連載小説
[TOP][目次]
2月13日 僕と姉ちゃんの気持ちの決着
2月14日と言えば毎度お馴染みバレンタインデー。
世の中の男女が心ここにあらずに浮かれる時分で、親友であり悪友である晴彦はいったい今年はいくつもらえるのかなんて狸の皮算用をしている頃である。(尤も僕が知るかぎりでは一つとして貰った所を見たことがないわけで)
僕はというと翌日のイベントに向けて浮かれている……かと思いきや暗澹たる気持ちでキッチンに立っていた。

「割チョコは……これでよし。ココアパウダーもあるよね」

なぜか僕は姉ちゃんのチョコ作り……それも明日自分自身に渡されるであろうものを手伝っていた。
何が悲しくてバレンタインデーで自分に渡すチョコを作らねばならないのだろうか。
さらに、以前から僕に付きまとっていたある事柄が暗澹とした気持ちを深く沈ませていた。


なぜか僕は、バレンタインデーで女性からチョコレートをもらいやすい。


しかも本命ではなく、かといって義理でもなく。どちらかと言うと『友チョコ』に近い感覚で渡される。
その事実を知ってからはただ渡されるのが悪いと感じてしまって、バレンタインデーにはお返し用のチョコレートを作るようになった。
ちなみにこの話は晴彦には話したことがない。血涙流して首を絞めてきそうだから。

もしその渡されている現場を姉ちゃんに見られたらどうなるだろうか。結果は火を見るより明らかだ。

「で、何を作るつもり?」
「トリュフ!」

目に星が入っているのではなかろうかというほど楽しそうに笑みを浮かべる姉ちゃん。
この人ただ自分が食べたいだけだろう。

「それじゃあ生クリームを温める所からやろうか」
「はーい」

冷蔵庫から生クリームを取り出して鍋に注ぎ入れ、弱火にかける。
その間に姉ちゃんには割チョコを細かく砕いてもらった。
沸騰寸前になったら割チョコを少しずつ入れて溶かしていく。

「冷まし始めるから絞り袋の準備しといて」
「絞り袋、絞り袋……これ?」
「そうそう」

絞り袋に入れられるぐらいまで冷めたら溶かしたチョコレートを袋に詰め、クッキングペーパーを敷いたトレーに絞り出していく。

「ほへぇ……手馴れてるねぇ」
「ん、まぁね。いつも……」
「いつも?」

っと、しまった……。チョコレートのお返しを渡すために作っているなんて知られたら……ヤバい。

「バレンタインの時に母さんが仕事先に持っていくチョコレート作るの手伝っているからね。今年は……持って行かないみたいだけど」
「ふぅん」

間一髪バレなかった……かな。危ない危ない。

「ほら、姉ちゃんが渡すものなんだから姉ちゃんがやらないと」
「は〜い。よ……っとっと、結構難しいねこれ」

最初は多少もたついたものの、すぐにコツを掴んだのか半球体に近いチョコレート玉をいくつもトレーの上に絞り出していく姉ちゃん。
……絞る手つきが若干いやらしく見えたのは気のせいだろうか。

「カカオって媚薬効果もあるんだよね〜。これ食べれば……うふふ」
「聞こえてるからね。あとカカオ食べて欲情するなら一般市場から姿消えてるから」
「みんな買い占めちゃうの?」
「倫理的な問題で企業が自主回収します」
「なーんだ、つまんない」

……こちらに来てから姉ちゃんが何かと僕にやらしいイタズラを仕掛けてくるのはいつも食べているチョコレート菓子のせいってわけじゃ……ないよね?多分。

まぁそれはともかくとして、明日はどうしようか。
十中八九クラスメイトの何人かからチョコは渡されるだろうから、姉ちゃんから見られないようにしないと。
あと、お返しする分も少し取っとかなくちゃ。

