第十話〜自分のやらかしたことに責任を取れ〜
『例の研究所で見つかった兵器……ですか?』
姉さんとおやっさんが黒くて大きい何かを眺めている。
あれって何かな……大砲?
『あぁ、でもどんな凄腕でもプロテクトが解除できんらしい。専用のコードが無きゃアクセスもできないとか』
『そのコードの特定は?』
『まだだ。なにせ使われている言語も従来の物じゃないらしい。まさにブラックボックスの塊だなぁ』
おやっさんが頭を掻いてそれをコツコツ叩いている。
『少佐、それは何ですか?』
我慢できなくなって訊いてみる。
『お前を見つけた所で発見された……何だろうな、これは。銃口とグリップとトリガーがあるってことは銃の類なんだろうが……』
試しに端っこをツンツンつついてみる。
『何なら持ってみるか?』
『少佐……いくら作動しないとはいえ彼に持たせるのは……』
姉さんが難色を示している。でも、僕はそれをもっと触ってみたくなった。
『よい……しょ』
物凄く重い。先端が重すぎて構えられない。
『すごく……重いです』
『っはっは!まぁそうだろうな。トレーニングはさせているが実銃……それもこんな大型の物を持ったのは初めてだろう』
元の場所に戻そうとした時、目の前にアクセス許可を求めるアラートが出てきた。
『あれ……何だろう?』
『あん?どうした?』
『アクセス許可を求めるアラートが表示されたんですが……許可してもいいですか?』
二人が驚く。先程の会話通りだとするなら……多分僕がそのコードを持っている……って事かな?
『止めろアルテア!それが何か分からない以上迂闊に手を出すのは……少佐!』
『やらせてみよう。こいつと同じ場所で見つかった物だ。多分、アルテア以外はこれを使えない』
僕はアクセスを許可する。
すると、無数のウィンドウが開いて僕の身体データやDNAコードが入力されていく。
『登録完了。おはようございますマスター。私は自己推論進化型戦術サポートAI、K-1413148番<ラプラス>です』
『わ、わ、何か出てきました!』
『これは……確定だな。おそらくコイツはお前専用に調整された装備なんだろう。そいつの扱いはお前に一任する。できるな?』
『少佐!アルテアにこのような出自不明の装備を持たせるのですか!?彼はまだ実銃すら手に取ったことが無いのですよ!?』
『問題ありません。私はマスターのサポート機として作成されました。逆に言うなればマスター以外は私を扱うことができません』
しかし、AIの言葉は姉さんには届いていないみたいだ。仕方なく通訳してあげる。
『問題ないって言ってます。むしろこれを扱えるのは僕だけだとか……』
『ほら見ろ。コイツ以外にこれを持たせたって宝の持ち腐れだ。上手く扱えよ?アルテア』
しかし僕の方にも限界が来ていた。
『も……無理……持て……ない』
僕はそれを取り落として……
<ゴッ>
つま先へ砲身が落下。暫く悶絶する羽目になった。
〜冒険者ギルド宿舎 アルテア自室〜
「……」
これで確定だ。恐らくこの夢の中の少年は俺なのだろう。
そして、これが俺とラプラスの出会いだったのだ。
「ラプラス」
『何でしょう、マスター』
俺の声にラプラスがリブートする。
「あの時は落としたりして悪かったな」
『記憶が戻ったのですか?』
俺は首を振る。
「昔の事を夢に見ただけだ。それが俺だと理解するまで時間がかかったけどな」
『そうですか。時刻はAM5:30です。起床にはまだ少し時間がありますがどうしますか?』
確かにいつもより30分ほど早かった。
「起きる。目覚ましに顔洗ってくるわ」
俺はベッドから起き上がってハンガーに掛けられていたジャケットに袖を通す。
『了解。いってらっしゃいませ』
〜冒険者ギルド ロビー〜
今朝も定位置でコーヒーを飲みながら、鵺の改造とメンテナンス作業に勤しんでいる。
改造と言っても持ち運びのしやすいようにアタッチメントにカラビナを取り付け、ベルトを通して肩に架けられるようにするだけだが。
ウィンドウを開き、使用可能な兵装を確認する。
「(幸いというべきかなんというべきか……出力は落ちているがメインウェポンとしてオクスタンライフルは使えるみたいだな。ミサイルやら光学兵器は……クソ。軒並み使用不可能か。煙幕とか火力に繋がらない武器は無事なんだがな……。火器管制システム、複数の兵装を同時に扱うためのシステムか。殆どの兵装が使用不可能な今は使えなくてもさほど気にはならないか。)」
膝の上ではニータが持ち寄ったチーズを齧っている。
どうやらアニスちゃんはミリアさんと買い物に行っているらしい。
「(ビットも戦闘目的の物は壊滅的だな……。歩兵化兵装も大部分が使えないか……。使い勝手が良さそうなものも結構あっただけに残念だ。実弾兵器関連も壊滅か……。ま、オクスタンライフルが1つあれば事足りるな。弾薬が無くなったら……その時はその時だ。)」
「ひっとりじめ〜♪ひっとりじめ〜♪」
邪魔者がいない事でニータのご機嫌は有頂天に達している。
「(センサー類も軒並みやられているな……。使えるのはXレイと望遠と動体センサーか。まぁ使えるに越したことはないか。自己修復機能も大分麻痺しているし……復旧はまだまだ先だろうな。E-Weapon、こいつが今一よくわからん。最初に見たときはこんなもん付いてなかったはずだが……。システムチェックでも有害な物と判断されないし……これはそのままでもいいか。)」
かまって欲しいのか、尻尾は俺の手を撫でたり足に絡みついたりとせわしなく動いている。
「(パラケルススが使えるのは僥倖だった。少なくともこれが使えないとあの時死んでいたかもしれないからな。近接武器も使えるか……でもインファイトは苦手なんだよなぁ……。)」
この世界に来た時より遥かにダウングレードしている鵺を眺めてため息を吐いていると……。
「アル、アル〜」
ニータが呼んでいる。
「ん〜?」
ニータの呼びかけに顔を下げると
