第二十四話〜灼熱の都〜
〜???〜
『よし、制圧完了だ。アルテアは他のフロアに敵が残っていないか見てきてくれ。』
『了解。ヘンリー曹長もお気をつけて。』
俺達フェンリルは現在違法な仮想薬物(バーチャルドラッグ)の製造工場を襲撃、鎮圧していた。
非常に依存性が強く、使用し続けるにはライセンス料を払わなければならない……という現実世界のドラッグとほぼ同じような効果を持つ物だ。
別に正義の味方を気取る訳ではないけれど、こういう物が蔓延るとテロ組織やマフィアにどんどん金が流れていくので、結果的に俺達の仕事が増えることになる。
増えすぎて手が回らなくなる前に先手を打っておこう、というのが今回の任務のコンセプトだ。
『ま、今回の任務は楽勝だよな。敵も碌な装備持ってないし、セキュリティも旧世代の物だ。あんなの今時の小学生だって解除できるぜ。』
『油断は禁物です。周囲に警戒を怠らないようにして下さい。』
『わぁってるっての。拳銃だって当たりゃ痛いし、頭撃ち抜かれりゃ死ぬからな。持っていることを前提で当たらなきゃ……』
<タタタタタタタタターン>
言いかけた所で下のフロアから発砲音がする。
『ッ!銃声!?』
『銃声がヘンリー曹長の携行している物と異なります。』
『(曹長!?何があったんです!?曹長!!)』
チャントでヘンリー曹長に呼びかけるが応答がない。
嫌な予感がする……
『戻るぞ!絶対に何かがあったんだ!』
『了解。十分に注意してください。』
俺は元来た道を戻って曹長の元へと急いだ。
『……っ…………ぁ…………』
空きっぱなしのドア。
その向こうに誰かが仰向けになって倒れている。
青いジャケット、彼のお気に入りだった茶色い革靴、足元には彼の愛銃のM4A1が落ちている……
ヘンリー曹長が……倒れていた……
『ぁぁ…………が…………ぁ……』
『マスター、脈拍値が上昇中。落ち着いてください。』
死んだ?なんで?さっきまで笑って送り出してくれていたのに……?
部屋の中からドカドカと軍靴の音が聞こえて来る。
おそらくは襲撃を受けた工場を取り返しに来たテロリストか、マフィアか。
あいつらが、殺した。
『マスター、冷静になってください。貴方一人では何もできません。撤退してください。』
殺した、殺した、殺した、ころしたころしたころしタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタ
『ッカ……クケカカ……ッカカカカカカカカカカ』
『マスター?どうしたのですか?返事をしてください、マスター。』
パラケるすすテンkai。なのブシツセンtaク。
『マスター、そのナノは使わないでください。後遺症が大きすぎます。』
<くれいじーもんきー>チュウniyう。コウカはつdoうまデ3・2・1……
『マスター、即座に中和剤を投与してください。マスター、マスター。』
きがつけば、あたりはちのうみだった。
じぶんも、ちまみれだった。じぶんのうでや、あしのはへんもおちていた。
うちぬかれたあたま。じょうはんしんがまるごとなくなったしたい。
さゆうまっぷたつにわれたひと。うでやあしをもがれてちのうみにしずむひと。
ぼくが、ころしたから。へんりーそうちょうをやったひとを、みんなころしたから。
『アルテア……ッ!何だ!?これは!?』
あ、ねぇさんだ。ねぇさん、みて。へんりーそうちょうをやったやつをみんなころしたよ?
ねぇ、ほめて。ほめてよ。
『これは……お前がやったのか?』
あはは……なんで、ねえさんがないているの?ぼく、へんりーそうちょうのかたきをとったんだよ?うれしくないの?
『アルテア……アルテアぁ……!』
あは……ねえさんが……だきしめてくれた……でも、なんでないているの?
ねぇ……なんで……なん……
……頭が痛い。朧気だが、自分がしたことを覚えている。
辺りに広がる血の海、血の海、血の海。
しかし、ここには白くて清潔なシーツがかかったベッドしかない。
ベッドの脇に鵺が立て掛けてある。
辺りを見渡しているとカーテンを開けて姉さんが入ってきた。
『アルテア……目が覚めたみたいだな。』
『……うん……少し頭が痛いな……』
姉さんは悲しそうな顔で俺の事を見ている。
まぁ、それはしょうが無いか。あの時の俺、まるっきり化け物だったからな。
『お前の血液の中から条例で禁止されているナノ物質が検出された。あれは一体どういう事だ?』
『……わからない。ただ、ヘンリー曹長の死体を見て、頭が熱くなって……気がついたらパラケルススで……』
頬を、強く叩かれた。頭の中がぼうっと熱くなる。
『馬鹿者!あれは自爆と変わらん!一歩間違えればお前は死んでいたのだぞ!』
『……申し訳ありません。』
『お前は暫く任務に出るな。少し頭を冷やせ。』
姉さんは乱暴にカーテンを閉めると医務室を出て行った。
『……姉さん。』
『何だ、アルテア。』
あれから一週間。俺は自室での謹慎を言い渡された。
尤も、訓練は自室で欠かさず行っていたが。
『俺さ……化け物でもいい。』
『アルテア……お前は……』
姉さんの顔が険しくなる。
俺に化け物になるなと言ったのは姉さんだから当たり前か。
『ヘンリー曹長が死んだのはさ。俺が捕らえた奴らを生かしておこうって言ったからなんだ。あいつら、仲間と連絡を取り合っていたみたいだ。』
そして、増援を呼ばれてヘンリー曹長は撃ち殺された。
俺は運良く別のフロアにいたから不意打ちは喰らわなかったが。
