、靴を履いて軽く体を動かす。
体を動かしたことで少し頭がスッキリとした。いや、疲れは全然回復していないんだけどね。
「何処へ行くんですか?」
「これ作った工房。もう一つ渡してもらう約束になってる。」
俺はギルドを後にして工房へ向かった。頼んだものはもうできているだろうか。
期待に胸が膨らみ、足取りも少し軽くなった。5割減の5割増程度だけど。
〜工房『珠家』〜
「うぃ〜す……。」
「随分お疲れだね……何かあった?」
タマの向かいに座る。彼女はお茶を啜っていた。
ちゃぶ台には布でくるまれた何かが乗っている。
「寝てない……。ずっと鬼ごっこしてた。」
「そりゃぁ……お疲れ。暫くここで休んでいくかい?」
「いや、まずは物を見せてくれ。意識がまだあるうちに見ておきたい。」
彼女は布でくるまれた何かをこちらへと差し出してきた。
「とりあえず言われたとおりの物には仕上げてみたよ。純度の高い魔石を使って、その魔力を撃ち出す武器だね。威力はジャブ程度しか無いけど、射程は人間の大人の15歩程度はあるから牽制には使えるんじゃないかな。」
布を広げると中には仔鵺と同じ形状のトンファーが入っていた。
ただしこちらは黒色の仔鵺とは対照的に銀色で、スイッチではなくトリガーが付いている。
床に向けてトリガーを引くと丸く青白い光が打ち出されて弾けた。
「連射は?」
「できるよ。でも撃ち過ぎに注意してね。魔石の魔力が空っぽになると暫くは充填のために使えなくなるから。」
試しに三点射。同じような場所に着弾する。
仔鵺も同時に構えてみると、程良くバランスが取れてしっくり来る。
「いいね。前よりずっと使いやすくなった感じだ。」
体術も交えて適当に振るって見る。ハイキック時のバランスの悪さもその重量で安定する。
「注意して欲しいのは仔鵺ほどギミックが無いって事かな。魔力弾を撃ち出す機構を作ったら他の武器が載せられなくなったからね。」
「構わない。欲しかったのは安定性と射撃能力だけだからな。」
ちゃぶ台の上にそれを置いて再び腰掛ける。
名前はもう彫ってあるようだ。
「虎牙鎚……どう読むんだ?」
「コガツチだよ。仔鵺は黒いし、逆の白っぽいものをね。イメージは白虎ってところかな。」
並べてみると、白と黒のコントラストが美しい。
しかし左右対象かと言われればそうではない。陰と陽が体現されている美しい武器だった。
「ある意味芸術品だな、これは。使うのがもったいなくなってきた。」
「いやいやいや、使っておくれよ。武器が振るわれなくなったら本格的に飾り物になっちまう。」
「それで、少し休んで行くのかい?お茶ぐらいなら出すけど。」
「頼む。昨日の昼から何も口に入れてないんだ。」
彼女の口が開いて塞がらなくなる。
「馬鹿かあんたは。体が資本の冒険者が栄養取らないでどうするの。」
彼女が奥へ引込み、暫くするとお茶とおにぎりを持ってきてくれた。
「ほら食べな。どうせこの後も仕事だろう?ちゃんと食べないと体がもたないぞ?」
「恩に着るよ。いただきます。」
おにぎりは特に具も入ってない塩にぎりだったけど、空きっ腹の体には染み渡った。
「食ったら寝ちまいな。ここなら特に布団もいらないだろ?」
「そうだな……少し寝させてもら……」
<バタン!>
腹も膨れた。さぁ、少し仮眠を取ろうとしたところで工房の扉が開いた。どうも客って感じではなさそうだ。
黒衣の男たちが3人押し入ってきて双剣を構え出す。
「寝させてくれなさそうだな。休憩の前に一仕事だ。」
首をゴキゴキ鳴らして仔鵺と虎牙鎚を構える。
「あんたも大変だねぇ。一体何に付け狙われているのさ。」
彼女も身の丈以上もあるハンマーを構える。
「おい、お前ら。何が目当てだ?言っとくが金ならマジで無いぞ。」
「そのマジでと言うところが哀愁を誘うね……。」
うるせぇ。
それに対して奴らは無言でこちらへ肉薄する。
「おしゃべりすらも無しかい。」
虎牙鎚を相手の顔面に放つ。飛び道具だとは思わなかったのか、モロに食らった一人がその場で倒れる。
倒れた仲間を気にせず、残り二人が俺へと殺到。どうやら飛び道具を使う俺のほうが驚異だと思ったらしい。
「判断は間違っていないが、戦力分析が甘いな。」
タマがその低身長を活かして相手の足元に潜り込み、ハンマーで脛を叩き折る。
ゴキリと鈍い音がしたのは気のせいではないだろう。
残り一人が俺の首を刈り取ろうと双剣を交差させて首を狙う。
「それでも一人通したか。しかし、仲間を省みず相手を攻撃するのは……。」
上体をわずかに逸らして回避すると、ヘッドバットで仮面ごと相手の鼻を叩き折る。
よろめいた男に右ストレート、左フック、右回し蹴りを頭部にお見舞いし、倒れた所で金的に虎牙鎚を連射。
「愚の骨頂なんだぜ?」
最初に倒れた男が起き上がってきたので完全復帰前にシャイニングウィザードを顔面に食らわせ、勢いでそのままストンプを顔面に食らわせる。
足の骨折でもがいている一人の側頭部にサッカーボールキックをお見舞いし、戦闘終了。
「ほい、お掃除完了っと。」
「あんた格闘は苦手だって言ってなかったっけ?」
彼女が差し出してきたホルスターに仔鵺と虎牙鎚を収納すると、それを腰へセットする。
「苦手だとは言ったができないとは言っていないだろ?こいつらに比べたら姉さんの方が100倍強い。」
そう、あの人の強さは格別だった。未だに勝てた試しがない。
「で、こいつらは一体何なんだ?」
黒衣をひっぺがしてマスクを取ってもさっぱりわからない。
しかし、彼女には何か思い当たるところがあったらしく、
「こいつらどこかで見たことが……。」
「知り合いか?」
彼女は首を振る。
「なわけないでしょ。え〜と……うん、そうだ。役所だ。」
「役所?こいつら役人か?」
「違う違う。役所の指名手配犯にそっくりなんだよ。しかも既に逮捕済みの奴ら。」
「いや、ちょっと待て。逮捕済みの奴らがなんでこんな殺し屋まがいの事をしているんだ?」
彼女は奴らの荷物を漁ると、納得がいったと言うように頷いた。
「みてみな、これ。」
彼女は荷物の中から細い紐を取り出した。
「何だそれ?紐?」
「忌々しいエルフの細縄さ。魔物なんかはこいつで縛られると身動きが取れなくなる。たぶんこいつら……近頃起きている連続誘拐事件の犯人だよ。」
俺らは襲撃者を縛り上げると役所に引渡し、工房に戻って話し合うことにした。
「役所の連中滅茶苦茶驚いていたな。恐らくいなくなった事自体に気付いていなかったか……下っ端には知らされていない何かがあったのか……。」
「奉行所の連中は何をしているのかねぇ。賄賂でも渡されたか?」
しかし、俺はその可能性を否定する。
「あの副隊長の目の前でそんな事したらあっという間に街中に知れ渡りそうだがな……。」
楓の事を思い出す。あの正義感の塊みたいな奴が賄賂を見逃すとは到底思えなかった。
「何だ、楓の奴と知り合いだったのかい。」
「昨日クエストでね。タマは?」
「自分の力不足をよく愚痴りに来るよ。その度にべろんべろんに酔っ払って帰るけどね。」
意外な交友関係だな。
「となると……役人が手引きしているって線は無しか。収容している牢獄はどうだろうか?」
「さぁね。少なくとも脱獄が起きたって話は聞かないね。最も知らなかったから驚かれたんだろうけどさ。」
「だよなぁ……」
手詰まり……か。
「どうするんだい?あんたが追っている妖怪の行方不明事件は間違いなくこれと絡んでいるだろうけど、少なくとも今できることは何も無い訳だ。」
確かに。今色々考えても何も浮かんでこない。取り調べの結果は伝えるように役人にギルド員権限で要求した。歩きまわって探そうとしてもこの寝不足の体では持たないだろう。
「……寝る。お休み。」
「そうかい。昼になったら起こすけどいいかい?」
俺は手だけ挙げてフラフラと振る。
「おう、頼む。」
そして、後は睡魔に身を委ねた。トンテンカンテンとハンマーを振る音だけが聞こえて来る……。
何処からかのいい匂いで意識が覚醒する。
これは……醤油か?
「ん……もう昼か。」
ツールの時計を確認すると午後12時を過ぎた辺り。
「おはよ。昼飯は食うかい?」
彼女は大皿に盛られた野菜炒めとご飯を盛った茶碗をちゃぶ台に持ってきた。
「いいのか?」
「一人分作るも二人分作るもあまり手間は変わらないからね。遠慮無く食いな。」
そう言うと彼女は俺の向かい側に座った。
「そんじゃ遠慮無く。頂きます。」
「頂きます。」
二人で手を合わせて、箸を取って野菜炒めをつつく。
「随分箸の使い方に手馴れているね。大陸の人じゃなかったっけ?」
「ジパングの人に育てられた。そんだけだ。」
最近ではこの説明も面倒になってきたな……。
彼女の作った野菜炒めは可もなく不可もなく、量だけはてんこ盛りだった。
「いつもこんなに食べるのか?」
「鍛冶って結構体力使うからね。しっかり食べておかないと動けなくなる。」
結局三分のニほどタマが食べてしまった。あの体のどこに入っているのやら。
「「ご馳走様でした。」」
作ってくれたのは彼女なので、俺は片付けを担当する。
清潔に保たれた台所で洗い物をする。
「(なんだか久しぶりに良識を持った女性に出会えた気がするぞ。)」
ガサツだけど知人には親切。
自分の作ったものに誇りを持ち、アフターケアも万全。
料理もそれなりにできる。
「(やば、少し惚れそうかも。)」
あれでちんちくりんじゃなければなぁ。流石に幼すぎるというかなんというか。
「HA☆N☆ZA☆I臭がプンプンするぜぇ〜。」
「あんたは何を言ってるんだ……。」
気がつけば足元にタマが立っていた。独り言を聞かれていたのか、酷く呆れられている。
「あぁ、洗い物ならもう少しで終わるぞ。」
「それはいいとして、客だ。あんたに話があるらしい。」
来ていたのはあの3人を送り届けた所の役人だった。しかし、様子がおかしい。
「なんというか、済まない。監視はしていたのだが、あの三人は自害してしまった。」
「へ?あいつらの武装は全部解除させた筈だが……。」
そう、全てボディチェックして暗器の類まで全て取り払ったのだ。自殺できるような武器は持たせちゃいない。
「奥歯に毒物が仕込んであってね。それを噛んで全員仏さんだ。結局何も聞き出せなかった。」
全員自害ねぇ……。
「余程聞かれたくない事を知っていたのかねぇ……。でもその雇い主の為に自ら生命を断つなんてそうそう出来ることじゃないと思うんだけど。」
タマが意見を述べる。俺も大体同じ意見だった。
しかし、何かが引っ掛かる。
「そいつらは目を覚ましたのか?」
「あぁ、間違いない。目を覚ましても一言も喋らなかったけどね。」
工房襲撃の際も何も喋らなかったな。あいつら。
「何か引っ掛かるんだよなぁ……。」
「何かって何がさ。」
タマが俺に聞き返す。
「だってさ、そいつらって指名手配されていたような奴らだろ?誰かの為に死ぬほど忠誠を誓うような奴らなのか?」
