5月14日 僕と不良と正義の姉ちゃん
5月14日 僕と不良と正義の姉ちゃん
ゴールデンウィークも終わって1週間ほどが経った。
やはり学校というのは気楽なもので、一日中姉ちゃんと一緒に居るよりは気が休まる。
「よう君って頭がいいって聞いたんだけどホント?」
登校の道すがら姉ちゃんが僕に疑問を投げかけてくる。なんだろう、僕は疑問に思われるほど頭が悪そうに見えるのだろうか。
「いいか悪いかはともかく成績はいいよ。学年の中でも上から2割の中ぐらいには入るんじゃないかな?」
僕の成績は5段階評価で割と4や5が多い。別に勉強が苦手という訳でもないし、特別苦手な科目も無いのでしっかりと勉強さえしていればそのぐらいは取れる。まぁ、それとは別にあるカラクリがあってその結果になっているんだけどね。
「ふ〜ん……やっぱり頭がいい子の方がモテるんだねぇ」
「どうしてそういう結論になるの?」
自慢ではないけれど生まれてこの方彼女なんて出来た事は一度もない。
一度だけ晴彦に炊きつけられてクラスの女子に告白したことがあるけど、一刀両断に振られた。アレは僕の人生の中の黒歴史だ……なんであんなのの口車に乗ったんだろう。
「クラスの子が言ってたけど可愛いし賢そうだって結構人気なんだよ?」
「なんでだろう……あまり嬉しくない」
回りからよく言われるが、僕は童顔だ。おまけに背もさほど高くないので下手をすると女の子に間違えられる。燃費がいいのが唯一の利点といえば利点か。
「やっぱりよう君も可愛い子に告白されたりしたらOKしちゃうのかな?」
「ん〜……どうなんだろ……よくわかんないや」
すぐ側に姉ちゃんがいつもいるからなのか、ここ最近は学園にいる女子を見てもあまり何も感じなくなってしまっている。
晴彦曰く粒ぞろいらしいけれどそれすらも霞んでしまう辺り、やはり姉ちゃんの容姿は恐ろしいと思う。
「特に気になる子がいないならお姉ちゃんがよう君をもらっちゃおうかな〜?」
「近親相姦の上にブス専とか僕はどんだけマニアックなのさ」
「むぅ……最近よう君がつめたいです」
最近は慣れたものでこういった言葉も流れるように出せるようになった。
未だに良心は痛むけどね。
────────────────────────────────────────
夕方以降の家の中はなかなか過ごしにくい。
『うまぁぁぁい!』
「わぁ〜……これ美味しそうだねぇ」
「ん、そうだね」
─うねうね─
「ほっかほかのご飯によく合いそう……あぁ、お腹減ってきた」
「もうすぐ夕飯だから我慢ね」
─ぐねぐね─
「じゃあちょっとつまみぐい……」
「リビングで僕のズボンのチャックを開けようとするのはやめようね。自室だからいいって訳でもないけど」
隣に座ると姉ちゃんの尻尾が脚やら腕やらに絡みついてきて身動きがとれなくなる。
それを感じているのを悟られまいと僕は今日も耐えるのです。
────────────────────────────────────────
昇降口で姉ちゃんと別れ、自分の教室へ。
机のフックに鞄を掛けて席に着くと、机の上にドサドサとノートが無造作に置かれた。
見上げるとガラの悪い生徒が何人か僕を見下ろしてニヤニヤしている。やれやれ……またか。
「ぃようガリ勉君。今日もレポートの代理頼んでいいかな?」
「はぁ……わかったよ。どうせ締め切りは明日でしょ?」
「わかってんじゃねぇか。それじゃあ頼んだぜ〜」
そう言うと彼らはぞろぞろと教室を出ていった。
もうすぐHRの時間なのだけど……まぁやることと言ったら外の目立たない所でタバコふかしながらサボりなんだろうなぁ。僕に何か害がある訳じゃないから別にいいんだけど。
「よう君……」
「……ん?あれ、姉ちゃん僕の教室まで来てどうしたの?」
どこか悔しそうな表情で僕を見下ろす姉ちゃん。手には僕のお弁当……って。
