番外編〜頭の中の小戦争〜
※クロスオーバー回につき魔物娘が全く出てきません。ご了承下さいませ。
〜ギルド宿舎 アルテア自室〜
「〜♪」
クエストが終わり、自室に帰ってきた俺は鼻歌交じりに鵺のメンテナンスをしていた。
例え自動修復装置による内部のメンテナンスが自動で行われても外装は自分で拭くしかない。
なによりこれをやらないとラプラスがへそを曲げる。まったく、厄介なAIですこと。
『内部のメンテナンスは完了しました。リンク途絶の兵器以外はオールグリーンです。』
「あいよ、ごくろうさん。こっちももうすぐ……っと。終わったぜ。」
拭き終わった強化プラスチック製の外装が黒く鈍い光を放つ。
メンテナンス用のボロ布をベッド脇の収納スペースへと収めると、ベッドに鵺を立てかけて自身も横になった。
「ふぃ〜……あとは飯食って水浴びして寝るだけだな。」
こう文明レベルが低いと夜間に明かりを点けるのは非常に金がかかり、そうなると本を読むためにも照明代(ロウソク、ランタンなど。高級品では光を放つ魔石)がかかる。
決して金銭的に余裕があるとは言えない現状ではそんな贅沢ができるわけもなく、サーモスキャンはNV(ナイトビジョン)代わりには使えない、結局夕食後は簡易シャワーによる水浴びしかすることがない。
まぁ疲れているし夜遅くまで何かで遊んでいようとも思わないのだが。
「……んあ?」
夕食までの短い時間に仮眠でも取ろうかと思った時である。
視界の隅にダイアログが表示された。内容は、
《ゲスト入室。シミュレーター使用中。》
《ゲストネーム:Laki》
どうやら人の頭の中でドンパチやっているらしい。
こんなことができる奴は一人ぐらいしか思い当たらない……。
「あぁ……あのちびっ子マッドサイエンティストか……」
おそらく今入っているラキって奴が実験体にされているんだろうな。
脳チップの中枢への道はICEでしっかりガードしてあるし、侵入を試みれば警告も出てくるが……
「人の頭の中で勝手にゴチャゴチャやられるのは気に食わないな。」
『加勢しますか?』
確かにこの状況をさっさと終わらせるにはそれが一番手っ取り早いだろう。
今頭の中で行われているシミュレーターをさっさと終わらせ、飯を食ってシャワーを浴びて、寝る。大体のスケジュールを決めると没入プロセスを開始した。
「よし、食後の前の運動だ。十分腹空かせておきますか!」
『実際に体を動かす訳ではないでしょうに。』
<DIVE>
〜アルテア脳チップ 電脳空間〜
電脳空間内へと入ると、そこは既に戦場だった。
岩と砂だらけの大地。所々に枯れ木が立っている。
そんな中、一人の男が光学ブレード付きのハンドガンで20体程の異形と渡り合っていた。
「あぁ、クソ!エスタめ、戻ったらおぼえてやがれ!」
異形の形状は人間大程度。滑らかで生物的なフォルムに甲虫の外骨格のような足を持ち、サメのように尖った鼻面をしている。
何より目を引くのがその腕から生えている2本の鋭利な刃だ。あんなものをまともに食らったら腕一本持って行かれる程度では済まないだろう。
「なんだぁ……ありゃ……」
『不明。データベースに無い未知の生物です。』
彼は囲まれながらも上手く攻撃を躱しているが、流石に多勢に無勢らしく苦戦している。
この大群を相手にするのであれば一人より二人のほうが効率はいいだろう。
「マイクロミサイルだ。」
『了解。マイクロミサイル展開。』
男の周囲に群がる異形を一体ずつロックオンしていく。
爆風に巻き込まれないように細心の注意を払い、発射。12発のミサイルがそれぞれ離れた場所にいる異形に命中し、爆炎を上げる。
あるものは最大の武器である爪を両方とも吹き飛ばされ、あるものは頭を吹き飛ばされて地へと倒れ伏す。
足をもがれて機動性を失ったものもいれば、胴体をまるごと吹き飛ばされたものもいた。
「っ!?なんだぁ!?」
「よう、随分と苦戦しているな?加勢は必要かい?」
異形の注意はこちらへ向いたようだ。
男の注意もこちらへ向いたが、元から接触を図るつもりだったので問題ない。
「あんたが……エスタの言っていた被験者か。助けてくれるのか?」
「俺としても勝手に頭の中でドンパチされるのは気に入らないんでね。さっさとこいつらを片付けようぜ?」
俺と男が話している間にも異形は金属を裂くような耳障りな声を立てて威嚇している。
俺が援護射撃を行って道を開けてやると、男はこちらへと駆け寄ってきた。
共に銃口を異形へと向ける。
「全く……バカみたいな火力だな。異形者をまとめて葬るなんてG.A.Wでもなきゃできない芸当だぞ。」