「ん〜……」
チーズを口に含んだまま唇を突き出している。
「生憎、コーヒーと一緒にチーズを食う趣味はない」
「え〜……」
残念そうにするが、そんな気はないのだから仕方がない。
『マスターは所構わず手を出す変態かと思っていたのですが』
AIの部分だけ削除したろうかこいつ。
<カランカラン……>
ドアに付けられたベルが鳴り、入り口のドアが開いていく。
入ってきたのは……
「(あいつ……昨日の山羊角か?)」
一人のバフォメットだった。
コトコトと蹄を鳴らし、受付まで歩いて行く。
「依頼を持ってきたぞい」
そう言うと受付嬢に鞄の中から取り出した羊皮紙の巻紙を取り出す。
「はい、確かに受理しました。期間の程は?」
「そうじゃのぉ……」
チラリとこちらを見る。
「個人への依頼じゃからあいつに回しておくれ。仕事を取りに来たらすぐにな。期限は1週間以内にの」
そう言うとツカツカとこちらへ歩いてきた。
「よ、よぅ……」
「いい朝じゃの」
思い出すのは、フェンリルクローで吹っ飛んでいく目の前の幼女。
「おぬし……やはりロリコンじゃったか」
『はい、彼はロリコンです』
「何を見て言ってんだあんた!?」
そしてラプラス。テメェは黙ってろ。
「膝の上のそいつは何かのぉ?」
膝の上では依然としてニータがチーズを齧っている。
「こいつはここが指定席なんだと。降りろって言っても聞かないからこのままなだけだ」
『退けない辺り役得満喫中ですね。わかります』
「ほう、それじゃぁあの娘っ子はどう説明するつもりかの?」
「あの子?」
バフォメットの手が差した先を見ると……。
「おにいちゃんただいま!」
アニスちゃんがいた。いたのだが……。
「……何?それ」
エプロンドレスのお腹の辺りがぽっこりと膨らんでいた。
気を静める為にコーヒーを一口。
「えとね、えとね。おにいちゃんのあかちゃん!」
「ぶっふぉ!?」
『おめでとうございます。一人目ですね』
「うわ!きたな!あっつ!また変な性癖増やすつもり!?」
「口の中の物を吹くでない!汚いじゃろうが!」
念の為に、一番目の吹く音が俺、二番目が俺を茶化すドSのAI。三番目が俺の膝の上に乗っていてこぼしたコーヒーをモロに被ってしまったニータこと手遅れ鼠、四番目が丁度吹き出したコーヒーが直撃したバフォメットだ。
「冗談にしても悪質すぎんだろ!?第一アリスに子供ができるわけねぇだろ!?てかアレか!ミリアさんの入れ知恵か!?何を考えてんだあの人はああああああああああああ!」
何度も言うが人ではない。
「へぇ……シたんだ」
「やはりロリコンじゃな」
「したってなぁに?」
『インキュバス化一歩手前でしたよね』
今更ながらピラミッドクラスに盛大に墓穴を掘った事に気づく俺。
「えぇい!あの痴女を出せ!どういう事なのかきっちり説明を要求する!」
「痴女ってのは私のことかしら?」
ドアの外で様子を伺っていたミリアさんが中へと入ってくる。
「あんたアニスちゃんに何させてんだよ!?冗談にしても悪質だろ!?」
「あら、8割くらいは本気よ?」
殆ど本気かよ!
『母親公認ですね。私に遠慮は要りません、今からでも部屋に連れ込みますか?』
これ以上茶々入れるんじゃねぇ!頭が破裂する!
「もしここに永住してくれるならアニーを預けたっていいと思っているんだから♪」
「いらねぇ!とは言えないけど自分の娘をもっと大切にしろよ!?」
「おにいちゃん……わたしおにいちゃんのおよめさんになれないの?」
「最低ね」
「最低じゃな」
『最低ですね』
「お前らも事態を引っ掻き回すな!収拾がつかなくなる!」
「あら、だったら私が貰っちゃおうかしら?」
『親子丼ですか。流石マスター、考えることが違います』
「あんた結婚してんだろうが!?旦那さん泣くぞ!?ていうかラプラス!テメェもう黙ってろ!」
「待て!アルテアは私がいただく!」
「お前まで出てくんなあああああああ!」
唐突に沸いたフィーを壁の中に押し込む。ノリがあればなんだってできるもんだ。
『ぬりかべ〜』
「あら、これで何又かしら?5又?」
「まだ手は出してねぇよ!てか何さりげなく自分加えてんだよ!?」
「違うな、6又じゃ」
「あんたも勝手に候補に加えるんじゃねぇ!というか一瞬しか接点無かっただろあんた!」
「何を言うんじゃ。あれだけ大きなモノをわしに叩き込んで置いて無関係とは随分薄情な男じゃの?」
『ヤリ捨ては十八番でしたか』
「ナニじゃねぇだろ!あれ武器だから!てかなんであれ食らって平然と歩きまわっているんだよ!?」
「わし強いもん」
「何!?その『自分VIT極ですから』みたいなノリは!?怪我どころか掠り傷一つ付いてないってどういう事!?」
「ふ〜ん……キズモノにしようとしたってこと?」
『それも一生癒えない傷ですね。鬼畜です』
「言 い 方 を 考 え ろ 言 い 方 を!それじゃあ俺が節操無く手を出すロクデナシみたいじゃねぇか!」
「違うの?」
「違わんじゃろ?」
「違わないでしょ?」
「きずものってな〜に?」
「違うのか?」
『間違ってはいないでしょう』
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?」
他のギルド員達は『やれやれ、また漫才か』というような生暖かい視線を向け、思い思いに朝食をとっていた。対岸の火事ですかコンチクショウ。
『マスターの今日の恋愛運はマイナス1ポイント。女難の相が非常に濃く出ています。なるべく女性との接触は控えましょう』
もう遅い。
「……」
今朝の漫才の影響で頭から湯気を出してテーブルに突っ伏す俺。
アニスちゃんのお腹の膨らみは麦わら帽子だったらしい。今朝の買い物で買ってきたのだろう。
ミリアさんは報酬の件について問い詰めたらはぐらかしてどこかへ行ってしまった。
フィーはいつの間にか壁から抜けだすと次の仕事へ向かっていった。
