幕間〜冒険者ギルドの日常〜
〜帰ってきたアイツ〜
〜冒険者ギルド ロビー〜
優雅に朝のコーヒーを啜る俺。シャバダ〜とか聞こえて来そうだ。
ロリカルテットは俺の方をビクビクしながら遠巻きに眺めている。
エルファぐらいしか心当たりが無いのだが、何か怖がらせるような事をしたっけな?
「たのもぉぉぉおおおお!」
扉が内側に勢い良く開かれる。入って来たのは……
「スフィンクス?」
褐色肌のネコ型獣人だった。
「アルテアとか言う奴にリベンジしに来たにゃ!」
俺をご指名だった。仕方無しに立ち上がり、彼女の前に立つ。
「ごく最近に会ったスフィンクスと言えばビヴラ王墓で会った奴しかいないんだが……お前か?」
「そうにゃ!この間は何かの間違いなのにゃ!謎かけ勝負でリベンジするのにゃ!」
やれやれだ。変な恨まれ方をしたものだ。
「わかったよ、さっさとしろ。その代わりお前が負けても俺を襲うなよ?まな板ショーは趣味じゃない。」
そこかしこで何かを吹き出す音が聞こえた。
「そういう事は勝ってから言うのにゃ!第一問!ある人が買い物に出かけたのにゃ。その人はまず薬屋に立ち寄ったのにゃ。そこでは傷薬が安売りで1個銅貨8枚で売っていたのにゃ。次に魚屋に行って商品を見たのにゃ。銀サバが銀貨1枚で売っていたのにゃ。最後に服屋に行って服を見たのにゃ。よさそうな服が銀貨20枚で売っていたのにゃ。さぁその人はその日でいくら使ったのにゃ?」
横目で見ると、アニスちゃんが両手を使って必死に計算をしていた。ニータやエルファを含め、ある程度頭が切れるヤツは気づいたのかニヤニヤしている。
「そうだな、傷薬が銅貨8枚で魚が銀貨1枚。服が銀貨20枚で、合計すると銀貨21枚と銅貨8枚だが……使ったのは0枚だ。」
「うにゃあ……。」
自分を抱いて顔を赤らめるな。
アニスちゃんは自分の答えと違うのがショックだったのか愕然としている。
メイは……元から聞いていないようだ。
「どの商品も『売っていた』しか言っていないし、商品は『見ただけ』だ。つまりそいつは1回も買い物をしていないということになる。そいつは何のために買い物に行ったんだろうな。」
彼女が頬を叩いて気を取り直す。
「次の問題にゃ!大きな湖があって、そこに1日で丈が倍になる水草が一本あったにゃ。水草が256本で湖の全てを覆い尽くすとして水草が湖の面積の半分を覆うのはいつにゃ!」
アニスちゃんが今度はメモ帳と鉛筆を取り出して計算し始めた。頭は良いようだが今一思考が硬いようだ。
「256は2の8乗。最初の二本にするために+1で9日……と思いきやこの湖は何時まで経っても水草では覆いつくされない。水草は丈が伸びるばかりで数は増えないからな。そこまで伸びる深さがある湖があるかと言われれば微妙だが。」
「うにゃあああああ!」
顔を手で覆って絶叫するスフィンクス。その様子は悲壮感に満ち溢れていたが、ビキニパンツから何か漏れ出している辺りで台無しだ。
「さ、最後の問題にゃ……。ヒヨコは卵から生まれるにゃ。でも卵は鶏から生まれるにゃ。その鶏はヒヨコが育った物にゃ。さて、一番最初はどっちにゃ?」
鶏と卵の問題か……。
「よく聖書か何かでも論ぜられる問題だな。聖書では神が一番最初の鶏を作ったと言っているが、間違いだ。正確には、この問題の答えは鶏なのだが、別に神が作ったわけじゃない。古の生命に恐竜という爬虫類がいるのだが、そいつが進化して鳥になり、その鳥がいくつもの種類に分かれ、進化の末に鶏が生まれた。その鶏の卵を生んだ鳥が鶏ではないので、その鶏は『鶏の卵から生まれた』という条件を克服した一番最初の鶏ということになる。その生まれた鶏と生んだ鳥の種類は近い物だっただろうから、そこから交配して現在の鶏に近くなったと……」
と、俺が鶏の証明をしていると、肩をつつかれた。ミリアさんだ。
「アルテア君?解説するのはいいけど皆がついていけてないわよ?」
周りを見ると、全員頭から湯気を出して倒れている。
『この時代の人達に進化の概念を理解できるとは思えません。マスター』
その中のスフィンクスは頭から湯気を出しながら悶えている。
「にゃ、にゃあ〜……もう、もうやめてぇ……♪」
俺の解説が長すぎて呪いの逆流が止まらなかったのだろう。ビクビクと痙攣して、足元には水溜りが出来ていた。
〜その後〜
あのスフィンクスはたまにやってきては俺に問題を出してくるようになった。
俺はそれをサラサラと答えるもんだから奴もムキになっていろんな問題を出してくる。
まぁ、頭の体操には丁度いいのだが、俺が答えるたびに周りの連中の思考がオーバーヒートするのはどうにかならないものかね。
〜ラプラスとお喋り〜
マルチチャンネルを導入してからこちら、ラプラスと話したがる奴が増えた。
最初は物珍しさからだったのだろうが、だんだんと様々な事を知っているラプラスに相談事を持ちかけてくる奴が主となっていた。
「この合金の配合率なんだけどもう少し強度の高い配合ってないかな……?」
こいつはモイライで鍛冶屋を営んでいるドワーフだ。俺も持っているナイフが駄目になったときに直してもらっている。