「そっちこそ、あれだけの数に囲まれて掠り傷一つ無しかい。俺だったら今頃八つ裂きだ。」
互いの長所に感心しつつも、警戒の手を緩めない。
目の前の敵は油断してはならない。本能がそう警告していた。
「で?あれは一体何だ?見たところ魔物じゃないよな。さしずめ新手のエイリアンって所か?」
「惜しい。エイリアン(宇宙人)じゃなくてインベーダー(侵略者)が近いな。少なくともお友達になりにきたんじゃないって事は確かだ。」
彼の冗談に口の端を歪めて笑いつつ、奴らが攻撃の準備を始めたことを確認。彼も気づいたようだ。
「あんた、銃撃の腕はいかほどだ?」
「本職だよ。狙撃、中距離、クロスレンジなんでもござれだ。そっちは?」
彼は手に持った両方のハンドガンを回しながら再び構えた。
「苦手じゃないとだけ言っておくぜ。撹乱は俺に任せな。あんたはその間に奴らを1体づつ確実に仕留めてくれ。」
「ヤー。それじゃ、行動開始だ!」
彼、ゲストネームから言って恐らくラキだろう。
が、腰につけていた筒状の物のピンを前方へと放る。形状からいって恐らくスタングレネードの類だろう。
背を向けて両耳を塞ぎ、閃光と爆音に備える。
塞いでいても耳鳴りがするほどの大音量の後、隣で猛然とかけ出す気配がした。
俺も応戦を開始することに。
「狙い撃つ!」
『レミントンM700狙撃銃展開。』
異形が闇雲に振り回した爪を彼が受け止め、動きを止める。
その隙に俺がそいつの頭を狙撃で打ち抜く。頭が消し飛んだ瞬間には彼は次のターゲットへと向かっていた。
「どうぁっと!?あぶねぇ!」
彼は異形の攻撃を紙一重で回避し、弾き、防御する。
例え死角から襲われようとも当たることはまるでない。
俺は攻撃を空振りし、体勢を崩した異形を1体ずつ仕留める。
「すげぇな、あいつ……背中に目でも付いているんじゃねぇか?」
『射線に入っているのに誤射が1回もありませんね。フレンドリーファイア知らずです。』
俺自身誤射がないように撃ってはいるが、それでも銃弾すら紙一重で避けていく彼の身のこなしはまるで曲芸のようだ。
こちらへ標的を変えた異形をハンドガンで威嚇射撃を行い、自分へと標的を無理矢理変える辺り柔軟性もかなり高い。
率直に言うともの凄く戦いやすい。
「ラス1!」
『終わりです。』
俺の放った銃弾が胴体を貫き、彼のブレードが首を刎ねて異形が倒れこんだ。
辺りに動くものは俺と彼以外いなくなった。
「お疲れさん。これで終わりだよな?」
「まだだ!エスタの奴がこの程度で終わらせるわけが無いだろうが!」
彼が叫んだ途端、土煙を上げながら何かが地中から姿を現した。
そいつは……
「はは……冗談だろ、おい……」
「だぁもう!あの野郎帰ったらマジで覚えていやがれ!」
先ほどの異形をそのままスケールアップしたような巨大な異形だった。
大きさはかつて戦った大蜘蛛程もあるだろうか。
「ラプラス、あれ倒せると思うか?」
『脅威度はE-クリーチャーと同等かそれ以下です。硬い甲殻は厄介ですが、フィールドを張られるよりは遥かにマシでしょう。』
どうやらタフさではE-クリーチャーに劣るらしい。しかし、両手に鈍く輝く大爪は見る者全てを恐怖のどん底に叩き落とす。
「せめてG.A.Wさえあれば……」
「G.A.Wってアレだよな?二足歩行とかの機動兵器の。」
俺がそれを言うと、彼は驚きに目を見開いた。
何か驚くような事でも言っただろうか。
「あるのか!?」
「あ〜……使えるか?ラプラス。」
俺が相棒に尋ねると、彼女は自身ありげに答えてくれた。
『シュミクラムの調整と不具合修正は終了しています。いつものレスポンスの悪さは改善されていませんが、格闘戦くらいならこなせるレベルと推測されます。』
「有り難い。毎度毎度生身でデカイ奴と戦っているから感覚が麻痺するけど本来ならこういうもんを使うべきだよな。」
俺はラキから走って離れると、シュミクラムへの移行プロセスを起動させる。
「何をするつもりだ?」
「ロボットになってドンパチするんだよ。危ないから離れていてくれ。」
<STAND BY READY>
シュミクラム移行時、鵺は自機のハンドガンとして使えるようになる。
ハンドガンといっても、単体でマシンピストルから小型ミサイルランチャーまで使えるような物騒な代物になるわけだが。
レスポンスの悪さ故に狙いはまともにつけられないが、弾をばらまいて弾幕とすることぐらいはできる。
苦手な上に出が遅い格闘戦がメインとなるが、現状そのぐらいしか手立てがないので仕方がないだろう。
装備の確認が終わり、体が鋼鉄のボディへと置き換わっていく。
さぁ、戦闘開始だ!