ニータは椅子を持ってきて隣に座ってすまなそうにこちらを見ている。流石にやり過ぎたと思っているらしい。
そしてバフォメットはというと……。
「なんでお前はまだここにいるんだよ……」
顔だけ動かしてジト目を向ける。
「何、一つ忠告をの」
砂糖をどっぷり入れたコーヒーを啜りながら言うバフォメット。チクショウ、俺だって砂糖入れたいのに贅沢しやがって。(砂糖は別料金)
「おぬし、魔術師ギルドの壁をぶち抜いて行ったじゃろ?」
「うぐ……」
「今回はおぬし宛に依頼を持ってきたんじゃが……断ったらその修理代がそっくりそのままおぬしに請求されるようにしたからの。そこんとこよろしく」
「……」
ぐぅの音も出ないとは正にこの事だろう。
「それじゃ、わしはこのあたりで。依頼の件、くれぐれも忘れんようにの?」
そう言うとトテトテとギルドを出て行った。
「不幸だ……」
「自業自得じゃないの?」
全くでございます。
〜クエスト開始〜
―伝説の素材―
『この間は世話になったのぉ?お詫びに壁の修理代の請求をたっぷりと……と、言いたいところじゃがあれだけの腕の男を借金なんぞで潰すのは惜しいからの。
このクエストを受けてくれれば特別にこの件はチャラにしてやろうかの。
今度のサバトの集会のテーマは『媚薬』じゃ。
一番できのいい媚薬を作ってきた者が新しく入ってきた兄様達の中から優先で好きな兄様を選ぶ権利を得るのじゃ。
わしもそろそろ自分の兄様が欲しくての?どうせだからこの集会で素敵な兄様をゲットしようと思うとる訳じゃ。
そこで、じゃ。エルドルの樹海奥地に金色のアルラウネがいて、その蜜が大層質がいいとの噂があっての。その蜜を取ってきて欲しいのじゃ。
もちろん噂じゃからいるとは限らんが、その時は何か別の媚薬の材料になりそうなものを取ってきてもらっても構わん。
そうそう、依頼を見る前に言った事。夢々忘れるでないぞ?
モイライ魔術師ギルド ギルド長兼サバト長 エルファ=T=ヤーシュカ』
「依頼前に言ったことって何ですか?」
「知りたいか?」
純粋な好奇心なのだろう。遊ばれた後なのでせっかくだからその好奇心で遊んでやる
「えぇ、まぁ……」
「それはな……」
「それは……?」
「……やっぱいいや」
「えぇ!?そこまで言って切るんですか!?」
「うん、言う気なくした」
「気になるじゃないですか!教えてくださいよ!」
「面倒。んじゃな」
「ちょ!そんなぁ……」
〜旅の館〜
クエストの遂行地点があまりにも遠かった場合、ギルドの紹介状をこの施設へ持っていけば無料で転送魔法を使わせてくれるらしい。
普段は高額で、基本的に大商人が他の街に赴く時や国の早馬代わりに使われる。
一般の使用者は殆どいないらしい。
ちなみに利用料は1回につき金貨三枚。日本円にして約3万円ほどだ。
「ほい、紹介状だ」
受付の魔女に紹介状を渡す。
「少々お待ち下さい……はい、確認しました。モイライ冒険者ギルド支部所属 アルテア=ブレイナー様ですね?3番の転送陣からどうぞ。行き先はミーテリアです」
魔女からカードを渡される。切符の代わりらしい。帰りもこのカードを見せればOKだそうだ。
「さんきゅ。んじゃ、いってきますっと」
「行ってらっしゃいませ。よい旅を」
後ろ手に手を振り、3番と書かれている柱の魔方陣まで歩いて行く。
魔方陣に乗ると、魔方陣が光り出し、辺りに光の粒子が飛び交い始める。
自分の体重を感じなくなり、風景がブレた途端、辺りの風景がガラリと変わっていた。
「へぇ……便利な物だな」
『転移時の時間的誤差無し。転移座標の誤差コンマ1以下。現世界でもこれほどの転送技術はそうそうありません。類似している転移原理としてはバイタルジャンプが近いと思われます』
「ま、使えるなら使っておこうぜ。便利なんだし。原理なんて知らなくてもオーケーって事で」
AIとたわいもない会話をしつつ、俺は施設の出口へ向かった。
「ご利用有難う御座いました。またのご利用をお待ちしています」
「お……う?」
受付に座っていたのは先ほどの魔女と瓜二つの魔女だった。
「?……何か?」
「いや、何でもない」
世の中には知らないほうがいいことが山ほどあるのだろう。
〜樹上都市ミーテリア〜
ミーテリアの街は樹海が近いこともあってか、そこいらじゅうに木が生えていた。
いや、語弊があるので言い直す。巨大な樹の上に街があった。
『これほどの自然は現世界ではもう既に残っていません。貴重な光景です』
今は戦闘時ではないので自由会話モードだ。基本的にこのモードにしておいたほうがいいらしい。
「現世界ってどんだけ荒廃しているんだよ……なんか帰りたくなくなってくるぞ」
『この街が極端なだけで自然は小規模ながらも存在しています』
「へいへい……お国自慢はいいから……って俺の世界でもあるのか」
木でできた案内板を眺め、現在位置と目的地への街の出入口、商業地区や拠点として使う宿泊街などを確認する。
『ミーテリアのマップと、目的地へのコース、物資補給に使う地域、拠点構築地域のバインドを完了しました。マップを呼び出せばいつでも確認可能です』
「よし、まずは物資の調達だ。樹海の中ならもしかしたら長丁場になるかもしれん」
『了解。ナビゲートを開始します』
〜薬屋『新緑の種』〜
「用意するとしたら何がいいと思う?」
薬屋の薬品棚を眺めながらラプラスに問いかける。
『大抵の負傷はパラケルススで治癒可能。問題は現地特有の風土病です。地元民に確認を取り、調達を推奨します』
「んだな。すいませ〜ん!」
「はいはい、何が入用ですか?」
出てきたのは恰幅のいいおばちゃんだった。人の良さそうな目元に好感が持てる。
「この街の付近って風土病みたいなもんはあります?あと特殊な毒虫とか」
「取り立てて厄介な病気は無いねぇ……。毒虫といえばホーネットぐらいのもんさ」
からからと笑うおばちゃん。まぁ極めて危険な毒というわけじゃないからだろう。
