第十一話〜その剣、断てぬ物無し〜
『ふっ……!ふっ……!ふっ……!』
両手にダンベルを持って上下に動かす。
僕は現在絶賛筋トレ中だ。何故かと言うと……
『30回をカウントしました。小休止に入って下さい』
この重い自分専用の武器を使いこなす為に筋力をつけたいからだ。
この筋トレ+日々のトレーニングメニューをこなすことが最近の日課になっていた。
『はぁ……はぁ……ラプラス、あと何セット?』
『現在3セット目。残り2セットです』
ダイアログに現在の終了セットと残りセットが表示される。
ラプラスの自由会話モードは基本的に使っていない。
研究者曰く、会話を行えば行う程自分の思考や性格に近づいていくそうだ。
それがなんとなく気持ち悪くて極力使用を控えるようにしている。
『本来成長期の肉体を酷使することはよくありません。中止を推奨します』
『だめだよ。少しでも早くおやっさんの役に立ちたいんだ』
そう、僕はまだ拾ってもらった恩を返せていない。
おやっさんの動かしている組織『フェンリル』は民間軍事請負会社……所謂傭兵だ。
僕は戦闘用電子体の扱いが苦手なので、没入中の味方の体を守る任務が主となる筈だ。
筈、というのはまだ作戦行動に出たことが無いからなのだけれど。
『そのためにも体は鍛えておかないと……さ、続き始めるよ』
『了解。カウント開始します』
そうして僕はまたダンベル運動を再開した。
その後、姉さんに見つかってもっと休めとこっ酷く叱られたのは言うまでもない。
〜宿屋『新緑の揺り篭』〜
目が覚めるとそこは見知らぬ部屋でした。
「なんてボケかます意味はねぇよな。おはよう、ラプラス」
『おはようございます、マスター。現在時刻はAM6:00です』
探索を行うのであればこの位の早起きが丁度いい。
荷物を詰めた背嚢と鵺を担ぎ、部屋を出て階下に降りていく。
「おはよう、おやっさん」
「よう、昨日はよく眠れたか?」
「あぁ、ぐっすりと。久しぶりに安眠できた気がするよ」
なにせギルドの宿場では夜になると色々と音が聞こえてくる。
ギシアンとかギシアンとかギシアンとかね。最近は気にならなくなってきたけど。
「ハッハッハ!そりゃよかった!旅先じゃ眠れなくなる奴がいるみたいだがお前さんは無縁みたいだな!」
宿屋の親父さんは一度奥へ引込み、朝食を持ってきてくれた。
「きちんと食って、今日一日頑張れよ!」
「うす!頂きます!」
手を合わせて朝食を食べ始める。
「お前さんはジパングの生まれかい?」
「んぁ?何で?」
トーストにかぶりつこうとした途中で聞かれたので間抜けな声が出てしまった。
「そりゃ手を合わせてイタダキマスなんてジパングの奴らぐらいしかやらないからな」
そういえば俺はどこの生まれなのだろう。
『マスターは日本人の上官に拾われ、育てられました。動作の癖に日本人特有の物が出ることは極めて自然なことです』
こういう場合はどう説明したものか。
「俺はジパングの人に拾われたもんでね。教え込まれたのはみんなジパング流さ」
「へぇ、ジパングの奴らは礼儀正しい奴らが多いからいい事だと思うぜ?あんたは礼儀とかはあんまり関係ないみたいだけどな!」
そう言って豪快に笑う親父さん。どこかで似たような人にあった事がある気がするんだが……気のせいだろう。
〜樹上都市ミーテリア 北口〜
街の出入口はエレベーター式だった。
片方に籠、片方には重さを増減できる錘が付けられ、籠に乗ると、ゆっくりと籠が降りていく。
「これって乗る奴の重さ次第ではあっという間に地面に叩きつけられるよな」
『そこを調整するのが魔術師の腕なのでしょう』
エレベーター1基につき魔術師が一人着き、重さを調整している。
「なんとも非経済的なことだ」
『否定はしませんが、それで経済が成り立っているなら問題ないでしょう』
AIと世間話をしながら俺は街を降りていく。
目指すは樹海の奥地、童話の中の金色のアルラウネの棲家だ。
〜エルドル樹海〜
「鬱蒼としているな」
その森は既に森ではなく、密林とでも呼んだほうがしっくり来るような場所だった。
『人工衛星も飛んでいないのでGPS機能は使えません。移動速度と移動方向を使用した簡易マッピングを使用します』
文明の利器バンザイ。
「それなら道に迷っても無事に帰って来れそうだな。童話の二の舞にはならないだろ」
『川もブッシュも無視して帰還地点へ突き進むのであれば、という条件付きですが』
「……無いよりはマシだ。行くぜ」
『了解。マッピングを開始します』
視界の右上あたりが小さく切り取られ、矢印と村の入口、進んだルートが表示される。
俺は意を決して密林へと分け入って行った。
「苦労、するとは、思ったが!」
足元を覆う草は意外なほどに深い。
「こんなことならマチェットでも持ってくりゃよかったな!」
『ヴァイスリッパーで草を刈り取ることもできますが』
「どのみち振り回すのは鵺ごとだろう。体力がもたん」
フェンリルクローを使うという手も考えたが、関係無い所までなぎ払って魔物が潜んでました、では洒落にならない。肝心な所で使えない武器だった。
「へぇ、こんな所まで人間が入ってくるなんてね」
上の方から声がする。見上げると。
「まともに動けない上に疲れている。これは襲ってくれって事でいいのかな?」