『もし……俺が化け物にならずに大切な人や仲間が死ぬなら……俺、化け物になってもいい』
『………………』
涙が溢れる。頭が熱くなって、もう何も考えられない。
『仲間を失いたくない……大切な人に死なないでほしいよ……!』
姉さんは、そっと俺の頭を撫でるだけだった。
〜冒険者ギルド ロビー〜
諸君らはカバディというスポーツを知っているだろうか。
コートを二つに分け、攻撃側が『カバディカバディ』と言いながら防御側の連中にタッチして、自分のコートに戻ればタッチした人数だけ得点が入るとかいう競技だ。
「む〜……。」
「う〜……。」
「ぬぬぬぬぬ。」
「ん〜……。」
「……」
俺、アニスちゃん、ニータ、エルファ、メイの五人は今、似たような状況に陥っている。
しかし、攻撃側……というか逃走側は俺一人で、残りの4人は捕獲側。捕まったが最後幼女漬けになって精神ポイントが0を通り越してマイナスに突入する恐怖の罰ゲーム付きだ。
どうしてこうなったかは回想をどうぞ。
〜回想 冒険者ギルド ロビー〜
朝から俺のテンションはダダ下がりだった。
まぁあんな夢を見たのだから仕方がない。
気になってパラケルススに内蔵されているナノ物質を検索していたが、<クレイジーモンキー>を含めて危険な副作用のあるナノ物質は全て廃棄されていた。
まぁその方が俺としても有り難いが。
そんな訳で俺はいつもの日課の一杯のコーヒーを飲んでいた。
ここなら気分も落ちつくし、景気のいい話を聞けば気分も上向くってものだ。
いつもならここでロリカルテットの内の一人はまとわりついて来るのだが、どういう訳か今日は何も無い。
「ま、こういう日もあるわな。」
久しぶりに落ち着いた時間が過ごせる。どうせならば気分転換に何か珍味でも買ってきて食べながらだらだらと過ごそうか。
最近危ない橋ばかりで休む暇が無かったからな〜とか、そういやヒロトん所も最近顔を出していなかったな〜あいつ俺が来ると困った顔しながらも話し相手ができるからか嬉しそうだな〜とか思っていた訳だ。
で、新聞に広告が乗っていたんだ。
『本日商業区『ガリガベーカリー』にて、新商品『唐場げパン』の先行販売開始!ジパング生まれの珍味を是非ご賞味あれ!尚、先着50名様なのでお早めに!』
唐揚げではなく唐場げなのだ。一体何が入っているのだろうか。
どうせだから話の種に一つ買いに行ってみようかと席を立ったその時である。
「「「「みつけた〜!」」」」
ロリ声4重奏。ロリカルテットがギルドの出入口から飛び込んできた。
「どうしたんだ?今日は今から少し急ぎの用があるからあまり構っている暇は無いんだが……」
「おにいちゃん!」
すごい形相で(といっても元が可愛らしいのでどうしても微笑ましくなってしまう)アニスちゃんが俺を睨みつけてくる。
「きょうはわたしをでーとにつれてって!」
……はい?
「いきなりどうしたんだ?用事のついででいいなら別にいいんだg」
「そいつはいいから今日はあたしと何処か遊びに行こうよ!」
周りを押しのけてニータが出てくる。
「お前ら一体どうしたんd」
「兄様!今日は受けて欲しい依頼があるのじゃ!こいつらに構っている暇はないのじゃ!」
ぴょんぴょんと跳ねるエルファ。
「お前聞いてなかったのかよ……今日は休もうかと……」
「あに〜♪おひるねしよ〜♪」
わけがわからん。
<おい、唐場げパンどうだった?>
<なんというか……うん、唐場だった>
<それじゃあわからねぇよ!>
もう唐場げパンを買っている奴がいるらしい。しかも今の会話が気になって仕方がない。
「わり、やっぱ全員パス。今日はどうしても買いに行きたいものがあるんだ。」
「だめ!」
「却下!」
「だめなのじゃ!」
「だめ〜♪」
こいつら……。早くしないと唐場げパンが売り切れてしまうというのに……。
〜回想終了〜
未だに俺達はにらみ合いを続けている。
「ラプラス。」
『なんでしょうかマスター。』
高速で突破するのにこいつは重たすぎる。
「ちょっとお前置いていくぞ。」
『了解。行ってらっしゃいませ。』
俺はテーブルの上に鵺を置くと準備運動を始める。
「悪いな……今日の俺はドが付くほど本気だ。突破させてもらうぜ。」
二、三度その場で軽く跳ねて、前傾姿勢を取る。
「お前らが、俺の行く手を阻む壁だというのなら……」
全身に力を蓄える。
「その壁を飛び越える!」
『障壁超越者<バリアジャンパー>』
爆発する筋肉。躍動する肉体。
猛然と幼年障壁<ロリバリアー>へと突進し、跳躍。空中でひねりを加え、華麗に着地する。
<ズルッ>
「は?」
回転する視界には、ドリバナナ(普通のバナナより皮が滑りやすい)の皮とドリバナナを頬張っているゴブリン3人娘。
<ゴッ!>
そして俺の頭は運悪く誰かが運んできていた木箱の角へと直撃する。
「―――――――」
こめかみに角がクリーンヒットした俺はそのまま意識を手放した。
〜クエスト開始〜
―魔道具を探して欲しいのじゃ!―
『今回兄様に探して欲しい物は砂漠の遺跡にある魔道具での。
伝承ではその魔道具は少量の魔力を流し込むだけで半永久的に稼動し続ける夢のような道具なのじゃ。
その仕組を解析して様々な魔道具に応用しようというわけじゃな。
遺跡の場所はわからんが、名前だけならわかっておるからの。現地の者に聞けば場所も判るじゃろ。
モイライ魔術師ギルド ギルド長兼サバト長 エルファ=T=ヤーシュカ』
「なぁ、俺って今朝何をしようとしていたんだっけ?何か大事な用事があったはずなんだけど。」