視界がいつもより5,6メートルほど高いのは電子体がシュミクラムに置き換えられているからだ。
今の俺の体を覆う装甲の色はブルーを基調にして、各部をダークグレーを散りばめたフェンリルカラー。
マッシブな胸部装甲に機動性を追求したシャープな脚部。
射撃が行い易いように腕部は発射のリコイルを軽減する機構が組み込まれている。
統合軍の<アイゼン=ヴォルフ>をベースにラプラスがカスタマイズした俺の特注機。
<サイレント=ヴォルフ>。それが俺の機体の名前だ。
尤も、本来のスペックを遥かに下回る性能のため、同じ部隊では名前負けとよく言われる。
……なんだか最近夢を見なくてもだんだんと記憶が戻ってきている気がするぞ。
「す、すげぇ……あんた変身ヒーローか!?」
『電脳空間限定のロボットバトルだ!他じゃ見られんからしっかりと目に焼き付けておけよ!』
足を一歩前に踏み出し……
上手く足を床に付けられずに転んだ。
辺りに金属と地面が接触する轟音が響き渡り、体が土まみれになる。
「……大丈夫か?」
『あぁ、悪い……こいつ異常に動かしづらいんだ。バランスを取るのに少しコツがいる。』
地面に手をついて何とか起き上がる。ジャックナイフ?そんな危ない機動やったらまたコケるわ。
『おし、なんとか動かし方を思い出した。行けるぞ。』
「猛烈に不安になってきた……」
異形はというと律儀にこちらが準備するのを待っていてくれたようだ。
まぁシミュレーターだからそこは甘えさせてもらうとしよう。
『よし、行くぜ!』
『Open Combat』
横へ移動しながらオクスタンライフルの弾をばらまく。
ダメージ目当てではなく、足止め目当てだ。そもそもこいつではまともに当てられないので、狙う意味が全くない。
「GIAAAAAAAA!!」
異形が飛び上がってこちらへ爪を振り降ろしてくる。
『爪には爪だ!』
『フェンリルクロー展開。』
振り下ろされる爪をクローで受け止め、鍔迫り合いになる前に蹴り飛ばして距離を取る。
反応前に攻撃されたら致命的だ。
『マズイな……どう考えても火力不足だ。』
あの爪を食らったらまず間違いなく即死なので、一応シュミクラムへと移行してみたものの、肝心の火器が全く使えないのでは話にならない。
このまままともに振るえない拳一つで戦った所でジリ貧なのは眼に見えているだろう。
『どうする……どうすれば……』
『ならば火力を別の方に頼めば良いのです。幸い、頼めそうな人が近くにいるではありませんか。』
俺が視線を動かすと、岩陰でラキがこちらの様子を伺っていた。どうやら何もできなくて歯噛みしているらしい。
『ラキ!受け取れ!』
俺は持っていた鵺をラキのいる方へと滑らせる。
シュミクラム用にアップサイジングされていた鵺は彼に元に届く頃には元に戻っており、隠れていた岩へぶつかった。
「受け取れって……どうすりゃいいんだよ!」
『私の指示に従って異形へと向けてください。』
彼は少し躊躇していたようだが、半ばヤケクソ気味に鵺に駆け寄って拾い上げる。
「どうすりゃいいんだ!?」
『まずはグリップを反対側へねじってください。』
異形が接近。俺は振り下ろした爪を腕の装甲で受け止める。
少し装甲が切り裂かれ、フィードバックによる痛みが腕に走る。
「それで!?」
『逆方向へ担ぐように構えてください。RPGと同じです。』
『早くしろ!こっちはそう長くはもたない!』
両腕で爪を外側へと弾き、腕を脇に抱え込んでホールドする。
腕が使えないと判断した異形は、鋭い牙で首筋に噛み付いてきた。
それ以上噛ませないようにヘッドバットで鼻っ面をへし折る。
「やったぞ!」
『E-Weapon<クラスターランチャー>展開。モードP、チャージ開始。』
鵺が膨らむように変形していく。
変形が終わった時に彼が持っていたのはロケットランチャーすら遥かに凌ぐほどの大口径の大砲だ。
『チャージ完了。仰角8度、右方向へ7度修正してください。』
「こういう事は俺じゃなくイーグルがやるべきだってのに……!」
銃口から光の粒子が溢れ、発射準備が整ったことを知らせる。
俺は異形に組み付いて動きを封じたままだ。
「って待て!あいつ離れる気配が無いぞ!?」
『構いません。クラスターランチャー発射。』
ラプラスの声と共に光弾が放たれる。
異形の背中へ吸い込まれるように着弾し、内部へと留まる。光弾は異形の体内で無数の小型エネルギー爆弾へと分裂し、内側から炸裂。閃光と共に爆発四散した。