槍を持ち、ガントレットとレガースを付けた蜂女が空中をホバリングしていた。
『図鑑検索…ヒット。昆虫型ビー類ホーネット。ビー類の中でも大型の種類です。彼女たちの槍には麻痺毒が塗布されています。十分注意して下さい』
というか……。
「(でけぇ……)」
視線が自然とその二つの巨大な破壊兵器に吸い寄せられる。
「ふふん♪これ、気になる?」
その巨大な破壊兵器が彼女の手の中でグニグニと形を変える。
「うわ……すげ」
目を逸らせない……が、
「もし一緒に付いてきてくれるならもっと凄いことしてあげるけど……どうする?」
「わりぃ、それ無理」
ここで付いて行って一生拉致監禁、なんてなったら色々まずい。借金とかエクセルシアの事とか幼女と鼠の事とか。
「まぁ答えなんて最初から聞く気は無いわ」
ならなぜ聞いたし。
「どのみち私の針でグダグダにしてから持ち帰るつもりだったからね!」
彼女は槍を構えると、ホバリングから一転、急降下を仕掛けてきた。
『戦闘状態へ移行、自由会話モード解除』
「リッパー!」
『了解。ヴァイスリッパー展開』
鵺の先端が展開。複合兵装用の硬質セラミック刃が飛び出してくる。
槍の先端を受け流し、すれ違い様に槍の中程を叩き切る。
「何!?」
武器を壊されたのが堪えたのか、一度距離を取るホーネット。
「今宵のヴァイスリッパーの切れ味はひと味違うぜよ……」
『今は昼です。マスター』
突っ込む所はそこじゃない。
「別に攻撃手段が槍しかないって訳じゃない!」
ホーネットは宙返りをうつと、近くの木の枝へ逆さに着地。枝を蹴り、弾丸の如くこちらへ飛び込んでくる。
突進中にまた宙返り、体勢を整えると飛び蹴りの体勢へ移行した。
「究極!ホーネットキック!」
「ぶふぅ!」
あんまりにもあんまりなネーミングに吹く俺。思わず回避が遅れる。
「ぬをぉ!?」
なんとか躱したが……。
「うひゃあ!?」
彼女の股間が俺の顔に。そのまま押し倒され、顔面騎乗状態に。
「こ、こら!早く起きなさいよ!」
「お前が退かないと俺が立てないだろうが!」
ジタバタと暴れるホーネット。暴れるたびに彼女の股間が俺の鼻に擦れる。
「(うぶ……息が……)」
しかしこいつはこいつで使い道がありそうだ。
「こ、このぉ……うひゃあ!?」
太腿をガッシリと固定してビキニパンツ越しに舐め回す。
「こ、らぁ……なめ……ひぃ!?」
「ぶぉぉぉおおおお」
声を出しながら息を吐く。
「そ、それやめ……」
「ちゅ〜〜〜〜」
布越しにクリトリスへ吸いつく。
「やぁあああああああ!?」
パッポー〜十分後〜パッポー
「ま、まひりましたはぁ……」
「よろしい」
顔中ベトベトになっているが、気にしない。最終的に勝てばいいのだ。
彼女はプライドを完全にブチ折られ、地面に膝をついていた。
「ひどい……もうお嫁に行けない……」
なんかゴメン。
『マスターも大分この世界に耐性が付いて来たようですね』
褒められている気がしない。
「さて、敗者は勝者に従ってもらいましょうか」
「な……何するの……?」
自分の身体を抱きしめてぶるぶると震えている。
トラウマにならなきゃいいが。
「少しお願いを聞いてもらうだけさ。いいだろ?」
彼女は戦々恐々としてどんな命令が下されるのかを待つ。
「あ〜ラクチンラクチン」
俺は彼女に抱き抱えられて森の中を飛んでいる。
「いやまぁ、そりゃね?いつも森の中を男抱えて運んでいるからできなくはないけどね?」
彼女は腑に落ちていないようだ。
「あの状況だったら『身体を差し出せ〜』とか『奴隷になれ〜』とか言われてもおかしくないんじゃない?なんで?アタシそんなに魅力ない?」
だんだん落ち込んできたようだ。
「魅力がないとは言わない。というか正直むしゃぶりつきたいです。はい」
「じゃあ何で?」
「だって女漁りが目的でここに来た訳じゃないからな」
「ふ〜ん……」
「いや、最終的には女漁りになるのかな?」
「……」
ず〜んという擬音が聞こえてきそうだ。
「これってさ……」
「何?」
「アタシがこっそりこのまま巣へ運んじゃったらあんた抵抗できないんじゃない?」
今気がついたように訊いてくる。が、
「そんな事したら君のところの巣を木ごと焼き払うだろうな」
「ゴメンナサイ。本当にゴメンナサイ」
実はこの時フレイムスロワーが使用不能だったのは内緒だ。
「ところであんたはココへ何を探しに来たの?」
「森神様……いや、金色のアルラウネってわかるか?」
「あぁ、たまに冒険者がそんなの探しに来るね。あんたも?」
やはりいるのか。
「仕事でそいつの蜜を拝借しにね」
「でもこの森で長いこと生活しているけどそんな奴見たことないよ?」
「ふむ……」
森の中で生活している彼女たちが見ていない……か。ならば切り口を変えてみる。
「じゃあ森の中でどうしても近づけない場所はあるか?ここに行くと必ず迷うとか、やたら危険過ぎて近づけないとか」
森で生活する……しかも特に森の事に詳しい彼女たちが近づくことすら出来ない場所にいるのかもしれない。
「あ、あるある。男を追ってる時にそこに飛び込んだりするんだけど待っていると自然とこっちに戻ってくる所が」
ビンゴだ。
「そこまで連れていってくれ」
