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第二十五話〜旧き守護者は墓を護る〜
〜灼熱と砂塵の街シェバラ 西口〜

翌日、俺は市場で少し買い物をした後街を出た。出口まではジャックが付いて来ていた。

「付いていくとかは言わないよな?」

確認の意味も込めて彼に聞く。

「まさか、俺みたいな子供が不用意に外に出たらカラカラになって死んじゃうか砂漠の魔物に連れて行かれちゃうよ。」

そういう事はわかっているのか。

「なら、いい。行ってくる。」

俺はシェバラを後にする。ジャックは、俺の背中が見えなくなるまで見送っていた。



「あっつ……」

出発したのは朝方だったが、気温はどんどん上がっていた。
遺跡の場所は孤児達から聞いたが、未だにその遺跡は見えてこない。

『水分補給はこまめに行うほうが良いでしょう。脱水症状に注意してください。』
「そうは言うが持ってきている水も限られている。大事に飲まないと後で詰むぞ。」

持ってきた水は2リットル入る瓶が4本と言ったところだ。
道具と合わせると計10キロ程になるが、水を頻繁に飲むことを考えるとあっという間に軽くなるだろう。

『警告。生体反応1。距離3』

何かがいる。それも極近くに。

『反応は地中。センサーが届きにくい位置です。ターゲット出現します。』

背後の砂の中からゆっくりとだが何かが出てくる。

『図鑑データ検索…該当1。ギルタブリル。昆虫型アラクネ種。強い催淫毒を持つサソリ型の魔物です。』
「早速お出ましって事か……しかも一番苦手なショートレンジとはね……。」

ギルタブリルは何も言わない。ただ攻撃体勢のみを整える。

「(やはり魔物を過剰に傷つけたくはないな……実弾は駄目だろう。脅して駄目ならゴム弾で怯ませてテイザーでも撃つか。)」

俺の思考を先読みし、ラプラスがゴム弾入りのオクスタンライフルを展開する。

「気が利くな。オイ、あんた。痛い目見たくなけりゃさっさと逃げな。」

暗殺者というのは気付かれたらそこでお終いである。本来ならば背後から一突きするつもりだったのだろうが、生憎俺とラプラスには通用しない。
振り向いて銃口を突きつける。

「!?」

俺が独り言でも言っていると思ったのだろう。ギルタブリルは仰天している。

「あんたらがどれだけ隠れていようと俺らには通用しないな。ちと気付くのには時間がかかったがな。」

俺は威嚇のためにギルタブリルの足元にゴム弾を撃ち込む。跳弾性の高い弾だが、砂に着弾した弾は跳弾すること無くその場に留まる。

「別にあんたの命を奪うつもりはない。さっさと逃げてくれれば余計な怪我はしないし、炎天下で放置されることもない。どうする?」

そう言うと彼女は大人しく地面へ潜って行った。

「よしよし、いい子だ。」

俺は背中を向けてオクスタンライフルを格納し、歩き始める。

『ターゲット接近。距離1』

振り向きざまに砂に鵺を突き立てる。丁度浮上してきたギルタブリルの頭部に直撃した。

「!?!?!?!?」

ゴーンとかいい音がした気がする。暫く尻尾をピクピクさせると彼女は気を失った。

「不意打ち騙し討は暗殺者の常だがね、俺らには効かないって言ったばかりだろうが。」

俺はバックパックの中から毛布を取り出すと、ギルタブリルに掛けてやる。

「蒸し焼きにはなるなよ?そいつはやるから。」

改めて、俺は歩き出した。

『お人好し過ぎませんか?』
「恩を売っときゃいつかは自分に返ってくるだろ。」

情けは人の為ならず、廻り廻って己が為ってね。



〜ビヴラ王墓〜

「ここか……。」

遺跡へは昼を過ぎた頃に辿り着いた。

「(入り口にはスフィンクスがいてその答えは誰にも答えられたことが無いって話だったな……)」
『大抵のロジックであれば私で突破可能です。』

その声には起伏が感じられなかったが、なぜか自信満々に聞こえた気がした。

「頼りにしているぜ、相棒」
『了解。善処します』

確かに、入り口にはスフィンクスが寝そべっていた。
俺が近づくと、立ちはだかってニヤニヤ笑っている。チシャ猫かお前は。

「ここを通りたかったら問題に三つ答えるにゃ!間違えたら……わちきに食べられちゃうにゃー!」

無論性的な意味でだろう。

「来いよ、論破してやる。」

人差し指で挑発する。

「第一問にゃ!ノモンハン事件で初陣を飾った旧日本軍の戦車はにゃんだ!」
……は?