「ありゃ、母さん姉ちゃんと僕の弁当間違えて持たせちゃったのか。ありがと、姉ちゃん」
「ねぇ、よう君はそれでいいの?」
それで、というのは僕の机の上に乱雑に放り出されているノートの事だろう。
このままにしておくのも見栄えが悪いので纏めて向きを揃えてカバンの中に押しこむ。
「もう慣れたよ。予習を余分にやると考えればさほど苦にもならないしね」
「……そう」
僕が鞄から出した姉ちゃんの弁当箱を受け取ると、何か考えるようにしてその場を立ち去っていった。
なんだかいらない心配させちゃったかな……
「なんだかんだで顔以外はいい姉ちゃんだよな、お前の」
「君は顔が見られても中身は下衆だけどね」
「お前さらっと毒吐くなよ……つーかそこまで下衆じゃねぇよ」
いつもの軽口の応酬を晴彦としていると担任が入ってきてHRになった。
さて……今からレポートの構想練っておかないとね……考えておくのとおかないのとじゃ書く速度が全然違うし。
────────────────────────────────────────
姉ちゃんの行動は時たま心臓に悪い。
「……ん?」
夜、窓の外に何かの気配が。
カーテンを開けてみると……
「やは〜♪」
「…………」
姉ちゃんが宙にぷかぷか浮いて窓の外にいた。
「そんな所にいると風邪ひくから早く中に入りなよ」
「む〜……リアクションうす〜い」
最近姉ちゃんは人間に化けていることを忘れているんじゃないかと思う。
────────────────────────────────────────
─カリカリカリ……─
静かな室内でシャープペンシルの音だけが乾いた音を立てて動き続ける。
家に帰った直後から部屋に籠もり、夕飯だけ食べて再び机にかじりついている。
そのぐらい必死にやらないとこの分量は終わりそうもない。まぁ一つ終わればあとは書き写すだけだからそれほど重労働ではないのだけれど。ただ面倒くさいだけ。
そうしてレポートを書き写す事に集中していた時だ。
唐突に背後から首へと白く細い腕が伸びて抱きついてきた。
最初は幽霊か何かかと思って全身の毛が総毛立ったけど、その手の持ち主の声が聞こえてきて一気に体の力が抜けた。
「よう君……」
「姉ちゃん……せめて部屋に入るときぐらいはノックしようよ。あと音もなく背後から抱きつくのもやめて……心臓に悪いから」
しかし、彼女にいつもの明るさは無い。
好奇心旺盛そうな笑い声も、甘えてくる時の猫なで声でもない。ただ、ひたすら悲しそうだ。
「いじめ、辛くないの?」
「いじめ、かぁ」
いじめというのは仕掛けられる本人が自覚して初めて成立する物だそうだ。
そして、僕はこれをいじめだと思うと同時にチャンスとも見ている。この場合、これはいじめなのか、それともそうでないのか……僕には判断ができない。
「これで他のことができなくなるのは少し面倒かなぁ。でも小遣いをむしり取られるわけじゃないし、殴られる訳じゃないから別にいいかな、って」
「よう君は……お人好しすぎるよ」
ぎゅ、と彼女の腕がもう少しきつく抱きしめてくる。
背中に柔らかい感触が当たっているけど……言い出せる雰囲気じゃないよね。
「僕の事は心配しなくても大丈夫だから。ね?」
「……うん。辛くなったらいつでも言ってね?」
それでようやく納得したのか、するりと腕が抜けていく。ぬくもりが触れていた所が涼しくなり、どことなく寂しさを感じてしまう。
「それじゃ……おやすみ」
「ん、おやすみ」
どこか残念そうな……寂しそうな顔をして姉ちゃんが僕の部屋から立ち去る。
暫くしてレポートが完成し、いつも通り細工を行なって鞄の中へ押し込んだ。
「ふぁ……もうこんな時間だ……」
気づけば0時を過ぎていた。歯は既に磨いてあるので、あとは寝るだけだ。
寝間着に着替えてベッドに潜り込み、明かりを消して眠りにつく。
寝ようと瞼を閉じたその裏に、いつもは見られない姉ちゃんの寂しそうな表情が浮かんで消えた。