こめかみを襲う痛みを堪えて依頼を確認する。
「さぁ、何か買いに行くとか言ってませんでしたっけ?私が見えたのはアルテアさんがバナナの皮で転んで頭を打つところだけですけど……。」
こいつはギルドの奥の事務室で何かをやっていたらしく、見えたのは俺が派手に転倒する所と、何かを買いに行くという会話だけらしい。
「思い出せないって事は大した用事じゃなかったんだろ。」
「ですね。遺跡の名前はビブラ王墓だそうです。結構有名な遺跡みたいですから簡単に場所がわかるんじゃないですかね。」
「そうか。行きは良い良い探索ムズイって事にならなきゃいいがな。」
〜目的地へ向かいます〜
〜灼熱と砂塵の街 シェバラ〜
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」
どうでもいいがあの格好は暑くはないのだろうか。いつも同じなだけにやたら気がかりである。
ちなみにいつものジャケットはバックパックの中だ。昼はこの暑さなので外套一枚で済むが、夜は極寒になるという。いくら暑くてもジャケットを置いてくるのは愚策だろう。
外に出ると、熱気と太陽の照り付けで一気に体温が上がったように錯覚する。
『天気は快晴。気温40度。湿度13%。風速7m/sです。日射病や熱中症にご注意下さい。』
「わかってる。」
俺は用意していたテンガロンハットを被り、外套を纏う。
「気分は荒野のガンマン……ってか?」
『得物が大きすぎる気がしますが。』
ちなみに鵺は特殊な染料で白く塗ってある。オーバーヒート対策だ。
「一応対策はしてあるが……長時間日光に当てないようにしないとな。いざというとき熱くて持てませんじゃお話にならん。」
マントですっぽりと覆うように鵺を隠す。
「どこかのテロリストみたいな気分になってきたな……」
『ガンマンでは無かったのですか。』
〜酒場『サボテン兄弟』〜
ここの街の酒場は宿屋も経営しているらしい。
非公式だが依頼も受けられるらしく、まさに荒くれ者のギルドと言った感じだ。
俺が酒場に入ると、一斉に視線がこっちへ向いた。
「マジで西部劇の世界に入り込んだみたいだな。」
俺が酒場のカウンターに向かう間も視線が集まっている。
「宿を取りたい。」
「金貨10枚だ」
……は?
「そりゃマジか?」
「無いなら帰りな。」
いくら何でも法外である。
『マスター、他を当たりましょう。』
「……そうだな。」
踵を返し、出口へ向かう。
『(警告。警戒レベルイエロー。武装に手を伸ばしている人物が数名。)』
ラプラスがダイアログのみで警告を送ってくる。
「(こういう時は……)」
ピタリと足を止め、真上を見る。
釣られて周りの連中が上を見た瞬間……。
「撤退!」
出口までダッシュ。
反応が遅れた奴らは慌てて武器を掴んで立ち上がろうとするが、周りの連中とぶつかって倒れてしまう。
結局奴らが店から出てこられたのは俺が路地裏に隠れてやり過ごした時だった。
「はぁ……こんな事初めてだな。」
『僻地と言うのは外から来た人物を毛嫌いする傾向がありますからね。』
「できればもう少し歓迎して欲しかったがな。いい意味で。」
俺は裏路地を歩き出す。酒場の中で大人数に襲われるよりは、路地裏で少人数を相手にするほうがマシだった。
「ここにもギルドは無いんだよな?」
『はい、実質先程の酒場がギルドの代わりになっていますので、冒険者ギルドは進出の余地がありません。』
ギルドの宿舎も頼れないか……。
「どうしたものかなぁ……」
<ドンッ>
と、何かがぶつかって来た。
「あん?」
見ると、子供が走り去っていく所だった。
鵺を持って。
「あ〜……ひったくりか。」
しかし俺は慌てない。遠隔でラプラスと会話できるのだから。
「ラプラス。演技はできるか?」
『(どのような演技を?)』
会話はダイアログのみ。あの子供に聞こえないようにだ。
「そうだな……これはファラオの呪物でこれを持ち主に返さないと呪われてしまうぞ〜とか。」
『(了解。)』
しばらくすると、先程の子供が血相を変えて戻ってきた。
「よう、どうした?」
「こ、これ!返す!」
余程怖かったのだろうか。股間あたりが濡れている。
「う〜ん……とはいえそれ重くてかさばるしなぁ……しばらくお前に持っていてもらおうか?」
「い、いらないよこんなもん!さっさと持って行けよ!」
面白くなってきた。
「だってそれを持っていったって事はそれが欲しかったんだろ?何で返しに来たんだ?」
「し、知らないよ!俺だって別に欲しくて盗んだ訳じゃないし!」
もはや涙目だ。
「それなら仕方がない。返してもらおう。」
俺は少年から鵺を受け取る。すると、ラプラスが話し始めた。
『私を盗もうとするのはまだ10年早いということです。少年。』
「ヒィ!?」
滅茶苦茶ビビってる。
「あ〜……勘違いしないように言っておく。こいつはゴーレムみたいなもんで、別に呪われているとかそういうのは無いぞ。」
「……へ?」
彼はジャックと言うらしい。ひったくりとかコソ泥で食いつないでいるんだとか。
「へぇ……あんちゃん冒険者だったんだ。」
俺が懐かれるのは幼女だけでは無いらしい。話しているうちに少年は俺の事を色々訊いてきた。
「一応な。で、ここの拠点を決めようとしてさっき酒場へ入っていったんだが……。」
「襲われかけたと。ここの人達って魔物の匂いがする奴って極端に嫌うからなぁ。」
魔物の匂い?