「いや、どいつもただのゴロツキだよ。少なくとも誰かの下に付いていたって記録はないね。」
ならば切り口を変えてみる。
「看守は全員一枚岩なのか?誰かに賄賂みたいなものを受け取っていたとか、どこかと繋がっていたとかは?」
「無いよ。少なくとも楓様の監視下でどうにか出来るとも思えない。」
「ふむ……。」
とはいえ、何らかの方法で囚人が脱獄しているという事実は変えることができない。
「少し、賭けに出てみるか。」
「賭け?一体何をするつもりだい?」
俺はニヤリと笑って提案する。
「俺をそこの看守にしてみるんだよ。1日だけという限定条件付きでね。」
〜江戸崎奉行所 座敷牢〜
翌日。俺は1日看守として座敷牢の監視を行うことにする。
「(俺の脳には常人とは違って脳チップ処理がなされている……。もし脱獄を幇助している奴が何らかの方法で人を操っているならば……、俺の脳チップが不正アクセスを検出するはず。)」
魔力によるハッキングはアニスちゃんの魔力で確認済みだ。幻術だろうがマインドコントロールだろうが反応するはず。
もし科学的な刷り込みだったとしても、同じように脳チップが警告を出すはずだ。
座敷牢の間を歩いて囚人の様子を見ていく。
「あぁ!?テメェは!」
一つの牢の中から誰かが叫んだ。
中ではどこにでもいそうなゴロツキがこちらを睨みつけている。
「ん?何だ?」
「テメェ、俺達の顔を忘れたわけじゃぁねえよな?」
「すまん、さっぱり思い出せん。」
少なくともこんな貧相な男の知り合いはいなかった筈だ。
「倉庫街の!お前を取り囲んだ奴の一人だ!」
「あぁ、あの一山いくらの。」
正直顔も思い出せない。
「ふざけやがって!テメェ今度は一体何企んでやがる!?」
「そうだな、夕飯に何を食おうかとな。」
適当に返してその場を離れる。こんな小物に構っている暇など無いのだ。
そのまま特に何事も起きることもなく夕方になる。
「(もうすぐ上がりか……ま、予想が外れる日もあらぁな。)」
もう一度巡回で牢を廻って行く。
「よう……新人さん。ちょっと話を聴いてくれないかな。ここは退屈でね。」
その内の一つの牢の中から呼び止められた。
「何だ?世間話ぐらいなら付き合うぞ?」
俺はその牢屋の前にしゃがみ込む。中には中年の男が座っていた。
「兄さん、あんた名前は?」
「アルテアだ。で、話って何だ?」
そう言うと、彼は俺の方に掌を向けてくる。
「アルテア、あんたはこれから俺の言う牢屋を開けて中の奴を外へ逃がす。あんたは何も見なかったし、これからもその牢屋の中には誰かが居続ける。いいな?」
頭の中に鳴り響く警報。不正アクセスを検知し、クライアントが警告を発してくる。
「(マインドハック!?こいつ……電脳化されているのか!?)」
俺の世界の住人が紛れ込んでいるというのは考えられないが、ハックを掛けられているのは事実だ。
今はこれを阻止することに専念しよう。
「インターセプトモード、起動!」
『了解。インターセプトモードを起動します。』
<STAND BY LEADY>
鵺が手元にないため、電脳空間内で鵺を使うことはできない。
幸いシュミクラム(戦闘用電子体)のメンテが終わり、不具合は修正されている。
と言っても以前からあるレスポンスの遅さは相変わらずなので、本来のスペックの10%程度しか出せないが、あまり文句は言えないだろう。
なにせ仔鵺も虎牙鎚も電脳空間には持っていけない。
武器は標準装備の9ミリハンドガンのみ。
威力も無いため必然的に格闘戦のみとなるが、全く格闘ができないというわけでもない。要は先読みをしてレスポンスの遅さをカバーすれば良いのだ。
準備は整った。没入開始だ。
<DIVE>
電脳空間内へと転送された。
電子体がシュミクラムへと変換され、視界が5,6メートル程高くなる。
俺は以前、アニスちゃんの魔力が自分の中へと侵入した時の事を思い出していた。
もしこの世界の魔力なり妖力なりが俺の脳チップへ侵入した瞬間に変質するのだとしたら、今回も迎撃可能な形を取る筈だ。
「さて……来るか?」
拳をガシリと打ち合わせて気合を入れると、ICEに魔方陣が浮かび上がる。
その魔方陣の中から機械の腕が2本、縁を掴んで現れた。
どうやら魔力でできた何かが脳チップに侵入しようとすると自動的に迎撃できる形に変化するらしい。
こちらとしては大助かりだ。
魔方陣から出てきたシュミクラムらしき機体は、全体を薄いベールのような物で覆われた細めの物。仮に<イリュージョニスト>とでも付けておこうか。
「さぁ……いくぜぇ!」
俺はバーニアを吹かせて一気にイリュージョニストへ肉薄する。
戦闘の幕開けだ!
〜江戸崎奉行所 座敷牢〜
「一体なんだってぇんだ……?」
幻術をアルテアに掛けた男は首をかしげていた。
彼は幻術を掛けた際、何事かを叫んだ途端に意識を失ってばったりと倒れてしまった。
こんなことは今まででも初めてのケースだ。
「まぁ……抵抗されている気配もないし。起きたら素直に言うことを聞くだろ。」
そう一人ごちると男は壁にもたれかかって事態を静観することにした。
楽な仕事だ。牢屋の中で看守を引っ掛けては幻術をかけて囚人を逃がす。
牢を出た後は大金をもらってどこかへとんずらすればいい。
万が一のために毒薬を奥歯に仕込むように言われているが、使うことすらないだろう。今のところまだ誰にもバレていないのだから。
シャバに出たら……温泉巡りでもしてみるか。
そんな事を男は考えていた……
〜アルテア脳チップ 電脳空間〜
俺の右ストレートを顔面に食らった瞬間、そいつはばったりと仰向けにダウンした。
大きな金属音と火花が飛び散る。
「……あ?まだ……パンチ一発……だよな?」
そう、まだ一発しか殴っていない。9ミリを撃ち込んだわけでも、しこたま打撃を浴びせたわけでもない。拳一発だ。
試しにハードポイントから9ミリハンドガンを抜き取り、イリュージョニストの頭部へと撃ちこんでみる。
爆発、四散。
オレンジ色の閃光と黒煙を出しながら粉微塵に消し飛んだ。
後にはそいつの残骸だけが残る。
「よえぇ……いや、うん……よえぇ……」
思わず2回も言ってしまうほど弱かった。
これ以上の侵入者も無く、すぐさまICEの復旧とロジックの変更が行われる。
おそらくこれ以降はこの類の精神操作も弾くことが出来るだろう。
「アレか。ウィルス対策ソフトをかいくぐる気の無いウィルスみたいなもんか。」
もしかすると術が脳チップにより変質した事で本来の掛け方から逸脱し、しかもシュミクラムという形を取ったはいいがパイロットとなる中身がいなかったのでまともな抵抗ができなかった……ということだろうか。
「……戻るか。」
流石にいつまでも気絶していたら怪しまれるであろう。
俺はログアウトプロセスを起動すると、仮想空間から離脱していった。
<LOG OUT>
〜江戸崎奉行所 座敷牢〜
俺が目を覚ますと、男は安心したように声を掛けてきた。
「やれやれ……ようやく目が覚めたか。俺の言ったことは覚えているか?」
「あぁ。んで、開けて欲しい牢ってのはどこだ?」
あくまで幻術にかかったふりをする。
「奥から右手2番目の牢と左手5番目の牢だ。分ったか?」
「あぁ、わかった。やって来よう。」
そう言うと、俺は奥へと歩いて行く。
奥のほうまで行くと、懐から玉を取り出す。
これは通信玉と言って、親玉と呼ばれる通信玉を設置してある場所と会話ができるマジックアイテムなのだそうだ。
「本部、聞こえるか?当たりだ。牢の中に幻術士が混ざっていた。」
『そうか、場所は?』
通信玉から楓の声が聞こえて来る。
「入り口から6番目、左手だ。カラステングなら幻術破りなんてお手の物だろ?」
『当然だ。よく見破ってくれた。今から行こう。』
「いや、ちょっと待て。中の幻術士を気絶させてからの方がいいだろう。少し手を打ってくる。」
俺は通信を切ると牢の方へ戻って行く。
「ん?お前牢の中の連中はどうした?」
「わるいね、出してくるとか言ったの。」
俺は虎牙鎚を構えて牢の中の幻術士の股間に向ける。
「あれ嘘。」
連射。金的を連続で強打された幻術士は悶絶し、泡を吹いて気絶した。
事が終わった頃に楓が降りてきた。
「気絶させるとは言っていたが……一体何をしたんだ?」
「お前に説明しても一生わかりゃしねぇよ」
虎牙鎚をホルスターに戻して牢を開け、幻術士の口の中を調べる。
「うわ、こいつにまで毒薬か。随分用意周到なことだな」
毒薬のカプセルを取り外し、用意してあった巾着袋に入れる。
「後はこいつに背後関係を吐かせればいい。尋問方法は……命の危険が無い奴がいいな。公の機関が尋問で人を殺したなんて知れたらえらいことになる。」
「それならば問題ない。適任がいるからな。」
尋問されて出てきた幻術士を見て、俺は気の毒になったことをここに書き加えておく。
なにせそいつはげっそりとやつれて所謂レイプ目になっていたのだから。
〜居酒屋 『鳥正』〜
「で、話とは何だ?」
予め指定してあった接触方法で辰之助と連絡を取り、寂れた居酒屋で落ち合った。
彼は酒を頼もうとしたが俺はそれを手で制する。
「あんたのカミさんの居場所が分かった。今からギルドのメンバーで襲撃を掛けるつもりなんだが……あんたも来るか?」
隣から息を飲む気配がする。
彼は静かに息を吐くと、興奮が冷めやらないといった風にこちらに目線を送ってきた。
「場所は?」
「御崎埠頭の倉庫だ。絶対に一人で行こうとするなよ?捕らえられているのはあんたのカミさんだけじゃないんだ。」
〜江戸崎南東 御崎埠頭〜
誘拐犯の一味はこの倉庫を拠点にしているらしい。
中には俺が前日にタマの工房で襲われたような幻術の掛かった奴らがゴロゴロいるとか。
「さて……着いたわけだが。」
軽く手足をぶらつかせて準備運動をする。
同じギルドの連中はいるのだが……。
「何で魔物しかこの場にいないんだ?」
集まった面々は赤鬼にオーク、リザードマンにデュラハンにエルフと物の見事に人外の連中である。
「他の連中は酒盛りで酔いつぶれているわ。動けるのは真面目に動きまわってた私達だけ。」
同じように準備運動をしていたエルフが説明してくれた。
どうやら碌に進展しない状況に嫌気が差して呑んでいたらしい。どんだけ呑ん兵衛だよ。
「それで、お前の隣にいるその男は誰だ?」
「この倉庫に俺の女房が捕らえられている。お前達の助太刀をしたい。」
あらかた準備運動を終えると、俺は倉庫の方へ向き直った。
「だそうだ。流石に俺一人じゃあの傀儡の大群からは生き残れない。サポート頼むぜ。」
向かうのは倉庫の裏手の勝手口。荷物の搬入を目的としている訳ではないので狭いが、気付かれないよう潜入するには一番いい。
「おじゃましまーす……泥棒ですよ〜……」
「別に泥棒に来た訳じゃないでしょうに……。」
後ろから付いてきたリザードマンがツッコミを入れる。