「ふふふ……異世界人に教えてもらった軍事ネタにゃ。これに変えてからは誰も突破……」
「九十七式中戦車。」
『今では型落ちの骨董品ですね。』
「にゃああああああ!?」

呪いが逆流しているからか、それとも驚愕のあまりか素っ頓狂な声を上げるスフィンクス。

「そ、そんにゃ……だ、第二問にゃ!1944年に行われた、ナチスドイツによって占拠された西……」
「ノルマンディー上陸作戦。歴史の問題か?これは。」
『学校の教科書にも載っていますね。』
「うにゃあああああああ!?♪」

頭を抱えて悶絶するスフィンクス。

「はぁ……はぁ……♪だ、だいさんもんにゃぁ……旧日本海軍の主力艦上……」
「零式艦上戦闘機。何なら詳しいスペックも言ってやろうか?」
『ゼロファイターですね。当時は非常に恐れられたと聞き及んでいます。』
「うにゃああんあんああああん!♪」

ゴロゴロ転げまわるスフィンクス。悔しいのか気持いいのかよくわからん。

「これで三つだな。通してもらうぞ。」

俺は遺跡の中へと踏み込んでいく。

「ま、待つにゃあ……今のは何かの間違いにゃあ……♪」
知ったことか。



『私の助力はいらなかったようですね。』
「現役の軍人にあんな問題出すからだ。」

薄暗い通路を進んで行く。しかし……

「宝箱の類は殆ど空っぽみたいだな……。問題を変えたって言っていたから少なくとも過去には侵入された事があるのかもしれないな。」

と、脇道の奥の行き止まりに開いていない宝箱。

「これ……なんか怪しいな。」
『十中八九ミミックだと思います。』

俺は宝箱を開けないように注意しながら、宝箱をひっくり返す。

「これでよし。」

俺は宝箱の底のほうを持って蓋……ではなく箱を開けた。

「じゃあぐ!?」

逆さまに出てきたミミックは床に頭から激突。そのまま気絶した。
俺は宝箱を元に戻すと出てきたミミックを中にしまった。

「行くか。」
『了解』



「うあ〜……」
「あう〜……」
「お〜……」

通路の奥からマミーが三体歩いてきた。
足元には、何かの出っ張り。その少し離れた所に縦に切れ目が走っている。

『前方2メートル床面の下に空洞あり。』

その切れ目の上にマミーが乗る少し前に俺は出っ張りを踏む。
2,3秒のタイムラグの後、床がパッカリ開いた。落とし穴だ。

「「「あ〜……」」」

マミー達が落ちた後に床が元に戻ってゆく。

「仕掛け方は巧妙だったがな。」
『スキャンに引っ掛かるようではまだまだです。』

俺はスイッチを迂回して先に進む。



<ぶぅーん、ぶぅーん>


少し広い場所に狭い通路、両脇は落とし穴。通路を掠めるようにして巨大なギロチンが振り子のように揺れている。

「ラプラス。」
『了解。ジャベリン展開。』

ランチャーモードへ変換。ギロチンの根元をロックオン。

「はいはい邪魔邪魔。」

トリガーを引くと、ミサイルが白尾を引いて飛んでいき、ギロチンの根元に突き刺さり、爆発。
破壊されたギロチンは落とし穴に落ちていき、底まで落ちたのか轟音が響いてきた。