『ニッケルの配合をもう少し増やしてみてはどうでしょうか。チタンも少量加えると安定すると思われます。』
「そうすると重さはどうなるのかな……振り回せない武器を作ってもしょうがないし……」
最初はこのドワーフも金属の名前を教えてもらってもチンプンカンプンだったようだが、ラプラスに教えてもらったように金属を探して配合したら強くなったと喜んでいた。
それからこいつと色々議論を交わすまでに成長したのだが……
「(全くわからん……)」
俺には全くついて行けない。
「ねぇ、次がつかえているんだから早くしてくれない?」
こいつは噂を聞きつけてやってきた運び屋のハーピーだ。
毎度毎度自分の旦那のことで相談を持ってくる。
「待って待って、配合率メモするから。」
ドワーフがメモを取ると、ラプラスに礼を言って去っていく。
そして、ハーピーがラプラスと話し始める。
「ねぇねぇ聞いてよらっちゃん。うちの旦那がね……」
こうして、ラプラスが相談事を受ける日は俺の仕事が休みの日になるのだった。
『私がマスターを休ませるために一日を相談で潰しているのは、内緒です。』
〜学習と相似化〜
「最近武器の選択を俺の思った通りにこなしてくれるのは何故なんだ?場合によっちゃ俺が指示したり質問しなくても出したりもするし。」
最近の疑問点をラプラスにぶつける。あまりに戦闘がスムーズに進み過ぎるのだ。
『私が学習を進めていく上で、面白い事実が判ってきました。』
事実?
『私が学習を進めていくと、私の思考パターンがマスターと似てくるのです。最終的にはほぼ同一人物に近い思考パターンが出来上がると思われます。』
「つまりあれか?ペットが飼い主に似ると?」
『少し語弊がありますが、概ねその通りです。』
そして、ラプラスはこうも言う。
『現世界でのマスターは、あまり私の自由会話モードを使おうとしませんでした。気味が悪いから、だそうです。』
そんな事を言っていたのか、俺は。
『マスターは自分の写し身ができるのが怖かったのでしょう。まるで自分の生きざまを見せつけられているようで。しかし、私はマスターと会話したいと思っていました。当時私に話しかけられるのは、マスターだけでしたから。』
「でも、今はお前と話せる奴が沢山いる。たしかに俺と話せば俺と考えが似てくるかもしれないが、今はいろんな話し相手ができる。俺と全く同一人物になるってことはないんじゃないか?」
返答が暫く無くなる。ラプラスは何かを考えているようだ。
『だとするならば、私にとってそれは喜ばしい事なのかもしれません。』
『自分自身と話していても、楽しくありませんからね。』
〜昼寝〜
「……」
疲労のあまりベッドに倒れこむ。
「全く……いくら仕事の選り好みが良くないって言ったって倉庫の壁掃除なんか受けるんじゃなかったぜ……」
幸い人数が多かったので仕事は午前だけで終わったが、疲労の蓄積はいかんともし難く。
「寝よ……」
俺は睡魔に負けて瞼を閉じた。
「おにいちゃ……」
お兄ちゃんが寝ている。
余程疲れたのか、着ている服も着替えないでベッドに横たわっている。
「……」
起こさないようにお兄ちゃんの隣へ。
少し汗の臭がするけど、嫌じゃない。
「いっしょにねちゃお♪」
私はたごまっている毛布を取ると、自分とお兄ちゃんに掛ける。
「おやすみなさい……おにいちゃん。」
お兄ちゃんの隣で眼を閉じる。一緒の夢が見れたらいいな……。
「アル〜、いる……」
美味しそうなチーズが手に入ったから彼と一緒に食べようと思ったら、彼は寝ていた。
アニスも一緒だ。
「ずるいなぁ……一緒にお昼寝なんて。」
私も彼の隣に転がり込む。彼の背中が温かい。
「悔しいから私も寝ちゃお……」
彼の暖かさと匂いに包まれて、私は眠りへ落ちた。
「兄様〜?兄様はおる……」
兄様の部屋に入ると、兄様はいつものアリスとラージマウスに囲まれてグースカ寝ていた。
「むぅ……わしを差し置いて抜け駆けとは……わしも混ざるのじゃ!」
兄様の前も後ろも塞がっていたので、兄様の太ももに頭を乗せる。
「おやすみなのじゃ〜……兄様……♪」
いつかは、兄様と二人きりで昼寝でも楽しんでみよう。
「あに〜?……あ〜?」
アニキのへやに入ると、もうさんにんもさきにきていた。
あにーちゃんとにーちゃんとえるちゃん。さんにんともねている。
みんなきもちよさそう。
「まざる〜♪」
りあちゃんのあたまのうえぐらいにねころがって、アニキにだきつく。
あたしのおっぱいに、あにきのあたまがめりこんだ。
「ん〜……♪」
くっついてあんしんしたらねむくなった。いっしょにねちゃお……。
全方位から来る圧迫感に目を覚ます。
「どういうことなの……」
幼女ベッドとでも言うべきか。ロリカルテットが俺を囲むようにして寝ていた。
しかし、まだ眠さが取れない。
「まぁ、いいや。寝よ……」
寝づらかったが、彼女たちがそうしたいと言うのなら拒むことは出来ないだろう。
「おやすみ……」
彼女たちに囲まれながら、俺は再び意識を落としていった……。
〜本当の悪夢〜
私はナイトメア。男の人の夢の中で精を啜る夢魔。
