第二十二話〜ワイドネット・ダブルウォール〜
〜???〜
いつもの朝の訓練の後、汗を流すためにシャワールームでシャワーを浴びていると姉さんが入ってきた。
『おはよう、姉さん。』
『あぁ、おはよう。今朝の訓練はどうだった?』
姉さんは事務仕事があるからと言って別室でデータの整理をしていた。
今朝の訓練担当はヘンリー曹長だ。
『やっぱり戦闘用電子体は慣れないな。曹長にコテンパンにされた。』
『お前は前からソレが苦手だな。第二世代(セカンド)とは思えん。』
なぜか知らないが俺は戦闘用電子体の扱いが苦手だ。
電子体になんらかの干渉が起こり、自分の動かしたタイミングと大きなタイムラグができてしまう。
それ故に反応が大幅に遅れて致命的な隙になってしまうのだ。
『しかし……』
『何だい?姉さん。』
姉さんが俺の下半身に眼を向ける。心なしか悲しそうな目を……
『お前は私を見ても何も感じないのだな。少しは何か反応したらどうなんだ?』
『反応って何が?』
そう言うと姉さんは俺の股間をつまみ上げてきた。
『お前はアレか。義体相手じゃ欲情しないのか?』
『よくじょう?』
そういえば以前無名都市に偵察に言った時そんな単語を見かけた気がするが……。
『そういえばお前に対する性教育がまだだった……迂闊なことをした。』
『……姉さん?』
姉さんは俺の肩に手を当てると壁に押し付けてきた。
何だか目が据わっている……。
『安心しろ。いきなりハードな事はしない。お前は身を任せるだけでいい。』
『あの、姉さん?一体何を……ってちょ、そこは舐めるところじゃ……アッー!』
〜宿屋『安眠亭』〜
「……」
朝起きたら目にチャルニの顔がどアップで映しだされていた。
胸元には、二つの柔らかい重圧。
起こさないように彼女をベッドへ降ろす。
「しかしまぁ……えらい夢だな。溜まっている筈はないんだが……」
ちなみに何かが起きる前に目が醒めたので、その後の展開は記憶に残っていない。
『おはようございます、マスター。時刻はAM7:00。天気は快晴。気温17度。湿度53%。平均風速は10.8m/sです。』
「おはようラプラス。今日はやけに風が強いんだな。」
『この付近に存在する谷で増幅された風が吹き降ろしています。花粉の時期ではなくて幸いです』
辛いよな、あれは。
『それより身体の洗浄を推奨します。』
下半身を襲う不快感の正体は、昨晩の行為でついた体液その他もろもろのようだ。
「今やるところだ。」
この宿にはシャワーが付いているらしい。なんでも豊富な水源と強く吹く風を利用して水を引いているんだとか。ちなみにシャワールームの前の注意書きに書いてあった。
お湯は出ないぞ?金かかるらしいし。
シャワーを浴びていると、チャルニが入ってきた。
恥ずかしげもなく堂々と入ってくるなぁ……こいつは。
まぁ動じない俺も俺だが。
「おはよ、一緒に浴びていい?」
「どうせ断っても居座るんだろうが。」
「あたり〜♪」
汗とか体液とか洗い流していると……
「……おい。」
彼女が俺の下半身をまさぐってくる。
「ん〜?何かな〜?」
「何かな〜じゃないだろ。一応今日は動きまわるんだからやめとけ。」
俺が嗜めるとあっさり手を引いてくれた。
「ちぇ〜……」
拒まなかったらそのまま行為に突入していたのだろうか。
「あ、少し期待してた?」
「……否定はしない。」
やれやれ。
〜カフェテラス『絹のエプロン』〜
「今日の予定だけど、昨日のゴブリン達に採掘を手伝ってもらおうと思っているんだ。」
朝食の席で俺は今日の予定を彼女へ話す。
俺の提案に彼女は若干不満げだ。
「え〜……あの子達も連れて行くの?」
「俺達は鉱石の採掘手段を持っていないからな。自然と力仕事を任せられるあいつらを頼ることになる。」
俺が頼めば大抵のことはしてくれそうだ。あいつらは。
『パイルバンカーで岩石を破壊する方法もありますが、中の鉱石によってはそれで使い物にならなくなる可能性もあります。』
「だよな……というか今回掘りに行く『リヴァイアスの牙』ってのはどういう物なんだ?」
牙というからには尖った形をしているのだろうか?