倉庫の中心に来た辺りで、松明に一気に火がついていく。
「Ah,oh…」
「感づかれたか!」
一斉に取り囲まれ、黒ずくめはさらに数を増して行く。
「どれだけいるんだよ……。まるでジョニーさんだな。」
「誰だ?そのジョニーさんとやらは?」
デュラハンが聞き返してくる。
「ゴk」
「待て、その先を言うな。」
お前が訊いてきたんだろうに。
双方膠着状態。少しでも動けば均衡が崩れ、奴らがなだれ込んで来るだろう。
「司令塔壊せば動きが止まるって訳でもないだろうしな……。さて、どうするか。」
俺は火燐を一本取り出して、円陣の真ん中へと引っ込む。
「なんとか注意を逸らしてみる。その間に斬り伏せてくれ。」
「何をするつもりだ?」
辰之助が俺の方をチラリと一瞥する。
「花火だよ。」
俺は火燐を真上に投げ上げて、虎牙鎚で撃ち落とす。閃光、爆発。
奴らが一斉に爆発の方を見た瞬間に皆が一斉に制圧にかかった。
俺も怯んでいる一人に虎牙鎚を連射しながら突撃。防御の上から蹴りつけて吹き飛ばし、火燐を頭部に投げつけて突き刺す。爆発四散し、そいつの頭部が消し飛ぶ。
「一つ!」
仔鵺をホルスターに戻し、そいつの刀を拾い上げて迫り来るもう一人に投げつける。
喉仏に突き刺さってそいつは絶命する。
「二つ!」
物陰から飛び出てきた黒ずくめの刀を躱して仔鵺をホルスターから引きぬく。そして脛を仔鵺で強打し、ナイフを展開。背中合わせに腎臓目がけて突き刺す。
確かな手応えと共に奴が崩れ落ちる。
「三つ!」
ナイフを引きぬいた勢いで薙ぎ払い、次の襲撃者の手首を切り落とす。残った片手で斬りつけてきた刀を虎牙鎚で受け流し、ナイフを切り返してもう片方を切り落とし、ナイフを格納。勢いで回転させて仔鵺を相手の側頭部へ打ち込んでノックダウン。頚椎を踏み砕いてフィニッシュ。
「四つ!」
二人同時に襲いかかってきたので、虎牙鎚を真上に放り上げ、側にあった布を引っつかんで俺の目の前に広げる。死角を利用して右に一歩ズレると元いた場所に刀が突き立てられる。刀の位置から相手の首筋の位置を逆算してナイフを展開。突き立てると布地に赤い染みが広がっていく。引きぬいて布が落ちると一人が崩れ落ちる。
「五つ!」
もう一人が布から刀を引き抜き、俺に襲いかかる。寸前で虎牙鎚が落下してきてそいつの脳天へと直撃。怯んだところでナイフを眉間に突き刺す。跳ね返ってきた虎牙鎚をキャッチし、ナイフを引き抜き、格納する。
「六つ!」
前方の一団を殲滅したので時計回りに援護へ。
赤鬼の棍棒で吹き飛ばされた一人の後頭部に右ストレート。昏倒した黒ずくめの首に火燐を投げつけ、離脱。火燐が爆発し、首から上が消し飛ぶ。
「七つ!」
デュラハンと鍔迫り合いになっている奴の背後に回りこみ、ナイフで首を一突き。
返り血をまき散らしながらそいつが崩れ落ちる。
「八つ!」
逃げるエルフに追撃を掛ける奴の膝に虎牙鎚を撃ち、動きを止める。
肉薄し、タックルで吹き飛ばして壁にぶち当てる。
よろめいている所で壁とのサンドイッチキック。頭蓋が割れる感触が足の裏に伝わってくる。
「九つ!」
後退した黒ずくめの背後に回りこみ、背中を向けてナイフで突き刺す。
そこをリザードマンが追撃する。
背後から肉を断つ音が聞こえて、黒ずくめが力を失い倒れる。
「十!」
オークを追い詰めている黒ずくめの背後に回りこみ、クローを展開。肋骨の隙間から肺を直接串刺しにする。
「十一!これで全部か!?」
辺りは死屍累々。黒ずくめ達の血で血の海になっており、鉄臭い異臭が漂っていた。
「ったく……手間取らせやがって……。」
思えばこれだけ殺すのは久しぶりだった。まるで息をするように戦った気がする。
気づけば返り血で服が真っ赤になっていた。
「悪く思うなよ?お前らを殺さなきゃ俺が死んでいた。」
足元で頭が無くなっている黒尽くめの死体に言葉を投げかける。
殺し合いってのはいつもそうだ。殺さなきゃ殺される。
「随分と酷いことをするのだな……お前は。」
ギルドメンバーが俺の方へと近寄って来た。
「いくら依頼中の犯人殺害が許されているとはいえやり過ぎではないか?」
騎士道精神とかに引っ掛かるのだろう。デュラハンが咎めるような目を向けてくる。
「少なくとも今の俺に殺さないように無力化なんて余裕はないよ。3人程度ならばともかくこれだけの大群相手に手加減なんてできない。」
相手を殺さずに無力化するのは相手の3倍の技量が必要だという。さらに、相対する人数が増えれば増えるほどそれが難しくなる。
今回俺が倒したのは11人。俺の格闘戦の技術ではこれだけの数を殺さず無力化させるのは不可能だ。
「血の匂いが酷いわ。同族を殺してなんとも思わないの?」
エルフの少女が首を振っている。
「思わないわけじゃないさ。ただ、常人よりも感情のゆらぎは少ないかもな。兵士ってのはそういう人種だ」
そう、俺は兵士だ。必要とあらば躊躇なく殺す。
それが例え命令であっても、誰かを守るためであってもだ。
「軽蔑したきゃ軽蔑しろ。俺は俺が生きる道を曲げるつもりはない。」
そして俺は辰之助の方を見た。
戦闘中は見る余裕が無かったが……
「でもな、ぶっちゃけあいつは俺より倒してるぞ。30人はやったんじゃねぇか?」
彼は全身が返り血で真っ赤に染まっている。
その足元にはゴロゴロと両断された黒ずくめが積みかさなっていた。
「さて、休憩している暇はねぇな。さっさと開放作業をしますか。」
そう言うと、中からガタガタと音を立てる木箱を片っぱしから開けていく。
中身は予想通りというか何というか、ジパングの魔物達だった。
「どこのクソ野郎も考えることは同じだなァ……クソッ!」
他のメンバーも魔物達を開放していく。
「翠(スイ)!」
「辰さん……たつさん!」
辰之助は無事に妻を見つけたらしい。
全身が濡れている女性と抱き合っていた。
「こいつは……水槽か?」
一つだけどこか雰囲気の違う箱があった。金属製の箱で、若干宙に浮いている。底に付けてあるのは特殊な石なのだろうか。
クローで錠前を破壊し、蓋を開けると……。
「シービショップ?」
全体的に白っぽい衣装を着た人魚が中で足(ひれ?)を抱えてうずくまっていた。
光が差し込んだのに気がつくと、水面から顔だけ出した。額には、一房の髪がおでこに張り付いている。
「あれ……アルテア……さん?」
「そうだが……ん?どこかで会ったような……。」
記憶の糸を手繰り寄せると、一人のシービショップに思い当たる。そう言えば彼女も同じようなアホ毛があったような……。
「まさか、サフィアか?」
「アルテアさん……アルテアさんっ!」
彼女は水中から飛び出してきて俺に抱きついた。勢い余って後ろに倒れこむ。
「おま、何でこんな所に……。」
「怖かった……怖かったです……。」
彼女は俺の胸元に顔を押し付けてグズグズと泣いている。
しかし、彼女は押し付けている俺の服に違和感を覚えたのか顔を離すと目を見開く。
「あ……これ、血ですか!?どこか怪我でも!?」
「いや、これは返り血。俺のじゃない。」
死体のうちの一つを顎で指す。
「久々だよ。ここまで徹底的に戦ったのは。」
「全員……貴方が?」
「全員って訳じゃないがな。何人か仲間もいる。」
俺は彼女を立たせる。メンバーはおのおのが捕まっていた奴の開放で忙しく走り回っている。
「さて、俺も残りのを開放しなきゃな。お前らは倉庫の隅に集まっていてくれ。」
「はい、わかりました……。」
俺の一面を見てショックを受けたのかもしれないな……。
ま、そもそも好かれるような人種じゃない。嫌われて当然、見る目が変わらなきゃ儲けのものだ。
俺は最後の箱に近づき、錠前を破壊しようとクローを展開するが……。
「………………。」
箱が恐ろしい程の邪気を放っている。ダークマターとか汚染されきった精霊とかそんなちゃちな物じゃない。
「どうした?お前が開けないなら私が開けるが……。」
俺を押しのけてデュラハンが両手剣を構える。
振り下ろされる瞬間、俺は箱との間に割り込み、虎牙鎚と仔鵺でそれを受け止めていた。
「何をする!?」
「これはヤバい!何か開けちゃいけない気がする!」
箱の中から呪詛の呻きが聞こえて来るような気がする。
「ダーリン……早く開けて……そして私と……」
デュラハンの方はその呻きが聞こえないらしく、イライラと俺を押しのけようとする。
「ここに捕まっているのは全員誘拐された魔物達だ。そんな邪悪な物が封じられている訳が無いだろう!」
「マジでヤバいんだって!お前には聞こえないのか!?この呪詛の呻きが!」
俺がデュラハンを押しとどめている時に、後ろから風切音が。振り向くと、矢によって錠前が破壊されている。
「いいからさっさと開放してあげなさい。そんな狭いところに閉じ込めちゃ可哀想でしょうが。」
ギルドメンバーのエルフだった。
「おま……なんて事を……。」
まるで地獄の釜の蓋が開くようにぎちぎちと音を立てながら箱の蓋が開き、中から瘴気が溢れでてくる。
箱の縁に手が掛けられ、中からおたふく顔の女がゆっくりと顔を覗かせる。
「うふふふ……みぃ〜つけたぁ〜……」
「ぁぁ……ぁぁぁああああ……」
足がすくむ。脳裏に鮮明に映し出されるのは12時間耐久リアル鬼ごっこ。
さすがのエルフとデュラハンも戦慄している。
「何だ……この邪悪な化身は……魔物ではないぞ!」
「わ、私は悪く無いわよ!?だってこんな化物が中に入っているなんて思ってもいないし!」
どう見ても100%お前の仕業だ。
「うふふふ……あはははは……アハハハハハハハハハハ!」
もはや声にエコーがかかって人間の様相を成していない。
「パンドラの箱は最後に希望が残ると言うが……どう見てもあの箱はパンドラの箱じゃないよなぁ……!」
どうみても普通の木箱だ。
「ダァ……アァ……リィィィィィイイイイイイン!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
妖怪おたふく女がルパンダイブで俺に襲いかかる!
腕を交差してガード体勢を取る……が、いつまで経っても衝撃が来ない。
「…………?」
目を開けて前を見ると、サフィアがおたふく女を蹴り飛ばしている所だった。
奴は十数メートル蹴り飛ばされ、箱の残骸へ突っ込んで停止していた。
「サフィ……ア?」
「アルテアさんって、結構好かれやすいんですよ。」
こんな時に何を言っているんだ?この子は。
「ピスケスさんもアルテアさんの事が好きだって言っていましたし、私の知らない所でもやっぱり貴方を慕っている人は多いと思うんです。」
彼女は呼吸を整えて言葉を続ける。
「私はポセイドンの神官です。愛し合う二人を祝福して、我を抑えなければならない立場です。でも……。」
彼女は爛々と目を光らせて吹き飛ばされた奴を見据えて言い放つ。
「あの人にだけは……貴方を渡したくないと本気でそう思いました。」
「サフィア……。」
あれ、目の前が滲んできたよ?