爆発の余波で俺も大きく吹き飛ばされる。体中が焼けるように痛み、装甲が所々脱落していた。
「クソッ!なんてこった!おい、大丈夫か!?」
ラキが俺の方へと駆け寄ってくる。
彼が到着する頃にはシュミクラムは除装されており、俺は元の体に戻っていた。
「何であんな馬鹿な事をしたんだよ!?死ぬ気か!?」
「まともに動けなくとも……装甲だけは分厚いからな。爆発の余波だけじゃやられないと踏んだわけだ……だろ?ラプラス。」
『肯定。私がカスタマイズしたシュミクラムです。耐久性も計算済みです。』
俺がラプラスを信用していたように、ラプラスも自分が手がけたシュミクラムに絶対の自信を持っていたのだ。こいつがカスタマイズした愛機に、間違いなど無い。いつも俺のことを第一に考えてくれているのだ、こいつは。
俺が倒れたままラプラスと言葉を交わしていると、彼は心底呆れた風に首を振っていた。
「全く……大した度胸だよ。お前も、お前の相棒もな。」
「そりゃどーも。」
彼から鵺を受け取り、肩に掛ける。ようやく落ち着いて話すことができそうだ。
「自己紹介がまだだったな。俺はアルテア。アルテア=ブレイナーだ。PMCのフェンリル所属。階級は大尉だ。」
「ありゃ、階級上だったのか。俺は連合軍実験強襲部隊 <ドラグーン>所属、ラキ少尉だ。」
彼は階級が上だからといって特に敬語を使うことはないらしい。まぁ敬語なんて使われてもむず痒いだけなのでこちらとしても助かるのだが。
『私は亜空間接続式統合兵装『鵺』搭載の自己推論進化型戦術サポートAI。製造番号はK-1413148。通称『ラプラス』です。以後お見知りおきを。』
「贅沢な装備してんなぁ……可変可能な武器に加えて秘書(AI)付きか。」
俺は苦笑して手を振ってやる。こいつは利点ばかりではないのだ。
「学習の結果人を弄りまくるドSになっちまったAIだよ。常人じゃ1日一緒にいるだけで発狂もんだ。」
『そこまで酷く言われると傷つきますね。私はマスターの精神安定剤としても機能していると……』
「精神不安定剤の間違いだろうが。」
鵺の上部を拳でかるく小突く。
それを見てラキが軽く笑っていた。
「何だかんだでいいコンビだな、お前ら。最初は持ち主ごと爆破するなんてえらい奴だと思ったが……なるほど、互いを信頼しているが故か。」
「ま、こいつには何だかんだで何度も命を救われているからな。」
そんな憎たらしい、しかし頼りになる相棒なのだ。
ある程度自己紹介が終わったところで、頭上から声が聞こえてきた。
『お疲れ様。試験戦闘は終わったみたいだね。面識の無い者同士での連携戦闘を想定したんだけど上手く言ったみたいで何よりだよ。』
「エスタ!てめぇ帰ったら覚えてろよ!」
『生憎だけど説教程度で僕が曲がるとでも……』
「レシィけしかけて拉致させてやる!」
聞こえてくる声にガラガラと椅子から転げ落ちる音が混ざった。
余程動揺するような事だったらしい。
『ら、ラキ、少し話し合おう。僕はこれからの異形者との戦いに備えて適切なデータを取るために……』
「アルテア、ここから出る方法を教えてくれ。さっさとレシィの所に行ってけしかけなきゃならん。将来の事で大事な話があるとか言えば光の速度を超えて駆けつけるだろうよ。」
「りょーかい。ログアウトプロセス起動させるからさっさと行って来い。」
俺がラキに対してログアウトプロセスを起動すると、彼は無数の記号に分解されて元の体へと戻っていった。
上から聞こえてくるエスタの声が恐ろしく慌てふためいているが、知ったことじゃない。
「さて、飯でも食いに行くか。今日は何を食おうか。」
『アニス様より食事の同席を求める旨を言付かっています。顔を出してみてはどうでしょうか。』
「いいな、たまには家庭料理ってのも。んじゃ、ご相伴に預かりますか。」
仮想空間で体を動かしたとはいえ、現実のほうでも結構腹が減る物だ。
空腹は最高のスパイスという言葉もある通り、フレンブルク一家との夕食の席は楽しめたと付け加えておく。
〜ギルド宿舎 アルテア自室〜
「〜♪」
クエストが終わり、自室に帰ってきた俺は鼻歌交じりに鵺のメンテナンスをしていた。
例え自動修復装置による内部のメンテナンスが自動で行われても外装は自分で拭くしかない。
なによりこれをやらないとラプラスがへそを曲げる。まったく、厄介なAIですこと。