「このあたり、というか谷とか地中深くとか崖に縞々模様のある場所の岩とか土の中から時々見つかるんだ。物凄く鋭いから武器とかにそのまま使えたりするの。学者達は大昔の生き物の一部とか言ってるけど……見た目的にもあれは石かなにかの一種だと思うんだけどなぁ……」
それって……。
「それ本当に生き物の一部だと思うぞ。化石って言う昔の生き物の遺骸だ。」
「化石?」
『動物の遺骸が地層に閉じ込められ、肉などの柔らかい組織が化学変化によって失われ、骨などの硬い組織が鉱物に置き換えられた物を言います。種類は多岐に渡り、脊椎動物から無脊椎動物、植物までもが地中で莫大な年月をかけて様々な方法で化石へと変化します。』
「かがく……?……せきつい?」
頭がショートを起こしかけている。
「つまり、昔の生き物が長い時間をかけて石とか鉱石になってしまったものを化石って言うんだ。」
俺が噛み砕いて説明してやる。
「じゃあ、学者たちが言っていたことは本当って事……?」
「そうなるな。調べれば大昔に何がいたかってのを調べられる貴重な標本にもなる。」
宗教やら魔法やらで雁字搦めに縛られたこの世界の頭ではそこまで考えが及ばないのだろう。
「今アタシは物凄い事実の前にいるような気がするよ……。」
額を押さえて彼女が呻いている。
「この世界の大昔に何が生息していたかってのは知らないけどさ、ドラゴンとかが化石になったらそれこそ凄まじい装備の材料になりそうだよな。」
<最近男の人が減ってない?>
<そう言えばそうよね……森に材料とか取りに行った人が戻ってきていないって話も聞いてるし。>
近くの席からアラクネ達の会話が聞こえて来る。
<それにミーシャも最近見かけないわ。あの子どこに行ったのかしら。>
<男の人が消え始めたのも同じ頃よね……あの子が誘拐しているとか?>
<まさか、あの子にそんな度胸ないでしょ?>
<だよね〜。>
「……。」
『音声録音完了。』
「保存しておいてくれ。」
『了解。』
消えた男達と見かけなくなった女性か……。
「また何か危ない事考えてない?」
気づくと彼女がじ〜っと俺を見ていた。
女性というのはどうも勘が鋭くていけない。
「かもしれないな。もしかしたらまた面倒事に首を突っ込むことになるかもしれない。」
彼女はこちらをじ〜っと睨みつけていたが、ため息を付くと仕方ないというかのように首を振った。
「あんたが前にも危ない橋を渡っていたってのは知ってるけどさ。たまには自分も大切にしたらどうなの?」
心配はしてくれているのだろう。
それが純粋に仲間を思ってのことなのか、一人になりたくないからなのかは分からないが。
「残念ながらこれが仕事でね。危険な橋を渡らないと色々マズい事になるらしい。」
主に世界が崩壊するとかね。
「死なないでよ……?死んだら許さないから……。」
「わかっている……。簡単にくたばるつもりはないさ。」
風が吹いている。
俺はその風の吹いてきた場所を目で追う。
そこには、両端が高くそびえ立つ谷になっていた。
〜織物職人の街シルク 西口〜
昨日着いた街の入口とは正反対の出入口へと赴く。
街から出たすぐの所で、ゴブリン達が待っていた。
「察知が早いな。待っていたのか?」
「当然ですよ!おやぶんの想い人はあたしらのおやぶん同然なんですから!」
チャルニさん?目の温度が絶対零度になってますよ?
『10又おめでとうございます。おやぶん。』
「なんでお前はそういつも混ぜっ返すかなぁ……。」
スタビライザーなんて入れたの絶対に失敗だろ……成長に思いっきり悪影響が混ざってやがる……。
「アニキ達は今日何をしにいくんですかい?」
ゴブリン達がまとわりついてくる。ホブゴブリンは……
「ん〜……♪」
俺の背中に乗っかっていた。いわゆるおんぶの状態だ。
「あの谷の底へ鉱石……というより化石発掘にな。お前らにも手伝ってもらうぞ。」
チャルニは未だに不機嫌そうだ。
こいつらをおだてておけば自分たちの代わりに発掘作業をしてくれるのだ。
彼女には少し我慢していてもらおう。
「ツインピークバレーですかい?でもあそこは今危険だと思うんスけど……。」
言葉を濁すゴブリン。
言葉を濁す要因はやはり今朝の会話だろう。
「今あそこら辺一帯で行方不明事件が頻発しているんスよ。危ないからって殆ど誰も近づかないし、気味悪がって魔物すら近づかないもんスから。今あそこがどうなっているか誰も知らないんスよ。」
まぁそれでも依頼は依頼だ。
「じゃあその偵察も兼ねて行くか。もし危険ならギルドに連絡して本格的に立ち入り禁止区域にしなきゃならないだろうしな。」
「あいあいさー!」
「あいさ〜」
「さ〜」
〜ツインピークバレー 谷底〜
「ありゃあ一体……」
『巨大な蜘蛛の巣ですね。』
谷の底から少し上がったところに、谷をまたぐようにして巨大な蜘蛛の巣が張ってある。
直径は30メートルほど。所々に何かが糸でぐるぐる巻きになってクモの巣に引っかかっている。
「こいつは一騒動ありそうだ。さっさと採掘しておくか。」
俺達は周囲を警戒しつつ、谷底へと入っていく。
「この辺の岩をカチ割ればいいんすかね?」
「慎重にな。この世界の生物の骨格強度がどんだけの物か知らないけど割れてしまったら使い物にならないだろうし。」
折角見つかっても真っ二つでした〜ではお話にならない。
「それなら心配ないよ。リヴァイアスの牙ってものすごく硬い上に鋭いから。それこそ下手な武器なら逆に壊されてしまうぐらいにね。」
一体どんな生物だったのだろうか。
辺りの岩をゴブリン達が片っぱしから砕いていく。
チャルニはその岩を調べて中身が入っているかを確認している。
「ん、あったあった。これだね。」
岩から出てきたのは真っ直ぐに伸びた刃状の牙だった。縁はカミソリのように鋭い。
「あとはこれを持ち帰って柄に縛って、にかわでくっつければ完成だよ。」
目的の物は見つかった。あとは……。