────────────────────────────────────────
姉ちゃんはごくまれに得体の知れない薬を学校の女子に渡しているらしい。
「何渡したの?」
「ないしょ♪」
後日、その渡された女子と一人の男子生徒が謎の失踪を遂げた。
一体何を渡したのだろうか。
────────────────────────────────────────
翌日、一時間目の授業が終わった後に何時もの合流場所へ。
彼らは予想通りタバコを吹かして僕を待っていた。
「吸い過ぎは体に毒だよ?」
「うっせぇな……それより持ってきたのかよ」
これ以上何を言っても無駄だとわかっているので、何も言わずに鞄からノートを取り出して纏めて渡す。
「へっ、お利行ちゃんだなぁガリ勉君は」
「そりゃどうも。せっかくやってきたんだから忘れないように提出しなよ?」
これで用事は済んだ。あとはこれ以上絡まれない内に退散するだけだ……と思ったら数人が僕の前に立ち塞がる。
「まだ何か用?」
「そうそう、俺ら今月ちょっとピンチでさぁ……」
あぁ、やっぱりそう来たか……
「言っておくけどあげもしないし貸しもしないからね」
「あ……?」
おぉ、凄んでる凄んでる。頭が悪そうな顔だ。
息も服も煙草臭いし目は血走ってるし……長生きしないね、彼。
「ほら、そこをどいたどいた。次の授業に遅れるからさ」
「何調子に乗っちゃってんのかなこのガリ勉君は。一辺痛い目見ないとわからないかなぁ?」
襟を掴まれて近くの壁に押し付けられる。こういう時でもパニックになってはいけない。
こういう人種は何をされても平気な顔をしている相手が苦手なのだ。
「へぇ……殴る?怪我でもさせたら警察呼ぼうか?暴行罪傷害罪恐喝でリーチ一発少年院送りだね」
「っく……このやろ……!」
不良が大きく拳を振り上げる。あぁ、これは一発ぐらいは覚悟しないといけないかなぁ。
と、その振り上げた拳が何者かによって掴まれて止められた。
その伸びている手の出所へ目を向けると……
「ねぇ……ちゃん……?」
「はぁい♪君のお姉ちゃんです♪」
彼は姉ちゃんの手を振り払うと他の不良達の輪の中へ戻っていく。女性に止められたのがよほどショックだったのだろうか。
「何だぁこのブスは?」
「面と向かってそれはひどくない?」
「それよう君が言って良い事じゃないと思う……」
ごもっともです。
一時的に狼狽えていた彼らだが、相手が女子だと分かると下卑な笑いを顔に貼りつけてこちらににじり寄ってきた。
「まぁ顔はブサイクだがオンナはオンナだよなぁ……?折角だし俺らとイイコトしねぇか?」
来たよ。どうしてこういった人種は同じような事を考えるのだろうか。
てか少々見てくれが悪くてもいいとか飢え過ぎでしょ。
「例え君達に私の本当の姿が見えてたとしても……願い下げかなぁ」
「ははっ!電波オンナかよ!マジウケねぇ!?」
うん、姉ちゃん滅茶苦茶怒ってる。目が笑ってないし。というか目が赤くなってるよ。
「私なんかよりもっと気持ちよさそうな穴があるんじゃない?」
周囲の空気が淀み、背筋がゾクゾクと震え上がる。一体姉ちゃんは何をしようというのだろうか。
「たとえばぁ……君達のお互いの穴、とかね♪」
彼ら全員がビクリと体を震わせる。すると虚ろな目で互いのことをじろじろと眺めはじめた。
「さ、行こ。こんな所にいたらよう君が汚れちゃうよ」
「汚れるって何なのさ……」
半ば強引に手を引かれてその場を姉ちゃんと一緒に後にする。
背後からはカチャカチャと金具がこすれる音が聞こえてきた。
そこから50メートル程離れた頃だろうか。背後から野獣のような雄叫びが聞こえてきたのは。
「一体何をしたの?」
「女の子が必要なくなるおまじない、かな?暫くすれば解けるだろうけど……多分一生立ち直れないんじゃないかなぁ」
彼女は一体何をしたのだろうか。何をしたのか詳しく聞いてもぜんぜん教えてくれなかった。