「次だ、次。」

俺はさらに奥へと進んで行く。



「これ、明らかに怪しいよな。」

壁に、天井に、床にスリットが走っている。

『壁面空洞部に可動装置の存在を確認。』

しかし、ここを抜けなければ奥へは進めない。

「よし、ぶっ壊そう。」
『了解。E-Weapon<クラスターランチャー>展開。』

鵺を持ち替え、ランチャー形態へ。少し通路を後戻りし、鵺を構える。

『モードはP。全ての仕掛けが連動しているので、どこか1箇所が破壊されれば機能停止します。』
「それじゃあ壁でも狙っとくか。」

壁をロックオンする。

「あらよっと。」

トリガーを引いて射出。壁面に着弾、貫通。
『衝撃にご注意下さい。』


<<ドドドドドドドォォォォオオオン!>>


壁面を突き抜けたエネルギー弾はその中で無数の爆発を起し装置を機能停止させた。

「処理完了……ってね。」

仕掛けに近づくと、装置に繋がれた鋭い刃がボロボロになっていた。

「うかつに近づけば細切れってことね。」

俺は先へと進んで行く。もうすぐ最深部だ。
最深部への道は緩い上り坂にはなっていたが、岩が転がってくるような事はなかった。



遺跡の最深部。中には石棺といくつかの石柱が立っている。

「さて、ここで簡単10秒クッキングだ」
『いきなり何を言い出すのですか?』

ラプラスのツッコミを無視してバックパックから市場で手に入れた物を取り出す。

「材料はこちら。最高級犬缶『犬大好きKANKAN〜プラチナ〜』と粉状睡眠薬を少々。」

俺は石棺の前の石段に持ってきた小皿を置く。

「まず、この小皿に犬缶を開けます。この世界での缶詰というのは大量生産が利かない貴重品だそうで、結構お高かったです。具体的には銀貨30枚程度。」
『貴族のペットの食べ物ですか。マスターよりいい物食べていますね。』

小皿に犬缶を開けると、今度は粉状睡眠薬の包を開ける。

「さらにこれに粉状睡眠薬をトッピングします。この薬は味も匂いも変えないタイプですので、こっそり食べ物に混ぜるときに効果的ですね。」
『明らかに普通の目的で作られた薬ではありませんね。』

そして俺は銀のスプーンを道具袋の中から取り出す。

「そして、この小皿に銀のスプーンを添えれば出来上がりです。ね?簡単でしょ?」
『簡単すぎてアフロの絵描きもビックリですよ。』

ちなみにこの手法、某冒険者の手記に載っていた物だ。

「よし、隠れるぞ。」

俺はバックパックを掴むと柱の陰に身を隠した。



「まったく……奴は一体何なんだ。久々にあいつを抜く侵入者が現れたから頭が切れる奴なのかと思いきや……片っ端から仕掛けを破壊して進むとは……。」

しばらくすると部屋にアヌビスが入ってきた。どうやら仕掛けを破壊されたことに腹を立てているらしい。

「しかもやたら進む速度が早いのか追いつくことすらできん。これでは既にこの部屋の宝物も……ん?」

彼女が何かに気づいたようだ。もちろん、俺の設置した犬缶だろう。

「これは……何だ?いい匂いが……いやいや、今間食するのはマズイ。おやつなら先程食べたではないか。しかしこの匂いはやたら食欲をそそる……。」

あと一息っぽいな。

「(ラプラス。何か演技をしてみてくれ。)」
『了解。』

そして頭に直接響いてくる重厚な男の声。ボイスチェンジャー機能でもあったのか?

『いつも管理を任せて済まないな。それは私からの褒美だ。受け取るがいい。』
「な、ビヴラ様!?お目覚めになられたのですか!?」

驚愕するアヌビス。そりゃ大昔に死んだ主の声が聞こえて来たら驚きもするだろう。

『未だ復活は叶わぬ。しかし、お前に声を掛けるぐらいには力は回復している。』

アヌビスの尻尾が凄い勢いで振られている。千切れないか心配になってくるな、あれは。

「それでは、この食物はビヴラ様からの下賜なのですね!有り難く頂きます!」

アヌビスは恭しく小皿を取ると、大事そうに食べ始めた。

「(単純……やっぱ犬か)」

アヌビスが犬缶を食べ終わると、体がぐらぐらと揺れ始めた。もう効いてきたのだろうか。

「あれぇ……なんだか……眠い……。まだ……しゅうしんの……じかん……じゃ。」

ぱたりとその場に仰向けになるアヌビス。そのまま寝息を立て始めた。

「ちょろいな。」
『犬の宿命です。主人には絶対服従ですから。』

俺は眠りこけるアヌビスの脇を通り、石棺を開ける。
中からは埃っぽい空気と人間のミイラ、そして……
「こいつか?魔道具ってのは。」
銀色の棒状のものが入っていた。
表面には電子回路のような線と輪が描かれている。
俺はそれを手に取ると、バックパックの中にしまった。


―魔道具?を手に入れました―


「さて、ここにはもう用は無いな。行くぜ。」

そして、再びアヌビスの脇を通りすぎようとしたその瞬間。


<ガシッ>


「あ?」

ジーンズを何者かに掴まれた。

「すぅ……」

アヌビスだった。

「ふっふっふ……俺はここでは慌てないぜ。」

彼女の指をゆっくり引き剥がす。残りの指1本が外れた瞬間……。

<ガシッ>

反対の手でシャツを掴まれた。

「だ、大丈夫大丈夫。これも剥がせば問題ない。」


パッポー〜30分後〜パッポー


「こいつ実は起きているんじゃねぇか?」

その後も俺は掴まれては剥がし、掴まれては剥がしを続けていた。
ジーンズの一部をリッパーで切断してみたり、代わりの何かを掴ませていてもまた俺を引き止めるように何かを掴んでくる。

『間もなく睡眠薬の効果が切れます。』
「げ、マジか。」

言っている間にアヌビスの目がうっすらとだが開かれていく。

「全力逃走〜!」

もうなりふり構っていられない。力づくでアヌビスの手を振りほどくと、通路に向かって猛然と走りこむ。

「なんだぁ……侵入者……侵入者か!?」

衝撃でアヌビスが覚醒する。KANKAN作戦が台無しだ!