『内部のメンテナンスは完了しました。リンク途絶の兵器以外はオールグリーンです。』
「あいよ、ごくろうさん。こっちももうすぐ……っと。終わったぜ。」
拭き終わった強化プラスチック製の外装が黒く鈍い光を放つ。
メンテナンス用のボロ布をベッド脇の収納スペースへと収めると、ベッドに鵺を立てかけて自身も横になった。
「ふぃ〜……あとは飯食って水浴びして寝るだけだな。」
こう文明レベルが低いと夜間に明かりを点けるのは非常に金がかかり、そうなると本を読むためにも照明代(ロウソク、ランタンなど。高級品では光を放つ魔石)がかかる。
決して金銭的に余裕があるとは言えない現状ではそんな贅沢ができるわけもなく、サーモスキャンはNV(ナイトビジョン)代わりには使えない、結局夕食後は簡易シャワーによる水浴びしかすることがない。
まぁ疲れているし夜遅くまで何かで遊んでいようとも思わないのだが。
「……んあ?」
夕食までの短い時間に仮眠でも取ろうかと思った時である。
視界の隅にダイアログが表示された。内容は、
《ゲスト入室。シミュレーター使用中。》
《ゲストネーム:Laki》
どうやら人の頭の中でドンパチやっているらしい。
こんなことができる奴は一人ぐらいしか思い当たらない……。
「あぁ……あのちびっ子マッドサイエンティストか……」
おそらく今入っているラキって奴が実験体にされているんだろうな。
脳チップの中枢への道はICEでしっかりガードしてあるし、侵入を試みれば警告も出てくるが……
「人の頭の中で勝手にゴチャゴチャやられるのは気に食わないな。」
『加勢しますか?』
確かにこの状況をさっさと終わらせるにはそれが一番手っ取り早いだろう。
今頭の中で行われているシミュレーターをさっさと終わらせ、飯を食ってシャワーを浴びて、寝る。大体のスケジュールを決めると没入プロセスを開始した。
「よし、食後の前の運動だ。十分腹空かせておきますか!」
『実際に体を動かす訳ではないでしょうに。』
<DIVE>
〜アルテア脳チップ 電脳空間〜
電脳空間内へと入ると、そこは既に戦場だった。
岩と砂だらけの大地。所々に枯れ木が立っている。
そんな中、一人の男が光学ブレード付きのハンドガンで20体程の異形と渡り合っていた。
「あぁ、クソ!エスタめ、戻ったらおぼえてやがれ!」
異形の形状は人間大程度。滑らかで生物的なフォルムに甲虫の外骨格のような足を持ち、サメのように尖った鼻面をしている。
何より目を引くのがその腕から生えている2本の鋭利な刃だ。あんなものをまともに食らったら腕一本持って行かれる程度では済まないだろう。
「なんだぁ……ありゃ……」
『不明。データベースに無い未知の生物です。』
彼は囲まれながらも上手く攻撃を躱しているが、流石に多勢に無勢らしく苦戦している。
この大群を相手にするのであれば一人より二人のほうが効率はいいだろう。
「マイクロミサイルだ。」
『了解。マイクロミサイル展開。』
男の周囲に群がる異形を一体ずつロックオンしていく。
爆風に巻き込まれないように細心の注意を払い、発射。12発のミサイルがそれぞれ離れた場所にいる異形に命中し、爆炎を上げる。
あるものは最大の武器である爪を両方とも吹き飛ばされ、あるものは頭を吹き飛ばされて地へと倒れ伏す。
足をもがれて機動性を失ったものもいれば、胴体をまるごと吹き飛ばされたものもいた。
「っ!?なんだぁ!?」
「よう、随分と苦戦しているな?加勢は必要かい?」
異形の注意はこちらへ向いたようだ。
男の注意もこちらへ向いたが、元から接触を図るつもりだったので問題ない。
「あんたが……エスタの言っていた被験者か。助けてくれるのか?」
「俺としても勝手に頭の中でドンパチされるのは気に入らないんでね。さっさとこいつらを片付けようぜ?」
俺と男が話している間にも異形は金属を裂くような耳障りな声を立てて威嚇している。
俺が援護射撃を行って道を開けてやると、男はこちらへと駆け寄ってきた。
共に銃口を異形へと向ける。
「全く……バカみたいな火力だな。異形者をまとめて葬るなんてG.A.Wでもなきゃできない芸当だぞ。」
「そっちこそ、あれだけの数に囲まれて掠り傷一つ無しかい。俺だったら今頃八つ裂きだ。」
互いの長所に感心しつつも、警戒の手を緩めない。
目の前の敵は油断してはならない。本能がそう警告していた。