────────────────────────────────────────
姉ちゃんの感情は顔より羽や尻尾の方が出やすい。
嬉しい時は……
「(パァァァァ……)」
(パタパタ)
羽や尻尾が小刻みに動く。
怒った時は……
「むぅ……」
プルプルと震える。
悲しい時は……
「うぅ……」
力なく垂れ下がる。
楽しい時は
「〜♪」
「…………」
僕に尻尾が絡み付いてくる。
下手に動かせないから正直気が気じゃない。
────────────────────────────────────────
「仕組み?」
「そ。確かにあの時は殴られなくて助かったけど……別にレポートの肩代わりをやめさせる必要は無かったんだ」
家に帰ってから僕は彼らと僕がしている事の仕組みを種明かしする事にした。
机からだしたのはブラックライトとあるペンだ。
「このペンは特殊なインクが入っていてね。こうして紙に書いてブラックライトで照らすと……」
紙に書いた物自体は全く見えない……無色透明だ。しかし、ブラックライトを当ててやると書いた文字が青く浮かび上がった。
「こんな具合に浮かび上がるんだ。このペンで肩代わりしたレポートに僕のサインをしておくと、先生がそれを確認して僕の成績にプラスしてくれるんだ」
「え〜と……つまり?」
詰まるところ、僕は彼らを利用して自分の点数稼ぎをしていたのだ。
「先生方が目を付けている問題児が出してくるレポートは必ず最初にこのライトで照らされるんだ。すると大抵は僕のサインが出てくる。後はそのレポートの点数は僕の物、ってわけ。」
「うわぁ……」
軽く引かれただろうか。でもこの位は旨みがあってもいいよね。
「それに……あまりこのサインが付き過ぎると教師によって『テストのカンニングがバレる』事になる。当然退学扱いだね」
「それって……もしカンニングをしていなくてもしたって事になるの?」
「当然。普段の行いが行いだけに無実だって主張しても誰も信じてくれないしね」
これが僕と先生達の間にある取り決めであり、僕の成績が高位をキープしているカラクリであり、便利な奴と見てレポートを押し付けてくる相手への毒なのだ。
「よう君ってさ……意外とエグい事するよね」
「世渡り上手って言ってほしいな。少なくとも僕に危害を加えない相手に対しては人畜無害のつもりだよ?」
「よう君絶対ドSだよぅ……」
失礼な、僕は自他共に認める紳士だよ。変態だけど。
「ま、そんな訳で……僕がこういうレポート関係で絡まれてもあまり気にしなくていいよ。これはこれで美味しいしね」
「う〜ん……それでもよう君が虐められているのを見られるのはもやもやする……」
なんだかんだで僕の事を気に掛けてくれるんだよなぁ、この人は。
それがくすぐったいような嬉しいような……なんだかむずむずする。
「でも助けてくれたのは純粋にうれしかったよ。ありがと、姉ちゃん」
「よう、くん……」
感極まったように目をうるませる姉ちゃん。あ、なんだかマズい気がする。
「ようくぅぅぅぅうううん!」
「うぶふぁ!?」
顔が大きくて柔らかいものに包まれる。というか、姉ちゃんの胸だ。
顔に一ミリの隙間も無く押し付けてくるものだから息ができない。
「困ったらいつでもお姉ちゃんに相談していいからね!絶対に力になってあげるから!」
「(く、くるし……でも……)」
むにむにと押し付けられる質量に意識が溶かされる。
自然と肩や腕の力が抜けていき、鼻に入ってくる甘い香りが思考をとろけさせていく……。
「(あぁ……幸せ……)」
そうしてしばらくの間姉ちゃんの抱擁に身をまかせるのであった。
僕の姉ちゃんは正義感が人一倍強い。手段は……まぁ、ともかくとして。
ゴールデンウィークも終わって1週間ほどが経った。
やはり学校というのは気楽なもので、一日中姉ちゃんと一緒に居るよりは気が休まる。