「よし、お前らは先に帰ってろ。俺はもう少しこの辺に何があるのか調べてから行く。」
俺は未だに背中に張り付いているホブゴブリンを引き剥がすと、ゴブリン達の方へ放り投げる。
「あいあいさー!アニキ達もあまり長居しないようにしてくださいよ?」
「わかってるさ。早めに片付ける。」
ゴブリン達はホブゴブリンを担ぎ上げると走ってその場を後にした。
「さて……と、そろそろ来そうだな。」
『肯定。巨大な生体反応確認。数1。距離700。エクセルシア反応あり、パターンE-クリーチャーです。』
ゴブリン達が去っていった方とは反対側の岩陰から、巨大な何かが飛び出し、駆けてくる。
それは……
「随分でっかい蜘蛛だな。ちょっとした小屋ぐらいあるぞ。」
巨大蜘蛛だった。その巨大蜘蛛が8本の足をガサガサと動かして土煙を上げながらこちらへ突進してくる。
「まともにあの突進食らったらヤバいな。一旦引くぞ。」
「あんたなんでそんなに冷静なのよおおおおおおお!?」
呆然としていたチャルニが我に帰り、俺と共に逃げ始める。
「まぁこれが初めてって訳じゃないし?対策考えればなんとかなるだろ。」
俺達は谷底を抜け、森の中へと逃げこむ。すると蜘蛛の突進はピタリと止まった。
「追ってこない……?」
「流石に動きにくい森の中までは追って来ないんだろ。」
俺は木の陰から谷の方を覗き込む。
巨大蜘蛛は崖を器用に登って巣に張り付いていた。
「望遠モード。」
『了解。望遠モード起動。』
鵺を向けてコマンドを入力。
ウィンドウが開き、蜘蛛の巣に引っかかっている何かが鮮明に映し出される。
「……。」
「何が見えるの?」
「後で嫌でも見られるさ。」
蜘蛛の巣の奇妙な糸団子。薄々はわかっていた。
それは……人間のミイラだった。
おそらく行方不明になった男達だろう。
「戦うにしてもあの巣が邪魔だな……。」
チャルニに運んでもらうにしても巣に引っかかればそこでおしまいだ。
かといって地上で戦えばあの突進の餌食。全身の骨が砕かれてお陀仏だ。
「巣ごと燃やす……ってのはあいつらには悪いか。」
さすがに死者に鞭打つのはいただけない。
「ラプラス、M700だ。」
『了解。レミントンM700スナイパーライフル展開。ストック、バイポッド出ます。』
砲身を開き、M700を展開。前方にバイポッド、後部からはストックが出てきて、グリップが斜めに固定される。
『目標までの距離は300メートル程度。横風にご注意下さい。』
「了解。一丁やってやりますか。」
地面に伏せて狙撃体勢を取る。
「何するつもり……?」
地面に伏せる俺を見て彼女が訪ねてくる。まさかこの姿勢が戦いに必要だとは思わないのだろう。
「あのぶら下がっている奴を全部下に落とす。」
「落とすって……この距離から?」
彼女達にとって撃ち落とすというのは弓で射るということと同義だ。つまり、こんな距離から確実に撃ち落せる的はまず無い。おまけに狙うのは巨大と言っても、蜘蛛の巣の糸なのだ。
「別に無理な距離じゃない。本当に腕のいいやつなら2.5キロ先の的でも撃ち抜くからな。」
あれは世界記録だったか。未だに破られていないはずだ。
望遠スコープの照準を遺体の吊り下げられている糸へ合わせる。
「……っ!」
呼吸による上下のブレを計算に入れて、トリガーを引く。
糸が切れて遺体が真っ逆さまに落ちて行った。
「うわ、本当に何か落とした。」
『ターゲットの落下を確認。次のターゲットは現在のターゲットの真上あたりです。』
少し仰角を調整して照準、発砲。指示をもらい照準、発砲。何発か外したが、補正して再度射撃でなんとか落とす。
『全てのターゲットの落下を確認。』
「よし、次だ次。」
俺はその場から立ち上がり、ライフルを格納する。
「チャルニ、ちょいこっち。」
彼女を手招きする。
「何?」
彼女が近づいてくるとその腕を取り、俺を後ろから抱きしめさせるように向けて腕を回す。
「そんじゃ、運搬よろしく。」
茶目っぽく敬礼。
「え〜と、どういうこと?」
まだ意味が理解できていないようだ。
困惑が隠しきれない様子で冷や汗をかいている。
「あいつに空中戦を仕掛ける。やってくれるよな?」
沈黙が辺りを支配する。
「マジ?」
「マジ」
「このへんでいい?」
「良好だ。よく狙えるぞ。」
巣の上空辺り。巣の全景を見渡すことができる。
彼女はホバリングして俺を支えている。
一応落とされないようにロープとかで命綱はしてある。
巨大蜘蛛は飛んできていたこっちが見えていたのか腕を上げてしきりに威嚇している。
「クラスターランチャー展開。モードS。」
『了解。E-Weapon<クラスターランチャー>モードSで展開。』
落とさないように鵺を持ち替え、後部を巣へ向ける。クラスターランチャーが展開され、発射口に拡散射撃用のアタッチメントが取り付けられた。
「射出強度は岩に突き刺さる程度。威力は最大でも問題ないだろう。」
『了解。エネルギー充填開始。』
アタッチメントの穴にエネルギーが充填されていく。その一つ一つがさらにエネルギー弾をばらまく、謂わば爆弾の塊だ。
『エネルギー充填完了。マルチロック開始。』
ウィンドウに無数のレティクルが表示され、蜘蛛の巣が谷の壁面へ張り付いている場所を次々ロックオンしていく。
『ロックオン完了。射出可能です。』
「ちょっと揺れるぞ。注意しろ。」
「揺れるってどのぐらいよ!?」
トリガーに指をかけ、衝撃に備える。
「まとめてドカンだ。」
『IGNITION』
<ドドドドドドドドッ>
無数のエネルギー弾が燐光を残しながら岩との接着部を目指す。
暫く後にその全てが接着地点に突き刺さった。
そして、突き刺さったエネルギー弾から大量の小エネルギー弾へと分裂する。
<<<ドドドドドドドドドドドォォォォオオオン>>>
閃光、爆裂、爆炎。
辺りが爆煙に包まれ、その中から巨大蜘蛛が落ちていく。
「巣がなきゃ空中は移動できねぇだろ……って、あ」
「何?」
奴はどこから巣に登っていた?