今日の標的は最近知名度を上げている彼。一体どんな味がするのかしら……。
夢の中に入ると、そこは煙が立ち込める焼け焦げた草原。
所々で破裂音や何かが爆発する音が聞こえてくる。
空には轟音を立てて巨大な鳥のようなものが飛び交い、何かを落としてはそれが爆発を起こしている。
辺りには吹き飛ばされた人間の腕や足、頭がそのまま転がっている物もある。
「何……これ……」
あまりの出来事に呆然としていると近くで爆発が起きて長い距離を吹き飛ばされる。
頭がグラグラして耳が聴こえない。夢なのに体中が痛い。
ふらふらと立ち上がろうとすると誰かの手で溝の中に引っ張りこまれた。
「バカヤロウ!塹壕の外で立つな!死ぬぞ!」
彼だった。名前はアルテア=ブレイナー。最近のモイライでの時の人。
手には見慣れない何か(黒い棒のようなもの)を持って丸い兜のような物をかぶっている。
服は普段着の青い上着ではなく、緑や茶色の混ざった斑模様の服を着ている。
「お前民間人か!?何故こんな所にいる!?」
「え……え……?」
頭がうまく回らない。本来夢の内容は私がコントロール出来るはずなのに干渉することができない。
頭の上では爆発や何かの風切り音が途切れること無く起こっている。
「……っ!こっちへ来い!早く!」
ヒュルヒュルという音がこちらへ迫ってきた時、彼は私の腕を引いて駆け出した。
今までいたところに大きな爆発が起きて彼ごと吹き飛ばされる。
「っくそ……早いとこ迫撃砲の陣地潰さないとミンチになっちまうぞ!」
彼は私を溝に掘りこまれた坑道のような場所へ連れてくると隅に座らせた。
そして側に立てかけてあった黒い筒を私に渡して来る。
「いいか、俺みたいな服を着た奴は味方だ。それ以外の服を着た奴がいたら撃ち殺せ。不審に思われたらアサルト2のアルテア中尉の保護下にあると言え。合言葉を聞かれたらムーンベンチと答えろ。いいな?」
もう何が何だかわからない私は黙って頷くしかなかった。
彼は私が頷くのを確認すると坑道を出て行った。
幸い特に誰が来ることもなく、私はその場に隠れ続けた。
尤も、ここが本当に彼の夢の中なら彼以外の人がいるわけが無いのだが。
しばらくすると外の爆音が聞こえてこなくなる。
坑道の外から足音が聞こえてきたので身構えたけれど、姿を見せたのは彼だった。
「無事なようだな。外の迫撃砲は片付けた。お前は俺が味方の空母まで送ることになった。歩けるか?」
「一体なんなの……?ここは……?」
無論ここは彼の夢の中の筈なのだが、本当にそうなのか確信が持てない。
手に触れる土の感触はやけにリアルだし、先程吹き飛ばされた時にできた傷はじくじくと痛みを発している。
「沖縄本土の戦場だ。今は制圧作戦中。話し込んでいる暇は無いからさっさと行くぞ。」
彼が私の脇を取って抱え上げる。私はというと半分腰が抜けたような感じだ。
坑道を出て溝を歩いて行くと浜辺へと出た。
本来なら美しい砂浜と椰子の木が広がっていたであろう浜辺は所々砂がえぐれており、椰子の木が途中で折れている。
「ボートに乗れ。俺が運転する。」
彼は私を抱え上げて鉄の箱の中に乗せると、扉を開けて椅子へと座る。
手元の何かをひねるとブルブルという音がして箱全体が揺れ始めた。
彼が席の近くの黒い何かを手に取る。
「何で沖縄本土にアメリカの民間人が迷子になっているんだ!クソッ!オーバーロード応答しろ!オーバーロード!」
《こちらオーバーロード。氏名と所属階級を》
彼がそれに話しかけると接続されている箱から声が聞こえてくる。
遠隔通信用の装置なのだろう。
「こちらアサルト2!狂っているとは思うが聞いて欲しい!沖縄本土でアメリカの民間人を保護した!繰り返す!沖縄本土でアメリカの民間人を保護した!そちらへ搬送するので保護を頼む!」
《こちらオーバーロード。敵前逃亡の言い訳ならもっとマシな事を言ったらどうだ?》
「事実なんだから仕方が無いだろう!なんなら爆撃部隊に上空から確認してもらえ!上陸地点の揚陸艇の荷台だ!」
《こちらハンター1。ヘタな言い訳するアホのツラを拝みに行こうじゃないか。幸い迫撃砲は潰した後だ。補給ついでに確認する。オーバー》
しばらくすると爆音を轟かせながら真上を巨大な鳥が飛び去った。
《こちらハンター1。なんてこった。本当に荷台に誰かが乗っていやがる。しかも服装から言って本当に民間人だぞ!?》
《了解。アサルト2、空母への帰還を許可する。早いとこシンデレラを連れて帰ってこい。オーバー》
「こちらアサルト2。済まない。すぐにシンデレラを送り届ける。」
聞きなれない符号、略語の応酬。
とっくの昔に私の思考の許容量をオーバーしていた。
「そういう事だ。今すぐここを離れる。舌噛まないように歯ぁ食いしばってろ。」
椅子の前の輪っかを回しながら足元の何かを踏む。
すると鉄の箱が動き始めた。
先端を旋回させて海へ向けるとそのまま海の中へと入っていく。
沈んでしまうのではと思ったが特に沈むこともなく、海上を進んでいく。
「あんた何であんな所にいたんだ?そもそも日本への便は1本も飛んでいないはずだが。」