「アルテアさんは下がっていて下さい。あの人は私が片付けます。」
「しかし、任務中の一般人への手出しは……。」
彼女は俺の口に人差し指を付けると、いたずらっぽくウィンクする。
「一般人同士の喧嘩ならば特に問題ありませんよね?」
そう言うと起き上がり始めた邪神と対峙する。
ギルドメンバー達は喧嘩を止めようと二者の間に視線を行ったり来たりさせるが、直接手出し出来るわけでもないので何もできずにオロオロとしているだけだ。
「そうは言うが……お前って言うほど強かったっけ?」
「大丈夫です。気性が穏やかな私達ですけど、決して弱いという訳ではありませんから。」
そう言うと、彼女は体勢を低くして構えを取る。足は魚のままだ。
「ワタシノォ……ジャマヲスルナァァァアアアアアア!」
邪神が彼女に向かって突進してくる。
「動きが直線的過ぎます!」
タイミングを見計らってその場でサマーソルト。綺麗に顎を捉えて邪神が中を舞う。
『母なる海の神よ、その雄々しき槍を以て悪しき敵を貫き給え』
落ちてくる間に彼女は詠唱を済ませる。
『<スプレッド>!』
何もなかった床に渦が起こった瞬間、その渦から強力な水流が吹き上がり、邪神を捉える。
水流に捕らえられた邪神はまたも空中に投げ出され、自由落下状態に。
『我が前に開け、水神の門。邪なる敵をその豪腕にて打ち砕け』
先程の魔法で出てきた水が今度は円形に纒まり始め、波打つ水盆となる。
落下してきた邪神が水盆の前へと落ちてきて……
『<アクアフィスト>!』
水により模られた巨腕が邪神を殴り飛ばす。再度邪神は箱の残骸へと突っ込む。
さらに攻撃の手を緩めず、彼女は追加で詠唱を開始する。
『古に住まいし海竜、ここに目覚めん。象るは水、その役は龍。鋭き牙を以て敵を噛み砕かん!』
サフィアが入っていた水槽はおろか、外の海からも水が集まり、巨大な水龍を形作っていく。
「これでお終いです。」
彼女は印を切っていた手を邪神の方へと向け、スペルを発動させる。
『<リヴァイアサン>!』
水龍は箱の残骸ごと邪神を飲み込み、壁をブチ破り、遥か彼方へと押しやって行った。
「殺して……ないよな?」
「大丈夫です。一応保護はしました。」
彼女は俺を振り返り、ニッコリと笑った。
ニーチェ曰く、復讐と恋愛において女性は男性より凶暴であるとの事。
彼女を見て海より深く納得した。
後で聞いた所によると、彼女はジパング近海の海の魔物達の為にここまで来ていたが、港に寄った際に例の黒尽くめに拐われた、ということらしい。
つくづくお姫様体質な子である。
〜酒場『平八』〜
「「「「「「「かんぱ〜い!」」」」」」」
クエスト完了後、俺達+サフィアは打ち上げと称して酒場まで足を運んでいた。
そしてその席で仰天の事実を知る事になる。
辰之助は……カミさんを連れて自宅へと帰った。
今頃はお楽しみだろう。
「うぇ!?お前らも出張組?」
そう、アカオニのサクラ以外が大陸からの出張組なのだ。
「ご主人様から人手が足りないからって言われまして……頭が上がらないとは言え離れるのは寂しいですよぉ……。」
と、これはオークのリュシー談。
聞くところによると、彼女はそのギルドマスターにゾッコンらしい。
「私も似たような物よ。クエストから帰っていきなりの出向命令だったから面食らったわ。」
こちらはリザードマンのエレミア。
現在彼氏募集中。でも俺は却下だそうだ。
「私の方は手が足りないからと言うことを聞いて志願して来た。困窮している勢力への助力は私の義だからな。」
この堅苦しい言葉遣いのデュラハンはアーサー。
なんと前魔王時代から生きているそうだ。
ミストよりも騎士っぽいあたり見習って欲しいものだ。
「私は純粋にジパングに興味があって来たわ。もしかしたら私が求める人もこの国にいるかも知れないから。」
これはエルフのアイシャ。エルフなのに男漁りする変わり者だ。
「ま、何はともあれようこそジパングへ!大陸みたいな娯楽はないが酒はうまい。仕事を頑張りながらも楽しんでいってくれ。」
唯一ジパング出身のサクラが歓待の言を上げる。アカオニの性質に漏れず、彼女も酒好きだ。
「そう言えばお前が此処に来た理由を聞いていないな。どういう経緯で来たのだ?」
アーサーが俺に話を振る。あまりかっこいい理由じゃないんだがなぁ……。
「出張の提案をされた時に金欠でね……。出張費出すって言うから乗ったんだ。」
辺りが静まり返る。チクショウ……涙が出てきた。
「で、でもさ。ギルドのメンバーが随分少なかったよな。あれってどういう事だ?」
無理やりに話題を逸らす俺。
そう言うと、サクラが深刻そうな顔で顔を伏せた。
何かマズい事でも言っただろうか。
「確かに大陸の文化が入ってきている江戸崎だけどさ、浪人とか侍とかは冒険者の事を認めている訳じゃ無いんだ。皆好き勝手に身内から依頼された仕事を受けるばかりでさ、身内にそいつらが居ない奴はギルドに依頼を持ってくるしか無いんだよ。でも戦える奴はギルドを馬鹿にして入ろうともしない。結果的に人手不足なのに依頼が次々舞い込んでくるもんだからクエストが溜まっていくって訳だ。」
その遂行されないクエストの依頼者達はどうなるのだろうか……。
解決されない依頼を延々待ち続けるのだろうか。
「なぁ、一つ提案があるんだが。」
俺の言葉に全員が耳を傾ける。
「俺たちで出されている依頼を片っぱしから片付けないか?このままじゃ依頼を出している奴らが可哀想だ。」
全員が目を見開いて驚いている。俺何か変なことを言っただろうか?
「あなた……本当にさっきの奴?とても無感情に人を殺す奴には見えないのだけど。」
アイシャが俺を睨みつけてくる。まぁあの倉庫はやり過ぎたとは思うけどね。
「彼は正義感の強い人ですよ。確かに容赦とか手加減とかとはかけ離れているかも知れませんけれど。」
今まで沈黙を保ってきたサフィアが口をはさむ。俺が正義感の強い人……ねぇ。
「とてもそうは見えないのだが……。」
難色を示すアーサー。その意見は尤もな事だ。
「海神の神罰代行者って知っていますか?」
サフィアがどこかで聞いたようなフレーズを出す。身に覚えがあるようなないような……。
「海の魔物の奴隷の売り買いをしようとしていた商人の船の沈没事件……でしたっけ?」
だんだんと記憶がはっきりしてくる。
「はい。あの時、その船は私の仲間……もしかしたら私自信が売られたかも知れない船でした。」
彼女が胸に手を当てて眼を閉じる。ここまで来るともう一つの事柄しか思い浮かばない。
「彼が、その神罰代行者です。私達の為に単身船に乗り込んで、裁きを与えてくれた。」
空気が凍る。居心地が物凄く悪い。
「そんな事もあったね〜……っていうかそんな呼ばれ方していたのか。」
「海洋性の魔物の間では有名な話ですよ?私達の間ではちょっとしたヒーロー扱いです。」
新聞にもそんな話は載っていなかった気がするのだが……見落としたか?
「いや待て!その商人はかなり護衛を連れていた筈だぞ!?それをたった一人で攻め落としたのか!?」
「ちょ、身を乗り出すな!料理とか酒とか溢れる!」
俺は興奮して乗り出すアーサーを押し止め、座らせる。流石にあの鎧で大きな動きをされると色々なものにぶつかってしまう。
「あの噂って本当だったのね……。嵐に遭った言い訳だと思ったのに。」
「本当にその悪魔がいるのなら手合わせしてみたかったのだけど……まさかあなただったなんてね……。」
上はアイシャ。下はエレミアだ。
「言っておくが今同じ事をしろと言われてもできないぞ?得物がその時と違う。」
しかしラプラスがいなかったのは幸運だった。ここであのドSが介入すれば彼女たちに便乗して俺をいじり倒すだろう。怖い怖い。
「あれで本気じゃないって事?あなた魔物より化物じみていない?」
「失礼な。俺はれっきとした人間だ。怪我もするし、病気にもなる。鍛えていても腕力は一般人より強い程度だ。若干の戦闘訓練は受けているがね。」
姉さんとの模擬戦を思い出す。あの人がいたから今の俺がいるのだろう。
「彼は自分の身がボロボロになってでも私たちの代わりに怒ってくれたんです。」
サフィアさんそれ違う。俺が気に入らなかっただけ。ただの自己満足。
「見かけによらず騎士道精神に溢れる者だったのだな、お前は。」
「少し見直してあげてもいいかな……。やるじゃない。」
「凄いですねぇ……彼女のことを想っていないとできない事ですぅ。」
あれ?何か話が変な方向に。
「そう言えばさっきも取られたくないと言っていたわね。」
「あぁ、そう言えば。デキてんのか?」
なんでこう魔物ってのは色恋沙汰方面へと話が発展しやすいのかね。
「あ〜……。」
「私は好きですよ?彼は……誰とも深い関係を持ちたがってはいないみたいですけど。」
サフィアの一言でさらに追い詰められる俺。どーすんだよこれ。
「つまり遊びって事ですかぁ?」
「遊びとか言うな遊びとか!俺はそのうち誰にも追ってこられない場所に行かなきゃならないから特定の相手と強い関係を持っちゃいけないの!」
嘘は言っていない。誰かを伴って現世界へ帰還できるか分からない以上、誰かとつながりが強くなりすぎる事は別れの際に強い悔恨を残す。
「連れていってやればいいだろう。これだけ慕ってくれる相手を残していくなど男子の名折れだぞ?」
「無茶言うなよ……。そもそも自分一人だけでも行けるか分からない場所なんだぞ?誰か一緒なんてそれこそもっと危ない。」
俺がこの世界に来た時は鵺と自分の服以外の持ち物は持っていなかった。すなわちそれが重量制限という事だろう。
「それで彼女を置いていくって訳ね。最低。」
「あのなぁ……。仮に連れていけたとしても向こうには自然が殆ど無いんだよ。住める場所の問題もあるだろ?無理だって。」
この問題が一番大きいのではないだろうか。現世界は度重なる環境破壊によってまともに泳げる海というのはほんの一握りしか無い。一生水槽の中なんてそっちのほうが可哀想である。
「そのぐらい愛の力でなんとかして見せなさい。男でしょうに。」
「あんたが一番滅茶苦茶言っているからな!?ていうかリザードマンって皆こんな熱血系なのか!?」
愛の力で世界が救えたら機動兵器なんて開発されていないのですよ。
「いいんです……。彼は、彼の道を行くだけですから。そこに私が介入する余地はありません。」
一同がジト目で俺を凝視してくる。だぁ!もう!
「連れていけないかも知れないぞ。」
「はい……。」
「もし一緒にそこへ行く道に入れたとしても途中で離れ離れになって二度と会えないかもしれないぞ?」
「……はい。」
「百歩譲って向こうに着けたとしても綺麗な海なんて無いぞ。一生水槽暮らしだと思う。」
「…………はい。」
彼女は、はいとしか言わない。
「それでもいいというなら……考えておく。」
「アルテアさん……。」
頬を染めるな寄り添うな目を潤めるな手を絡めるな心が痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
「さて、一件落着した所で改めて乾杯!」
サクラが強引にまとめやがった。
「落着していないからね!?この全員でクエストを受けるって話に決着ついていないからね!?」
「心配しなくてもこの場にいる全員が同じ答えに行き着いている。そうだろう?」
アーサーが見渡す。
「ここの依頼を片付け終わらないとマスターの所へ戻れませんから……。」
「元々ギルドの人手不足解消のために来た訳だし、異存はないわ。」