「で?あれは一体何だ?見たところ魔物じゃないよな。さしずめ新手のエイリアンって所か?」
「惜しい。エイリアン(宇宙人)じゃなくてインベーダー(侵略者)が近いな。少なくともお友達になりにきたんじゃないって事は確かだ。」
彼の冗談に口の端を歪めて笑いつつ、奴らが攻撃の準備を始めたことを確認。彼も気づいたようだ。
「あんた、銃撃の腕はいかほどだ?」
「本職だよ。狙撃、中距離、クロスレンジなんでもござれだ。そっちは?」
彼は手に持った両方のハンドガンを回しながら再び構えた。
「苦手じゃないとだけ言っておくぜ。撹乱は俺に任せな。あんたはその間に奴らを1体づつ確実に仕留めてくれ。」
「ヤー。それじゃ、行動開始だ!」
彼、ゲストネームから言って恐らくラキだろう。
が、腰につけていた筒状の物のピンを前方へと放る。形状からいって恐らくスタングレネードの類だろう。
背を向けて両耳を塞ぎ、閃光と爆音に備える。
塞いでいても耳鳴りがするほどの大音量の後、隣で猛然とかけ出す気配がした。
俺も応戦を開始することに。
「狙い撃つ!」
『レミントンM700狙撃銃展開。』
異形が闇雲に振り回した爪を彼が受け止め、動きを止める。
その隙に俺がそいつの頭を狙撃で打ち抜く。頭が消し飛んだ瞬間には彼は次のターゲットへと向かっていた。
「どうぁっと!?あぶねぇ!」
彼は異形の攻撃を紙一重で回避し、弾き、防御する。
例え死角から襲われようとも当たることはまるでない。
俺は攻撃を空振りし、体勢を崩した異形を1体ずつ仕留める。
「すげぇな、あいつ……背中に目でも付いているんじゃねぇか?」
『射線に入っているのに誤射が1回もありませんね。フレンドリーファイア知らずです。』
俺自身誤射がないように撃ってはいるが、それでも銃弾すら紙一重で避けていく彼の身のこなしはまるで曲芸のようだ。
こちらへ標的を変えた異形をハンドガンで威嚇射撃を行い、自分へと標的を無理矢理変える辺り柔軟性もかなり高い。
率直に言うともの凄く戦いやすい。
「ラス1!」
『終わりです。』
俺の放った銃弾が胴体を貫き、彼のブレードが首を刎ねて異形が倒れこんだ。
辺りに動くものは俺と彼以外いなくなった。
「お疲れさん。これで終わりだよな?」
「まだだ!エスタの奴がこの程度で終わらせるわけが無いだろうが!」
彼が叫んだ途端、土煙を上げながら何かが地中から姿を現した。
そいつは……
「はは……冗談だろ、おい……」
「だぁもう!あの野郎帰ったらマジで覚えていやがれ!」
先ほどの異形をそのままスケールアップしたような巨大な異形だった。
大きさはかつて戦った大蜘蛛程もあるだろうか。
「ラプラス、あれ倒せると思うか?」
『脅威度はE-クリーチャーと同等かそれ以下です。硬い甲殻は厄介ですが、フィールドを張られるよりは遥かにマシでしょう。』
どうやらタフさではE-クリーチャーに劣るらしい。しかし、両手に鈍く輝く大爪は見る者全てを恐怖のどん底に叩き落とす。
「せめてG.A.Wさえあれば……」
「G.A.Wってアレだよな?二足歩行とかの機動兵器の。」
俺がそれを言うと、彼は驚きに目を見開いた。
何か驚くような事でも言っただろうか。
「あるのか!?」
「あ〜……使えるか?ラプラス。」
俺が相棒に尋ねると、彼女は自身ありげに答えてくれた。
『シュミクラムの調整と不具合修正は終了しています。いつものレスポンスの悪さは改善されていませんが、格闘戦くらいならこなせるレベルと推測されます。』
「有り難い。毎度毎度生身でデカイ奴と戦っているから感覚が麻痺するけど本来ならこういうもんを使うべきだよな。」
俺はラキから走って離れると、シュミクラムへの移行プロセスを起動させる。
「何をするつもりだ?」
「ロボットになってドンパチするんだよ。危ないから離れていてくれ。」
<STAND BY READY>
シュミクラム移行時、鵺は自機のハンドガンとして使えるようになる。
ハンドガンといっても、単体でマシンピストルから小型ミサイルランチャーまで使えるような物騒な代物になるわけだが。
レスポンスの悪さ故に狙いはまともにつけられないが、弾をばらまいて弾幕とすることぐらいはできる。
苦手な上に出が遅い格闘戦がメインとなるが、現状そのぐらいしか手立てがないので仕方がないだろう。
装備の確認が終わり、体が鋼鉄のボディへと置き換わっていく。
さぁ、戦闘開始だ!