「自分の分作るからもう少し作っていい?」
「え〜?よう君の分はお姉ちゃんが作るのに?」
「自分で食べる分だよ」

……本当に、見られないようにしないと。



───────────────────────────────────────────────────────

お正月で親戚の家に集まった時の事。

『ゆりおねーちゃんあそぼー!』
『あそぼー!』
「わっ……とと」

親戚の子が比較的年の若い僕らの所へと集まってくる。
正月といえばこの子達の遊び相手をするのが毎年の通例となっていた。
今年はそこに姉ちゃんも加わる事に。

「え、え〜と……よう君どうしよ」
「年上なんだから相手してあげなきゃね。今日は何をするんだい?」
『ん〜と、え〜と』

こうやって何かを考えている子供は微笑ましい物だ。

『おままごと!ゆりおねーちゃんがおかーさんでゆうにーちゃんがおとうさん!』
「よう君やろうすぐやろう今すぐやろう」
「ちょ、食いつき激し過ぎない!?」
「お父さんとお母さんはあっちでプロレスごっこしてくるからちょっとだけいい子で待っててね?」
「ま、待って!おーかーさーれーるー!」

割りと本気で貞操の危機を感じた。
親戚の子はきょとんとしているし親連中は爆笑するしで身の置き場が無いったらなかったなぁ。

───────────────────────────────────────────────────────



休み時間の鐘がなる。
戦闘開始だ。

「陽介君チョコ交換し……」
「ぬぁぁぁぁあああああああ!」

その場から猛ダッシュで逃げ出す僕。きょとんとするクラスメイト。
一応、逃げ出す瞬間に机の上にお返しのチョコは置いて。
僕が逃げ出した理由は単純明快、授業中もずっと視線を感じていたからだ。それも教室の中ではなく、外から。
呆気にとられるクラスメイトと教師をよそに教室から飛び出し、廊下を一気に駆け抜ける。
三角蹴りの要領で階段脇の壁を蹴って距離と速度を稼いで一気に駆け上がり、屋上まで駆け上がって一気に扉を開ける。
扉を開けた瞬間に2月のカラリと晴れ上がった空が目の前に広がると同時に冷たい風が頬を撫でる。
……逃げ切った。皆の視線から。

「も〜……なんで逃げるかなぁ」



振り返ったそこには姉ちゃんが……いなかった。



代わりにいたのは、顔も知らない女子。
黒く艷やかな髪を腰辺りまで伸ばし、先端をヘアゴムで留めている。
手にはハート型の包を持っている。かなり駆け足で屋上に来たにも関わらず、彼女は息一つ乱していないかった。

「え……っと、誰、だっけ?」
「しかも忘れてるし。九曜。九曜かえでだよ。同じクラスの」
「かえで……さん?」

はて……そんな子いただろうか。
正直異性との会話なんて話しかけられない限りはしないので名前もかなりうろ覚えの部分が多い。
だけど、確かにその名前は頭の片隅に引っかかっていた。と言うことは、確かに彼女は僕のクラスメイトなのだろう。

「何で追いかけ……って、それを渡す為だよね」
「そうだよ、急に逃げるからびっくりしちゃった」

急に逃げ出したのは姉ちゃんの目があったから……なんて言えるわけがないか。

「ごめんね、どうしても逃げなきゃならない事があって……」
「ふぅん……ま、いいか。これ、あげる」

そう言ってハートの包を渡してくる彼女。というか、今までこんな感じのチョコなんて貰ったことがないなぁ……。まさか本命だったりして。

「ありがと……と言ってもお返しを教室に置いてきちゃったから今渡すことができないんだけど……」
「? お返しはホワイトデーに貰うものじゃないの?」
「え?友チョコみたいな物だと思っていたんだけど……」