「まぁ……いいけど。何も無いよ?」
「どうだ?ラプラス」
『空間の歪を確認。何らかの空間操作をされている可能性があります』
「やはりな……」
「誰と話してんのよ?」
怪訝そうな顔でこちらを見る彼女。
「一人脳内会議だ」
「アブない人?」
「うっせ」
あとはここを抜ける術だが……
「(童話を再現……?いや、何か別の鍵があるのか?)」
あちこちを行ったり来たり。
足元が見えていなかったのか、
「うお!?」
木の根につまづき、転ぶ。
「ドジ〜♪」
ケラケラと彼女が笑っている。
「うるせぇ、舐めるぞ」
笑いがピタリと止まる。相当堪えているらしい。
「ってて……ん?」
クルミ大の丸いものが落ちている。
ポケットに入れてあったミーテリアの種が落ちたらしい。
「あ、それミーテリアの種?」
拾い上げた種を見た彼女が訊いてくる。
「それ美味しいんだよね。酒のおつまみにたまに拾いに行くんだ」
童話の中の男の子は帰りの際、この種を握り締めていた。
「もしかして……」
俺は木に立て掛けてあった鵺を担ぎ上げると、種を握りしめて空間の歪へと進んでいく。
「無駄だと思うけどなぁ……」
彼女がボヤいたが、気にせず進む。
しばらく歩くと、視界が開けた。
「こいつは凄いな……」
そこにあったのは色鮮やかな花畑。
『空間の歪を抜けました。現在隔離空間に進入中』
そりゃ誰も辿りつけない筈だ。
この空間へ行くための鍵がこんな植物の種だなんて誰も思いつかないだろう。
金のアルラウネに目が眩んだ奴ならば特にだ。
花畑の真ん中には大きな金色の蕾が佇んでいる。
「多分あれがそうだな」
『スキャン完了。植物型アルラウネ種アルラウネと断定』
蕾へと近づいていく。近づくたびに花の芳香が強くなっていく。
「なんか……変な気持ちになってきたな」
匂いを嗅ぐたびに身体の奥底が疼く。
「……一回くらいは……いかがわしいことしてもバチは当たらないよな……?」
もうこんなことを考えている時点でおしまいである。
とその時、足に何かが絡みついた。
「へ?」
気がついたときには全身蔦に絡みつかれ、蕾まで一気に引きずられていた。
鵺が置き去りにされているのが視界の端で確認できる。
「うをおおおおおおおお!?」
蕾が一気に花開き、中から金色の女性の上半身が現れる。
「来たぁ♪人間の男の人♪おいしそうなの男の人♪」
「ちょ、待て!落ち着け!」
跳ね上げられた俺は宙に浮いている途中、そのまま器用にズボンを脱がされ、アルラウネの蜜壺に息子がホールインワンしていた。器用すぎだろ。
「あはぁ♪いいよぉ♪男ち○ぽいいのぉ♪」
そのままの勢いで腰を振り立てられる。蜜壺の中は文字通りアルラウネの蜜で満たされており、摩擦0の膣内は容赦なしに俺を搾り取る。
「だしてぇ♪おち○ぽみるくどぴゅどぴゅしてぇ♪」
我慢できるはずもない。あっという間に俺は子種を彼女の中に放ってしまった。
「あ、ぐっ……」
「きたぁ♪おいしいのぉ♪おち○ぽみるくおいしよぉ♪」
その表情は恍惚と喜悦で蕩けており、とても話は聞ける状態ではないだろう。
「(あぁ……でも、流されちゃってもいいかな……)」
花弁の中に溢れる蜜に浸かり、むせ返るような花の芳香で意識が朦朧としてくる。
「って、いいわけねぇだろ……!」
自分を叱りつけ、無理矢理意識を引き戻す。
「ラプラス!パラケルスス展開だ!」
『了解。パラケルスス展開』
右手が淡い光につつまれ、応急救護キット「パラケルスス」が展開される。
「レーザーメスは!?」
『搭載済みです。レーザーメス展開』
人差し指の先から赤いレーザーが放たれる。手首をねじ曲げ、レーザーを蔦で焼き切る。
アルラウネにレーザーを当てないように左手の蔦も切断。レーザーメスを解除。
「おばちゃんありがとう!愛してる!」
今はここにいない薬屋のおばちゃんに感謝の意を捧げ、バックパックに手を突っ込む。
中から取り出したのは紙に包まれた粉薬。
「いい加減に目を覚ませ!桃中花草(とうちゅうかそう)がぁ!」
それをアルラウネの鼻先でぶちまけ、自分もそれを吸う。
『冬虫夏草は寄生菌類であってアルラウネを指す名称ではありません』
どうでもいい。
「ゲホッ!ゲホッ!……あれ?私何を……?」
夢から覚めたようにキョトンとしているアルラウネ。
「よぅ、目は覚めたかよ?」
ニっと笑って挨拶。下がまだ入ったままなのは気にしない。
「あの……どちら様ですか?」
そう来たか。
二人で一旦落ち着き、互いに自己紹介をする。
彼女はミーテリアと言うらしい。なんとあの街の樹の名前と同じだ。
「そうですか……それはご迷惑をおかけしました……」
話が通じてホっとした。下手したら地球外生命体の可能性もあるわけだし。
あ、ここ地球じゃねぇか。
「それで、だ。少しだけ蜜を分けてもらえないかな?仕事で持って帰らないといけないんだ」
「蜜を渡すのは構わないのですが……」
少し躊躇う彼女。
「何か問題があるのか?」
「いえ、貴方が蜜を受け取ったらそのまま帰ってしまうのですよね?」
「まぁ、そうなるわな……」
なんとなくだが言いたい事が判ってしまった。
「そうしたら私はここでまた一人ぼっちです……」
「……」
俺の視界の端に綺麗に並べられた白い物が映る。あれは……人骨?