答えは、谷の壁面を駆け上がって迫ってきた。
「こいつ巣がなくても壁登れるんだった!」
「なんの為に巣を壊したのよ!?余計怒ってない!?」
蜘蛛の8つの目は真っ赤に発光し、ギラギラとした光を放っている。どう見ても心底お怒りだ。
「こうなりゃヤケだ!奴を地面までまた叩き落すぞ!」
『了解。オクスタンライフル展開。モードW。フルオート。』
持ち替えた鵺が開き、今度は光線と弾丸を無数に吐き出す熱物可変銃を展開する。
「落ちろカトンボ!」
『あれは蜘蛛です。』
むしろカトンボは俺達の方だった。
無数の弾丸とビームは蜘蛛を捕らえるが、その突進の勢いには陰りが見えない。
「クソ!全然効かねぇ!何か手立ては……」
「わ、まず!」
チャルニが慌てた声を出す。目の前には……
「げ……」
蜘蛛の裏側が迫っていた。そのまま蜘蛛ごと壁面に叩きつけられる。
「ぐうぅ!」
「ああぁ!?」
あっという間に糸で壁に貼り付けられる。幸い腕は動くようだが……。
「こいつ……!」
奴が狙っているのは俺のようだ。触角がうごめく口元を俺の足に寄せて……。
<ザク!>
「がああああああ!」
蜘蛛の口から伸びた牙が刺さる。痛みのあまり蜘蛛を蹴り飛ばすがあまり効いていない。
『両腕を借ります。』
ラプラスが俺の両腕のコントロールを奪う。構えたオクスタンライフルをフルオート射撃。
蜘蛛は衝撃で俺の足を離す。
「っく!やっと切れた!」
上の方でナイフを使って糸を切っていたのだろう。足で抱えていた俺の胴体を腕に持ち直すチャルニ。
「さっさと奴を行動不能にしないとこっちがやられるぞ!」
しかし、今一策が思い浮かばない。
『要するに高いところからターゲットを叩き落とせばよいのですよね?』
「さっきからそう言っている!」
『了解。さらに高度を上げてください。』
ラプラスから指示が飛ぶ。
「高度上げてくれってよ。ラプラスに何か考えがあるらしい。」
「はいはい、ホント頑張ってよ?アタシあんたを運ぶので手が出せないんだから。」
そう愚痴ると、高度を上げ始める。
当然蜘蛛はそれを追ってくる訳で。
「あの図体であの動きは反則だろ……。」
追いついてはこちらに飛びつき、躱されては向かい側の壁に張り付く。
「ハエトリグモか己は!」
『目標高度に到達。ジャベリン展開します。』
鵺をランチャーモードへ変更、中から小型ミサイルが顔を覗かせる。
『次のターゲットの跳びかかりを回避後、着地点に打ち込んでください。』
「熱源の無い物にロックオンはできるのか?」
『ミサイルを操縦するのは私です。問題ありません。』
人間魚雷ならぬAIミサイルって奴ね。
蜘蛛が足を曲げて跳躍体勢に入る。
「避けろ!次で決める!」
「了解!」
跳躍した蜘蛛を間一髪で躱す。
振り向きざまにトリガーを引いた。
「終わりだぁ!」
『Fire』
ロケット弾が飛翔し、蜘蛛の着地する壁に着弾する。
<ガラッ>
蜘蛛が着地した途端、その壁が脆く崩れた。
<!?!?!?!?!?>
声にならないような咆哮を上げて蜘蛛が落下。谷底へ叩きつけられた。
「あれ……死んじゃった?」
「いや、生きているはずだ。」
バリアフィールドを張っているならあの程度の衝撃に耐えられないはずはない。
降下すると、蜘蛛はピクリとも動いていなかった。
『生命反応は消えていません。気絶しているだけのようです。』
「よし、あいつの腹の上に落ろしてくれ。」
俺は蜘蛛の腹の上に着地すると、ラプラスにコマンドを出す。足の痛みは無視だ。なんだか出血が止まらないけど。
「ラプラス。スキャンとHHシステムの展開を。」
『了解。エクセルシアのスキャン開始…完了。モニターに表示します。』
ウィンドウが開き、エクセルシアの場所が影となって映し出される。丁度胴と腹の境目あたりか。
『続いてHHシステム展開。』
鵺の先端が開き、純白の杭が出てくる。
『フィールド干渉率100%。今回は非常に近距離のため、ボルトショットシークエンスは省略。』
杭に光が宿り、辺りに閃光を撒き散らす。
「何をするの?」
「こいつがこうなった原因を抜き取る。」
『コード『HELL-AND-HEAVEN』発動。You have control。いつでもどうぞ。』
「アイハブ。あらよっと。」
影になっている部分に突き立てる。今回は暴れてもいないのですんなりと突き刺さった。
杭がエクセルシアを絡めとる手応えを感じると、引き抜く。
「ふん……ぬ!」
杭があっさりと抜けると、その先端に無垢な白色のエクセルシアを付けていた。
今回は無駄な出血もない。体が大きい分損傷も少ないということだろうか。
浅い場所に埋まっていたことも一因かもしれない。
『エクセルシアの回収を完了。待機しますか?』
「いや、いい。今日は割と落ち着いている。」
抜き取り時のゴタゴタが無かったからだろうか。特に息も乱れず、精神が落ち着いていた。
『了解。格納を行います。』
エクセルシアが鵺の中に格納されていく。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ4を終了します。』
おや?
「今日は文字化けがないな?」
『マh0%オ0$アhrイヤパwンvyイw;オvyヶナ@ナdfmウェウf’&#デマh%「\アhsmvアウアネウgvナヒトhwfナbダb@flナwエエンヴアデsjネンv』
余計酷くなっていた!