「なんならホーネット用の解毒剤でも出すかい?お兄さんかっこいいからおまけしとくよ」
『この世界の魔物が使ってくる毒はパラケルススでは解毒できません。手に入れておいて損はないでしょう』
万能じゃないって訳ね。
「じゃあそれを。いくらかな?」
「小瓶を銀貨で8枚だよ。あとこれはおまけの鎮静剤」
「鎮静剤?」
「精神を落ち着ける効果がある粉薬さ。これを吸わせるとどんなに興奮した奴でも一発で正気に戻るよ!」
媚薬の逆みたいなもんか。魔物相手には有効かもしん。
「はい、銀貨8枚」
「毎度!他に何か用事はあるかい?」
「そうだな……」
『ターゲットのアルラウネに関して聞いてみてはどうでしょうか?薬屋ならば植物にも詳しいでしょうし、有用な情報が聞けるかも知れません』
それもそうだな。
「金色のアルラウネって聞いたことあるか?」
その質問をすると、おばちゃんは途端に呆れ顔になる。
「あんたも森神様を探しに来たクチかい?」
「森神様?」
「樹海の守り神と言われているアルラウネさ。でも見つけた人は誰もいないし、大抵の奴は何も成果を挙げずに帰って行くよ」
「じゃあ何でそういう話があるんだ?」
「この街に伝わる昔話さね」
そう言うとおばちゃんはその昔話を語ってくれた。よほど話好きなんだろうな。
深い深い森の奥。道に迷った男の子が森を彷徨っていました。
お腹はペコペコ、喉はカラカラ。服はボロボロで、靴はすでに両方脱げていました。
森にはこわいこわい魔物がすんでいて、時折その魔物の叫び声が聞こえます。
「おうちにかえりたい、かえりたいよぅ」
男の子は泣きました。泣いて泣いて泣きつかれたその時、木と木の間からキラキラと光る何かが見えました。
男の子は不思議に思い、その方向へと歩いて行きました。
そこにいたのは金色に光る女神様でした。
上半身は裸で、腰から下はひらひらして、まるでお花に包まれているようです。
「あら、どうしたの?こんな森の奥深くまで」
男の子に気づいた女神様は、訊きました。
「女神様。ぼく、森の中で道に迷って迷子になってしまったんです。どうしたらいいんでしょうか」
女神様は微笑み、腕を広げました。
「心配する必要はないわ。ぼうやは私が守ってあげる」
男の子は引き寄せられるように女神様に近づき、その腕に抱きしめられました。
「大丈夫よ、私がついているから」
女神様は男の子に優しくしてくれました。
木の実や花の蜜を与え、草や花びらで作った服を着せ、木でできた靴を履かせました。
夜はひらひらしたドレスの中で一緒に眠り、怖い魔物は女神様が全て追い払いました。
しかし、それでもまだ女神様には叶えてもらえていない事がありました。
「ねぇ、女神様」
「なぁに?ぼうや」
「僕、おうちにかえりたい。おかあさんもおとうさんも待っているから」
女神様は悲しそうな顔をしました。
「私と一緒に暮らすのではダメなの?ぼうやが望むことならなんでも叶えてあげるわ」
「それじゃあ女神様」
「なぁに?」
「貴方は僕のお母さんになれますか?」
女神様は首を振り、残念そうに言いました。
「私では、あなたのお母さんになれないわ」
「僕、おかあさんにあいたい。あって『ただいま』っていいたいよ」
女神様は俯いていた顔を上げると、ドレスの中から何かを取り出しました。
「この種を持っていれば、無事にこの森を抜けられるわ」
女神様に渡されたのは、クルミほどもある大きな植物の種でした。
「さあ、おいきなさい。あなたのお母さんのところへ」
「ありがとうございました、女神様。この御恩は一生わすれません」
男の子は女神様に背を向けると、もらった種を握りしめて走り出しました。
男の子は走って走って走って。夜になって走り疲れたその時、小さな明かりが森の中から見えました。男の子が住んでいる集落です。
男の子は無事、おかあさんとおとうさんに逢うことができました。
男の子は大きくなると、村の村長になりました。
男の子は女神様の御恩を忘れない為に村の中心に女神様からもらった種を植え、村の名前を女神様の名前に変えました。
すなわち、ミーテリアと。
めでたしめでたし。
「なぁ、どう思う?」
薬屋で話しを聞き終えた俺は店を出て、ラプラスに聞く。
『にわかには信じ難い話です。ですが』
俺は辺りを見回した。樹上都市ミーテリアを。
『もし童話の中の男の子がもらった種がここまでの大きさになったとしたら、それはこの星の植物ではないのかもしれません』
「お前はこの与太話を事実と捉えると?」
『肯定。実際に、地球外の植物であればここまでの大きさになることに不思議はありません』
俺は屋台に山盛りになっている種を見る。それは、この街の住人が常備食として蓄えているミーテリアの樹の種子だった。
「非常食にはなりそうだし……一応持っていくか。おっちゃん、これ一袋」
<あいよー!>
―ミーテリアの種を手に入れました―
〜宿屋『大樹の揺り篭』〜
携帯用食料を買うと、宿屋へ行き、部屋を取って休むことにした。探索は明日からだ。
「なぁ、ラプラス」
『なんでしょう、マスター』
俺は袋から取り出したミーテリアの種をくるくると弄びながらラプラスに尋ねる。
「この樹にエクセルシアが絡んでいるってことは……」
『ありません。周囲のエクセルシアの反応は無し。変質が起こっていない純粋な植物です』
「だよな」
第一そんなに昔からあるなら、それに付随した何かの異変があってもおかしくはないのだ。
「世の中って不思議なことが山ほどあるんだな……受付の魔女然り、巨大な樹と昔話然り」
バックパックの中の種袋に戻そうとしたが、面倒になってジャケットのポケットの中へ。
『同意。科学で証明されていない物事はまだ星の数ほどあります。科学の力が無いこの世界ならば尚更です』
俺は世界の不思議に思いを馳せつつ、瞼を閉じた。
まだ見ぬ金色のアルラウネが、俺を呼んでいる。そんな気がした。
姉さんとおやっさんが黒くて大きい何かを眺めている。
あれって何かな……大砲?