「一緒にいてもらうことはできないのですか?貴方の望むことならなんでも致します!ですから!ですから……!」
涙を一杯に浮かべて声高に叫ぶ。
「私を独りにしないでください!」
それは、永い刻を独りで、この閉ざされた空間で過ごしてきた彼女の心の叫びだった。
童話の少年は、母親に逢いたいと言ってこの場を立ち去った。俺も同じ事を言えば彼女は引き止めることができないだろう。しかし……
「(それじゃ救われない……よな。)」
俺にはこの孤独な女性を独りにする事など、できなかった。
「要するに君が独りじゃなくなれば、俺を引き止める理由も無くなるわけだよな?」
「……え?」
何を言っているのかわからないと言った表情で固まる彼女。涙は既に止まっていた。
「この結界、自分じゃもう解除できないんだろ?消し方を忘れたとかで」
「はい……この結界を張ったのはもう数えることもできないくらいの昔なので……」
要するにパスワード付きのファイアウォールを張ったはいいが放置しすぎたせいでパスワードを忘れてしまった……といった所か。
俺は彼女の根元に屈みこみ、根元の部分を掴む。
「少し力を抜いて。抜けやすいように」
「抜けやすいように?ええと、こうですか?」
彼女が力を抜いたのを確認すると、一気に引き抜く。
「ふん……ぬ!」
かなり力は必要だったが、とりあえず引き抜くことは出来た。
「わ、わ、わ!」
「運ぶぞ」
俺は彼女を持ち上げながら、結界の最外縁まで歩いて行く。
たどり着くと、彼女を地面へと置いた。彼女は根っこだけで器用に立っている。
「ラプラス。可能な限り剣の扱いに熟達した人物のモーションパターンはあるか?」
『保有済み。モーションパターン、<ゼンガー・ゾンボルト>』
「そいつの動きを俺が真似ることはできるか?」
『可能。モーションインプラントシステム<コピーキャット>起動。脳チップにダウンロード開始』
俺の身体に、魂に、細胞一つ一つにゼンガー・ゾンボルトという人物が染みこんでいく。
「あの……一体何を?」
「全ての物体、森羅万象には斬線が存在するという。個体、液体、気体、空間。剣の達人はその全てを切り裂く」
ヴァイスリッパーを展開。大上段に構える。
「それがたとえ、全てを拒絶する閉鎖空間だったとしても」
全身に力が滾り、森羅万象を断ち切る刃となり、リッパーへと伝わっていく。
「我が名はアルテア=ブレイナー!悲しみを断つ剣なり!」
全身に溜まった力が爆発、
「チェストォオオオオ!」
大上段に振り上げた鵺を一気に振り下ろす。
辺りが静寂に包まれる。1秒、2秒、3秒。
突如、空間に一条の線が走る。その数は二本、三本と数を増やし、目の前の結界の壁を走りまわる。
線の数が十一本に達した時点で、
<ビシッ!>
空間に入る亀裂。亀裂は無数に広がり、前方の空間を埋め尽くし、そして。
<パァーン!>
甲高い音を立て、空間そのものが『砕け散った』。
「我が斬艦刀に、断てぬ物無し!悲しみも、孤独も、俺が全て叩き斬ってやる!」
『それは斬艦刀ではありません』
台無しだよ。
彼女を抱えて結界の外へ。俺達が結界を通り抜けると、結界はすぐに修復されてしまった。
「おかえり〜って誰それ!?」
向こうから先程のホーネットが飛んでくる。
「よう、見つけたぜ。金色のアルラウネ」
「うわ、本物?金粉くっつけて金色〜とかやってない?」
出店のヒヨコじゃあるまいし。
「本物だよ。しかも聞いて驚け、名前はミーテリアと言うらしい」
「ミーテリアって言うと昔話の女神の?街の名前の由来にもなった?」
おそらく、彼女はミーテリアの街の大樹が無い頃からこの地にいるのだろう。
そして童話の男の子を助け、種を持たせて家に帰した。
ミーテリアの種を持つ男の子だけが花畑に帰って来れるように。
男の子はその種を地面に植え、その種が大樹となり、今のミーテリアの街となった。
その間も彼女は待ち続けたのだ。自分が助けた男の子の帰りを。
時は流れ、極稀に種を持ってこの場所に現れる者もいたのだろう。
その人達は魔物と化した彼女に拘束され、死ぬまであの空間に縛り付けられた。
その人が死ぬと、次の人を待つ。その待っている間を孤独に蝕まれながら。
「あの……これはどういう事ですか?」
そりゃ今まで何人も彼女に接触が起こるということは無かったのだ。驚きもする。
「これからは沢山友達ができるってことだ。お前を尋ねる根性がある奴がいたらもしかしたら……お前の気に入るパートナーでも見つかるかもしれないな」
「え……あ……」
今更になって実感が湧いてきたのか、彼女の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
その涙は今までの孤独で流す涙ではなく……これからの道に光を見出す、歓喜の涙だった。
「ところで、さ」
「何だよ?」
ホーネットが言い辛そうにミーテリアの方を見る。その視線は、彼女の股間。
そこからはまだ白っぽい何かが垂れていた。
「あれ、ヤったの?」
「……あー……」
半ば無理矢理だったが、否定はできなかった。
「ミーテリアってさ、物凄い昔から生きているんだよね?」
「そうだな」
「……」
「……」
沈黙。空気が凍る。
『マスターには熟女嗜好もありましたか』
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
ラプラスは俺を追い詰める天才だと思った。
〜宿屋『大樹の揺り篭』〜
「あ”〜〜〜〜体中いでぇええええ……」
ホーネットに送ってもらい、宿屋に部屋を取った俺は早々にベッドに倒れこんだ。