「そんな匂いするのか?」
「鼻で嗅ぐ匂いじゃないよ。言葉とか行動ににじみ出ているんだ。」
ジャックは続ける。
「ここは一応親魔物の街って事になっているけど、ギルタブリルってみんな男とかを取り上げていっちゃうし、アヌビスも呪いで女の人をマミーに変えちゃうから。争うつもりはないってだけで好きではないみたいだよ。」
親魔物にも色々あるってことか。
「なぁ、ここには安全に宿泊できるような場所はないのか?」
彼は少し考えた後、俺の方を見て言った。
「場所を秘密にできるなら……俺達の秘密基地に案内してもいいよ?」
〜シェバラ 子供達の秘密基地への隠し通路〜
俺は紙袋を持って少年の案内に従っている。
紙袋の中身は子供たちへの差し入れだ。
「いいの?あんちゃん。こんなにもらっちゃってさ。」
ジャックも紙袋を持っている。もちろん中身は食料である。
「タダで泊まらせてもらう訳にはいかないさ。それに普通に宿に泊まるよりずっと安いしな。」
実際食料は安かった……というより店員のラミアに山ほどおまけをつけてもらっただけなのだが。
俺は魔物を誘惑するような何かでもあるのだろうか。
〜子供達の秘密基地〜
「ただいま〜」
「おかえりにいちゃ……って誰?大人?」
秘密基地に入ると子供がぞろぞろと出てきた。
人間も魔物も入り乱れている。
「冒険者のあんちゃんだよ。食い物を差し入れする代わりに泊まらせてくれってさ。」
「食べ物!?」
子供たちが紙袋に飛びついていく。
「お〜い、そんなにがっつくな。沢山買ってきてあるからさ。」
紙袋を降ろして中身を子供たちに配っていく。
受け取った子供たちはお礼もそこそこにガツガツ食べ始めた。
「随分と沢山いるな……全員孤児か?」
「うん、戦争で親を失った奴もいるけどさ……。」
彼は子供達を順番に見ていく。
「あいつなんか父親がギルタブリルに連れて行かれて一人ぼっちになっちまった奴なんだ。身寄りが父親しかいなかったのにさ……酷いよホント……」
彼は続ける。
「魔物に両親を殺されたって言っていた奴もいる。今はそんな事しないって分かっているから一緒に生活できているんだけどさ。」
「魔物がいたずらに命を奪わないって事は知っているのか。」
「うん、前に一回魔物のねえちゃんに助けてもらったことがあるんだ。変だよね……人間が俺を殺そうとして、それを魔物が助けるなんてさ。これじゃあまるで人間が魔物みたいだ。」
それは俺も常々思っている事だった。
以前一度だけ、騎士団とすれ違ったことを思い出した。
その際、騎士団の槍に何かが突き刺さっているのを見た。
その時はよくわからなかったが、今思い返せばあれは人間の一部だったのではないかと……。
「魔物は魔物を殺さない。そして魔物は人間を殺さない。同族も異種族も殺すのは、人間だけだ。そういう意味では真に魔物と言うべきなのは人間なのかもしれないな。」
まさか俺がこのセリフを言う事になるとは。
皮肉以外の何物でもないな。
夜。子供たちは寝静まっている。
その静かな闇の中でこちらに近づいてくる奴がいた。
「あんちゃん。」
ジャックだった。月明かりに照らされたその顔は何か思いつめた表情をしている。
「よかったらだけどさ、戦い方を教えてくれないかな?」
いきなり戦い方を教えろと来たか。
「知ってどうするんだ?」
「俺さ、冒険者になりたいんだ。それでここの奴らを養いたい。」
俺は、昼間のことを思い出していた。
「その冒険者になりたい奴がなぜひったくりなんかやってたんだ?」
「俺じゃあさ、酒場の依頼を受けられるほど強くないんだ。どんなに走るのが早くても、やっぱり戦い方を知らなかったらどうにもならない。」
少年は、強い決意を秘めた目で俺を見る。
「だからせめて、一人で簡単な依頼を片付けられる位の力量は欲しいんだ。」
「依頼だって種類があるだろう。ただの雑用なら誰でもできる。」
「無理だよ……盗みを働きすぎて誰も雇ってくれない。」
前科持ちってことか……。
「要するに、一人で火の粉を振り払う事ができるぐらいには強くなりたいと。」
「そうだよ。教えてもらえないかな?」
しかし、俺は。
「無理だな。」
「何で!」
「土台無理な話なんだ。俺がこの街にいられる時間は限られている。その中で一端に戦えるようになるって言ったらそれこそ時間止めて修行でもしない限り無理だろうな。」
うなだれる少年。そこに俺はあるアドバイスをする。
「いいか?強さにもいろいろあるんだ。俺なんかは実は素の戦闘力はギルドの中でも低い部類にある。普段剣だの槍だのを振り回している連中に比べたらどうしても力は劣っちまう。魔法も使えないからなおさらにな。」
俺は続ける。『人間』が強くなるための方法を。
「それにも関わらず俺は危ない橋を渡って、なおかつ生存している。何故だと思う?」
これに気付くことが出来れば俺はいらない。
「やっぱりあんちゃんが強いって事じゃないのか?」
「違うな。俺が強いと言われているのは、こいつのお陰だ。」
俺は鵺を構える。
「ラプラス、適当に何か武装を出してみてくれ。」
『了解。』
鵺が展開していき、ビームガトリングが顔を覗かせる。
「究極に突き詰めて考えれば、人間は道具に頼って強くなる。勇者とか、魔法使いとかそういう常識離れした連中も武器という道具を使う。」
俺は展開された武装を格納させ、言葉を重ねる。
「俺はその最たる物だ。コイツがなきゃ俺は一般人より格闘が上手い程度の兵士に成り下がる。」
少年を見据えて俺は言う。何も特別な力を持たない、人間として忠告する。
「自分に合った道具を見つけろ。そしてその使い方を極めろ。人間の力としての強さってのはそこにある。」
少年は何かを考えているようだ。
「道具……。」