『あぁ、でもどんな凄腕でもプロテクトが解除できんらしい。専用のコードが無きゃアクセスもできないとか』
『そのコードの特定は?』
『まだだ。なにせ使われている言語も従来の物じゃないらしい。まさにブラックボックスの塊だなぁ』
おやっさんが頭を掻いてそれをコツコツ叩いている。
『少佐、それは何ですか?』
我慢できなくなって訊いてみる。
『お前を見つけた所で発見された……何だろうな、これは。銃口とグリップとトリガーがあるってことは銃の類なんだろうが……』
試しに端っこをツンツンつついてみる。
『何なら持ってみるか?』
『少佐……いくら作動しないとはいえ彼に持たせるのは……』
姉さんが難色を示している。でも、僕はそれをもっと触ってみたくなった。
『よい……しょ』
物凄く重い。先端が重すぎて構えられない。
『すごく……重いです』
『っはっは!まぁそうだろうな。トレーニングはさせているが実銃……それもこんな大型の物を持ったのは初めてだろう』
元の場所に戻そうとした時、目の前にアクセス許可を求めるアラートが出てきた。
『あれ……何だろう?』
『あん?どうした?』
『アクセス許可を求めるアラートが表示されたんですが……許可してもいいですか?』
二人が驚く。先程の会話通りだとするなら……多分僕がそのコードを持っている……って事かな?
『止めろアルテア!それが何か分からない以上迂闊に手を出すのは……少佐!』
『やらせてみよう。こいつと同じ場所で見つかった物だ。多分、アルテア以外はこれを使えない』
僕はアクセスを許可する。
すると、無数のウィンドウが開いて僕の身体データやDNAコードが入力されていく。
『登録完了。おはようございますマスター。私は自己推論進化型戦術サポートAI、K-1413148番<ラプラス>です』
『わ、わ、何か出てきました!』
『これは……確定だな。おそらくコイツはお前専用に調整された装備なんだろう。そいつの扱いはお前に一任する。できるな?』
『少佐!アルテアにこのような出自不明の装備を持たせるのですか!?彼はまだ実銃すら手に取ったことが無いのですよ!?』
『問題ありません。私はマスターのサポート機として作成されました。逆に言うなればマスター以外は私を扱うことができません』
しかし、AIの言葉は姉さんには届いていないみたいだ。仕方なく通訳してあげる。
『問題ないって言ってます。むしろこれを扱えるのは僕だけだとか……』
『ほら見ろ。コイツ以外にこれを持たせたって宝の持ち腐れだ。上手く扱えよ?アルテア』
しかし僕の方にも限界が来ていた。
『も……無理……持て……ない』
僕はそれを取り落として……
<ゴッ>
つま先へ砲身が落下。暫く悶絶する羽目になった。
〜冒険者ギルド宿舎 アルテア自室〜
「……」
これで確定だ。恐らくこの夢の中の少年は俺なのだろう。
そして、これが俺とラプラスの出会いだったのだ。
「ラプラス」
『何でしょう、マスター』
俺の声にラプラスがリブートする。
「あの時は落としたりして悪かったな」
『記憶が戻ったのですか?』
俺は首を振る。
「昔の事を夢に見ただけだ。それが俺だと理解するまで時間がかかったけどな」
『そうですか。時刻はAM5:30です。起床にはまだ少し時間がありますがどうしますか?』
確かにいつもより30分ほど早かった。
「起きる。目覚ましに顔洗ってくるわ」
俺はベッドから起き上がってハンガーに掛けられていたジャケットに袖を通す。
『了解。いってらっしゃいませ』
〜冒険者ギルド ロビー〜
今朝も定位置でコーヒーを飲みながら、鵺の改造とメンテナンス作業に勤しんでいる。
改造と言っても持ち運びのしやすいようにアタッチメントにカラビナを取り付け、ベルトを通して肩に架けられるようにするだけだが。
ウィンドウを開き、使用可能な兵装を確認する。
「(幸いというべきかなんというべきか……出力は落ちているがメインウェポンとしてオクスタンライフルは使えるみたいだな。ミサイルやら光学兵器は……クソ。軒並み使用不可能か。煙幕とか火力に繋がらない武器は無事なんだがな……。火器管制システム、複数の兵装を同時に扱うためのシステムか。殆どの兵装が使用不可能な今は使えなくてもさほど気にはならないか。)」
膝の上ではニータが持ち寄ったチーズを齧っている。
どうやらアニスちゃんはミリアさんと買い物に行っているらしい。
「(ビットも戦闘目的の物は壊滅的だな……。歩兵化兵装も大部分が使えないか……。使い勝手が良さそうなものも結構あっただけに残念だ。実弾兵器関連も壊滅か……。ま、オクスタンライフルが1つあれば事足りるな。弾薬が無くなったら……その時はその時だ。)」
「ひっとりじめ〜♪ひっとりじめ〜♪」
邪魔者がいない事でニータのご機嫌は有頂天に達している。
「(センサー類も軒並みやられているな……。使えるのはXレイと望遠と動体センサーか。まぁ使えるに越したことはないか。自己修復機能も大分麻痺しているし……復旧はまだまだ先だろうな。E-Weapon、こいつが今一よくわからん。最初に見たときはこんなもん付いてなかったはずだが……。システムチェックでも有害な物と判断されないし……これはそのままでもいいか。)」
かまって欲しいのか、尻尾は俺の手を撫でたり足に絡みついたりとせわしなく動いている。
「(パラケルススが使えるのは僥倖だった。少なくともこれが使えないとあの時死んでいたかもしれないからな。近接武器も使えるか……でもインファイトは苦手なんだよなぁ……。)」
この世界に来た時より遥かにダウングレードしている鵺を眺めてため息を吐いていると……。
「アル、アル〜」
ニータが呼んでいる。
「ん〜?」
ニータの呼びかけに顔を下げると
「ん〜……」
チーズを口に含んだまま唇を突き出している。
「生憎、コーヒーと一緒にチーズを食う趣味はない」
「え〜……」