『<コピーキャット>は本来パーソナルトゥルーパーなどにモーションを模倣させるツールです。生身の身体にダウンロードすると、身体負荷を無視してモーションの模倣を行うので、自分の限界を遥かに越えた動きを身体負荷無視で行えばその分の反動はまとめて襲いかかってきます』
「分かっちゃいる……いるけどさぁ……それでも痛いもんは痛いんだよ……」
全身が筋肉痛を超えて筋繊維断裂のような痛みに襲われる。しかし、
「ま、代償がこれで一人の心が救われたって言うなら……安いもんか」
『マスターはお人好しです。その厚意があなた自身の身を滅ぼさないかと、私は懸念します』
「気をつければ問題ない。切り捨てるところは切り捨てるつもりさ」
『自分を切り捨てていたら世話はありません』
「ぐ……」
痛いところを突いてくる。
〜???〜
ここは、アルテアがホーネットに案内してもらった、日の当たりやすい樹海の中の広場。
夕焼けの中、匂いを嗅ぎつけて飛んできたハニービーとたわいもない世間話をするミーテリア。
彼女が独りになる事はもう無いだろう。しかし。
「(私は、貴方と一緒にいることも魅力的だと思ったんですよ?アルテアさん。)」
彼女の想い人は、もういない。彼女の孤独を断ち斬った男は、もう戻らない。
「(だから、貴方との別れを惜しむ涙くらいは、流してもいいですよね?)」
突然泣き出したミーテリアにハニービーは慌てるが、彼女は何でもないと微笑んだ。
温かい、最後の別れの涙を流しながら。
両手にダンベルを持って上下に動かす。
僕は現在絶賛筋トレ中だ。何故かと言うと……
『30回をカウントしました。小休止に入って下さい』
この重い自分専用の武器を使いこなす為に筋力をつけたいからだ。
この筋トレ+日々のトレーニングメニューをこなすことが最近の日課になっていた。
『はぁ……はぁ……ラプラス、あと何セット?』
『現在3セット目。残り2セットです』
ダイアログに現在の終了セットと残りセットが表示される。
ラプラスの自由会話モードは基本的に使っていない。
研究者曰く、会話を行えば行う程自分の思考や性格に近づいていくそうだ。
それがなんとなく気持ち悪くて極力使用を控えるようにしている。
『本来成長期の肉体を酷使することはよくありません。中止を推奨します』
『だめだよ。少しでも早くおやっさんの役に立ちたいんだ』
そう、僕はまだ拾ってもらった恩を返せていない。
おやっさんの動かしている組織『フェンリル』は民間軍事請負会社……所謂傭兵だ。
僕は戦闘用電子体の扱いが苦手なので、没入中の味方の体を守る任務が主となる筈だ。
筈、というのはまだ作戦行動に出たことが無いからなのだけれど。
『そのためにも体は鍛えておかないと……さ、続き始めるよ』
『了解。カウント開始します』
そうして僕はまたダンベル運動を再開した。
その後、姉さんに見つかってもっと休めとこっ酷く叱られたのは言うまでもない。
〜宿屋『新緑の揺り篭』〜
目が覚めるとそこは見知らぬ部屋でした。
「なんてボケかます意味はねぇよな。おはよう、ラプラス」
『おはようございます、マスター。現在時刻はAM6:00です』
探索を行うのであればこの位の早起きが丁度いい。
荷物を詰めた背嚢と鵺を担ぎ、部屋を出て階下に降りていく。
「おはよう、おやっさん」
「よう、昨日はよく眠れたか?」
「あぁ、ぐっすりと。久しぶりに安眠できた気がするよ」
なにせギルドの宿場では夜になると色々と音が聞こえてくる。
ギシアンとかギシアンとかギシアンとかね。最近は気にならなくなってきたけど。
「ハッハッハ!そりゃよかった!旅先じゃ眠れなくなる奴がいるみたいだがお前さんは無縁みたいだな!」
宿屋の親父さんは一度奥へ引込み、朝食を持ってきてくれた。
「きちんと食って、今日一日頑張れよ!」
「うす!頂きます!」
手を合わせて朝食を食べ始める。
「お前さんはジパングの生まれかい?」
「んぁ?何で?」
トーストにかぶりつこうとした途中で聞かれたので間抜けな声が出てしまった。
「そりゃ手を合わせてイタダキマスなんてジパングの奴らぐらいしかやらないからな」
そういえば俺はどこの生まれなのだろう。
『マスターは日本人の上官に拾われ、育てられました。動作の癖に日本人特有の物が出ることは極めて自然なことです』
こういう場合はどう説明したものか。
「俺はジパングの人に拾われたもんでね。教え込まれたのはみんなジパング流さ」
「へぇ、ジパングの奴らは礼儀正しい奴らが多いからいい事だと思うぜ?あんたは礼儀とかはあんまり関係ないみたいだけどな!」
そう言って豪快に笑う親父さん。どこかで似たような人にあった事がある気がするんだが……気のせいだろう。
〜樹上都市ミーテリア 北口〜
街の出入口はエレベーター式だった。
片方に籠、片方には重さを増減できる錘が付けられ、籠に乗ると、ゆっくりと籠が降りていく。
「これって乗る奴の重さ次第ではあっという間に地面に叩きつけられるよな」
『そこを調整するのが魔術師の腕なのでしょう』
エレベーター1基につき魔術師が一人着き、重さを調整している。
「なんとも非経済的なことだ」
『否定はしませんが、それで経済が成り立っているなら問題ないでしょう』
AIと世間話をしながら俺は街を降りていく。
目指すは樹海の奥地、童話の中の金色のアルラウネの棲家だ。
〜エルドル樹海〜
「鬱蒼としているな」
その森は既に森ではなく、密林とでも呼んだほうがしっくり来るような場所だった。
『人工衛星も飛んでいないのでGPS機能は使えません。移動速度と移動方向を使用した簡易マッピングを使用します』
文明の利器バンザイ。
「それなら道に迷っても無事に帰って来れそうだな。童話の二の舞にはならないだろ」