「ぐっ……がああああああああ!」
いつもの酷い痛み。無理矢理情報が刷り込まれる感覚。
意識が無くなる寸前、誰かに抱き止められた気がした。
いつもの朝の訓練の後、汗を流すためにシャワールームでシャワーを浴びていると姉さんが入ってきた。
『おはよう、姉さん。』
『あぁ、おはよう。今朝の訓練はどうだった?』
姉さんは事務仕事があるからと言って別室でデータの整理をしていた。
今朝の訓練担当はヘンリー曹長だ。
『やっぱり戦闘用電子体は慣れないな。曹長にコテンパンにされた。』
『お前は前からソレが苦手だな。第二世代(セカンド)とは思えん。』
なぜか知らないが俺は戦闘用電子体の扱いが苦手だ。
電子体になんらかの干渉が起こり、自分の動かしたタイミングと大きなタイムラグができてしまう。
それ故に反応が大幅に遅れて致命的な隙になってしまうのだ。
『しかし……』
『何だい?姉さん。』
姉さんが俺の下半身に眼を向ける。心なしか悲しそうな目を……
『お前は私を見ても何も感じないのだな。少しは何か反応したらどうなんだ?』
『反応って何が?』
そう言うと姉さんは俺の股間をつまみ上げてきた。
『お前はアレか。義体相手じゃ欲情しないのか?』
『よくじょう?』
そういえば以前無名都市に偵察に言った時そんな単語を見かけた気がするが……。
『そういえばお前に対する性教育がまだだった……迂闊なことをした。』
『……姉さん?』
姉さんは俺の肩に手を当てると壁に押し付けてきた。
何だか目が据わっている……。
『安心しろ。いきなりハードな事はしない。お前は身を任せるだけでいい。』
『あの、姉さん?一体何を……ってちょ、そこは舐めるところじゃ……アッー!』
〜宿屋『安眠亭』〜
「……」
朝起きたら目にチャルニの顔がどアップで映しだされていた。
胸元には、二つの柔らかい重圧。
起こさないように彼女をベッドへ降ろす。
「しかしまぁ……えらい夢だな。溜まっている筈はないんだが……」
ちなみに何かが起きる前に目が醒めたので、その後の展開は記憶に残っていない。
『おはようございます、マスター。時刻はAM7:00。天気は快晴。気温17度。湿度53%。平均風速は10.8m/sです。』
「おはようラプラス。今日はやけに風が強いんだな。」
『この付近に存在する谷で増幅された風が吹き降ろしています。花粉の時期ではなくて幸いです』
辛いよな、あれは。
『それより身体の洗浄を推奨します。』
下半身を襲う不快感の正体は、昨晩の行為でついた体液その他もろもろのようだ。
「今やるところだ。」
この宿にはシャワーが付いているらしい。なんでも豊富な水源と強く吹く風を利用して水を引いているんだとか。ちなみにシャワールームの前の注意書きに書いてあった。
お湯は出ないぞ?金かかるらしいし。
シャワーを浴びていると、チャルニが入ってきた。
恥ずかしげもなく堂々と入ってくるなぁ……こいつは。
まぁ動じない俺も俺だが。
「おはよ、一緒に浴びていい?」
「どうせ断っても居座るんだろうが。」
「あたり〜♪」
汗とか体液とか洗い流していると……
「……おい。」
彼女が俺の下半身をまさぐってくる。
「ん〜?何かな〜?」
「何かな〜じゃないだろ。一応今日は動きまわるんだからやめとけ。」
俺が嗜めるとあっさり手を引いてくれた。
「ちぇ〜……」
拒まなかったらそのまま行為に突入していたのだろうか。
「あ、少し期待してた?」
「……否定はしない。」
やれやれ。
〜カフェテラス『絹のエプロン』〜
「今日の予定だけど、昨日のゴブリン達に採掘を手伝ってもらおうと思っているんだ。」
朝食の席で俺は今日の予定を彼女へ話す。
俺の提案に彼女は若干不満げだ。
「え〜……あの子達も連れて行くの?」
「俺達は鉱石の採掘手段を持っていないからな。自然と力仕事を任せられるあいつらを頼ることになる。」
俺が頼めば大抵のことはしてくれそうだ。あいつらは。
『パイルバンカーで岩石を破壊する方法もありますが、中の鉱石によってはそれで使い物にならなくなる可能性もあります。』
「だよな……というか今回掘りに行く『リヴァイアスの牙』ってのはどういう物なんだ?」
牙というからには尖った形をしているのだろうか?