残念そうにするが、そんな気はないのだから仕方がない。
『マスターは所構わず手を出す変態かと思っていたのですが』
AIの部分だけ削除したろうかこいつ。
<カランカラン……>
ドアに付けられたベルが鳴り、入り口のドアが開いていく。
入ってきたのは……
「(あいつ……昨日の山羊角か?)」
一人のバフォメットだった。
コトコトと蹄を鳴らし、受付まで歩いて行く。
「依頼を持ってきたぞい」
そう言うと受付嬢に鞄の中から取り出した羊皮紙の巻紙を取り出す。
「はい、確かに受理しました。期間の程は?」
「そうじゃのぉ……」
チラリとこちらを見る。
「個人への依頼じゃからあいつに回しておくれ。仕事を取りに来たらすぐにな。期限は1週間以内にの」
そう言うとツカツカとこちらへ歩いてきた。
「よ、よぅ……」
「いい朝じゃの」
思い出すのは、フェンリルクローで吹っ飛んでいく目の前の幼女。
「おぬし……やはりロリコンじゃったか」
『はい、彼はロリコンです』
「何を見て言ってんだあんた!?」
そしてラプラス。テメェは黙ってろ。
「膝の上のそいつは何かのぉ?」
膝の上では依然としてニータがチーズを齧っている。
「こいつはここが指定席なんだと。降りろって言っても聞かないからこのままなだけだ」
『退けない辺り役得満喫中ですね。わかります』
「ほう、それじゃぁあの娘っ子はどう説明するつもりかの?」
「あの子?」
バフォメットの手が差した先を見ると……。
「おにいちゃんただいま!」
アニスちゃんがいた。いたのだが……。
「……何?それ」
エプロンドレスのお腹の辺りがぽっこりと膨らんでいた。
気を静める為にコーヒーを一口。
「えとね、えとね。おにいちゃんのあかちゃん!」
「ぶっふぉ!?」
『おめでとうございます。一人目ですね』
「うわ!きたな!あっつ!また変な性癖増やすつもり!?」
「口の中の物を吹くでない!汚いじゃろうが!」
念の為に、一番目の吹く音が俺、二番目が俺を茶化すドSのAI。三番目が俺の膝の上に乗っていてこぼしたコーヒーをモロに被ってしまったニータこと手遅れ鼠、四番目が丁度吹き出したコーヒーが直撃したバフォメットだ。
「冗談にしても悪質すぎんだろ!?第一アリスに子供ができるわけねぇだろ!?てかアレか!ミリアさんの入れ知恵か!?何を考えてんだあの人はああああああああああああ!」
何度も言うが人ではない。
「へぇ……シたんだ」
「やはりロリコンじゃな」
「したってなぁに?」
『インキュバス化一歩手前でしたよね』
今更ながらピラミッドクラスに盛大に墓穴を掘った事に気づく俺。
「えぇい!あの痴女を出せ!どういう事なのかきっちり説明を要求する!」
「痴女ってのは私のことかしら?」
ドアの外で様子を伺っていたミリアさんが中へと入ってくる。
「あんたアニスちゃんに何させてんだよ!?冗談にしても悪質だろ!?」
「あら、8割くらいは本気よ?」
殆ど本気かよ!
『母親公認ですね。私に遠慮は要りません、今からでも部屋に連れ込みますか?』
これ以上茶々入れるんじゃねぇ!頭が破裂する!
「もしここに永住してくれるならアニーを預けたっていいと思っているんだから♪」
「いらねぇ!とは言えないけど自分の娘をもっと大切にしろよ!?」
「おにいちゃん……わたしおにいちゃんのおよめさんになれないの?」
「最低ね」
「最低じゃな」
『最低ですね』
「お前らも事態を引っ掻き回すな!収拾がつかなくなる!」
「あら、だったら私が貰っちゃおうかしら?」
『親子丼ですか。流石マスター、考えることが違います』
「あんた結婚してんだろうが!?旦那さん泣くぞ!?ていうかラプラス!テメェもう黙ってろ!」
「待て!アルテアは私がいただく!」
「お前まで出てくんなあああああああ!」
唐突に沸いたフィーを壁の中に押し込む。ノリがあればなんだってできるもんだ。
『ぬりかべ〜』
「あら、これで何又かしら?5又?」
「まだ手は出してねぇよ!てか何さりげなく自分加えてんだよ!?」
「違うな、6又じゃ」
「あんたも勝手に候補に加えるんじゃねぇ!というか一瞬しか接点無かっただろあんた!」
「何を言うんじゃ。あれだけ大きなモノをわしに叩き込んで置いて無関係とは随分薄情な男じゃの?」
『ヤリ捨ては十八番でしたか』
「ナニじゃねぇだろ!あれ武器だから!てかなんであれ食らって平然と歩きまわっているんだよ!?」
「わし強いもん」
「何!?その『自分VIT極ですから』みたいなノリは!?怪我どころか掠り傷一つ付いてないってどういう事!?」
「ふ〜ん……キズモノにしようとしたってこと?」
『それも一生癒えない傷ですね。鬼畜です』
「言 い 方 を 考 え ろ 言 い 方 を!それじゃあ俺が節操無く手を出すロクデナシみたいじゃねぇか!」
「違うの?」
「違わんじゃろ?」
「違わないでしょ?」
「きずものってな〜に?」
「違うのか?」
『間違ってはいないでしょう』
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?」
他のギルド員達は『やれやれ、また漫才か』というような生暖かい視線を向け、思い思いに朝食をとっていた。対岸の火事ですかコンチクショウ。
『マスターの今日の恋愛運はマイナス1ポイント。女難の相が非常に濃く出ています。なるべく女性との接触は控えましょう』
もう遅い。
「……」
今朝の漫才の影響で頭から湯気を出してテーブルに突っ伏す俺。
アニスちゃんのお腹の膨らみは麦わら帽子だったらしい。今朝の買い物で買ってきたのだろう。
ミリアさんは報酬の件について問い詰めたらはぐらかしてどこかへ行ってしまった。
フィーはいつの間にか壁から抜けだすと次の仕事へ向かっていった。
ニータは椅子を持ってきて隣に座ってすまなそうにこちらを見ている。流石にやり過ぎたと思っているらしい。
そしてバフォメットはというと……。