『川もブッシュも無視して帰還地点へ突き進むのであれば、という条件付きですが』
「……無いよりはマシだ。行くぜ」
『了解。マッピングを開始します』
視界の右上あたりが小さく切り取られ、矢印と村の入口、進んだルートが表示される。
俺は意を決して密林へと分け入って行った。
「苦労、するとは、思ったが!」
足元を覆う草は意外なほどに深い。
「こんなことならマチェットでも持ってくりゃよかったな!」
『ヴァイスリッパーで草を刈り取ることもできますが』
「どのみち振り回すのは鵺ごとだろう。体力がもたん」
フェンリルクローを使うという手も考えたが、関係無い所までなぎ払って魔物が潜んでました、では洒落にならない。肝心な所で使えない武器だった。
「へぇ、こんな所まで人間が入ってくるなんてね」
上の方から声がする。見上げると。
「まともに動けない上に疲れている。これは襲ってくれって事でいいのかな?」
槍を持ち、ガントレットとレガースを付けた蜂女が空中をホバリングしていた。
『図鑑検索…ヒット。昆虫型ビー類ホーネット。ビー類の中でも大型の種類です。彼女たちの槍には麻痺毒が塗布されています。十分注意して下さい』
というか……。
「(でけぇ……)」
視線が自然とその二つの巨大な破壊兵器に吸い寄せられる。
「ふふん♪これ、気になる?」
その巨大な破壊兵器が彼女の手の中でグニグニと形を変える。
「うわ……すげ」
目を逸らせない……が、
「もし一緒に付いてきてくれるならもっと凄いことしてあげるけど……どうする?」
「わりぃ、それ無理」
ここで付いて行って一生拉致監禁、なんてなったら色々まずい。借金とかエクセルシアの事とか幼女と鼠の事とか。
「まぁ答えなんて最初から聞く気は無いわ」
ならなぜ聞いたし。
「どのみち私の針でグダグダにしてから持ち帰るつもりだったからね!」
彼女は槍を構えると、ホバリングから一転、急降下を仕掛けてきた。
『戦闘状態へ移行、自由会話モード解除』
「リッパー!」
『了解。ヴァイスリッパー展開』
鵺の先端が展開。複合兵装用の硬質セラミック刃が飛び出してくる。
槍の先端を受け流し、すれ違い様に槍の中程を叩き切る。
「何!?」
武器を壊されたのが堪えたのか、一度距離を取るホーネット。
「今宵のヴァイスリッパーの切れ味はひと味違うぜよ……」
『今は昼です。マスター』
突っ込む所はそこじゃない。
「別に攻撃手段が槍しかないって訳じゃない!」
ホーネットは宙返りをうつと、近くの木の枝へ逆さに着地。枝を蹴り、弾丸の如くこちらへ飛び込んでくる。
突進中にまた宙返り、体勢を整えると飛び蹴りの体勢へ移行した。
「究極!ホーネットキック!」
「ぶふぅ!」
あんまりにもあんまりなネーミングに吹く俺。思わず回避が遅れる。
「ぬをぉ!?」
なんとか躱したが……。
「うひゃあ!?」
彼女の股間が俺の顔に。そのまま押し倒され、顔面騎乗状態に。
「こ、こら!早く起きなさいよ!」
「お前が退かないと俺が立てないだろうが!」
ジタバタと暴れるホーネット。暴れるたびに彼女の股間が俺の鼻に擦れる。
「(うぶ……息が……)」
しかしこいつはこいつで使い道がありそうだ。
「こ、このぉ……うひゃあ!?」
太腿をガッシリと固定してビキニパンツ越しに舐め回す。
「こ、らぁ……なめ……ひぃ!?」
「ぶぉぉぉおおおお」
声を出しながら息を吐く。
「そ、それやめ……」
「ちゅ〜〜〜〜」
布越しにクリトリスへ吸いつく。
「やぁあああああああ!?」
パッポー〜十分後〜パッポー
「ま、まひりましたはぁ……」
「よろしい」
顔中ベトベトになっているが、気にしない。最終的に勝てばいいのだ。
彼女はプライドを完全にブチ折られ、地面に膝をついていた。
「ひどい……もうお嫁に行けない……」
なんかゴメン。
『マスターも大分この世界に耐性が付いて来たようですね』
褒められている気がしない。
「さて、敗者は勝者に従ってもらいましょうか」
「な……何するの……?」
自分の身体を抱きしめてぶるぶると震えている。
トラウマにならなきゃいいが。
「少しお願いを聞いてもらうだけさ。いいだろ?」
彼女は戦々恐々としてどんな命令が下されるのかを待つ。
「あ〜ラクチンラクチン」
俺は彼女に抱き抱えられて森の中を飛んでいる。
「いやまぁ、そりゃね?いつも森の中を男抱えて運んでいるからできなくはないけどね?」
彼女は腑に落ちていないようだ。
「あの状況だったら『身体を差し出せ〜』とか『奴隷になれ〜』とか言われてもおかしくないんじゃない?なんで?アタシそんなに魅力ない?」
だんだん落ち込んできたようだ。
「魅力がないとは言わない。というか正直むしゃぶりつきたいです。はい」
「じゃあ何で?」
「だって女漁りが目的でここに来た訳じゃないからな」
「ふ〜ん……」
「いや、最終的には女漁りになるのかな?」
「……」
ず〜んという擬音が聞こえてきそうだ。
「これってさ……」
「何?」
「アタシがこっそりこのまま巣へ運んじゃったらあんた抵抗できないんじゃない?」
今気がついたように訊いてくる。が、
「そんな事したら君のところの巣を木ごと焼き払うだろうな」
「ゴメンナサイ。本当にゴメンナサイ」
実はこの時フレイムスロワーが使用不能だったのは内緒だ。
「ところであんたはココへ何を探しに来たの?」
「森神様……いや、金色のアルラウネってわかるか?」
「あぁ、たまに冒険者がそんなの探しに来るね。あんたも?」
やはりいるのか。
「仕事でそいつの蜜を拝借しにね」
「でもこの森で長いこと生活しているけどそんな奴見たことないよ?」
「ふむ……」
森の中で生活している彼女たちが見ていない……か。ならば切り口を変えてみる。