「このあたり、というか谷とか地中深くとか崖に縞々模様のある場所の岩とか土の中から時々見つかるんだ。物凄く鋭いから武器とかにそのまま使えたりするの。学者達は大昔の生き物の一部とか言ってるけど……見た目的にもあれは石かなにかの一種だと思うんだけどなぁ……」
それって……。
「それ本当に生き物の一部だと思うぞ。化石って言う昔の生き物の遺骸だ。」
「化石?」
『動物の遺骸が地層に閉じ込められ、肉などの柔らかい組織が化学変化によって失われ、骨などの硬い組織が鉱物に置き換えられた物を言います。種類は多岐に渡り、脊椎動物から無脊椎動物、植物までもが地中で莫大な年月をかけて様々な方法で化石へと変化します。』
「かがく……?……せきつい?」
頭がショートを起こしかけている。
「つまり、昔の生き物が長い時間をかけて石とか鉱石になってしまったものを化石って言うんだ。」
俺が噛み砕いて説明してやる。
「じゃあ、学者たちが言っていたことは本当って事……?」
「そうなるな。調べれば大昔に何がいたかってのを調べられる貴重な標本にもなる。」
宗教やら魔法やらで雁字搦めに縛られたこの世界の頭ではそこまで考えが及ばないのだろう。
「今アタシは物凄い事実の前にいるような気がするよ……。」
額を押さえて彼女が呻いている。
「この世界の大昔に何が生息していたかってのは知らないけどさ、ドラゴンとかが化石になったらそれこそ凄まじい装備の材料になりそうだよな。」
<最近男の人が減ってない?>
<そう言えばそうよね……森に材料とか取りに行った人が戻ってきていないって話も聞いてるし。>
近くの席からアラクネ達の会話が聞こえて来る。
<それにミーシャも最近見かけないわ。あの子どこに行ったのかしら。>
<男の人が消え始めたのも同じ頃よね……あの子が誘拐しているとか?>
<まさか、あの子にそんな度胸ないでしょ?>
<だよね〜。>
「……。」
『音声録音完了。』
「保存しておいてくれ。」
『了解。』
消えた男達と見かけなくなった女性か……。
「また何か危ない事考えてない?」
気づくと彼女がじ〜っと俺を見ていた。
女性というのはどうも勘が鋭くていけない。
「かもしれないな。もしかしたらまた面倒事に首を突っ込むことになるかもしれない。」
彼女はこちらをじ〜っと睨みつけていたが、ため息を付くと仕方ないというかのように首を振った。
「あんたが前にも危ない橋を渡っていたってのは知ってるけどさ。たまには自分も大切にしたらどうなの?」
心配はしてくれているのだろう。
それが純粋に仲間を思ってのことなのか、一人になりたくないからなのかは分からないが。
「残念ながらこれが仕事でね。危険な橋を渡らないと色々マズい事になるらしい。」
主に世界が崩壊するとかね。
「死なないでよ……?死んだら許さないから……。」
「わかっている……。簡単にくたばるつもりはないさ。」
風が吹いている。
俺はその風の吹いてきた場所を目で追う。
そこには、両端が高くそびえ立つ谷になっていた。
〜織物職人の街シルク 西口〜
昨日着いた街の入口とは正反対の出入口へと赴く。
街から出たすぐの所で、ゴブリン達が待っていた。
「察知が早いな。待っていたのか?」
「当然ですよ!おやぶんの想い人はあたしらのおやぶん同然なんですから!」
チャルニさん?目の温度が絶対零度になってますよ?
『10又おめでとうございます。おやぶん。』
「なんでお前はそういつも混ぜっ返すかなぁ……。」
スタビライザーなんて入れたの絶対に失敗だろ……成長に思いっきり悪影響が混ざってやがる……。
「アニキ達は今日何をしにいくんですかい?」
ゴブリン達がまとわりついてくる。ホブゴブリンは……
「ん〜……♪」
俺の背中に乗っかっていた。いわゆるおんぶの状態だ。
「あの谷の底へ鉱石……というより化石発掘にな。お前らにも手伝ってもらうぞ。」
チャルニは未だに不機嫌そうだ。
こいつらをおだてておけば自分たちの代わりに発掘作業をしてくれるのだ。
彼女には少し我慢していてもらおう。
「ツインピークバレーですかい?でもあそこは今危険だと思うんスけど……。」
言葉を濁すゴブリン。
言葉を濁す要因はやはり今朝の会話だろう。
「今あそこら辺一帯で行方不明事件が頻発しているんスよ。危ないからって殆ど誰も近づかないし、気味悪がって魔物すら近づかないもんスから。今あそこがどうなっているか誰も知らないんスよ。」
まぁそれでも依頼は依頼だ。
「じゃあその偵察も兼ねて行くか。もし危険ならギルドに連絡して本格的に立ち入り禁止区域にしなきゃならないだろうしな。」
「あいあいさー!」
「あいさ〜」
「さ〜」
〜ツインピークバレー 谷底〜
「ありゃあ一体……」
『巨大な蜘蛛の巣ですね。』
谷の底から少し上がったところに、谷をまたぐようにして巨大な蜘蛛の巣が張ってある。
直径は30メートルほど。所々に何かが糸でぐるぐる巻きになってクモの巣に引っかかっている。
「こいつは一騒動ありそうだ。さっさと採掘しておくか。」
俺達は周囲を警戒しつつ、谷底へと入っていく。
「この辺の岩をカチ割ればいいんすかね?」
「慎重にな。この世界の生物の骨格強度がどんだけの物か知らないけど割れてしまったら使い物にならないだろうし。」
折角見つかっても真っ二つでした〜ではお話にならない。
「それなら心配ないよ。リヴァイアスの牙ってものすごく硬い上に鋭いから。それこそ下手な武器なら逆に壊されてしまうぐらいにね。」
一体どんな生物だったのだろうか。
辺りの岩をゴブリン達が片っぱしから砕いていく。
チャルニはその岩を調べて中身が入っているかを確認している。
「ん、あったあった。これだね。」
岩から出てきたのは真っ直ぐに伸びた刃状の牙だった。縁はカミソリのように鋭い。
「あとはこれを持ち帰って柄に縛って、にかわでくっつければ完成だよ。」
目的の物は見つかった。あとは……。