「なんでお前はまだここにいるんだよ……」
顔だけ動かしてジト目を向ける。
「何、一つ忠告をの」
砂糖をどっぷり入れたコーヒーを啜りながら言うバフォメット。チクショウ、俺だって砂糖入れたいのに贅沢しやがって。(砂糖は別料金)
「おぬし、魔術師ギルドの壁をぶち抜いて行ったじゃろ?」
「うぐ……」
「今回はおぬし宛に依頼を持ってきたんじゃが……断ったらその修理代がそっくりそのままおぬしに請求されるようにしたからの。そこんとこよろしく」
「……」
ぐぅの音も出ないとは正にこの事だろう。
「それじゃ、わしはこのあたりで。依頼の件、くれぐれも忘れんようにの?」
そう言うとトテトテとギルドを出て行った。
「不幸だ……」
「自業自得じゃないの?」
全くでございます。
〜クエスト開始〜
―伝説の素材―
『この間は世話になったのぉ?お詫びに壁の修理代の請求をたっぷりと……と、言いたいところじゃがあれだけの腕の男を借金なんぞで潰すのは惜しいからの。
このクエストを受けてくれれば特別にこの件はチャラにしてやろうかの。
今度のサバトの集会のテーマは『媚薬』じゃ。
一番できのいい媚薬を作ってきた者が新しく入ってきた兄様達の中から優先で好きな兄様を選ぶ権利を得るのじゃ。
わしもそろそろ自分の兄様が欲しくての?どうせだからこの集会で素敵な兄様をゲットしようと思うとる訳じゃ。
そこで、じゃ。エルドルの樹海奥地に金色のアルラウネがいて、その蜜が大層質がいいとの噂があっての。その蜜を取ってきて欲しいのじゃ。
もちろん噂じゃからいるとは限らんが、その時は何か別の媚薬の材料になりそうなものを取ってきてもらっても構わん。
そうそう、依頼を見る前に言った事。夢々忘れるでないぞ?
モイライ魔術師ギルド ギルド長兼サバト長 エルファ=T=ヤーシュカ』
「依頼前に言ったことって何ですか?」
「知りたいか?」
純粋な好奇心なのだろう。遊ばれた後なのでせっかくだからその好奇心で遊んでやる
「えぇ、まぁ……」
「それはな……」
「それは……?」
「……やっぱいいや」
「えぇ!?そこまで言って切るんですか!?」
「うん、言う気なくした」
「気になるじゃないですか!教えてくださいよ!」
「面倒。んじゃな」
「ちょ!そんなぁ……」
〜旅の館〜
クエストの遂行地点があまりにも遠かった場合、ギルドの紹介状をこの施設へ持っていけば無料で転送魔法を使わせてくれるらしい。
普段は高額で、基本的に大商人が他の街に赴く時や国の早馬代わりに使われる。
一般の使用者は殆どいないらしい。
ちなみに利用料は1回につき金貨三枚。日本円にして約3万円ほどだ。
「ほい、紹介状だ」
受付の魔女に紹介状を渡す。
「少々お待ち下さい……はい、確認しました。モイライ冒険者ギルド支部所属 アルテア=ブレイナー様ですね?3番の転送陣からどうぞ。行き先はミーテリアです」
魔女からカードを渡される。切符の代わりらしい。帰りもこのカードを見せればOKだそうだ。
「さんきゅ。んじゃ、いってきますっと」
「行ってらっしゃいませ。よい旅を」
後ろ手に手を振り、3番と書かれている柱の魔方陣まで歩いて行く。
魔方陣に乗ると、魔方陣が光り出し、辺りに光の粒子が飛び交い始める。
自分の体重を感じなくなり、風景がブレた途端、辺りの風景がガラリと変わっていた。
「へぇ……便利な物だな」
『転移時の時間的誤差無し。転移座標の誤差コンマ1以下。現世界でもこれほどの転送技術はそうそうありません。類似している転移原理としてはバイタルジャンプが近いと思われます』
「ま、使えるなら使っておこうぜ。便利なんだし。原理なんて知らなくてもオーケーって事で」
AIとたわいもない会話をしつつ、俺は施設の出口へ向かった。
「ご利用有難う御座いました。またのご利用をお待ちしています」
「お……う?」
受付に座っていたのは先ほどの魔女と瓜二つの魔女だった。
「?……何か?」
「いや、何でもない」
世の中には知らないほうがいいことが山ほどあるのだろう。
〜樹上都市ミーテリア〜
ミーテリアの街は樹海が近いこともあってか、そこいらじゅうに木が生えていた。
いや、語弊があるので言い直す。巨大な樹の上に街があった。
『これほどの自然は現世界ではもう既に残っていません。貴重な光景です』
今は戦闘時ではないので自由会話モードだ。基本的にこのモードにしておいたほうがいいらしい。
「現世界ってどんだけ荒廃しているんだよ……なんか帰りたくなくなってくるぞ」
『この街が極端なだけで自然は小規模ながらも存在しています』
「へいへい……お国自慢はいいから……って俺の世界でもあるのか」
木でできた案内板を眺め、現在位置と目的地への街の出入口、商業地区や拠点として使う宿泊街などを確認する。
『ミーテリアのマップと、目的地へのコース、物資補給に使う地域、拠点構築地域のバインドを完了しました。マップを呼び出せばいつでも確認可能です』
「よし、まずは物資の調達だ。樹海の中ならもしかしたら長丁場になるかもしれん」
『了解。ナビゲートを開始します』
〜薬屋『新緑の種』〜
「用意するとしたら何がいいと思う?」
薬屋の薬品棚を眺めながらラプラスに問いかける。
『大抵の負傷はパラケルススで治癒可能。問題は現地特有の風土病です。地元民に確認を取り、調達を推奨します』
「んだな。すいませ〜ん!」
「はいはい、何が入用ですか?」
出てきたのは恰幅のいいおばちゃんだった。人の良さそうな目元に好感が持てる。
「この街の付近って風土病みたいなもんはあります?あと特殊な毒虫とか」
「取り立てて厄介な病気は無いねぇ……。毒虫といえばホーネットぐらいのもんさ」
からからと笑うおばちゃん。まぁ極めて危険な毒というわけじゃないからだろう。
「なんならホーネット用の解毒剤でも出すかい?お兄さんかっこいいからおまけしとくよ」
『この世界の魔物が使ってくる毒はパラケルススでは解毒できません。手に入れておいて損はないでしょう』