「じゃあ森の中でどうしても近づけない場所はあるか?ここに行くと必ず迷うとか、やたら危険過ぎて近づけないとか」
森で生活する……しかも特に森の事に詳しい彼女たちが近づくことすら出来ない場所にいるのかもしれない。
「あ、あるある。男を追ってる時にそこに飛び込んだりするんだけど待っていると自然とこっちに戻ってくる所が」
ビンゴだ。
「そこまで連れていってくれ」
「まぁ……いいけど。何も無いよ?」
「どうだ?ラプラス」
『空間の歪を確認。何らかの空間操作をされている可能性があります』
「やはりな……」
「誰と話してんのよ?」
怪訝そうな顔でこちらを見る彼女。
「一人脳内会議だ」
「アブない人?」
「うっせ」
あとはここを抜ける術だが……
「(童話を再現……?いや、何か別の鍵があるのか?)」
あちこちを行ったり来たり。
足元が見えていなかったのか、
「うお!?」
木の根につまづき、転ぶ。
「ドジ〜♪」
ケラケラと彼女が笑っている。
「うるせぇ、舐めるぞ」
笑いがピタリと止まる。相当堪えているらしい。
「ってて……ん?」
クルミ大の丸いものが落ちている。
ポケットに入れてあったミーテリアの種が落ちたらしい。
「あ、それミーテリアの種?」
拾い上げた種を見た彼女が訊いてくる。
「それ美味しいんだよね。酒のおつまみにたまに拾いに行くんだ」
童話の中の男の子は帰りの際、この種を握り締めていた。
「もしかして……」
俺は木に立て掛けてあった鵺を担ぎ上げると、種を握りしめて空間の歪へと進んでいく。
「無駄だと思うけどなぁ……」
彼女がボヤいたが、気にせず進む。
しばらく歩くと、視界が開けた。
「こいつは凄いな……」
そこにあったのは色鮮やかな花畑。
『空間の歪を抜けました。現在隔離空間に進入中』
そりゃ誰も辿りつけない筈だ。
この空間へ行くための鍵がこんな植物の種だなんて誰も思いつかないだろう。
金のアルラウネに目が眩んだ奴ならば特にだ。
花畑の真ん中には大きな金色の蕾が佇んでいる。
「多分あれがそうだな」
『スキャン完了。植物型アルラウネ種アルラウネと断定』
蕾へと近づいていく。近づくたびに花の芳香が強くなっていく。
「なんか……変な気持ちになってきたな」
匂いを嗅ぐたびに身体の奥底が疼く。
「……一回くらいは……いかがわしいことしてもバチは当たらないよな……?」
もうこんなことを考えている時点でおしまいである。
とその時、足に何かが絡みついた。
「へ?」
気がついたときには全身蔦に絡みつかれ、蕾まで一気に引きずられていた。
鵺が置き去りにされているのが視界の端で確認できる。
「うをおおおおおおおお!?」
蕾が一気に花開き、中から金色の女性の上半身が現れる。
「来たぁ♪人間の男の人♪おいしそうなの男の人♪」
「ちょ、待て!落ち着け!」
跳ね上げられた俺は宙に浮いている途中、そのまま器用にズボンを脱がされ、アルラウネの蜜壺に息子がホールインワンしていた。器用すぎだろ。
「あはぁ♪いいよぉ♪男ち○ぽいいのぉ♪」
そのままの勢いで腰を振り立てられる。蜜壺の中は文字通りアルラウネの蜜で満たされており、摩擦0の膣内は容赦なしに俺を搾り取る。
「だしてぇ♪おち○ぽみるくどぴゅどぴゅしてぇ♪」
我慢できるはずもない。あっという間に俺は子種を彼女の中に放ってしまった。
「あ、ぐっ……」
「きたぁ♪おいしいのぉ♪おち○ぽみるくおいしよぉ♪」
その表情は恍惚と喜悦で蕩けており、とても話は聞ける状態ではないだろう。
「(あぁ……でも、流されちゃってもいいかな……)」
花弁の中に溢れる蜜に浸かり、むせ返るような花の芳香で意識が朦朧としてくる。
「って、いいわけねぇだろ……!」
自分を叱りつけ、無理矢理意識を引き戻す。
「ラプラス!パラケルスス展開だ!」
『了解。パラケルスス展開』
右手が淡い光につつまれ、応急救護キット「パラケルスス」が展開される。
「レーザーメスは!?」
『搭載済みです。レーザーメス展開』
人差し指の先から赤いレーザーが放たれる。手首をねじ曲げ、レーザーを蔦で焼き切る。
アルラウネにレーザーを当てないように左手の蔦も切断。レーザーメスを解除。
「おばちゃんありがとう!愛してる!」
今はここにいない薬屋のおばちゃんに感謝の意を捧げ、バックパックに手を突っ込む。
中から取り出したのは紙に包まれた粉薬。
「いい加減に目を覚ませ!桃中花草(とうちゅうかそう)がぁ!」
それをアルラウネの鼻先でぶちまけ、自分もそれを吸う。
『冬虫夏草は寄生菌類であってアルラウネを指す名称ではありません』
どうでもいい。
「ゲホッ!ゲホッ!……あれ?私何を……?」
夢から覚めたようにキョトンとしているアルラウネ。
「よぅ、目は覚めたかよ?」
ニっと笑って挨拶。下がまだ入ったままなのは気にしない。
「あの……どちら様ですか?」
そう来たか。
二人で一旦落ち着き、互いに自己紹介をする。
彼女はミーテリアと言うらしい。なんとあの街の樹の名前と同じだ。
「そうですか……それはご迷惑をおかけしました……」
話が通じてホっとした。下手したら地球外生命体の可能性もあるわけだし。
あ、ここ地球じゃねぇか。
「それで、だ。少しだけ蜜を分けてもらえないかな?仕事で持って帰らないといけないんだ」
「蜜を渡すのは構わないのですが……」
少し躊躇う彼女。
「何か問題があるのか?」
「いえ、貴方が蜜を受け取ったらそのまま帰ってしまうのですよね?」
「まぁ、そうなるわな……」
なんとなくだが言いたい事が判ってしまった。
「そうしたら私はここでまた一人ぼっちです……」
「……」
俺の視界の端に綺麗に並べられた白い物が映る。あれは……人骨?