「よう君って頭がいいって聞いたんだけどホント?」
登校の道すがら姉ちゃんが僕に疑問を投げかけてくる。なんだろう、僕は疑問に思われるほど頭が悪そうに見えるのだろうか。
「いいか悪いかはともかく成績はいいよ。学年の中でも上から2割の中ぐらいには入るんじゃないかな?」
僕の成績は5段階評価で割と4や5が多い。別に勉強が苦手という訳でもないし、特別苦手な科目も無いのでしっかりと勉強さえしていればそのぐらいは取れる。まぁ、それとは別にあるカラクリがあってその結果になっているんだけどね。
「ふ〜ん……やっぱり頭がいい子の方がモテるんだねぇ」
「どうしてそういう結論になるの?」
自慢ではないけれど生まれてこの方彼女なんて出来た事は一度もない。
一度だけ晴彦に炊きつけられてクラスの女子に告白したことがあるけど、一刀両断に振られた。アレは僕の人生の中の黒歴史だ……なんであんなのの口車に乗ったんだろう。
「クラスの子が言ってたけど可愛いし賢そうだって結構人気なんだよ?」
「なんでだろう……あまり嬉しくない」
回りからよく言われるが、僕は童顔だ。おまけに背もさほど高くないので下手をすると女の子に間違えられる。燃費がいいのが唯一の利点といえば利点か。
「やっぱりよう君も可愛い子に告白されたりしたらOKしちゃうのかな?」
「ん〜……どうなんだろ……よくわかんないや」
すぐ側に姉ちゃんがいつもいるからなのか、ここ最近は学園にいる女子を見てもあまり何も感じなくなってしまっている。
晴彦曰く粒ぞろいらしいけれどそれすらも霞んでしまう辺り、やはり姉ちゃんの容姿は恐ろしいと思う。
「特に気になる子がいないならお姉ちゃんがよう君をもらっちゃおうかな〜?」
「近親相姦の上にブス専とか僕はどんだけマニアックなのさ」
「むぅ……最近よう君がつめたいです」
最近は慣れたものでこういった言葉も流れるように出せるようになった。
未だに良心は痛むけどね。
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夕方以降の家の中はなかなか過ごしにくい。
『うまぁぁぁい!』
「わぁ〜……これ美味しそうだねぇ」
「ん、そうだね」
─うねうね─
「ほっかほかのご飯によく合いそう……あぁ、お腹減ってきた」
「もうすぐ夕飯だから我慢ね」
─ぐねぐね─
「じゃあちょっとつまみぐい……」
「リビングで僕のズボンのチャックを開けようとするのはやめようね。自室だからいいって訳でもないけど」
隣に座ると姉ちゃんの尻尾が脚やら腕やらに絡みついてきて身動きがとれなくなる。
それを感じているのを悟られまいと僕は今日も耐えるのです。
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昇降口で姉ちゃんと別れ、自分の教室へ。
机のフックに鞄を掛けて席に着くと、机の上にドサドサとノートが無造作に置かれた。
見上げるとガラの悪い生徒が何人か僕を見下ろしてニヤニヤしている。やれやれ……またか。
「ぃようガリ勉君。今日もレポートの代理頼んでいいかな?」
「はぁ……わかったよ。どうせ締め切りは明日でしょ?」
「わかってんじゃねぇか。それじゃあ頼んだぜ〜」
そう言うと彼らはぞろぞろと教室を出ていった。
もうすぐHRの時間なのだけど……まぁやることと言ったら外の目立たない所でタバコふかしながらサボりなんだろうなぁ。僕に何か害がある訳じゃないから別にいいんだけど。
「よう君……」
「……ん?あれ、姉ちゃん僕の教室まで来てどうしたの?」
どこか悔しそうな表情で僕を見下ろす姉ちゃん。手には僕のお弁当……って。
「ありゃ、母さん姉ちゃんと僕の弁当間違えて持たせちゃったのか。ありがと、姉ちゃん」
「ねぇ、よう君はそれでいいの?」
それで、というのは僕の机の上に乱雑に放り出されているノートの事だろう。