「よし、お前らは先に帰ってろ。俺はもう少しこの辺に何があるのか調べてから行く。」
俺は未だに背中に張り付いているホブゴブリンを引き剥がすと、ゴブリン達の方へ放り投げる。
「あいあいさー!アニキ達もあまり長居しないようにしてくださいよ?」
「わかってるさ。早めに片付ける。」
ゴブリン達はホブゴブリンを担ぎ上げると走ってその場を後にした。
「さて……と、そろそろ来そうだな。」
『肯定。巨大な生体反応確認。数1。距離700。エクセルシア反応あり、パターンE-クリーチャーです。』
ゴブリン達が去っていった方とは反対側の岩陰から、巨大な何かが飛び出し、駆けてくる。
それは……
「随分でっかい蜘蛛だな。ちょっとした小屋ぐらいあるぞ。」
巨大蜘蛛だった。その巨大蜘蛛が8本の足をガサガサと動かして土煙を上げながらこちらへ突進してくる。
「まともにあの突進食らったらヤバいな。一旦引くぞ。」
「あんたなんでそんなに冷静なのよおおおおおおお!?」
呆然としていたチャルニが我に帰り、俺と共に逃げ始める。
「まぁこれが初めてって訳じゃないし?対策考えればなんとかなるだろ。」
俺達は谷底を抜け、森の中へと逃げこむ。すると蜘蛛の突進はピタリと止まった。
「追ってこない……?」
「流石に動きにくい森の中までは追って来ないんだろ。」
俺は木の陰から谷の方を覗き込む。
巨大蜘蛛は崖を器用に登って巣に張り付いていた。
「望遠モード。」
『了解。望遠モード起動。』
鵺を向けてコマンドを入力。
ウィンドウが開き、蜘蛛の巣に引っかかっている何かが鮮明に映し出される。
「……。」
「何が見えるの?」
「後で嫌でも見られるさ。」
蜘蛛の巣の奇妙な糸団子。薄々はわかっていた。
それは……人間のミイラだった。
おそらく行方不明になった男達だろう。
「戦うにしてもあの巣が邪魔だな……。」
チャルニに運んでもらうにしても巣に引っかかればそこでおしまいだ。
かといって地上で戦えばあの突進の餌食。全身の骨が砕かれてお陀仏だ。
「巣ごと燃やす……ってのはあいつらには悪いか。」
さすがに死者に鞭打つのはいただけない。
「ラプラス、M700だ。」
『了解。レミントンM700スナイパーライフル展開。ストック、バイポッド出ます。』
砲身を開き、M700を展開。前方にバイポッド、後部からはストックが出てきて、グリップが斜めに固定される。
『目標までの距離は300メートル程度。横風にご注意下さい。』
「了解。一丁やってやりますか。」
地面に伏せて狙撃体勢を取る。
「何するつもり……?」
地面に伏せる俺を見て彼女が訪ねてくる。まさかこの姿勢が戦いに必要だとは思わないのだろう。
「あのぶら下がっている奴を全部下に落とす。」
「落とすって……この距離から?」
彼女達にとって撃ち落とすというのは弓で射るということと同義だ。つまり、こんな距離から確実に撃ち落せる的はまず無い。おまけに狙うのは巨大と言っても、蜘蛛の巣の糸なのだ。
「別に無理な距離じゃない。本当に腕のいいやつなら2.5キロ先の的でも撃ち抜くからな。」
あれは世界記録だったか。未だに破られていないはずだ。
望遠スコープの照準を遺体の吊り下げられている糸へ合わせる。
「……っ!」
呼吸による上下のブレを計算に入れて、トリガーを引く。
糸が切れて遺体が真っ逆さまに落ちて行った。
「うわ、本当に何か落とした。」
『ターゲットの落下を確認。次のターゲットは現在のターゲットの真上あたりです。』
少し仰角を調整して照準、発砲。指示をもらい照準、発砲。何発か外したが、補正して再度射撃でなんとか落とす。
『全てのターゲットの落下を確認。』
「よし、次だ次。」
俺はその場から立ち上がり、ライフルを格納する。
「チャルニ、ちょいこっち。」
彼女を手招きする。
「何?」
彼女が近づいてくるとその腕を取り、俺を後ろから抱きしめさせるように向けて腕を回す。
「そんじゃ、運搬よろしく。」
茶目っぽく敬礼。
「え〜と、どういうこと?」
まだ意味が理解できていないようだ。
困惑が隠しきれない様子で冷や汗をかいている。
「あいつに空中戦を仕掛ける。やってくれるよな?」
沈黙が辺りを支配する。
「マジ?」
「マジ」
「このへんでいい?」
「良好だ。よく狙えるぞ。」
巣の上空辺り。巣の全景を見渡すことができる。
彼女はホバリングして俺を支えている。
一応落とされないようにロープとかで命綱はしてある。
巨大蜘蛛は飛んできていたこっちが見えていたのか腕を上げてしきりに威嚇している。
「クラスターランチャー展開。モードS。」
『了解。E-Weapon<クラスターランチャー>モードSで展開。』
落とさないように鵺を持ち替え、後部を巣へ向ける。クラスターランチャーが展開され、発射口に拡散射撃用のアタッチメントが取り付けられた。
「射出強度は岩に突き刺さる程度。威力は最大でも問題ないだろう。」
『了解。エネルギー充填開始。』
アタッチメントの穴にエネルギーが充填されていく。その一つ一つがさらにエネルギー弾をばらまく、謂わば爆弾の塊だ。
『エネルギー充填完了。マルチロック開始。』
ウィンドウに無数のレティクルが表示され、蜘蛛の巣が谷の壁面へ張り付いている場所を次々ロックオンしていく。
『ロックオン完了。射出可能です。』
「ちょっと揺れるぞ。注意しろ。」
「揺れるってどのぐらいよ!?」
トリガーに指をかけ、衝撃に備える。
「まとめてドカンだ。」
『IGNITION』
<ドドドドドドドドッ>
無数のエネルギー弾が燐光を残しながら岩との接着部を目指す。
暫く後にその全てが接着地点に突き刺さった。
そして、突き刺さったエネルギー弾から大量の小エネルギー弾へと分裂する。
<<<ドドドドドドドドドドドォォォォオオオン>>>
閃光、爆裂、爆炎。
辺りが爆煙に包まれ、その中から巨大蜘蛛が落ちていく。
「巣がなきゃ空中は移動できねぇだろ……って、あ」
「何?」
奴はどこから巣に登っていた?