「あぁ、道具だ。人によっちゃ、そこらへんの石でも武器になる。」
「石が?」
俺はそこいらに落ちていた石を拾い上げる。
「例えば、だ。コイツが当たったらどうなる?」
「痛いに決まってるじゃないか。」
何を言っているんだと呆れる少年。
「じゃあ、痛いで済まない場所に当たったとしたら……?」
俺は、少年の喉に石を押し当てる。
「喉仏、こめかみ、後頭部、股間。どれも人体の急所だ。」
順繰りに押し当てていく。
「もしこれが、石じゃなく短剣とか苦無とか鋭い武器で突かれたらどうなるだろうな。」
そして俺は、壁にもたれて眼を閉じる。
「後は、自分で考えな。早く走ることしか出来なくてもそのぐらいならできるだろ。」
彼は、一言も言葉を発しなかった。
『よし、制圧完了だ。アルテアは他のフロアに敵が残っていないか見てきてくれ。』
『了解。ヘンリー曹長もお気をつけて。』
俺達フェンリルは現在違法な仮想薬物(バーチャルドラッグ)の製造工場を襲撃、鎮圧していた。
非常に依存性が強く、使用し続けるにはライセンス料を払わなければならない……という現実世界のドラッグとほぼ同じような効果を持つ物だ。
別に正義の味方を気取る訳ではないけれど、こういう物が蔓延るとテロ組織やマフィアにどんどん金が流れていくので、結果的に俺達の仕事が増えることになる。
増えすぎて手が回らなくなる前に先手を打っておこう、というのが今回の任務のコンセプトだ。
『ま、今回の任務は楽勝だよな。敵も碌な装備持ってないし、セキュリティも旧世代の物だ。あんなの今時の小学生だって解除できるぜ。』
『油断は禁物です。周囲に警戒を怠らないようにして下さい。』
『わぁってるっての。拳銃だって当たりゃ痛いし、頭撃ち抜かれりゃ死ぬからな。持っていることを前提で当たらなきゃ……』
<タタタタタタタタターン>
言いかけた所で下のフロアから発砲音がする。
『ッ!銃声!?』
『銃声がヘンリー曹長の携行している物と異なります。』
『(曹長!?何があったんです!?曹長!!)』
チャントでヘンリー曹長に呼びかけるが応答がない。
嫌な予感がする……
『戻るぞ!絶対に何かがあったんだ!』
『了解。十分に注意してください。』
俺は元来た道を戻って曹長の元へと急いだ。
『……っ…………ぁ…………』
空きっぱなしのドア。
その向こうに誰かが仰向けになって倒れている。
青いジャケット、彼のお気に入りだった茶色い革靴、足元には彼の愛銃のM4A1が落ちている……
ヘンリー曹長が……倒れていた……
『ぁぁ…………が…………ぁ……』
『マスター、脈拍値が上昇中。落ち着いてください。』
死んだ?なんで?さっきまで笑って送り出してくれていたのに……?
部屋の中からドカドカと軍靴の音が聞こえて来る。
おそらくは襲撃を受けた工場を取り返しに来たテロリストか、マフィアか。
あいつらが、殺した。
『マスター、冷静になってください。貴方一人では何もできません。撤退してください。』
殺した、殺した、殺した、ころしたころしたころしタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタコロシタ
『ッカ……クケカカ……ッカカカカカカカカカカ』
『マスター?どうしたのですか?返事をしてください、マスター。』
パラケるすすテンkai。なのブシツセンtaク。
『マスター、そのナノは使わないでください。後遺症が大きすぎます。』
<くれいじーもんきー>チュウniyう。コウカはつdoうまデ3・2・1……
『マスター、即座に中和剤を投与してください。マスター、マスター。』
きがつけば、あたりはちのうみだった。
じぶんも、ちまみれだった。じぶんのうでや、あしのはへんもおちていた。
うちぬかれたあたま。じょうはんしんがまるごとなくなったしたい。
さゆうまっぷたつにわれたひと。うでやあしをもがれてちのうみにしずむひと。
ぼくが、ころしたから。へんりーそうちょうをやったひとを、みんなころしたから。
『アルテア……ッ!何だ!?これは!?』
あ、ねぇさんだ。ねぇさん、みて。へんりーそうちょうをやったやつをみんなころしたよ?
ねぇ、ほめて。ほめてよ。
『これは……お前がやったのか?』
あはは……なんで、ねえさんがないているの?ぼく、へんりーそうちょうのかたきをとったんだよ?うれしくないの?
『アルテア……アルテアぁ……!』
あは……ねえさんが……だきしめてくれた……でも、なんでないているの?
ねぇ……なんで……なん……
……頭が痛い。朧気だが、自分がしたことを覚えている。
辺りに広がる血の海、血の海、血の海。
しかし、ここには白くて清潔なシーツがかかったベッドしかない。
ベッドの脇に鵺が立て掛けてある。
辺りを見渡しているとカーテンを開けて姉さんが入ってきた。
『アルテア……目が覚めたみたいだな。』
『……うん……少し頭が痛いな……』
姉さんは悲しそうな顔で俺の事を見ている。
まぁ、それはしょうが無いか。あの時の俺、まるっきり化け物だったからな。
『お前の血液の中から条例で禁止されているナノ物質が検出された。あれは一体どういう事だ?』
『……わからない。ただ、ヘンリー曹長の死体を見て、頭が熱くなって……気がついたらパラケルススで……』
頬を、強く叩かれた。頭の中がぼうっと熱くなる。
『馬鹿者!あれは自爆と変わらん!一歩間違えればお前は死んでいたのだぞ!』
『……申し訳ありません。』
『お前は暫く任務に出るな。少し頭を冷やせ。』
姉さんは乱暴にカーテンを閉めると医務室を出て行った。
『……姉さん。』
『何だ、アルテア。』
あれから一週間。俺は自室での謹慎を言い渡された。
尤も、訓練は自室で欠かさず行っていたが。