視界がいつもより5,6メートルほど高いのは電子体がシュミクラムに置き換えられているからだ。
今の俺の体を覆う装甲の色はブルーを基調にして、各部をダークグレーを散りばめたフェンリルカラー。
マッシブな胸部装甲に機動性を追求したシャープな脚部。
射撃が行い易いように腕部は発射のリコイルを軽減する機構が組み込まれている。
統合軍の<アイゼン=ヴォルフ>をベースにラプラスがカスタマイズした俺の特注機。
<サイレント=ヴォルフ>。それが俺の機体の名前だ。
尤も、本来のスペックを遥かに下回る性能のため、同じ部隊では名前負けとよく言われる。
……なんだか最近夢を見なくてもだんだんと記憶が戻ってきている気がするぞ。
「す、すげぇ……あんた変身ヒーローか!?」
『電脳空間限定のロボットバトルだ!他じゃ見られんからしっかりと目に焼き付けておけよ!』
足を一歩前に踏み出し……
上手く足を床に付けられずに転んだ。
辺りに金属と地面が接触する轟音が響き渡り、体が土まみれになる。
「……大丈夫か?」
『あぁ、悪い……こいつ異常に動かしづらいんだ。バランスを取るのに少しコツがいる。』
地面に手をついて何とか起き上がる。ジャックナイフ?そんな危ない機動やったらまたコケるわ。
『おし、なんとか動かし方を思い出した。行けるぞ。』
「猛烈に不安になってきた……」
異形はというと律儀にこちらが準備するのを待っていてくれたようだ。
まぁシミュレーターだからそこは甘えさせてもらうとしよう。
『よし、行くぜ!』
『Open Combat』
横へ移動しながらオクスタンライフルの弾をばらまく。
ダメージ目当てではなく、足止め目当てだ。そもそもこいつではまともに当てられないので、狙う意味が全くない。
「GIAAAAAAAA!!」
異形が飛び上がってこちらへ爪を振り降ろしてくる。
『爪には爪だ!』
『フェンリルクロー展開。』
振り下ろされる爪をクローで受け止め、鍔迫り合いになる前に蹴り飛ばして距離を取る。
反応前に攻撃されたら致命的だ。
『マズイな……どう考えても火力不足だ。』
あの爪を食らったらまず間違いなく即死なので、一応シュミクラムへと移行してみたものの、肝心の火器が全く使えないのでは話にならない。
このまままともに振るえない拳一つで戦った所でジリ貧なのは眼に見えているだろう。
『どうする……どうすれば……』
『ならば火力を別の方に頼めば良いのです。幸い、頼めそうな人が近くにいるではありませんか。』
俺が視線を動かすと、岩陰でラキがこちらの様子を伺っていた。どうやら何もできなくて歯噛みしているらしい。
『ラキ!受け取れ!』
俺は持っていた鵺をラキのいる方へと滑らせる。
シュミクラム用にアップサイジングされていた鵺は彼に元に届く頃には元に戻っており、隠れていた岩へぶつかった。
「受け取れって……どうすりゃいいんだよ!」
『私の指示に従って異形へと向けてください。』
彼は少し躊躇していたようだが、半ばヤケクソ気味に鵺に駆け寄って拾い上げる。
「どうすりゃいいんだ!?」
『まずはグリップを反対側へねじってください。』
異形が接近。俺は振り下ろした爪を腕の装甲で受け止める。
少し装甲が切り裂かれ、フィードバックによる痛みが腕に走る。
「それで!?」
『逆方向へ担ぐように構えてください。RPGと同じです。』
『早くしろ!こっちはそう長くはもたない!』
両腕で爪を外側へと弾き、腕を脇に抱え込んでホールドする。
腕が使えないと判断した異形は、鋭い牙で首筋に噛み付いてきた。
それ以上噛ませないようにヘッドバットで鼻っ面をへし折る。
「やったぞ!」
『E-Weapon<クラスターランチャー>展開。モードP、チャージ開始。』
鵺が膨らむように変形していく。
変形が終わった時に彼が持っていたのはロケットランチャーすら遥かに凌ぐほどの大口径の大砲だ。
『チャージ完了。仰角8度、右方向へ7度修正してください。』
「こういう事は俺じゃなくイーグルがやるべきだってのに……!」
銃口から光の粒子が溢れ、発射準備が整ったことを知らせる。
俺は異形に組み付いて動きを封じたままだ。
「って待て!あいつ離れる気配が無いぞ!?」
『構いません。クラスターランチャー発射。』
ラプラスの声と共に光弾が放たれる。