そう言うと、彼女はほんのりと頬を染めて俯いてしまった。
これってもしかして……

「えっと……もしかして、そういう事なの?」

彼女は、何も言わずにこくりと頷く。心臓がバクバクとでんぐり返しを打つように跳ね転がる。まさか、とは思ったけど、本命が来るなんて。

「あ、ありがと……っ!?」

そっと指を伸ばしたその時だ。
ゾグン、と。背筋が凍りつく感覚。
屋上の扉がわずかに開き、中から誰かが覗き込んでいる。
その姿は間違いなく……

「ねえ……ちゃん……?」

重たい金属の擦れ合う音を立てながらゆっくりと鉄扉が開く。
中から、暗いオーラを纏いながら現れたのは、姉ちゃんだった。

「よう君……その子、だぁれ?」
「く、クラス、メイト……だよ?」

なんだろう。今日の姉ちゃんは、どこか違っていた。
ヤキモチを焼くことはあっても、ここまで激しく嫉妬することは初めてだ。

「そっか、よう君は私を裏切って浮気するんだ……」
「う、浮気!?というか、別に姉ちゃんと恋人同士ってわけじゃないでしょ!?というかそれ以前に姉弟じゃないか!」

しかし、どうやら僕の言葉はまるで聞こえていないらしい。
目の焦点が合っていない。

「そっかぁ……よう君はお姉ちゃんの所からどこか行っちゃうんだァ……」
「少しは話し聞いてよ!?何か姉ちゃんおかしいよ!?」

ゆらりと、姉ちゃんの姿が陽炎のように揺らめいて消える。
次の瞬間には、瞳孔が異常に細くなった姉ちゃんの目が、目の前まで迫っていた。

「ソんなヨウくんハ、イらないね?」
「……え?」

お腹に、何かが突き刺さっている。
一体どこから取り出したのだろうか?姉ちゃんの手には包丁が握られていて、その先端が、僕の────────







「っっっっ!!!!?!?!?」

大きな物音がする。
その物音が、僕が起き上がって机が激しく揺れ動いた音だと分かるまでは多少の時間がかかった。
周りからはきょとんとした視線が集まってきている。

「陽介、どうした?そんな慌てて」

担任の先生から心配の眼差しが向けられる。まさか居眠りをしていたなんて正直に言う訳にはいかない、か。

「すこ、し。足が攣りそうになって……」
「おぉおぉ、気をつけろよ?ミネラルバランスが崩れると足どころかふくらはぎまで攣るようになるからなぁ。あれはいてぇぞ?」

周りからどっと笑いが起こる。やれやれ……居眠りを悟られずに済んだ……。

「(それにしても……やけにリアルな夢だったなぁ)」

あの姉ちゃんがあんな凶行に走る訳が無い。いくら怒ってもヤキモチを焼いても、誰かが深く傷つくようなやり方はしない人だ。
いくら夢だとしても酷い夢を見たものである。

「(……あれ?姉ちゃんの視線が無い……)」

教室のからの舐め回すような視線は消え去っていた。
これはこれで不気味だけど……。

「(まぁ、休み時間にチョコを渡される所は見られないで済むよね)」

特別な意味は無くても彼女に知られたくないというのはその後の姉ちゃんの態度故か。
それとも……

「(誤解、されたくないんだろうなぁ)」

僕自身が彼女を裏切りたくないが故か。
どちらにしても見られたくないものだよね。

「(……姉ちゃんに、会いたいな)」

怖い夢を見たせいなのか、無性にそう思ってしまった。



夕暮れの教室。ようやく今日一日が終わった。
皆一様に下校し、残っているのは僕だけだ。
姉ちゃんは……チョコを渡しに来なかった。もしかしたら放課後に渡すつもりなのかもしれない。

「よう君」

来た。

振り返ると、姉ちゃんが後ろ手に何かを隠し持って教室へ入ってくる所だった。
手に持っているのはおそらく、昨日作ったトリュフチョコだろう。

「今から帰るとこ?」
「うん。一緒に帰る?」
「それも良いけど……その前に、これ」

差し出されたのは、薄桃色で模様が描かれたセロハンの袋。
白いレースのリボンで口が縛られていて、中には茶色い丸い物が幾つか入れられている。
無論、昨日作ったトリュフだ。