「待て!逃げるな!」
「逃げるなと言って立ち止まる馬鹿がどこにいるかよ!」

緩い下り坂をアヌビスと追いかけっこ。どう見てもアハハウフフの光景ではない。

『通路の幅は1.5メートル。アンカーバルーンが使用可能です。』

砲身が展開し、アンカーバルーンの射出口が出てくる。
俺は数メートル先にそれを射出。膨らみかけたアンカーバルーンを飛び越えて着地。

「うおおおおお!?」

アヌビスはバルーンに激突して足止めされる……


<ゴロゴロゴロゴロ!>


事なくアンカーバルーンごと転がってくる。

「何故だぁぁぁぁああああ!」

転がってくるアヌビスから逃げる俺。

『遺跡の中は侵入した砂と埃で付着物が堆積しています。その付着物に因る粘着力の低下が原因でしょう。』
「ゴミが沢山付いたひっつきボールかよ!」

坂が終わっても未だにバルーンは俺を執拗に追い掛け回してくる。アヌビスの悲鳴が聞こえなくなったのはおそらく気絶しているからだろう。

「もうすぐ出口だ!突っ込むぞ!」

光が差し込んでくる出口から、外へ飛び出す。

「にゃああああああああ!♪」
「邪魔!」

鵺で横薙ぎに殴り飛ばす。なんだったかは確認していない。
遺跡の出口からバルーンが飛び出し、砂に着弾してようやく止まった。

「あぁ、チクショウ。まさかレイダースごっこをする事になるとは……。」

俺はバルーンに張り付いているアヌビスを一瞥する。

「あれ……放置しちゃまずいよな。」
『砂漠の降水確率は非常に低いため、雨が来る前に干物が出来上がると思います。』

俺はバルーンに張り付いているアヌビスに、背嚢から水を取り出して少量ずつ掛けながら剥がしていく。

「よっと。」

そして彼女を背負い直す。少量残った粘着剤が俺の背中にもくっついたが、気にしていられない。

「おい、お前。」

先程殴り飛ばした何かに問いかける。スフィンクスだった。

「ここらへんでオアシスは無いか?」
「ここから……西のほう……にゃ」

腕だけ伸ばして指差すと、今度こそ気を失ったようだ。
そいつをピラミッドの日陰の中に押し込むとアヌビスを背負いなおしてオアシスへと足を向けた。

「行くか……」



街とは反対方向だったが、こいつを放置もできないし、なにより粘着剤がくっついて剥がすことができなくなっていた。
望遠モードの視界には、少し離れた場所にオアシスの存在が見えた。

『残り約2.5キロメートルです。』
「案外遠いのな……。」

望遠モードでは見えているが、実際の視界ではかなり離れた場所にあるのだろう。

『ブリッツランスを使いますか?』
「半分移動手段になっているよな、それ。頼む。」
『了解。E-Weapon<ブリッツランス>展開。』

逆手に持ち替え、ブリッツランスを展開する。

『今回は停止に必要な障害物が無いため、出力を30%に修正。ブースター点火します。』

アフターバーナーが火を吹き、蹴られたように加速が始まる。

「なぁ、今思ったんだけどさ。遺跡に行くときもこいつを使ったほうが良かったんじゃないか?」
『ここは砂漠ですから熱の蓄積速度が早まる上、放熱効率が著しく低下します。今回はオアシスが目的地なので放熱は容易になります。』