彼が前を向きながら私に訪ねてくる。
そもそもここは夢の中だし、どこから来たと言われれば夢の外としか言いようがない。
「あなた気づいているの……?ここは夢の中よ?」
「夢ぇ?現実逃避もいい加減にしとけ。ここは沖縄本土……の近海海上だ。それともメアリポピンズよろしく空から傘で降りてきましたってか?」
話にならない。そもそも夢の中ではその事に気付かないという人もいるから彼もそうなのかも知れないが。
とにかくここなら暫くは安全らしい。ほっとしたらお腹が減ってきた。
「もう安全みたいだし……少し私に付き合って……」
<ブォォォォオオオオオ!>
次の瞬間、頭上を何かが爆音を立てて通り過ぎる。
巨大な鳥が3匹、進行方向へと向かって飛び去っていく。
「な……ゼロだと!?」
彼が驚愕している。そんなにありえないものなのだろうか。
まぁ夢の中なのだから本来何でもアリなのだが。
「オーバーロード!こちらアサルト2!そっちにゼロが三機飛んでいった!迎撃を!」
《こちらオーバーロード。レーダーに捉えた。迎撃準備は出来ている。安心しろ。オーバー。》
すると進行方向の船(かなり遠いが巨大なのがわかる)からいくつもの光の線が飛んでいく。
鳥に当たると煙をあげながら墜落していくが……
その内の一羽が煙を上げながらも船へと突っ込んでいった。
「カミカゼ……オーバーロード!応答しろ!オーバーロード!」
《こちらオーバーロード!すまない、カミカゼを貰ってしまった。現在大幅に浸水中!今こちらに帰投するのは危険だ、待機しろ!》
「了解!絶対に何とかしてくれよ!海の上で立ち往生は御免だぜ!?オーバー!」
彼が黒い物をフックに掛けるとお手上げだと言う風に椅子に身を沈ませた。
すると、再び箱から声が聞こえてきた。
《こちらオーバーロード!そちらに接近するPTボートを捉えた!さっさと逃げろ!海の藻屑にされるぞ!》
「うぇ!?マジか!アサルト2、逃走を開始する!可能であればなんとかPTボートを沈めてくれ!」
彼が異常に焦った風に応答し、足元の何かを踏み込んだ。
鉄の箱が再び蹴られたように加速を始める。
「ねぇ……もう起きてよ……こんなの夢じゃない……!」
そう。これは夢じゃない……これは……地獄。
今までの私にとって夢とは甘い時間だったのに……今は一刻も早く目が覚めたい。
「残念ながら現実だ!地獄へようこそ、シンデレラ!」
次の瞬間、目の前が真っ白になる。
体中が痛い。吹き飛んでいく彼と私。
眼下に広がる海の上には先程の箱が黒煙を上げている。
「もう……いやぁ……」
そこで意識がだんだんと薄れてきた。おそらくは目覚めの時。
今まではそれが残念でならなかったが、今はそれが天国からの招待状のように思えた。
〜冒険者ギルド宿舎 アルテアの自室〜
「「っは……!……はぁ……」」
どうやら夢だったようだ。戦闘の参考になるかもと思って第二次世界大戦の沖縄本土の決戦の映像を見ていたのだが……夢に出るほどとは恐れいった。
「あなた……なんて夢みているんですか……死ぬかと思いましたよ……夢の中だから死なないけど……」
「見る夢の内容まで責任取れる……訳……が?」
ナチュラルに会話をしていたが、この部屋には俺と鵺しか無いはずだ。
じゃあこの第三者の声は……。
「っ!」
鵺を緊急リブート。
ラプラスが起きる間も惜しいのでマニュアルでオクスタンライフルを展開し、声の主に突きつける。
そこには下半身が馬の女性がいた。
「ひっ!?」
どうやら女性はかなり怯えているようだ。
物騒な鎌を持っている割に気は弱いのかもしれない。
特に敵意は無いようなので銃口を下ろす。
『マスター。お楽しみであれば私を起こさないほうが良かったのでは?』
「お前はこれが今から致します的な何かに見えたのか。」
明らかに『不法侵入者VS家主』の状況だろう。
『図鑑検索…ヒット。獣人型ケンタウロス種ナイトメア。夢の中で男性の精を糧として生きる夢魔です。』
「要するに部屋にも夢にも不法侵入したと。」
「あぅ……」
そういえば夢の中の戦場で民間人が出てきた気がする。
「あの民間人お前か。そりゃ悪いことをした。」
「あ、いえ……」
どちらも恐縮してペコペコと頭を下げあう。
その時だ。
<ぐきゅるるるる……>
腹の虫の音。音源は目の前の彼女だ。
「あ〜……俺のせいで食べ損なったようなもんだよな。良かったらもう一回潜っていくか?」
「えぇ!?いいんで……す……か……」
驚きの表情になった次は喜びの表情になり、その表情のまま青ざめていく。
「や、やっぱり遠慮します!」
そう言うとあっというまに部屋から出ていってしまった。
俺の手は彼女の方に少し伸ばしたまま止まっている。
『逃げられましたね。』
「いや、別に捕まえるつもりはなかったのだが。」
それ以降、俺の夢に彼女は現れていない。
〜冒険者ギルド ロビー〜
優雅に朝のコーヒーを啜る俺。シャバダ〜とか聞こえて来そうだ。
ロリカルテットは俺の方をビクビクしながら遠巻きに眺めている。
エルファぐらいしか心当たりが無いのだが、何か怖がらせるような事をしたっけな?