「くれるの?」
「うん……と言っても昨日よう君と一緒に作ったものだけど」
「あはは……ありがと」

そう、これが正常。姉ちゃんがいて、僕がいる。
手には、作ったのはほとんど僕だけど、彼女が好意で渡してくれたチョコレート。
それは……僕にとってはもうかけがえの無い日常の一部で、普通で、大切な物だった。



なぜかそこに、黒い染みのようにある異常な一点をのぞいては。



「陽介、君……?」
「……え?」

教室の出入り口の所。女子が一人立っていた。
ハート型の包を持って。夢の中でチョコを渡してくれた、かえでさんが立っていた。

「姉弟で、何しているの?」
「チョコ、もらってます……」

その一言を聞いた途端、鬼のような形相で僕へと詰め寄ってくる。
あまりの気迫に足が縫い付けられたように動かない。

「ね、何で?姉弟だよ?何でそんな関係になってるの?」
「貴方には関係ないでしょ。よう君とろくに口も利いたこと無いくせに」
「そんなの関係ないし!それに、おかしいよ。姉弟でなんて気持ち悪い」

エスカレートする罵声の応酬。一体なぜこうなってしまったんだろうか。
かえでさんとは全く面識がなかったはずなのに。
姉ちゃんもここまで激しい性格をしていなかったはずなのに。

「(……あれ?)」

そこで、ふと気づく。

「(姉ちゃん……角も、羽も、尻尾も生えていない……)」

夕暮れから朝までは、姉ちゃんは本来の姿に戻る。
それが無意識による物なのか、それとも何か制約があるのかはわからないけれど、人外の姿になるのだ。
でも……。

「(何だ……?何がどうなっているんだ……?)」

頭が混乱する。目の前の事態と、見つけてしまった歪みと、世界との不整合で頭がおかしくなりそうだ。

「よう君は私だけを見ていてくれるんだから!どこの誰とも知らないぽっと出の女になんか構っている暇無いのよ!」
「そっちこそ手を引きなさいよ!姉弟でなんて絶対に幸せになれるわけ無いじゃない!」