『俺さ……化け物でもいい。』
『アルテア……お前は……』
姉さんの顔が険しくなる。
俺に化け物になるなと言ったのは姉さんだから当たり前か。
『ヘンリー曹長が死んだのはさ。俺が捕らえた奴らを生かしておこうって言ったからなんだ。あいつら、仲間と連絡を取り合っていたみたいだ。』
そして、増援を呼ばれてヘンリー曹長は撃ち殺された。
俺は運良く別のフロアにいたから不意打ちは喰らわなかったが。
『もし……俺が化け物にならずに大切な人や仲間が死ぬなら……俺、化け物になってもいい』
『………………』
涙が溢れる。頭が熱くなって、もう何も考えられない。
『仲間を失いたくない……大切な人に死なないでほしいよ……!』
姉さんは、そっと俺の頭を撫でるだけだった。
〜冒険者ギルド ロビー〜
諸君らはカバディというスポーツを知っているだろうか。
コートを二つに分け、攻撃側が『カバディカバディ』と言いながら防御側の連中にタッチして、自分のコートに戻ればタッチした人数だけ得点が入るとかいう競技だ。
「む〜……。」
「う〜……。」
「ぬぬぬぬぬ。」
「ん〜……。」
「……」
俺、アニスちゃん、ニータ、エルファ、メイの五人は今、似たような状況に陥っている。
しかし、攻撃側……というか逃走側は俺一人で、残りの4人は捕獲側。捕まったが最後幼女漬けになって精神ポイントが0を通り越してマイナスに突入する恐怖の罰ゲーム付きだ。
どうしてこうなったかは回想をどうぞ。
〜回想 冒険者ギルド ロビー〜
朝から俺のテンションはダダ下がりだった。
まぁあんな夢を見たのだから仕方がない。
気になってパラケルススに内蔵されているナノ物質を検索していたが、<クレイジーモンキー>を含めて危険な副作用のあるナノ物質は全て廃棄されていた。
まぁその方が俺としても有り難いが。
そんな訳で俺はいつもの日課の一杯のコーヒーを飲んでいた。
ここなら気分も落ちつくし、景気のいい話を聞けば気分も上向くってものだ。
いつもならここでロリカルテットの内の一人はまとわりついて来るのだが、どういう訳か今日は何も無い。
「ま、こういう日もあるわな。」
久しぶりに落ち着いた時間が過ごせる。どうせならば気分転換に何か珍味でも買ってきて食べながらだらだらと過ごそうか。
最近危ない橋ばかりで休む暇が無かったからな〜とか、そういやヒロトん所も最近顔を出していなかったな〜あいつ俺が来ると困った顔しながらも話し相手ができるからか嬉しそうだな〜とか思っていた訳だ。
で、新聞に広告が乗っていたんだ。
『本日商業区『ガリガベーカリー』にて、新商品『唐場げパン』の先行販売開始!ジパング生まれの珍味を是非ご賞味あれ!尚、先着50名様なのでお早めに!』
唐揚げではなく唐場げなのだ。一体何が入っているのだろうか。
どうせだから話の種に一つ買いに行ってみようかと席を立ったその時である。
「「「「みつけた〜!」」」」
ロリ声4重奏。ロリカルテットがギルドの出入口から飛び込んできた。
「どうしたんだ?今日は今から少し急ぎの用があるからあまり構っている暇は無いんだが……」
「おにいちゃん!」
すごい形相で(といっても元が可愛らしいのでどうしても微笑ましくなってしまう)アニスちゃんが俺を睨みつけてくる。
「きょうはわたしをでーとにつれてって!」
……はい?
「いきなりどうしたんだ?用事のついででいいなら別にいいんだg」
「そいつはいいから今日はあたしと何処か遊びに行こうよ!」
周りを押しのけてニータが出てくる。
「お前ら一体どうしたんd」
「兄様!今日は受けて欲しい依頼があるのじゃ!こいつらに構っている暇はないのじゃ!」
ぴょんぴょんと跳ねるエルファ。
「お前聞いてなかったのかよ……今日は休もうかと……」
「あに〜♪おひるねしよ〜♪」
わけがわからん。
<おい、唐場げパンどうだった?>
<なんというか……うん、唐場だった>
<それじゃあわからねぇよ!>
もう唐場げパンを買っている奴がいるらしい。しかも今の会話が気になって仕方がない。
「わり、やっぱ全員パス。今日はどうしても買いに行きたいものがあるんだ。」
「だめ!」
「却下!」
「だめなのじゃ!」
「だめ〜♪」
こいつら……。早くしないと唐場げパンが売り切れてしまうというのに……。
〜回想終了〜
未だに俺達はにらみ合いを続けている。
「ラプラス。」
『なんでしょうかマスター。』
高速で突破するのにこいつは重たすぎる。
「ちょっとお前置いていくぞ。」
『了解。行ってらっしゃいませ。』
俺はテーブルの上に鵺を置くと準備運動を始める。
「悪いな……今日の俺はドが付くほど本気だ。突破させてもらうぜ。」
二、三度その場で軽く跳ねて、前傾姿勢を取る。
「お前らが、俺の行く手を阻む壁だというのなら……」
全身に力を蓄える。
「その壁を飛び越える!」
『障壁超越者<バリアジャンパー>』
爆発する筋肉。躍動する肉体。
猛然と幼年障壁<ロリバリアー>へと突進し、跳躍。空中でひねりを加え、華麗に着地する。
<ズルッ>
「は?」
回転する視界には、ドリバナナ(普通のバナナより皮が滑りやすい)の皮とドリバナナを頬張っているゴブリン3人娘。
<ゴッ!>
そして俺の頭は運悪く誰かが運んできていた木箱の角へと直撃する。
「―――――――」
こめかみに角がクリーンヒットした俺はそのまま意識を手放した。
〜クエスト開始〜
―魔道具を探して欲しいのじゃ!―
『今回兄様に探して欲しい物は砂漠の遺跡にある魔道具での。
伝承ではその魔道具は少量の魔力を流し込むだけで半永久的に稼動し続ける夢のような道具なのじゃ。
その仕組を解析して様々な魔道具に応用しようというわけじゃな。