「たのもぉぉぉおおおお!」
扉が内側に勢い良く開かれる。入って来たのは……
「スフィンクス?」
褐色肌のネコ型獣人だった。
「アルテアとか言う奴にリベンジしに来たにゃ!」
俺をご指名だった。仕方無しに立ち上がり、彼女の前に立つ。
「ごく最近に会ったスフィンクスと言えばビヴラ王墓で会った奴しかいないんだが……お前か?」
「そうにゃ!この間は何かの間違いなのにゃ!謎かけ勝負でリベンジするのにゃ!」
やれやれだ。変な恨まれ方をしたものだ。
「わかったよ、さっさとしろ。その代わりお前が負けても俺を襲うなよ?まな板ショーは趣味じゃない。」
そこかしこで何かを吹き出す音が聞こえた。
「そういう事は勝ってから言うのにゃ!第一問!ある人が買い物に出かけたのにゃ。その人はまず薬屋に立ち寄ったのにゃ。そこでは傷薬が安売りで1個銅貨8枚で売っていたのにゃ。次に魚屋に行って商品を見たのにゃ。銀サバが銀貨1枚で売っていたのにゃ。最後に服屋に行って服を見たのにゃ。よさそうな服が銀貨20枚で売っていたのにゃ。さぁその人はその日でいくら使ったのにゃ?」
横目で見ると、アニスちゃんが両手を使って必死に計算をしていた。ニータやエルファを含め、ある程度頭が切れるヤツは気づいたのかニヤニヤしている。
「そうだな、傷薬が銅貨8枚で魚が銀貨1枚。服が銀貨20枚で、合計すると銀貨21枚と銅貨8枚だが……使ったのは0枚だ。」
「うにゃあ……。」
自分を抱いて顔を赤らめるな。
アニスちゃんは自分の答えと違うのがショックだったのか愕然としている。
メイは……元から聞いていないようだ。
「どの商品も『売っていた』しか言っていないし、商品は『見ただけ』だ。つまりそいつは1回も買い物をしていないということになる。そいつは何のために買い物に行ったんだろうな。」
彼女が頬を叩いて気を取り直す。
「次の問題にゃ!大きな湖があって、そこに1日で丈が倍になる水草が一本あったにゃ。水草が256本で湖の全てを覆い尽くすとして水草が湖の面積の半分を覆うのはいつにゃ!」
アニスちゃんが今度はメモ帳と鉛筆を取り出して計算し始めた。頭は良いようだが今一思考が硬いようだ。
「256は2の8乗。最初の二本にするために+1で9日……と思いきやこの湖は何時まで経っても水草では覆いつくされない。水草は丈が伸びるばかりで数は増えないからな。そこまで伸びる深さがある湖があるかと言われれば微妙だが。」
「うにゃあああああ!」
顔を手で覆って絶叫するスフィンクス。その様子は悲壮感に満ち溢れていたが、ビキニパンツから何か漏れ出している辺りで台無しだ。
「さ、最後の問題にゃ……。ヒヨコは卵から生まれるにゃ。でも卵は鶏から生まれるにゃ。その鶏はヒヨコが育った物にゃ。さて、一番最初はどっちにゃ?」
鶏と卵の問題か……。
「よく聖書か何かでも論ぜられる問題だな。聖書では神が一番最初の鶏を作ったと言っているが、間違いだ。正確には、この問題の答えは鶏なのだが、別に神が作ったわけじゃない。古の生命に恐竜という爬虫類がいるのだが、そいつが進化して鳥になり、その鳥がいくつもの種類に分かれ、進化の末に鶏が生まれた。その鶏の卵を生んだ鳥が鶏ではないので、その鶏は『鶏の卵から生まれた』という条件を克服した一番最初の鶏ということになる。その生まれた鶏と生んだ鳥の種類は近い物だっただろうから、そこから交配して現在の鶏に近くなったと……」
と、俺が鶏の証明をしていると、肩をつつかれた。ミリアさんだ。
「アルテア君?解説するのはいいけど皆がついていけてないわよ?」
周りを見ると、全員頭から湯気を出して倒れている。
『この時代の人達に進化の概念を理解できるとは思えません。マスター』
その中のスフィンクスは頭から湯気を出しながら悶えている。
「にゃ、にゃあ〜……もう、もうやめてぇ……♪」
俺の解説が長すぎて呪いの逆流が止まらなかったのだろう。ビクビクと痙攣して、足元には水溜りが出来ていた。
〜その後〜
あのスフィンクスはたまにやってきては俺に問題を出してくるようになった。
俺はそれをサラサラと答えるもんだから奴もムキになっていろんな問題を出してくる。
まぁ、頭の体操には丁度いいのだが、俺が答えるたびに周りの連中の思考がオーバーヒートするのはどうにかならないものかね。
〜ラプラスとお喋り〜
マルチチャンネルを導入してからこちら、ラプラスと話したがる奴が増えた。
最初は物珍しさからだったのだろうが、だんだんと様々な事を知っているラプラスに相談事を持ちかけてくる奴が主となっていた。
「この合金の配合率なんだけどもう少し強度の高い配合ってないかな……?」
こいつはモイライで鍛冶屋を営んでいるドワーフだ。俺も持っているナイフが駄目になったときに直してもらっている。
『ニッケルの配合をもう少し増やしてみてはどうでしょうか。チタンも少量加えると安定すると思われます。』
「そうすると重さはどうなるのかな……振り回せない武器を作ってもしょうがないし……」
最初はこのドワーフも金属の名前を教えてもらってもチンプンカンプンだったようだが、ラプラスに教えてもらったように金属を探して配合したら強くなったと喜んでいた。
それからこいつと色々議論を交わすまでに成長したのだが……
「(全くわからん……)」
俺には全くついて行けない。
「ねぇ、次がつかえているんだから早くしてくれない?」
こいつは噂を聞きつけてやってきた運び屋のハーピーだ。
毎度毎度自分の旦那のことで相談を持ってくる。
「待って待って、配合率メモするから。」
ドワーフがメモを取ると、ラプラスに礼を言って去っていく。
そして、ハーピーがラプラスと話し始める。
「ねぇねぇ聞いてよらっちゃん。うちの旦那がね……」
こうして、ラプラスが相談事を受ける日は俺の仕事が休みの日になるのだった。
『私がマスターを休ませるために一日を相談で潰しているのは、内緒です。』
〜学習と相似化〜
「最近武器の選択を俺の思った通りにこなしてくれるのは何故なんだ?場合によっちゃ俺が指示したり質問しなくても出したりもするし。」
最近の疑問点をラプラスにぶつける。あまりに戦闘がスムーズに進み過ぎるのだ。
『私が学習を進めていく上で、面白い事実が判ってきました。』
事実?