行く先に飲み物があるから走れるみたいな理屈だな。



特に障害物も無かったお陰か、停止行動もすんなりとできた。
フィールドの破壊痕も砂なので問題ないだろう。

『放熱効率を上げるために水中へ沈めて下さい。防水については問題ありません。』

言われたとおりに鵺を水中に沈める。
ジュワジュワと音がする辺りかなり熱が溜まっていたのだろう。

「あとは背中のコイツだな……」

俺は服のままオアシスへ入っていく。粘着剤でべったりなのだから致し方がない。
少し深めの水深の場所で水を掛けると、粘着剤はすぐに剥がれた。技術大国日本バンザイ。

「折角だし残っている粘着剤も落としてやるか。」

彼女に水をかけて粘着剤を落としていく。褐色の肌に流れる水が何とも官能的だ。

<ムニュ>

「(意外とあるな……コイツ)」

じっくり揉んでいる暇は無いのでさっさと洗ってやる事にする。
半分ほど落ちたところで、

「う……何だ……冷たい……?」

目が覚めたようだ。

「目が覚めたか?自分で体洗えるよな?」

ペチペチと頬を叩いてやる。

「お前は……侵入者か!?」
「もう遺跡の外だがな。」

俺が手を離そうとすると、彼女はよろけてしまった。

「まだ自力じゃ立てないか?なんならこのまま俺が洗ってやるが……」
「ふざ……けるな……!侵入者の手など……」

あくまで気丈に振る舞うが……。

「そうかい。んじゃ。」

手を離すとバランスを崩して倒れてしまった。派手な水しぶきが上がる。

「〜〜〜〜!?!?!?」

俺は溜息をつくと、助け起こして浅い場所に座らせてやる。

「強がるなっての。遺跡の奥から入り口まで転がって来たんだから。」

俺は再び水を掛けて粘着剤を洗い流す。

「別にやましい事をするつもりはない。じっとしてろ。」

彼女はようやく大人しくなった。

「へ、変な所は触るなよ?」
「わり、既に触った後だわ。」

そう言ったとたん真っ赤になる彼女。お〜、湯気が出てる。

「まぁやましい気持ちは殆ど無かったから安心しろ。俺からは別に何かすることはない。」
「それはそれで悔しいのだが……」

複雑そうに顔をしかめる彼女。接着剤を洗い流す水音だけがあたりに響き渡る。



残り半分は割とすぐに洗い流せた。

「ほら、終わったぞ。」

体を洗い終わっても彼女はへたり込んだままだ。
まだ腰が抜けているということだろう。

「あぁ、立てないんだったな。今背負う……」
「本当に何もしないのだな、お前は。」

そんな悔しそうな顔をするなよ。

「何だ?何かして欲しかったのか?」
「べ、別にそういう訳では!でも、少し自分に自信が……」

女心って複雑だ。

「大丈夫。お前は十分美人だと思うぞ?別に俺が手を出す気が無かったというだけだ」


<ボフン>


「なぁ!?いきなりなんて事を言うんだお前は!?そんな、びび、美人だなんて……」

犬なのに茹で蛸とはこれいかに。

「はいはいごちゃごちゃ言わない。背負うぞ?」

俺は彼女を背負い上げる。服が濡れているが、この気温と湿度ならばあっという間に乾くだろう。

「ラプラス、放熱は終わったな?」
『肯定。全機能オールグリーンです。』

俺は水の中から鵺を拾い上げる。

「その杖は何だ……?何か喋るようだが……。」
『我の演技を見抜けないとは……腕が落ちたな。』

先程の王様風の重厚な声。

「ビ、ビヴラ様ぁ!?」

素っ頓狂な声を上げるアヌビス。

「そいつはお前の王様じゃないよ。ゴーレムの一種で王様っぽい声を出しているだけだ。」
『似ていましたか?』

最近のこいつの学習方向はどこかおかしいと思う。
茶目っ気が強くなったと言うかなんというか。

「じゃあ、石棺の間の声は……」
『私です。』

アヌビスガックリ。俺爆笑。

「まぁアレだ。死んだ人間は生き返らない。これは森羅万象の理だ。一見生き返ったように見えても大抵は人形だったりゾンビだったり……な。」

エジプト系の信仰を真っ向からブチ折るような言い様だが、事実だからどうしようもない。

「それは……私も薄々気付いていたのだ。しかし、それでも縋りたかった。僅かな可能性に……な。」

彼女は俺の首筋に顔を埋めてくる。

「私は……おそらく一生あの遺跡の管理をするだろう。復活もしない昔の主をずっと待ちながら。」

彼女は、恐らく俺に一緒にいて欲しいのだろう。寂しさを紛らわせるために。
しかし、寂しさを紛らわせる事なら別に俺が一緒でなくてもいい。

「わかっているなら話は早い。そんな遺跡捨てちまえ。」

後ろで息を飲む気配。

「お前は……何を言っているか解っているのか?それは私の主を捨てろと言っているのと変りないのだぞ?」
「お前、一生その寝たきり爺に付き添うつもりか?くっらい遺跡の中で、たった一人でさ。」