万能じゃないって訳ね。
「じゃあそれを。いくらかな?」
「小瓶を銀貨で8枚だよ。あとこれはおまけの鎮静剤」
「鎮静剤?」
「精神を落ち着ける効果がある粉薬さ。これを吸わせるとどんなに興奮した奴でも一発で正気に戻るよ!」
媚薬の逆みたいなもんか。魔物相手には有効かもしん。
「はい、銀貨8枚」
「毎度!他に何か用事はあるかい?」
「そうだな……」
『ターゲットのアルラウネに関して聞いてみてはどうでしょうか?薬屋ならば植物にも詳しいでしょうし、有用な情報が聞けるかも知れません』
それもそうだな。
「金色のアルラウネって聞いたことあるか?」
その質問をすると、おばちゃんは途端に呆れ顔になる。
「あんたも森神様を探しに来たクチかい?」
「森神様?」
「樹海の守り神と言われているアルラウネさ。でも見つけた人は誰もいないし、大抵の奴は何も成果を挙げずに帰って行くよ」
「じゃあ何でそういう話があるんだ?」
「この街に伝わる昔話さね」
そう言うとおばちゃんはその昔話を語ってくれた。よほど話好きなんだろうな。
深い深い森の奥。道に迷った男の子が森を彷徨っていました。
お腹はペコペコ、喉はカラカラ。服はボロボロで、靴はすでに両方脱げていました。
森にはこわいこわい魔物がすんでいて、時折その魔物の叫び声が聞こえます。
「おうちにかえりたい、かえりたいよぅ」
男の子は泣きました。泣いて泣いて泣きつかれたその時、木と木の間からキラキラと光る何かが見えました。
男の子は不思議に思い、その方向へと歩いて行きました。
そこにいたのは金色に光る女神様でした。
上半身は裸で、腰から下はひらひらして、まるでお花に包まれているようです。
「あら、どうしたの?こんな森の奥深くまで」
男の子に気づいた女神様は、訊きました。
「女神様。ぼく、森の中で道に迷って迷子になってしまったんです。どうしたらいいんでしょうか」
女神様は微笑み、腕を広げました。
「心配する必要はないわ。ぼうやは私が守ってあげる」
男の子は引き寄せられるように女神様に近づき、その腕に抱きしめられました。
「大丈夫よ、私がついているから」
女神様は男の子に優しくしてくれました。
木の実や花の蜜を与え、草や花びらで作った服を着せ、木でできた靴を履かせました。
夜はひらひらしたドレスの中で一緒に眠り、怖い魔物は女神様が全て追い払いました。
しかし、それでもまだ女神様には叶えてもらえていない事がありました。
「ねぇ、女神様」
「なぁに?ぼうや」
「僕、おうちにかえりたい。おかあさんもおとうさんも待っているから」
女神様は悲しそうな顔をしました。
「私と一緒に暮らすのではダメなの?ぼうやが望むことならなんでも叶えてあげるわ」
「それじゃあ女神様」
「なぁに?」
「貴方は僕のお母さんになれますか?」
女神様は首を振り、残念そうに言いました。
「私では、あなたのお母さんになれないわ」
「僕、おかあさんにあいたい。あって『ただいま』っていいたいよ」
女神様は俯いていた顔を上げると、ドレスの中から何かを取り出しました。
「この種を持っていれば、無事にこの森を抜けられるわ」
女神様に渡されたのは、クルミほどもある大きな植物の種でした。
「さあ、おいきなさい。あなたのお母さんのところへ」
「ありがとうございました、女神様。この御恩は一生わすれません」
男の子は女神様に背を向けると、もらった種を握りしめて走り出しました。
男の子は走って走って走って。夜になって走り疲れたその時、小さな明かりが森の中から見えました。男の子が住んでいる集落です。
男の子は無事、おかあさんとおとうさんに逢うことができました。
男の子は大きくなると、村の村長になりました。
男の子は女神様の御恩を忘れない為に村の中心に女神様からもらった種を植え、村の名前を女神様の名前に変えました。
すなわち、ミーテリアと。
めでたしめでたし。
「なぁ、どう思う?」
薬屋で話しを聞き終えた俺は店を出て、ラプラスに聞く。
『にわかには信じ難い話です。ですが』
俺は辺りを見回した。樹上都市ミーテリアを。
『もし童話の中の男の子がもらった種がここまでの大きさになったとしたら、それはこの星の植物ではないのかもしれません』
「お前はこの与太話を事実と捉えると?」
『肯定。実際に、地球外の植物であればここまでの大きさになることに不思議はありません』
俺は屋台に山盛りになっている種を見る。それは、この街の住人が常備食として蓄えているミーテリアの樹の種子だった。
「非常食にはなりそうだし……一応持っていくか。おっちゃん、これ一袋」
<あいよー!>
―ミーテリアの種を手に入れました―
〜宿屋『大樹の揺り篭』〜
携帯用食料を買うと、宿屋へ行き、部屋を取って休むことにした。探索は明日からだ。
「なぁ、ラプラス」
『なんでしょう、マスター』
俺は袋から取り出したミーテリアの種をくるくると弄びながらラプラスに尋ねる。
「この樹にエクセルシアが絡んでいるってことは……」
『ありません。周囲のエクセルシアの反応は無し。変質が起こっていない純粋な植物です』
「だよな」
第一そんなに昔からあるなら、それに付随した何かの異変があってもおかしくはないのだ。
「世の中って不思議なことが山ほどあるんだな……受付の魔女然り、巨大な樹と昔話然り」
バックパックの中の種袋に戻そうとしたが、面倒になってジャケットのポケットの中へ。
『同意。科学で証明されていない物事はまだ星の数ほどあります。科学の力が無いこの世界ならば尚更です』
俺は世界の不思議に思いを馳せつつ、瞼を閉じた。
まだ見ぬ金色のアルラウネが、俺を呼んでいる。そんな気がした。
12/03/06 11:50更新 / テラー
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