「自分のためとは言え仕事で来たのだから働かなければ嘘ってものでしょ?」
俺が言わなくてもこいつらであれば迷わず立ち上げていたかもしれないな。
「それならいいんだ。頑張ろうな。」
俺が酒の入った湯呑みを掲げると、全員がそれを打ち合わせる。
「あれ?サフィアも何かやるのか?」
「私は少しですけど回復術も使えますから。皆さんが怪我をして帰ってきた時は治療することが出来ます。」
胸の前でぎゅっと握り拳を作るサフィア。
「そうか、そりゃ助かる。しかし水の問題はどうするんだ?」
俺の疑問にサクラが答える。
「確かギルドには水棲の妖怪用の水槽があったはずだぜ。それを使えばいいだろ。」
「なんでそんなもんが……。」
「河童用だ。」
納得。
〜工房『珠家』〜
「ふ〜ん……依頼解決の為のスペシャルチームねぇ。」
帰りにタマの所に寄って仔鵺と虎牙鎚のメンテを頼む。
今回は結構酷使したから色々と調整する所はあるだろう。
「差し当たってもう少し仔鵺のパワーアップをしたいんだよな。」
「具体的にはどんな?」
彼女はどんな無茶でも応えてくれる。そんな気がする。
「虎牙鎚の遠距離攻撃だと牽制はできるけれど一撃のパンチ力に欠ける。だから仔鵺の方に連射はできないけれど強力な一撃が放てる遠隔装備が欲しい。出来るか?」
彼女は分解された仔鵺を見て考えている。
「やってできない事はないね。材料も丁度あるしやってみるよ。」
「助かる。いつも済まないな。」
彼女はため息を付いて肩をすくめる。
「これで客が増えなかったら大損だね。大丈夫?」
「要するに俺の腕の見せ所って奴だろ?大丈夫だよ」
幸い弱い訳ではないしな。大きな仕事を2つ3つもこなせば噂も広まるだろう。
「明日には渡せると思う。それまで仔鵺を預かっておくよ。」
組み立て終わった虎牙鎚を俺に渡してくる。それを受け取り、ホルスターへ。
「さんきゅ。期待しておくよ。」
お土産の鯖寿司を渡して、工房を後にする。
恐らく、明日からはやたらと多忙な日々が続くだろう。もしかしたら1日に二つ三つとクエストを掛け持ちするかもしれない。
「気合いれて行きますか……。」
休息を取るため、ギルドの宿舎へと向かう。
明日への活力と気合を入れるため、俺は自分の頬を両側から叩いた。
「いっそ殺せ……」
俺はちゃぶ台に突っ伏してぐったりしている。
思えば24時間動きっぱなしである。
「大丈夫ですか……?昨日はあれから戻って来ませんでしたけど。」
「高山の登山の後に巨人と戦って12時間耐久リアル鬼ごっこしてみろ。どんなタフマンだって死ぬわ。」
それでも死んでいないこれ奇跡?自分の体力に軽く戦慄を覚える。
「あぁ……今日はもう働きたくねぇ……。」
「物凄く言いづらいんですけど……仕事です。」
助けて。
〜クエスト開始〜
―消えた妖怪の謎―
『この冒険者ギルドでも起きているが、近頃魔物や妖怪が忽然と姿を消す事件が増えている。ただでさえ感知能力の高い彼女達をどうにかする奴がいるとは思えないが、この件を放置する訳にもいかない。基本ギルド員全員で行うが、事件の解決まで漕ぎ着けた者がいたら特別報酬を支払おう。
冒険者ギルド江戸崎支部 ギルドマスター 神原弘幸』
「なぁ……どうしても受けなきゃダメか?」
「えぇ、一応全員で受けるとなっていますので。休憩は個人に任せてありますので、まずは休息を取ってからにしたらどうです?」
「そうさせてもらうよ……。っと、その前に行かなきゃならない場所があったな。」
突っ伏したちゃぶ台から身を起こし、靴を履いて軽く体を動かす。
体を動かしたことで少し頭がスッキリとした。いや、疲れは全然回復していないんだけどね。
「何処へ行くんですか?」
「これ作った工房。もう一つ渡してもらう約束になってる。」
俺はギルドを後にして工房へ向かった。頼んだものはもうできているだろうか。
期待に胸が膨らみ、足取りも少し軽くなった。5割減の5割増程度だけど。
〜工房『珠家』〜
「うぃ〜す……。」
「随分お疲れだね……何かあった?」
タマの向かいに座る。彼女はお茶を啜っていた。
ちゃぶ台には布でくるまれた何かが乗っている。
「寝てない……。ずっと鬼ごっこしてた。」
「そりゃぁ……お疲れ。暫くここで休んでいくかい?」
「いや、まずは物を見せてくれ。意識がまだあるうちに見ておきたい。」
彼女は布でくるまれた何かをこちらへと差し出してきた。
「とりあえず言われたとおりの物には仕上げてみたよ。純度の高い魔石を使って、その魔力を撃ち出す武器だね。威力はジャブ程度しか無いけど、射程は人間の大人の15歩程度はあるから牽制には使えるんじゃないかな。」
布を広げると中には仔鵺と同じ形状のトンファーが入っていた。
ただしこちらは黒色の仔鵺とは対照的に銀色で、スイッチではなくトリガーが付いている。
床に向けてトリガーを引くと丸く青白い光が打ち出されて弾けた。
「連射は?」
「できるよ。でも撃ち過ぎに注意してね。魔石の魔力が空っぽになると暫くは充填のために使えなくなるから。」
試しに三点射。同じような場所に着弾する。
仔鵺も同時に構えてみると、程良くバランスが取れてしっくり来る。
「いいね。前よりずっと使いやすくなった感じだ。」
体術も交えて適当に振るって見る。ハイキック時のバランスの悪さもその重量で安定する。
「注意して欲しいのは仔鵺ほどギミックが無いって事かな。魔力弾を撃ち出す機構を作ったら他の武器が載せられなくなったからね。」
「構わない。欲しかったのは安定性と射撃能力だけだからな。」
ちゃぶ台の上にそれを置いて再び腰掛ける。
名前はもう彫ってあるようだ。
「虎牙鎚……どう読むんだ?」
「コガツチだよ。仔鵺は黒いし、逆の白っぽいものをね。イメージは白虎ってところかな。」
並べてみると、白と黒のコントラストが美しい。
しかし左右対象かと言われればそうではない。陰と陽が体現されている美しい武器だった。
「ある意味芸術品だな、これは。使うのがもったいなくなってきた。」
「いやいやいや、使っておくれよ。武器が振るわれなくなったら本格的に飾り物になっちまう。」
「それで、少し休んで行くのかい?お茶ぐらいなら出すけど。」
「頼む。昨日の昼から何も口に入れてないんだ。」
彼女の口が開いて塞がらなくなる。
「馬鹿かあんたは。体が資本の冒険者が栄養取らないでどうするの。」
彼女が奥へ引込み、暫くするとお茶とおにぎりを持ってきてくれた。
「ほら食べな。どうせこの後も仕事だろう?ちゃんと食べないと体がもたないぞ?」
「恩に着るよ。いただきます。」
おにぎりは特に具も入ってない塩にぎりだったけど、空きっ腹の体には染み渡った。
「食ったら寝ちまいな。ここなら特に布団もいらないだろ?」
「そうだな……少し寝させてもら……」
<バタン!>
腹も膨れた。さぁ、少し仮眠を取ろうとしたところで工房の扉が開いた。どうも客って感じではなさそうだ。
黒衣の男たちが3人押し入ってきて双剣を構え出す。
「寝させてくれなさそうだな。休憩の前に一仕事だ。」
首をゴキゴキ鳴らして仔鵺と虎牙鎚を構える。
「あんたも大変だねぇ。一体何に付け狙われているのさ。」
彼女も身の丈以上もあるハンマーを構える。
「おい、お前ら。何が目当てだ?言っとくが金ならマジで無いぞ。」
「そのマジでと言うところが哀愁を誘うね……。」
うるせぇ。
それに対して奴らは無言でこちらへ肉薄する。
「おしゃべりすらも無しかい。」
虎牙鎚を相手の顔面に放つ。飛び道具だとは思わなかったのか、モロに食らった一人がその場で倒れる。
倒れた仲間を気にせず、残り二人が俺へと殺到。どうやら飛び道具を使う俺のほうが驚異だと思ったらしい。
「判断は間違っていないが、戦力分析が甘いな。」
タマがその低身長を活かして相手の足元に潜り込み、ハンマーで脛を叩き折る。
ゴキリと鈍い音がしたのは気のせいではないだろう。
残り一人が俺の首を刈り取ろうと双剣を交差させて首を狙う。
「それでも一人通したか。しかし、仲間を省みず相手を攻撃するのは……。」
上体をわずかに逸らして回避すると、ヘッドバットで仮面ごと相手の鼻を叩き折る。
よろめいた男に右ストレート、左フック、右回し蹴りを頭部にお見舞いし、倒れた所で金的に虎牙鎚を連射。
「愚の骨頂なんだぜ?」
最初に倒れた男が起き上がってきたので完全復帰前にシャイニングウィザードを顔面に食らわせ、勢いでそのままストンプを顔面に食らわせる。
足の骨折でもがいている一人の側頭部にサッカーボールキックをお見舞いし、戦闘終了。
「ほい、お掃除完了っと。」
「あんた格闘は苦手だって言ってなかったっけ?」
彼女が差し出してきたホルスターに仔鵺と虎牙鎚を収納すると、それを腰へセットする。
「苦手だとは言ったができないとは言っていないだろ?こいつらに比べたら姉さんの方が100倍強い。」
そう、あの人の強さは格別だった。未だに勝てた試しがない。
「で、こいつらは一体何なんだ?」
黒衣をひっぺがしてマスクを取ってもさっぱりわからない。
しかし、彼女には何か思い当たるところがあったらしく、
「こいつらどこかで見たことが……。」
「知り合いか?」
彼女は首を振る。
「なわけないでしょ。え〜と……うん、そうだ。役所だ。」
「役所?こいつら役人か?」
「違う違う。役所の指名手配犯にそっくりなんだよ。しかも既に逮捕済みの奴ら。」
「いや、ちょっと待て。逮捕済みの奴らがなんでこんな殺し屋まがいの事をしているんだ?」
彼女は奴らの荷物を漁ると、納得がいったと言うように頷いた。
「みてみな、これ。」
彼女は荷物の中から細い紐を取り出した。
「何だそれ?紐?」
「忌々しいエルフの細縄さ。魔物なんかはこいつで縛られると身動きが取れなくなる。たぶんこいつら……近頃起きている連続誘拐事件の犯人だよ。」
俺らは襲撃者を縛り上げると役所に引渡し、工房に戻って話し合うことにした。
「役所の連中滅茶苦茶驚いていたな。恐らくいなくなった事自体に気付いていなかったか……下っ端には知らされていない何かがあったのか……。」
「奉行所の連中は何をしているのかねぇ。賄賂でも渡されたか?」
しかし、俺はその可能性を否定する。
「あの副隊長の目の前でそんな事したらあっという間に街中に知れ渡りそうだがな……。」
楓の事を思い出す。あの正義感の塊みたいな奴が賄賂を見逃すとは到底思えなかった。
「何だ、楓の奴と知り合いだったのかい。」
「昨日クエストでね。タマは?」
「自分の力不足をよく愚痴りに来るよ。その度にべろんべろんに酔っ払って帰るけどね。」
意外な交友関係だな。
「となると……役人が手引きしているって線は無しか。収容している牢獄はどうだろうか?」
「さぁね。少なくとも脱獄が起きたって話は聞かないね。最も知らなかったから驚かれたんだろうけどさ。」
「だよなぁ……」
手詰まり……か。
「どうするんだい?あんたが追っている妖怪の行方不明事件は間違いなくこれと絡んでいるだろうけど、少なくとも今できることは何も無い訳だ。」
確かに。今色々考えても何も浮かんでこない。取り調べの結果は伝えるように役人にギルド員権限で要求した。歩きまわって探そうとしてもこの寝不足の体では持たないだろう。
「……寝る。お休み。」
「そうかい。昼になったら起こすけどいいかい?」
俺は手だけ挙げてフラフラと振る。
「おう、頼む。」
そして、後は睡魔に身を委ねた。トンテンカンテンとハンマーを振る音だけが聞こえて来る……。
何処からかのいい匂いで意識が覚醒する。
これは……醤油か?