このままにしておくのも見栄えが悪いので纏めて向きを揃えてカバンの中に押しこむ。
「もう慣れたよ。予習を余分にやると考えればさほど苦にもならないしね」
「……そう」
僕が鞄から出した姉ちゃんの弁当箱を受け取ると、何か考えるようにしてその場を立ち去っていった。
なんだかいらない心配させちゃったかな……
「なんだかんだで顔以外はいい姉ちゃんだよな、お前の」
「君は顔が見られても中身は下衆だけどね」
「お前さらっと毒吐くなよ……つーかそこまで下衆じゃねぇよ」
いつもの軽口の応酬を晴彦としていると担任が入ってきてHRになった。
さて……今からレポートの構想練っておかないとね……考えておくのとおかないのとじゃ書く速度が全然違うし。
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姉ちゃんの行動は時たま心臓に悪い。
「……ん?」
夜、窓の外に何かの気配が。
カーテンを開けてみると……
「やは〜♪」
「…………」
姉ちゃんが宙にぷかぷか浮いて窓の外にいた。
「そんな所にいると風邪ひくから早く中に入りなよ」
「む〜……リアクションうす〜い」
最近姉ちゃんは人間に化けていることを忘れているんじゃないかと思う。
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─カリカリカリ……─
静かな室内でシャープペンシルの音だけが乾いた音を立てて動き続ける。
家に帰った直後から部屋に籠もり、夕飯だけ食べて再び机にかじりついている。
そのぐらい必死にやらないとこの分量は終わりそうもない。まぁ一つ終わればあとは書き写すだけだからそれほど重労働ではないのだけれど。ただ面倒くさいだけ。
そうしてレポートを書き写す事に集中していた時だ。
唐突に背後から首へと白く細い腕が伸びて抱きついてきた。
最初は幽霊か何かかと思って全身の毛が総毛立ったけど、その手の持ち主の声が聞こえてきて一気に体の力が抜けた。
「よう君……」
「姉ちゃん……せめて部屋に入るときぐらいはノックしようよ。あと音もなく背後から抱きつくのもやめて……心臓に悪いから」
しかし、彼女にいつもの明るさは無い。
好奇心旺盛そうな笑い声も、甘えてくる時の猫なで声でもない。ただ、ひたすら悲しそうだ。
「いじめ、辛くないの?」
「いじめ、かぁ」
いじめというのは仕掛けられる本人が自覚して初めて成立する物だそうだ。
そして、僕はこれをいじめだと思うと同時にチャンスとも見ている。この場合、これはいじめなのか、それともそうでないのか……僕には判断ができない。
「これで他のことができなくなるのは少し面倒かなぁ。でも小遣いをむしり取られるわけじゃないし、殴られる訳じゃないから別にいいかな、って」
「よう君は……お人好しすぎるよ」
ぎゅ、と彼女の腕がもう少しきつく抱きしめてくる。
背中に柔らかい感触が当たっているけど……言い出せる雰囲気じゃないよね。
「僕の事は心配しなくても大丈夫だから。ね?」
「……うん。辛くなったらいつでも言ってね?」
それでようやく納得したのか、するりと腕が抜けていく。ぬくもりが触れていた所が涼しくなり、どことなく寂しさを感じてしまう。
「それじゃ……おやすみ」
「ん、おやすみ」
どこか残念そうな……寂しそうな顔をして姉ちゃんが僕の部屋から立ち去る。
暫くしてレポートが完成し、いつも通り細工を行なって鞄の中へ押し込んだ。
「ふぁ……もうこんな時間だ……」
気づけば0時を過ぎていた。歯は既に磨いてあるので、あとは寝るだけだ。
寝間着に着替えてベッドに潜り込み、明かりを消して眠りにつく。
寝ようと瞼を閉じたその裏に、いつもは見られない姉ちゃんの寂しそうな表情が浮かんで消えた。
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姉ちゃんはごくまれに得体の知れない薬を学校の女子に渡しているらしい。