思い出すんだ……何か……『決定的に違う』何かを……。
……いや、思い出せない。思い出すことなんてできない。だって……

「陽介君、黙ってないでなんとか言ってよ!」
「こんなのにかまってないで早く帰ろ、よう君」

姉ちゃんの手が……伸びてくる。僕の手を掴もうとした所で、僕はそれを……



払いのけた。



「……え?」

僕の取った行動が信じられないのか、姉ちゃんが自分の手と僕を交互に見つめている。

「……お前は……いや、」

目の前の歪みに、明確に形を持った『何かに』言い放つ。

お前達は、一体何だ?」

暫くの間、二人は何も言わなかった。
目の瞳孔は開ききっており、その焦点も合っているかどうかすら怪しい。
そして……

「ウヒ……ウヒヒヒヒ……」

かえでさんが、笑い始める。

「ヒヒ……あひゃはひゃひゃふはへはは……」

姉ちゃんが、狂ったように嗤い始める。

「「アハハハ……ぐぎゃぎゃぎゃげげげげげ!!」」

笑い声が二重になり、融け合う。
二人の体が融け合い、重なる。
ドロドロとした、真っ黒な何かに。

「……くそっ!なんだよ……何なんだよこれぇ!」

僕が今までいた日常が、ほんの一瞬で壊される。
修復不能な歪みとなって僕の前に立ちふさがる。

じりじりと引き下がっても、向こうもこちらへとにじり寄ってくる。
窓際にまで追い詰められた時、一番聞きたかった声が僕の下まで届いた。

「よう君!無事!?まだ生きてる!?」

窓の外に、姉ちゃんがいた。
頭から黒い角を生やし、腰から尻尾が伸び、コウモリのような翼で羽ばたく彼女の姿がそこにいた。

「姉ちゃん!姉ちゃん!」

しかし、窓を開けようとしても硬すぎてびくともしない。もたもたしている間にも、黒い何かは僕の方へとにじり寄ってきている。

「(こんな所で……こんな所で……!)」

アレに捕まったら何が起こるかわからない。最悪、死ぬかもしれない。
ようやく、姉ちゃんに対する気持ちが固まったのに。好きだって、言えるかもしれなかったのに。


まだ、何も始まっていないのに。


「こんな……こんな所で……!」

学ランを脱ぎ捨て、ワイシャツの裾を引きちぎって拳に巻きつける。もはやなりふりなんて構っていられない。

「死んで、たまるかぁぁぁぁああああああ!」

全身全霊、腕が千切れようが、肩が外れようがお構いなしの力で窓ガラスに何度も拳を叩きつける。
僕が出ようとするのを拒むかのように割れない窓ガラス。
しかし、3回、5回、10回と叩きつける内に窓ガラスに徐々にヒビが入り始め……

「砕けろぉぉぉぉおおおおお!」

最後の、懇親の力を振り絞って窓ガラスに拳を叩きつける。
すると、ガラスよりも遥かに甲高い音を立てて窓ガラスが砕け散る。
ガラスの破片が腕に降り注ぐのも構わず伸ばされた姉ちゃんの手を取ると、そのまま引っ張りあげられて窓の外へ。
姉ちゃんの羽が音を立てて羽ばたき、体を上へと押し上げていく。
やがて僕の意識は闇に包まれていき……



「…………」

目を開けた時にはなぜか屋上にいた。
辺りは夕日が照らしだして茜色に染まっている。
そして、半泣きになって僕の顔を覗き込む姉ちゃんの顔。

「よう君!」

事態が把握できない内に姉ちゃんに抱きつかれた。流れる髪からシャンプーの香りがふわりと香ってくる。

「一体……何が起きてたの?」
「よう君、良くない幽霊に取り憑かれていたみたい。ゴーストとかじゃなくて本物の悪霊とか怨霊の類の……」

悪霊、と聞いた所でようやくかえでさんの正体に思い当たった。

「バレンタインのかえでさん……」
「何……それ?」

バレンタインのかえでさん
この学園にも七不思議というものは当然……というかお約束のようにある。
その中の一つがバレンタインのかえでさんだ。
彼女は生前、想い人に告白しようとしてバレンタインデーを選び、挙句手ひどく振られたらしい。
その際相手ともみ合いになって転倒、机の角に頭を強く打って亡くなったという。
それ以来学園にはバレンタインデーになると既に好き合っている男女に取り憑いて間を引き裂こうとする……なんて話だった筈だ。

「悲しいね……それ」
「……まぁ、ね。……ん?」

ふと、下の方を見ると、姉ちゃんの膝の側に小瓶が置いてある。
口にはコルクで蓋をしており、その蓋には複雑な魔法陣がサインペンで描かれている。

「その瓶は……?」
「多分、よう君が言ってたかえでさんだと思う。さっきよう君の体から出てきたから封印しておいたの」

この人悪霊をさらっと封じ込めたよ。てか7不思議が6不思議になっちゃったよ。

「どーすんのさそれ」
「悪さしないように私の方で処分しておくつもり。まぁ、彼女自身にも悪いことにはならないでしょ」

あぁ、この人は人間じゃないんだな、と。つくづく思い知らされる瞬間である。



夕日が照らす帰り道。
僕と姉ちゃんは並んで家路へとついていた。

「ねぇ、よう君」

思い出したように姉ちゃんが口を開く。
なぜだろう。その瞬間に僕の心臓がドクリと跳ね上がる。
でも、その跳ね上がり方は先程取り憑かれていた時に経験したものとは全く違うものだった。

「さっきの話だと……よう君も私のことを好きってことになるよね……?」
「かえでさんの話……?」
「ん……」

……もう、隠すことなんてできないし、僕も隠せない。

「姉ちゃんが僕に渡すつもりだったチョコ……貰ってもいいかな?」
「あ……わすれてた」

若干苦笑しつつも姉ちゃんが差し出したチョコレートを受け取り、封を開けて一つ口の中に放り込む。
生クリームと混ざったチョコレートがまろやかな甘さを伴って口の中で溶けていく。