「ん……もう昼か。」
ツールの時計を確認すると午後12時を過ぎた辺り。
「おはよ。昼飯は食うかい?」
彼女は大皿に盛られた野菜炒めとご飯を盛った茶碗をちゃぶ台に持ってきた。
「いいのか?」
「一人分作るも二人分作るもあまり手間は変わらないからね。遠慮無く食いな。」
そう言うと彼女は俺の向かい側に座った。
「そんじゃ遠慮無く。頂きます。」
「頂きます。」
二人で手を合わせて、箸を取って野菜炒めをつつく。
「随分箸の使い方に手馴れているね。大陸の人じゃなかったっけ?」
「ジパングの人に育てられた。そんだけだ。」
最近ではこの説明も面倒になってきたな……。
彼女の作った野菜炒めは可もなく不可もなく、量だけはてんこ盛りだった。
「いつもこんなに食べるのか?」
「鍛冶って結構体力使うからね。しっかり食べておかないと動けなくなる。」
結局三分のニほどタマが食べてしまった。あの体のどこに入っているのやら。
「「ご馳走様でした。」」
作ってくれたのは彼女なので、俺は片付けを担当する。
清潔に保たれた台所で洗い物をする。
「(なんだか久しぶりに良識を持った女性に出会えた気がするぞ。)」
ガサツだけど知人には親切。
自分の作ったものに誇りを持ち、アフターケアも万全。
料理もそれなりにできる。
「(やば、少し惚れそうかも。)」
あれでちんちくりんじゃなければなぁ。流石に幼すぎるというかなんというか。
「HA☆N☆ZA☆I臭がプンプンするぜぇ〜。」
「あんたは何を言ってるんだ……。」
気がつけば足元にタマが立っていた。独り言を聞かれていたのか、酷く呆れられている。
「あぁ、洗い物ならもう少しで終わるぞ。」
「それはいいとして、客だ。あんたに話があるらしい。」
来ていたのはあの3人を送り届けた所の役人だった。しかし、様子がおかしい。
「なんというか、済まない。監視はしていたのだが、あの三人は自害してしまった。」
「へ?あいつらの武装は全部解除させた筈だが……。」
そう、全てボディチェックして暗器の類まで全て取り払ったのだ。自殺できるような武器は持たせちゃいない。
「奥歯に毒物が仕込んであってね。それを噛んで全員仏さんだ。結局何も聞き出せなかった。」
全員自害ねぇ……。
「余程聞かれたくない事を知っていたのかねぇ……。でもその雇い主の為に自ら生命を断つなんてそうそう出来ることじゃないと思うんだけど。」
タマが意見を述べる。俺も大体同じ意見だった。
しかし、何かが引っ掛かる。
「そいつらは目を覚ましたのか?」
「あぁ、間違いない。目を覚ましても一言も喋らなかったけどね。」
工房襲撃の際も何も喋らなかったな。あいつら。
「何か引っ掛かるんだよなぁ……。」
「何かって何がさ。」
タマが俺に聞き返す。
「だってさ、そいつらって指名手配されていたような奴らだろ?誰かの為に死ぬほど忠誠を誓うような奴らなのか?」
「いや、どいつもただのゴロツキだよ。少なくとも誰かの下に付いていたって記録はないね。」
ならば切り口を変えてみる。
「看守は全員一枚岩なのか?誰かに賄賂みたいなものを受け取っていたとか、どこかと繋がっていたとかは?」
「無いよ。少なくとも楓様の監視下でどうにか出来るとも思えない。」
「ふむ……。」
とはいえ、何らかの方法で囚人が脱獄しているという事実は変えることができない。
「少し、賭けに出てみるか。」
「賭け?一体何をするつもりだい?」
俺はニヤリと笑って提案する。
「俺をそこの看守にしてみるんだよ。1日だけという限定条件付きでね。」
〜江戸崎奉行所 座敷牢〜
翌日。俺は1日看守として座敷牢の監視を行うことにする。
「(俺の脳には常人とは違って脳チップ処理がなされている……。もし脱獄を幇助している奴が何らかの方法で人を操っているならば……、俺の脳チップが不正アクセスを検出するはず。)」
魔力によるハッキングはアニスちゃんの魔力で確認済みだ。幻術だろうがマインドコントロールだろうが反応するはず。
もし科学的な刷り込みだったとしても、同じように脳チップが警告を出すはずだ。
座敷牢の間を歩いて囚人の様子を見ていく。
「あぁ!?テメェは!」
一つの牢の中から誰かが叫んだ。
中ではどこにでもいそうなゴロツキがこちらを睨みつけている。
「ん?何だ?」
「テメェ、俺達の顔を忘れたわけじゃぁねえよな?」
「すまん、さっぱり思い出せん。」
少なくともこんな貧相な男の知り合いはいなかった筈だ。
「倉庫街の!お前を取り囲んだ奴の一人だ!」
「あぁ、あの一山いくらの。」
正直顔も思い出せない。
「ふざけやがって!テメェ今度は一体何企んでやがる!?」
「そうだな、夕飯に何を食おうかとな。」
適当に返してその場を離れる。こんな小物に構っている暇など無いのだ。
そのまま特に何事も起きることもなく夕方になる。
「(もうすぐ上がりか……ま、予想が外れる日もあらぁな。)」
もう一度巡回で牢を廻って行く。
「よう……新人さん。ちょっと話を聴いてくれないかな。ここは退屈でね。」
その内の一つの牢の中から呼び止められた。
「何だ?世間話ぐらいなら付き合うぞ?」
俺はその牢屋の前にしゃがみ込む。中には中年の男が座っていた。
「兄さん、あんた名前は?」
「アルテアだ。で、話って何だ?」
そう言うと、彼は俺の方に掌を向けてくる。
「アルテア、あんたはこれから俺の言う牢屋を開けて中の奴を外へ逃がす。あんたは何も見なかったし、これからもその牢屋の中には誰かが居続ける。いいな?」
頭の中に鳴り響く警報。不正アクセスを検知し、クライアントが警告を発してくる。
「(マインドハック!?こいつ……電脳化されているのか!?)」
俺の世界の住人が紛れ込んでいるというのは考えられないが、ハックを掛けられているのは事実だ。
今はこれを阻止することに専念しよう。
「インターセプトモード、起動!」
『了解。インターセプトモードを起動します。』
<STAND BY LEADY>
鵺が手元にないため、電脳空間内で鵺を使うことはできない。
幸いシュミクラム(戦闘用電子体)のメンテが終わり、不具合は修正されている。
と言っても以前からあるレスポンスの遅さは相変わらずなので、本来のスペックの10%程度しか出せないが、あまり文句は言えないだろう。
なにせ仔鵺も虎牙鎚も電脳空間には持っていけない。
武器は標準装備の9ミリハンドガンのみ。
威力も無いため必然的に格闘戦のみとなるが、全く格闘ができないというわけでもない。要は先読みをしてレスポンスの遅さをカバーすれば良いのだ。
準備は整った。没入開始だ。
<DIVE>
電脳空間内へと転送された。
電子体がシュミクラムへと変換され、視界が5,6メートル程高くなる。
俺は以前、アニスちゃんの魔力が自分の中へと侵入した時の事を思い出していた。
もしこの世界の魔力なり妖力なりが俺の脳チップへ侵入した瞬間に変質するのだとしたら、今回も迎撃可能な形を取る筈だ。
「さて……来るか?」
拳をガシリと打ち合わせて気合を入れると、ICEに魔方陣が浮かび上がる。
その魔方陣の中から機械の腕が2本、縁を掴んで現れた。
どうやら魔力でできた何かが脳チップに侵入しようとすると自動的に迎撃できる形に変化するらしい。
こちらとしては大助かりだ。
魔方陣から出てきたシュミクラムらしき機体は、全体を薄いベールのような物で覆われた細めの物。仮に<イリュージョニスト>とでも付けておこうか。
「さぁ……いくぜぇ!」
俺はバーニアを吹かせて一気にイリュージョニストへ肉薄する。
戦闘の幕開けだ!
〜江戸崎奉行所 座敷牢〜
「一体なんだってぇんだ……?」
幻術をアルテアに掛けた男は首をかしげていた。
彼は幻術を掛けた際、何事かを叫んだ途端に意識を失ってばったりと倒れてしまった。
こんなことは今まででも初めてのケースだ。
「まぁ……抵抗されている気配もないし。起きたら素直に言うことを聞くだろ。」
そう一人ごちると男は壁にもたれかかって事態を静観することにした。
楽な仕事だ。牢屋の中で看守を引っ掛けては幻術をかけて囚人を逃がす。
牢を出た後は大金をもらってどこかへとんずらすればいい。
万が一のために毒薬を奥歯に仕込むように言われているが、使うことすらないだろう。今のところまだ誰にもバレていないのだから。
シャバに出たら……温泉巡りでもしてみるか。
そんな事を男は考えていた……
〜アルテア脳チップ 電脳空間〜
俺の右ストレートを顔面に食らった瞬間、そいつはばったりと仰向けにダウンした。
大きな金属音と火花が飛び散る。
「……あ?まだ……パンチ一発……だよな?」
そう、まだ一発しか殴っていない。9ミリを撃ち込んだわけでも、しこたま打撃を浴びせたわけでもない。拳一発だ。
試しにハードポイントから9ミリハンドガンを抜き取り、イリュージョニストの頭部へと撃ちこんでみる。
爆発、四散。
オレンジ色の閃光と黒煙を出しながら粉微塵に消し飛んだ。
後にはそいつの残骸だけが残る。
「よえぇ……いや、うん……よえぇ……」
思わず2回も言ってしまうほど弱かった。
これ以上の侵入者も無く、すぐさまICEの復旧とロジックの変更が行われる。
おそらくこれ以降はこの類の精神操作も弾くことが出来るだろう。
「アレか。ウィルス対策ソフトをかいくぐる気の無いウィルスみたいなもんか。」
もしかすると術が脳チップにより変質した事で本来の掛け方から逸脱し、しかもシュミクラムという形を取ったはいいがパイロットとなる中身がいなかったのでまともな抵抗ができなかった……ということだろうか。
「……戻るか。」
流石にいつまでも気絶していたら怪しまれるであろう。
俺はログアウトプロセスを起動すると、仮想空間から離脱していった。
<LOG OUT>
〜江戸崎奉行所 座敷牢〜
俺が目を覚ますと、男は安心したように声を掛けてきた。
「やれやれ……ようやく目が覚めたか。俺の言ったことは覚えているか?」
「あぁ。んで、開けて欲しい牢ってのはどこだ?」
あくまで幻術にかかったふりをする。
「奥から右手2番目の牢と左手5番目の牢だ。分ったか?」
「あぁ、わかった。やって来よう。」
そう言うと、俺は奥へと歩いて行く。
奥のほうまで行くと、懐から玉を取り出す。
これは通信玉と言って、親玉と呼ばれる通信玉を設置してある場所と会話ができるマジックアイテムなのだそうだ。
「本部、聞こえるか?当たりだ。牢の中に幻術士が混ざっていた。」
『そうか、場所は?』
通信玉から楓の声が聞こえて来る。
「入り口から6番目、左手だ。カラステングなら幻術破りなんてお手の物だろ?」
『当然だ。よく見破ってくれた。今から行こう。』
「いや、ちょっと待て。中の幻術士を気絶させてからの方がいいだろう。少し手を打ってくる。」
俺は通信を切ると牢の方へ戻って行く。
「ん?お前牢の中の連中はどうした?」
「わるいね、出してくるとか言ったの。」
俺は虎牙鎚を構えて牢の中の幻術士の股間に向ける。
「あれ嘘。」
連射。金的を連続で強打された幻術士は悶絶し、泡を吹いて気絶した。
事が終わった頃に楓が降りてきた。
「気絶させるとは言っていたが……一体何をしたんだ?」
「お前に説明しても一生わかりゃしねぇよ」
虎牙鎚をホルスターに戻して牢を開け、幻術士の口の中を調べる。
「うわ、こいつにまで毒薬か。随分用意周到なことだな」
毒薬のカプセルを取り外し、用意してあった巾着袋に入れる。
「後はこいつに背後関係を吐かせればいい。尋問方法は……命の危険が無い奴がいいな。公の機関が尋問で人を殺したなんて知れたらえらいことになる。」
「それならば問題ない。適任がいるからな。」
尋問されて出てきた幻術士を見て、俺は気の毒になったことをここに書き加えておく。
なにせそいつはげっそりとやつれて所謂レイプ目になっていたのだから。
〜居酒屋 『鳥正』〜
「で、話とは何だ?」
予め指定してあった接触方法で辰之助と連絡を取り、寂れた居酒屋で落ち合った。
彼は酒を頼もうとしたが俺はそれを手で制する。
「あんたのカミさんの居場所が分かった。今からギルドのメンバーで襲撃を掛けるつもりなんだが……あんたも来るか?」
隣から息を飲む気配がする。
彼は静かに息を吐くと、興奮が冷めやらないといった風にこちらに目線を送ってきた。
「場所は?」