「何渡したの?」
「ないしょ♪」
後日、その渡された女子と一人の男子生徒が謎の失踪を遂げた。
一体何を渡したのだろうか。
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翌日、一時間目の授業が終わった後に何時もの合流場所へ。
彼らは予想通りタバコを吹かして僕を待っていた。
「吸い過ぎは体に毒だよ?」
「うっせぇな……それより持ってきたのかよ」
これ以上何を言っても無駄だとわかっているので、何も言わずに鞄からノートを取り出して纏めて渡す。
「へっ、お利行ちゃんだなぁガリ勉君は」
「そりゃどうも。せっかくやってきたんだから忘れないように提出しなよ?」
これで用事は済んだ。あとはこれ以上絡まれない内に退散するだけだ……と思ったら数人が僕の前に立ち塞がる。
「まだ何か用?」
「そうそう、俺ら今月ちょっとピンチでさぁ……」
あぁ、やっぱりそう来たか……
「言っておくけどあげもしないし貸しもしないからね」
「あ……?」
おぉ、凄んでる凄んでる。頭が悪そうな顔だ。
息も服も煙草臭いし目は血走ってるし……長生きしないね、彼。
「ほら、そこをどいたどいた。次の授業に遅れるからさ」
「何調子に乗っちゃってんのかなこのガリ勉君は。一辺痛い目見ないとわからないかなぁ?」
襟を掴まれて近くの壁に押し付けられる。こういう時でもパニックになってはいけない。
こういう人種は何をされても平気な顔をしている相手が苦手なのだ。
「へぇ……殴る?怪我でもさせたら警察呼ぼうか?暴行罪傷害罪恐喝でリーチ一発少年院送りだね」
「っく……このやろ……!」
不良が大きく拳を振り上げる。あぁ、これは一発ぐらいは覚悟しないといけないかなぁ。
と、その振り上げた拳が何者かによって掴まれて止められた。
その伸びている手の出所へ目を向けると……
「ねぇ……ちゃん……?」
「はぁい♪君のお姉ちゃんです♪」
彼は姉ちゃんの手を振り払うと他の不良達の輪の中へ戻っていく。女性に止められたのがよほどショックだったのだろうか。
「何だぁこのブスは?」
「面と向かってそれはひどくない?」
「それよう君が言って良い事じゃないと思う……」
ごもっともです。
一時的に狼狽えていた彼らだが、相手が女子だと分かると下卑な笑いを顔に貼りつけてこちらににじり寄ってきた。
「まぁ顔はブサイクだがオンナはオンナだよなぁ……?折角だし俺らとイイコトしねぇか?」
来たよ。どうしてこういった人種は同じような事を考えるのだろうか。
てか少々見てくれが悪くてもいいとか飢え過ぎでしょ。
「例え君達に私の本当の姿が見えてたとしても……願い下げかなぁ」
「ははっ!電波オンナかよ!マジウケねぇ!?」
うん、姉ちゃん滅茶苦茶怒ってる。目が笑ってないし。というか目が赤くなってるよ。
「私なんかよりもっと気持ちよさそうな穴があるんじゃない?」
周囲の空気が淀み、背筋がゾクゾクと震え上がる。一体姉ちゃんは何をしようというのだろうか。
「たとえばぁ……君達のお互いの穴、とかね♪」
彼ら全員がビクリと体を震わせる。すると虚ろな目で互いのことをじろじろと眺めはじめた。
「さ、行こ。こんな所にいたらよう君が汚れちゃうよ」
「汚れるって何なのさ……」
半ば強引に手を引かれてその場を姉ちゃんと一緒に後にする。
背後からはカチャカチャと金具がこすれる音が聞こえてきた。
そこから50メートル程離れた頃だろうか。背後から野獣のような雄叫びが聞こえてきたのは。
「一体何をしたの?」
「女の子が必要なくなるおまじない、かな?暫くすれば解けるだろうけど……多分一生立ち直れないんじゃないかなぁ」
彼女は一体何をしたのだろうか。何をしたのか詳しく聞いてもぜんぜん教えてくれなかった。