彼女は何も言わない。主を侮辱しているのは事実だが、俺が指摘していることも事実なのだ。

「だったら、世界を見てみろよ。この広がる青空を、どこまでも続く大地を。一所に縛られているのが馬鹿らしくなるぜ?」
『私からも進言します。この世界の自然は目を奪われる物ばかりです。何も無い地下の遺跡で燻っているよりは有意義ではないでしょうか。』

俺は上を見上げる。釣られて、彼女も上を見上げたようだ。



その抜けるような青空は何物にも囚われない自由の象徴でもあった。



俺は遺跡の入口でアヌビスを降ろす。彼女は自力で立てるくらいまでは回復したようだ。

「無理にとは言ない。別に何年後でもかまわないさ。遺跡の、大昔の爺さんの事は忘れて外の世界を見て廻ってみろ。自分がどれだけちっぽけな物に囚われていたかが分かるはずだ。」

彼女はうつむいている。
やがて顔を上げると、彼女は言った。

「そうだな、それもいいかもしれない。遺跡の管理ぐらいはマミーがいればどうにでもなるだろう。」

理由をつけながらも、古の鎖を自分の手で引き千切る為に、言葉を紡ぐ。

「だが、今はもう二度と戻らない主のために……今暫くこの遺跡に留まるのを赦してくれないか?」

彼女の瞳から一筋の雫が流れ落ちる。

「俺はお前がどうしようと何も言わないよ。俺はお前の主とは違う。」

背中を向けて歩き出す。

「じゃあな。またどこかで会ったら何か奢ってやるよ。自由の空の下に出られた記念にな。」

後ろ手に手を振り、その場を去っていく。

「おい、お前。」
「何だ?」

呼び止める声に足をとめる。

「名前は?」

まぁこれも、いつもの事だ。

「アルテア。アルテア=ブレイナーだ。自由の空の下を歩く、ただの冒険者だ。」

再び歩み始める。自由の空の下を歩く為に。



夕暮れの砂漠を歩く。時刻は夕暮れに差し掛かったところだ。

『前方に生体反応1。距離10。』
「やれやれ……またか。」

前方の砂が盛り上がり、ギルタブリルが姿を表す。彼女は、一枚の毛布を抱えていた。

「今度は何の用だ?また連れて行こうってか?」

彼女は俺に近づき、毛布を突き出してきた。

「返す……」
俺はそれを受け取る。

「そうかい。特に体調に大事はないな?」
「無い……」

それを聞いてホッとする。
俺もお人好しだな。

「そいつは良かった。もう無闇に人を襲うんじゃないぞ?そいつが子持ちだったりしたら子供が取り残されて不幸になる。」

彼女は頷いてくれた。理解はしてくれたようだ。

「これ……」

彼女はポーチから何かを取り出して渡してきた。

「短剣?形から言って投げるタイプの奴か?」
「あげる……」

俺はそれを受け取る。手に吸いつくようにフィットして、まるで体の一部のようだ。

「そうか、ありがとな。」

彼女は頷くと、砂の中へ潜っていった。

「言ったろ?恩はいつか返って来るって。」
『結果論です。』

それを言われちゃおしまいだ。



〜灼熱と砂塵の都シェバラ 路地裏〜

今日はアルテアのあんちゃんが買ってくれた食料だけで過ごすことが出来た。
でもいつかは自分で稼いで、盗むんじゃなくて自分の金で皆を養ってやりたい。
そのために、今日はアルテアのあんちゃんが言っていた事を実行に移すことにした。