「御崎埠頭の倉庫だ。絶対に一人で行こうとするなよ?捕らえられているのはあんたのカミさんだけじゃないんだ。」
〜江戸崎南東 御崎埠頭〜
誘拐犯の一味はこの倉庫を拠点にしているらしい。
中には俺が前日にタマの工房で襲われたような幻術の掛かった奴らがゴロゴロいるとか。
「さて……着いたわけだが。」
軽く手足をぶらつかせて準備運動をする。
同じギルドの連中はいるのだが……。
「何で魔物しかこの場にいないんだ?」
集まった面々は赤鬼にオーク、リザードマンにデュラハンにエルフと物の見事に人外の連中である。
「他の連中は酒盛りで酔いつぶれているわ。動けるのは真面目に動きまわってた私達だけ。」
同じように準備運動をしていたエルフが説明してくれた。
どうやら碌に進展しない状況に嫌気が差して呑んでいたらしい。どんだけ呑ん兵衛だよ。
「それで、お前の隣にいるその男は誰だ?」
「この倉庫に俺の女房が捕らえられている。お前達の助太刀をしたい。」
あらかた準備運動を終えると、俺は倉庫の方へ向き直った。
「だそうだ。流石に俺一人じゃあの傀儡の大群からは生き残れない。サポート頼むぜ。」
向かうのは倉庫の裏手の勝手口。荷物の搬入を目的としている訳ではないので狭いが、気付かれないよう潜入するには一番いい。
「おじゃましまーす……泥棒ですよ〜……」
「別に泥棒に来た訳じゃないでしょうに……。」
後ろから付いてきたリザードマンがツッコミを入れる。
倉庫の中心に来た辺りで、松明に一気に火がついていく。
「Ah,oh…」
「感づかれたか!」
一斉に取り囲まれ、黒ずくめはさらに数を増して行く。
「どれだけいるんだよ……。まるでジョニーさんだな。」
「誰だ?そのジョニーさんとやらは?」
デュラハンが聞き返してくる。
「ゴk」
「待て、その先を言うな。」
お前が訊いてきたんだろうに。
双方膠着状態。少しでも動けば均衡が崩れ、奴らがなだれ込んで来るだろう。
「司令塔壊せば動きが止まるって訳でもないだろうしな……。さて、どうするか。」
俺は火燐を一本取り出して、円陣の真ん中へと引っ込む。
「なんとか注意を逸らしてみる。その間に斬り伏せてくれ。」
「何をするつもりだ?」
辰之助が俺の方をチラリと一瞥する。
「花火だよ。」
俺は火燐を真上に投げ上げて、虎牙鎚で撃ち落とす。閃光、爆発。
奴らが一斉に爆発の方を見た瞬間に皆が一斉に制圧にかかった。
俺も怯んでいる一人に虎牙鎚を連射しながら突撃。防御の上から蹴りつけて吹き飛ばし、火燐を頭部に投げつけて突き刺す。爆発四散し、そいつの頭部が消し飛ぶ。
「一つ!」
仔鵺をホルスターに戻し、そいつの刀を拾い上げて迫り来るもう一人に投げつける。
喉仏に突き刺さってそいつは絶命する。
「二つ!」
物陰から飛び出てきた黒ずくめの刀を躱して仔鵺をホルスターから引きぬく。そして脛を仔鵺で強打し、ナイフを展開。背中合わせに腎臓目がけて突き刺す。
確かな手応えと共に奴が崩れ落ちる。
「三つ!」
ナイフを引きぬいた勢いで薙ぎ払い、次の襲撃者の手首を切り落とす。残った片手で斬りつけてきた刀を虎牙鎚で受け流し、ナイフを切り返してもう片方を切り落とし、ナイフを格納。勢いで回転させて仔鵺を相手の側頭部へ打ち込んでノックダウン。頚椎を踏み砕いてフィニッシュ。
「四つ!」
二人同時に襲いかかってきたので、虎牙鎚を真上に放り上げ、側にあった布を引っつかんで俺の目の前に広げる。死角を利用して右に一歩ズレると元いた場所に刀が突き立てられる。刀の位置から相手の首筋の位置を逆算してナイフを展開。突き立てると布地に赤い染みが広がっていく。引きぬいて布が落ちると一人が崩れ落ちる。
「五つ!」
もう一人が布から刀を引き抜き、俺に襲いかかる。寸前で虎牙鎚が落下してきてそいつの脳天へと直撃。怯んだところでナイフを眉間に突き刺す。跳ね返ってきた虎牙鎚をキャッチし、ナイフを引き抜き、格納する。
「六つ!」
前方の一団を殲滅したので時計回りに援護へ。
赤鬼の棍棒で吹き飛ばされた一人の後頭部に右ストレート。昏倒した黒ずくめの首に火燐を投げつけ、離脱。火燐が爆発し、首から上が消し飛ぶ。
「七つ!」
デュラハンと鍔迫り合いになっている奴の背後に回りこみ、ナイフで首を一突き。
返り血をまき散らしながらそいつが崩れ落ちる。
「八つ!」
逃げるエルフに追撃を掛ける奴の膝に虎牙鎚を撃ち、動きを止める。
肉薄し、タックルで吹き飛ばして壁にぶち当てる。
よろめいている所で壁とのサンドイッチキック。頭蓋が割れる感触が足の裏に伝わってくる。
「九つ!」
後退した黒ずくめの背後に回りこみ、背中を向けてナイフで突き刺す。
そこをリザードマンが追撃する。
背後から肉を断つ音が聞こえて、黒ずくめが力を失い倒れる。
「十!」
オークを追い詰めている黒ずくめの背後に回りこみ、クローを展開。肋骨の隙間から肺を直接串刺しにする。
「十一!これで全部か!?」
辺りは死屍累々。黒ずくめ達の血で血の海になっており、鉄臭い異臭が漂っていた。
「ったく……手間取らせやがって……。」
思えばこれだけ殺すのは久しぶりだった。まるで息をするように戦った気がする。
気づけば返り血で服が真っ赤になっていた。
「悪く思うなよ?お前らを殺さなきゃ俺が死んでいた。」
足元で頭が無くなっている黒尽くめの死体に言葉を投げかける。
殺し合いってのはいつもそうだ。殺さなきゃ殺される。
「随分と酷いことをするのだな……お前は。」
ギルドメンバーが俺の方へと近寄って来た。
「いくら依頼中の犯人殺害が許されているとはいえやり過ぎではないか?」
騎士道精神とかに引っ掛かるのだろう。デュラハンが咎めるような目を向けてくる。
「少なくとも今の俺に殺さないように無力化なんて余裕はないよ。3人程度ならばともかくこれだけの大群相手に手加減なんてできない。」
相手を殺さずに無力化するのは相手の3倍の技量が必要だという。さらに、相対する人数が増えれば増えるほどそれが難しくなる。
今回俺が倒したのは11人。俺の格闘戦の技術ではこれだけの数を殺さず無力化させるのは不可能だ。
「血の匂いが酷いわ。同族を殺してなんとも思わないの?」
エルフの少女が首を振っている。
「思わないわけじゃないさ。ただ、常人よりも感情のゆらぎは少ないかもな。兵士ってのはそういう人種だ」
そう、俺は兵士だ。必要とあらば躊躇なく殺す。
それが例え命令であっても、誰かを守るためであってもだ。
「軽蔑したきゃ軽蔑しろ。俺は俺が生きる道を曲げるつもりはない。」
そして俺は辰之助の方を見た。
戦闘中は見る余裕が無かったが……
「でもな、ぶっちゃけあいつは俺より倒してるぞ。30人はやったんじゃねぇか?」
彼は全身が返り血で真っ赤に染まっている。
その足元にはゴロゴロと両断された黒ずくめが積みかさなっていた。
「さて、休憩している暇はねぇな。さっさと開放作業をしますか。」
そう言うと、中からガタガタと音を立てる木箱を片っぱしから開けていく。
中身は予想通りというか何というか、ジパングの魔物達だった。
「どこのクソ野郎も考えることは同じだなァ……クソッ!」
他のメンバーも魔物達を開放していく。
「翠(スイ)!」
「辰さん……たつさん!」
辰之助は無事に妻を見つけたらしい。
全身が濡れている女性と抱き合っていた。
「こいつは……水槽か?」
一つだけどこか雰囲気の違う箱があった。金属製の箱で、若干宙に浮いている。底に付けてあるのは特殊な石なのだろうか。
クローで錠前を破壊し、蓋を開けると……。
「シービショップ?」
全体的に白っぽい衣装を着た人魚が中で足(ひれ?)を抱えてうずくまっていた。
光が差し込んだのに気がつくと、水面から顔だけ出した。額には、一房の髪がおでこに張り付いている。
「あれ……アルテア……さん?」
「そうだが……ん?どこかで会ったような……。」
記憶の糸を手繰り寄せると、一人のシービショップに思い当たる。そう言えば彼女も同じようなアホ毛があったような……。
「まさか、サフィアか?」
「アルテアさん……アルテアさんっ!」
彼女は水中から飛び出してきて俺に抱きついた。勢い余って後ろに倒れこむ。
「おま、何でこんな所に……。」
「怖かった……怖かったです……。」
彼女は俺の胸元に顔を押し付けてグズグズと泣いている。
しかし、彼女は押し付けている俺の服に違和感を覚えたのか顔を離すと目を見開く。
「あ……これ、血ですか!?どこか怪我でも!?」
「いや、これは返り血。俺のじゃない。」
死体のうちの一つを顎で指す。
「久々だよ。ここまで徹底的に戦ったのは。」
「全員……貴方が?」
「全員って訳じゃないがな。何人か仲間もいる。」
俺は彼女を立たせる。メンバーはおのおのが捕まっていた奴の開放で忙しく走り回っている。
「さて、俺も残りのを開放しなきゃな。お前らは倉庫の隅に集まっていてくれ。」
「はい、わかりました……。」
俺の一面を見てショックを受けたのかもしれないな……。
ま、そもそも好かれるような人種じゃない。嫌われて当然、見る目が変わらなきゃ儲けのものだ。
俺は最後の箱に近づき、錠前を破壊しようとクローを展開するが……。
「………………。」
箱が恐ろしい程の邪気を放っている。ダークマターとか汚染されきった精霊とかそんなちゃちな物じゃない。
「どうした?お前が開けないなら私が開けるが……。」
俺を押しのけてデュラハンが両手剣を構える。
振り下ろされる瞬間、俺は箱との間に割り込み、虎牙鎚と仔鵺でそれを受け止めていた。
「何をする!?」
「これはヤバい!何か開けちゃいけない気がする!」
箱の中から呪詛の呻きが聞こえて来るような気がする。
「ダーリン……早く開けて……そして私と……」
デュラハンの方はその呻きが聞こえないらしく、イライラと俺を押しのけようとする。
「ここに捕まっているのは全員誘拐された魔物達だ。そんな邪悪な物が封じられている訳が無いだろう!」
「マジでヤバいんだって!お前には聞こえないのか!?この呪詛の呻きが!」
俺がデュラハンを押しとどめている時に、後ろから風切音が。振り向くと、矢によって錠前が破壊されている。
「いいからさっさと開放してあげなさい。そんな狭いところに閉じ込めちゃ可哀想でしょうが。」
ギルドメンバーのエルフだった。
「おま……なんて事を……。」
まるで地獄の釜の蓋が開くようにぎちぎちと音を立てながら箱の蓋が開き、中から瘴気が溢れでてくる。
箱の縁に手が掛けられ、中からおたふく顔の女がゆっくりと顔を覗かせる。
「うふふふ……みぃ〜つけたぁ〜……」
「ぁぁ……ぁぁぁああああ……」
足がすくむ。脳裏に鮮明に映し出されるのは12時間耐久リアル鬼ごっこ。
さすがのエルフとデュラハンも戦慄している。
「何だ……この邪悪な化身は……魔物ではないぞ!」
「わ、私は悪く無いわよ!?だってこんな化物が中に入っているなんて思ってもいないし!」
どう見ても100%お前の仕業だ。
「うふふふ……あはははは……アハハハハハハハハハハ!」
もはや声にエコーがかかって人間の様相を成していない。
「パンドラの箱は最後に希望が残ると言うが……どう見てもあの箱はパンドラの箱じゃないよなぁ……!」
どうみても普通の木箱だ。
「ダァ……アァ……リィィィィィイイイイイイン!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
妖怪おたふく女がルパンダイブで俺に襲いかかる!
腕を交差してガード体勢を取る……が、いつまで経っても衝撃が来ない。
「…………?」
目を開けて前を見ると、サフィアがおたふく女を蹴り飛ばしている所だった。
奴は十数メートル蹴り飛ばされ、箱の残骸へ突っ込んで停止していた。
「サフィ……ア?」
「アルテアさんって、結構好かれやすいんですよ。」
こんな時に何を言っているんだ?この子は。
「ピスケスさんもアルテアさんの事が好きだって言っていましたし、私の知らない所でもやっぱり貴方を慕っている人は多いと思うんです。」
彼女は呼吸を整えて言葉を続ける。
「私はポセイドンの神官です。愛し合う二人を祝福して、我を抑えなければならない立場です。でも……。」
彼女は爛々と目を光らせて吹き飛ばされた奴を見据えて言い放つ。
「あの人にだけは……貴方を渡したくないと本気でそう思いました。」
「サフィア……。」
あれ、目の前が滲んできたよ?