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姉ちゃんの感情は顔より羽や尻尾の方が出やすい。
嬉しい時は……
「(パァァァァ……)」
(パタパタ)
羽や尻尾が小刻みに動く。
怒った時は……
「むぅ……」
プルプルと震える。
悲しい時は……
「うぅ……」
力なく垂れ下がる。
楽しい時は
「〜♪」
「…………」
僕に尻尾が絡み付いてくる。
下手に動かせないから正直気が気じゃない。
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「仕組み?」
「そ。確かにあの時は殴られなくて助かったけど……別にレポートの肩代わりをやめさせる必要は無かったんだ」
家に帰ってから僕は彼らと僕がしている事の仕組みを種明かしする事にした。
机からだしたのはブラックライトとあるペンだ。
「このペンは特殊なインクが入っていてね。こうして紙に書いてブラックライトで照らすと……」
紙に書いた物自体は全く見えない……無色透明だ。しかし、ブラックライトを当ててやると書いた文字が青く浮かび上がった。
「こんな具合に浮かび上がるんだ。このペンで肩代わりしたレポートに僕のサインをしておくと、先生がそれを確認して僕の成績にプラスしてくれるんだ」
「え〜と……つまり?」
詰まるところ、僕は彼らを利用して自分の点数稼ぎをしていたのだ。
「先生方が目を付けている問題児が出してくるレポートは必ず最初にこのライトで照らされるんだ。すると大抵は僕のサインが出てくる。後はそのレポートの点数は僕の物、ってわけ。」
「うわぁ……」
軽く引かれただろうか。でもこの位は旨みがあってもいいよね。
「それに……あまりこのサインが付き過ぎると教師によって『テストのカンニングがバレる』事になる。当然退学扱いだね」
「それって……もしカンニングをしていなくてもしたって事になるの?」
「当然。普段の行いが行いだけに無実だって主張しても誰も信じてくれないしね」
これが僕と先生達の間にある取り決めであり、僕の成績が高位をキープしているカラクリであり、便利な奴と見てレポートを押し付けてくる相手への毒なのだ。
「よう君ってさ……意外とエグい事するよね」
「世渡り上手って言ってほしいな。少なくとも僕に危害を加えない相手に対しては人畜無害のつもりだよ?」
「よう君絶対ドSだよぅ……」
失礼な、僕は自他共に認める紳士だよ。変態だけど。
「ま、そんな訳で……僕がこういうレポート関係で絡まれてもあまり気にしなくていいよ。これはこれで美味しいしね」
「う〜ん……それでもよう君が虐められているのを見られるのはもやもやする……」
なんだかんだで僕の事を気に掛けてくれるんだよなぁ、この人は。
それがくすぐったいような嬉しいような……なんだかむずむずする。
「でも助けてくれたのは純粋にうれしかったよ。ありがと、姉ちゃん」
「よう、くん……」
感極まったように目をうるませる姉ちゃん。あ、なんだかマズい気がする。
「ようくぅぅぅぅうううん!」
「うぶふぁ!?」
顔が大きくて柔らかいものに包まれる。というか、姉ちゃんの胸だ。
顔に一ミリの隙間も無く押し付けてくるものだから息ができない。
「困ったらいつでもお姉ちゃんに相談していいからね!絶対に力になってあげるから!」
「(く、くるし……でも……)」
むにむにと押し付けられる質量に意識が溶かされる。
自然と肩や腕の力が抜けていき、鼻に入ってくる甘い香りが思考をとろけさせていく……。
「(あぁ……幸せ……)」
そうしてしばらくの間姉ちゃんの抱擁に身をまかせるのであった。
僕の姉ちゃんは正義感が人一倍強い。手段は……まぁ、ともかくとして。
14/03/05 15:28更新 / テラー
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