〜モイライ冒険者ギルド支部　ロビー〜

「すまない、もう一回言ってもらえるかな？」

若干焦りながらカウンターの受付嬢に確認を取る。

「ですから、２級以上のギルドメンバーの紹介か冒険者アカデミーの推薦状がなければギルドに登録はできませんよ？」

なんてこったい……


〜モイライ　中央広場〜
「まいったねこりゃ……」

暑くも無く、肌寒くもない昼下がり。俺は広場のベンチに腰掛けて空を見上げていた。

「紹介が必要だなんてフェルシアの奴一言も言ってなかったんだがな……」

金が無くては何もできない。何か仕事をするにはその業種のギルドに登録が必要。ギルドに登録するには紹介してもらうかアカデミーの推薦状が必要。そしてアカデミーに入学するには……

「金が必要だろうなぁ……やっぱり」

堂々巡りである。
どこのギルドもこのような形式を取っているのは、ある事件があってかららしい。
通称『羊皮事件』
教会のスパイが冒険者に成りすまし、ギルド内部から情報を漏らしていたという事件だ。
この事件により、スパイが紛れ込んでいたギルド支部は教会が雇った傭兵に襲撃を受け壊滅。多くの冒険者が犠牲になったとか。
これを教訓にどのギルドでも既存のギルド員からの紹介が無ければ登録ができなくなったらしい。



空きっ腹を抱えてベンチで途方に暮れていると……

「……っ……ひっく……」

「んぁ……？」

どこかから声が聞こえてくる。辺りを見回してみると子供が泣いている。

「（やれやれ……俺もお人好しだこと……）」

頭を掻きながら、すすり泣く子供に近寄っていく。頭に生えた角、背中にコウモリのような羽、先端がハート型の尻尾。どうも人間の子供ではないようだ。

「どうかしたのかい？」

怯えさせないように目線を合わせて尋ねる。小さい子と接する時の基本だ。

「おが、おがあざんと……っひく……はぐれぢゃったの」

どうやら迷子らしい。

「そうか……おかあさんとはどこまで一緒だったかわかるかい？」

努めて冷静に。しかし声に冷たさは出さないよう話していく。

「ばんごはんのかいものの……ひぐ……ときまではいっしょだった。」

夕飯の買い物……商業区の市場だろうか？地図で見る限りでは食料品が手に入りそうな場所はそこいらしか無さそうだが。

「それじゃあ何ではぐれちゃったのかな？手はつないでいたんだよね？」

このぐらいの子供なら大体は迷子にならないように母親と手をつないでいるものだが……

「つないで……いたけど……う……ほどけちゃったの」
「そうか……」
「しっかり……うぐ……つな、で……たのに……ぇう」

そこまで聞くと俺はその子の頭を撫でながら

「心配しなくていいから……お兄さんが一緒に探してあげるから……な？」

頭を撫でる行為は距離を縮める効果があるとかどこかの学者が言っていたな〜と思いながら撫で続ける。

「あ……がと……うぇぇぇぇ……」

余計泣き出した。



〜商業地区　大通り〜
「こっちかい？」

「うん」

彼女―アニスちゃんと言うらしい―の手を引きながら夕暮れの街を歩く。
目指すのは市場近くのはぐれた場所だ。
彼女は手を握るというより腕に抱きつく形で俺の左手にしがみ付いている。