遺跡の場所はわからんが、名前だけならわかっておるからの。現地の者に聞けば場所も判るじゃろ。
モイライ魔術師ギルド ギルド長兼サバト長 エルファ=T=ヤーシュカ』
「なぁ、俺って今朝何をしようとしていたんだっけ?何か大事な用事があったはずなんだけど。」
こめかみを襲う痛みを堪えて依頼を確認する。
「さぁ、何か買いに行くとか言ってませんでしたっけ?私が見えたのはアルテアさんがバナナの皮で転んで頭を打つところだけですけど……。」
こいつはギルドの奥の事務室で何かをやっていたらしく、見えたのは俺が派手に転倒する所と、何かを買いに行くという会話だけらしい。
「思い出せないって事は大した用事じゃなかったんだろ。」
「ですね。遺跡の名前はビブラ王墓だそうです。結構有名な遺跡みたいですから簡単に場所がわかるんじゃないですかね。」
「そうか。行きは良い良い探索ムズイって事にならなきゃいいがな。」
〜目的地へ向かいます〜
〜灼熱と砂塵の街 シェバラ〜
「ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」
どうでもいいがあの格好は暑くはないのだろうか。いつも同じなだけにやたら気がかりである。
ちなみにいつものジャケットはバックパックの中だ。昼はこの暑さなので外套一枚で済むが、夜は極寒になるという。いくら暑くてもジャケットを置いてくるのは愚策だろう。
外に出ると、熱気と太陽の照り付けで一気に体温が上がったように錯覚する。
『天気は快晴。気温40度。湿度13%。風速7m/sです。日射病や熱中症にご注意下さい。』
「わかってる。」
俺は用意していたテンガロンハットを被り、外套を纏う。
「気分は荒野のガンマン……ってか?」
『得物が大きすぎる気がしますが。』
ちなみに鵺は特殊な染料で白く塗ってある。オーバーヒート対策だ。
「一応対策はしてあるが……長時間日光に当てないようにしないとな。いざというとき熱くて持てませんじゃお話にならん。」
マントですっぽりと覆うように鵺を隠す。
「どこかのテロリストみたいな気分になってきたな……」
『ガンマンでは無かったのですか。』
〜酒場『サボテン兄弟』〜
ここの街の酒場は宿屋も経営しているらしい。
非公式だが依頼も受けられるらしく、まさに荒くれ者のギルドと言った感じだ。
俺が酒場に入ると、一斉に視線がこっちへ向いた。
「マジで西部劇の世界に入り込んだみたいだな。」
俺が酒場のカウンターに向かう間も視線が集まっている。
「宿を取りたい。」
「金貨10枚だ」
……は?
「そりゃマジか?」
「無いなら帰りな。」
いくら何でも法外である。
『マスター、他を当たりましょう。』
「……そうだな。」
踵を返し、出口へ向かう。
『(警告。警戒レベルイエロー。武装に手を伸ばしている人物が数名。)』
ラプラスがダイアログのみで警告を送ってくる。
「(こういう時は……)」
ピタリと足を止め、真上を見る。
釣られて周りの連中が上を見た瞬間……。
「撤退!」
出口までダッシュ。
反応が遅れた奴らは慌てて武器を掴んで立ち上がろうとするが、周りの連中とぶつかって倒れてしまう。
結局奴らが店から出てこられたのは俺が路地裏に隠れてやり過ごした時だった。
「はぁ……こんな事初めてだな。」
『僻地と言うのは外から来た人物を毛嫌いする傾向がありますからね。』
「できればもう少し歓迎して欲しかったがな。いい意味で。」
俺は裏路地を歩き出す。酒場の中で大人数に襲われるよりは、路地裏で少人数を相手にするほうがマシだった。
「ここにもギルドは無いんだよな?」
『はい、実質先程の酒場がギルドの代わりになっていますので、冒険者ギルドは進出の余地がありません。』
ギルドの宿舎も頼れないか……。
「どうしたものかなぁ……」
<ドンッ>
と、何かがぶつかって来た。
「あん?」
見ると、子供が走り去っていく所だった。
鵺を持って。
「あ〜……ひったくりか。」
しかし俺は慌てない。遠隔でラプラスと会話できるのだから。
「ラプラス。演技はできるか?」
『(どのような演技を?)』
会話はダイアログのみ。あの子供に聞こえないようにだ。
「そうだな……これはファラオの呪物でこれを持ち主に返さないと呪われてしまうぞ〜とか。」
『(了解。)』
しばらくすると、先程の子供が血相を変えて戻ってきた。
「よう、どうした?」
「こ、これ!返す!」
余程怖かったのだろうか。股間あたりが濡れている。
「う〜ん……とはいえそれ重くてかさばるしなぁ……しばらくお前に持っていてもらおうか?」
「い、いらないよこんなもん!さっさと持って行けよ!」
面白くなってきた。
「だってそれを持っていったって事はそれが欲しかったんだろ?何で返しに来たんだ?」
「し、知らないよ!俺だって別に欲しくて盗んだ訳じゃないし!」
もはや涙目だ。
「それなら仕方がない。返してもらおう。」
俺は少年から鵺を受け取る。すると、ラプラスが話し始めた。
『私を盗もうとするのはまだ10年早いということです。少年。』
「ヒィ!?」
滅茶苦茶ビビってる。
「あ〜……勘違いしないように言っておく。こいつはゴーレムみたいなもんで、別に呪われているとかそういうのは無いぞ。」
「……へ?」
彼はジャックと言うらしい。ひったくりとかコソ泥で食いつないでいるんだとか。
「へぇ……あんちゃん冒険者だったんだ。」
俺が懐かれるのは幼女だけでは無いらしい。話しているうちに少年は俺の事を色々訊いてきた。
「一応な。で、ここの拠点を決めようとしてさっき酒場へ入っていったんだが……。」
「襲われかけたと。ここの人達って魔物の匂いがする奴って極端に嫌うからなぁ。」
魔物の匂い?