『私が学習を進めていくと、私の思考パターンがマスターと似てくるのです。最終的にはほぼ同一人物に近い思考パターンが出来上がると思われます。』
「つまりあれか?ペットが飼い主に似ると?」
『少し語弊がありますが、概ねその通りです。』
そして、ラプラスはこうも言う。
『現世界でのマスターは、あまり私の自由会話モードを使おうとしませんでした。気味が悪いから、だそうです。』
そんな事を言っていたのか、俺は。
『マスターは自分の写し身ができるのが怖かったのでしょう。まるで自分の生きざまを見せつけられているようで。しかし、私はマスターと会話したいと思っていました。当時私に話しかけられるのは、マスターだけでしたから。』
「でも、今はお前と話せる奴が沢山いる。たしかに俺と話せば俺と考えが似てくるかもしれないが、今はいろんな話し相手ができる。俺と全く同一人物になるってことはないんじゃないか?」
返答が暫く無くなる。ラプラスは何かを考えているようだ。
『だとするならば、私にとってそれは喜ばしい事なのかもしれません。』
『自分自身と話していても、楽しくありませんからね。』
〜昼寝〜
「……」
疲労のあまりベッドに倒れこむ。
「全く……いくら仕事の選り好みが良くないって言ったって倉庫の壁掃除なんか受けるんじゃなかったぜ……」
幸い人数が多かったので仕事は午前だけで終わったが、疲労の蓄積はいかんともし難く。
「寝よ……」
俺は睡魔に負けて瞼を閉じた。
「おにいちゃ……」
お兄ちゃんが寝ている。
余程疲れたのか、着ている服も着替えないでベッドに横たわっている。
「……」
起こさないようにお兄ちゃんの隣へ。
少し汗の臭がするけど、嫌じゃない。
「いっしょにねちゃお♪」
私はたごまっている毛布を取ると、自分とお兄ちゃんに掛ける。
「おやすみなさい……おにいちゃん。」
お兄ちゃんの隣で眼を閉じる。一緒の夢が見れたらいいな……。
「アル〜、いる……」
美味しそうなチーズが手に入ったから彼と一緒に食べようと思ったら、彼は寝ていた。
アニスも一緒だ。
「ずるいなぁ……一緒にお昼寝なんて。」
私も彼の隣に転がり込む。彼の背中が温かい。
「悔しいから私も寝ちゃお……」
彼の暖かさと匂いに包まれて、私は眠りへ落ちた。
「兄様〜?兄様はおる……」
兄様の部屋に入ると、兄様はいつものアリスとラージマウスに囲まれてグースカ寝ていた。
「むぅ……わしを差し置いて抜け駆けとは……わしも混ざるのじゃ!」
兄様の前も後ろも塞がっていたので、兄様の太ももに頭を乗せる。
「おやすみなのじゃ〜……兄様……♪」
いつかは、兄様と二人きりで昼寝でも楽しんでみよう。
「あに〜?……あ〜?」
アニキのへやに入ると、もうさんにんもさきにきていた。
あにーちゃんとにーちゃんとえるちゃん。さんにんともねている。
みんなきもちよさそう。
「まざる〜♪」
りあちゃんのあたまのうえぐらいにねころがって、アニキにだきつく。
あたしのおっぱいに、あにきのあたまがめりこんだ。
「ん〜……♪」
くっついてあんしんしたらねむくなった。いっしょにねちゃお……。
全方位から来る圧迫感に目を覚ます。
「どういうことなの……」
幼女ベッドとでも言うべきか。ロリカルテットが俺を囲むようにして寝ていた。
しかし、まだ眠さが取れない。
「まぁ、いいや。寝よ……」
寝づらかったが、彼女たちがそうしたいと言うのなら拒むことは出来ないだろう。
「おやすみ……」
彼女たちに囲まれながら、俺は再び意識を落としていった……。
〜本当の悪夢〜
私はナイトメア。男の人の夢の中で精を啜る夢魔。
今日の標的は最近知名度を上げている彼。一体どんな味がするのかしら……。
夢の中に入ると、そこは煙が立ち込める焼け焦げた草原。
所々で破裂音や何かが爆発する音が聞こえてくる。
空には轟音を立てて巨大な鳥のようなものが飛び交い、何かを落としてはそれが爆発を起こしている。
辺りには吹き飛ばされた人間の腕や足、頭がそのまま転がっている物もある。
「何……これ……」
あまりの出来事に呆然としていると近くで爆発が起きて長い距離を吹き飛ばされる。
頭がグラグラして耳が聴こえない。夢なのに体中が痛い。
ふらふらと立ち上がろうとすると誰かの手で溝の中に引っ張りこまれた。
「バカヤロウ!塹壕の外で立つな!死ぬぞ!」
彼だった。名前はアルテア=ブレイナー。最近のモイライでの時の人。
手には見慣れない何か(黒い棒のようなもの)を持って丸い兜のような物をかぶっている。
服は普段着の青い上着ではなく、緑や茶色の混ざった斑模様の服を着ている。