「アルテアさんは下がっていて下さい。あの人は私が片付けます。」
「しかし、任務中の一般人への手出しは……。」
彼女は俺の口に人差し指を付けると、いたずらっぽくウィンクする。
「一般人同士の喧嘩ならば特に問題ありませんよね?」
そう言うと起き上がり始めた邪神と対峙する。
ギルドメンバー達は喧嘩を止めようと二者の間に視線を行ったり来たりさせるが、直接手出し出来るわけでもないので何もできずにオロオロとしているだけだ。
「そうは言うが……お前って言うほど強かったっけ?」
「大丈夫です。気性が穏やかな私達ですけど、決して弱いという訳ではありませんから。」
そう言うと、彼女は体勢を低くして構えを取る。足は魚のままだ。
「ワタシノォ……ジャマヲスルナァァァアアアアアア!」
邪神が彼女に向かって突進してくる。
「動きが直線的過ぎます!」
タイミングを見計らってその場でサマーソルト。綺麗に顎を捉えて邪神が中を舞う。
『母なる海の神よ、その雄々しき槍を以て悪しき敵を貫き給え』
落ちてくる間に彼女は詠唱を済ませる。
『<スプレッド>!』
何もなかった床に渦が起こった瞬間、その渦から強力な水流が吹き上がり、邪神を捉える。
水流に捕らえられた邪神はまたも空中に投げ出され、自由落下状態に。
『我が前に開け、水神の門。邪なる敵をその豪腕にて打ち砕け』
先程の魔法で出てきた水が今度は円形に纒まり始め、波打つ水盆となる。
落下してきた邪神が水盆の前へと落ちてきて……
『<アクアフィスト>!』
水により模られた巨腕が邪神を殴り飛ばす。再度邪神は箱の残骸へと突っ込む。
さらに攻撃の手を緩めず、彼女は追加で詠唱を開始する。
『古に住まいし海竜、ここに目覚めん。象るは水、その役は龍。鋭き牙を以て敵を噛み砕かん!』
サフィアが入っていた水槽はおろか、外の海からも水が集まり、巨大な水龍を形作っていく。
「これでお終いです。」
彼女は印を切っていた手を邪神の方へと向け、スペルを発動させる。
『<リヴァイアサン>!』
水龍は箱の残骸ごと邪神を飲み込み、壁をブチ破り、遥か彼方へと押しやって行った。
「殺して……ないよな?」
「大丈夫です。一応保護はしました。」
彼女は俺を振り返り、ニッコリと笑った。
ニーチェ曰く、復讐と恋愛において女性は男性より凶暴であるとの事。
彼女を見て海より深く納得した。
後で聞いた所によると、彼女はジパング近海の海の魔物達の為にここまで来ていたが、港に寄った際に例の黒尽くめに拐われた、ということらしい。
つくづくお姫様体質な子である。
〜酒場『平八』〜
「「「「「「「かんぱ〜い!」」」」」」」
クエスト完了後、俺達+サフィアは打ち上げと称して酒場まで足を運んでいた。
そしてその席で仰天の事実を知る事になる。
辰之助は……カミさんを連れて自宅へと帰った。
今頃はお楽しみだろう。
「うぇ!?お前らも出張組?」
そう、アカオニのサクラ以外が大陸からの出張組なのだ。
「ご主人様から人手が足りないからって言われまして……頭が上がらないとは言え離れるのは寂しいですよぉ……。」
と、これはオークのリュシー談。
聞くところによると、彼女はそのギルドマスターにゾッコンらしい。
「私も似たような物よ。クエストから帰っていきなりの出向命令だったから面食らったわ。」
こちらはリザードマンのエレミア。
現在彼氏募集中。でも俺は却下だそうだ。
「私の方は手が足りないからと言うことを聞いて志願して来た。困窮している勢力への助力は私の義だからな。」
この堅苦しい言葉遣いのデュラハンはアーサー。
なんと前魔王時代から生きているそうだ。
ミストよりも騎士っぽいあたり見習って欲しいものだ。
「私は純粋にジパングに興味があって来たわ。もしかしたら私が求める人もこの国にいるかも知れないから。」
これはエルフのアイシャ。エルフなのに男漁りする変わり者だ。
「ま、何はともあれようこそジパングへ!大陸みたいな娯楽はないが酒はうまい。仕事を頑張りながらも楽しんでいってくれ。」
唯一ジパング出身のサクラが歓待の言を上げる。アカオニの性質に漏れず、彼女も酒好きだ。
「そう言えばお前が此処に来た理由を聞いていないな。どういう経緯で来たのだ?」
アーサーが俺に話を振る。あまりかっこいい理由じゃないんだがなぁ……。
「出張の提案をされた時に金欠でね……。出張費出すって言うから乗ったんだ。」
辺りが静まり返る。チクショウ……涙が出てきた。
「で、でもさ。ギルドのメンバーが随分少なかったよな。あれってどういう事だ?」
無理やりに話題を逸らす俺。
そう言うと、サクラが深刻そうな顔で顔を伏せた。
何かマズい事でも言っただろうか。
「確かに大陸の文化が入ってきている江戸崎だけどさ、浪人とか侍とかは冒険者の事を認めている訳じゃ無いんだ。皆好き勝手に身内から依頼された仕事を受けるばかりでさ、身内にそいつらが居ない奴はギルドに依頼を持ってくるしか無いんだよ。でも戦える奴はギルドを馬鹿にして入ろうともしない。結果的に人手不足なのに依頼が次々舞い込んでくるもんだからクエストが溜まっていくって訳だ。」
その遂行されないクエストの依頼者達はどうなるのだろうか……。
解決されない依頼を延々待ち続けるのだろうか。
「なぁ、一つ提案があるんだが。」
俺の言葉に全員が耳を傾ける。
「俺たちで出されている依頼を片っぱしから片付けないか?このままじゃ依頼を出している奴らが可哀想だ。」
全員が目を見開いて驚いている。俺何か変なことを言っただろうか?
「あなた……本当にさっきの奴?とても無感情に人を殺す奴には見えないのだけど。」
アイシャが俺を睨みつけてくる。まぁあの倉庫はやり過ぎたとは思うけどね。
「彼は正義感の強い人ですよ。確かに容赦とか手加減とかとはかけ離れているかも知れませんけれど。」
今まで沈黙を保ってきたサフィアが口をはさむ。俺が正義感の強い人……ねぇ。
「とてもそうは見えないのだが……。」
難色を示すアーサー。その意見は尤もな事だ。
「海神の神罰代行者って知っていますか?」
サフィアがどこかで聞いたようなフレーズを出す。身に覚えがあるようなないような……。
「海の魔物の奴隷の売り買いをしようとしていた商人の船の沈没事件……でしたっけ?」
だんだんと記憶がはっきりしてくる。
「はい。あの時、その船は私の仲間……もしかしたら私自信が売られたかも知れない船でした。」
彼女が胸に手を当てて眼を閉じる。ここまで来るともう一つの事柄しか思い浮かばない。
「彼が、その神罰代行者です。私達の為に単身船に乗り込んで、裁きを与えてくれた。」
空気が凍る。居心地が物凄く悪い。
「そんな事もあったね〜……っていうかそんな呼ばれ方していたのか。」
「海洋性の魔物の間では有名な話ですよ?私達の間ではちょっとしたヒーロー扱いです。」
新聞にもそんな話は載っていなかった気がするのだが……見落としたか?
「いや待て!その商人はかなり護衛を連れていた筈だぞ!?それをたった一人で攻め落としたのか!?」
「ちょ、身を乗り出すな!料理とか酒とか溢れる!」
俺は興奮して乗り出すアーサーを押し止め、座らせる。流石にあの鎧で大きな動きをされると色々なものにぶつかってしまう。
「あの噂って本当だったのね……。嵐に遭った言い訳だと思ったのに。」
「本当にその悪魔がいるのなら手合わせしてみたかったのだけど……まさかあなただったなんてね……。」
上はアイシャ。下はエレミアだ。
「言っておくが今同じ事をしろと言われてもできないぞ?得物がその時と違う。」
しかしラプラスがいなかったのは幸運だった。ここであのドSが介入すれば彼女たちに便乗して俺をいじり倒すだろう。怖い怖い。
「あれで本気じゃないって事?あなた魔物より化物じみていない?」
「失礼な。俺はれっきとした人間だ。怪我もするし、病気にもなる。鍛えていても腕力は一般人より強い程度だ。若干の戦闘訓練は受けているがね。」
姉さんとの模擬戦を思い出す。あの人がいたから今の俺がいるのだろう。
「彼は自分の身がボロボロになってでも私たちの代わりに怒ってくれたんです。」
サフィアさんそれ違う。俺が気に入らなかっただけ。ただの自己満足。
「見かけによらず騎士道精神に溢れる者だったのだな、お前は。」
「少し見直してあげてもいいかな……。やるじゃない。」
「凄いですねぇ……彼女のことを想っていないとできない事ですぅ。」
あれ?何か話が変な方向に。
「そう言えばさっきも取られたくないと言っていたわね。」
「あぁ、そう言えば。デキてんのか?」
なんでこう魔物ってのは色恋沙汰方面へと話が発展しやすいのかね。
「あ〜……。」
「私は好きですよ?彼は……誰とも深い関係を持ちたがってはいないみたいですけど。」
サフィアの一言でさらに追い詰められる俺。どーすんだよこれ。
「つまり遊びって事ですかぁ?」
「遊びとか言うな遊びとか!俺はそのうち誰にも追ってこられない場所に行かなきゃならないから特定の相手と強い関係を持っちゃいけないの!」
嘘は言っていない。誰かを伴って現世界へ帰還できるか分からない以上、誰かとつながりが強くなりすぎる事は別れの際に強い悔恨を残す。
「連れていってやればいいだろう。これだけ慕ってくれる相手を残していくなど男子の名折れだぞ?」
「無茶言うなよ……。そもそも自分一人だけでも行けるか分からない場所なんだぞ?誰か一緒なんてそれこそもっと危ない。」
俺がこの世界に来た時は鵺と自分の服以外の持ち物は持っていなかった。すなわちそれが重量制限という事だろう。
「それで彼女を置いていくって訳ね。最低。」
「あのなぁ……。仮に連れていけたとしても向こうには自然が殆ど無いんだよ。住める場所の問題もあるだろ?無理だって。」
この問題が一番大きいのではないだろうか。現世界は度重なる環境破壊によってまともに泳げる海というのはほんの一握りしか無い。一生水槽の中なんてそっちのほうが可哀想である。
「そのぐらい愛の力でなんとかして見せなさい。男でしょうに。」
「あんたが一番滅茶苦茶言っているからな!?ていうかリザードマンって皆こんな熱血系なのか!?」
愛の力で世界が救えたら機動兵器なんて開発されていないのですよ。
「いいんです……。彼は、彼の道を行くだけですから。そこに私が介入する余地はありません。」
一同がジト目で俺を凝視してくる。だぁ!もう!
「連れていけないかも知れないぞ。」
「はい……。」
「もし一緒にそこへ行く道に入れたとしても途中で離れ離れになって二度と会えないかもしれないぞ?」
「……はい。」
「百歩譲って向こうに着けたとしても綺麗な海なんて無いぞ。一生水槽暮らしだと思う。」
「…………はい。」
彼女は、はいとしか言わない。
「それでもいいというなら……考えておく。」
「アルテアさん……。」
頬を染めるな寄り添うな目を潤めるな手を絡めるな心が痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
「さて、一件落着した所で改めて乾杯!」
サクラが強引にまとめやがった。
「落着していないからね!?この全員でクエストを受けるって話に決着ついていないからね!?」
「心配しなくてもこの場にいる全員が同じ答えに行き着いている。そうだろう?」
アーサーが見渡す。
「ここの依頼を片付け終わらないとマスターの所へ戻れませんから……。」
「元々ギルドの人手不足解消のために来た訳だし、異存はないわ。」
「自分のためとは言え仕事で来たのだから働かなければ嘘ってものでしょ?」
俺が言わなくてもこいつらであれば迷わず立ち上げていたかもしれないな。
「それならいいんだ。頑張ろうな。」
俺が酒の入った湯呑みを掲げると、全員がそれを打ち合わせる。
「あれ?サフィアも何かやるのか?」
「私は少しですけど回復術も使えますから。皆さんが怪我をして帰ってきた時は治療することが出来ます。」
胸の前でぎゅっと握り拳を作るサフィア。
「そうか、そりゃ助かる。しかし水の問題はどうするんだ?」
俺の疑問にサクラが答える。
「確かギルドには水棲の妖怪用の水槽があったはずだぜ。それを使えばいいだろ。」
「なんでそんなもんが……。」
「河童用だ。」
納得。
〜工房『珠家』〜
「ふ〜ん……依頼解決の為のスペシャルチームねぇ。」
帰りにタマの所に寄って仔鵺と虎牙鎚のメンテを頼む。
今回は結構酷使したから色々と調整する所はあるだろう。
「差し当たってもう少し仔鵺のパワーアップをしたいんだよな。」
「具体的にはどんな?」
彼女はどんな無茶でも応えてくれる。そんな気がする。
「虎牙鎚の遠距離攻撃だと牽制はできるけれど一撃のパンチ力に欠ける。だから仔鵺の方に連射はできないけれど強力な一撃が放てる遠隔装備が欲しい。出来るか?」
彼女は分解された仔鵺を見て考えている。
「やってできない事はないね。材料も丁度あるしやってみるよ。」
「助かる。いつも済まないな。」
彼女はため息を付いて肩をすくめる。
「これで客が増えなかったら大損だね。大丈夫?」
「要するに俺の腕の見せ所って奴だろ?大丈夫だよ」
幸い弱い訳ではないしな。大きな仕事を2つ3つもこなせば噂も広まるだろう。
「明日には渡せると思う。それまで仔鵺を預かっておくよ。」
組み立て終わった虎牙鎚を俺に渡してくる。それを受け取り、ホルスターへ。
「さんきゅ。期待しておくよ。」
お土産の鯖寿司を渡して、工房を後にする。
恐らく、明日からはやたらと多忙な日々が続くだろう。もしかしたら1日に二つ三つとクエストを掛け持ちするかもしれない。
「気合いれて行きますか……。」
休息を取るため、ギルドの宿舎へと向かう。
明日への活力と気合を入れるため、俺は自分の頬を両側から叩いた。
12/12/18 00:52更新 / テラー
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