「そんな匂いするのか?」
「鼻で嗅ぐ匂いじゃないよ。言葉とか行動ににじみ出ているんだ。」
ジャックは続ける。
「ここは一応親魔物の街って事になっているけど、ギルタブリルってみんな男とかを取り上げていっちゃうし、アヌビスも呪いで女の人をマミーに変えちゃうから。争うつもりはないってだけで好きではないみたいだよ。」
親魔物にも色々あるってことか。
「なぁ、ここには安全に宿泊できるような場所はないのか?」
彼は少し考えた後、俺の方を見て言った。
「場所を秘密にできるなら……俺達の秘密基地に案内してもいいよ?」
〜シェバラ 子供達の秘密基地への隠し通路〜
俺は紙袋を持って少年の案内に従っている。
紙袋の中身は子供たちへの差し入れだ。
「いいの?あんちゃん。こんなにもらっちゃってさ。」
ジャックも紙袋を持っている。もちろん中身は食料である。
「タダで泊まらせてもらう訳にはいかないさ。それに普通に宿に泊まるよりずっと安いしな。」
実際食料は安かった……というより店員のラミアに山ほどおまけをつけてもらっただけなのだが。
俺は魔物を誘惑するような何かでもあるのだろうか。
〜子供達の秘密基地〜
「ただいま〜」
「おかえりにいちゃ……って誰?大人?」
秘密基地に入ると子供がぞろぞろと出てきた。
人間も魔物も入り乱れている。
「冒険者のあんちゃんだよ。食い物を差し入れする代わりに泊まらせてくれってさ。」
「食べ物!?」
子供たちが紙袋に飛びついていく。
「お〜い、そんなにがっつくな。沢山買ってきてあるからさ。」
紙袋を降ろして中身を子供たちに配っていく。
受け取った子供たちはお礼もそこそこにガツガツ食べ始めた。
「随分と沢山いるな……全員孤児か?」
「うん、戦争で親を失った奴もいるけどさ……。」
彼は子供達を順番に見ていく。
「あいつなんか父親がギルタブリルに連れて行かれて一人ぼっちになっちまった奴なんだ。身寄りが父親しかいなかったのにさ……酷いよホント……」
彼は続ける。
「魔物に両親を殺されたって言っていた奴もいる。今はそんな事しないって分かっているから一緒に生活できているんだけどさ。」
「魔物がいたずらに命を奪わないって事は知っているのか。」
「うん、前に一回魔物のねえちゃんに助けてもらったことがあるんだ。変だよね……人間が俺を殺そうとして、それを魔物が助けるなんてさ。これじゃあまるで人間が魔物みたいだ。」
それは俺も常々思っている事だった。
以前一度だけ、騎士団とすれ違ったことを思い出した。
その際、騎士団の槍に何かが突き刺さっているのを見た。
その時はよくわからなかったが、今思い返せばあれは人間の一部だったのではないかと……。
「魔物は魔物を殺さない。そして魔物は人間を殺さない。同族も異種族も殺すのは、人間だけだ。そういう意味では真に魔物と言うべきなのは人間なのかもしれないな。」
まさか俺がこのセリフを言う事になるとは。
皮肉以外の何物でもないな。
夜。子供たちは寝静まっている。
その静かな闇の中でこちらに近づいてくる奴がいた。
「あんちゃん。」
ジャックだった。月明かりに照らされたその顔は何か思いつめた表情をしている。
「よかったらだけどさ、戦い方を教えてくれないかな?」
いきなり戦い方を教えろと来たか。
「知ってどうするんだ?」
「俺さ、冒険者になりたいんだ。それでここの奴らを養いたい。」
俺は、昼間のことを思い出していた。
「その冒険者になりたい奴がなぜひったくりなんかやってたんだ?」
「俺じゃあさ、酒場の依頼を受けられるほど強くないんだ。どんなに走るのが早くても、やっぱり戦い方を知らなかったらどうにもならない。」
少年は、強い決意を秘めた目で俺を見る。
「だからせめて、一人で簡単な依頼を片付けられる位の力量は欲しいんだ。」
「依頼だって種類があるだろう。ただの雑用なら誰でもできる。」
「無理だよ……盗みを働きすぎて誰も雇ってくれない。」
前科持ちってことか……。
「要するに、一人で火の粉を振り払う事ができるぐらいには強くなりたいと。」
「そうだよ。教えてもらえないかな?」
しかし、俺は。
「無理だな。」
「何で!」
「土台無理な話なんだ。俺がこの街にいられる時間は限られている。その中で一端に戦えるようになるって言ったらそれこそ時間止めて修行でもしない限り無理だろうな。」
うなだれる少年。そこに俺はあるアドバイスをする。
「いいか?強さにもいろいろあるんだ。俺なんかは実は素の戦闘力はギルドの中でも低い部類にある。普段剣だの槍だのを振り回している連中に比べたらどうしても力は劣っちまう。魔法も使えないからなおさらにな。」
俺は続ける。『人間』が強くなるための方法を。
「それにも関わらず俺は危ない橋を渡って、なおかつ生存している。何故だと思う?」
これに気付くことが出来れば俺はいらない。
「やっぱりあんちゃんが強いって事じゃないのか?」
「違うな。俺が強いと言われているのは、こいつのお陰だ。」
俺は鵺を構える。
「ラプラス、適当に何か武装を出してみてくれ。」
『了解。』
鵺が展開していき、ビームガトリングが顔を覗かせる。
「究極に突き詰めて考えれば、人間は道具に頼って強くなる。勇者とか、魔法使いとかそういう常識離れした連中も武器という道具を使う。」
俺は展開された武装を格納させ、言葉を重ねる。
「俺はその最たる物だ。コイツがなきゃ俺は一般人より格闘が上手い程度の兵士に成り下がる。」
少年を見据えて俺は言う。何も特別な力を持たない、人間として忠告する。
「自分に合った道具を見つけろ。そしてその使い方を極めろ。人間の力としての強さってのはそこにある。」
少年は何かを考えているようだ。
「道具……。」
「あぁ、道具だ。人によっちゃ、そこらへんの石でも武器になる。」
「石が?」
俺はそこいらに落ちていた石を拾い上げる。
「例えば、だ。コイツが当たったらどうなる?」
「痛いに決まってるじゃないか。」
何を言っているんだと呆れる少年。
「じゃあ、痛いで済まない場所に当たったとしたら……?」
俺は、少年の喉に石を押し当てる。
「喉仏、こめかみ、後頭部、股間。どれも人体の急所だ。」
順繰りに押し当てていく。
「もしこれが、石じゃなく短剣とか苦無とか鋭い武器で突かれたらどうなるだろうな。」
そして俺は、壁にもたれて眼を閉じる。
「後は、自分で考えな。早く走ることしか出来なくてもそのぐらいならできるだろ。」
彼は、一言も言葉を発しなかった。
11/06/11 07:05更新 / テラー
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