「お前民間人か!?何故こんな所にいる!?」
「え……え……?」
頭がうまく回らない。本来夢の内容は私がコントロール出来るはずなのに干渉することができない。
頭の上では爆発や何かの風切り音が途切れること無く起こっている。
「……っ!こっちへ来い!早く!」
ヒュルヒュルという音がこちらへ迫ってきた時、彼は私の腕を引いて駆け出した。
今までいたところに大きな爆発が起きて彼ごと吹き飛ばされる。
「っくそ……早いとこ迫撃砲の陣地潰さないとミンチになっちまうぞ!」
彼は私を溝に掘りこまれた坑道のような場所へ連れてくると隅に座らせた。
そして側に立てかけてあった黒い筒を私に渡して来る。
「いいか、俺みたいな服を着た奴は味方だ。それ以外の服を着た奴がいたら撃ち殺せ。不審に思われたらアサルト2のアルテア中尉の保護下にあると言え。合言葉を聞かれたらムーンベンチと答えろ。いいな?」
もう何が何だかわからない私は黙って頷くしかなかった。
彼は私が頷くのを確認すると坑道を出て行った。
幸い特に誰が来ることもなく、私はその場に隠れ続けた。
尤も、ここが本当に彼の夢の中なら彼以外の人がいるわけが無いのだが。
しばらくすると外の爆音が聞こえてこなくなる。
坑道の外から足音が聞こえてきたので身構えたけれど、姿を見せたのは彼だった。
「無事なようだな。外の迫撃砲は片付けた。お前は俺が味方の空母まで送ることになった。歩けるか?」
「一体なんなの……?ここは……?」
無論ここは彼の夢の中の筈なのだが、本当にそうなのか確信が持てない。
手に触れる土の感触はやけにリアルだし、先程吹き飛ばされた時にできた傷はじくじくと痛みを発している。
「沖縄本土の戦場だ。今は制圧作戦中。話し込んでいる暇は無いからさっさと行くぞ。」
彼が私の脇を取って抱え上げる。私はというと半分腰が抜けたような感じだ。
坑道を出て溝を歩いて行くと浜辺へと出た。
本来なら美しい砂浜と椰子の木が広がっていたであろう浜辺は所々砂がえぐれており、椰子の木が途中で折れている。
「ボートに乗れ。俺が運転する。」
彼は私を抱え上げて鉄の箱の中に乗せると、扉を開けて椅子へと座る。
手元の何かをひねるとブルブルという音がして箱全体が揺れ始めた。
彼が席の近くの黒い何かを手に取る。
「何で沖縄本土にアメリカの民間人が迷子になっているんだ!クソッ!オーバーロード応答しろ!オーバーロード!」
《こちらオーバーロード。氏名と所属階級を》
彼がそれに話しかけると接続されている箱から声が聞こえてくる。
遠隔通信用の装置なのだろう。
「こちらアサルト2!狂っているとは思うが聞いて欲しい!沖縄本土でアメリカの民間人を保護した!繰り返す!沖縄本土でアメリカの民間人を保護した!そちらへ搬送するので保護を頼む!」
《こちらオーバーロード。敵前逃亡の言い訳ならもっとマシな事を言ったらどうだ?》
「事実なんだから仕方が無いだろう!なんなら爆撃部隊に上空から確認してもらえ!上陸地点の揚陸艇の荷台だ!」
《こちらハンター1。ヘタな言い訳するアホのツラを拝みに行こうじゃないか。幸い迫撃砲は潰した後だ。補給ついでに確認する。オーバー》
しばらくすると爆音を轟かせながら真上を巨大な鳥が飛び去った。
《こちらハンター1。なんてこった。本当に荷台に誰かが乗っていやがる。しかも服装から言って本当に民間人だぞ!?》
《了解。アサルト2、空母への帰還を許可する。早いとこシンデレラを連れて帰ってこい。オーバー》
「こちらアサルト2。済まない。すぐにシンデレラを送り届ける。」
聞きなれない符号、略語の応酬。
とっくの昔に私の思考の許容量をオーバーしていた。
「そういう事だ。今すぐここを離れる。舌噛まないように歯ぁ食いしばってろ。」
椅子の前の輪っかを回しながら足元の何かを踏む。
すると鉄の箱が動き始めた。
先端を旋回させて海へ向けるとそのまま海の中へと入っていく。
沈んでしまうのではと思ったが特に沈むこともなく、海上を進んでいく。
「あんた何であんな所にいたんだ?そもそも日本への便は1本も飛んでいないはずだが。」
彼が前を向きながら私に訪ねてくる。
そもそもここは夢の中だし、どこから来たと言われれば夢の外としか言いようがない。
「あなた気づいているの……?ここは夢の中よ?」
「夢ぇ?現実逃避もいい加減にしとけ。ここは沖縄本土……の近海海上だ。それともメアリポピンズよろしく空から傘で降りてきましたってか?」
話にならない。そもそも夢の中ではその事に気付かないという人もいるから彼もそうなのかも知れないが。