「（母親が何度も探すとしたらはぐれてしまった地点の筈だが……）」

辺りをきょろきょろ見回しながら探していると、不意にウィンドウがアラートを発してくる。

『報告。生体センサーに途絶しかけている反応有り。10時方向、距離20』

「（途絶しかけ……？死に掛けているのか？）」

流石に死に掛けの人を放置するのは後味が悪い。

「アニスちゃん、ちょっとだけ寄り道するけどいいかな？」
「よりみち？」
「そ、寄り道。人助けかな？」
「お〜……せいぎのみかただ」

感心するような尊敬するような眼差しを向けるアニスちゃん。少しくすぐったいものがある。

「裏路地に少し入ったところだな……アニスちゃんは入り口で待っていてくれるかい？」
「は〜い！」

元気よく返事をする彼女を残して路地裏へと入っていく。
反応はすぐそこの曲がり角を曲がった所だ。

「行き倒れですか〜……？野良犬程度ならいいんだけど……っと、ここ……だ……？」

水溜りを踏む感触。しかしその水は妙に粘り気があり、どことなく生臭く鉄の匂いがして……

「なん……だよ、これは……」

紅い水溜りに沈む女性。体には無数の切り傷が走っている。

「おにいちゃ〜ん、どうし……た……」

戦慄する俺の気配を感じ取ったのかアニスちゃんが駆け寄ってきて、「見てしまった」

「い……いや……お……おか……おかあさん！！」

駆け寄るアニスちゃんに俺は手を伸ばしたが、届かなかった。アニスちゃんが女性を揺さぶっている。

「おかーさん！いやぁぁぁぁ！しんじゃやだ！おがあざん！おがあざん！」

泣き叫ぶ彼女。女性はぐったりとしたままだ。

「っく！早く医者に見せないと……！」

早めに手当をすれば少しでも助かる見込みが増えるはず！

『確認、対象の生命活動の維持のために応急救護用の救命ツールを展開しますか？』

ウィンドウが開き、確認ダイアログが表示される。

「応急処置か！」
『肯定。迅速に必要な措置を講じれば助かる可能性は格段に上がります。』
「よし！ツール展開！」

『了解。緊急救命ツール　パラケルススを展開します』

俺の手が淡い光に包まれ、細かな部品が展開していく。

「こいつは……マニュピレーターか？」
『続いてADフィールド展開。周囲の砂塵および雑菌、細菌を排除します』

鵺を中心に球状のフィールドが展開し、周囲をすっぽりと覆い隠していく。

「防塵抗菌フィールドね……」
『さらに照明用ビット＜アポロニウス＞４基展開。』

ハッチが開き、中から全長５センチ程度の機械が射出され、空中に留まり、彼女に向かいライトを点灯させた。

「至れり尽くせりって奴だな、これが」
『スキャン結果報告。主立った外傷は背面の裂傷2本に腹部の裂傷1本、胸部に裂傷が1本。内部の損壊は右肋骨が下から2本、左肋骨が下から1本です。全てを消毒、縫合後、骨折部を切開、補修し、縫合し直し、アドレナリン1mgを3〜5分置きに静脈注射して下さい。投与タイミングはこちらで指示します。』

もはや応急処置じゃないじゃないか。

「ま、ぼやいている暇は無い……か！」

倒れている女性に歩み寄り、アニスちゃんの肩に手を置く。

「少し離れていてもらえるかな？今から君のお母さんを治療しなきゃならない。」
「た……たすかるの？」
「やるだけやって見る。それよりアニスちゃんにもやって欲しいことがあるんだ。」

俺は彼女を立たせる。やってもらわなければならないことがあるのだ。

「アニスちゃんはお医者さんを呼んできてくれるかな？きちんとしたお医者さんに見せたいからね。」

俺は戦う者だったらしい。人の命を奪う者だ。しかし、手には人の命を助ける道具がある。
どれほど出来るかはわからないが、何もしないよりは何かをしたい。そう思った。

■作者メッセージ
〜後書きコーナーと言う名の言い訳タイム〜

「今更ながらに題名を変えてみたいと思っていたり。極限世界（略語）第三話はいかがだっただろうか？」
『次回は医療ネタです。筆者の素人具合を笑いながら見てやって下さい』

「今回から少し形式を変えてみたんだ。見やすくなっているだろうか？元のほうがいいという意見があったら戻すつもりだ」

「ん？作者からのカンペ？」
つ[主人公が強すぎたかな〜ということで現在絶賛主人公痛めつけ中。骨折とか貫通とか打撲とか。あと武器も大幅に弱体化させるかも。]
「それを本人の目の前で出すなよ！？見てるだけで痛くなってくるだろ！？」

「今回のことでまた鵺の性能の事を言われそうだな」
『いっそこのまま押し通しましょう。鵺の詳しい紹介ができるのはギルドに加入して少し経ったところですから』
「不評過ぎてやめろコールが来そうだ……」

「私ってこの時は凄く怖かったんだよね。迷子になっちゃうしお母さん死にそうになるし」
「漢字使っていて分かりにくいと思うがアニスちゃんだぜ？」
「流石に後書きまでひらがなだと読みにくいよね？」

「実はアニスちゃんって少し前まではリアちゃんって名前にしていたんだけどな……」
「同名の子がいるからって急遽変えたんだって」
『きちんと他人の作品をチェックしないからそうなるのです。』
「膨大な数のキャラの中から被らない名前を探すのって結構大変なんだぜ？」

「羊皮事件って実際にありそうで怖いな」
「幸いモイライの冒険者ギルドは被害が少なかったみたい。それでも警戒して紹介を重視するようになったの」
『来るものは拒まずなのはセキュリティ面で問題があります。当然の措置だと思いますが』

「大怪我の応急処置をするってお兄ちゃんやったことあるの？」
「この時点では何とも言えないんだよな。記憶消えているし」
『現世界のマスターは基本的に前線に立って戦う兵士でした。衛生兵を呼べない状況もあるので、そこから察すると分かると思います』
「ほとんど答えじゃないか」

『ギルドの紹介者だったならギルドの前で待っていたらフェルシア様がマスターを見つけそうですよね』
「まぁこのイベントは絶対通過しないと危ないからな。今後の展開にも結構関わってくるから外せないんだ」

「今回は短かったので、明日もまた一本投稿するつもりだ。一週間間隔が長すぎると思ったら是非言って欲しい。数日置きに投稿するぜ」