異形の背中へ吸い込まれるように着弾し、内部へと留まる。光弾は異形の体内で無数の小型エネルギー爆弾へと分裂し、内側から炸裂。閃光と共に爆発四散した。
爆発の余波で俺も大きく吹き飛ばされる。体中が焼けるように痛み、装甲が所々脱落していた。
「クソッ!なんてこった!おい、大丈夫か!?」
ラキが俺の方へと駆け寄ってくる。
彼が到着する頃にはシュミクラムは除装されており、俺は元の体に戻っていた。
「何であんな馬鹿な事をしたんだよ!?死ぬ気か!?」
「まともに動けなくとも……装甲だけは分厚いからな。爆発の余波だけじゃやられないと踏んだわけだ……だろ?ラプラス。」
『肯定。私がカスタマイズしたシュミクラムです。耐久性も計算済みです。』
俺がラプラスを信用していたように、ラプラスも自分が手がけたシュミクラムに絶対の自信を持っていたのだ。こいつがカスタマイズした愛機に、間違いなど無い。いつも俺のことを第一に考えてくれているのだ、こいつは。
俺が倒れたままラプラスと言葉を交わしていると、彼は心底呆れた風に首を振っていた。
「全く……大した度胸だよ。お前も、お前の相棒もな。」
「そりゃどーも。」
彼から鵺を受け取り、肩に掛ける。ようやく落ち着いて話すことができそうだ。
「自己紹介がまだだったな。俺はアルテア。アルテア=ブレイナーだ。PMCのフェンリル所属。階級は大尉だ。」
「ありゃ、階級上だったのか。俺は連合軍実験強襲部隊 <ドラグーン>所属、ラキ少尉だ。」
彼は階級が上だからといって特に敬語を使うことはないらしい。まぁ敬語なんて使われてもむず痒いだけなのでこちらとしても助かるのだが。
『私は亜空間接続式統合兵装『鵺』搭載の自己推論進化型戦術サポートAI。製造番号はK-1413148。通称『ラプラス』です。以後お見知りおきを。』
「贅沢な装備してんなぁ……可変可能な武器に加えて秘書(AI)付きか。」
俺は苦笑して手を振ってやる。こいつは利点ばかりではないのだ。
「学習の結果人を弄りまくるドSになっちまったAIだよ。常人じゃ1日一緒にいるだけで発狂もんだ。」
『そこまで酷く言われると傷つきますね。私はマスターの精神安定剤としても機能していると……』
「精神不安定剤の間違いだろうが。」
鵺の上部を拳でかるく小突く。
それを見てラキが軽く笑っていた。
「何だかんだでいいコンビだな、お前ら。最初は持ち主ごと爆破するなんてえらい奴だと思ったが……なるほど、互いを信頼しているが故か。」
「ま、こいつには何だかんだで何度も命を救われているからな。」
そんな憎たらしい、しかし頼りになる相棒なのだ。
ある程度自己紹介が終わったところで、頭上から声が聞こえてきた。
『お疲れ様。試験戦闘は終わったみたいだね。面識の無い者同士での連携戦闘を想定したんだけど上手く言ったみたいで何よりだよ。』
「エスタ!てめぇ帰ったら覚えてろよ!」
『生憎だけど説教程度で僕が曲がるとでも……』
「レシィけしかけて拉致させてやる!」
聞こえてくる声にガラガラと椅子から転げ落ちる音が混ざった。
余程動揺するような事だったらしい。
『ら、ラキ、少し話し合おう。僕はこれからの異形者との戦いに備えて適切なデータを取るために……』
「アルテア、ここから出る方法を教えてくれ。さっさとレシィの所に行ってけしかけなきゃならん。将来の事で大事な話があるとか言えば光の速度を超えて駆けつけるだろうよ。」
「りょーかい。ログアウトプロセス起動させるからさっさと行って来い。」
俺がラキに対してログアウトプロセスを起動すると、彼は無数の記号に分解されて元の体へと戻っていった。
上から聞こえてくるエスタの声が恐ろしく慌てふためいているが、知ったことじゃない。
「さて、飯でも食いに行くか。今日は何を食おうか。」
『アニス様より食事の同席を求める旨を言付かっています。顔を出してみてはどうでしょうか。』
「いいな、たまには家庭料理ってのも。んじゃ、ご相伴に預かりますか。」
仮想空間で体を動かしたとはいえ、現実のほうでも結構腹が減る物だ。
空腹は最高のスパイスという言葉もある通り、フレンブルク一家との夕食の席は楽しめたと付け加えておく。
12/12/18 00:49更新 / テラー
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