「一緒にいてもらうことはできないのですか?貴方の望むことならなんでも致します!ですから!ですから……!」
涙を一杯に浮かべて声高に叫ぶ。
「私を独りにしないでください!」
それは、永い刻を独りで、この閉ざされた空間で過ごしてきた彼女の心の叫びだった。
童話の少年は、母親に逢いたいと言ってこの場を立ち去った。俺も同じ事を言えば彼女は引き止めることができないだろう。しかし……
「(それじゃ救われない……よな。)」
俺にはこの孤独な女性を独りにする事など、できなかった。
「要するに君が独りじゃなくなれば、俺を引き止める理由も無くなるわけだよな?」
「……え?」
何を言っているのかわからないと言った表情で固まる彼女。涙は既に止まっていた。
「この結界、自分じゃもう解除できないんだろ?消し方を忘れたとかで」
「はい……この結界を張ったのはもう数えることもできないくらいの昔なので……」
要するにパスワード付きのファイアウォールを張ったはいいが放置しすぎたせいでパスワードを忘れてしまった……といった所か。
俺は彼女の根元に屈みこみ、根元の部分を掴む。
「少し力を抜いて。抜けやすいように」
「抜けやすいように?ええと、こうですか?」
彼女が力を抜いたのを確認すると、一気に引き抜く。
「ふん……ぬ!」
かなり力は必要だったが、とりあえず引き抜くことは出来た。
「わ、わ、わ!」
「運ぶぞ」
俺は彼女を持ち上げながら、結界の最外縁まで歩いて行く。
たどり着くと、彼女を地面へと置いた。彼女は根っこだけで器用に立っている。
「ラプラス。可能な限り剣の扱いに熟達した人物のモーションパターンはあるか?」
『保有済み。モーションパターン、<ゼンガー・ゾンボルト>』
「そいつの動きを俺が真似ることはできるか?」
『可能。モーションインプラントシステム<コピーキャット>起動。脳チップにダウンロード開始』
俺の身体に、魂に、細胞一つ一つにゼンガー・ゾンボルトという人物が染みこんでいく。
「あの……一体何を?」
「全ての物体、森羅万象には斬線が存在するという。個体、液体、気体、空間。剣の達人はその全てを切り裂く」
ヴァイスリッパーを展開。大上段に構える。
「それがたとえ、全てを拒絶する閉鎖空間だったとしても」
全身に力が滾り、森羅万象を断ち切る刃となり、リッパーへと伝わっていく。
「我が名はアルテア=ブレイナー!悲しみを断つ剣なり!」
全身に溜まった力が爆発、
「チェストォオオオオ!」
大上段に振り上げた鵺を一気に振り下ろす。
辺りが静寂に包まれる。1秒、2秒、3秒。
突如、空間に一条の線が走る。その数は二本、三本と数を増やし、目の前の結界の壁を走りまわる。
線の数が十一本に達した時点で、
<ビシッ!>
空間に入る亀裂。亀裂は無数に広がり、前方の空間を埋め尽くし、そして。
<パァーン!>
甲高い音を立て、空間そのものが『砕け散った』。
「我が斬艦刀に、断てぬ物無し!悲しみも、孤独も、俺が全て叩き斬ってやる!」
『それは斬艦刀ではありません』
台無しだよ。
彼女を抱えて結界の外へ。俺達が結界を通り抜けると、結界はすぐに修復されてしまった。
「おかえり〜って誰それ!?」
向こうから先程のホーネットが飛んでくる。
「よう、見つけたぜ。金色のアルラウネ」
「うわ、本物?金粉くっつけて金色〜とかやってない?」
出店のヒヨコじゃあるまいし。
「本物だよ。しかも聞いて驚け、名前はミーテリアと言うらしい」
「ミーテリアって言うと昔話の女神の?街の名前の由来にもなった?」
おそらく、彼女はミーテリアの街の大樹が無い頃からこの地にいるのだろう。
そして童話の男の子を助け、種を持たせて家に帰した。
ミーテリアの種を持つ男の子だけが花畑に帰って来れるように。
男の子はその種を地面に植え、その種が大樹となり、今のミーテリアの街となった。
その間も彼女は待ち続けたのだ。自分が助けた男の子の帰りを。
時は流れ、極稀に種を持ってこの場所に現れる者もいたのだろう。
その人達は魔物と化した彼女に拘束され、死ぬまであの空間に縛り付けられた。
その人が死ぬと、次の人を待つ。その待っている間を孤独に蝕まれながら。
「あの……これはどういう事ですか?」
そりゃ今まで何人も彼女に接触が起こるということは無かったのだ。驚きもする。
「これからは沢山友達ができるってことだ。お前を尋ねる根性がある奴がいたらもしかしたら……お前の気に入るパートナーでも見つかるかもしれないな」
「え……あ……」
今更になって実感が湧いてきたのか、彼女の瞳にみるみる涙が溜まっていく。
その涙は今までの孤独で流す涙ではなく……これからの道に光を見出す、歓喜の涙だった。
「ところで、さ」
「何だよ?」
ホーネットが言い辛そうにミーテリアの方を見る。その視線は、彼女の股間。
そこからはまだ白っぽい何かが垂れていた。
「あれ、ヤったの?」
「……あー……」
半ば無理矢理だったが、否定はできなかった。
「ミーテリアってさ、物凄い昔から生きているんだよね?」
「そうだな」
「……」
「……」
沈黙。空気が凍る。
『マスターには熟女嗜好もありましたか』
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?」
ラプラスは俺を追い詰める天才だと思った。
〜宿屋『大樹の揺り篭』〜
「あ”〜〜〜〜体中いでぇええええ……」
ホーネットに送ってもらい、宿屋に部屋を取った俺は早々にベッドに倒れこんだ。
『<コピーキャット>は本来パーソナルトゥルーパーなどにモーションを模倣させるツールです。生身の身体にダウンロードすると、身体負荷を無視してモーションの模倣を行うので、自分の限界を遥かに越えた動きを身体負荷無視で行えばその分の反動はまとめて襲いかかってきます』
「分かっちゃいる……いるけどさぁ……それでも痛いもんは痛いんだよ……」
全身が筋肉痛を超えて筋繊維断裂のような痛みに襲われる。しかし、
「ま、代償がこれで一人の心が救われたって言うなら……安いもんか」
『マスターはお人好しです。その厚意があなた自身の身を滅ぼさないかと、私は懸念します』
「気をつければ問題ない。切り捨てるところは切り捨てるつもりさ」
『自分を切り捨てていたら世話はありません』
「ぐ……」
痛いところを突いてくる。
〜???〜
ここは、アルテアがホーネットに案内してもらった、日の当たりやすい樹海の中の広場。
夕焼けの中、匂いを嗅ぎつけて飛んできたハニービーとたわいもない世間話をするミーテリア。
彼女が独りになる事はもう無いだろう。しかし。
「(私は、貴方と一緒にいることも魅力的だと思ったんですよ?アルテアさん。)」
彼女の想い人は、もういない。彼女の孤独を断ち斬った男は、もう戻らない。
「(だから、貴方との別れを惜しむ涙くらいは、流してもいいですよね?)」
突然泣き出したミーテリアにハニービーは慌てるが、彼女は何でもないと微笑んだ。
温かい、最後の別れの涙を流しながら。
12/03/06 11:51更新 / テラー
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