「あはは……僕が作ったのと同じ味だ」
「う……そりゃよう君途中まで作っちゃうんだもん。私が手を入れる余地なんて形つくる所だけだったじゃない」

本当に、笑ってしまうぐらい当たり前の結果。でもその当たり前の結果が僕の背中を後押しする勇気をくれる。
これから言うことも、当然の結果なのだから。

「僕は……」
「……うん」

一度、深呼吸。以前気になっていた子に告白するときは今ほど緊張はしなかったかもしれない。




「僕は、姉ちゃんの事が好きだ」



言った。
言ってしまった。

「……うん」
「家族として、とかじゃなくて……一人の女の子として好きって事だから」
「……うん」
「でも……それだけじゃないんだ」
「うん……うん?」

怪訝そうな顔をしてこちらに向き直る姉ちゃん。
足を止めてじっとこちらの顔を覗きこんできている。
僕は手を伸ばし、姉ちゃんの頭……正確にはそこから生えている黒くツヤのある角をそっと撫でる。
初めて触れた姉ちゃんの角。すべすべしていて、ほんのりと温かい。
ビクリ、と。姉ちゃんの肩が震える。

「僕には、姉ちゃんの本当の姿が見えているんだ」
「え……?」

もう、そこからは止められない。止まらない。

「あの日から……4月の初めにいきなり姉ちゃんが家に来た所から、もう気づいていたんだ」
「ずっと……ずっと綺麗な姉ちゃんの隣にいたんだ。正直打ち明けてしまいたいとも思った。でも……」
「なん、で……」

そう、姉ちゃんは僕がこの事を隠していた理由を知らない。

「怖かったんだ……知らない世界に連れて行かれるのが……」
「何で、言ってくれなかったの?}

手を引かれて姉ちゃんの胸に倒れこむ形で抱き寄せられる。
ぎゅ、と。姉ちゃんの柔らかな体で包み込まれると、体の力が抜けてしまう。

「よう君が嫌がるなら、別に連れて行くつもりなんてなかったのに……何で早く言ってくれなかったかなぁ……」
「ごめん」

何だ……僕は……ただ一人で思い悩んで空回りしていただけなんだ……。
姉ちゃんは……彼女は僕の事をこんなにも理解してくれているというのに。

「あ、でも」

ある一点に、この世で生きていく上で多分一番の障害になるであろうという事に思い当たってしまった。

「僕と姉ちゃんの関係は、姉弟なんだよね……。周りから見たら変だって思われるかもしれない」
「よう君は、周りから姉弟がくっついているって見られるのが嫌?」
「嫌じゃない!……嫌じゃないけど……」

この世の中は、楽観視できるほど暖かくはできていない。
異常なものは排斥され、淘汰される。

「僕は……周りの目から姉ちゃんを守れる自信がない……。姉ちゃんが思っているより、僕は弱いんだよ」

僕には彼女を守ってあげられるだけの力がない。姉ちゃんはそんなの関係ないと言うかもしれないけど、現実はそんなに甘くないんだ。

「……うん、わかった。全部お姉ちゃんにまかせなさい」

優しく、姉ちゃんの手が僕の頭を撫でる。
任せろ、と言ってくれた姉ちゃんの微笑みは、どんな困難でも吹き飛ばしてくれそうな……そんな予感がした。

「大丈夫……全部、全部よう君が望むように終わらせてみせるから」

す、と。姉ちゃんの人差し指が僕の額に触れる。
途端に意識の糸がふつりと切れてしまった。
最後まで視界に残っていたのは、変わらず優しく微笑む姉ちゃんの顔だけだった……
14/03/05 15:29更新 / テラー
戻る 次へ

■作者メッセージ
次回、最終話(多分)

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33