「ってい!」<カツン>

チョークで壁に丸を書いて的を作り、それに石を投げる。真ん中に当たったら10点だ。

「えいっ!」<カツン>

アルテアのあんちゃんは言っていた。走るだけしか出来なくても、考えることは出来るって。

「やあっ!」<カツン>

考えた末に、アルテアのあんちゃんが行っていたことを思い返す。人間の急所を。

「せいっ!」<カツン>

力が弱くても、関係ない。剣が振れなくても、関係ない。相手がどんなに大きくても、関係ない。

「はあっ!」<カツン>

たった一突き、たった一撃で相手の急所を突いて無力化する。アルテアのあんちゃんが言っていたのは、多分そういう事なのだ。

「はぁ……はぁ……」

大分腕が痺れてきた。今日はこのぐらいに……

<いやあああああ!離して!離してよぉ!>
悲鳴!?この声はベス!?
悲鳴の方向へ走っていく。そこにいたのは……



「街に着いたとたんに悲鳴とはね……俺もつくづく休む暇が無いな。」
『休みたいのであれば放置することを推奨しますが、無駄ですね。』
「分かっているじゃないか。」

路地裏に入り、悲鳴の方向へ走っていくとジャックと行き当たった。

「あんちゃん!帰ってきたんだ!」
「あぁ、ついさっきな。お前がいるって事は秘密基地絡みか?」

ジャックと俺は狭い路地裏を駆けていく。

「あの秘密基地にいたワーラビットの子だよ。外を歩くときは注意しろってあれほど言ってあったのに!」

路地裏の行き止まりでは、男が子供のを押し倒していた。

「やだぁ!離して!ひぐ……いやぁ……。」
「魔物がガタガタ抜かすんじゃねぇよ。ちったぁ大人しくしてろ。」

つくづく下衆な奴である。

「(このまま俺が助けてやってもいいが……)」
「あんちゃん!ベスを助けてよ!冒険者なんだろ!?正義の味方だろ!?」

ジャックは俺を掴んで揺さぶってくる。

「お前は、冒険者になってあいつらを養うんだろ?」
「こんな時に何を言って……!」

俺はジャックを突き放す。彼が成長の一歩を踏むために。

「だったら、あいつもお前が助けてやらないとな。」
「無理だよ!あんな大男、俺が倒せるわけが……」

俺はベルトからギルタブリルにもらった投げナイフを引きぬき、ジャックに渡す。

「お前の力は弱い。走る事しか出来ない。でもそれだけしか出来ないと決まった訳じゃないだろ?」

ジャックは握りしめたナイフを見つめている。

「考えろ。お前がこの場で何が出来るのか。お前が取りうる最善の一手を。」

男が気配に気づき、俺達の方へ向き直る。

「あぁ?何だお前ら。邪魔しようってのか?」

男が無防備にこちらへ歩いて来る。

「……っ!」

その時、ジャックが動いた。突進するでもなく、距離を取るでもない。
持っていたナイフを男へと投げつけた。
ナイフは吸い込まれるように男の喉へと突き刺さる。

「うぐ……が……」

地面へ倒れこんだ男は、血の泡を吐いてピクリとも動かなくなった。
ジャックは、ブルブルと震えている。
俺は男の側へ行き、ナイフを抜き取る。

「ほらよ。お前にやる。」

そのナイフをジャックへと再び渡す。
ジャックは、ナイフを掴みながら震えていた。
ナイフには、まだ男の血がこびりついている。

「お、俺……人を……」
「殺したな。」

事実を突きつける。

「う……あ……」
「冒険者になるってことは、そういう事だ。場合によっちゃ人殺しだってするだろう。」

彼の決心を揺さぶる。

「それでもお前は、守りたいものがあったんだろう?」
「まも……る……?」

彼が呟いたその時、さきほどの少女が彼に抱きつく。

「にいちゃん!こわかったよー!」

彼女は泣いていた。襲われた恐怖に、助けられた安堵に。

「そっか……そうだよな……」

彼は、彼女の頭を撫でていた。

「やめるか?冒険者になるのは。」

答えなど分かりきっていた。
しかし俺は聞く。彼の決心を固めるために。

「俺が冒険者になるのはこいつらを護るためなんだ。だから、やめない。」
「そうか。頑張れよ。」

そして俺は男の遺体を掴んでその場を立ち去る。

「あんちゃん!俺、絶対立派な冒険者になるよ!」

俺は後ろ手に手を振る。

「おう、頑張れよ。」

彼は、いつまでも俺の背中を見つめていた。そんな気がした。



ちなみに、あの遺体はフェンリルクローで粉々にしてドブへと捨てた。
ゴミはゴミ箱、クズは屑籠、クソ野郎はドブの中、ってね。



後に彼は有名な投擲武器使いの冒険者として名を馳せる事になる。
弟子入りを志願する者も多く現れたが、生涯彼は弟子を取らなかったそうだ。
ただ、その弟子入り志願者に必ず言った言葉がある。
「自分に見合った道具を見つけろ、そして極めろ。あとは、考えろ。」と。



〜魔術師ギルド執務室〜

「ほら、こいつだろ。」

俺は銀色の棒をエルファの机の上に置いてやる。

「うむ、流石は兄様なのじゃ。いつも予想の遥か上を行く手際じゃの。」
「そりゃ誉めすぎだろ。それに別に苦労した訳じゃない。」

褒めちぎられてこそばゆくなる。
いつも弄られるのに慣れているせいか、どうしても素直に受け取れない。

「ところでそいつは一体何なんだ?杖か何かの一部か?」

持ってきた今でも用途が全く分からない。
部品と言われれば部品にも見えるし、カプセルと言われればカプセルにも見えた。

「まぁ見ておれ。」

彼女はそれを掴むと、手を光らせる。魔力の光だろうか。


<ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ>


と、魔道具が振動し始めた。

「これぞ!超魔力転換型振動張型じゃ!現在の技術より圧倒的に少ない魔力量で作動する奇跡の魔道具なのじゃ!しかもこの技術はビヴラ王直属の魔道士達しか知らん秘伝の逸品なのじゃ!」
「……」