答えは、谷の壁面を駆け上がって迫ってきた。
「こいつ巣がなくても壁登れるんだった!」
「なんの為に巣を壊したのよ!?余計怒ってない!?」
蜘蛛の8つの目は真っ赤に発光し、ギラギラとした光を放っている。どう見ても心底お怒りだ。
「こうなりゃヤケだ!奴を地面までまた叩き落すぞ!」
『了解。オクスタンライフル展開。モードW。フルオート。』
持ち替えた鵺が開き、今度は光線と弾丸を無数に吐き出す熱物可変銃を展開する。
「落ちろカトンボ!」
『あれは蜘蛛です。』
むしろカトンボは俺達の方だった。
無数の弾丸とビームは蜘蛛を捕らえるが、その突進の勢いには陰りが見えない。
「クソ!全然効かねぇ!何か手立ては……」
「わ、まず!」
チャルニが慌てた声を出す。目の前には……
「げ……」
蜘蛛の裏側が迫っていた。そのまま蜘蛛ごと壁面に叩きつけられる。
「ぐうぅ!」
「ああぁ!?」
あっという間に糸で壁に貼り付けられる。幸い腕は動くようだが……。
「こいつ……!」
奴が狙っているのは俺のようだ。触角がうごめく口元を俺の足に寄せて……。
<ザク!>
「がああああああ!」
蜘蛛の口から伸びた牙が刺さる。痛みのあまり蜘蛛を蹴り飛ばすがあまり効いていない。
『両腕を借ります。』
ラプラスが俺の両腕のコントロールを奪う。構えたオクスタンライフルをフルオート射撃。
蜘蛛は衝撃で俺の足を離す。
「っく!やっと切れた!」
上の方でナイフを使って糸を切っていたのだろう。足で抱えていた俺の胴体を腕に持ち直すチャルニ。
「さっさと奴を行動不能にしないとこっちがやられるぞ!」
しかし、今一策が思い浮かばない。
『要するに高いところからターゲットを叩き落とせばよいのですよね?』
「さっきからそう言っている!」
『了解。さらに高度を上げてください。』
ラプラスから指示が飛ぶ。
「高度上げてくれってよ。ラプラスに何か考えがあるらしい。」
「はいはい、ホント頑張ってよ?アタシあんたを運ぶので手が出せないんだから。」
そう愚痴ると、高度を上げ始める。
当然蜘蛛はそれを追ってくる訳で。
「あの図体であの動きは反則だろ……。」
追いついてはこちらに飛びつき、躱されては向かい側の壁に張り付く。
「ハエトリグモか己は!」
『目標高度に到達。ジャベリン展開します。』
鵺をランチャーモードへ変更、中から小型ミサイルが顔を覗かせる。
『次のターゲットの跳びかかりを回避後、着地点に打ち込んでください。』
「熱源の無い物にロックオンはできるのか?」
『ミサイルを操縦するのは私です。問題ありません。』
人間魚雷ならぬAIミサイルって奴ね。
蜘蛛が足を曲げて跳躍体勢に入る。
「避けろ!次で決める!」
「了解!」
跳躍した蜘蛛を間一髪で躱す。
振り向きざまにトリガーを引いた。
「終わりだぁ!」
『Fire』
ロケット弾が飛翔し、蜘蛛の着地する壁に着弾する。
<ガラッ>
蜘蛛が着地した途端、その壁が脆く崩れた。
<!?!?!?!?!?>
声にならないような咆哮を上げて蜘蛛が落下。谷底へ叩きつけられた。
「あれ……死んじゃった?」
「いや、生きているはずだ。」
バリアフィールドを張っているならあの程度の衝撃に耐えられないはずはない。
降下すると、蜘蛛はピクリとも動いていなかった。
『生命反応は消えていません。気絶しているだけのようです。』
「よし、あいつの腹の上に落ろしてくれ。」
俺は蜘蛛の腹の上に着地すると、ラプラスにコマンドを出す。足の痛みは無視だ。なんだか出血が止まらないけど。
「ラプラス。スキャンとHHシステムの展開を。」
『了解。エクセルシアのスキャン開始…完了。モニターに表示します。』
ウィンドウが開き、エクセルシアの場所が影となって映し出される。丁度胴と腹の境目あたりか。
『続いてHHシステム展開。』
鵺の先端が開き、純白の杭が出てくる。
『フィールド干渉率100%。今回は非常に近距離のため、ボルトショットシークエンスは省略。』
杭に光が宿り、辺りに閃光を撒き散らす。
「何をするの?」
「こいつがこうなった原因を抜き取る。」
『コード『HELL-AND-HEAVEN』発動。You have control。いつでもどうぞ。』
「アイハブ。あらよっと。」
影になっている部分に突き立てる。今回は暴れてもいないのですんなりと突き刺さった。
杭がエクセルシアを絡めとる手応えを感じると、引き抜く。
「ふん……ぬ!」
杭があっさりと抜けると、その先端に無垢な白色のエクセルシアを付けていた。
今回は無駄な出血もない。体が大きい分損傷も少ないということだろうか。
浅い場所に埋まっていたことも一因かもしれない。
『エクセルシアの回収を完了。待機しますか?』
「いや、いい。今日は割と落ち着いている。」
抜き取り時のゴタゴタが無かったからだろうか。特に息も乱れず、精神が落ち着いていた。
『了解。格納を行います。』
エクセルシアが鵺の中に格納されていく。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ4を終了します。』
おや?
「今日は文字化けがないな?」
『マh0%オ0$アhrイヤパwンvyイw;オvyヶナ@ナdfmウェウf’&#デマh%「\アhsmvアウアネウgvナヒトhwfナbダb@flナwエエンヴアデsjネンv』
余計酷くなっていた!
「ぐっ……がああああああああ!」
いつもの酷い痛み。無理矢理情報が刷り込まれる感覚。
意識が無くなる寸前、誰かに抱き止められた気がした。
11/05/28 10:13更新 / テラー
戻る
次へ