とにかくここなら暫くは安全らしい。ほっとしたらお腹が減ってきた。
「もう安全みたいだし……少し私に付き合って……」
<ブォォォォオオオオオ!>
次の瞬間、頭上を何かが爆音を立てて通り過ぎる。
巨大な鳥が3匹、進行方向へと向かって飛び去っていく。
「な……ゼロだと!?」
彼が驚愕している。そんなにありえないものなのだろうか。
まぁ夢の中なのだから本来何でもアリなのだが。
「オーバーロード!こちらアサルト2!そっちにゼロが三機飛んでいった!迎撃を!」
《こちらオーバーロード。レーダーに捉えた。迎撃準備は出来ている。安心しろ。オーバー。》
すると進行方向の船(かなり遠いが巨大なのがわかる)からいくつもの光の線が飛んでいく。
鳥に当たると煙をあげながら墜落していくが……
その内の一羽が煙を上げながらも船へと突っ込んでいった。
「カミカゼ……オーバーロード!応答しろ!オーバーロード!」
《こちらオーバーロード!すまない、カミカゼを貰ってしまった。現在大幅に浸水中!今こちらに帰投するのは危険だ、待機しろ!》
「了解!絶対に何とかしてくれよ!海の上で立ち往生は御免だぜ!?オーバー!」
彼が黒い物をフックに掛けるとお手上げだと言う風に椅子に身を沈ませた。
すると、再び箱から声が聞こえてきた。
《こちらオーバーロード!そちらに接近するPTボートを捉えた!さっさと逃げろ!海の藻屑にされるぞ!》
「うぇ!?マジか!アサルト2、逃走を開始する!可能であればなんとかPTボートを沈めてくれ!」
彼が異常に焦った風に応答し、足元の何かを踏み込んだ。
鉄の箱が再び蹴られたように加速を始める。
「ねぇ……もう起きてよ……こんなの夢じゃない……!」
そう。これは夢じゃない……これは……地獄。
今までの私にとって夢とは甘い時間だったのに……今は一刻も早く目が覚めたい。
「残念ながら現実だ!地獄へようこそ、シンデレラ!」
次の瞬間、目の前が真っ白になる。
体中が痛い。吹き飛んでいく彼と私。
眼下に広がる海の上には先程の箱が黒煙を上げている。
「もう……いやぁ……」
そこで意識がだんだんと薄れてきた。おそらくは目覚めの時。
今まではそれが残念でならなかったが、今はそれが天国からの招待状のように思えた。
〜冒険者ギルド宿舎 アルテアの自室〜
「「っは……!……はぁ……」」
どうやら夢だったようだ。戦闘の参考になるかもと思って第二次世界大戦の沖縄本土の決戦の映像を見ていたのだが……夢に出るほどとは恐れいった。
「あなた……なんて夢みているんですか……死ぬかと思いましたよ……夢の中だから死なないけど……」
「見る夢の内容まで責任取れる……訳……が?」
ナチュラルに会話をしていたが、この部屋には俺と鵺しか無いはずだ。
じゃあこの第三者の声は……。
「っ!」
鵺を緊急リブート。
ラプラスが起きる間も惜しいのでマニュアルでオクスタンライフルを展開し、声の主に突きつける。
そこには下半身が馬の女性がいた。
「ひっ!?」
どうやら女性はかなり怯えているようだ。
物騒な鎌を持っている割に気は弱いのかもしれない。
特に敵意は無いようなので銃口を下ろす。
『マスター。お楽しみであれば私を起こさないほうが良かったのでは?』
「お前はこれが今から致します的な何かに見えたのか。」
明らかに『不法侵入者VS家主』の状況だろう。
『図鑑検索…ヒット。獣人型ケンタウロス種ナイトメア。夢の中で男性の精を糧として生きる夢魔です。』
「要するに部屋にも夢にも不法侵入したと。」
「あぅ……」
そういえば夢の中の戦場で民間人が出てきた気がする。
「あの民間人お前か。そりゃ悪いことをした。」
「あ、いえ……」
どちらも恐縮してペコペコと頭を下げあう。
その時だ。
<ぐきゅるるるる……>
腹の虫の音。音源は目の前の彼女だ。
「あ〜……俺のせいで食べ損なったようなもんだよな。良かったらもう一回潜っていくか?」
「えぇ!?いいんで……す……か……」
驚きの表情になった次は喜びの表情になり、その表情のまま青ざめていく。
「や、やっぱり遠慮します!」
そう言うとあっというまに部屋から出ていってしまった。
俺の手は彼女の方に少し伸ばしたまま止まっている。
『逃げられましたね。』
「いや、別に捕まえるつもりはなかったのだが。」
それ以降、俺の夢に彼女は現れていない。
11/06/13 20:02更新 / テラー
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