俺絶句。

「む?兄様、どうかしたのじゃ?これは凄い物なのじゃ!もっと驚いたら……」
「……<ブチ>」

何かが切れた。

「の、のう兄様?その手に持っているロープは何なのじゃ?そして何でこちらへにじり寄ってくるのじゃ?」



「バフォ様〜。紅茶を淹れて……」

その時魔女は見た。

「ん〜〜〜〜!!♪ん〜〜〜〜!!♪」

亀甲縛りにされて猿轡を噛まされ身動きが取れなくなった挙句、魔道具がアソコに入れられて固定されている山羊角幼女の姿を。



〜後日談〜

「なぁ、ミリアさん。」
「何かしら?」

エルファにひと通りお仕置きした後、冒険者ギルドへ戻ってきた俺は思いついたことを提案してみる。

「シェバラって冒険者向けの宿屋って少ないだろ?」
「そうねぇ……あそこは親魔物派の冒険者には風当たりが強いわね。おかげであそこへ行く子達が苦労しているのよ。」
「そこで、だ。」

俺は人差し指を立てて提案する。
思い浮かべたのは、秘密基地で寝泊まりする子供達だ。

「宿屋の経営経験のある奴を何人かシェバラへ向かわせて孤児達に技術を教えるんだ。」
「それで……どうなるの?」
「あの街に孤児はかなりいる。無論、彼らの拠点もな。その拠点一つ一つが親魔物派の冒険者向けの宿屋として機能したら……果たしてどうなる?」

そこまで言うと、彼女はなるほどと言ったように手を叩く。

「いい考えね。よその街の事だから公にはできないけれど、コッソリとボランティア目的ならば気付かれずにメンバーの拠点が作れる……」
「できそうかい?」
「もちろん。さっそく手配してみるわ。暇そうな子がいればいいんだけど……」

そう言うと事務所の奥へと消えて行った。彼女はあれでいて人脈が広い。
一声二声かければ直ぐに集まるだろう。

「(ジャック、お前にだけ苦労はさせないぜ。みんなの力になりたいのはお前だけじゃないんだ。)」

一年もすれば孤児達の秘密基地は立派な宿屋へと変わっているだろう。
盗みで生計を建てる必要のない、自らの力で生きていける街ができるはずだ。
11/06/12 20:14更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
ギャグが少なめだった……いや、別にギャグ専ではありませんけれど。
この街の意識改革が起こる何かがあれば良かったのですがあまり思いつきませんでした。

いつもの感想返信です。この場を借りて謝辞を。

>>ネームレスさん
砂漠の町から連想されたのがカイロのような街というよりアフガンのような中東の紛争地域のような場所だったのでちと無法地帯っぽくしてみました。
人手が減ってしまうため魔物はあまり好きではない、と。

>>銀さん
尻叩きの話から彼女はアブノーマル専ですねw
あと、彼は至ってノーマル……のはず。
「間違ってもホモ方面には走らないぞ。昔似たような目にあってそれ以来トラウマになっている。」
『無名都市の話ですね』
「やめろー!その話をするな!」

>>『エックス』さん
波乱、起きました。直接手を下したのはジャック君ですけれど。
彼はこの先も自分の守るべきものを守りながら生き抜いていくと思います。
彼はウチの主人公とはまた違ったスタイルですね。
「対多数戦は得意なんだがなぁ……タイマンが苦手だ。」
『広範囲に弾をばらまくだけですからね。』
「それを言うな……」

>>タカカさん
はい、いつの間にかここまで進んでいましたw
女性の登場人物を出す上で『かわいい』か、『色っぽい』かで分けていたらロリと年上に別れてしまったという。
「ところでアルプって何だ?」
『元男のサキュバスですね。』
「(ガクガクブルブル)」



今回ジャック君が使ったナイフ、実はえらくお高い魔法具だったりします。
狙った場所に軌道を変えて追尾しながら飛んでいく『アキュレイトダガー』、お値段にして金貨30枚なり。
「え“!?そんなにするの!?」
『太っ腹ですね、マスター。』
ギルタブリルの一族しか作れない特注品、それを持っているがゆえにギルタブリルから狙われてベスがやきもきする……なんて展開を考えてみたり。

そう言えばおまけも書いてあるのだけれどいつ投稿しよう……明日でいいか。
それではまた明日。

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